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逆お結び42 心の掃除急ぐのぞ(24・おわり)

2011-06-30 Thu : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

自分自身が神のココロになる掃除をすることが次の世で生き返る唯一の方法である
P69
 ここまで読んでくれば、もう、殺人ゲームや足の引っ張り合いゲームや自分だけ勝手ゲームやお助け合いゲームはできなくなるはずですが、いかがなものでしょうか? まだ、アレコレ言っている方は、神様のココロというものを、「伝えフミ」から直接、神様の話を聞いて、改めて考えてみてください。いずれにしても、今ここが、皆さんという魂の大きな分岐点だということを肝に銘じて、大掃除を進めてください。
 皆さんが今まで信じていたものが、神のココロとまったくアベコベのものであるとしたら、そのままでは、皆さんという存在は、今世で終わりです。ここには「終わりにならないようにするため」の方法、「天国の方法」が満載されています。次の世界を構える大神様が直接、語ってくれています。今まで学んだものを一旦白紙にして、素直に始めから学び直すことだけが、次の世界への切符になります。
 「天国への切符」を手にすることを決めたと神様が判断すれば、皆さんの大掃除はどんどん進み、どんどん楽になっていくでしょう。結果として「楽になるの」であって、「楽にする」のではありません。楽にしようとすると苦しくなりますから、念のために申し添えておきます。
 皆さんの魂は、神様の語っていることをすべて知っています。皆さんのココロの掃除をすることが今回の目的です。ココロの掃除が済めば、もともと晴れている空の雲が取れて、快晴の空(神の世界)を見ることができるようになります。(天気というのは神様の仕組みを教えてくれている型示しの一つです)。
 見ようとするのは掃除していない証拠です。見えていないのはまだ掃除のない証拠であることを知っておいてください。できたときがするときです。見えたときが見るときです。楽になったときが成るときです。しようとするのはやめて、葛藤が見えたら掃除をするという繰り返しをコツコツとやってください。苦しいのは、皆さんが今まで掃除をさぼっていたツケですから、文句を言えば、掃除は済みません(自分のしたことに文句を言っても何も解決しませんので悪しからず)。
 神の苦労は必ず結果がでます。人の苦労は騙されます。皆さんは何も知らないのですから、神様の言うとおりに、素直に勉強しなおすことです。それが「天国への方法」の要点でもあります。
 いろいろと書いてきましたが、皆さんの人生というのは、自分自身が認めている、信じている、選んでいる「宗教」「哲学」に基づいて行動した結果を体験しているだけなのです。そして、ここで最も大切なことは、「人の考え方」を批判している基準自体が、自分自身だけの「宗教」であるということを覚えておくことです。

 第二章の「前置き」をはさんで、第三章からいよいよ「伝えフミ」が始まります。この章は、「伝えフミ」を読むための予備知識のようなものだったわけです。皆さんがここまでに学んだことを基にして、素直に読み進めてみてください。それが皆さんにとっての最初の「お掃除」なのです。この章の最後に、これから提案される「新しい宗教(実はオオモトの宗教)」を選ぶか選ばないかで、皆さんの今後が、まったく相反する人生(新しい世界に生き返るか、そのまま滅びるか)になるということをここでお伝えして、この章の私の話は終わりにしたいと思います。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P174
 新しい世界は「神の世」であるぞ。そなたのココロが神のココロにならなければそなたはいられないのぞ。次の世界の肉体には神のココロでないと入れないのであるぞ。そなたは神のココロになる修行をしているのであるぞ。そなたが見ているものを使ってそなたの中の○×を見つけて消していくのぞ。そなたが○×をやめれば神がその通りに形にして見せるのぞ。人を批判するのも神のせいにするのも勝手だが、そなた自身が「神ゴコロ」にならなければ何をしても駄目であるぞ。お金でも学でも財産でもだめぞ。どこにも逃げるところはないのぞ。今回の大変は肉体で助かろうとすると助からないのぞ。人の邪魔をするとそなたが危ないぞ。神ゴコロになることだけがそなたが助かる道であるぞ。

 世紀末に何が起きるかを知っても何の意味もないぞ。何が起きるかを心配してもそれは肉体の世界のことであるぞ。そなたが神ゴコロになれば、肉体の世界で何が起きようと関係ないのであるぞ。何の影響もないのであるぞ。そなたの身魂が神ゴコロになれば、何が起きても大丈夫であるぞ。この方とこの方の家来が守護するのであるぞ。最後の最後の大掃除の後には、神ゴコロになった者もならない者も、そなたらの肉体は、一旦お召し上げであるぞ。そなたの身魂を改めた上で、神ゴコロになった者だけを新しい肉体に入れるのであるぞ。これがそなたの言っている閻魔様の審判の真実であるぞ。裁くのではないぞ。そなたが神ゴコロになっているかどうかを見るのであるぞ。そなたがそなたを見るのであるぞ。そなたは今ここで閻魔様の審判の結果が分かるのであるぞ。そなたがここで天国になれば、思いどおりの現実を体験すれば、そなたは新しい世の神に成るのであるぞ。
P175
 そなたが心配しているのは物質世界の大変であるぞ。そなたの身魂が神ゴコロであれば、噴火も地震も津波も戦争も放射能も人食いも、たとえ肉体がバラバラになっても関係ないのぞ。そなたの魂は、新しい世で新しい肉体を得るぞ。そなたの心配している「死」は関係ないぞ。そなたが心配している「死」は肉体の死であるぞ。肉体がなくなってもそなたはいるのであるぞ。そなたの他の人間からそなたが見えなくなるだけであるぞ。そなたが今までの死を避けようとしていると魂がアウトになるぞ。身魂の掃除が終われば肉体で何が起きても関係ないぞ。怖くないのぞ。肉体を去っても神ゴコロならばOKであるぞ。食べるものが無くなっても毒と言われるものを食べても関係ないぞ。そなたが神ゴコロになることだけが必要なことであるぞ。最後の大掃除ではそなたの回りは地獄の如き状況になるのぞ。ナマ物を食らうことになるぞ。衣食住なくなるぞ。身魂の掃除ができていれば何の影響もないのぞ。そなたが助かるための神の最後の一厘であるぞ。

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逆お結び41 心の掃除急ぐのぞ(23)

2011-06-28 Tue : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

新しい世界は、永遠に続く、悪も闇も存在できない、自分の責任をとる神の世である
P66
 次の世界は、永遠に続く、悪も闇も存在できない神の世です。永遠に続く天国です。今回の大掃除では、魂の掃除が終わった者も、すべて一旦は、今世の肉体を解かれます。そして、今回は「何も裁いていない」「すべてを許している」神様と同じココロになって、それをそのまま行動できるようになった魂だけが、次の時代、永遠の天国に生き返るのです。これが、身魂改め、閻魔大王の裁き(実は、一つになったかならないかを見るだけで、○×をするわけではありません。「閻魔様も裁いている」なんて言っている方は、あなた自身が裁いていることに気づいていません。天国に行くためには、非常に大変な大掃除が必要です)と言われていることの真実です。これは、最後の最後の最後のすべての大掃除が終わった後に起きることですから、今このことを心配している方は、早急に自分の大掃除を始めたほうがよさそうです。閻魔様がいるかいないか、善か悪かの議論をしている場合ではありません。
 皆さんの中に○×の戦いがあると、最後の最後は、肉体を消し合うことで、自分の目の前から自分に反抗するものを消して、自分を残すという愚かなゲームに発展することになります。自分に反抗するものが目の前から一時的に消えたとしても、内側の○×は残っていますから、残念ながら、何回でもそれは現れてくることになります。本当のところ、「邪魔者は消せ」ゲームは、最後の最後に皆さん自身を自分自身で消すことになる「オレを消せ」ゲームであることを知っておいてください。自分のしていることは自分の一人芝居であり、すべてその結果は自分自身に返ってくるのです。
 この先の皆さんは、「すべては自分に戻ってくる」ということをハッキリと、イヤというほど身を以って体験することになるでしょう。内側の戦いを持っている魂は、神の世界には必要ないのです。そういう魂は、肉体もろとも最後の最後の大掃除で大掃除することになっています。最後の最後の大掃除でお互いの共食い(消し合い)が始まり、最後は自分で自分自身の頭を潰すことになります。今まで続いた競争、勝ち負けのゲームはもう終わりです。「○×の知識」、「二つに分ける知恵」(「ヘビの知」)、「保身」はもう通用しないばかりか、どんどん自分の首を締めることになるだけなのです。外側にあるヘビのゲームは神様が担当しますから、皆さんはそれらに戦いを挑んでいるその皆さんの内側の掃除をしてください。
 「あの集団は悪だから皆のためにならないから潰さなければならない」などと言っていると自分自身が潰れることになります。皆さんも、その集団も悪でも善でもありません。皆さんが正しいわけでもありません。戦うこと自体が神のココロから外れているのです。どっちもどっちです。その集団が何を目的にしていても関係はありません。「悪だから」と思っている(決めている)のは自分だけであり、勝手に戦っているのも自分だけなのです。外側にどんな大きなヘビがいても、掃除ができている人にとっては関係ありません。まずは、人のことを心配する前に、人に口出しする前に、自分のお世話(自分のお掃除)をしっかりとすることです。皆さんが言っていることは自分自身のことなのです。
 ヘビは頭を潰さないと死にません。今ここで、自分の「あやま知」のアタマを潰して、ハラで生き始めることです。皆さんが天国へ上がるには、龍の智慧が必要なのです。ヘビはそのままでは龍になれません。自分の大掃除をして、最後の一皮をむくことで、龍になるのです。

 ここに上げたような人は、私のこの本や私とも戦うことになりますので覚悟しておいてください。もし戦いたいならば、それでも構いませんが、この本と戦うということは「元の神」と戦うことを意味しますのでココロしてかかって来てください。「勝ち」はありません。例え、皆さんが戦っていたとしても、こちらは遊んでいますので、その辺りはご了承ください。皆さんが戦っているのは、皆さん自身なのです。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P155
 「どれが元つ神のやり方か」「どれが本物であるか」「どうすれば神が生きられるか」「どうすれば神のルールから外れないか」「どうすれば天国になれるのか」などと言っている者は、この方の言うことを分かっていないぞ。この方にこういう質問をすること自体がこの方のやり方から外れているのぞ。損得○×善悪判断ゲームをしている者、人をコントロールしようとしている者、ある特定の見方(常識等々)しか認めないと言っている者、自分は正しいと言って他を排除している者、自分の外の神に頼っている者、人のすることに口出しする者は、この方を知らない者であるぞ。そなたが同じことをするならば、そなたも同じであるぞ。この方のやり方を知らない人間に答えを求めてもこの方は語らないのであるぞ。そなたがこの方を知らないならばこの方は判断できないのであるぞ。
P156
 この方は、そなたの想念と対話するのであるぞ。そなたの内側に問いかけなければこの方は答えないのぞ。この方のやり方は天国であるぞ。そなたは内なる声に従って一つ一つやればよいだけであるぞ。この方には、損得も善悪も○×もないのぞ。この方に判断はないのぞ。そなたがそなたの内側の声を判断するならばこの方の声は聞けないのぞ。この方の言うことを聞くだけではなくてこの方の言う通りにやることが必要であるぞ。この方は、体験で分かる神であるぞ。この方のやり方は実際に体験して初めて分かるのであるぞ。特別なことではないぞ。そなたの行動指針というものを取り替えるだけであるぞ。今まで学んだものをこの方の言うことに交換するだけであるぞ。神の生き方と言っても特別なものではないのぞ。人に頼っていて文句を言うでないぞ。人のすることに口出しするでないぞ。人のすることを判断するでないぞ。自分の体験を人の責任にするでないぞ。そなたがこの方のやり方をやっているならば、外のものは関係なくなるのぞ。

 神のルールというのは「自分のしたことは自分で責任をとる」ということであるぞ。そなたのしたことはすべてそなたの選択の結果であるぞ。人や神や社会のせいにしている者、人や神や社会に頼っている者、人や神や社会を善悪○×損得で判断している者、自分の外側に神を探している者は、改心(改神)が必要であるぞ。人や社会が何と言おうとそなたが人の責任にせずにやればよいのであるぞ。神に善悪、○×はないのぞ。神に失敗はないのぞ。何をしてもよいと言っても、殺人や泥棒やいじめ等々は「人の責任ゲーム」の結果であるぞ。そなたのしたことを判断している者と議論するならば、そなたは神のルールではないぞ。迷惑というものはないのぞ。人のしていることを善悪○×損得で判断することが迷惑であるぞ。皆自分勝手であるぞ。神の自分勝手をすることであるぞ。
P157
 神のルールに反していればそなたは神には成れんのぞ。人間が創った「法律」違反どころの話ではないのぞ。そなたは調和を創りだす神のルールを破っているのぞ。そなたは神の犯罪人であるぞ。犯罪人を責めているそなたが神から見たら犯罪人であるぞ。この道理分かるか。厳しいが、そなたのために言っているのであるぞ。神成る修行の身であるそなたらは、神成る修行をすることが使命であるぞ。人のせいにしていた部分、○×の争いをしていた部分を無くすことが神なる修行であるぞ。今までのすべての人生で「自分の責任をとっていなかった部分」を清算するのが修行であるぞ。そなたの身に振りかかるように見える出来事、病気や事故や怪我や損や家族の死や失業等々の「不幸」と言われるものは、そなたが今までの人生での神のルール違反を自らの痛みで清算し、教えてくれているものであるぞ。そなたの苦は、そなたの今までやった「真釣り外し(神のルール違反)」を肉体を通して清算するための出来事であるぞ。そなたの葛藤や悩みは「神のルール以外のもの」を選んでいる証拠であるぞ。

逆お結び40 心の掃除急ぐのぞ(22)

2011-06-26 Sun : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

助ける助けてあげるの宗教教団は、みんなそろって助からない集団である
P64
 今ここで、自分自身の「内側の大掃除」をすることだけが天国への切符であり、自分が助かる唯一の方法であることをシッカリと覚えておいてください。
 自分が人を助けられると思っている人は「大掃除」が必要です。本来、宗教団体というものは、まったくアベコベの結果をもたらす幻想に過ぎません。かえって混乱を創りだしている現状がその証明でもあります。助かるというのは最後の最後のことであり、病気や怪我が治ったり、お金が儲かったり、結婚できたり、といった今ここだけの利益を追いかけていると大きな落とし穴に嵌まって二度と出てこられなくなりますので、ココロしてここに書いてあることを読んでください。
 自分を助けられるのは自分だけです。最後の最後は「自分ひとり」になりますから、外にたよることはできません。助けてあげる、何かが助けてくれる、と思っているならば、皆さんは助かりません。そういうことを人に言っている宗教も、皆さんを助けてくれません。その宗教の教祖様も信者も助かりません。これを読んで怒っている方々も、助かりません。自分が自分で自分の首を締めることになります。
「 自分が天国になりたい」と思えば、「内側の大掃除」が必要になりますから、外側のものへの口出し、判断はできません。人を救うなどと言うことはできないことが分かりますから、勧誘や人集めはできなくなります。それをやっていると自分が「危ない」ことも分かりますから、宗教団体は自然になくなります。だからといって、グループや集団がよくないのかと早合点しないでください。一人ひとりがこのことを知って、結果として、お互いを高め合う、学び合う関係で、集まるのは別に構わないのです。
 本当の天国へ行く方法を実行すれば、「自分勝手をやって迷惑をかけない」ことになります。自分勝手をやって、したいことをして、最後は皆のためになるということです。
 皆さんの外側には何もありません。皆さんを助けてくれるものもありません。皆さんのすることは、皆さん自身の大掃除です。皆さんのココロは皆さんにしか見えません。皆さんが皆さんの目の前のものを使って皆さん自身の大掃除をするのです。これから皆さんがやることはこれしかありません。
 外側に何が起きようとも「自分教」に従っていくことです。自分の中は自分で掃除するしかないのです。皆さんの外側に楽にしてくれるものがあるときは要注意です。皆さんは掃除が終わらない限り、天国はないのです。今ここで笑える人は一人もいないのです。そこのところを勘違いしないようにしてください。皆さんの外側のものに頼っても、皆さんは救われません。今までの学問や教えや常識に惑わされないようにしてください。早く「自立」(自分がきめて自分が動く態度を身につける)することです。
 「これを信じるしかあなたが救われる道はない」と、自らだけが正しいと主張する宗教や、外の宗教を排除する宗教や、外側のものを分類している宗教や、戦っている宗教を信じれば、皆さん自身もそうなりますから「戦い」や「裁き」や「判断」をもったままです。掃除のない魂はトラブルを創りだすだけで、次の世ではジャマですから、そういう皆さんは、最後の最後にまとめてお掃除されてしまいます。
 神様は、掃除をさぼって楽をしようとする魂がいることを知っていて、大掃除をするための舞台作りとして、「楽しようとする、責任を取らない魂」を引っかけるための仕組みを用意しています。次の世は神の世です。皆さんは神に成る修行をしているのです。皆さんというのは、自分で自分のしたことを自覚して責任をとれるようにならないと次の世には行けないのです。「責任をとらないで楽しようとする魂」は次の世では必要ないのです。皆さんが、自分の内側の掃除が済んでいないのに、すぐに楽になろうとしている時は気をつけることです。「楽なものを外に探す」「早く終わらそう」とするのは掃除が終わっていない証拠に他なりません。

 皆さんが外側に求めているから、騙されるのです。皆さんの外側には何もないことを肝に銘じて、この先の内側の掃除を進めていくことです。皆さんの掃除が済めば、皆さんの肉体がどうなろうと、皆さんは新しい時代の新しい肉体をもって生き返ることができるのです。皆さんが今欲しいと思っているすべてを手に入れることができます。その前に、最初で最後の「大仕事」、本当の「苦労」をすることが必要なのです。本物は楽しては手に入りません。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P122
 そなたがそなたを曇らせたのぞ。そなたにしかそなたの曇りは祓えないのぞ。人は人、自分は自分ぞ。この方の家来が一人ひとりについて掃除を手伝うから、人の掃除にちょっかい出している暇があったらそなた自身の掃除をすることぞ。人に口出しするのは、この方を疑っているのと同じであるぞ。この方に任せていないのと同じであるぞ。人の掃除を邪魔しているのと同じであるぞ。人の掃除道具を取っているのと同じであるぞ。迷惑であるぞ。人の天国を邪魔しているのであるぞ。自分の天国も邪魔しているのであるぞ。そなたがしたことがすべてそなたに返るのぞ。そなたがどんなに邪魔しようと、世話しようと、そなたとは関係なしに掃除が進むのぞ。そなたも同じであるぞ。人が邪魔しようと世話しようとそなたは関係ないのぞ。こだわっているのは気にしているのはそなたであるぞ。最後の最後は、掃除なきそなただけがサヨナラになるぞ。

 今までの仕組み、悪の仕組みが続くように見えるのは、大掃除の舞台造りであるぞ。そなたが囚われているとそなたも一緒に大掃除されるぞ。人のことより自分のことを心配せよ。外の掃除はこの方に任せよ。このままでは全世界が滅びるから、ミロクが創れないから、この方が響きで表に出てきて大掃除をするのであるぞ。こうなることは始めから分かっていたのぞ。だから、間に合うようにお知らせする仕組みを創ったのであるぞ。最後の最後ですべてを明かし、最後の最後でどんでん返しをするのであるぞ。
P123
 このフミの真偽やこの者の真偽を研究していては間に合わないのぞ。疑いのココロをいれる暇がないように仕組んでいるのであるぞ。今までのやり方は通用しないように創ってあるのぞ。この方の言うとおりにすればよいだけであるぞ。神なる修行は一人ひとりのすることであるぞ。神の心になることだけが自分も人も助かる唯一の道であるぞ。人の掃除にちょっかいを出している暇はないぞ。今度の今度は殺さなならん者はどこまでも追いかけて殺すのぞ。生かさなならん者はどこまでも何があっても守るのぞ。生きて掃除する者と死んで掃除する者とがあるのぞ。死ぬかどうかは関係ないことであるぞ。

 肉体の生死や安全は捨てて、すべてこの方に任せて、今ここにあるものを使って掃除に励むことぞ。食べなくても死なないぞ。健康管理を完璧にしても死ぬぞ。一人ひとり違うのぞ。人は関係ないぞ。今までの常識関係ないぞ。生死はこの方に預けよ。人のこともこの方に預けよ。家族も他人もこの方の子であるぞ。形の関係は掃除には邪魔であるぞ。この度は身魂の掃除であるぞ。掃除なき人間に聞いても何も分からないぞ。掃除できなくなるぞ。すべてこの方の言う通りにやってみよ。身魂は一つであるぞ。神の世と人の世は合わせ鏡であるぞ。身魂の掃除相応に思い通りになってくるぞ。人を責めたり、支配したり、脅かしたりしなくても思い通りに成ってくるぞ。楽しむために苦しめよ。そなたがやったことぞ。自分で自分におとしまえをつけるのぞ。

逆お結び39 心の掃除急ぐのぞ(21)

2011-06-24 Fri : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

「人事を尽くして天命を待つ」とは内側のお掃除をして準備をすることである
P61
 最後の最後には、一人ひとりが自分自身を助けることになるのです。神様はそれを手伝ってくれるだけです。自分の掃除なしで神様にお願いしてもそれは無視されます。ズルイというのはお掃除ない証拠です。自分がすることをしてから頼んでください。
 神様は「自分だけで助かろうとするなよ。自分の掃除をして神を頼ってくるものは喜んで助けるぞ」と言っています。今ここで、何をすれば人事を尽くすことになるのか、ちゃんと示してくれているのですから、さぼっている人に関しては綺麗さっぱり無視です。神様はホンネしか見ていません。フリをしても駄目です。地位やお金や学やコネは一切通用しません。神様は、何がどうなるかわからなくても(人間に分かるはずがありません。わからないから探しているのです。探していても分かるはずがない人間が答えを持っているはずはありませんから永遠に見つかりません。答えは皆さんの内側にあるのです。この本は、皆さんの内側を探すための鏡として提供されています)、素直に神様の言うことを聞いて掃除を進めることだけを求めているのです。「正直者こそ、バカを見ないで天国にいける」のです。これが、「人事を尽くして天命を待つ」の本当の意味です。
 「助けてあげる」「助けてもらう」というゲームでは皆そろってアウトです。神様は掃除なくして頼ってきても助けられないと言っていますから、そこのところを間違えないようにしてください。口だけで改心しても、今回は役に立ちませんからそのつもりで掃除を進めてください。外側のものを分類したり、探したりしている時は掃除できていないことに気づいて、自分の内側に視点を戻してください。今までとはすべてアベコベです。
 外側のものに頼る宗教はもう通用しません。人を助けてやろうとしている教祖様たちや、カウンセラーや医者や宗教家の方々(実は、教師や親や、真実を知らないで、人を教育したり、裁いたりしている方々すべてにいえることです。そして、自分自身を裁いて落ち込んだり、悩んだりしている方々も同じことをしているのです)は、自分のしていることが、自分自身だけでなく、人をも一緒に滅ぼすことになるということに気づいてください。
 「何でそんなことが分かるんだ」「おれのしていることに口出しするのか」「人を助けることが何故悪いんだ」「あんたこそ危ないんじゃないのか」云々と言う方は、ここに書いていることをもう一度よく読み直してみてください。自分の外側を見ていること自体が、自分の内側の○×に基づいて、すでに「裁いている」ということに気づいてください。私やこの本を裁くことは一向に構いませんが、「裁くココロ」を捨てないと、皆さん自身を含めて、皆アウトなのです。

 皆さんが外側にあるものにイチイチ反応している時は、皆さんの内側の掃除は終わっていません。外側に何かを探していたり、楽になる方法を探していたり、外側にあるものを善悪損得で見ていたりするときは、内側の掃除は終わっていません。そういう時の皆さんは自分の肉体を助けるものを探しているのです。人に口出ししたくなったり、人を助けたくなったり、人を可哀相だと思ったりするときも同じです。これが皆さんのお掃除をする時のチェックポイントです。
 自分が助かる方法を外に探している「保身」をもっている限り、逆に、最後の最後には助かりません。皆さんを助けるのは自分だけなのです。助かりたいなら、今までの人生で学んできた価値基準、手に入れたものをすべてを捨てる覚悟をすることです。このことをしっかりと今ここで確認しておくことが非常に大切です。

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P117
 古い教えでは天国はこないのぞ。古い教えを裁く者にも天国はないのぞ。何でもかんでもこの方の言う通りにすることであるぞ。今ここがそなたのスタートであるぞ。そなたらが創りだしてきたものを使って掃除をするのであるぞ。批判していたら今ここにいるそなたを批判することになるのぞ。今までの思考では地球の環境はますます破壊されるだけであるぞ。外の掃除はこの方がやるから、そなたは自分の掃除をすすめることぞ。天災というものはないのぞ。そなたらのしてきた結果ぞ。愚痴や苦情を慎めよ。迷惑であるぞ。人のすることに口出ししている暇があったら自分の掃除をしなされよ。愚痴も責任追及もお世話も同じことであるぞ。可哀想な身魂はないぞ。すべてのすべてが自業自得であるぞ。
P118
 取り合いのゲームでは神なる修行はできないのぞ。お互いの足らざるを満たし合って神になる修行をするのであるぞ。正直に行動せよ。正直に表現せよ。自らの掃除だけが自らも人も助けるのであるぞ。血統の関係は手放せよ。家族も他人も関係ないぞ。新しい関係で満たし合って掃除をするのぞ。そなたの人間関係を広げることが鍵ぞ。そなたに悪あれば排除するゲームが続くぞ。そなたに保身あれば近づく人間が限られるぞ。そなたが限るのぞ。そなたは死んでもそなたであるぞ。どんな考えの者もいるぞ。一人になることはないぞ。みんな足りない人間であるぞ。人の足りないものを持っているぞ。足りないものを満たし合って掃除するのであるぞ。そなたが動けばそなたが足りないものを持っている者がいるぞ。そなたが持っているものが足りない者がいるぞ。お互いに提供して欲しいものを手に入れるのであるぞ。交換し合うのであるぞ。誰も傷つかないやり方ぞ。取るのではないぞ。損も得もないのであるぞ。自分も人も満たされるのが神のやり方であるぞ。

 自らと対話することは神と対話することであるぞ。人に頼るから騙されるのであるぞ。すべてはそなたが決めているのぞ。人に聞こうがそなたが決めようが、そなたの責任であるぞ。自分で決めて自分で動けよ。駄目なら別のやり方をせよ。人を責めるのは自分勝手であるぞ。できないことはないぞ。しないだけぞ。この方はすべて許しているぞ。この方がついているから何でもやってみればよいぞ。この方は素直な者には仏であるぞ。仏であるが、自分がしただけの苦しみは辛抱しろよ。そなたがしたことであるから愚痴は認めんぞ。人には責任はないのぞ。そなたが掃除しただけそなたの思うようにしてやるぞ。
P119
 この方は逆らう者には鬼に見えるぞ。そなたが鬼であるぞ。この方はそなたらが見たいように見えるのであるぞ。そなたがこの方に見ているものはすべて自らのことであると自覚せよ。そなたが人に見ているものは自らのことであるとも言えるのぞ。人に言っていることは自らのことであるぞ。人を鏡にして自分の態度を正せよ。そなたが人にするなと言っていることはそなたもするなよ。人にするなと言ってしているぞ。自分勝手をするなと言う自分勝手をしているのぞ。人の気持ちを考えろと言って考えていないぞ。そなたが言ったことを寸分の狂いなくそなたがすることぞ。そうすることがお掃除を進めることになるぞ。この方の仕組みを知らずともお掃除ができるぞ。そなたがそなたをできないようにしているのぞ。人は関係ないぞ。コントロールは迷惑以外の何者でもないのぞ。

逆お結び38 心の掃除急ぐのぞ⑳

2011-06-08 Wed : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

今までのような人助けの宗教は自分も人も滅びる道を歩むことになる
P56
 この先、混乱が進むにつれて、たくさんの宗教が出てきますが、皆さんが外側に探していると騙されることになります。教祖様たちは正しいと思ってやっているのですから、悪くありません。一人ひとりが、本当のことに気づくか気づかないかです。皆さんが本当に天国に行きたいならば、今ここで「真理」を知って、自分の内側の掃除をすることです。本当のことを知ったら、人を助けるというものがオカシイことや、人のことなどに構っている場合ではないことが分かるでしょう。外側に求めないことが、騙されないヒケツです。自分が外側を探していて気づかずに最後の最後に気づいてもそれは自分のしたことですから、そうならないように、しっかりと真実の目を開いて、これから始まる「大掃除への準備」をしてください。
 皆さんのすることは、外側のものを分類することでも、これから何が起きるか教えてくれる情報を探すことでもなく、自分自身の内側の大掃除をすることだけです。神様のことを知っても、過去世を知っても、一時の現世利益を得ても、何の意味もありません。皆さんが、今ここで求めるものは、現世利益を得る方法ではなくて、新しい時代に生き返る方法なのです。そして、それは、実は、一人ひとりの内側にあるのです。だから、外の宗教では何も見つからないのです。この本はそのことを教えるための一つの教材ですが、単に、皆さんの外側に向いている視線を内側に向ける鏡に過ぎません。この本の内容が本当に分かったら、この本はいらなくなるのです。自分が自分を救う教祖様であると知ったら、もう外には何もいらなくなるのです。
 この本は、「自分教とはなんぞや?」「自分教の教祖になるには?」「内側の掃除をスムーズに進める法」等々を語った本でもあるのです。くれぐれも、この本や私を教祖にしないようにしてください。改めてお断りしておきますが、この本は、強制でも何でもありません。外側を見ている皆さん一人ひとりのお掃除の教材を提供しているだけです。神様はどっちの選択でも許していますから、選択の基準は、皆さん自身がどうなりたいかということだけです。自分のしたことが最後の最後に自分に戻ってくるだけです。
 皆さんという魂の今までの歴史は、今ここで皆さんが持っている内側の宗教が創りだしたものなのです。今この瞬間に過去のすべてのカルマを解消する材料があるのです。今ここからお掃除をしていくことで、カルマの解消は自動的に済むのです。カルマを解消する方法や楽になる方法を探しているとますますカルマを積むことになりますから、注意してください。そういうものを教えている方々も、ここで自分のしていることを改めて振り返ってみてください(その上で、そのまま続けたいならば続けても構いませんが、最後の最後でどうなるかは保証はありません)。
 皆さんは今ここですべてを掃除しなければ、次の「永遠の天国である神の世」には生き残れないのです。これは、一人残らず、世界中のすべての人間に言えることです。人が創った神の言うことを聞かなくても祟りはありません。「神を信じなければ祟りがある」などという宗教は、教祖様も含めて、信者すべてが最後の最後に外側の大掃除に巻き込まれてしまいます。本当の神様の言うことを聞かなければ、皆さんが最後の最後に天国に行けないだけのことです。そして、神様は、そういう選択をすることも許しています。
 全体の大掃除は神様がやります。そして、自分の大掃除が済んでいる人間だけを次の世のヒトにします。皆さんには、本当の神様を語ることができません。本当の神様を説明することはできません。本当の神様は、皆さん一人ひとりの内側に語りかけているのです。ここで言っているのは、別に、祟りとか裁きとかいうものがあるのではなく、単に、自分がどうしたいかという問題であるということです。皆さんが、今までのゲームを続けるならば、ただ、皆さんという魂がいなくなるだけのことです。
 「死ぬぞ」「殺すぞ」「家族はどうなってもいいのか」「先祖の祟りが」「悪霊が」云々という「脅し」を使ったコントロールに引っ掛かったら、皆さん自身がアウトになるだけのことです。そして、そういうことを言っている教祖様方は、騙すつもりはなくても、自分自身もアウトになるということを知っておいてください。実は、これを許しているのは、神様の最後の大掃除への舞台作りであり、「神様の仕組んだワナ」なのです。でも、そのワナに引っ掛からない方法もちゃんと示してくれているのですから、皆さんの掃除ができていれば引っ掛からないのですから、引っ掛かったら皆さん自身のせいだということになりますから、悪しからず。
P59
 皆さんが恐れているから見えるだけなのです。恐れているということは見たいといっているのと同じなのです。神様は、皆さんが見たいものは何でも見せてくれますから、そのことをよく覚えておいてください。皆さんが見たものは自分の内側の反映なのです。内側を見るために外側に創りだしてくれたのです。自分の姿を見て怖がっているようなものなのです。皆さんの内側の掃除をしなければ、いつまでも見えつづけることになります。内側にあるものが外側にあるのです。外側にあるものは内側にあるものです。この道理をよく心得ておくことが掃除を進める際のポイントになります。

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P138
 そなたがアレコレ心配しているのは物質世界の大変であるぞ。そなたは肉体が無くなることを心配しているぞ。そなたは肉体ではないのぞ。そなたの本質は魂であるぞ。肉体が無くなっても魂は残るのぞ。魂は物質世界のどんな危険も毒もまったく関係ないのぞ。そなたの魂が神ゴコロであれば、噴火も地震も放射能も肉体がバラバラになっても関係ないぞ。そなたの魂は新しい肉体を得るぞ。そなたの心配している死は関係ないぞ。そなたが今までの死を避けようとしていると魂がアウトになるぞ。魂の掃除あれば、肉体で何が起きても関係ないぞ。何も怖くないぞ。肉体去っても神ゴコロならばOKであるぞ。食べるもの無くなっても毒食べても関係ないぞ。そなたが神ゴコロになることだけが必要なことであるぞ。神の最後の一厘であるぞ。そなたが嵌まっているトリックであるぞ。
P139
 そなたが学んだ今までの教えとはアベコベであるぞ。この道理わからねば、そなただけがアウトぞ。だれが助かるかは外からみてもわからんぞ。このフミはこのことを教えるための最後のフミであるぞ。これが最後の本当の真実であるぞ。人を頼る教や人を助けようとする教や争っている教についていくとアウトであるぞ。何が起きるか知れば知るほどそなたは危ないのぞ。これは真実であるぞ。これが真実かどうかと判断するのは嵌まっている証拠であるぞ。神の知識をいくら持っていても、目くそ鼻くそであるぞ。学や知や教や金では今回の大掃除は超えられないのであるぞ。そなたが自分がどうなるか心配しているとそなたが心配していることが起きるのぞ。心配するほど心配することになるぞ。


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