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逆お結び 6 インセプション

2011-01-30 Sun : 逆お結び 
久しぶりにラシカルが、ケモノ道の途中にフラリと立ち寄って雑談して、最近みた夢の話をして帰った。

 極楽トンボの皆さんへ

「地上デジタルの準備はもうお済みでしょうか? お済みでない方はお早めに・・・」なんて
地デジの宣伝については、あらゆる手段を講じて、ガンガン宣伝するのに、最大に怖い「自分自身の魂(心)の消滅」に関しては、全く無関心で浮かれている・・・日本人って、何という極楽トンボなのでしょうかね。

見せかけだけのケモノの道を好んで歩き、金と便利に取りつかれ、自分の内に溜まりにたまった我楽多に気がつかない。・・・いや、ここまで来たら見たくないんだ、と思うな。

ある日突然、三次元の時限壁が取り払われたらどうするんだろ、余りにも酷い、己のガラクタとヘドロにビックリして腰を抜かすんじゃないのかな。
このまま進めば、今歩んでいるケモノ道の先は永遠の闇の滝壺なんだぜ。覚悟はしてるよね。
野生のトキ(朱鷺)が絶滅したのは、時が無くなるという意味の「型示し」なんだって、人工繁殖でトキを増やそうとして、形だけマネしても意味が無いのさ。

時間が無いから、カンニングノートの「長谷本」を渡しておくよ。
・自分の肉体が問題集、外は教科書(自分の鏡)、そして自分で答えを出すんだよ。全員テーマが違うからね。
・ヒノモトが余りにも酷いから、ギリギリになって、元つ大神様の大サービスで出てきたのが「長谷本」なんだ。救世主は外には居ないぜ。・・・・・


なんてことを言いながら、最近みたという「日本●83」の夢の話をして帰った

 <日本○というのは「タイタニック」ちゅう夢>
借り免の船長さんたちが、毎年交代で船出して
いたる処で氷山にぶつけられ
それでも、氷山の正体に目をつぶり
船内では、外の混乱そっちのけ
見せかけの怪しい快欲に喝采し
身欲と保身は当たり前
金と科学に酔いしれて
金銀名誉の夢を見て
いつまで続くか、狂宴が

インセプションで、その夢の夢をみた
日の○の、行き着く果てにみた夢は・・・

贅沢に味付けされた
太平洋に浮かぶ「和風ステーキ」
肉の匂いに誘われて、いろんな国の食通が
「ボチボチ出来上がる頃かいな」
ニヤニヤ笑って取り囲み
ナイフやフォークを持って来て
ヨダレをたらして談笑し
愉快な会話を取り交わす

「さぁ出来上がったで、皆さん、ステーキ不沈空母が」
「ほな、皆で食べましょか」
「オー、これはうまそうでんな」
「その前に、一つと、七つに分けましょや、喧嘩せんようにな」
「そやな、自由、平等、博愛、それに人類は皆兄弟ですもんな」
「親には、金さえ出してもらえばエエもんな」
「金が神さんや、親より偉いで」
「立ってる時は、親でも使えと言いますやろ」
「もう立ってませんわ、腐りかけてまっせ」
「肉は腐りかけが、一番ウマイんや」
「ウーン、やっぱり、じっくり調理しただけあって美味しいな」
「それにしても、内側に sengoku83のスパイ’スが、よう効いとるな」
「誰の好みや? この味は?」
「そりゃ、米屋さんの好みですがな」
「なんや、バッファローステーキでしたんかいな、ワッハッハ・・・」
「裏はメシヤと言うとるらしいけどな」
「ところで、その裏メシヤさんどこに居るんや?」
「上座で、一番エエとこ食べてますがな」・・・・

さて、食事が終わったその後に、お皿の底に刻印が・・・???



 『毒入りキケン・・・食べたら死ぬぞ!!』


ゲゲゲ・・・鬼
さらに、皿を逆さにすると

『ヒノモトはス・テ・キになるのがお勤めじゃ!』


そして
夢の夢のその先の夢は、地獄の三段目
「地球刑務所」にいた・・・そこには告知板が。


     <告> 天国か滅びか
  
    「逆さま思考」の住人さま方へ

 いつまでも罪の清算ができると思ったら大間違いである。今の人類の魂の地球刑務所は、万古末代一度きりの、期間限定の仮設テントである。
 テントの閉所時間が来たら、問答無用で、即、片付ける。その時になって命乞いをしても、改心しても、もう遅い。
 「長谷本」で、あなたに「閉所予告」をお渡ししたから、今ここで、ただちに改心して身魂の清算を始めることである。
 後の「真釣り」はもうない。
 大神は鬼にもなる。
 鬼は「福の素」である。

                        おわり

(わからない人も、それなりに解釈してね。)


そろそろ、今年の節分から本格的に、いろんな鬼が出てきそうじゃ。

「新燃えの鬼のノックがインセプション」
                         ラシカル

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逆お結び 5 今の時期

2011-01-23 Sun : 逆お結び 
【真のヒトになるための生き方(上)】 長谷章宏 著

P27
 今のこの時期というのは、間もなくやってくる、今までのアベコベの世を引っ繰り返して、すべてのすべてを元に戻す(元の調和の⦿の世に戻す)、すべての穢れを一気に祓う最期の大掃除(「三歳苦難」)を人間たちが少しでも楽に越せるよう、新しい法律(「元の⦿のルール」)を知らせ、「⦿の法律違反の清算」をさせ、体験を通して新しい世の生き方を学ばせる、現界の掟(法律)の変更の『周知期間』でもあります。今ここですべてのすべての真実を、すべてのすべての仕組みをハッキリと知らせるのですから、これから先は、「知らなかった」という言い訳(屁理屈)は通用しません。勝手に⦿のルールに違反して、屁理屈をこねて好き勝手なことをして、何が何だか分からなくしたのは皆さんですから、「もっと早く教えてくれれば」という理屈も通用しません。元の⦿は、この期間の間にも少しずつ大掃除(地震、洪水、干ばつ、津波、噴火等々の天変地異/気象異変/犯罪/病気/事故/人間のシステム崩壊等々の再生への破壊)を進めますが、この時期が終われば、有無を言わせず、⦿のルール通りにビシビシとすべてを立て直していきます。Фのあるほど厳しくなります。今のままではФの人間たちにはとても耐えきれない、生きるもならず死ぬもならずの阿鼻叫喚の地獄絵図となります。
 すべてのすべての原因は、一人一人のФ心です。今までの世で通用していた、元の⦿のルールを外したФ見方、考え方、常識、思考パターン、知識はもはや通用しません。一番の失敗は⦿を外したことです。一番のドジは⦿を忘れていることです。皆さん全員は初めの一歩からすでに失敗しているのです。皆さんは善と悪の戦い(◐と◑の戦争)の地獄にいるのです。皆さんがこれからすることはすべてをゼロに戻し、元の⦿のルールを生きる態度を身につける本当の修行です。
P28
この本は、現代社会の混乱の真の原因を明かし、混迷の世紀末に⦿の光を灯す、Фの善人もФの悪人も、日本人も外国人も、人間も幽霊も、全員をマコトの天国、幸福に導く、「元の神⦿の目から見た真コトのヒトの生き方」を語った究極の人生(神生)テキストであり、真の(心の)自立への独習テキストです。同時に、現代社会のすべての問題をキレイサッパリ解結する、すべての議論、対立、葛藤をキレイサッパリ終わらせる究極の解結策を書いたマニュアルであり、これでわからなければもう手だてがない、ここで改心しなければもう間に合わない、これを否定すれば本当の「死」が待っている、新しい世界(二十一世紀/新しい時代の一世紀)に向けた大掃除(遊び場の交換)を直前に控えた、全世界全人類に告ぐ「元つ神⦿からの本当に最期の警告(オフレ/予告)」でもあります。今まで世に出ている「神示」と同様に、元の神⦿の響きを伝えるために、本文は「古文調」の文体ですが、今回は「古文不得意」の皆さんにも十分に分かるように、現代の社会を生きる皆さんが体験している実例(材料/用語)を採り入れながら「現代語」の表現に近づけて(翻訳されて)書かれています。皆さん自身の体験や現実と置き換えて読み進めてください。表面だけを見て「難しい」「わからない」と言わずに、一つ一つの漢字の読み方や誤字や脱字や文法や言葉の意味にこだわらずに、一々止まらずに、一々価値判断せずに、アタマで意味を取ろうとせずに、ハラ(イメージ/響き/感覚)で意味を取るように、とにかく最期まで一気に読み通してください。それが皆さんのする最初の「心のお掃除」です。
この「はじめに」も含めて、今までの本の形態とは違って、章分けも、項目分けも、小題もなく、初めから終わりまで一続きの文章をなっています。上下二冊に渡る長い長い「伝えフミ(お手紙)」ですが、これは必要があってのことです。すべてのものは一つですから、切っても切り離せません。すべては繋がっていますから、どこから読んでも他のすべてのすべてと関連しています。皆さんのいる世界も同じです。Фの心の眼鏡で見るから、分かれて見えるのです。原因は皆さん一人一人の内にあります。内を変えなければ外は変わりません。皆さんが今まで、たくさんたくさん学んできた(仕入れてきた/信じてきた)何でもかんでも善悪正誤真偽に分けて見る(考える)「Фの常識(ウソの常識)」をすべて外さないと、Фの思考(心/生き方/態度)を止めないと、いつまでたっても元の⦿には戻れません。元の⦿に戻らないと新しい世ではもう遊ぶことはできません。ですから、皆さんの魂に直接響くように、心に直接響くように、アタマの知識(「アヤマ知」/真実を隠している知識)を外せるように、皆さんの持っている論理の矛盾を解消できるように、手を変え品を変え、様々に言い換えて、一つのこと⦿を伝えて(渡して)います。
してはいけない「形(行動/発言)」はありません。してはいけない「心(Ф)」があるだけです。⦿への掃除の結果現れた破壊や混乱(●)の形を裁く(避ける)ことが悪です。Фの心での建前の◯を認めることが悪です。⦿をФして壊しておいて、形(外道)の善を守る(自らの苦しみや破壊を避ける/善を保つために悪を裁く)ことが悪です。
このくらいしつこく厳しく、ズバリと、何度も何度も繰り返して同じことを書かないと、皆さんの元の⦿の魂についた今までのФの垢(アカ/ヨゴレ/曇り)は落ちないのです。今まで身についた思考の癖(「価値判断」「アヤマ知」)、生き方の癖(苦しみを避けよう/痛みを避けよう/楽しよう/責任を逃れよう/邪魔者は消そう)はなかなか取れないのです。
P30
この本に書かれている内容、(情報)が全部分かるならば、ただの一つも異論(抵抗)がないならば、何も疑問がないならば、何も不安がないならば、何も不思議がないならば、何も誰もコントロール(操作)せずに100%思い通りにいくならば、あなたはすでに⦿の人間(の人生)を生きています。そういうあなたには「死」はありません。そういうあなたには「時間」や「空間」や「お金」や「法律」や「肉体」は、何の制限にもなりえません。そういうあなたには「神示」も「生き方の本」も「人の体験談」も「新聞」も「テレビ」も「宗教」も「この本」も「超能力」も「カウンセラー」も「学校」も必要ありません。「計画」も「段取り」も「操作」も「心配」も必要ありません。そういうあなたには、あなたが「必要な時」に元の⦿があなたの心に語りかけますから、素直にその通りに動けば(処理していけば)全部うまくいきます。あなたも相手もお互いに満たし合える「必要な人間」と出会わせて、「必要な場所」を渡して、「必要な道具」を渡して、「必要な情報」や「必要なもの(お金)を、その時に「必要なだけ」過不足なく与えてくれますから、何の心配も要りません。そして、新しい世(ミロク)が開く「その時」には元の⦿がお迎えに参ります(お知らせします)から、ミロクが開くその瞬間まで、どうぞ、そのまま安心してお好きなことをして遊んでいてください。これから始まる元の⦿の最後の大仕事である「世のタテカエタテナオシの大掃除」という史上最大のドラマを、お茶でも飲みながら、ゆっくりと見物なさっていてください。もっとも、こういう方々はこの本を手にしてはいませんが。「郷に入れば郷に従え」⦿の世ではФは通用せず。


     (元つ神からの最後の艮のフミ その一)より
P52
 今今のそなたらと申すのは、元つ真釣りのこの方が居ることなどキレイサッパリと忘れ去り、自らこそが三千世界すべてを産み生んだ真コトの神じゃと思い込んで居る元つ真コトの一厘を見失った中つ魔釣りの魔コトの神々の手下となりて、宇宙も世界も人類も、最後の最後は自ら自身も、形あるものすべてが滅びる世界人類丸潰れの仕組みの内に居るとも知らずに、現の世のことは何でもかんでも自らの思い通りに成るのじゃと勘違い致して中つ世界の人類の征服を画策して居る者どもの企みに、世界丸ごと上から下まで、一人残らず、まんまと嵌まりてござるのぞ。そなたら人間は、ウソをウソで塗り固めた魔釣りの世の常識を天国を創る真釣りの世の常識と取り違い致して、天国どころか地獄さえも創れぬ末はすべてが消え去る運命の魔釣りのやり方であるとも知らずに、自らの教えて居ることは正しいことじゃ、自らの申すことは真実じゃ等と申して、宇宙創世以来、人類の長い歴史を通じて、今の今まで何世代にも渡って、教育や政治や宗教の名のもとに、全世界全人類挙げて、親から子へ、教師から生徒へ、教祖から信者へと次々に渡し続けて来て居るのでござるぞ。最後は世界人類丸潰れの魔釣りで創りた魔コトの世界を真釣りの神の創りた真コトの世界と取り違え、魔釣りの創り出したウソを真釣りの真コトと取り違え、自らの望みとは全くアベコベの世を創り出すウソのシナリオに基づいて、すべてのすべての社会システムを創り出して来た成りの果ての姿が、今今のそなたらが居る乱れた世でござるのじゃ。
P53
 そなたらに魔コトを教えて居る当の本人達はと申せば、自らは魔釣りの神に囚われて居るからこの方の真コトは見えず、自らだけがすべての仕組みを知って居る唯一の者じゃから自らだけは騙されることはござらんと思い込み、自らが世界人類の王の王に成れると勘違い致して、自らがウソの魔コトを教えて居るとは露も知らず、最後は自ら自身も滅びる魔コトの世を進み来てしまって居るのに全く気づいて居らんのじゃ。そなたらが真コトに気づくその前に、魔釣りの知恵で真釣りの智慧を覆い隠し、真コトを魔コトにすり替えて、至福を便利と言い換えて、神を金に置き換えて、自らの支配に都合善き、自らが操り易き「ケモノ」ばかりの世と成して居るのでござるぞ。その者達は、金が無ければ何も出来ぬ、外が無ければ何も出来ぬ、教えて貰わねば何も分からぬ、自ら思考することの出来ぬ、自らの欲望のままに生きる、自らの力だけでは何もできぬように成りた者達の首根っこを押さえ込んで、不安や恐れや罪悪感を操作して、逆らう者には脅しをかけて、金から命まですべてのすべて、挙句の果てには神までも、何でもかんでも自らの思い通りに支配できる世を九分九厘実現したと思って油断なさってござるが、肝心要の元つ真コトの一厘を忘れて居るから、最後の最後にどんでん返しがあることなど露知らず、自らの企みしその仕組みに自ら自身が嵌まって居ることなど、コレっぽっちも気づいて居らんのじゃ。
P54
 そなたらは、自らに原因があるとは思って居らんから、何でもかんでも外のせいに致して、外を責めて、闘って、傷つけて、自らの思い通りに善く成ると思い込んでなさるが、結局のところ、自らが自らを傷つけて居ることに気づいておるか、そなたらが外と戦えば闘うほど、外を責めれば責めるほど、外を排除しようとすればするほど、魔釣りの世の支配を企んで居る者達の創りた仕組みをどんどん進めて、自らの首を締めてゆくばかりでござるのぞ。今のまま進めば、その者達もそなたらも、全員丸潰れの滅びの坂道をどんどん駆け降りて行くだけでござるのじゃ。何も知らぬそなたらは、何がマコトで何がウソかも分からずに、平和じゃ、自由じゃ、平等じゃ等と大騒ぎしてなさるが、元々のやり方がアベコベでござるから、いつまでやっても真コトの自由や幸福や安全や平和など出来る筈も無く、やればやるほど何が何だか分からなくなりて、何でもかんでも外に頼り、人に頼って騙されて、不平不満を申しても、何一つ自らの思いの通りにはならず、ますます混乱して行くばかりでござろうが。そなたらの居る魔釣りの世を支配して居る上の者達が自らの為して居ることに全く気づいて居らんから、何も知らずに下に居るそなたらが真コトに気づく筈もなく、魔釣りで創った不都合を更なる魔釣りでまつり縫い、目の前の問題を解結するどころか、次々に更なる問題を創り出し、挙句の果ては何が何だか分からなくなりて、もはや自らの手ではどうすることもできぬ、神無き地獄の世と成してしまって居るのでござるのぞ。

逆お結び 4 ⦿Ф㊉○●◑◐

2011-01-18 Tue : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著  (冒頭文より)

 これから語ることは、そなたら人間として生まれている者一人残らず全員に伝えておくべき大切な大切なことでござるぞ。そなたらのこれからの永遠のイノチに係わる、そなたの魂(肉体ではないぞ)の生死を決める重大事でござるよ。今までのように、このフミの表面だけを見て「自分とは係わりない神事である」などと、早合点していい加減に扱っていると、それこそ取り返しがつかなくなるから、そのつもりで読むことぞ。
 今度ばかりは今までとは違うのぞ。非常に大事なことであるから、もう後がないから、聞く聞かないは別にして、どうあっても人間に成っているすべての身魂に伝えねば成らぬことでござる。この方(元つ神)の言うことを聞かず、アタマで着て、アタマで食べて、アタマで住んで平然としている、曇りに曇った今今のそなたらでも分かるように、嫌でもやらざるを得なくなるように、今この時代を生きて、今この時代の中でこの方の言う通りに修行を終えたこの者(著者)を通して、あやま知の世界の人間の為に改めて語るフミであるぞ。「神の真理(神理)」「神の仕組み」「神の計画」「人生のカラクリ」のすべてのすべてを伝えるから耳の穴をよくほじくって、ココロして聞くのぞ。今までの宗教や哲学と同じだと思ったら大間違いであるから、くれぐれも取り違いなさらぬよう、最初に注意しておくぞ。

 そなたは身魂の掃除なくして新しい世の民になることはできないのであるぞ。そなたが掃除をするかしないかでそなたの身魂の永遠の生死が決まるのであるぞ。そなたの身魂が死ねばそなたは永遠に消えるのであるぞ。肉体の生死、財産、地位、名誉、金、信用、世間体云々どころの話ではなくなるのぞ。そんな小さなことにこだわっているとそなたはいなくなるのであるぞ。取り返しのつかないことになるぞ。疑えば疑うほどそなたは死に近づくのであるぞ。新しい世へのプログラムは決まっているのであるぞ。掃除を先に延ばせば延ばすほど厳しくなるのであるぞ。大変になるのであるぞ。最後はすべての人間が掃除を体験することになるのぞ。そなたがたよっている外のものをすべて壊して、いやでも掃除をせねばならない状況を創るのであるぞ。今そなたの回りで起きている天変地異や事故や問題はすべてその前兆であるぞ。少しずつ体験させているのであるぞ。今までのやり方で何とかしようとすればますます泥沼にはまるのであるぞ。そなたの今までの見方では怖いことばかりおきるのであるぞ。最後の最後には身魂の掃除ができたかできてないかの身魂改めがあるのであるぞ。そなたの身魂が生まれて以来初めての関所であるぞ。関所の通行手形は「掃除の終わった(神ゴコロに戻った)身魂」であるぞ。今度の今度だけは裏工作もワイロも学問も知識も地位も財産も何も通用しないのであるぞ。すべての者が平等にできることであるぞ。最後の最後に必要なのは「掃除が終了した身魂」だけであるぞ。


【真のヒトになるための生き方(上)】 長谷 章宏 著  (冒頭文より)

魔九十(言)が統べるФ(アク、悪、現空、開く)の世に、真九十(異)の⦿(親神)現れて、万古末代二度と来ぬ、㊉(とわ、十◯、永久)の⦿(天、十、点、・ )国開く成り。

百十(元)の九二(国)の◯九十(マコト)の⦿(かみ)が、⦿(元、素、基)の神力(じんりょく、尽力、人力)現して、◑と◐(中と中)との戦いに、最後の艮を致す也。

魔九十が統べる地獄(●)の世、真九十が統べる神(⦿)の世に、戻さな現の世が滅びると、叫ぶ真九十(・)の九九路(こころ、心、真、信、親/神への道=百に1)知れ。

元の真釣り(⦿)の大神が、三歳苦難のその前に、中の魔釣り(Ф)の神々(◑◐)へ、中つ魔釣りの人々(◑◐)へ、真釣り(⦿)真コトのフミ出して、最後のオフレを致す鳴り。

元つ真釣り(⦿)の真九十の神(⦿)が、真コトのイノチの種を蒔き、神から人まですべてのすべて、元つ真釣りの親神が三千世界を統べ真釣る(⦿)、元の神世(⦿)に返すなり。

中つФ(魔釣り)のФ(魔コト)の神と、元つ⦿(真釣り)のこの方(⦿)が、元つ四九三(しくみ)で対峙する、末代動かぬ三六九(ミロク)世開く、最期の舞台と成りたなり。

神の情報公開は100%でござるぞ。神の規制緩和は100%でござるぞ。岩戸をすべて開くと申すのは、そなたの内にある戒律をすべて外すことにてござるのぞ。何も難しいことはござらんぞ。素直に全部自由にすればよいだけぞ。混乱するのは、悪くなるのは、今までの掟破りの清算ぞ。全員掃除するから混乱するぞ。今の今もメチャクチャでござろうが。どこに平和がござるのじゃ。最後の最後は大掃除。地獄の如き様になるのぞ。自らが調和を壊しておいて、壊すことを悪じゃと申すのはいかなることぞ。壊して創る仕組み。悪くなって善くなる仕組み。取ったものを出してゼロぞ。壊しただけ壊されてゼロぞ。してはいかんことは何もござらん。殺されあろう何あろう、すべてのすべてはメグリ逢いでござるぞ。神の世界を穢したら肉体を怪我して身魂の清算するのでござる。肉体はこの方の貸しもの。そなたのものではござらんぞ。この方が肉体貸して清算させておるのぞ。

【真のヒトになるための生き方(下)】 長谷 章宏 著  (冒頭文より)

どんなに苦しい事が、あっても辛抱肝心。決して人を責めるべからず。自らのした事が、今、目の前に結果として現れて居る。その者は、その状況は、それを見せてくれた存在に過ぎない。苦を避けると申す事は、楽をも遠ざけてしまう事になる。人も自分も受け入れる、人も自分も許し合う、人も自分も認め合う事が、大事なのである。人を責めないという事は、自らを責めないという事と同じ意味を持っている。反省する事、自らを追い詰める事、自らを嫌いになる事は、何の意味も持たない。未来や現在に何の変化ももたらさない。人は体験を通してのみ、成長できる。体験を怖がり、拒否している限り、何の成長もあり得ない。体験出来た一つ一つが、自らの真実であり、答えなのである。自らを責めない代わりに、まず自らを受け入れる事を身に付けよ。次には自らを許すという事を身に付け、最後に自らを認めるという事を身に付ける事になる。その体験を基本にとすれば、人と係わる時、その人が自らにしたごとくに人を裁くという事は、おのずと出来なくなるのである。本来、人が人を裁くという事は、あり得ないオカシキ事なのである。自らの内奥を見つめる心の目がつぶれている事にすら気づかず、人と争い、自らと争い、満たされない心でさまよい、疲れ切る。これが自業自得だと気づいた者は、何とオカシキ事にエネルギーを使っていた事かと思えるはずである。もうФの争いは十分でござろう。



  <参照>
ミロクの世という21世紀の新しいゲームを遊ぶ人間学

逆お結び 3 「裁き」の愚

2011-01-11 Tue : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著
P142
 そなたらは、平気で人を裁いているが、それは神がもっとも嫌うことであるぞ。神は一度たりとも裁いたことはないのぞ。そなたらが勝手に、罪や裁きを創ったのであるぞ。神が許していたからできたことであることにお気づきあれよ。人の行動や言葉は神の想念が形になったものであるぞ。人の言葉、人の行動、自分の言葉、自分の行動を裁くのは、神を裁くのと同じであるぞ。そなたが裁いている限り、そなたの思い通りにはならんのぞ。そなたが裁けばそなたも裁かれるのぞ。自分が自分を裁くのであるぞ。神を裁いて神のココロになれると思っていなさるのか。神を無きものにしてこの先の天国あると思うなよ。自覚無きとはいえ、いい加減に目を覚まされよ。


【現代社会の極楽トンボくんたちへ】 長谷章宏 著
P59
 神さまが一番嫌うのは「裁く心」なんだぜ。神さまは何も裁いてないから、罪を裁く(自由を制限する)ための君たちの「法律」も大嫌いなんだってさ。『嫌いのものは無くすぞ』って神さまは言ってるけど、どうするんだい? 何でもできる(やろうと思えば、今ここで大掃除をして一気に全員を死刑にできる)神さますら、今のここまで⦿違反の君たちを生かして天国に行くチャンスをくれてるんだぜ。君たちに誰かを裁く権利なんてどこにあるんだい? 裁き合いができるのは、神さまが許してるからだぜ。神さまの許しあって裁けるんだよ。裁いている奴が勝手に自滅するだけの「自業自得」だから、神さまは好きにさせてるんだぜ。神さまが許してるからって勝手に屁理屈こねて『悪い奴は許さない』『悪は抹殺だ』『俺に被害を渡した奴は謝罪しろ』云々って調子に乗ってると、痛い目だけじゃ済まなくなるからな。「あっ裁いちゃった」って、裁くのが好きだな、君は。
P60
神さまの世界は○だけだよ。何で「×」を持ってるんだい? 『いいのかどうか?』の裏には『悪いかな?』があるだろ? 『いいのかどうか?』が違反を進めた犯人だよ。『いいんですか?』って神さまに聞いてる奴ばっかりだけど、神さまのことを信用できないのか? 『やめろ』『駄目だ』『許さん』って言ってるけど、君は「何様」なんだ? 全員が、自分の掟破りが原因なのに、可哀相も、被害者も、お気の毒もないもんだぜ。人も自分も裁けないのが神さまの掟なのさ。君は誰に遠慮することなく、自分が好きなことをすればいいんだよ。君のすることは何でもOKってことなんだよ。つまりは、「完全自由」ってぇことだろ。『人のすることに文句を言えない』し『自分のすることは止められない』んだよな。『いいのかどうか?』をやめる=『よくない』って言えなくなるんだよ。人にも自分にもね。責任転嫁や殺人や文句や罪悪感なんて、どっから出てくるんだ?

神さまは全部OKしてるんだぜ。死も殺人も病気も事故も怪我も貧困も倒産も戦争も誘拐も飢餓もテロも天災も、ぜんぶ自業自得の体験なんだぜ。どんな状況になるかは本人の違反度次第、物質の世界の道具を使って肉体を通してメグリの清算をしてるだけだから、神さまにとっちゃ『当たり前だろ!』ってとこだよ。そういう状況にならなきゃいけない奴がいるってことは、そういう状況を渡す役目の奴もいるってことだよ。前世のどこかでやられたから今度はやる方に回ってそいつのメグリの清算を手伝ってるんだよ。お互い自業自得の天国に向かう清算の状況なんだから、どこにも文句を言う筋合いはないだろ?

この世にゃ気の毒な奴も、悪い奴もいないんだよ。そういう奴がいるんだ、って言う奴の方こそ、そのままなら死刑になっちゃう気の毒な奴で、違反を認めない悪い奴なんだよな。21世紀に「病気」や「事故」や「災害」や「障害者」や「貧乏人」や、そういうものがあるなんて思ってるなら、君は神サマ教Фの信者だよ。21世紀には「問題」なんて一切ないんだよ。形の世界だけで「どっちが悪いか(悲惨か)」って見てるから何もわかんなくなっちゃってるんだぜ。地震や台風や雪崩や噴火等々は神さまがやってることだし、事故や殺人の状況も神さまがメグリ相応に出合わせてるんだよ。責任転嫁って、結局は、神さまを責めてることになるんだよ。君は自分の違反を棚に上げて、神さまに損害賠償するのか? 最期は「悪の根源」の君自身が君に責められることになるんだけどね。
P61
君たちに本当のことを自分の手で取り戻させるために、手出し口出しするのを控えて神さまが裏に隠れたから、君たちの世界は闇になったんだよ。君たちが掟違反をしたから、君たち自身でルール違反の清算ができるように、自分で自立できるように、神さまが闇(苦労を渡す世界)を創ったんだよ。本当のことを隠したっていうことさ。言うなればだな、君たちが闇を創ったのと同じなんだよ。つまりは、君たちが神さまに闇を創らせたようなものさ。光と闇を同居させるのは半端な苦労じゃないんだぜ。君たちだって天国や楽や光が大好き(地獄や苦や闇が大嫌い)なんだから、光(天国)だけを望んでる神さまが、光を消してわざわざ闇を創った神さまの気持ちがわかるだろ。ちっとは神さまのご苦労をわかってもいいってもんだろ。神さまが、しなくてもいい苦労をして君たちを自立させようってしてたのは君たち自身のためなんだぜ。神さまが今の仕組みを創らなかったら君たちはそのまま滅びの道を辿るだけなんだぜ。我が子を生かす親の誠の愛の現れに感謝しな!


【実践・日本真道】 長谷章宏 著
P65
あなたが、あなた以外の何かを裁くならば、あなたは、大変な過ちを犯していることになる。裁きというのは、あなたが善で、裁く対象が悪である場合に成り立つ。しかし、あなたに善悪があるならば、それは、天地の理法に違反した証拠である。天地の理法に違反すれば、それを教えるために、あなたの外に不都合が現れる。つまり、裁く対象である悪は、あなたの違反ゆえに現れたものである。あなたは、あなたの生んだ悪を裁いていることになり、自分を裁いていることになる。あなたが、外の悪に原因があると言い続けるならば、あなたは、あなた自身を裁き続けなければならない。自分が自分を裁いていることに気づかなければ、最後の被告はあなた自身となり、自らを死刑に処することになる。

あなたが天地の理法に違反していないならば、あなたには不都合はなく、他人を裁く理由は無い。あなたが天地の理法に違反しているならば、あなたには裁く資格はない。今ある法律は、天地の理法に違反した世界を維持するための法律である。従って、法律を使って誰かを裁くならば、あなたは、天地の理法の違反をし続けることになる。確かに、あなたは、その世界では生き延びていて、不快感を解消したことになる。しかし、その結果は、天地の理法に従ってあなた自身にすべて戻ることになり、最後は、天地の理法に違反し続けたあなたという存在が、天国から消えることになる。『他人を裁ける』というのは、取り違いをした世界で教わった思想が作り出す幻想である。価値判断を下し、善悪損得を決め、どちらにするか、という分かつ知を使った見方を捨てること、言い換えれば、自分の思いと口と行いを一致させること、そして、その結果体験すること一切を自分以外のせいにしないことが、そのことが、あなたの深奥に封印された真実、本当の天国の響きである真コトを復活する唯一の方法である。自分の思いや行動も含めて、『許さない』『認めない』という思い、「裁く心」を綺麗サッパリ捨てなければ、あなたは、自分を殺すことになる。

本来は、天地の理法に違反すれば、あなたはその場で消えることになり、今ここにあなたが存在することはできない。あなたが今ここに存在できるのは、一度だけ天国に戻る機会を得ているからである。あなたが、自らの意志で、自分が違反していることに気づかなければ、本当の天国に戻ることはできない。自らを善の存在であると思い込んでいる者に、それが誤りであることを教えるにはどうすればよいか。苦の響きが返るように仕組みを作ればよいのである。あなたは、自らを正しいと思い込んでいるから、あなたに快感を与えると、あなたは正しいと思い続けることになる。従って、あなたに不都合を渡すことで、あなたは違反の事実に気づくことができる。あなたは、もともと、不都合がない存在であり、苦が現れれば、おかしいと思うからである。しかし、苦があるのが当たり前であると思い込んでしまえば、情けの苦を避け続けることになる。「目には目を」「愛のムチ」というのは、他人が他人を正すと勘違いした解釈である。自分が自分のしたことを正す、のであるから、他人が他人を裁くことはありえない。真釣りの者は裁く必要がない。裁判という制度は、この取り違いを公然とシステム化したものである。あなたは、真中に天国の響きを持っていることを思い出さなければならない。天国の響きを持つ者に、苦があるのはおかしい。その苦は自らが作り出したものである。苦を自分以外のせいにするならば、それは、全く逆さまの思い違いである。天国を壊した者が、苦を避けて天国に戻ろうとしても、それは叶わない。天国を作ったつもりが、自らの滅びを呼び込んでいることになる。
P66
苦が現れた時、あなたがどう反応するか、が鍵である。自らが違反したことを認めるならば、他人を裁くことも、不平不満を口にすることもできない。その苦は、あなたの違反の結果だからである。もし、あなたがあなた以外のものを裁くならば、あなたの苦はどんどん増えることになる。一つ残らず自らが呼び込んだ苦であることを認めない限り、あなたは、どんどん滅びの道を駆け降りることになる。都合のよいことだけに当てはめるようないい加減は、一切通用しない。「すべて」と言ったら「すべて」である。自らの理屈で、何とか苦を避けた積もりでも、その結果は、必ず、更なる苦となって戻ってくる。強制はないが、いい加減なことをすれば、最後は残念では済まなくなるから、よくよく考えて、どうするかを決めることである。もし強制だと感じるならば、それは、他ならぬ、違反をした自分が自分に課した強制である。一言違わず確実に実行しなければ、自分だけが滅ぶことになる。他人は誤魔化せても、自分は誤魔化せない。自分を誤魔化せば、自分が滅ぶ。



【西暦2000年ミロクの世が開かれる】長谷章宏 著
P194
 この方の語ることを○×判断したり、疑ったり、気違いだ、アホだ、変だと言っているとしたら、怖いとか、不安だとか、良くないとか感じるとしたら、それはそなたが「あやま知」にとらわれている証拠であるぞ。そなたは「あやま知」のゲームの中にいるのぞ。この方はすべてを許しているのぞ。この方の許さないものは形にならないのぞ。そなたらがトンネルを掘ろうとして事故になるのはこの方が許さないからぞ。「悪」という形は、この方が許しているから存在しているのであるぞ。この方が許しているものを何故にそなたは裁くのであるか。「悪」を「悪」というのが「悪」であるぞ。「悪」を「悪」というそなたが「悪」であるぞ。そなたがこの方の言う通りに聞いていれば「悪」は関係なくなるのぞ。「悪」が気になるのは、この方を無私している証拠であるぞ。外に頼るゲームをしている証拠であるぞ。外に頼るならば何が起きても外に文句を言うでないぞ。この方に真釣われば、そなたは何でもできるのであるぞ。人に頼って文句いうのは自分だけ勝手のご都合主義というものであるぞ。自分勝手でない者はいないのぞ。神の自分勝手を生きるならば皆がうまくいくのであるぞ。悪を裁くそなたが邪魔者であるぞ。

 この方は何も裁いていないぞ。いっさい裁いていないのぞ。この方はすべてを許しているのだから戒律はないのぞ。神のルールは「自分のしたことは自分で責任をとる」ことだけであるぞ。神の仕組みはそなたの選択通りにそなたが体験するように創っているのぞ。自業自得であるぞ。そなたがどんな体験をしようともすべてそなたの選択の結果なのであるぞ。外をコントロールしたり、外を制限したりする必要はないのぞ。法律はいらないのであるぞ。神のルールが分かったら、争いも犯罪もなくなるのぞ。できなくなるのぞ。それをしていると自分が危ないことが分かるからであるぞ。「裁く」というゲームは、この方が許しているものをそなたが裁いていることになるのぞ。そなたは何をしているのか。いい加減に裁くのをやめないとそなたが地獄に落ちることになるぞ。神が落とすのではないのぞ。そなたが落ちるのであるぞ。自分の苦の原因が外にあると思っているから、外の悪を裁くことになるのぞ。外の悪をやめさせる必要があると思うことになるのぞ。そなたがしていることであるぞ。外の悪とそなたの体験とは関係ないのぞ。裁判官様、警察官様、自らのしていることが何かをかえりみられよ。そのままでは皆終わりであるぞ。

逆お結び 2 初詣

2011-01-05 Wed : 逆お結び 
【現代社会の極楽トンボくんたちへ】 長谷章宏 著より
P44
 君っていう魂が生まれたからもう三千年も、君のハラにはずっと「嘘」が居座ってるんだよ。君の回りが嘘ならば、君が今まで教わってきたことはいかなるものでござりましょうか? 君の心にいらっしゃるのはいったいどなた様でござろうか、ってな。本当のことを何も知らないのが証拠だろ。何でもかんでも疑うのが証拠だよ。都合悪いことがあるとすぐ誰かのせいにするのが証拠だよ。屁理屈こねて逃げ回ってるのが証拠だよ。神さまを研究してるのが証拠だよ。君の心に嘘があれば君の現実は嘘になるんだよ。君のハラの真ん中に嘘が座ってれば、君の回りの四方八方全部が嘘になるんだよ。「八股の大蛇」が真ん中にいれば、君の回りの八方全部がオロチの頭に牛耳られるってわけさ。本当の神様は「丑寅(艮)のコンジン様」で丑だけど、牛違いの神様に仕切られてるってわけよ。教えてくれた先生や教祖様たちが悪いんじゃなくて、本当のことをキレイに忘れて嘘を見破れなかった君が悪いのさ。『嘘だ』って思っても『そんなことを言ったらヤバイから』っていつまでも回りの言いなりになるのを選んできた君自身のせいだって言ってるんだ。

 「神道」教によればだな、アマテラス様が岩戸から出たっていうけど、皆で悪企みして騙して出したんだろ。アマテラス様も騙されて出た神様だろ。騙されたアマテラス様ってのは本物のアマテラス様じゃないんだよ。本当の神様は嘘には騙されないんだよ。全部お見通しだからね。君たちが知ってる「古事記」や「日本書紀」ってのは、誰かさんに都合よく書き換えられてるんだぜ。もし「本当のこと」が書いてあるんなら、少なくとも「日本にだけ」は天国ができてる筈じゃないのかい? 『そんな失礼なことは~』なんて言うのが真っ赤な嘘の証拠だね。「本当のこと」を知ってたらそんなことは言わないぜ。君は何も知らずに「神サマ」を奉ってるんだよ。「古記」を基にしてる「神道」が何を教えてきたのかってぇのはもう明白だろ。「本当の神道」は、今の今までずっと闇に葬られてたってわけさ。実際は「本当の神様」が黙って葬られてくれてただけのことなんだけどね。

 今の君たちが祀ってる「天照大神様」ってのはね、本当の「アマテラスオオカミ様」じゃないんだよ。『そんな失礼なことを~』って、またまた激怒するかい? じゃあ聞くけどね、「スサノオ様」はいったい何処へいったんでしょうね? アマテラス様だけオマツリしたって、天ばっかし、太陽ばっかし、天使ばっかし拝んだって、片手落ちってもんだ。厄払いするなら、福祓いもしたらどうだい? 鬼は外で福は内かい? 「神種差別」の偏見もいいところだぞ。何たって、「神様」を差別してるんだから、「人種差別」云々なんて言えた義理かよ。自分に都合がいい方だけ、片方だけ、○だけ欲しがるから、君の欲しいものが全部こないんだよ。君たちが祓ったってぇ厄はいったいどこに祓ってるんだい? スサノオ様をオマツリしてるのは、君たちの罪を祓ってもらった罪悪感からなのか?『私の厄を引き受けてくれた感謝の印』なのかい? 君たちが祓った厄はいったいいずこにおわすのでござりましょうか? この「現界」も神さまが創った世界なんだけどね。
P45
 君は厄を祓ったつもりになってるだけだろ。君が御利益を求めて毎年毎年飽きもせずに神社に初詣してるってぇのはどういうことだい? 今だに天国になってない証拠じゃないのかい? 君たちはいったい誰に厄を押しつけてるんだい? 君たちが「悪魔」を怖がってるのはどういうことでしょうかね? 厄を引き受けてくれる神さまが『嫌だ』って言ったら君の祓った厄はどうなると思う? 『神さまは優しいからそんなことは言わないよ』だって? バカこけ! 甘い甘い。君は「厄払い」の本当の意味がわかってないんだよ。本当は、君の回りにゃ厄なんてどこにもないんだよ。君が心に創った厄を祓った積もりになってるだけだろ。君が厄を持ったままで神社にお参りしたって、神さまは何も叶えてくれないんだよ。君がやることをちゃんとやらなきゃ御利益なんて永遠にこないんだぜ。

 祓うものが全然違うんだな。祓うも払うも同じことだぜ。お支払ってのは「ゼロ」にすることだろ。「ローン」のお支払いもちゃんとできない奴に、本当の厄払いはできっこないんだよ。「ローン(借り/メグリ)」を清算して「ロン(あがり)」だよ。いつまでも清算を伸ばしていると大変なことになるぞ。本当の厄ってのはね、君が後生大事に握ってる「嘘」のことだよ。君の心に嘘があるから、本当のことを教えるために厄に見える出来事が来るんだよ。神さまが、君が祓った厄を返してくれてるんだよ。自分に都合が悪いからって、それをまた追い返したらどうなると思う? またまた追い返しただけの厄が来るってもんだろ。君が出したものが君に戻って来てるだけなんだけどね。君が分離した「もう一人の君」を神さまが君の所へ再び案内してくれてるんだよ。君がもう一人の君と仲良くしなくちゃ平和にはならないからね。君の心の中が喧嘩するのをやめなくちゃ君の回りの喧嘩もなくならないんだよ。最後の最後は、君が祓った厄を全部纏めてお返しするから、絶対逃げられないんだぞ。

 君が祓ってるのは君自身なんだぞ。君が持ってる厄をそのままにしておいて、福ばっかし追いかけて、せっかく来た天国への種(厄)を追い返すなんてバカだねぇ~。君が厄を持ってるから厄が来るんだよ。外は鏡。追い出した自分を君自身が引き受けなくちゃ君の心のお掃除は進まないぜ。厄を祓うだけますますホコリが溜まるんだよ。ホコリのある奴が人のホコリ祓いを手伝ったって、ホコリを溜める方法を教えることになるだけだろ。自分で自分のお掃除の手間を増やして、君はいったい何をやってるんだい? 今の君たちはホコリだらけだぜ。きったね~奴らばかりがウヨウヨしてんだよ。見苦しいぜ。ホコリを持ったまま誇りを持つのは君の勝手だけどさ、お庭やお部屋のお掃除とか重油や核のゴミ処理とかゴミ問題の議論とかにウツツを抜かす前に、まずは自分自身の心のお掃除をしたらどうだい? 3000年を1年って考えればさ、神さまの「年末大掃除」がもうすぐ来るんだけどね。完全にお掃除が終わらなきゃ「本当の初詣」はできないよ。どうする?




【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著
P211
 自分のしたことの結果をひとのせいにするというのはどういうことであるかよく考えてみよ。そなたが感じている「苦」はそなたがそなたのまわりに、見える世界見えない世界に宇宙にばらまいて神や人に与えた「苦」と同じであるぞ。神の世界は天国であるぞ。そなたが不調和ばらまけば天国の安らぎはないのであるぞ。そなたがばらまいただけのものはそなたに体験してもらうのであるぞ。これは一人として避けられないものであるぞ。そなたが安らぎや天国を感じようとしてもそなたが蒔いた分だけは引き受けることになるのであるぞ。そなたがこの方の言うことを理解したとしても、そなたがまき散らした分だけはしっかりと引き受けてもらうのぞ。そなたがしただけのものは返してもらうのぞ。そなたがこの方の言うことに反論したり疑ったりすればますます不調和をまき散らすことになるのぞ。そなたのしたことの結果はそなたに戻るだけであるぞ。そなたはこの後に及んでまだ「苦」を体験したいのか。そなたの「苦」や「問題」や「怪我」や「病気」や「事故」は、そなたが不調和出していたことに気づかせるために、この方がこの方の家来を使って、そなたが出した分だけ、忠実に、一つのもれもなく、多くも少なくもなく、ピタリピタリとそなたに返しているのであるぞ。今ならばそなたが耐えられる分量ずつ渡せるが、最後の最後はまとめて渡すのぞ。そなたがすべて返済するまで、お掃除が終わるまでそなたは天国になれないのぞ。後ろの期限は決まっているから、先に行くほど纏めてやることになるぞ。先に延ばすほど自分が苦しくなるのぞ。今怖いものはもっと怖くなるぞ。早く始めるほど楽に天国になれるぞ。楽であるが楽ではないぞ。そなたの身魂が生まれて今まで何世代にもわたってまき散らしてきたものを全部清算するのであるからぞ。

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