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人類は未だ気づいていない

2011-04-28 Thu : 浮び上る縮図 
                           
    人々は未だその存在に気付いていない




長谷章宏ファミリー(章宏、真由美、結理花)の真実



長谷親子は現在、離ればなれに分けられて生活をさせられている。

人類は、長谷ファミリーが存在してるという事の本当の意味を未だ知らない。

このことに関し、私が知り得た「真実」をここに記す。



長谷章宏ファミリー(章宏、真由美、結理花)は日本にこの時期に必然として現れた存在である。

卑近な例えで言えば、地震や福島原発の解決方法を知っている、という より、「解決それ自体」の存在である。

混迷への道程を加速して歩み始めた世界に「収拾案」を提示することができ、世界が「天国」となる方法を提示することが可能な唯一の指導者的存在である。

人類の核としての存在である。(この核が分離されている限り日本そして世界は分離し続ける→「世界の核分裂」)

長谷ファミリーに起きることは、日本に起きるそして、世界に波及する。
(型示し・・・原子核→原子→分子→地球と月→太陽系→宇宙・・・の相似形、雛型、縮図)

長谷ファミリーは「真のヒト」、「真」の「普通の人」、「真」の「大 人・成人」のモデルである。
(三位一体=造化三神=宇宙創造神・・・の型示し)



長谷ファミリーがこの時代の「日本国」に現れた最大の理由とは・・・ 日本を中核として世界平和を実現するため。

日本は世界の雛型(親国)・・・日本が平和にまとまれば、世界(子)は平和へと導かれる。



長谷章宏氏が寝食を忘れて20年間に渡り基礎を築いてきた、生きとし 生けるもの全てのための「天国実現」の実践真理の理論が完成しつつ あった。しかし、その最後の時期に事件は起きた。その事件とは・・・



長谷夫妻が平成20年11月1日に逮捕されたことから事件は始まった。

夫妻には結理くんという一般では考えられない成長をとげた赤ん坊(時間を超えた子供と言った方が正しいかも知れない)がいた。

結理くんは生まれてわずか27日(平成20年4月9日誕生、同5月5日死亡)の間に驚異的な成長(伝い歩きや言葉の理解等)を遂げたのである。その結理くんは異次元のマイナスエネルギーとの壮絶な戦いで、自分の肉体を解き元の世界に帰って行った。

結理くんの成長ぶりや魔界との戦いの外観の様子は同居していた数名の人たちも知っている。証拠品として警察に押収された携帯の動画にも残っている。

死亡後も両親は、想念で結理くんが遺体に時々戻って来ることが分かるため、普通に生きている感覚で遺体をそのまま安置していた。

その後、乳幼児の定期検診の関係で連絡がないことから、児童相談所が幼児虐待の可能性あるかも知れないとの通報で京都五条署が動き、二人は長男(結理くん)に関する「保護責任者遺棄致死と死体遺棄」容疑で拘留された。

ここでは、裁判の内容(裁判所の一方的な偏見での進め方)もさることながら、日本を救う手段とその原因について伝えることにしたい為、経過だけを簡単に表現し、詳細は別途資料にて確認されたい。



さて、裁判は、京都地裁、大阪高裁、最高裁判所の経過を辿り、その結果は、前代未聞の事例であることが考慮されることなく行われた、型通り の「やっつけ裁判」による一審での判決を覆す事無く、長谷夫妻に対す る「懲役6年」の実刑判決で結審された。

裁判過程の途中で、妻の真由美さんは手錠をかけられたまま平成 21年2月22日に長女「結理花」を出産したが、その4 日後、結理花ちゃんは強引に児童相談所へ保護された。



その時から親子の離別状態は今も継続中である。
父親の長谷章宏氏が実際に結理花ちゃんに会ったことは一度もない。
(しかし、肉体は離れた場所にあっても、肉体を超えた「時空」を超えたレベルにおいて、結理花ちゃんはいつも夫妻の側にいるに違いない)
結理花ちゃんは結理君の生まれ変わりである。



長谷夫妻の裁判過程に於いて、我々支援会のメンバー達は「この裁判は判決に注意をしなければ、日本は大変な事態に直面する」「科学の世界でもダークマタ―として存在が証明されている通り、見えないエネルギーは存在するのでその観点から審議しなければ冤罪を生む」旨の内容を、上申書で再三に渡り提出していた。

しかし、その内容は完全に無視されてしまった。

つまり、この三次元のわずかな知覚(私が思うに1%以下の認識)で全てを処理してしまったのである。

(科学の世界でもダークマタ―という物質の存在が取りざたされ、物質世界の活動は見えない世界をも考えると、せいぜい5%程度の認識度でしか動いていないとされている。)

つまり、人を裁くという行為は「顕微鏡で地球を見ているような行為」なのである。



そして、最高裁の最後の判決で決定的なことが起きた。

平成23年3月10日、最高裁判所は「上告棄却」の最終判決を持って結審。

そしてその結果、私たちが危惧し上申書で警告していた「日本の壊滅的的状況の始まり」となった。東日本大震災の発生である。



東日本大震災と本裁判判決の因果関係の時系列的流れは下記の通りである。

3月9日(水)  三陸沖で地震発生 M7.3(結審日前日)

3月10日(木) 最高裁が「上告棄却」の最終結審→判決主文郵送

3月11日(金) 「東日本太平洋沖大地震」が発生 

3月12日(土) 長谷夫妻宅に判決主文が届く

3月13日(日) 最終判決結果を受け、支援する会メンバー数名が追って「緊急上申書(日本が危ない主旨)」を作成

3月14日(月) 長谷夫妻が「異議申立て書」を弁護士経由で上記の上申書を同封し最高裁に送る

3月24日(木) 最高裁が「異議申立て書」を却下

3月25日(金) 福島原発にて作業員3名が被爆など被害の未知数の拡大

その後は異常な数値の放射線の汚染水問題など未曾有の問題が続出、廃炉の方向で検討され、付近一帯は人が住めない状態、更に海洋汚染へと進んでおり、下手をすると更なるな水素爆発も懸念されている。
既に収拾が付かない状態に陥っている。

      ・・・・・・


そして、4月20日(水)長谷夫妻の元に京都地検から召喚通知が届いた
(収監日は長谷夫妻だけが知っており、我々にも知らされていない)



<長谷夫妻が、収監された場合に予想されること>

その後は日本と国民がどのような運命をたどるか・・・それは未知数だが、


「長谷一家の運命=日本の運命」

となる。



一年以上前の、平成22年年1月17日に私自身のブログ(最後に添付のflow-er)で、この事件に関しての近い将来に予想される日本の運命として述べている。

現に、平成20年11月1日に逮捕されて以降の日本と世界の事象(人的、自然現象)から確認できる。いちいち上げないが、特に日本の凋落ぶりは目に余るものがある。これからも急速に変化(政治経済は当然、天変地異、国際問題等々・・・そして見えない闇の世界からの影響)していくであろう。

元の元の元がわかっていない政治家、学者、知識人等々が何を議論しても益々混乱するばかりの世となるのは必定である。



長谷親子を「超法規的手段で早急に完全開放すること」だけしか道はない。



更に伝えておきたいが、今、主にキリスト教諸国において「悪魔憑き」という現象がこれまでになく多発しており、「悪魔祓い師」の絶対数が不足しているという。そして、バチカン公認の「実話」の映画化であり、日本でも公開されている映画「ザ・ライト/エクソシストの真実」と同じ様な現象が日本の実社会の中で起こり始める可能性がある。
(実は、既に数年前から日本でもそうした事例が発生しているが、一般のニュースにはなっていないだけである)

つまり、この世と幽界の壁が徐々に無くなって行く現実(あの世と同居)を目の当たりにすることとなるであろう。

様々な天変地異、政治経済、国際問題、事故や犯罪等々に加えて国民の恐怖はいかばかりか、阿鼻叫喚、修羅の地獄は覚悟しなければならないのであろうか。


一例として、上記の「悪魔憑き」のような現象に対峙することができ、的確な対処のスキルを持つ「日本で唯一」と言ってもよい人物が存在している。

長谷章宏氏である。

その人物を、今、「日本国」は「収監」しようとしている。

それは「自殺行為」であり、「亡国」」の道を自ら選んだに等しいのだが。



<長谷夫妻を『被告人』として裁くことの意味とは>

全人類が知っている「イエス・キリスト」の例えで言えば分かるだろう・・・イエスはこう言った。「あなたたちの中で、何ら罪を犯したことのない者が、石を持ってこの女性を打ちなさい。」つまり、罪なき人間のみが罰を与えることができる。

この世に存在する人間に一人として人を裁く権利はないのである。

地球も宇宙も創った大元のエネルギー(創造主とか神)が最も嫌うこと

それは「裁く心」である。

神はすべての自由を与えている。それ故に「裁くという行為」もできる。しかし、裁くということは、神が自由を与えていることに対して己の善悪(分離思考)で善と悪に分けて「自分の都合で裁きを行っている」ことになるのだが、人々は気づいているのであろうか。

「裁く心=神が最も嫌うこと」を持ち続ければ、その責任は自分自身で取ることになる。これは、「裁判官」も例外ではない。

長谷親子の解放が遅れれば遅れるほど、国民のそして、全世界の苦しみが増していくことになるであろう。

東北地方での被災者の姿は我々日本人すべての将来の姿となるであろう。

「自由には責任が伴う」という言葉の重みを理解するべきである。


日本人は分離思考(善と悪、福と厄、+と-など、本来一如のものを分ける心)で楽ばかりを求めて来た。

資源が無いといわれる国が進歩発展に目がくらみ、諸外国から資源、技術、思想等々・・・プラスのみばかりを輸入してきた。その結果、日本は物質面では豊かになった。

反面、後進国と言われる諸外国は、その分のマイナスを引き受け貧富の差がひどいものである。

日本は、ミットモナイほどの飽食ぶりであり、その恩恵については見向きもしない。


「福」のみを求めていると、「厄」のエネルギーは積もりつもって、いずれ戻って来る。
それが一気に大震災、原発事故として返ることとなった。

神からの日本に対する大いなる警告である。東北の人々はその犠牲となったのである。


「福島」は、「島」ではないのだが、何故そのような県名となっているのか。

「福島」=「福の島」のことであり、それは「日本国」という島国そのものを型示す県名なのである。

「福島県」の被災は、「日本国」全土の被災の前触れの警鐘である。

この警告でも気づかなければ、日本は更なる試練が待ち受けていることを認識しなければ、ただでは済まないことになるであろう。そして、それは世界につながる。


「日本国」を本当の意味での「福の島」となし、先ず日本から始まり世界に波及すべき「天国」への道筋を提示することができる存在が、長谷夫妻である。



「長谷親子完全解放」 か 「日本亡国=世界壊滅」か。



時間は無い、一刻を争う状況の、その只中である。
                                         
以上



  ****************************



<参考ブログ> 2010年1月17日 flow-er より

長谷夫妻が京都五条署に逮捕拘留されたのが平成20年11月1日です。
その後「死体遺棄」「保護責任者遺棄致死」で起訴されました。
当時のマスコミでは正しく取材もせずに死体遺棄、宗教団体、という触れ込み情報がなされ真実とは肝心な点で間違った報道でした。又、変に事件を面白く(「産院で線香を焚く」などといういい加減な新聞社)書きたてる雰囲気も感じられました。

それはともかくその後、長谷夫妻に国選弁護士が各自一名ずつ選任されました。
それから京都地裁で翌年の平成21年7月中旬に第一審の裁判から始まり、同7月中旬に二人は保釈となり、9月初旬に地裁での審議は終り、10月初旬に京都地裁で判決の言い渡しとなりました。
判決内容は、実際の事件の真実とはかけ離れた親の責任放棄による衰弱死と断定され、二人とも検察の求刑10年に対し、6年の実刑判決でした。
余りにも一方的な内容でしたので、弁護側は即控訴手続きを取りました。
さらに具体的な詳細をお知りになりたい方は 長谷結理くん事件の真実 をご覧下さい。

尚、結理君の遺体は検察側で司法解剖されました。
しかし、長谷夫妻の援助者側は結理君の成長過程を確認の為に、結理君の遺体を某大学にお願いし詳細な分析の依頼を致しました。

    (某大学での鑑定結果)
・病理学や組織学を超えたものが存在しているが、それが何かは確定できない。
・全体としてカルシウムの量は多く、分らないものがある。
・新生児は絶食5日が限界それ以上の14日間はとても考えられない。
・いずれにしても「何かある」今回の鑑定で終りとは思っていない。


この結果は前回記した通り、結理君が生きていた27日の間に、「心身共に普通の赤子では考えられない、常識を超えた成長」があったという証拠です。
しかし、京都地裁はこの鑑定結果及び実際に発生した出来事を殆ど取り上げないまま、死亡したという事のみに終始し、実に形式的な判決の言い渡しを行ったのです。
この判決は云わば・・・”コップの水が太平洋を断罪する”という様な滑稽きわまりない内容です。
検察と京都地裁は余りにも自分達の思考の上をいく、「突飛な内容」であるが故に、事の重大さを理解出来ないのでしょう。
長谷結理君や長谷夫妻の体験する世界は一般の人に比べ、比較にならない程大きいのです。

私が、言いたい事は二人を一刻も早く自由の身にしなければ「裁判どころの話では無くなる」と云う事を伝えたいのです。・・・「人類の大いなる損失である」と表現します。

長谷夫妻を「国家の指針を示すための国の逸材」として起用する事を検討せずして、罪人に貶めることは「大本弾圧事件の二の舞」であります。
「大本弾圧事件の結果」日本は戦争に負けて悲惨な目に遭いました。
当時の大本教が「当時の日本のヒナ型」だった・・・という事は前々回に書いてます。今回の「長谷結理君事件」はその二回目の試しです。「同じ事を二度」繰返してはいけません。

次元が違うと思うでしょうが、長谷結理君の事件の仕組みは日本の将来を左右する事柄なのです。
「神の仕組み」は人智では計り知ることが出来ません。この神仕組みを解いたのが長谷夫妻なのです。
大本弾圧と同じ事を今回繰返しているという事は、これから日本を他国に占領させ、朝鮮半島の様に分断される可能性を含んでいます。
太平洋戦争終戦時に旧ソ連が米国と日本の国土を分けようとした事を思い出して下さい。
太平洋戦争の結果は「時空を超えたこれからの日本の立場」のヒナ型だったのです。
今回更に同じ轍を踏むと、日本は他国(複数の国)から侵略される事でしょう。
現に鳩山政権が微妙な動きを始めています。
下手したら、今回の民主党政権で日本の政治は最後になるかも知れません。(民主党政権の善し悪しを言ってるのではありません。どの様にしても、ねじ曲がっていくということを伝えたいのです。他の党でも同じ方向になるでしょう。ただ、民主党が自民党から交代したという事は、これから上下関係などが逆転していく暗示となるでしょう。)
いわば、「大本弾圧の結果⇒敗戦」は日本民族に与えられたワクチンだったのです。次は日本が瀕死状態の結核になる可能性が大です。

何れにしても、既に「有罪」の判決が決定されましたので、日本はこれからは「しばらく亡国の道」を辿らざるを得ない選択をしたことになります。
それでも、日本の衰退や被害の度合いを少しでも小さく抑えるためにも大阪高裁での第二審の判決は速やかに「無罪」を下さなければ、トンデモナイ結果を生む事になります。
法律や規則や検察のメンツに拘っている場合ではありません。

長谷夫妻が平成20年11月に逮捕拘留された後からの、世界の動きを冷静に見てください。実は1990年代(平成)から徐々に始まっていますがこれから更に大きく加速していくでしょう。  
いちいち挙げませんが「何か変」と思う内容・・・世界情勢、異常気象、天変地異、政治の迷走、経済の滑落(回復不能)、訳の分らない事件、事故・・・等。

京都地裁での有罪判決は「後戻りできないスイッチ」を入れてしまったという事なのです。
繰り返しますが、とにかく早く正しい司法判断をお願いします。
長谷夫妻は倍賞など請求する方ではありません。全てを許していますので・・・。
「日本の起死回生の手段」を握っている人は世界中捜しても、長谷さんご一家だけなのです。
そういう人物が日本に存在しているという認識を持つべきです。

「同じ事二度繰返す仕組」という表現は 岡本天明著 ”ひふみ神示 ア火ハの巻”の文章の一部です。
ひふみ神示(日月神示)が降りたのが戦中~戦後ですが、内容は今とこれからの事が表現されています。
改めて言います一回目が「大本教弾圧事件」 
         二回目が「長谷結理君事件」
二度目は改心せねばならないのです。
「神ですら改心した」とあります。改心が遅れると手遅れになります。

その理由・・・大本弾圧に比べ今回の事件は規模は遥かに小さい様に見えますが、既に時代は第一次大本事件から約90年近く下っています。
この内容は前々回で表現しました様に時代が進むに従い、例えば「テコの支点」が棒の先の方に移動しているのです。
このまま進めば棒の先に到達します。そこがタイムリミットなのです。
今回の「長谷結理君事件」は「大本弾圧事件」と「タイムリミット」の間の出来事ですが、かなりタイムリミットに近い所で起っています。
はっきり言ってタイムリミットはあと5年以内の数年です。
さらに、今の時代は真理とはアベコベの「真逆の時代」と表現しましたが、その時期が来れば「テコの支点」からの力の伝わり方も逆方向になることでしょう。
そのタイムリミットの時点になれば逆の作用が働き、テコの逆原理で、世界を動かそうとしていた人類が逆に棒に振り回わされる事態となるでしょう。
つまり、現象として地球全体がユラリユラリと揺らされると云う事です。

改めて言っておきますが、私は大本教とは一切関係ありません。そして、長谷さんも宗教などの教祖でも何でもありません。平たく言えば、長谷さんは普通の人です。特別な先駆者、哲学者と云った表現の方が分りやすいでしょう。

 <余談ですがこの前テレビを見ていたら>
米国では見えない力の研究に力を注ぎ、遠の昔から軍部やCIAなどで諜報活動、戦略組立や犯罪捜査のために、サイキッカー達を養成してリモートビューイング等を導入し時空を超えた調査をしていました。もちろんロシアや欧州でも採り入れています。
それに比べ日本は硬直した唯物主義的思考のみに囚われて、あげくの果てには検察の実績作りやメンツや前例のみに終始し、冤罪までも生み出す始末であります。

”日本は神国である”と標榜している政治家や知識人の皆様は一体、何を見て何をしているのでしょうか。
この事に限りませんけどね・・・・・まぁ、仕事?をしているのでしょう。 
日本は既に幽国になってしまったのかも・・・。
                               以上

***************************

 上記内容をご理解の上、長谷夫妻をご支援して頂ける方は下記「長谷夫妻を支援する会」をクリックお願いいたします。そして、まずは日本を救う熱意でご協力頂ければ幸甚に存じます。
       長谷夫妻を支援する会


  長谷章宏氏 最終メッセージ(召喚前)
        奥蜻蛉通信.net

 ***************************

  <参考ブログ>

        浮び上る縮図 その2
        日本復興のための緊急メッセージ
        「長谷結理君事件」における裁判の真実       
 上記に関するリンク先「長谷章宏歴史資料館」「実録 人生というゲームの新しい遊び方」 「speed」 「TRBオクトワールド」

        
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逆お結び30 心の掃除急ぐのぞ⑫

2011-04-27 Wed : 逆お結び 
日本復興のための<緊急メッセージ> 「TRBオクトワールド」より転載
上記に関するリンク先「長谷章宏歴史資料館」「実録 人生というゲームの新しい遊び方」「TRBオクトワールド」




【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

皆さんの外側には皆さんを「苦しめるもの」は何もない
P40
 皆さんは、「○○があるから自分はこうしているのだ」と思い込んでいますが、本当は、「○○があるからこうするしかないと自分がきめているからそうなっている」のです。皆さんがそういうシナリオ(宗教、観念、想念、基準)を選んでいるから、そういうセリフを語ることになるような体験をしているのです。皆さんがつくった作品を見た結果を言葉で表しているのです。皆さんがそれを言いつづける限り、その状態は変わりません。それどころか、皆さんに責任転嫁された「人」や「モノ」や「状況」にとっては、いい迷惑なのです。皆さんは、自分のしたことを自分以外のせいにして、平然と「自分の正しさ」を主張するという、神から見たら「真実を何も知らない(無知)」なことを自分から白状している気違いなのです。
 皆さんがどんな理屈をこねようとも、皆さんが体験していることは、すべて皆さん自身が選んでいるシナリオが創りだすものです。つまり、皆さんの体験は、すべて皆さん自身が創りだしているものなのです。ですから、皆さんがどんな体験をしようと、本当は「人の責任であるものは一つもない」のです。これを否定すると、ますます「人の責任にしたくなるような」体験が増えていくことになるだけですので、悪しからず。
 いつまでも「人の責任」や「状況の責任」にしていると、最後の最後に「すべて自分の責任である」ことを自覚するようになるような出来事として、すべて自分のところに返ってくることになります。「人の責任ゲームをやめましょう」という提案は、神の仕組みに基づいた、皆さん自身のためのものなのです。
 皆さんは、「でも、現実に目の前にたくさんの問題があるじゃないか」というかもしれません。でも、それは、皆さんが、皆さんの選んだシナリオでそういう状況を自分で創りだしているからそこにあるのです。皆さんが「自分の体験は自分の外側に責任がある」という選択をしているから、そういうセリフを言う結果になっているのです。
 皆さんの外側にあるものは、すべて、皆さんの内側のあるものの投影です。皆さんの内側が綺麗に掃除されていれば、皆さんの内側に○や×や責任転嫁がなければ、「困難」や「苦しみ」を感じる状況は目の前に現れなくなってくるのです。
 「でも~」のセリフを言っている限り、「自分の外側に問題(に見える出来事)がある」と責任転嫁をしていますから、その「問題」は永遠になくなりません。すべては、皆さん自身の自覚の問題(皆さん次第でどうにでも変わるということ)なのです。
 皆さんが体験している「現実」というのは、すべて、皆さんのした選択に忠実に「目に見えないメカニズム」が働いた結果です。本当は、皆さんの外側には、皆さんを「苦しめるもの」などというものは、何一つありません。皆さんが「苦しみ」や「トラブル」を体験するのは、後で述べる「神の大きな法則」に反するシナリオを皆さんが描く(そういう「宗教」を創りだす)と、それをしていることを教えるために「困難」や「トラブル」や「苦しみ」を感じるようなメカニズムが働くからなのです。
 皆さんの悩みを救うべき宗教が「大きな法則」に反した宗教であるとしたら、皆さんの悩みを救うどころか、ますます、悩みを創りだすことになってしまうのです。

 詳しいことは後で書きますが、実を言うと、皆さんがこの道理を理解できないと、今までの堂々巡りのゲームからは永遠に抜け出せないばかりか、この先は、新しい時代に向けて、本来の方向へ戻す舞台作りが進みますから、このメカニズムに従って、今まで以上の速さで、ますますトラブルや悩みを創りだすことになり、「新しい時代」どころの話ではなくなってしまうのです。これは、皆さんが今まで学んできたこととは、まったくアベコベのメカニズムであり、おそらく、今回初めて聞かされたという方がほとんどでしょう。今まで教わってきたこと(「あやま知」は、このメカニズム自体を否定することになる見方なのですから。でも、このことを認めないと皆さんは地獄への道を転がり続けることになるということを覚えておいてください。

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P111
 すべて自分のしたことが自分に返ってきているだけであるぞ。そなたがそなたの加害者であるのぞ。加害者も被害者も一つであるぞ。そなたに悪のメグリなければ、苦のメグリ会いは無かったのであるぞ。そなたの苦はそなたが創ったものぞ。自分で創った苦を楽に変えようとしているのはいかなることであるか。今まで教えられてきた「自分のもの」意識、「被害者」意識、「楽しよう」意識をやめないと、何も変わらないばかりか、最後の最後の大掃除に向けて、お知らせの「苦」がきつくなるだけであるぞ。ますます壊れていくだけであるぞ。自らを自らが滅ぼすことになるのぞ。
P112
 すべてアベコベだと言っても、今までそなたらが創りだしてきた学や教や知もこの方が人間を通して創りだしたものであるから批判するでないぞ。最後の最後にそなたらの「あやま知」を壊して神世に戻すための道具に使うから、そなたらが神の持ち物を壊しても許していたのであるぞ。この方の真意は「すべての身魂に天国を体験させる」ことであったのぞ。だから、神のルールに反した身魂も今ここまで引っ張っていたのであるぞ。死は滅びを避けるための仕組みであったのぞ。輪廻転生は神の親心であったのぞ。本来ならば光と闇は同居できないのであるぞ。すべての身魂に最後の最後までチャンスを与えるために想像を絶する苦労をして元つご霊統の神々様が創った仕組みぞ。ミロク世は光のみでござるぞ。

 そなたらのすることは、今ここにある道具を使って「ココロの掃除」をすることだけであるぞ。今ここにあるものを否定すればすべてを否定することになるのぞ。飛行機や新幹線や電話やファックスを使わないと間に合わないのであるぞ。使ったほうが早く掃除できるのであるぞ。「公害」だとか「省資源」だとかいうマヤカシに囚われていてはますますアベコベになるぞ。この方の創りだしている資源は無限でござるのぞ。「節約」や「倹約」や「備蓄」のゲームはそなたらのゲームが創りだした幻想であるぞ。

 この方は何でもできるのであるぞ。この方に枠をはめるとは何事か。この方を無視している証拠であるぞ。「エコロジー」を唱えながら紙を使っていることに気づかぬか。今ここにあるものは、そなたの肉の体も含めてすべてのすべては壊れるのであるぞ。今ここにあるものを使って早く神ゴコロに戻せよ。ミロクの世は、今までの肉の体も物質も使えない、全く別の世界であるぞ。掃除できた者だけを神がつまみ上げて、ミロクの民にするのであるぞ。今度は神々も含めたすべての建て替え建て直しであるぞ。縦を直すのぞ。今までのそなたらのアタマでは想像できないことであるぞ。何が起きるかを知っていても、神の仕組みの知識を知っても、人の動きを知っていても、意味ないぞ。
P113
 これから始まるのは、万古末代一度きりの、神も人も、魂も肉の体も、すべての世界を建て直す大掃除であるかぞ。神界も幽界も現界もすべてのすべて三千世界を建て替える宇宙始まって以来の最初で最後の大掃除であるぞ。天意転換ではあるが、そなたらが神のルールに違反しなければ、嬉し楽しの幕の上がりだったのぞ。人の法律違反を責めているそなたが神の法律違反をしているのであるぞ。そなたの申すことは自分自身のことであるぞ。この道理わきまえて、言ったこととやっていることを100パーセント一致させることぞ。きついのは当り前であるぞ。今までさぼっていたツケを払うのであるからぞ。「厳しい」というのはできない理由にはならないぞ。そなたがやらないだけぞ。自分のしたことの責任をとれば永遠の天国が待っているのであるぞ。言ったことをやる親が子の信頼を得るのであるぞ。

逆お結び29 心の掃除急ぐのぞ⑪

2011-04-26 Tue : 逆お結び 
日本復興のための<緊急メッセージ> 「TRBオクトワールド」より転載
上記に関するリンク先「長谷章宏歴史資料館」「実録 人生というゲームの新しい遊び方」「TRBオクトワールド」



【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

皆さんは、皆さんの「魂(自分自身)」が消えるか残るかの瀬戸際にいる
P39
 皆さんという存在は、「魂」が先にあって、「肉体」は後の後、つまり、「魂」があって「肉体」があるのです。(これは、「神」があって「人」がある=「神」なくて「人」はない、ともいえます。これが後々重要なことになりますので、ここでしっかりと覚えておいてください)。「肉体」で体験している「自分」という存在は、「魂」が「肉体」を通して創りだしている(感覚として翻訳している)ものなのです。皆さんは、(肉体がなくなる)「死」を恐れていますが、「魂」のイノチがなくなれば、「肉体」の命どころの話ではなく、「新しい時代」に生きることができなくなるのです。
 今ここまできて、この後に及んで、「肉体の死」や「財産」や「地位」や「名誉」や「常識」や「病気」や「非行」や「不倫」や「損得」や「保身」や「裁判」云々で、大騒ぎしている場合などではないのです。

 数々の予言書に書かれているような、世紀末の「天変地異、大掃除」というのは、「魂」が消えるか残るか、皆さんの「魂(今世の肉体ではありません)」が生まれて以来、三〇〇〇年たって初めて迎える、「魂(皆さん自身)」が新しい世界に生きるか、今世を限りに死ぬかという選択を迫られる「大峠」のことなのです。皆さんという「魂」は、今ここで選択を間違えば、本当の意味での「大変なこと」「取り返しのつかないこと」を体験することになるという瀬戸際にきているということです。
 皆さんの今置かれている状況からすれば、皆さんが言っている「大変なこと」や「死にたくなること」や「肉体上の不老不死」や「損得計算」などは、取るに足らない、どうでもよい小さなことなのです。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P159
 そなたらが宇宙と思っているものは、元つ神の中にはらんだ子宮内宇宙であるぞ。そなたの宇宙にあるものはすべてこの方が産み生んだものであるぞ。宇宙は無限ではないのぞ。元の神まで考えれば無限なのであるぞ。そなたは宇宙について何も知らないのであるぞ。この方に聞けば宇宙のことはすべて分かるのであるぞ。そなたらがこれから体験するのは、初めての「子宮内宇宙の出産」であるぞ。そなたの宇宙そのものが神の世界に生まれるのであるぞ。それがどういうことかということを考えても分からないのであるぞ。そなたは神の世界を何も知らないのであるぞ。何を知ろうとしているのか。そなたが神の世に生まれればすべてが分かるのであるぞ。今度の出来事は、そなたらにとっては万古末代二度とない一度こっきりの出来事であるぞ。そなたは生まれて初めて見る世界にいくのであるぞ。そなたがすることは出産の準備を進めることだけであるぞ。神の世界のルールを学んで実行することであるぞ。神の世界への産道はもう開いているぞ。そなたはもう戻れないのであるぞ。神に成るか、滅びるかの二つに一つの選択であるぞ。
P160
 天神様の細道は神の修行がなければ通れないのであるぞ。産道は参道であるぞ。神社の参道は産道の型示し(神の仕組みを形で現したもの)であるぞ。神社には修行なくてもお参りできるが、神の世界へは修行(五用=神のココロ)なき者はお参りできないのであるぞ。この方の言う通りに修行をしなければそなたには神の世はないのであるぞ。この方しか知らない世界のことを人間に聞いても分からないのであるぞ。神の世界を知りたいならばそなたの内側のこの方と対話することであるぞ。時代劇の「お上の御用」というのは「お神の五用」のことであるのぞ。殿様は偉くないのぞ。元の神が一番偉いのであるぞ。そなたらはこの方なくしては存在できない身魂であるぞ。いつまでも、この方を知らぬ人間が創った身分や地位の上下ゲームをして威張っているでないぞ。威張っている者ほど、神の修行は厳しいのであるぞ。そなたが知っている神や仏は人間がつくったものであるぞ。そなたが神や仏のことをいくら知っても研究しても目くそ鼻くそであるぞ。そなたは神の世界のことを何も知らないのであるぞ。わかりたか。

 そなたらは、これから、元つ神の子宮の外に出て「神」に成るので あるぞ。「神」といっても、そなたらは「日月地の神(地の日月の神)」という神であるぞ。「日月地(昼夜地)」を統べ真釣る神であるぞ。この方はすべてのすべてを統べ真釣る神であるぞ。そなたが神になるにはまず神の響きをださなければならないのぞ。神の想念になることであるぞ。神の響きを鳴らすことであるぞ。今この世界で神の行動をすることであるぞ。神の響きが鳴って、初めて神に成るのぞ。想念があって形になるのであるぞ。そなたが今ここで神の想念でなければ、次の世界にはいけないのであるぞ。そなたの想念の響きの通りの形を創るからであるぞ。次の世でいきなり神に成ろうとしても無駄なことであるぞ。最後になってまとめて修行しようなどと考えていても、そなたには耐えられんことであるのぞ。この方の言う通りに今ここで一つ一つ神成る修行をしていれば、厳しいとはいえ楽に神に成れるのであるぞ。今ここでこの方の言うことを聞けば必ず神に成れるのであるぞ。
P161
 そなたは「神」に成れば、そなたがしたいことはすべて自分でできるのであるぞ。そなたの欲しいものは、誰も傷つけずにすべて手に入るのであるぞ。そなたが神の響きを出せば、今ここでも神の助けを借りてできることであるぞ。そなたが神に成ればこの方の助けは要らなくなるのであるぞ。そなたが神に成るには神に成る修行が必要であるぞ。そなたが今ここでするのは「神成る修行」であるぞ。そなたがすることは、この方から神のルールを学んで、今ここで実行して、すべてを自分の責任で行動する態度を身につけることであるぞ。今までの○×ゲームをきれいさっぱりやめることであるぞ。そなたが学んだアベコベの行動を改めることであるぞ。今ここで「改心(改神)」することであるぞ。そなたがどんな神になろうともそなたはこの方の外には出られないのであるぞ。このことをシッカリと覚えておくことであるぞ。すべてのすべてが調和のもとに機能できるように創ったこの方の言うことだけがそなたが天国になるやり方であるのぞ。そなたが神に成ったらこの方は喜んで引退させてもらうぞ。この方を早く楽にさせてくれよ。
P162
 そなたが神に成るとはいっても、この方の子宮の外もこの方の中であるから、そなたらは「元つ神のルール」に従うのであるぞ。神の子宮の外は、神の世界だから、神でなければいられないのであるぞ。神に成った者しか新しい世の民にはなれないのであるぞ。新しい世の肉体は光一つ上がった体であるぞ。そなたという身魂が神の響きを出していなければ入れないのであるぞ。そなたらは、今のままでは、この世が最後の人生となるのであるぞ。そなたらが今握っているものは、子宮の中だけで通用していた道具であるぞ。この方は、子宮の外で必要な道具について語っているのであるぞ。子宮の外ではこの方が語っている真理がそなたの生命の源となるのぞ。そなたは子宮の中で必要なものにしがみついているのであるぞ。赤ん坊は臍の緒で母親と繋がっているが、外に出れば臍の緒は必要ないのぞ。赤ん坊にとっては臍の緒は命であるから怖いことであるが、母親は子宮の外の世界のことを知っているから大丈夫だと分かるのであるぞ。この方が臍の緒(今まで学んだ知識や今まで手に入れた地位名誉財産等々)を切れというのはそういうものは神の世では必要ないからであるぞ。神の世を知っているのはこの方だけであることを覚えておけよ。
P163
 そなたはまだ体験したことのないことをあれこれと想像しているのぞ。知ろうとしているのぞ。そなたは自分の安全を探しているぞ。安全を探すと安全はないのであるぞ。そなたは今までずっと子宮の中の胎児だったのであるぞ。そなたには子宮の外のことは分からないのであるぞ。子宮の中の胎児は子宮の外のことを知らないのであるぞ。そなたの親であるこの方だけが知っているのであるぞ。人間の胎児は何回も生まれ変わっているから人間の子宮の外のことを知っていることもあるが、神の胎児は一度も出産していないから、神の世界のことはこの方に聞かなければわからないのであるぞ。この方は子宮の中の胎児とも通信できるのであるぞ。この方は子宮内宇宙の存在を通して子宮内宇宙の存在に語りかけるのであるぞ。宇宙存在のメッセージもこの者の書くこのフミもそなたら子宮内の存在へのこの方の通信であるぞ。子宮の外のことは見えないが、通信を通じて知ることはできるのであるぞ。この方の言うことだけがそなたが外の世界を知る唯一の手だてであるぞ。

逆お結び28 心の掃除急ぐのぞ⑩

2011-04-25 Mon : 逆お結び 
 
 <緊急メッセージ> 「TRBオクトワールド」より転用
上記に関するリンク先「長谷章宏歴史資料館」「実録 人生というゲームの新しい遊び方」「TRBオクトワールド」


【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

皆さんは「自分自身の魂の大掃除」をするために今ここにいる
P36
 皆さんが、何回も何回も「輪廻転生」を繰り返していたのは、実は、この「大掃除」をするためだったのです。ただ、今までの世では、「あやま知」を教育されること(「人間の存在」を説く「宗教」という教育自体も、「あやま知」に囚われていたので、全く気づかなかったというわけです)で、「大掃除」のことなどすっかり忘れ、「何のために生まれてきたのか」などという問いをずっと繰り返す結果になっていただけです。
 このような、長い間にわたって結論が出ていない、堂々巡りの「問題創造ゲーム」をやめるには真実を知ることが唯一の道なのです。
 今回は、皆さんの「大掃除」の最後のチャンスであり、皆さんが自覚して、意識的に大掃除ができる最初で最後の機会なのです。皆さんは、皆さんという「魂(肉体ではありません)」が生まれてこのかた溜めた、すべてのゴミやホコリ(「あやま知」、○×のこと)をキレイサッパリ掃除(囚われている「あやま知」、○×を外すこと)して、新しい世を創りだすため(天国を体験できるようになるため)にここにいるのです。
 今回は最後の最後の転生であり、今までのすべてのゴミやホコリをもって生まれてきています。ここで、気合いを入れてこの「大掃除」をしなければ、皆さんには「来世」というものはありません。
 そして、この「自分自身の大掃除」を終わらせれば、これから起きる「外側の大掃除(天変地異)」は、何の影響もなくなり、大掃除を終わらせた人間(実は、「魂」)だけが、次の世界(新しい時代)の「ヒト」となることができるのです。
 「宗教(魂)」が(肉体を通して)「形」になっているのですから、「形」が「天国」でなければ(「形」は「宗教」の結果であり、「形」が天国なら「宗教」も天国である証拠。結果を見れば原因の状態が分かるのです)、皆さんが死んだ後(魂の体験)は「天国にはならないのは、当然の道理です。「肉体がなくても天国ならば、肉体があっても天国」なのです。皆さんが「肉体を手放して(肉の服を脱いで)」も天国になるには、ココロの大掃除が必要なのです。

 皆さんが次の世界に生きていたいならば、世紀末に何が起きるか、どうすれば助かるか、と外を探すゲーム、大騒ぎする今までのゲームは、今ここ(「後で」はありません)でキレイサッパリやめることです。今ここからは、この道理を理解して、行動することだけが、世紀末の「大峠(天変地異、外の大掃除、外のお清め)」を越すために最も早く確実で大切なことであり、皆さんが「助かる(次の世界へ行ける、生き残れる)」(助けてもらうのではなく、自分で助かるのです)唯一の手だてなのだということを覚えておくことです。本当の本当、最後の最後に自分も人も神も助かるのです(このことについては、後ほど、詳しく書きます)。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P126
 すべてのすべてを一気に大掃除するのぞ。借金を滞納すればどうなるか分かっているであろうな。ミロク世は決まっているから、後ろが決まっているから、間に合うように全額返済できるようにしてあるのぞ。苦しいのはそなたの身魂の借金の結果であるぞ。最後の三年は、すべてのメグリを一気に一度で渡すぞ。一括払いをすることになっているのぞ。払い終わるまで楽はないぞ。今なら楽あるぞ。文句をいうなよ。すべてそなたがしたことぞ。今からやれば間に合うぞ。一括払いはきついから今ここから始められるようにしているのでござるぞ。後二年でできるぞ。但し、身魂相応の体験は覚悟いたせよ。

 「間に合うはずがない」「もしできなかったら」というのは掃除始めていない証拠であるぞ。そなたらは今まで、マコトを語りし者を抹殺して、この方を無きものにしようとしていたのであるぞ。それが自分のクビをしめることになるとは知らずにやっていたのであるぞ。人を支配しようとしている者は、自分のクビをしめていることに気付けよ。人を支配しようとしても無駄であるぞ。悪魔も悪神もこの方の手の中にいるのぞ。この方の仕組みをすべて知っているのはこの方だけであるぞ。悪の企み「九分九厘」でグレンと引っ繰り返るのぞ。いつまでも勝てると思っていたら大間違いであるぞ。
P127
 このフミを形にしている者以外すべて掃除が必要であるぞ。自分だけは違うと思うそなたもそうであるぞ。100パーセント喜びで思いどおりにならなければ掃除必要であるぞ。早く改心するほど楽に掃除できるのぞ。死してもそなたは死なないのぞ。掃除なければ身魂が滅ぶぞ。生も死もなくなるぞ。輪廻転生は終わりであるぞ。最後の転生であるぞ。掃除ない身魂は二度と生ないぞ。そなたの身魂は初めて死んで、初めて生きるのであるぞ。そなたの身魂が生まれて以来初めての死であるぞ。死は変化であるぞ。ミロクの体に変化するのであるぞ。物質の世から半霊半物の世に移るのであるぞ。掃除なければ身魂ないのぞ。永遠のイノチか今ここだけの楽しみか、どちらにするか一人ひとりが決める最後の最後、瀬戸際であるぞ。最後のチャンスであるぞ。生かすも殺すもそなた次第ぞ。

 今までの教はすべて捨てなされ。そなたという身魂の人生、最初で最後の決断をする時であるぞ。自分のことは自分で決めろよ。天国へ行くか滅びるか、一人ひとりの最初で最後の選択であるぞ。もう間違えている暇はないぞ。このフミ読んで今ここで決めろよ。決めたら直ぐに始めろよ。掃除終わるまでさぼるでないぞ。そなたへの最後の最後の警告であるぞ。そなたが掃除始めれば、天国への最後の最後の招待状になるぞ。今度の今度は神も人もすべてのすべて、全員逃れられないから覚悟いたせよ。
P128
 しただけのことはせなならんが、そなたが素直に従えば、このフミは天国への案内状にもなるのぞ。最後の最後、最初で最後の、二度とこないただ一度の機会であるぞ。そなたのマコトの心、ここを逃しては使うところはないのぞ。すべてを捨てて決死の覚悟でやりなされよ。生きるも死ぬもこの方次第ぞ。そなたは心配することではないぞ。死んでも続くのだから今までの教えは一切使えないのであるぞ。この方の家来が守護するから安心してやりなされ。ここまで言ってやらないならばそなたの身魂はないと思えよ。

逆お結び27 心の掃除急ぐのぞ⑨

2011-04-24 Sun : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

皆さんの「今体験している現実」と「死後の世界」とは一つのものである
P35
 皆さんが「今体験している現実」と「死後の世界の(魂だけが創りだす)現実」とは、本当は一つのものなのです。今ここで、教えられてきた「善いこと」をいくらやっても、死んだあとに「天国」はありません。逆に、今ここで「悪いこと」をやっても、死んだあとに「天国」を体験することもできるのです。皆さんが言っている「善い悪い」は、皆さん自身の基準であり、今までの「あやま知」が創りだしたゲームですから、「天国の方法」を選択するにあたっては関係がありません。
 皆さんが「宗教」と言っているのは、肉体を通して感じている(認識している)「想念」であり、それは、皆さんの本体である「魂の言葉」なのです。つまり、皆さんの体験というのは「想念」が先にあって、それを肉体で感じ、選択して、行動して「形」が後に創られ、その「形」を見て様々な意味付けをしているということなのです。
皆さんの持っている「肉体」の体験というのは、結果であって、原因ではありません。皆さんがどんな「宗教」を持っているかで、「肉体」の体験が決まるのです。
 「肉体」というのは、魂の想念と肉体の外側にあるものとを結び付ける(両方を感じることができる)ための、物質の世界にいる皆さんにとっては、魂の世界を感じるための非常に大切な道具(媒体)なのです。   

 先ほど書いた、「内側にある戦争」というのは、この「魂からくる言葉(本当の自分の宗教を翻訳したココロの声)」を「肉体を通して外から学んだ宗教(外側から取り入れた誰かの宗教を翻訳したココロの声)」で判断するゲームなのです。アタマで学んだこととハラから出てくることの戦いなのです。実を言うと、このアタマとハラの戦いを終わらせること(判断を一切やめること、○×善悪の裁きを一切やめること)を「自分自身の大掃除」と言い、「肉体」というのは、今ここで、人間の世界で、この大掃除をするための道具なのです。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P182
 そなたは自分の見ている影を消そうとしているのであるぞ。そなたがいれば影はなくならないのであるぞ。そなたが形を変えなければ影の形は変わらないのぞ。そなたの魂が天国でなければ形は天国ではないぞ。そなたのココロというのは肉体で魂の状態を見るための道具であるぞ。生きながらにして霊界が体験できるのであるぞ。そなたがココロで想像しているように霊界で生きているのであるぞ。そなたのココロが天国でなければ現界も霊界も天国でないぞ。現界が天国でないのは霊界が天国でないからぞ。そなたが外の責任にしているから外の責任になるのぞ。そういう幽界を創っているのであるぞ。そなたがシナリオを変えなければ何も変わらんのであるぞ。みんな同じシナリオでやるから取り合いに成るのであるぞ。みんな違うシナリオでやるから天国のパズルがはまるのであるぞ。人の行動はシナリオの結果であるぞ。○×創って形を同じにするのは自分で自分の首をしめているのと同じであるぞ。自分で制限を創って人のせいにする自分だけ勝手なゲームをしているのであるぞ。人の行動に口出しするのは人に自分のシナリオをやらせることになるぞ。人の言うことを聞くとその者のシナリオを生きることになるのぞ。そなたが選んだシナリオをそなたが体験しているのであるぞ。一人ひとりのゲームであるぞ。

 そなたの影を創っているのは太陽であるぞ。この方の神界があって霊界のそなたの魂があって現界のそなたの肉体になっているのぞ。この方は初めからあるのであるぞ。そなたの魂の状態が現界に現れているのぞ。そなたの肉体を通して見えるものはそなたの魂の世界のものであるぞ。そなたが魂の世界を変えなければそなたの現界は何も変わらんのぞ。そなたが肉体世界で学んだことを使って一番になったとしても、そなたの魂が天国でなければそなたは死後に天国にはなれんのぞ。ミロクの世界は半霊半物の世界であるぞ。ココロが肉体になるのであるぞ。そなたのココロが神のココロになっていればそなたはミロクの民になれるのぞ。そなたのココロが天国ならばその映しである現界も天国であるぞ。霊界も天国であるぞ。いつでもどこでも天国であるぞ。そなたから死の恐れは消えるのであるぞ。

逆お結び26 心の掃除急ぐのぞ⑧

2011-04-23 Sat : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

皆さんが今まで学んだことはトラブルしか創りだせない「あやま知」である
P32
 皆さんは、たとえ皆さんが生まれた時に「競争社会」が既にあったとしても、それを選ぶ必要はなかったのだ、ということを知っておいてください。ただ、こういうふうに「教育」されなかっただけのことです。(競争は「原理」ではありません)。つまり、「教育」というのは、皆さんの体験を創りだす「宗教」を伝えていく重要な役割をもっているものであるということです。いわば、「学校」というのは「最大の宗教団体」なのです。
 この「教育」が、「(大きな法則から見て)間違った宗教(これを「あやま知」と言います)」を教えていれば、 どんなに教育しても、「間違ったもの(これを「過(あやま)つ形」と言います)しか創りだせないのです。「学校」がアベコベのことを教えていれば、いつまでたっても望むものは形になることはないということです。こういう意味からすれば、日常生活すべてが「学校」であると言ってもよいのです。そして、そこで学んだ結果が皆さんの体験であり、皆さんのすべての体験が「教育」の成果なのです。
 「学校」が「トラブル」を創りだす「宗教」を教育し続けるならば、永遠に「トラブル」を創りだし続けることになるのは簡単な道理です。現れた結果は、皆さんの思惑とは逆に、皆さんが望んでいない形なのです。でも、その道理を知ってか知らずか、今に至ってもまだ、同じことを繰り返している人達がほとんどだという訳です。そして、先に行けば行くほど、訳が分からなくなってくるのです。「悪いことはやめなさい」と言っても、それを創りだしたのは、「悪いこと」を決めて、「やめるべきだ」という宗教を選んで、「外をコントロールするゲーム」に同意している、そう言っている本人の問題であり、その「やめさせる」対象の人物は「悪くも善くもない」のです。
 「二度と同じことを繰り返すなら許さないぞ」と言っている先生が、何度も同じことを繰り返し、そのセリフ通りのことを自分にはしていないというオカシナ結果、矛盾を持っているのが、今の「教育」なのです。自由、平和、平等、仲良し、自立を目指す学校が、「不自由」「不平等」「争い」「タテマエの付き合い」「頼り合い」を創りだす方法を教えているのです。早く気づいて完全に修正しないと、この先は、それこそ、「大変なこと」になるということを、今ここでお知らせしておきます。
 これは教育だけに限ったことではなく、今の社会ゲームすべてにあてはまることなのです。「地獄の方法」を使って、創れもしない「天国」を創ろうとしているのですから、いつまでやっていても、お望み通りのものはできません。ですから、今回の「天国の方法」三部作という道具を使って、これ以上トラブルゲームで壊さないように、今までのゲームをアベコベにする(実は、元のゲームに戻す)方法を提供しているわけです。
 皆さんは、この本を読んだら最後、「人がやったらやろう」等とのんびりしたことを言っている暇はなくなります。何せ、今までのゲームをやっていると最後の最後で自分が危なくなること、そして、元のゲームに戻すプログラムが非常に加速していることを知ることになるのですから。自分の損することはしないのが皆さんですから。
 今までは、人類の歴史を通じて、ずっと、正しいものとして「あやま知」を教育し、「過つ形」を創りだし続けていたのです。そして、今ここに来て、ますます混乱を形にする結果となっているのです。外側を何とかしようとしている皆さんは、大きな宗教を替えないまま、善くしようとしても、アベコベの結果(さらに問題を創りだす結果)になるということをここでしっかりと学んでください。
 そして、さらに、重要なことは、今ここで、もうそのやり方は一切通用しなくなる方向へと全体が加速しているということと、これを無視すると最後の最後で「取り返しがつかない、大変なこと」になること、をしつかりと認識しておいて欲しいのです。
 これは(詳しくは後で述べますが)、すべての「あやま知」「過つ形」をタテカエて(一度壊して最初の状態に戻して)、本来の形にタテナオす(別の形を創りなおす)、大きな「神のプログラム」(その最後の仕上げというのが「天変地異の形をとる外側の大掃除」であり、その前に、少しでも楽に大掃除を超えられるようにと、この本に書かれているような情報が今ここで提供されているということです)が動きはじめているからです。

 神の「タテカエ、タテナオシの仕組み」については、今回のメインテーマですので、後々詳しく触れることになりますが、今ここで、自分の人生についての真実をしっかりと見つめていないと、皆さんという魂の存在が、今この人生で終わりになることをしっかりと覚えておいてください(残念ながら、この「神のプログラム」は、皆さんがどんなに抵抗しようとも止められないものであり、抵抗すればするほど、自分が自分の首を締めていくことになるのです)。

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P106
 この方は、そなたらのすること、そなたらの創るもの、すべてのすべてを許して、最後の最後で改心させる仕組みを創っているから、神に反する作品はほおっておいても壊れていくから、そうなってからでは遅いから、今の内に改心することぞ。アタマの教育などというものは本来いらんものであるぞ。掃除の手間を増やすだけであるぞ。人の子には人の親が神の生き方を後ろ姿で示せばそれでよいことぞ。マコトを示すべき親がこの方を忘れていては肝心の「親の心」も分かるまいが。「親の心子知らず」とは、そなたら全員にこの方からプレゼントした言葉であるぞ。神知らぬ親が自分のご都合よろしく子供を思いどおりにするために使っているだけであるぞ。「人の気持ちを考えろ」と言いながら、人の気持ちなどどうでもよくなっているぞ。「二度と同じことはするな」と教えておいて、何度も何度も懲りずに神に反することをやりつづけているのぞ。親や教師や宗教家が親の心を知らずにいるから、本当の教育ができないのであるぞ。いつまでたっても自由も平和も平等もないのであるぞ。競争やいじめや貧富の差が無くならないのは当然であるぞ。

 今までのやり方は何千年続けても天国どころか地獄に続く道であるぞ。今度の今度はこの方が表に出て、しかるべき人間を使ってすべてのすべてを知らせるから、もう今までのやり方は通用しなくなるぞ。続けようとすればそなたが苦しくなるだけであるぞ。すべてのすべては表裏一体であるぞ。神の仕組みが人の仕組みであるぞ。アベコベになっていた神の世界を元に戻したから、そなたらは反すれば反するほどきつくなっていくぞ。最後の最後は魂の滅びが待っているぞ。この方は、自らの子を殺すような真似はしたくないぞ。最後の最後の親心でそなたらの肉の体で分かるように本当のことを教えるから、そなたの錯覚を知らせるから、よく聞いてどうすればよいか一人ひとりが考えて行動してくれよ。
P107
 今の学校が乱れているのはそなたらのしてきたことが行き詰っている証拠であるぞ。この方のやり方を素直に聞かなければ、ますます乱れるぞ。ますます訳が分からなくなっていくぞ。学歴社会も競争社会もそなたらが勝手に創ったものであるぞ。この方はそんな原理を創った覚えも、語った覚えもないのぞ。そなたらは何千年にもわたって「ウソ」を教えられてきたのであるぞ。教えている方も「ウソ」と気づかずに、代々「ウソ」を伝え続けてきたのであるぞ。この方を知らぬ教えに基づく「宗教」や「学問」や「道徳」や「知恵」を教え続けても、ますますこの方が見えなくなって混乱していくだけであるぞ。今ここで真実を教えたのであるから、いつまでも「あやま知」の教育を続けておらずに、キレイサッパリやめて、この方の言う通りに素直に始めてみなされよ。

逆お結び25 心の掃除急ぐのぞ⑦

2011-04-22 Fri : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

皆さんの体験の原因(スタート)は皆さん自身が選んでいる「宗教」にある
P30
 皆さんの多くは、「○○という現実があるから自分はそうするのだ」「○○という現実があるからそうするしかないのだ」「したいけれども、○○という現実があるからできないのだ」と言っています。皆さんに気づいてほしいのは、「○○という現実がある」と決めているのは、皆さん自身であるということです。ここに気づかなければ、皆さんのやりたいことは永遠にできないということになります。
 先ほどのセリフを使えば、「競争社会」が先にあるのではなくて、まず初めに、皆さん自身が「自分は競争社会に生きる」というゲームを選び、「競争社会で生き残るには○○をするしかない」という「宗教」を選ぶことを決めて、それに従って行動して、その結果を体験して導きだされたのが「自分は~」のセリフなのです。
 「自分は~」のセリフというのは、自分が今やっている行動の理由ではなくて、自分のやっている行動の結果なのです。つまり、皆さんは「暇」がないのではなくて、自分で自分の「暇」をなくしているということになります。
 皆さんが、「宗教」や「哲学」の話を避けてしないということは、自分で自分の成功、幸福、永遠の安らぎ、夢の実現を放棄していることと同じことなのです。本当は、この話題は、人間として避けて通れない大切な大切な話題なのです。
 実を言うと、皆さんが、このセリフを言っている限り、皆さんのこの人生だけではなく、皆さんが死んだ(肉体を離れた)後も、皆さんには、永遠に「天国」はありません。今この人生の今ここの現実が「天国」でなければ、あの世へ旅立っても「天国」ではないのです。今ここが「天国」ならば、いつ旅立っても「天国」が約束されているのです。
 それはつまり、言い換えると、皆さんがもっている最大の恐れ(「死」の恐れ)から永遠に解放されると同時に、永遠のイノチを得るということでもあるのです。(「天国」といっても、「快楽」の一時だけの天国ではだめで、別の意味の「天国」を創りだすことが必要ですから、悪しからず。その方法について書いたのがこの本です。)
P32
 こういうような真実を知ることによって、「臓器移植」や「延命治療」の是非や、それに係わる「脳死」や「生体移植」や「安楽死」や「医療ミス」等々、「肉体の死」に係わる様々な問題は、一気に、綺麗サッパリと解結してしまうのです。そして、議論に使っていた時間を自分の好きなことに使うこともできるのです。これは、この問題だけではなく、すべての悩み、すべての問題に当てはまることです。

         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P97
 今までの人間の歴史というのは、この方の計画も仕組みも何も知らずに、たとえココロで気づいても我善しでかき消して、できもしない平和や平等や自由を創ろうとして、「身欲」と「保身」で「我善し勝手」に、この方の仕組みの中で勝手にもがいていただけの「あやま知の歴史」でござるのぞ。わざわざ自分から苦しむゲームを選んで、皆で一緒に真剣に苦しめ合って遊んでいただけのことでござるよ。この方から見れば滑稽に見えていたのを知っているか。この方が創ったものすべて、神々も人間も、どうあがいてもこの方の中からは出られないのであるぞ。出ようとしてもぐるぐる回って始めからでござる。堂々巡りになるのは当然の結果であるぞ。この方の言うことをウソだという者は、思う存分、納得するまで今まで通りやってみてござれ。但し、そうしている間にも、全体の大掃除は進むのぞ。どんどん後がなくなることをお忘れ無きよう、改めてお知らせしておくぞ。
P98
 この方の言うことに従うか反するかで、そなたらの体験すること、創るものが決まるのであるぞ。始めからこの方の言う通りにすれば何の問題もなくミロクへ行けたのでござるぞ。大掃除が必要になったのは、そなたらが「身欲」「保身」に囚われたのが原因であるぞ。神の掟を外したら自ら滅ぶのが神成る身魂の掟であるぞ。そなた自ら囚われを解くことはできないのであるぞ、今の今まで、真実に気づかなかったのがその証であるぞ。ほおっておいたら魂が滅びるから、そなたら人間に成った身魂を最後の最後のこの時まで導くために、調和を乱す者には苦を与えて気づかせ、調和を創る者にはお陰を与えて気づかせる、「情けと花の仕組み」にすべてを託し、すべての者が「至然」に「ミロク」へ行けるように仕組んでいたのであるぞ。

 そうとは知らぬ、気づかぬ、神成る身魂の自覚なきそなたらは、この方が与える情けの苦を神のせいにしてますますミロクから遠ざかるだけであったのぞ。本来なればそのような自分勝手な身魂にはミロクはなかったのであるぞ。この方の親ゴコロでそなたらを何とかミロクまで生かそうと、そなたらの想像も及ばない苦労をして「情けと花の仕組み」を構えたのであるぞ。そなたが自らの責任を自覚していれば、苦をお陰に変えることができたはずでござるぞ。メグリなければ苦はない仕組みであるよ。苦がないのが当り前でござるのぞ。苦があるのが当り前などと平気で喋っている者は大掃除が必要であるぞ。悪神生んで悪心映し、悪を使って悪を祓う、最後の最後の舞台では、善も悪も改心させる、嬉し楽しに導く神芝居。それがこの方の構えた「ミロクを創る仕組み」にござるのぞ。

逆お結び24 心の掃除急ぐのぞ⑥

2011-04-21 Thu : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

皆さんの「内側にある戦争」が「外側の戦争」を創りだしている
P28
 皆さんが知っている、あるいは、体験してきた今までの戦争の歴史というのは、こういうメカニズムが働いて繰返されてきたものなのです。実は、戦争を無くそうとすることは、戦争を創りだそうとしているのと同じことなのです。「戦争は悪いことだからやめるべきだ」といっても、永遠に戦争はなくなりません。これは、今までの歴史を見れば、明白なことです。未だに「戦争」が世界の何処かで起きていますから。そして、皆さんがた一人ひとりの日常のいざこざという戦争は絶えることなく繰返されています。
 皆さんは「言葉」に出す以前に、必ず、自分の内側で「自分と自分との戦争」をやっています。「内側にある戦争」というのは、自分の外側にあるものを○か×かで(ココロの中で)判断するゲームです。本当に戦争を無くしたければ、外側に見えている「人の宗教」に戦いを挑むのでも、自分の正しさを証明しようとするのでもなく、「自分が戦いたくなるのは自分の内側にある○×が原因である」と自覚すること、つまり、皆さんの内側を「自分が自分のすべての現実を創りだしている」という「宗教」に入れ換えることが必要なのです。
 戦争(議論、争い、喧嘩、いじめ等々)というものは、皆さん一人ひとりが、戦争を創りだす、争いを創りだす、議論を創りだす、判断を創りだす、葛藤を創りだす、皆さんの「内側のメカニズム」に気づいて、それを変えなければ、永遠になくならないものなのです。つまり、「外側にある戦争」というのは、皆さんの「内側にある戦争」を解結しなければ、無くならないのです。
 戦争に限らず、皆さんの外側にあるものはすべて皆さんの内側にあるものの反映、鏡なのです。言い換えれば、皆さんの外側にある(見えている)ものは、皆さん自身の作品なのです。皆さんのもっている○×、善悪、正誤、良否等々の基準が外側に映っているだけなのです。このことを理解しているならば、人の責任にしたり、責任転嫁をするのは自分勝手であることに気づき、二度とできなくなるはずです。
 というわけで、戦争(けんか、いじめ、争い、議論等々)を無くすための根本的な対策というのは、皆さんの外側にはないのです。皆さんの外側をいくら探しても、残念ながら、永遠に見つかりません。外側に探せば探すほど、「善悪という基準」を使って無くそうとすればするほど、ますます、「戦争」を創りだす結果となるのです。
 皆さんが、長い間、苦労して創りだそうとしてきた「平和」というものは、守るものでも、創るものでもなく、初めからあるものなのです。「平和」を守るために「戦争」をするというのは、本来オカシイことなのです。皆さんの内側が平和ならば、外側も平和です。皆さんの外側に見える「人の宗教」やその成果である「人の作品」を批判し合っている限り、自分の正当性(裏を返せば、相手が間違っている、相手が悪いということ)を主張し合っている限り、永遠に「平和」という形はやってこないのです。
 ここでまた、「そんな考え方は~」と私に「戦い」を挑んでくるならば、皆さんの外側から、永遠に「争い」や「戦争」や「競争社会」や「トラブル」や「苦しみ」がなくなることはないでしょう。

 実を言うと、今ここで、このことに気づいて、言動を改めていかないと、近い将来、皆さんが嫌だと言っても、一人残らず、身を持って「内側の戦争が外側にある」ということをいやというほど知ることになるプログラムが用意されているのですが・・・・。
 アレコレ書きましたが、実際のところ、もうこの「議論、戦争」ゲームを続けること自体がだんだんと難しくなってきているのです。
 このあたりの事情については、後で書きますので、そちらをご覧ください。

        ・・・・・・・・・・・・・・・・
P240
 戦争は戦いの想念を持った人間が創り出したものであるぞ。一人ひとりの○×が、競争が、善悪が、戦いが表の戦争を創るのであるぞ。肉体を保証しろ、肉体治せ、家族を返せというのは無知の証というものぞ。そなたが戦っていなければ戦争はないのぞ。メグリとれば病気直るのぞ。戦争責任はそなたにあるのぞ。人の責任ゲームでは戦争はなくならんのであるぞ。戦うのをやめることであるぞ。戦争が悪いのではないぞ。戦争を悪だと言って戦争をしていることに気づけよ。何でもかんでも戦おうというそなたのゲームをやめることであるぞ。すべての葛藤はすべてそなたの戦いが創りだしているのぞ。病気と戦うと病気になるぞ。事故は自分のせいであるぞ。保証はいらないのであるぞ。裁いたり訴えたりしているとそなたがますますメグリ積むのぞ。裁きや判断は人のせいゲームであるぞ。そなたがメグリなければ事故も病気もないのであるぞ。外がどういう状況だろうとそなたには関係ないことであるぞ。そなたはもともと戦う必要はないのであるぞ。今ここでどんな障害をもっていても、魂のそなたには手にも足にも目にも障害はないのぞ。肉体が難病でも魂は難病ではないのぞ。そなたのメグリを肉体で体験しているだけであるぞ。そなたの魂が肉体で苦しんでいるだけぞ。そなたのメグリを解消するための状況であるぞ。そなたも人も同じであるぞ。自分のしたことを自分で体験しているだけであるぞ。かわいそうだとか、気の毒だとかいうそなたが気の毒であるぞ。人の責任ゲームを持っている者が魂の障害者であるぞ。魂の障害は形の障害を創るのであるぞ。メグリ取れば死後魂は健康。

逆お結び23 心の掃除急ぐのぞ⑤

2011-04-20 Wed : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

皆さんの人生に、単なる「宗教」や単なる「哲学」というものはない
P26
 ここからは、本文にはいる前段階として、新しい見方(実は、人生についての本当の見方、真理)についての予備知識を得ることを兼ねて、「普通の」言葉で一通りのことを書いてみることにします。
 まず初めに、基本の基本から。皆さんは、私が前の二冊でも提案していた、最初にあげたような問いに対して、今ここでは、どんな答えをお持ちになっているでしょうか?
 皆さんの中には「自分はこの競争社会を生き残るのに忙しくて、そんな哲学や宗教の話をしている暇などない」という方もいらっしゃるかも知れません。でも、皆さんの人生には、実際のところ、皆さんの人生に全く何の影響も及ぼさないような、単なる「哲学」や単なる「宗教」」というものは一切ないのです。本当は、「哲学」や「宗教」というものは、皆さんの体験を創りだす原因となる非常に大切な道具なのです。つまり、他でもない、今ここに提示した、このセリフ自体が、皆さんに「哲学や宗教の話をしている暇をなくす」体験を創りだしている「宗教」そのものなのだということです(ここでは「見方」「考え方」「基準」「観念」「想念」「哲学」「(今までの○○教という)宗教」等々をすべてひっくるめて「宗教」ということにしますので、そのつもりで読んで下さい。
 皆さんの体験というのは、皆さんが選んでいる「宗教」によって、自由自在に、どうにでも変わるものなのです。皆さんの選択次第で、「自分が望むことは何でもできる」と言っても過言ではありません。実を言うと、皆さんの体験は、すべて皆さんが言っているセリフ通りになっているのです。そして、皆さんは外側に原因を求めていますから、その見つけた原因が自分の創りだした作品であることを知らずに、そのセリフを言い続けることになるのです。
 皆さんがもし、「そういう考え方はおかしい」と言うとしたならば、それもまた、皆さんのもっている「宗教」の産物であり、その「宗教」をもっている限り、いつまでもそのセリフを言い続けることになります。そして、もしやりたければ、またまた「いやそういう考え方は~」というように、やりたいだけ、永遠に、いくらでも、お好きなだけそのゲームを続けることもできます。さらに「あんたは、バカにしているのか?」などと言うとしたら、本文をよーく読んで、それがどういうことか、よーく自分で考えてみてください。本当のことが分かったら、二度とそのセリフは言えなくなるでしょう。

 皆さんが、私がここで書いていることを受け入れない限り、皆さんが「や~めた」というまで、皆さんがやりたいだけ、永遠に、こういう議論を続けることもできるのです。
 言い方を換えると、「自分の現実は自分が創りだしているものである」ということを皆さんが認めない限り、「どっちが正しいか」「どっちが本当か」「どっちが正常か」「どっちが素直でないか」等々の、外側を分類判断する、結論の出ない、対立や争いのゲームを永遠に続けることになり、それに付随して、様々なトラブルを創りだし、果ては、殺し合い(戦争)というゲームまで発展し、最後には、人類滅亡というシナリオまで用意されることになってしまうのです。(ただし、皆さん自身がどうなるかということは別にして、この最後のシナリオは、すでに回避されていますので、ご安心ください。詳しいことは、後ほど)。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P97
 今までの人間の歴史というのは、この方の計画も仕組みも何も知らずに、たとえココロで気づいても我善しでかき消して、できもしない平和や平等や自由を創ろうとして、「身欲」と「保身」で「我善し勝手」に、この方の仕組みの中で勝手にもがいていただけの「あやま知の歴史」でござるのぞ。わざわざ自分から苦しむゲームを選んで、皆で一緒に真剣に苦しめ合って遊んでいただけのことでござるよ。この方から見れば滑稽に見えていたのを知っているか。この方が創ったものすべて、神々も人間も、どうあがいてもこの方の中からは出られないのであるぞ。出ようとしてもぐるぐる回って始めからでござる。堂々巡りになるのは当然の結果であるぞ。この方の言うことをウソだという者は、思う存分、納得するまで今まで通りやってみてござれ。但し、そうしている間にも、全体の大掃除は進むのぞ。どんどん後がなくなることをお忘れ無きよう、改めてお知らせしておくぞ。
P98
 この方の言うことに従うか反するかで、そなたらの体験すること、創るものが決まるのであるぞ。始めからこの方の言う通りにすれば何の問題もなくミロクへ行けたのでござるぞ。大掃除が必要になったのは、そなたらが「身欲」「保身」に囚われたのが原因であるぞ。神の掟を外したら自ら滅ぶのが神成る身魂の掟であるぞ。そなた自ら囚われを解くことはできないのであるぞ、今の今まで、真実に気づかなかったのがその証であるぞ。ほおっておいたら魂が滅びるから、そなたら人間に成った身魂を最後の最後のこの時まで導くために、調和を乱す者には苦を与えて気づかせ、調和を創る者にはお陰を与えて気づかせる、「情けと花の仕組み」にすべてを託し、すべての者が「至然」に「ミロク」へ行けるように仕組んでいたのであるぞ。

 そうとは知らぬ、気づかぬ、神成る身魂の自覚なきそなたらは、この方が与える情けの苦を神のせいにしてますますミロクから遠ざかるだけであったのぞ。本来なればそのような自分勝手な身魂にはミロクはなかったのであるぞ。この方の親ゴコロでそなたらを何とかミロクまで生かそうと、そなたらの想像も及ばない苦労をして「情けと花の仕組み」を構えたのであるぞ。そなたが自らの責任を自覚していれば、苦をお陰に変えることができたはずでござるぞ。メグリなければ苦はない仕組みであるよ。苦がないのが当り前でござるのぞ。苦があるのが当り前などと平気で喋っている者は大掃除が必要であるぞ。悪神生んで悪心映し、悪を使って悪を祓う、最後の最後の舞台では、善も悪も改心させる、嬉し楽しに導く神芝居。それがこの方の構えた「ミロクを創る仕組み」にござるのぞ。

逆お結び22 心の掃除急ぐのぞ④

2011-04-19 Tue : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

この本には皆さん(人類)の今後を左右する決定的な情報が語られている
P24
 このようなプロセスを経て、今回、ようやく、私自身の体験を通して、先の問いかけに対する、自分自身が納得できる、真実であると確信することができる「決定的な答え」を見つけるに至ったというわけです。
 それと同時に、その「決定的な答え」が、人類全体(実は皆さん自身)の今後を左右する性格のものであることを知って、自分が何と言われようとも、どう見られようとも(そう見られることにはもう慣れてしまっていますが)、これは絶対に伝えておくべきものであると感じ、この本を書き始めた(実は、始めることができた)という次第です。
 この本では、新しい時代への変化についての話題と合わせて、ここにあげたような、今までの歴史を通していまだに結論が出ていない「人間という存在」についての永遠のテーマについても、皆さんが初めて聞くような情報や新しいモノの見方を通して、ハッキリと答えを出していきます。ですから、皆さんは、今まで学んできたことを、すべて一旦棚上げにして、暫くの間、一切の価値判断(「でもね」「そうはいってもね」というのも含めて)をキレイサッパリやめて(と言ってもすぐ判断を始めるのが皆さんの癖ですが)、人生についてのメカニズム(=自分の現実を創りだしている法則、神の仕組み)について学び直すつもりで(すべてを初めから学ぶつもりで)読み進めてください。
 ここで一言お断りしておきますが、この本を読むにあたっては、皆さんが今までやっていたように、アレコレと理屈をこねて抵抗することをやめて、この中に書いてある情報を素直に受け入れることだけが、皆さんが探し求めている真実を知るため、トラブルや悩みや苦しみを解結し、本当に平和や平等や自由や幸福を創りだすための早道であるということ、そして、自分自身を次の時代へと導く唯一の方法であるということをぜひ覚えておいて下さい。何せ、初めて語られる情報なのですから。

 というわけで、この本は今まで書いた二冊の本と今までの講演会での内容の曖昧だった部分や分かりにくかった部分を明確にする意味も含めて、「決定的な答え」とやらを、皆さんに提供できる形にして整えてお知らせしておこうという趣旨のものであり、私が自らの体験を通して学んだ、私が持っているすべての情報を公開する「三度目の正直」「神の仕組みの学習の三段目の上級編」「三部作の最終決定版」とでもいえるものであることを冒頭でお伝えしておきたいと思います。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P96
 そなたらは、我善しで、自分だけが正しいと、ご都合宜しくアレコレと理屈をこねて我を張っていなさるが、本来は、すべてのすべてを産み生んだ元つ大神様の意志が人間のとるべき意志でござるのぞ。至誠至愛至善の元つ大神様が、自らのお子であるすべての人間が喜びに生きられるように、嬉し楽しのミロクの世界を体験できるように、すべてのすべてを産み生んだのが始めでござるよ。神の計画、神の仕組みは寸分違わず人間の世界に現れるのぞ。ミロクに至る今までも、大神様の意志通りに生きていれば、嬉し楽しで暮らせたのでござるぞ。そなたらが嬉し苦しなのは、そなたらが大神様の意志に反して、身欲、保身に走って好き勝手なことをしてきた結果ぞ。自業自得でござるよ。神や人を恨むのは筋違いもいいところでござるのぞ。人の責任などというものは始めからなかったのぞ。
P97
 自らの責任を置き忘れている、神なる身魂である自覚なき者ばかりであるから、今の乱れた世になったのぞ。そなたらがいくら善くしようとしても一向に善くならないのは、やり方が違うからであるぞ。善くしようとして問題ばかりを創りだしているのにまだ気づかんのか。今の今まで、そなたら人間が解結したものなど何もないのであるぞ。すべてのすべてはそなたら一人ひとりのこの方を忘れた生き方の結果でござるよ。今のそなたらのやり方、そのままの態度、そのままの姿では、ミロクの民になるなどおこがましいことでござるぞ。今度の今度は、最初で最後、一人残らずミロクへ誘うオーラスの大掃除の始まりであるぞ。人間として生まれた者は、誰一人として避けられないぞ。まずはこのフミを読むことが、ミロクの民への改心の、神成る修行の始まりじゃ。

逆お結び21 心の掃除急ぐのぞ③

2011-04-18 Mon : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著
P95
 今度ばかりは今までとは違うのぞ。非常に大事なことであるから、もう後がないから、聞く聞かないは別にして、どうあっても人間に成っているすべての身魂に伝えねば成らぬことでござる。この方の言うことを聞かず、アタマで着て、アタマで食べて、アタマで住んで平然としている、曇りに曇った今今のそなたらでも分かるように、嫌でもやらざるを得なくなるように、今この時代を生きて、今この時代の中でこの方の言う通りに修行を終えたこの者を通して、あやま知の世界の人間の為に改めて語るフミであるぞ。「神の真理(神理)」「神の仕組み」「神の計画」「人生のカラクリ」のすべてのすべてを伝えるから耳の穴をよくほじくって、ココロして聞くのぞ。今までの宗教や哲学と同じだと思ったら大間違いであるから、くれぐれも取り違いなさらぬよう、最初に注意しておくぞ。
P96
 神の真理は人の真理でもござるのぞ。神あって人あるのぞ。すべては元つ大神様の意志から始まっているのでござるよ。たくさんの神々を経由して、そなたのココロを通して人間であるそなたらに伝わっているのでござる。人の世界の出来事はすべてのすべて神の世界の映しでござるぞ。このフミで語っていることは、宇宙の創世、世界の始源、そなたらの身魂の誕生の時からすべて決まっていたことでござるのぞ。すべて始めから計画していたことでござる。そなたら人間が何と言おうと、動かせない仕組みでござるよ。そなたら人間から見れば何世代にもわたる長い長い時間の出来事に見えるが、この方から見れば、そなたらが一日の計画を創って実行しているようなものでござる。

この本は、私自身の「決死の覚悟」の実験の結果として書かれているものである
P19
 このように、たくさんの人々が、「新しい時代の変化」を感じ、それについてアレコレと語り合ってはいても、では、その変化の本質とはいったい何なのでしょうか?

 はたしてどのくらいの人が、二十世紀末の、この「大転換期」の「変革」の本当の意味というものを知っているのでしょうか?
 はたしてどのくらいの人が、それを知った上で、目の前で起きている出来事について、見て、感じて、考えて、行動して、コメントしているのでしょうか?
 雑誌や単行本やテレビやラジオや講演会等々を通じて、社会の変化や世紀末の出来事や二十一世紀という時代についての様々な情報が提案され、議論されていますが、いったい、どれが本当で、何が真実なのでしょうか?
 今、目の前で次々に起きている問題は、一体どうしたら解結するのでしょうか?
 私たちは、実際のところ、新しい時代に向けて、どんな生き方をしていったらよいのでしょうか?
 新しい時代とは、本当のところどんな時代なのでしょうか?
 新しい時代に向けて、いったい何をすればよいのでしょうか?
 これから先、いったい何を信じて、何を頼っていけばよいのでしょうか?
 そして、この先、私たちはどうなるのでしょうか?

 もっと突っ込んだ問いかけをするならば、

 私たちはいったい何のために生まれてきて、何のために生きているのでしょうか?
 私たちは今ここでいったい何をしているのでしょうか?
 私たちはどこからきてどこへいくのでしょうか?
 私たちはいったい誰なのでしょうか?
 人間というのはいったい何者なのでしょうか?
 そして、人間を創ったという「神」や「創造主」とは、本当はいったいどんな存在なのでしょうか?
 人生とは、現実とは、いったい何なのでしょうか?

 私自身は、この四年間というもの、朝から晩まで、寝ても覚めても、トイレの中でもこの問いかけが頭から離れませんでした。先の二冊でも書いたように、この間ずっと、片っ端から自分のノートに出てきたことを実践に移して、今まで出会わなかったようなことをたくさん体験していく中で、一つ一つこれらの問いに対する自分なりの答えを見つけていくことができましたが、同時に、なぜかそれだけでは納得のいかない自分がいることにも気づいていきました。
 そして、ある時点から、この問いかけに対するハッキリとした答えを出して皆さんに伝えるのが自分のライフワークであると直感し、自分だけでなく、自分以外の人達にも使えるように、分かるように、提供できるような形を求めるプロセスに入っていきました。
 それからというものは、今まで学んできたものや今まで手に入れたもの(人間関係、仕事、財産、評価、考え方等々)をすべて捨てる「決死の覚悟」(なぜ「決死の覚悟」が必要だったのか、ということについては後の章をご覧ください)をして、ハラをくくって、今の今までずっと、回りから何と言われようとも、人にどう見られようとも、私自身、何がどうなるのかわからないまま、前の本で触れた「自動書記ノート」の情報に基づいて、(今まで学んできた常識から見たら全く「非常識」「アベコベ」に見える)「自分自身の答え」に忠実に行動するという実験を今の今までやり続けてきました。
 そして、そのプロセスの中で、今まで触れることがなかった様々な貴重な情報と出合い、今までの人生では考えられないほどの様々な人達と出合い、様々な奇跡を次々に体験すると同時に、自分自身の体験したことや、新たに出てきた矛盾をその都度、自分の中で整理統合して、さらに新しい実験をすすめるというプロセスを繰り返してきたのです。
 ここに至るまで、私自身が体験してきたことについては、人に聞かれたとしても、言葉では説明できず伝わらず、気違い扱いされたり、白い目で見られたり、相手にされなかったりと、言葉では語り切れない、それはそれは苦しい道のりの連続でした。
 と同時に、その中で、私の話を必要としている方々や、自分と同じような見方をしている方々、同じような考え方を研究している方々が数多くいらしたということが、私のしていることは価値のあるものなのだと、私を勇気づけてくれたのも事実です。そうでなければ、今ここまで、ずっと続けることはできなかったでしょう。

 今まで出版した二冊の本は、こういうプロセスの中で皆さんのもとにお届けすることができたものですが、それでもまだ、本人の中には、何かもの足りない、スッキリしないものが残っていました。そして、今ここまで、終わったようで終わっていない、見えたようで見えない、分かったようで分かっていない、まだ何かあるが見えない、という釈然としない感覚を持ちながら、新しい遊び方の実験を続けてきました。
 今思うと、実は、これで終わりではなくて、二冊目の本を出版して以来、今この瞬間まで私がやってきたこういうプロセスそのものが、それがいったい何なのかということを明確にして、皆さんに提供するための準備をするプロセスだったのです。
 ここでもまたまた、まだこんなことが残っていたのか、というような、思いもよらなかった様々な「困難」に見える出来事や、自分のしてきたことが「否定」されるように見える出来事に次々に出会うという体験をしていきました。それは、今までの自分からみたらとても耐えられない出来事の連続でもありました。終わったと思っていても、まだ、そういう「困難」に見える状況に飛び込んで、自分の今まで学んだことを総動員して自分の中の様々な葛藤や混乱を乗り越えていくという体験を重ねるレッスン(修行)を通して、それを一つ一つ整理統合する、最終段階の作業が待っていたのです。
 それは、大掃除を済ましたあとの、一見、綺麗に見える部屋の隅に残っているホコリを探しだして掃除するようなものでした。そのプロセスでは、終わったと思っていたのに終わっていなかったこと、勝手に終わらせただけだったことを何回も気づかされるということの連続でした。
 そして、今、大掃除が終わって気づいたのは、そのスッキリしないものの正体というのが、実は、これから少しずつお話していくような「人類(実は皆さん一人ひとり)の今後を左右する非常に非常に大切な情報」だったというわけです。

逆お結び20 心の掃除急ぐのぞ②

2011-04-17 Sun : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

皆さんの体験している新しい時代への変化は、皆さん自身の内側の変化である 
P18
 私が最初の本『人生というゲームの新しい遊び方』を書き終えてから早くも一年がたちました。その間、巷では、「新しい時代への変化」を予見させるような様々な出来事が何度となく伝えられ、「二十一世紀」とか「新しい時代」とか「改革」とか「変革」とか「革新」とか「過去最高」とか「史上初めて」とか「前代未聞」とか「歴史上始まって以来」とか「聞いたことがない」とか「ありえない」とか「信じられない」とかいうような言葉が絶えることなく飛び交い、「人類滅亡説」とか「宇宙人」とか「古代史の謎解き」とか「占い」とか「宗教」とか「精神世界」とか「死後の世界」とか、今までは「ありえない」「うさんくさい」と言われていたようなものが公の場で議論されるようになるなど、日本が、世界が、人類が、かつて経験したことのない新しい時代に向けての大きな転換期にさしかかっていることを誰もが認めるような状況になってきています。
 そして、「神」とか「UFO」とか「幽霊」とか「超能力」とか「セックス」とか「チャネリング」とか、少し前ならば、皆の前では公然と話せなかったような内容も、当たり前のこととして語られるようになり、情報公開とか規制緩和とか自由化とかいった言葉で表現されるように、すべてがオープン化の方向へと変化してきています。
 が、その半面「人口増加」「戦争」「飢餓」「難民問題」「食糧問題」「犯罪の増加」「ローン地獄」「倒産、失業、就職難」「伝染病の発生」「地震、噴火、異常気象」「事故」といったような、その原因や解結の糸口が見つからないような不安材料が次々に現れ、先行き不透明で、この先何がどうなるのかわからない、自分がいったいどうなるのか、どこへいくのかわからない、といった「世紀末」特有の不安感がますます広がってきているというのも事実です。

 後で詳しく述べますが、この新しい時代への変化というのは、実は、単なる皆さんの外側の変化であるというだけではなくて、「神の仕組み」という大きなメカニズムに基づいて、皆さん一人ひとりの「内側の変化」が形となって現れてきているものでもあるのです。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P94
 これから語ることは、そなたら(=あなたたち)人間として生まれている者一人残らず全員に伝えておくべき大切な大切なことでござるぞ。そなたらのこれからの永遠のイノチに係わる、そなたの魂(肉体ではないぞ)の生死を決める重大事でござるよ。今までのように、このフミの表面だけを見て「自分とは係わりない神事である」などと、早合点していい加減に扱っていると、それこそ取り返しがつかなくなるから、そのつもりで読むことぞ。そなたが知らないこともたくさん聞かすから、あやま知で曇った寝ぼけ眼を見開いて、この方(このほう=このフミを語っている神)の言うことを一つ残らず、素直に、真剣に聞くのであるぞ。今度の今度こそ、マコトのマコトの真実でござるよ。そなた自身のためになる、マコトの神のマコトの生き方でござるぞ。

 そなたらは何千年にもわたって、真実を覆い隠す「あやま知」に囚われて、「地の日月の神成る身」である、自らの本当の姿と元つ神のこの方とをキレイサッパリ忘れ去っているのでござるぞ。そなたらは「ミロクの世で神に成る」為に今今のこの世で修業をするべき身魂でござるのぞ。今今のそなたらというのは、何世にもわたって、ゆりかごから墓場まで「あやま知」に囚われた人間の創りだした「あやまちの世」にどっぷりと漬かって生きてきた成りの果ての姿でござるのぞ。「あやま知」を当然の常識であると錯覚して、アベコベやって自分にも人にも迷惑をかけ続け、何が真実か、何がマコトか、見分けがつかないほどに曇りに曇っているのでござるぞ。マコトを語るこのフミすら本当かどうかと疑い始めるのがその証し、そなたらの癖でござるよ。自覚している者は僅かでござるぞ。

逆お結び19 心の掃除急ぐのぞ①

2011-04-15 Fri : 逆お結び 
【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著

 現世利益を追いかけるゲームをしていると本当に取り返しのつかないコトになる
P60
 皆さんが、お金とか地位とか名誉とか財産とかを失うことを恐れていても、それらはもう暫くすると無くなるものですから意味がありません。現世利益を求めるゲームはもう終わっているのです。そういうものを追いかけても、最後の最後ですべてアウトになって気づいて取り返しがつかないことがわかって呆然とすることになるだけです。
 皆さんがやることは、新しい世界に生き返るための準備をすることだけなのです。新しい世界に生き返れば、皆さんが欲しいものはすべて来ます。(実は、大掃除が終わると、今ここでも捨てたものが戻ってくるのです。いつまでも握っていることがかえって一度に放す結果になります。そして、もちろん掃除がなければ手放したものは戻りません)。
 皆さんの内側の大掃除が済めば、何が起きても皆さんは天国へと旅立てるのです。言い方を換えれば、内側の大掃除なくして天国はないということです。外側を分類すること、外側を探すこと、外側を批判すること、を続けることは、自分を守る、助けることにはならず、逆に、自分自身を「危険(魂が滅びる)」なゲームに導いていることを知ってください。そして、人を危険なゲームに誘い込むようなことも決してなさらないように、十分に注意してください。
 皆さんが「人を助けよう」としている時は掃除が済んでいません。掃除のことを知れば、「人を助ける」ということがどういうことなのか分かると思います。「人を救う」ということが善いことだというのは今までの幻想です。今回は、肉体を助けても、魂の掃除でなければ、肉体も魂も無くなってしまうのです。くれぐれも今までの教えに惑わされないようにしてください。善いことをやっても天国にはいかれないのです。
 これから先は、現世利益を追いかけていると、皆さんはアウトです。何せ、今ここにあるすべての道具は後数年の命ですから。最後の最後には、お金も地位も土地も制度も法律も自分以外の人も自分の肉体も、すべてなくなるのです。今までのゲームで皆さんが集めているもの、守っているものはもう無くなる運命のものばかりです。
 皆さんがすることは「魂のお掃除」だけです。本当に天国を体験したいならば、今までのことはすべて忘れて(今までのものを裁いているとそこにとまります)、お掃除に専念することです。目の前の教材を使って、自分の内側を見て、今持っているものを手放して、お掃除をすることが、皆さんが欲しいものを手に入れる唯一の道なのです。今までとはすべてアベコベであることを常に知っておいてください。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P217
 そなたが「損」「事故」「病気」「トラブル」「いやなこと」と見ているものはそなたがかつてやったことの結果であるぞ。この方のはすべてをバランスよく創ったのであるぞ。そなたが偏ったことをしたからその結果を体験しているのであるぞ。そなたの体験は自分でしたことの結果であるぞ。人の責任などというものはないのであるぞ。殺人もお互いのメグリ合いであるぞ。メグリが合ったのであるぞ。死をもって、障害をもって自らのしたことを清算しているのであるぞ。外側を見てかわいそうとか悲しいとか言っているとそなたがその通りになるぞ。赤ちゃんで死んでも、障害を持ってきても、その魂にとってはそれで今までのメグリを清算しているのであるぞ。メグリ持っては次の世には行かれないのであるぞ。「人の責任」というシナリオはメグリを創りだすだけであるぞ。ますます掃除たいへんになるぞ。もう後がないのであるぞ。掃除急ぐのぞ。自分のした責任転嫁を清算するのであるぞ。すべて終わらなければそなたには天国はないのぞ。そなたのシナリオを変えなければそなたの未来はないぞ。今まで学んだアヤマ知を入れ換えなければそなたはこの世で終わりであるぞ。肉体世界の出来事に一喜一憂していると魂も肉体もいなくなるぞ。掃除終われば、世紀末の出来事は楽しんで見ていられるぞ。そなたのお掃除終われば世紀末の大変は関係ないのぞ。怖いものはなくなるのぞ。何が起きても楽しいのぞ。最後の最後は全員が肉体という服を脱いで、魂の掃除終わった者から新しい肉体に入るのぞ。最後の最後は死ぬのぞ。残るのは魂だけぞ。魂の掃除することがこれからの全員の役目であるぞ。魂の掃除することがミロクの世を創ることになるのぞ。ミロクの世を創るのが人間の使命であるから、掃除をするのがそなたらの使命であるといってもよいのぞ。掃除終われば今ここでも調和の中で遊べるのであるぞ。今ここで遊べるようになれば、そなたには「死」も「世紀末の大変」も何も関係なくなって「永遠の天国」になるぞ。
P218
 そなたは肉体ではなく生き通しの魂であるぞ。生き通しの魂が肉体を使って自分を体験しているだけであるぞ。そなたの「死」は肉体を脱ぐだけのことであるぞ。そなたの状況が変化するだけであるぞ。死は怖くないのであるぞ。悲しくないのであるぞ。そなたはずっと生き続けるのであるぞ。そなた以外の人間も同じであるぞ。人間というのは魂を肉体として見たときの状態のことであるぞ。肉体をとったそなたがそなたであるぞ。そなたの想念に悪や恐れがあればそのまま見ることになるぞ。そなたが体験していることはそなたがしたことの結果であるぞ。そなたにトラブルや病気や事故や損があるのはそなたという魂がいつかどこかで不調和創りだす行動をしたのであるぞ。今世はいままでのすべての生でそなたがまき散らした不調和の種を刈り取る時期であるぞ。新しい世は調和のみの神の世であるぞ。不調和もっている魂は行けないのであるぞ。そのための大掃除であるぞ。最後の最後にすべてを清算する大掃除をするのであるぞ。そなたが目の前のものを責めたり疑ったりしていれば更にメグリを積むことになり、それを全部清算するまではそなたは新しい世にはいけないのであるぞ。そなたが苦しいのは、つらいのは、今までそなたがやってきた不調和創り出す行動で回りに与えたものであるぞ。そなたがしたことをそなたが体験しているのであるぞ。自分のしたことを自分が体験して辛抱すればそれでそなたのしたことは精算であるぞ。文句や愚痴や責任追及をしているとさらに掃除が必要になるぞ。

逆お結び18 地獄の沙汰は「真釣り」次第

2011-04-12 Tue : 逆お結び 
今夕、一杯呑みながら、7時のNHKニュースを見ていたら、菅総理の、「全国民の英知を結集し、今回の・・・・・云々」の話が放送された。
すると、ダークマタ―の世界から、アライグマのカラミティーと言う「厄病神」がビックリして、転げ落ちて来た。そしてラシカルにツイットして消えた。

 <カラミティーのツイット>
たまげたよ・・・全国民の英知だと?
「真の指導者」を除いた全国民の英知を結集して何が解決できるんだ?
「枯れ木も山の賑わい」の意見であれば、原発の燃料になって燃料棒が燃え盛るだけだぞ。
魔ツリの東電が原発を建てる前に「原発はテロがあっても、100%大丈夫だ」とゴリ押ししたらしいが、鬼のノックで一発OUTになったではないか。

目に見えないエネルギーを否定しているくせに、目に見えない電気が無くなれば大騒ぎする。お主らの世はマンガだな、「ギャグの世界」じゃな。
ダークマタ―に気づけよ。ダークマタ―に生かされあるのぞ。

さて、原発事故の次は、狂いフダの番になるかも知れぬな。
出て来たついでに、その「狂いフダ」の話をして消えるぞ。

人間界では、イシヤ族の支配する日銀発行のお金いう「狂いフダ」を発行しているが・・・人間共は、△◇銀行や、郵貯□▽などという神社に出かけ、「狂いフダ」を取りに行ったり納めたりで、ご利益ばっかり求めて忙しいことよ。

「狂いフダ」を神さまと思い、ご利益という利子や配当を拝んで、喜んだり悲しんだり、人を殺したり、「狂いフダ・命」などと・・・面白いことを言うておるが。
これは人間界の落語(落伍)か?

カラミティーからカネを見ると、紙に絵を書いているだけのゴミではないか。
ゴミにアタマをペコペコと上げたり下げたり、一体何をしておるのじゃ?
お主ら、どこに向かって進んでおるか、分かっているのか?
ゴミを沢山集めて喜んでいる奴は、これから先は重た~くなるぞ。
「嬉し苦し」になるぞ。

この世に生まれて、人間はアベコベばかりをしておるぞ。
フダ(札)を「金や財産」に替えても同じことぞ。
もうすぐ、フダはブタになるぞ。
いずれゴミに成るのぞ。
「真釣り」無くば大掃除の対象ぞ。ワラワは厄病の紙ぞ。

ついでに、ワンポイントじゃ。
菅総理には「あ・い・う・え・お」のどれを頭に付けてもピッタシじゃぞ。
取り合えず、「え」抜きにしておこう。まぁどっちでもエエカン。



酔いが覚めたら、薬用の紙が置いてあった。

【実践・日本真道】 長谷章宏 著
P183
現代社会は、元つ天の大神の掟(真釣り)を外した魔釣りのアヤマ知で作り上げた過ちの歴史の末路の型示しである。今の仏教で言えば、末法の世である。真釣りを外して自ら産み出せなくなった者ができることは、「すでに有るもの」を使うことだけである。大神が産み出している天恵(自らの命と死後も含めた時空とそこにあるすべてのもの)の「使用料」を、産み出した本人に支払っている人間は何人いるだろうか。もし未払いならば、それは、クレジット購入(ツケ払い)である。もしそうならば、その天恵を使って作ったすべての「商品」、日常生活で使うエネルギー、それらを作り出す理念や技術、自らの肉体や命、森林や海や山や川、酸素、太陽、月、自らが存在する空間、時間、宗教や科学や知恵や歴史や天恵や魂や神仏も含めて、今まで手にしたものすべてのすべてについて、神々も含めた人類(つまり、あなた)に所有権はない。支払完了までは、自分のものにはならない。真釣りを外して、自らでは無から何も産み出せなくなった者が作る今の世には、自分の命も含めて、人類のものは何もない。すべてのすべてが「元つ天の大神様のもの」なのである。

お金というのは、資源を加工してつくった道具、言い換えれば、資源から産み出された子どもである。自ら産み出せない神々と、天恵がなければ何もできない人間が、魔釣り世を思い通りに進めるために考え出した経済社会だけで通用する、神を金に置き換えた形の世界を支えるための道具である。お金というのは、言わば、形の経済社会限定の神であるから、真釣りの神へのお金の支払はありえない。従って、神仏も含めて、元つ天の大神が真釣りで産み出した天恵に対する使用料を払うことは誰もできない。真釣りで真釣りの天恵を使うならば、それは、所有しているのと同じであるから自由に使ってよいが、魔釣りで真釣りの天恵を使い続けるならば、それは泥棒しているのと同じである。真釣りならば借りはなく、真釣りでないならば、それは借りていることになる。使用料を支払えば使ってもよいという理屈も成り立つが、元々は、真釣りのみであり、借りるという概念は存在しない。今の世は、真釣りに戻すための仮の世であるから、その理屈は永遠には使えない。つまり、真釣りに戻す行をしない限り、返す気はないということである。それは、天地の理法を破って盗み続けることを意味し、支払をしないならば担保(魂の命)と引き換えである。魂の命を渡せば、あなたはいなくなるから、あなたはもうどこにも転生できない。神仏も含めて、今世には「泥棒」しか存在しない。あなたには、真釣り戻しの地獄を超えて永遠の天国に戻るか、魔釣りで生きる泥棒を続けて永遠に滅ぶか、二つしか道はない。神々すらも逃げられない、生死時空を超えた元つ大神の真釣り戻しの大掃除が迫っている。

逆お結び17 神が鬼になった日 その2

2011-04-09 Sat : 逆お結び 
大神を無視した翌日(3月11日)の大震災から、光が一つ上がったようだ。
その分この世は暗くなり、地獄の三段目の入り口が見え始めた。

  大神が鬼となり

  科学が禍学となり

  産業が惨業となり

早くも、外国からの目線は次第に「ガンバレ日本」から
「危ないニッポン」へと変わり始めている

すべてが 「鏡」
震災も、原発事故も、外国の変化も・・・自分の姿
すべて日本人(人類)の「彼我身」として現れている

そして
真の指導者なき国は、亡国への道を辿り始めたように感じる
手遅れにならなければよいが・・・

「真の指導者」の拘留が長引けば、長引くほど人類の苦しみへと繋がる

今の指導者たちが、無駄な日々をいたずらに費やす位なら
国民を地獄へと導く位なら

気づけ・・・真の指導者に・・・早く気づけ・・・時間は少ない

   『早く解放しろ』

このまま進むと、「気づきの為のお知らせ」が・・・更に・・・



【西暦2000年ミロクの世が開かれる】 長谷章宏 著
P109
保険や防災や耐震や予知云々と、今までのやり方で「失う」のを避けようとしても今度ばかりは無駄になるぞ。この方がしていることを人間がコントロールすることはできないのであるぞ。そなたらは今まで、神を忘れた「我善し」の智慧を使って、我が者顔に物質世界を支配しているつもりになるゲームをしていただけであるぞ。神のすることは未だに支配できずに「天災」とか「災害」とか「自然の猛威」とか言って神のせいにして神を無きものにしているばかりか、人間が創りだしたシステムの問題すら何も解結していないのであるぞ。人間の手には負えないことの方が遥かにおおいでござろうが。いい加減に神の力を素直に認めなされ。そろそろ神にアタマを下げる時期がきたぞ。今度の今度はそなたらの我善しのゲームは終わりであるから覚悟せよ。この方が終わりにするのぞ。

そなたらがやってきたゲームをそのまま続ければ滅びるだけでござるのぞ。そなたらの今までの「常識」や「思考」ではもう何も元にもどせないのであるぞ。「良くしよう」という思考そのものがアベコベであるのぞ。すべてはひとつであるのに、「善」も「悪」もないのに、悪を批判し、悪を避け、善だけを創ろうとしていたのがそなたらのゲームであるぞ。そなたらが元に戻そうとしているのは、そなたらの考えた「善」を形にしようとしているだけのことであるぞ。元の元の「至善」を知らずに自然を語っているぞ。
P110
そなたらが身欲や保身を元の我善しでアベコベに走ったその瞬間から「破壊」のプロセス、破壊の歴史が始まっていたのであるぞ。楽しようとするから破壊が進歩に見えるのであるぞ。そなたの回りをすべて取られてそなたは何ができるのぞ。この後に及んでまだ破壊の歴史を続けるおつもりか。そなたが破壊しているもの、資源も自然も地球も自分の肉の体も他の者の肉の体も、ココロさえもこの方のものでござるのぞ。そなたはそれを知ってやっているのか。そのことをお気づきか。自らのご都合で神を冒涜するのもいい加減にせいよ。自覚なきも情けない所業ぞ。神成る修行をすることがそなたの償いであるぞ。

この方は壊したものを元に戻せと言った覚えはないぞ。元に戻す仕組みはこの方が創っているからぞ。そなたらは「すべてはアベコベであったのか」と、知らずとはいえ今までやったご無礼を素直にお詫びし、今ここで滅びる前のお知らせに感謝し、素直に改心して「神のココロ」を実行することだけでよいのであるぞ。今ここから始めることが改心であるぞ。ツベコベ言っているとアベコベのままであるぞ。この方の言うことを分かっていないことを白状しているのと同じであるぞ。そなたがしてきたことは「取り返し」がつかないことであるのぞ。ではあるが、神の最後の親心で、そなたらがしてきたことを自分自身が責任をとって自分自身の苦しみとして返すならば、許そうと決めていたのぞ。口だけの改心ではこの方は許さんぞ。すべてはそなたがこの方の意に反した結果であるぞ。今ここで気づいたそのココロをこの先ずっと持ちつづけて掃除に励むことが「反省」の証であるぞ。「反省」した者はこの方が守護して苦しいながらも楽に掃除を終わらせてやるぞ。
P111
この方とこの方の家来の神々が助けてすべてのすべての大掃除をやるから、そなたらは言われたとおりに自分の掃除をやればよいだけであるぞ。天災も人災もないのであるぞ。すべてはそなた自身がやった結果が形になっているのぞ。そなたが神のルール通りにやれば「災害」は無かったのであるぞ。すべてはそなたが創りだしたものであるぞ。そなたが神のルールに反していることを教えていたのがそなたの苦しみや病気や死であったのぞ。そなたは「自分のもの」を「傷つけられた」と思い込んでいるから、「神のせい」にして「被害者」になっていたのであるぞ。「被害者」はいないのであるぞ。「裁判」も「法律」も本来必要ないものでござるのぞ。

逆お結び16 神が鬼になった日 

2011-04-03 Sun : 逆お結び 
     「神が鬼になった日」

以下の内容は事実である。
「東北地方の大震災」=「神が鬼の姿を示した日」=「見えない力が見える様に現れた証」 に至るまでの「ある裁判」の約二年半の最後の判決の方だけを表現した内容である。
この事件に関して、過去の大体の経過を知りたい方は、当ブログのカテゴリの「浮かび上がる縮図」をご参考にして頂きたい。

平成20年11月1日に長谷夫妻が逮捕されてからが、この事件の始まりである。
夫妻が逮捕された後、暫くして裁判が開かれ、京都地裁、大阪高裁にていずれも「保護責任者遺棄致死」の容疑で懲役6年の実刑判決を受けた。
その後、すぐに最高裁判所に上告し、保釈申請してそれが通り、最高裁の判決待ち状態であった。その待ちの期間中に支援者たちは上申書をたびたび最高裁に対して弁護士を通して送っていた。
私も、数通の上申書を作成したが、その中に特に書き添えたのは「この裁判は取扱注意、判断次第で非常に大変な結果を生むことになる」旨の内容であった。後で分かったことだが、他の支援者も「判定に要注意」の意見を出して書いていた事が分かった。

そして、ついに最高裁からその結果が送られてきた。
  『主文 本件各上告を棄却する』

平成23年3月12日(土)保釈中の長谷夫妻に上記の「上告棄却」の通告が届いた。
最高裁が「上告棄却書」を作成したのが3月10日(木)・・・東北大地震の前日である。
<上告棄却と大地震のからみから現在までを、日を追って下記に示す>

     3月10日(木) 最高裁で「上告棄却」書類を作成
    3月11日(金) 東北地方で巨大地震(M9)が発生
    3月12日(土) 長谷宅に「上告棄却」書類到着
    3月13日(日) 急ぎ、追加で手書きの「上申書(日本が危ない主旨)」を作成送付
    3月14日(月) 長谷夫妻が「異議申立て書」を弁護士を通して最高裁に送る
      ・・・・・
    3月24日(木) 最高裁にて「異議申立て却下」作成された
    3月25日(金) 福島原発にて作業員3名が被爆、その後は異常な数値の放射線の汚染水問題など未曾有の問題が続出、廃炉が方向で検討され、付近一帯は人が住めない状態、更に海洋汚染へと進んでおり、下手をすると大規模な水蒸気爆発も懸念されている。既に収拾が付かない状態に陥っている。
このままでは、世界からの日本に対する視線が変わるであろう。
    3月26日(土)「異議申立て却下」が長谷宅に届く
      ・・・・・・
    4月3日(日) 現時点で長谷夫妻は「収監待ち」である

お気づきだと思うが、最高裁からの棄却決定が出された後に、重大な事柄が発生している。
今後、長谷夫妻が収監された場合、その後は日本と国民がどのような運命を辿るか・・・それは未知数だが推測はできる。
逮捕されて以降の日本と世界の事象からして、長谷一家の運命は日本の運命であり、世界の運命へと繋がる。
同様の意味も含めて、長谷一家の存在というものを、下記の上申書に書き留めたので、それから推測して欲しい。

私が3月10日から、大地震を挟んで12日に完成し提出した最高裁向けの上申書の内容(ブログ用に一部変更)は下記の通り。
また、通称「長谷本」も全て、最高裁宛に支援会から弁護士を通して送付済みである。

*******************************

                            平成23年3月12日
最高裁判所 裁判長 殿
                    
                                岡 田 ○

         上 申 書

 私は最高裁判所で審議される立場にいる長谷章宏並びに長谷M子の知人です。
 当該両名は、本来ならば物質界には存在し得ないものだと思います。その存在し得ないものを裁くという事はいかなることなのか、その観点も含めてご配慮頂きたく、今回改めて提出させて頂きます。最高裁判所に於かれましては、本事件の深奥の真相と本質の理解に基づいた審議・判決を心底から望みます。

                  記

 前回(平成23年1月1日付け)の上申書に続いてのお願い事です。
 今年に入り、新燃岳の噴火、鳥インフルエンザ、海流の流れ、中東の動乱、NZ地震、ピナツボ火山の新しい噴火段階、三陸沖の群発地震・・・キリがないほどの出来事が発生し始めています。そして、今までの混迷に加え、更に方向性を見失った日本の政治の迷走ぶり、更に食糧や石油メジャーの危機等々・・・お気づきでしょうが、これは「今の世界の崩壊の予兆」と見るべきです。
 そして、この上申書を書いている最中の3月11日(金)に東北地方で国内最大規模のマグニチュード8.8の巨大地震が発生しました。その後も、群発地震となって東北地方を中心に甚大な被害が発生しています。

 ご参考までに長谷章宏氏の下記の本を数点転記しておきます。
【真のヒトになるための生き方(上)】 長谷章宏 著 より抜粋
P134
ミロク世はすでに創ってあるのでござるぞ。そなたから見れば時間を追って体験して行くが、この方からみれば時間と申すものはないのでござるぞ。掃除無き身魂には、この方の仕組みが見えんから、目の前だけを見て居るから、突然に世界が変わるように見えるぞ。突然大掃除が始まるように見えるぞ。大慌てになるぞ。恐ろしいことになるぞ。最後の最後は掃除なければ通れんミロクの入口ぞ。今ここで改心致せば、怖いことは減るぞ。

     ・・・・・・・

 まだまだ、初期段階です。しかし、いずれもいい加減に「大神の存在に気づいてください。」の合図です。鹿児島の新燃岳の噴火(=新しい世界の幕開けの意)が最初の合図だったのです。
これからはさらに顕著に表れて来ると思います。このことを今回の裁判とは無関係と位置付けたら、大変な目算違いであったことがいずれ分かるでしょう。

 前回の上申書で記しましたように、長谷一家の完全開放が遅れれば遅れる程、それだけ驚きと危険と残酷な場面を目にしなければならないようになっていくでしょう。これは、予言でも脅しでもなく、方程式のようなものと考えた方がいいかと思います。

 長谷一家は「今この時期に必然的に日本に現れたお役目の普通の人達」なのです。
 一般の人達と明らかに違う点は、人類の核(設計図、型示し、日本は世界の雛型、原子核→原子→分子→太陽系→銀河宇宙→有限宇宙)であるという点だけです。

 亡くなった結理君の成長ぶりは、最高裁判所の方でも確認できていると思います。
通常の赤ん坊は、生後わずか一か月足らずで、伝い歩きができることはまずありません。私にも孫が三人いますが、生後一か月では泣く、笑う、握る、オッパイを呑む程度が限界です。

 ところが、結理君は生後20日前後で寝返りを打ち、指で合図をし、長谷さんの腕を持って立ちあがり、数歩を歩いた。更に、数時間も腹筋状態で、目に見えない何かと戦っていた。とても普通の赤ん坊には考えられないことです。そして、結理君が今はU子ちゃんとして肉体を持って存在しています。U子ちゃんを長谷夫婦に面会させたら、多分、結理君時代の内容を話す可能性が大きいと思われます。

 何故か?  
 一般人とは同じ様で違うからです。
 今の混迷の時期に、日本で行わなければならない三次元物質ルールでの、大きな仕事があるからです。
 前回の上申書でも、お願い致しましたが、最高裁判所の立場で、「U子ちゃんの成長の過程」を確認されたでしょうか? 
 もし、未確認でしたら早急にしっかりとU子ちゃんの成長をご確認ください。大事に育てられていなければ重大な責任となります。

 そして、今回の事件の真犯人は?・・・と言えば、我々人類が常日頃から出している、悪想念のエネルギーです。私も含めた、過去から現在までの人類のエネルギーの想念体です。
 過去からの全人類の身勝手な欲望エネルギー(結理君が生長しては困る立場の存在、この世的に言うところの悪魔たち)が具現化して結理君を殺しに来た。・・・というのが真相であると思います。
 本来であれば、「霊主心従体属」を基本にして生活するべきところを、現代人は真逆の「体主心従霊属」で生きており、物欲、名誉欲や科学に囚われて、目に見えるものにしか価値を見出せなくなってしまっているのです。
つまり、本質を見逃して、メクラ状態で生きているということです。
 人間の五体に感じるエネルギーは、わずかに数パーセント、それに比べ、見えない感じないエネルギーは90数パーセントと圧倒的に違います。

 物事を、わずかの数パーセントで判断した場合は、確実に冤罪を生むことになります。


 今回の長谷一家(章宏、M子、U子=結理)の大仕事の内容は、今までの神や仏すらも知らない、「元つ大神」だけしか知らない、人類始まって以来の内容だと私は考えます。
 壊れかけている、日本を、そして世界を立て直すお役(ノウハウ)を背負って肉体を持って出て来た存在です。

 従って・・・
 特に今回の裁判は間違ってはならない、人類の究極の選択に繋がります。
そして、ズバリ今回のことに限って言えば、世界の最強国のアメリカ大統領の権力より大きな権限を持った日本の最高裁判所が、「どのような結論を出すか」という覚悟で臨んで頂きたいのです。

 なぜこのような最大級の選択を日本の最高裁判所で行うのか?

 日本が世界の親(火の元=ヒノモト、中心)であるからです。

 さらに言えば、「日本のレベルが試されている事」でもあると考えます。つまり、三次元は三次元のルールを尊重するという、大神の「何でもOK」の完全自由のルールが働いているからです。

ですが、自由には責任が常に伴います。失敗は許されません。
ハッキリと言えば、超重大な責任が懸った判決です。

 ご参考までに下記の文面を転記しておきます。 
【実践・日本真道】 長谷章宏 著 より抜粋
P124
大神は、真釣りを外すのを承知の上で、自ら真釣りを戻せるように、「情けと花の仕組み」を構えて、天地創生以来、裏の裏の裏で支えてきた。時節が来れば、すべてのすべてを真釣り戻すことになる。自らの真釣り外しに気がつかず、魔釣りの経綸の仕組みがある蛇のアヤマ知に囚われて、世界に穢れをばら蒔いた父親(ヒノモト)の改心は並大抵の地獄では済まない。ここまで教えてもまだ改心しないとなれば、大神は鬼となる。大神を鬼にしたのは、魔釣りに囚われた自らであることを肝に銘じておくことである。真釣りという、天地自然の神の掟を破ったその責任は、キッチリ取らされることになる。天地の理法を外している限りは、たとえ我が子といえども涙を呑んで成敗することになる親神の心底の無念を知ったなら、今この場で心底改心することである。イシヤの仕組みに騙されて、大神を闇の闇の闇に葬って、九分九厘まで取り違いの世を進めた真中のヒノモトの責は重大である。日本国の運命は、すなわち、日本国に足場を置くあなたの運命でもある。いつまでも、魔釣りのイシヤの仕組みに騙されていないで、自らの運命の最期を、真剣に考えてみるとよい。

ヒノモトの真釣りを教えなければ、子である世界は真釣りを知ることはできない。この元つ神仕組みを外しては、世界の立て直しどころか、世の破滅である。真釣りを知らない「米国」にしっぽを振り続けるポチをやめなければ、世は滅ぶ。本当は、ヒノモトが飼い主で、世界がポチなのである。真釣りの飼い主が犬を躾ければ、どこにも問題は生じない。犬は何の心配もなく、嬉し楽しで生きられる。飼い主が犬の言いなりになって自ら真釣りを外せば、好き放題に世を乱す。真釣りと魔釣りの型示しの飼い主と犬、親と子、教師と生徒、日本と世界、神と人を「平等にした」結末が現代社会である。四つ足の獣の響きを食べた自らが、生死時空を超えて成した今までのすべての過ちの責任は、自らで取ることになる。

P229
平等とは、全く同じ扱いをすることではない。男女平等参画社会というのは、元の父の火を消した世界の形だけの平等である。火と水には歴然としたハタラキの違いがある。火は、何があってもすべてを支える命の源、父の役であり、水は、母の役であり、子が育つのを楽しみに、自らの清きを穢されても、言挙げ(反論、言い訳、愚痴)もせず、どんな器にも従い、すべてを現す型示しである。火と水(支える父と現す母)が、本来の役目をきちんと果たして正しく和せば、子は問題なく育つ。親子が友達になり、母が父をないがしろにすれば、家庭は乱れる。スメラが父、ユダヤが母、世界が子と置き換えれば、現代社会の乱れの原因はここに帰結する。親子(男女、神人)関係の区別タテ分けがいい加減になれば、世は乱れるのである。ハタラキを間違えば、世界は破滅に向かって歩みを進めることになる。形の平等を進め、水が火を従えようとすれば、世界丸ごと滅ぶ結末となるのである。これは、神仕組みであり、差別ではない。ハタラキが違うものをごちゃ混ぜにし、水が火の役を奪っても結局は火の役はできない。支える父の火の御役と現す母の御役では苦労の度合いが違う。偉い偉くないの話ではない。ヒノモトは、地球世界を背負う、支える父の役である。その父が苦労を逃げれば、母子家庭となった地球世界は混乱の末に崩壊するのである。女性が長生きなのはなぜか。それは、支える火が消えて水が水を支配する世界になっているからである。支えと支配は違う。区別タテ分けしないことを不平等と言う。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
      <途中省略>
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  最後に「裁くという行為」に関して

 地上に存在するもの、全て出来事(善悪に見えるもの)も含めて、大神が許しているものであり、大神が許しているものを人間の法律で裁くという行為は神法違反と断言しています。下記をご参考までに。

【西暦2000年ミロクの世が開かれる】長谷章宏 著 より抜粋
P142
そなたらは、平気で人を裁いているが、それは神がもっとも嫌うことであるぞ。神は一度たりとも裁いたことはないのぞ。そなたらが勝手に、罪や裁きを創ったのであるぞ。神が許していたからできたことであることにお気づきあれよ。人の行動や言葉は神の想念が形になったものであるぞ。人の言葉、人の行動、自分の言葉、自分の行動を裁くのは、神を裁くのと同じであるぞ。そなたが裁いている限り、そなたの思い通りにはならんのぞ。そなたが裁けばそなたも裁かれるのぞ。自分が自分を裁くのであるぞ。神を裁いて神のココロになれると思っていなさるのか。神を無きものにしてこの先の天国あると思うなよ。自覚無きとはいえ、いい加減に目を覚まされよ。

 更に、イエスキリストの有名な言葉に共通する解説部分がありますので転記しておきました。
 この内容は今回の裁判の事を想定して書かれた文章ではありません。しかし、今回の裁判を予知しての自動書記であれば、それが何を意味するのでしょうか。

【実践・日本真道】 長谷章宏 著 より抜粋
P144
神法違反の「犯罪」である魔釣り自体が存在し、その「犯罪者集団」の中で罪の裁き合い(神が裁いていないものを、人が裁くこと=神が許している行為を、人が禁じること)ができるのは、「神法違反の罪」そのものは、まだ裁かれていないということを意味している。簡単に言えば、神が許しているからこそ裁けるのである。言うなれば、罪人社会の中で、罪の擦り合いが公然と行われているのであり、形の上の被害者が加害者を抹殺して自由を得ようとしているのである。罪や悪の本当の意味を知らないから、自らが犯した罪を棚上げし、他人を裁かないことが非常識であるかの如く、他人の罪を責めることが当たり前の常識として闊歩している。神法から見れば、全員が「罪びと」であり、他を裁く資格のあるものは誰もいない。今の世でも、法律違反を犯した者が他人を裁く資格がないのと同じことで、これは、神法にも適用される。「裁く心」が真釣り外しを進める根源である。神法を破った者がその罪を認めないとすれば、その者は永遠に自由にはならない。有限の中で無限の略奪はできない。無限の中に有限を作り、その有の奪い合いをしているなら、必ず終わりが来る。言い換えれば、自分が自分を奪う時が必ず来るということである。違反を認めないならば、神法に違反した者は自らを消して神法違反を清算することになる。悪を裁けば裁くほど、自らで自らの首を締め続けることになり、最後は窒息して息き絶える。自らが違反を認めて清算しない限り、あなたが天国に戻ることはありえない。自らが違反を清算しないならば、国際貢献も、神の手伝いも、全く意味はなくなる。まずは、あなたの神法違反を清算することが先である。それが同時に世のため人のためになっていくのである。世のため人のため神のために生きたいならば、足元を正すことである。神法は、生死時空を超えた自業自得の掟であるから、これが一体何を意味するのかは、わかるはずである。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 メグリ(カルマ、業)を持つ罪人でなければ、特別な使命以外では、3次元に肉体を持って生まれてくることはないと思います。
                                         以上

(上申書ここまで)
*******************************


 いずれにしても、最高裁での最終判決が下った。

 本来ならば、「国家の宝」として活躍してもらうべき人物を、今の日本のシステムで「罪人」と結論づけた。
 その結果は、全ての人達が背負うことになるであろう。

 時既に遅し、神(鬼)が動いた・・・現象界にも事象が現れ始めた。

 そして、放映が延期されていた、イタリアのバチカンでの実話に基づいた、真実のエクソシスト映画「ザ+ライト」が、何故か符号するように、4月9日に上映されることになった。
 実は、この4月9日というのは、亡くなった「結理くんの誕生日」である。

 2000年前にローマ帝国によってイエスキリストが罪人として扱われ、磔にされた。それと同様のことが今、日本で行われようとしている。

  夫妻の収監が実施されたら・・・国は乱れ「国の存亡」の有無の議論に発展するように感じる。
 国家がこの事に気づいて、「超法規的手段」で長谷夫妻を、完全開放できるか否かの道しか残されていない。

 もし、当ブログをご覧になり、長谷一家のため国家の為にご協力できる方が居られるならば、下記へご連絡頂けたら幸いである。

   長谷夫妻を支援する会

                                以上
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