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元つ話 168

2011-12-31 Sat : 長谷章宏語録 
悪魔というものはないのぞ。そなたの世は「アク間」であるが悪魔はいないのぞ。そなたは取り違えしているぞ。「アイウエオカキク」の八の世であるぞ。五十音はこの方の言葉であるぞ。この方の仕組みを伝えているのぞ。そなたの居る世界は八方世界であるぞ。枠の中の世界であるぞ。枠の外はこの方しか知らんのぞ。アとクの間ぞ。アク間を悪魔にしているのはそなたらのとらわれしココロであるぞ。戦いのココロであるぞ。このことを知らぬあやま知であるぞ。そなたは初めての世界に出る産道にいるのぞ。

この方の構えた宇宙の出産が始まっているぞ。そなたは産道にいるのぞ。九の道ぞ。九九路、ココロぞ。ココロの世界の出産であるぞ。そなたらの世は「12345678」の世であるぞ。神の型になる仮の型であるぞ。神の真型は「〇12345678九十」ぞ。神の型とそなたの型の差を取るのが「悟り」であるぞ。〇九十(マコト)は1~8の外にあるのぞ。そなたが誠を語ることはできないのぞ。マコトは一人ひとりのココロにあるのであるぞ。良いことをするのがマコトではないぞ。神ゴコロがマコトであるぞ。外から中へ伝わるぞ。神は想念に入るぞ。この方との臍の緒がココロであるぞ。

                          章
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元つ話 167

2011-12-30 Fri : 長谷章宏語録 
「苦あるのが当たり前」「病気あるのは当たり前」というのはあやま知ぞ。苦ないのが当たり前なのぞ。ここまできて「でも~」とこの方に戦いを挑むか。本来ならば病院はいらないのぞ。そなたらが作ったものであるぞ。必要有るものができるのぞ。メグリ忘れて形の修繕に走るなよ。肉体の状態は魂の状態を教える型示しぞ。病気あるのはオカシキことと気づけるようになれよ。医師を責めるのは魔釣りぞ。病気なければ医師いらんのぞ。医療ミスもないのぞ。自らの真釣り外しをわすれて人を責めてますます真釣りを外す、ふがいないのう。医師に真釣りはずしさせておるぞ。医学だけではないぞ。すべてのすべてが「魔釣り」であるぞ。滅びの坂道駆け降りてどうするのぞ。いい加減に目を覚ませよ。いつまでも魔釣りをやっていると最後にグレンと返すぞ。お祭りやって魔釣りをしているぞ。魔釣りやっているものは最後の最後で大掃除であるぞ。自業自得であるぞ。

「あやま知」とらわれある人間が考えるもの、創りだすものすべて「あやまつ形」だと気付けよ。何がよいかわるいかの議論はオカシキことぞ。あやま知では平等はつくれんのぞ。つくれん方法でつくろうとしているぞ。はやく気づかんと気の毒でるぞ。取り返しつかんことなるぞ。十理(神のことわり)に返れんことになるぞ。そなたは神になれんぞ。いつまでもグチグチ言っているそなたには、ミロクはないと思えよ。すべてのすべてがアタマとハラの戦いぞ。二つに分けるアタマが戦っているだけぞ。ハラはすべて知っているのぞ。この方は知っていて戦わせているだけぞ。早く気づかんと悪と悪と共食いすることになるぞ。最後には自らのアタマを潰すことになるぞ。ヘビはアタマを潰さんと死なんのぞ。戦いの型示しぞ。ハラは勝つ由のんびりぞ。戦いやめんと自滅するぞ。

                        章

元つ話 166

2011-12-29 Thu : 長谷章宏語録 
魔釣りと真釣りは裏表ぞ。外におんぶせず、自らのココロに従って行けよ。自分で歩けよ。真コト見せるから後は自分で考えよ。魔釣りの中で討論をしても何も解結せんぞ。真コト見せるから自ら考えよ。日常生活は宗教の中のゲームぞ。魔釣りが創りだす社会が今の世でござる。遊びの基準が宗教ぞ。宗教を変えんと生活変わらんぞ。この方が元の宗教を見せるから、曇った眼を見開いて、よくご覧あれよ。ハルマゲドン、最終戦争と申すのは、そなたらの世界を創りなおす神の大掃除のことでござるぞ。そなたが避けようと逃れようと無駄なことでござるが、掃除すれば何も怖いことはござらんぞ。自分自身が宗教ぞ。そなたの生き方が宗教ぞ。この方の宗教は普通の者になる宗教ぞ。何でも自分で出来る者になる宗教ぞ。真釣りで生きる普通の者に戻るぞ。ミロクの宗教ぞ。

そなたがすることは魔釣りか真釣りかどちらをとるか決めることでござるぞ。どちらのやり方をするかと申すことでござる。真釣りのやり方、魔釣りのやり方、両方とも人間の生き方でござる。魔釣りの者も真釣りの者も人間の生き方でござる。普通の人間が真釣りでござるぞ。特別では、特殊ではござらん。正常異常があることが、一般特殊があることが、善悪分ける魔釣りの証でござるぞ。差別と区別は違うぞ。区別タテワケせんことが差別でござる。神が先、人が後、神が上、人が下、順序通りにすることがすべてを調和に導くやり方でござるぞ。そなたらは下の中で上下をして居るから混乱するのぞ。神と人の上下を区別せんことがマコト差別でござるのぞ。差別されたと文句を申す者、そなたは何者じゃ。

                         十日立

元つ話 165

2011-12-28 Wed : 長谷章宏語録 
今ここが宗教の作品でござる。元の宗教の中の宗教ぞ。この方の申すことは宗(もと)の教えでござるぞ。そなたらの宗教は、この方の宗教の中の宗教ぞ。元つ真釣りを魔釣りで引っ繰り返した末の姿がこの世俗でござるぞ。魔釣りの者が真釣りの者をキ違い扱いして居るぞ。魔釣りの目から真釣りを議論しても真釣りは見えん。議論するのが魔釣りの証。魔釣りの者は魔釣りを正しいと思って居るから、真釣りは認めん。真釣りが真コトでござるから、魔釣りを生きて居る者では宗教の問題は解結せんぞ。今の宗教や教育は魔釣りの中の洗脳合戦、宗教ごっこ遊びでござる。真釣りを批判しては、真釣りは分からん。先に行くほどますます分からなくなるぞ。魔釣りの教育は魔釣りを創りだすだけぞ。誠の宗教に戒律はござらん。元が自由だからいろいろなゲームができるのぞ。善悪は悪善にもなるぞ。善悪あるのは、分けられるのは元がひとつだからぞ。大きな目でみなされよ。いいかげんに争い創り出すだけの相対ゲームはやめなされ。

               十日立

元つ話 164

2011-12-27 Tue : 長谷章宏語録 
あなたが本当の意味で助かる方法はただの一つである。それは、この本に書かれている。あなたがすべてを捨てて、闇に飛び込み、地獄を厭わない覚悟があれば、それがわかる。ほんの一瞬でもそれを避けようとすれば、それは全く見えない。あなたのすべてを、あなたという存在の生き残りすらをも捨ててこの本を読めば、それが見える。見えたものを消さなければ、闇になっても光が見える。すべてはあなた次第である。すべてを捨てる。「すべて」である。あなたがすべての思い込みを捨てれば、すべてが見える。見えたらそれだけを追いかければよい。本当に改心するということは、厳しいことである。現世の修行ごときでは、真コトは取れない。滝に打たれようと、山を駆け回ろうと、座禅をしようと、お経を読もうと、苦行をしようと何の意味もない。それどころか、ますます本当の天国から離れるだけである。地獄を増やすだけである。占いも、神頼みも、何の役にも立たない。

                             ウナム

元つ話 163

2011-12-26 Mon : 長谷章宏語録 
生まれ変わりはあなたにはできない。あなたが響きを作ればそこに行ける。あなたの響き相応である。人事を尽くして天命を待て。天命を期待して人事を尽くすならば、それは取引、責任転嫁である。『してくれるならやる』である。『手を離せば助ける』『助けてくれたら手を離す』では平行線である。この道は完全保証されているが、受け取らない自由もある。壊れるか壊れないか、あなたの世界はどっちか。一つでも壊れるものがあれば、あなたは間違っている。そのままつかんでいても綱は切れている。両手を離して本当の綱をつかみ直すしかない。あなたには、手を離さない理由はどこにもないはずである。本当の天国に戻れば、あなたがそこでどんな国を創ろうと自由である。何を実行しようとも、すべてが思い通りになる。本当の天国は、天国しか作らない者だけの世だからである。始めから平和しかない社会だからである。姿形の違いは問題にはならない。『何をしているか』という中身の違いである。争いの世界では天国はできない。私有している世界には、天国はない。限られた資源だとしたら、取り合いは止まらない。お金を間に入れてそれを更に限られたものにしている。金がなければ何もできない世界を誰が作ったのか。あなたがその世界に同意しているならば、その世界に飲み込まれるだけである。最後は餓死するだけである。今の世界の形のままでも、中身が真コトの者だけならば、何も問題はない。争いをせずにどうにでも作り直すことができる。飛行機で飛んでも、テレポートしても、好きにすればよい。飛行機がなければ困るのはおかしい。お金は、使っても使わなくてもよい。子供銀行を使ったただの遊びとなる。色々な文化があって、楽しめる。それが本当の天国である。

                        ウナム

元つ話 162

2011-12-25 Sun : 長谷章宏語録 
人類の歴史は、本当の天国に戻すための執行猶予期間である。間違った掟を使って社会を進めてきても、それは取り違いである。ここは天国を作る場所ではない。天国に戻るための清算をする場所だったのである。早く戻れ、と大神が何千年もかけて知らせ続けたのに、まだ気づかない。気づかないどころか、『そんなものは空想だ』と言って、真実を見ようとしない。今のあなたが作るものは、すべて壊れるものである。そのままなら天国はできない。すべて壊れる。滅ぶ。本当の天国には分裂はない。ないものは存在できない。消える。壊れるものを作る思想、その思想がつくる想像、想像が作る形を壊せば、あるものが再生する。現われる。壊すべきものは、あなたの分裂思考である。分裂思考そのものが間違いの始まり、破壊の始まり、死の始まり、人類滅亡の、戦いの、悲しみの始まりである。あなたが外界を天国にするのではない。あなたの内界を天国にするのである。あなたが本当の天国に帰るのである。あなたがその世界に生まれ変れば、あなたは天国の自由民となる。

                          ウナム

元つ話 161

2011-12-24 Sat : 長谷章宏語録 
日本は、世界の雛(ひな)型、すべての気候、地形、料理、季節がござるぞ。こんなに善き国はござらんのぞ。何に不満がござるのか。自らのことばかり考えて居るから、全体が見えんのでござるぞ。世界中にはその土地その土地のそれぞれの響き、それぞれの文化、それぞれの言葉、この方の考えが、それぞれいろいろな形に成って居るのでござるぞ。すべてのすべてはこの方の型示しでござるぞ。形で見るから不公平、不平等などとタワケたことを申して、自ら問題を創って仕舞うのでござるぞ。人種差別じゃ貧富の差じゃとツベコベ抜かして大騒ぎして居るが、そなたらの魔釣りが不都合創った原因ぞ。魔釣りのままで解結しようと申しても、それは無理な話でござるぞ。すべての問題を解結する方法は真釣り戻しでござるのぞ。この方が世界の大掃除をしてキレイサッパリ塵一つない世に交換するから、そなたらは自らの掃除をしてくだされよ。ミロクは何の問題も無き世となるから、今の状況を善くしようとするのはやめてくだされよ。そなたが掃除してミロクに行けばそなたからみた世は天国ぞ。アベコベでござるぞ。ミロクはこの方の用意するあそび場。ミロクであそべるように早う掃除して下されよ。

                            十日立

元つ話 160

2011-12-23 Fri : 長谷章宏語録 
略奪の知恵で何を考えようと、本当の天国はできない。それは滅びを意味する。日本は雛型である。あなたがすべての雛型である。日本が再生すれば、世界も、宇宙も、霊界も再生する。日本経済をどう再生するか、という議論がある。経済は、略奪の世界を基にしたお金の世界の話であるから、日本経済をどう再生するか、の議論は全く意味がない戯言である。日本の再生が完了すれば、万象万物が再生する。再生できるものは、元にあったものである。復活とは、死んだものが復することをいう。元々あったものが現われることである。あなたはそれを殺した世界の価値観で世界を創っていたのである。あなたはそれに基づいてすべてをしていたのである。『すべてを壊すか、すべてを壊さないか』である。壊れていれば、それは違反の証しである。今のそのままの知恵で、何を画策しようとも、それは、あなた自身の滅びを意味する。あなたがいる空間の壁を壊せば、外の世界が出現する。本当の天国はすでにある。ずっとあった。あなたが隠しただけである。自分で隠したことを忘れて、他人や神に『作れ!』と命令する。それがあなたのパターンである。アベコベである。自分の内界を直せばよい。それが、本当の再生の始めである。そう言われて、あなたの心の中が真っ暗になるなら、それはあなたの生き様の結果である。嘘が真っ暗になれば真実が見える。真っ暗になることを避ければ、嘘の光を追いかけて滅ぶだけである。

                                 ウナム

元つ話 159

2011-12-22 Thu : 長谷章宏語録 
今日の「日本国」は、現代社会でいう、西洋文明の理念が根本にある世界に属している。金と科学が支配する戦いの略奪世界では、世界の平和、本当の天国を実現することは不可能である。形だけで再生を図っても、それは、形が変わるだけで、本当の再生ではない。従って、今あなたが見ている国の風景は、本当の姿ではない。本当の日本再生のためには、あなたの持っている日本という概念、現代社会の日本国を作り上げた根本にある思想(響き)を完全に引っ繰り返さなければならない。すべてのすべてがアベコベ、上下左右前後表裏火水霊体善悪美醜清濁内外天地すべてがひっくり返るのが、真コトのミロク世である。すべての境がなくなった一つの中心が世界を統べる世界、すべてを産み出す真中が綺麗サッパリ塵を祓って澄み切った世界、神が神のものをつかって神の世界を形にできる自由自在な世界、壊れることも失うものもない永遠に続く世界である。本当の日本は、真コトの響きの国である。魔釣りのアヤマ知で天国を作ろうとしても、それは、地獄の中の天国である。本当の天国は天国のみであり、天国という言葉もない。そこに、苦、闇、死の響きはない。今のあなたには、「真日本再生」のために貢献する準備はできていない。

                        ウナム

元つ話 158

2011-12-21 Wed : 長谷章宏語録 
ミロク世は、万象万物が真釣りの響きのみで作られた世界である。神も人も、真コトでなければ生きられない、魔釣りの響きが入る隙間はどこにもない世界である。魔釣りの響きの者は、呼吸も、代謝も、心臓の鼓動も、細胞分裂も、生の営みのすべてが停止する。それは、即ち、ミロク世の復活は、魔釣りの世の永遠の滅びであり、魔釣りの響きを僅かでも残している者にとって、それは、永遠の死(消滅)を意味する。魔釣りの世にある対極の言葉は一つの響きに戻り、論争は消える。魔釣りの響きを完全に消滅させなければ、あなたが真釣りの世の体に入ることは出来ない。真釣りに戻れば、ミロクが実現する。ミロクを実眼するためには、真釣りに戻らなければならない。それが天国への唯一の道である。

                         ウナム

元つ話 157

2011-12-20 Tue : 長谷章宏語録 
本当の意味での再生とは、「本当の日本」が蘇えることである。未来の新しい日本とは、実は、過去の古い日本のことであり、正確に言えば、日本の再生とは、日本という国の本当の姿を復活することを意味する。本当の日本(ヒノモト)を顕現することである。今の社会システムやアベコベの思想をどうこねくり回しても、『偽の天国を創るために形を治す』という根本のところは何も変わらない。立立体的コロンブスの卵の発想をしない限り、姿形だけの新しさを求めても、本当の日本の再生は叶わない。本当の意味での新しい日本は、現代社会の中にあるどんな理念でも再生することはできない。再生とは、「再び生まれる」ことであり、一度死んだものが生き返ることである。本当の新しい日本とは、元の始めの親神の天国のことである。そこにあなたが戻れば、生き返れば、あなたから見れば、新しい日本を作ったことになる。あなたが元の響きに戻れば、本当の日本に生き返る。

現在の日本国を作り上げた根底にある理念、今あなたの持っている外界を作り出す基である世界観、価値観を奇麗サッパリと塵一つ残さずに捨て去らない限り、アベコベのままである。半導体製造工場ではないが、響きのクリーンルームを作らない限り、真コトの国を創る神界コンピュータの半導体は製造できない。たった一つの響きの塵があるだけで、その工場は、製造を開始できない。完全な半導体でなければ、神界コンピューターは作動せず、ミロク世のCGは表現できない。真釣りのエンジニアが作った完全なプログラムは、100%純粋な半導体で作った無限CPUでしか処理できない。魔釣りの世界を完全に解体しなければ、本当の真コトの日本国の建設には着手できない。魔釣りの目隠しを100%外さなければ、真釣り100%の世界の立体パズルの全貌は見えない。真釣りの世では、真釣りの体でなければ、息一つできず、何一つ動かせない。三千世界が真釣りの世に戻った瞬間、真釣りの真コト以外のものは、自動的にすべて消滅する。真の日本を建設する材料は真釣りの響きであり、それを扱えるのは、真コトの響きを持った体だけである。建設作業員は全員真コトでなければならない。魔コトと真コトは裏表の踏絵であり、真コトの世に魔コトが潜り込むことは不可能である。自らの真コトの復活が国家建設の条件である。

                           ウナム

元つ話 156

2011-12-19 Mon : 長谷章宏語録 
日本をどうやって再生するか。それにはまず、あなたの中の日本を再生することである。あなたが「日本」について語る時、それは、あなたの中にあるイメージの日本である。実際には、あなたの現実には、日本という国はない。その実体は、『こういう国を創りたい』『こういう世界で暮らしたい』という理想を、現代社会で言う日本の風景に投影して、あなたが想像している幻想である。現代社会で言う今の日本(「日本国」)は、本当の日本の姿とは全くアベコベの姿になっている。従って、日本を再生するためには、あなたの内にある「形の日本を作る基になる、見えない日本の姿」をすべて作り直すことが必要である。

日本の再生を語る者は多いが、その殆どは、文明社会の中での先進的な外国のシステムの輸入、又は、そのシステムの改良という視点である。日本文化を尊重すると言ったところで、その日本文化は、突き詰めれば外国の輸入文化の変換であり、形を日本風にしただけに過ぎない。輸入文化を取り入れるほど、新たな問題を作り出す。その方法では本当の日本の再生には貢献できない。それがどんなに新しく革新的、先進的に見えようとも、奇抜に見えようとも、たとえ『これこそ日本を復活する究極の方策である』と言おうとも、その実体はと言えば、今までのシステムの延長線上の考えでしかない。姿や形は違えども、それが現在のシステムの根本理念を踏襲するものである限り、日本が再び蘇ることはない。

                          ウナム

元つ話 155

2011-12-18 Sun : 長谷章宏語録 
あなたにとっては、この本が、著者にとっての自動書記のメッセージにあたるものであるといえるかもしれない。この本に書かれた事実をどう受け取ればよいのか、この本を読んだ後に自分が何をすべきなのかは、この本に書かれている事実から自分自身で見つけて欲しい。あなたは、この本を基にした実践の過程で、(本を書くかどうか、講演会をするかどうかは別にして)著者が歩んできたのと同じ茨の道を辿っていくことになるだろう。それは困難な道のりではあるが、あなたが本当の天国に戻るためには、絶対に避けては通れない道なのである。あなたが道に迷った時、恐ろしくなって立ち止まった時、この本(著者)をガイドにして、その先の道の奥に進めばよい。その道がどんなに険しく見えても、通行不能に見えても、必ず道はある。あなたの心の曇りがその道を閉ざす唯一の検問、通行止の標識である。その標識を外し、検問を通過することを許可できるのは、あなた自身だけである。あなたが封鎖した神の道は、あなたが封鎖を解除すれば、自由に通行できる。あなたが、本当に、心底から天国に戻ることを望むなら、必ずそこへ戻ることができる。そこはあなたが元いた故郷である。あなたが本当に故郷に帰る気があるなら、止める者は誰もいない。この本は、あなたの本当の天国へ戻る道、本当の故郷へ帰る道にあるすべての検問を通過する方法を書いたマニュアルである。今風に言い換えるなら、あなたの天国を闇に葬った偽物のドラゴンを倒す真竜の草薙の剣をゲットする冒険ゲームの攻略本である。
                          
                              ウナム

元つ話 154

2011-12-17 Sat : 長谷章宏語録 
あなたがこの本に書いてある事実を否定すれば=この本を通して提示した結論を認めなければ、あなたは「すべて」を見ることはできない。著者に反抗しても、それは自分が自分に反抗しているだけの、あなたの中の単なる一人芝居であって、著者にとっては、何の意味もない。魔釣りの世に初めて現れた真コトの道、「天国の方法」を書いたこの本があなたに何をもたらすか。その鍵は、あなた自身が握っているということを知っておいて欲しい。

今の「日本国」に、本当の神の真コトの道に戻る身魂が増えれば、真コトの響きに共鳴する力が増幅されて、大神の力を顕現しやすくなる。従って、それだけ、本当の世界平和、本当の天国が近づく。これから始まる、ヒノモト(世界)に本当の天国=真釣りのミロクを顕現する草薙の剣(真コト)渡す大神のプロジェクトのお手伝いを、一人でも多くの志ある方にお願いしたい。著者の上げた指に止まるかどうかは、各自が決めることであるが、最後の仕上げの大掃除を前にして、できるだけ多くの方々に真コトがあることをお伝えすることがこのプロジェクトの目的である。真釣り戻しをするしないは別にして、すべてが逆さまだったこと(真釣りの真コト)を知って大掃除に突入すれば、最後の最後のギリギリのところで、ミロクに戻る機会を得ることができるのである。最後の命綱があることを知っていれば、身魂相応の艱難辛苦はあるにせよ、滑り込みでミロクに生き戻ることもできるのである。三千世界が真釣り戻った時、果たして、あなたは残っているだろうか。

                                ウナム

元つ話 153

2011-12-16 Fri : 長谷章宏語録 
あなたが体験している現実は、あなたが真釣り外して以来のすべてのメグリの型示しである。あなたが産まれた家系、場所、あなたの家族、出あった友人も含めて、姿、形を変えて、因縁の身魂がメグリ巡って出会っているのである。その目的は、お互いの真釣り戻しのためである。この世には偶然は何一つない。従って、偶然の一致というものもない。すべては必然であり、たとえ今世で覚えがなくても、あなたに不都合があれば、あなたは掟破りを犯している。自らが体験している苦(不都合)のある現実が、違反の事実があった証明である。そのことを素直に認めて、真釣り戻さない限り、あなたの命は間もなく終焉の時を迎える。身魂の掃除が進めば形の掃除も進む。形を綺麗にしようとすれば心が乱れ、いずれ、綺麗にした形は崩壊する。綺麗にする前よりもっと散らかる。部屋というのは、心の表れであり、見た目の部屋を片付けさせようとすれば、心が乱れ、もっと散らかる。人生そのものの乱れも心の表れであり、姿形を取り繕っても、全くアベコベの現実を自ら呼び込んでいるだけである。あなたが一つでも責任転嫁をすれば、それは、自らの首を締めていることになる。形の闇はすべてがあなた自身の魔釣りの響きが原因なのである。あなたが、逆さまの生き様をしていることを心底から認めないならば、あなたは永遠に滅ぶ。

                               ウナム

元つ話 152

2011-12-15 Thu : 長谷章宏語録 
すべてのすべてが元に戻るのである。九分九厘まで魔釣りを進めた今の世で真釣り戻すには相当な難儀を要するが、別の意味では、今の時ほどお陰も情けもハッキリと現れる時代はかつてなかったということである。真釣り戻せば、そのご苦労にお陰がどんどんついてくる。真釣り戻さなければ、御苦業のメグリがどんどん増えて、ますます情けが厳しくなる。今のこの時期は、真釣りの真コトがなければ、もう何も成就はしない。魔釣りのやり方で作った仇花は、作ったそばから散っていくことになる。すべては、真釣りに戻っているだけである。今までの歴史は魔釣りを外し続けた歴史であり、現代社会はその究極の姿である。その現代社会の中で学んできたすべてのことは、魔釣りを進める=滅びに至るやり方である。すべてのすべては真釣り戻すための道具である。魔釣りは真釣り外した者(魔釣りの者)の囚われを解く響きであるから、魔釣りすら悪ではないのである。あなたには裁くべきものは何もないのである。真釣りに悪はない。魔釣りから見たら不都合に思うことがあるだけである。自らが魔釣りの響きを持っていなければ、悪は見えない。悪が見えるならば、あなたは魔釣りの響きを持っている。その魔釣りがすべての悪や苦の源である。魔釣りの世で真釣りを思えば、悪に見える。真釣りである世に悪があると言っているあなたの魔釣りこそが、本当の悪なのである。戦争の際、軍規に違反すれば、処刑である。魔釣りをやめれば真釣り、魔釣りをやめない限り、滅びの道を転がり落ちていくことになる。
                                 ウナム

元つ話 151

2011-12-14 Wed : 長谷章宏語録 
最初で最後の大掃除が迫っているこの時期は、そなたがしていることをそなたにハッキリと気づかせねばならんから、文句や不満やグチを言ったり、外の責任にしたり、コントロールしようとしたりするとますますそういう状況を体験するようになるのぞ。この方の言う通りに、人のせいや価値判断をやめて素直に行動すれば、嬉し楽しをハッキリと体験することができるのぞ。今までより早く、苦も喜びも来るのぞ。そなたがしただけのことは清算せねばならんが、清算すれば責任を取れば喜びが来るのであるぞ。掃除も大変であるが、オカゲも大きく来るのであるぞ。こんなに善い時期はかつて無かったのであるぞ。そなたがこのチャンスを使うか使わないかはそなた次第であるぞ。やれば嬉し、やらねば苦し、どっちにしてもこの方の言う通りになるから存分に試してみるがよいぞ。天国を創るこの方のやり方が分かったらそこから切り換えればよいぞ。最後の最後ですべてが明らかになるからそれまではお好きなようになさっているがよいぞ。そなたのしたことはすべてそなたに返るだけであるからな。地獄でも天国でも好きなものを貰うがよいぞ。

そなたの体験しているものはそなたという身魂が生まれて以来のすべてメグリの清算であるぞ。そなたはもともと喜びのみであったのぞ。そなたが持っているメグリの分だけ欲しいものがこないのであるぞ。この方の言うことを疑うのはメグリ持っている証拠であるぞ。そなたに起きることをそなたが一〇〇パーセント許して、この方の与える苦も喜びも次々に受け取っていったとき、メグリが清算されて、自動的にそなたの欲しいものが簡単に手に入る状況が来るのであるぞ。メグリ取りの苦を辛抱し、喜びのお陰を嬉しを持って受け取るということを繰り返していくことで喜びが増えてくるのであるぞ。もともとに戻るだけであるぞ。そなたは天国であるぞ。この方のやり方は先にいくほどうまくいく方法であるぞ。そなたはメグリ来た苦を後悔反省することはないのぞ。人の責任にしないでその状況を抜け出すまで体験すればよいだけであるぞ。自分のしたことを自分で受ければ善いだけであるぞ。そなたの体験はそなたの提供したものの結果であるぞ。

                             章

元つ話 150

2011-12-13 Tue : 長谷章宏語録 
『善悪がある』が永遠不変の真理ならば、「善悪がない」世界は想像すらもできない。二極分裂が元だと言うならば、善悪がない世界が産まれることはない。それが真理ならば、永遠に戦争が続く世界が真理となるから、世界平和や自由は絶対に実現しない。従って、戦争反対運動や、平和運動は全く意味がないお遊びになってしまう。しかし、平和や自由や天国が想像できるならば、『善悪がある』は真理ではないことを意味し、戦争をしているならば、それは、自らだけの天国を実現しようとしている手前勝手な行動だということになる。善悪が無い世で戦争をしているならば、それは、自分自身を滅ぼす目的でやっているに過ぎない、狂気の沙汰になってしまう。善悪の戦いができるのは、悪が許されているからであって、許されている悪を滅ぼす戦いをしているという自己矛盾を解消しなければ、戦争は止まらない。鏡の中の逆さまの世界では、本当の世界を鏡の世界だと思い込む。鏡に映った自分は闇の中のグロテスクな悪魔に見えるから、鏡を無視して、戦争を続ける。鏡の世界にいる天使は悪魔であり、悪魔が天使である。悪魔のささやきは、鏡の中の世界を壊す象徴であるが、その世界が悪魔の世界だとしたら、そこで善人を演じることが何を意味するかはわかるはずである。天使に魅せられるのは、魔釣りの虜である型示しである。

                           ウナム

元つ話 149

2011-12-12 Mon : 長谷章宏語録 
この世にある「悪にみえる出来事(苦に感じるものは)」は、あなたの神法違反の現れである。「悪」は、本当の善に気づかすために存在を許されたものである。神法違反である本当の悪に悪であることを気づかせるための大神の情けであり、その悪を裁くならば、真釣り外しの責任を放棄し、天地自然の掟破りの清算の邪魔をしているあなたは、掟破りの自覚無き反逆者、無法者として、自然淘汰により消滅することになる。アヤマ知を使って逆恨みするならば、それは、自ら産んだ不快を他人に転嫁することを意味し、自らの神法違反を認めてないことになる。従って、自らを善だと思ったまま滅んでも、誰にも文句は言えない。滅んだら文句は言えないから、文句を言っているあなたは、幻のような存在である。実体のある真釣りの存在から見れば、あなたは、始めから存在していないことになる。「苦」は自らが掟に違反していることのお知らせであり、逆恨みするならば、あなたは天地自然の掟である真釣りを外し続ける意志を示したことになるから、天地自然の掟通りに、自らの違反のゆえに自らで滅んで責任を取る結末となる。本来は、神法違反者は存在できない。

                                ウナム

元つ話 148

2011-12-11 Sun : 長谷章宏語録 
善のハタラキ、悪のハタラキ、があるのは、悪を使って悪を祓う真釣り戻しの仕組みが成就するまでの話である。大神が悪を許しているのは、自らが悪である自覚が無い魔釣りの善の身魂に悪を見せて真釣りに気づかせるためである。自らが善だと思い込んでいる悪には悪を持って当たらなければ、絶対に自らの悪に気づくことは無く、真釣りに戻ることはできない。『悪に感謝する』と聞けば、自ら(社会、国、世界、組織)を壊すもの(苦しめるもの)を悪と定義している魔釣りの世では狂っている考えとなる。しかし、本当のところは、「悪」とは、魔釣りの言う悪ではない。真釣りには悪は影さえなく、情けがあるだけである。自らが真釣りを外さなければ悪も苦も存在せず、悪や苦があるならば、それは、自らが真釣りを外している証拠である。その悪を裁くならば、自らの真釣り外しを正しいものと思い込んでいることになり、それは、魔釣りの自らを殺す真釣りを悪に仕立て上げる冤罪となる。悪を裁く自らが、真釣り外しを認めない悪である。この世の「悪」を裁けば、自らが滅ぶ。すべて逆さまである。もし、悪が無ければ、あなたは魔釣りに生きていることに気づかずに、自分は善だと思ったまま、真釣り外して滅ぶことになる。悪の正体は、自らの魔釣り(真釣り外し、神法違反、滅びの道にいる事実)に気づかせてくれるための鏡であり、滅びを止めてくれる有り難いものである。魔釣りの神仏を有難がって拝んでも、本当の幸福も自由も天国も実現できないどころか、魔釣りを進めて滅び(本当の死)が近づく。神法違反の身魂を天国に導く仕組みに生かしてくれている大神こそ有ることが難い存在なのである。不快なことをされたらすぐに訴える人間とは神と悪魔の差である。逆さまのものを信じているから逆さまになるのである。本当の自分と一緒に本当の天国に行きたいなら、逆立ちの世で教わったことを全部捨てて逆立ちをやめて歩くだけでよい。

                                   ウナム

元つ話 147

2011-12-10 Sat : 長谷章宏語録 
そなたらは、真釣りに戻す魔釣りの仕組みを勝手に取り違えて、自らが創りだした悪を排除し、苦を避け、楽な方、楽な方へと進み来て、逃げた積もりになって安心してなさるが、そなたらの創りだした悪や苦は一つも無くなってはおらんぞ。そればかりか、危険じゃ、迷惑じゃ等と申して、悪や苦を排除して、ますます悪や苦を創りて、創りた悪や苦をまたまた排除して、最後の最後は自分以外は悪ばかりとなる袋小路に自らで自らを追い詰める堂々巡りに嵌まって居ることに気づいておるか。最後の最後は自らの首を締めることになるとも知らず、末はすべてが滅びるアヤマチ教の熱心な信者となりて、もがけばもがくほど泥沼と化し、やればやるほど壊れ行く、永遠に出られない地獄の箱の中で苦しんで、自らの苦しみの原因が自らに有るとは気づかず、責任をなすりつけ合って、苦し紛れの共喰いをして居るのが、今今のそなたらの姿でござるのぞ。そのまま進めば、末は自らが自らを喰うことになるから、よくよくご注意申しおくぞ。最後の最後には自らが自らの責任を自覚することになるが、その時ではもう遅いから、今ここで目を覚ましてくれよ。

                         立日十

元つ話 146

2011-12-09 Fri : 長谷章宏語録 
そなたが自らを正しいと申せば、外が悪じゃと申して居るのと同じでござるぞ。この方が不調和の神じゃと申して居るのと同じでござる。この方が調和乱す悪の神ならば、そなた自身も悪の身魂でござるぞ。自らを正しいと申すのは矛盾して居るとは思わぬか。そなたらは元々神成る身魂でござるから、そなたらの元の元の肝心のところはこの方がマ釣って居るから、そなたらの想いなすことは何でも形になるのでござるぞ。魔釣りでも真釣りでもどちらでもそなたらの想い通りに形になるのでござる。そなたらが魔釣りの心で事を為せば、魔釣りの神が魔釣り来て、破壊の仕組みを進めることになるのでござる。そなたらは元々、善の真釣りの身魂でござるから、悪が外に見えれば、善くしようとなさるから、この方は魔釣りの神を産み生んで、そなたらの内の魔釣りを外に見せ、真釣りに戻させる仕組みを構えたのじゃ。自らを真釣りに戻す魔釣りの仕組みで現れた悪を自らを滅ぼす悪魔と取り違え、悪を排除し、悪と戦って、ますます魔釣りを進めて居るのに気づいて居るか。そなたらが悪と闘えば闘うほど悪が現れるのでござるぞ。悪を法律で制限すればするほど自らも動けなくなりて、最後は自らが自らの首を締めることになるのじゃぞ。

                         立日十

元つ話 145

2011-12-08 Thu : 長谷章宏語録 
そなたらが囚われて居る魔釣りの神と申すのは、破壊や痛みや苦しみや行き詰まりの状況をそなたらに渡して、そなたらの我(われ)善しの悪の心をそなたらの外に形にして、真釣りを外したそなたらを元の真釣りに戻すためにご苦労致しておられる、この方が産み生んだ尊き御役の神でござるのぞ。そなたらの生まれ落ちた世界には、悪と申すものは一つとしてござらんぞ。そなたらの世界と申すのは、そなたらの心の通りの神がつき、眼に見えるものも見えないものも、この方の創りたあらゆる自然を材料にして、人間の肉の身を通して、そなたらの心の通りの形に成して居る世界でござるぞ。そなたらが魔釣りの神と繋がれば、そなたらの世は魔釣りの世と成るのは当然のことではござらぬか。外のシステムをどんなに変えようとも、そなたら一人一人の心の有り様(よう)を真釣りに戻さねば、天国を創ることなど永遠に不可能なことでござるのぞ。そなたらが今のまま魔釣りの世を続ければ、末はすべてが滅ぶのでござるぞ。最期の最期、世が滅ぶ寸前にこの方がどんでん返しをお見せして、見事にミロクの世に致すから心配はござらんが、そなたに掃除がござらねば、そなたの居る場所はござらんから、そなたは現(こ)の世もろとも消え去るから、その積もりで掃除に励んでくだされよ。そなたらの外に見えて居るものは、そなたら一人一人の心の姿でござるのぞ。そなたらの身魂の態度、身魂の生き方でござるのぞ。そなたらの内に悪の心がござらねば、そなたらが悪を演じなければ、外の悪は形にならぬのじゃ。そなたらが外の悪を悪と申せば、魔釣りの神を悪の神と申して居るのと同じでござるのぞ。自らが悪であることを白状して居るのと同じことじゃ。

                           立日十

元つ話 144

2011-12-07 Wed : 長谷章宏語録 
地にある資源も、資源から創りだされたすべてのモノも、そなたらの肉体も、すべてこの方が貸し与えたものでござるから、「自分のもの」と申すものは一つもないから、勘違いなさるでないぞ。そなたの「被害」の加害者と申すのは、魔釣りを外したそなた自身でござるのぞ。そなたらは全員一人残らず、至善を壊した加害者じゃ。マコトの被害者と申すのは、この方一人でござるのぞ。そなたらは、被害じゃ、災害じゃ、損得じゃ等と好き勝手なことを申して、取られたやられた傷つけられたと大騒ぎして、他人や会社や国や神の責任追及や損害賠償請求をしてござるが、そなたが危険な状況になるのは、そなたが被害を受けるのは、そなたが病気や怪我をするのは、そなたが事故に遭うのは、そなた自身の魔釣りが原因でござるのぞ。そなたが魔釣りをして居るから、自らが不自由になるのでござろうが。自らのことだけを考えて、自らの利便だけを追求して、科学なるものを発展させて来て、その結果として、そなたらが身の危険を感じるようなものを自ら創りだしてしまったのではござらぬか。戦争や犯罪や武器や毒や病気や事故や悩みと申すのは、そなたら一人一人がして来た魔釣りの結果でござるのぞ。一人一人に責任がござるのじゃ。自ら以外を責めると申すのは、いかなることでござるのか。自らのしたことを自ら以外の責任に致すとは、迷惑な話ではござらんか。そなたは、人に対して、迷惑じゃ等と申すが、お互い様でござるのぞ。人を邪魔だと申すそなたが邪魔者でござるぞ。自らの責任が取れん身魂はミロクの民にはなれんから、その積もりで取り組んでくだされよ。

                       立日十

元つ話 143

2011-12-06 Tue : 長谷章宏語録 
そなたが内を壊すからそなたの外が壊れるのでござるのぞ。そなたが外を変えようとすれば、ますます外が壊れるのでござるぞ。そなたがそなたの加害者でござるぞ。この方は、そなたらが何もせんのに毒を創りだしたり天変地異を起こしたりは致さん。そなたらは身魂でござるから、そなたが真釣りに生きて居れば、そなたには何の被害も危険も恐れも不都合もござらんぞ。そなたに被害や危険や恐れや不都合がござるのは、そなたが魔釣りを生きて居る証でござる。こ度の大掃除も天変地異もそなたらが創り出したものでござることは、これで明白でござろうが。そなたらが初めから真釣りに居れば、ミロクへの大掃除は必要無きものでござったのぞ。この方を恨むのは筋違いでござるぞ。この方を、神や仏を恨むその心が魔釣りでござるぞ。そなたがそなたの危険を創りだした原因でござるのぞ。そなたの肉体の危険はそなたの身魂の危険ではござらん。そなたらの形はそなたらの心を見せて居るのでござるから、そなたの見ておる形の因はそなたの心でござるぞ。そなたの外に悪が見えるならば、悪はそなたの内にござるのぞ。そなたらが申す被害や危険や損害はそなた自らの魔釣りが原因でござるから、すべてそなた自身が招いたものでござるのぞ。そなたの外には何の悪も危険もござらんから、改めてお知らせしておくぞ。

                           立日十

元つ話 142

2011-12-05 Mon : 長谷章宏語録 
そなたは、自らを危なくするものは全部悪と申して居るが、そなたを危なくして居るのはそなたの魔釣りでござるから、最大の悪はそなた自身の魔釣りでござるぞ。自らがして居ることを棚に上げて悪を裁く心は極悪でござるぞ。自らの魔釣りが創りた苦を避けて楽に走って科学技術を発達させて、病気や事故や公害を創って、自らの損害を賠償を請求するのも同じ理屈でござるぞ。そなたの損害はそなたに請求致せよ。そなたの魔釣りを真釣りに戻せと申して居るのじゃ。そなたらは、自らが危険だからと申して、何でもかんでも戦争や核に反対して居るが、元々は、そなたらのその闘う心が創り出したものでござるのぞ。そなたらの魔釣りを真釣りに戻さねば、闘いがますます激しくなるぞ。そなたらが不調和創って壊しただけそなたらの肉体を通して、そなたらの痛みとして返して居るのでござるぞ。元々は調和の世でござるから、現(こ)の世には何の偏りも、何の不都合も、何の問題もござらん。そなたが調和を乱したから、そなたが乱れるのでござるぞ。そなたが外にしたことをそなたがされて全体のバランスが取れるのでござろうが。そなたが内を乱せばそなたの外を乱すことになるのでござるぞ。そなたが内を乱せば外に形にして教えて内を修正出来るようにしてあるからでござる。

                          立日十

元つ話 141

2011-12-04 Sun : 長谷章宏語録 
世界の仕組みが国内の仕組みに投影されているのであるが、自らの生き残りばかりに躍起になっている限り、世界を動かしている大きなカラクリには気づかない。自らの生活に汲々として、自らの属する社会がどんな世界なのかを考える余裕が無い大衆を操ることは簡単なのである。お金と金融システムは、形の世界に足場を置いている世界を支配するために必要不可欠な道具である。まずは経済の力学で支配関係を整理し、政治統合して、最終的には、宗教統合して、魔釣りの知恵の神の千年王国を作る、それが、「人類の歴史」の最終章である。欧州が経済統合から政治統合に向かっているのは、世界統一への型示しである。簡単に書いたが、実際には、とんでもなく複雑巧妙な策略で世界は動いている。しかし、それも、自然の仕組みを壊して成り立つ「文明社会」という仮想現実に参加している、「現代人」という、自然や宇宙から見れば、ほんの僅かな「人間の集団」の作る自縄自縛のお遊びである。文明と接触のない未開民族やお金のない「あの世」にとっては何の意味もない。結局は、世のカラクリを知ろうと知るまいと、真釣りに戻らない限り、永遠の滅びとなる。

この本で、いろいろと書いているのは、真コトの道に戻るために魔コトの嘘を捨てるにあたっての拠り所、アタマに沢山詰め込んできた分けのわからないアヤマ知の正体や、自らが今していることの、自らが今いる世界のカラクリを知るための材料を提供しただけに過ぎず、元つ真釣りに素直になれる者にとっては、別に、必要のないものである。ここに書いてある事実にこだわったり、言葉自体をアレコレと価値判断したりすれば、逆に魔釣りを呼び込んでしまうことになるから、その点だけは気をつけて欲しい。要は、自分が嘘に騙されて全く逆さまの生き方をしていたことを認め、自らの立場は大神に任せて、今までの嘘を捨てて、真コトの生き方をゼロからやり直していけばよいだけである。生きている間も死んだ後も、本当に素直に正直に、「口心行」を一致させることが真釣りの真コトである。

                         ウナム

元つ話 140

2011-12-03 Sat : 長谷章宏語録 
「絵のような素晴らしい景色」という表現をするが、実際には、素晴らしい景色を絵に描いたのであり、基準を人為的営み(の成果)に置いて思考すると真実が見えなくなる。コンピューターと脳が同じなのではなく、脳の仕組みをコンピューターにしたのである。霊界が戦いだから、現界が戦いになるのである。どちらがオリジナルで、どちらがコピーかをよく考えてみれば、コピー(結果)をどんなに修正しても何も直らないことがわかる。

社会にあるものを見れば、その社会の属する世界の姿がわかる。財政破綻は国家自体の破綻を意味し、再生するためには、融資先の許可が必要となる。世界銀行とIMFという国際社会の金融機関を作り、国家という会社の財政政策を監視し、破綻した場合には、『条件を呑まなければ融資はしない』という論法で、支配者の思惑に合わせて、国家を操る仕組みが形になっている。市場経済の世界では、すべての国家がその仕組みの中に自ら足を踏み入れている。従って、現代社会では、金融システムを操って、帳簿上で国家財政を赤字にさせて、IMFなる金融機関が条件を付けて債権を買い取ることで、世の支配者の思惑通りに国家を操ることができる。金融システムを普及させ、金融システムを巧妙に駆使して、国家を破綻させることにより、都合の悪い国家を吸収合併することが容易となるのである。お金が国家の生死を左右する仕組みを作れば、お金を牛耳る黒幕が国家の生殺与奪の権を握ることができる。個人と銀行の関係が世界を動かす基の仕組みの鏡なのである。

                          ウナム

元つ話 139

2011-12-02 Fri : 長谷章宏語録 
地球株式会社は、従業員から商品、お金まで、すべての資産の仕入れ先、唯一のお得意先の大神会社には、社長の情けをいいことに、(資源の)対価(買掛金)を一度も支払っていないのである。すべてを無から生産している大神会社は、売掛金が回収できなくなっても全く困らない。かといって、何もしなければ、永遠に支払いをしないことを知っていたから、一括請求の期限を区切ったのである。売掛金の限度額を設定し、限度額に達したら一括返済をする約束だったのである。利子はいらず、元金だけ支払えばよいのであるが、その約束を忘れて、好き放題の放漫経営をしてきたのが人類の歴史であり、限度額一杯まで達しているのが現代社会なのである。これは、元つ大神の仕組みをお金に例えた話であるが、真釣りを外して大神の仕組みを取り違えると、お金という神の支配する世界が現れるのである。つまりは、売り掛金の一括請求が、最後の大祓い、真釣り外しの総決算、身魂の収支の清算なのである。ここで一括払いを拒否するならば、魂という担保を差し出して清算することになるが、そうなった場合には、ミロクという永遠の天国での本当の夢の生活はできなくなるのである。元つ仕組みを取り違えて作ったのが、現代社会にある融資や経営の仕組みであり、お金の世界での収支決算や回収ゴッコをしても、全く意味がないお遊びである。
                          ウナム
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