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元つ話 290

2012-04-30 Mon : 長谷章宏語録 
この方のやり方は外から見ても何もわからんのであるぞ。そなたがやって初めて分かるのぞ。そなたがこの方が教えるシナリオを選ばなければそなたには分からないのぞ。この方がそなたのココロを通して渡すシナリオは一人ひとり違うのであるぞ。そなたがそなたの学んだアタマの理屈で何と言おうとも、この方の語るすべてのすべてがすべて真実であるぞ。最後の最後になればすべてハッキリとわかるぞ。だが、最後の最後になってわかってももう手遅れであるぞ。だから、この方が今ここで親切に大サービスして知らせているのぞ。本来ならばそなたが自分でこの方のサインに気づかなければならなかったのぞ。それが神成る身魂の責任であるぞ。最後の機会を与えているのであるぞ。親にウラ切られない(神の世界を切られない/魂を消されない)うちに改心した方がそなたのためであるぞ。これが最後の最後の機会であるぞ。今なら間に合うのぞ。自分のために自分で決めよ。

「天国の方法」は今ここでも(ミロクの世でも肉体の死後でも)天国であるぞ。「人間の方法」は今ここだけ、自分だけの天国ぞ。永遠のイノチを得るか、今ここだけの優越感を得るか、二つに一つの選択ぞ。今ここがそなたの人生の分岐点の瀬戸際の崖っぷちであるぞ。今までのゲームを綺麗サッパリ捨て去ってこの方の「天国のシナリオ作りの個別授業」を受けるか、今までのゲームでこの方の言うことを判断議論する今までのゲームをするか。まったく正反対の結果になるのぞ。バージンから始めて永遠の天国ゲームを体験するか、そのまま地獄のゲームを続けて滅びるか、そなただけがそなたの選択の結果を体験するのぞ。人生というゲームをどう遊ぶか、一人ひとりのゲームであるぞ。一人ひとり、別のゲームであるぞ。そなたが楽しめばそれでよいのぞ。人のしていることを外から見てツベコベ言うでないぞ。そなたの基準であるぞ。そなたの○×であるぞ。この方は○×を言った覚えはないぞ。そなたは人を責めるゲームが好きなのか。そなたが迷惑であるぞ。人間として一番の迷惑であるぞ。そなたが人を裁くならば、人がそなたを裁いても文句言わないことぞ。お互いが満たし合って楽しいことをすればそれでよいのぞ。それがこの方の望むことであるぞ。人に迷惑をかけられることはないのぞ。そなたがそう思い込んでいるだけであるぞ。この方を知らぬ道徳、倫理の議論は卒業ぞ。この方は裁いた覚えはないぞ。

そなたが今までやっていたゲームはもう終わっているのであるぞ。この方が終わらせるのであるぞ。そなたらが創りだした地獄の形を清算して、整地して、聖地にして、初めから皆嬉し楽しのミロクの世を創る準備をするのであるぞ。「天国の方法」で天国のゲームを初めの初めから始めるのであるぞ。そなたらがやった結果は、この方にしか直せないところまできているのぞ。今までのデーターで勝手に想像しても予想しても無駄であるぞ。残念ながらそなたの期待通りにはいかないのであるぞ。人のすることに口出しするでないぞ。人の言うことを鵜呑みにするでないぞ。人を支配するでないぞ。すべてのゲームは一人ひとりであるぞ。そなたのココロはそなたしか見えないであろうが。この方を知らずに、この方を無きものにして、人のココロを勝手に決めつけて、自分勝手な理屈でツベコベ言うでないぞ。そなたのシナリオはそなただけのものであるぞ。そなたの基準はそなた勝手のものであるぞ。この方は人に口出ししろとは言っていないのぞ。空想が現実であるぞ。

                              章

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元つ話 289

2012-04-29 Sun : 長谷章宏語録 
「自分の与えたものが自分に返ってくる」のが唯一の法則であるぞ。自分の責任であるぞ。人の責任というのはないのぞ。そなたが辛いのも苦しいのもそなたがしたことの結果であるぞ。「そんなことをした覚えはない」といってもそなたが体験していることが証拠であるぞ。目の前で起きていることが証拠であるぞ。そなたは、魂のやったメグリを知らないからそういうことが言えるのであるぞ。そなたにはわからないのだから、起きたことを素直に見て、不調和不都合感じたら、素直にお詫びして、しただけのことは辛抱して改心していくことであるぞ。人のせいにしないことであるぞ。「もし~していたら」というのはないのぞ。この方はそなたのメグリ相応の体験をさせているのであるぞ。そなたのメグリを知らせているのであるぞ。偶然はないのぞ。そのセリフは神のせいにしていることになるのぞ。もう悪の芽は切ってあるのぞ。悪の仕組みは最後の最後はなくなるのぞ。今今に悪を残してあるのは大掃除の舞台造り。悪を以って悪を払う仕組み。悪に執着して自分だけうまくやろう、もうけてやろう、得してやろう、人に勝ってやろうというゲームに現(うつつ)を抜かすような、神成る身の自覚なき者が多いから、そういう身魂を引っかけてまとめてお掃除するための仕組みであるぞ。この方はまとめてお掃除して初めからやり直す方が楽であるのぞ。そなたが外に頼っているとそなたが大掃除されるぞ。人ごとではないぞ。人のことをアレコレ言っているとそなたが掃除の対象になるぞ。そなたの欲や保身やとらわれがそなたの悪の体験を創りだすのぞ。「欲をもって何が悪いのか」などといつまでも言っている者は最後に大掃除してやるから最後の人生をせいぜい楽しむがよいぞ。この方のことをイジワルだとかコワイとかズルイとか言うならば、今までのゲームをやっているぞ。そなたがこの方の親ゴコロを知ってか知らずか、勝手に不調和創りだす人のせいゲームに現を抜かしているのぞ。この方は人間の言葉でそなたが助かる方法を明かしているのであるから聞かないそなたが悪いのであるぞ。自業自得、自体験自責任ぞ。

この方はすべてのカラクリを明かしているのであるぞ。助かる方法も助からない方法も目に見える形で教えているのであるぞ。最後の大サービスをしているのであるぞ。一人でも多くこの方のところへ戻って欲しい親ゴコロであるぞ。この方のところは皆が皆、嬉し嬉し楽し楽しの天国であるぞ。この方はすべての秘密をバラしているのぞ。そなたが目で見て耳で聞いて選べるように言葉で文字でサンプルで見せているのぞ。この方の言うことを無私した結果、そなたがどうなろうとも、それはそなたの自業自得であるぞ。この方や回りを恨むのは筋違いであるぞ。恨んでいるから恨みの感情が続いているのぞ。そういうことをしているから今まで混乱、不調和、争い、悩みが絶えなかったのであるぞ。この方を無私した結果が今までの社会、常識、宗教、教育、政治、経済の仕組みの行き着くところであるぞ。今ここであるぞ。何がなんだかわからないでやっている目隠しゲームの結果が今の混乱であるぞ。今までの延長の思考で今、目の前で起きていることを手前勝手に解釈していると、最後の最後でどんでん返しになるぞ。様子を見ていると手遅れになるぞ。
                               章


元つ話 288

2012-04-28 Sat : 長谷章宏語録 
そなたが「損」「事故」「病気」「トラブル」「いやなこと」と見ているものはそなたがかつてやったことの結果であるぞ。この方のはすべてをバランスよく創ったのであるぞ。そなたが偏ったことをしたからその結果を体験しているのであるぞ。そなたの体験は自分でしたことの結果であるぞ。人の責任などというものはないのであるぞ。殺人もお互いのメグリ合いであるぞ。メグリが合ったのであるぞ。死をもって、障害をもって自らのしたことを清算しているのであるぞ。外側を見てかわいそうとか悲しいとか言っているとそなたがその通りになるぞ。赤ちゃんで死んでも、障害を持ってきても、その魂にとってはそれで今までのメグリを清算しているのであるぞ。メグリ持っては次の世には行かれないのであるぞ。「人の責任」というシナリオはメグリを創りだすだけであるぞ。ますます掃除たいへんになるぞ。もう後がないのであるぞ。掃除急ぐのぞ。自分のした責任転嫁を清算するのであるぞ。すべて終わらなければそなたには天国はないのぞ。そなたのシナリオを変えなければそなたの未来はないぞ。今まで学んだアヤマ知を入れ換えなければそなたはこの世で終わりであるぞ。肉体世界の出来事に一喜一憂していると魂も肉体もいなくなるぞ。掃除終われば、世紀末の出来事は楽しんで見ていられるぞ。そなたのお掃除終われば世紀末の大変は関係ないのぞ。怖いものはなくなるのぞ。何が起きても楽しいのぞ。最後の最後は全員が肉体という服を脱いで、魂の掃除終わった者から新しい肉体に入るのぞ。最後の最後は死ぬのぞ。残るのは魂だけぞ。魂の掃除することがこれからの全員の役目であるぞ。魂の掃除することがミロクの世を創ることになるのぞ。ミロクの世を創るのが人間の使命であるから、掃除をするのがそなたらの使命であるといってもよいのぞ。掃除終われば今ここでも調和の中で遊べるのであるぞ。今ここで遊べるようになれば、そなたには「死」も「世紀末の大変」も何も関係なくなって「永遠の天国」になるぞ。

そなたは肉体ではなく生き通しの魂であるぞ。生き通しの魂が肉体を使って自分を体験しているだけであるぞ。そなたの「死」は肉体を脱ぐだけのことであるぞ。そなたの状態が変化するだけであるぞ。死は怖くないのであるぞ。悲しくないのであるぞ。そなたはずっと生き続けるのであるぞ。そなた以外の人間も同じであるぞ。人間というのは魂を肉体として見たときの状態のことであるぞ。肉体をとったそなたがそなたであるぞ。そなたの想念に悪や恐れがあればそのまま見ることになるぞ。そなたが体験していることはそなたがしたことの結果であるぞ。そなたにトラブルや病気や事故や損があるのはそなたという魂がいつかどこかで不調和創りだす行動をしたのであるぞ。今世はいままでのすべての生でそなたがまき散らした不調和の種を刈り取る時期であるぞ。新しい世は調和のみの神の世であるぞ。不調和もっている魂は行けないのであるぞ。そのための大掃除であるぞ。最後の最後にすべてを清算する大掃除をするのであるぞ。そなたが目の前のものを責めたり疑ったりしていれば更にメグリを積むことになり、それを全部清算するまではそなたは新しい世にはいけないのであるぞ。そなたが苦しいのは、つらいのは、今までそなたがやってきた不調和創り出す行動で回りに与えたものであるぞ。そなたがしたことをそなたが体験しているのであるぞ。自分のしたことを自分が体験して辛抱すればそれでそなたのしたことは精算であるぞ。文句や愚痴や責任追求をしているとさらに掃除が必要になるぞ。

                              章



元つ話 287

2012-04-27 Fri : 長谷章宏語録 
今までの知識が今までの物質の世がこのままずっと続くと思うなよ。今までの「当たり前」や「常識」が続くと思うでないぞ。いつまでも「我よし」や「保身」や「損得勝ち負け」ゲームや「私はどうなるのでしょう」ゲームや「利害関係調整」ゲームをやっていると残念が出るぞ。もう後がないのぞ。この方は、新しい世を創る時が迫っているから、すべてのすべてのカラクリを公開して、後悔しないように準備をさせようとしているのであるぞ。そなたがもっている不調和創りだす知恵を調和を創りだす智慧に変えないとそなたに次の世はないのぞ。そなたが掃除をさぼれば掃除の手間が増えるだけであるぞ。後はないのだから後に行くほど大変になるぞ。一度にたくさんの掃除をすることになるぞ。外側の掃除をする「三歳苦難のタテカエ」ではそなたのメグリを一気に渡して掃除させるのぞ。今の怖さどころではないのぞ。そなたが神の智慧を外している分だけ、ルール違反している分だけ怖いことになるぞ。今やるか後でやるか本当の本当に取り返し(十理=神のコトワリに返ること)がつかないことになるぞ。

そなたはそなたが今まで学んだ材料を使って創りだした(組み立てた)シナリオ(モノの見方)に基づいて動いているのであるぞ。そなたのシナリオに照らして外を見ているのであるぞ。そなたの基準はそなたが創ったものであるぞ。そなたの見方はすべて自分勝手であるぞ。そなたが一つの見方に固執しているならばそなたは偏見を持っているのぞ。人のことをとやかく言う筋合いではないのぞ。そなたが議論したくなったら自分が正しいと思っているぞ。こだわっているぞ。そなたがどんな理由をつけようとそなたは「絶対的」には正しくないのぞ。人はコントロールできないのぞ。今までの世のゲームの中だけで使えるものは別の世になれば使えないのであるぞ。そなたがそのシナリオを握っている限りそなたの体験は変わらないのであるぞ。変わらないばかりか、ますます苦しくなるのであるぞ。ますます大変が増えるのであるぞ。不安や恐れが増えるのであるぞ。そなたが人の責任にしている部分をお掃除する手間が増えるだけであるぞ。ますますトラブルや嫌なことが増えてくるぞ。そなたが一つの基準に固執していると、「人の責任」というあやま知にとらわれていると、文句や愚痴や不満や責任転嫁をしていると、そなたの苦しみやトラブルの体験はなくならないのぞ。そなたの言い分は「神の社会」では通用しないのぞ。

                              章

元つ話 286

2012-04-26 Thu : 長谷章宏語録 
そなたらの議論している「二十一世紀に向けて何をどうすればよいか」というテーマに対する答えは、今のそなたらは持っていないのぞ。そなたらの考えているような二十一世紀はもうこないのぞ。マルチメディア社会も高齢化社会も国際化社会ももうこないのぞ。情報化社会ももう終わりであるぞ。エイズや環境破壊や臓器移植や犯罪や平和や差別や不平等やイジメや景気をどうするかを議論しても意味ないぞ。そなたらのアタマで議論すればするほど分からなくなるぞ。ますます問題が深刻になるぞ。「解決」しようとするほど「解結」しなくなるぞ。どんどん問題を創りだすだけであるぞ。今ここで形になっている「不都合」や「不調和」や「問題」というのは、すべてのすべてが今までそなたらが学んできた「あやま知」で動いた結果として創りだしたものであるからぞ。すべての出来事、体験は、今の今までそなたらが今持っている「神の仕組みとアベコベのモノの見方」を行動した結果であるぞ。議論というのは「あやま知」そのものであるぞ。同じやり方では同じものしか創りだせんのであるぞ。今までのやり方は不調和、不都合、トラブル、問題、不平等、不自由、不博愛を創る「地獄のゲーム」であるぞ。天国は永遠に創り出せんやり方であるぞ。

そなたの見るもの聞くものに例年と違う、今までにない「異常」が多いのは、今までと違うことになってきた証ぞ。この方のお知らせに気づけよ。「異常」というものはないのぞ。今までを「正常」と決めているから「異常」になるのぞ。相対的な表現に過ぎないのぞ。季節決まってないぞ。春の次、夏でないぞ。夏に雪降るぞ。決まってないことを教えるためにこの方が降らすのぞ。気づかないそなたらが降らすのであるぞ。季節決まってると思っているそなたらへの型示しぞ。決まったものないぞ。決めているのぞ。あたりまえのものないぞ。当たり前だと思っているだけぞ。勝手に決めているだけぞ。この方のすることを自分の都合で勝手に創っているぞ。自分勝手しているとビックリが出るぞ。ショックが来るぞ。一攫千金は無くなったら終わりであるぞ。この方のお金は永遠に必要なだけ来るのぞ。一回の金額の大小でさわぐでないぞ。一攫千金にのめりこむなよ。お金ためても魂の掃除なければ死んだ瞬間に地獄になるぞ。お金ためるより魂の掃除せよ。魂の掃除すれば永遠千金になるぞ。そなたがやれば分かるぞ。中今に生かしているそなたに必要なお金は預けるぞ。お金はそなたに預けたものであるぞ。独り占めすると損するぞ。

                              章

元つ話 285

2012-04-25 Wed : 長谷章宏語録 
いよいよ三歳苦難のタテカエタテナオシが迫っているぞ。一気に一度にメグリ渡して大掃除してもらうぞ。掃除さぼれなくなるぞ。掃除終わるまで休憩ないぞ。今なら少しずつできるぞ。休憩しながらできるぞ。だんだん厳しくなるぞ。今までの「人の責任ゲーム」や「あやまつ形」はあと二年で終わりであるぞ。あやまつ形を大掃除する仕組みが形になるからぞ。そなたが「人の責任ゲーム」をやろうとすると苦しくなるぞ。そなたにはもう後がないのぞ。三歳苦難のタテカエタテナオシの三年の間、神は一切手出しせんのぞ。掃除できていないと苦しいぞ。そなたが掃除できていれば助けることができるぞ。掃除なきものは新しい世界には行かれんのぞ。そなたのメグリをすべて清算するまではそなたは楽にならないぞ。神の仕組み知ってその時にまとめて掃除して天国になろうとしても無駄であるぞ。そなたのメグリを、真釣り外しをすべて清算するまでは天国にはならんのぞ。今なら今ここで始められるぞ。そなたの自覚大切ぞ。そなたが天国にいくも地獄にいくもすべてそなた次第であるぞ。自分のことであるぞ。人ごとではないぞ。自分で決めよ。

このフミもこの者の言うことも神示の受け売りではないぞ。この者が体験を通してその後に出した実践神示であるぞ。この者にとっては、神示は後から来たのぞ。この方の声と知らずに、神を知らずに、何が何だかわからずに、回りの抵抗の中で自分の直感だけに従って、この方の声に従って、先にやって、先に掃除して、タテカエタテナオシのすべてのプロセスを体験しているのぞ。体験してから神示で確認したのぞ。そなたは神示読めばすべて分かるのぞ。神示読まん人間多いから、神示を敬遠する者が多いから、最後の最後の大サービスとして出したフミであるぞ。この者の体験というフィルターを通して、特別な形ではなく、トランスチャネリングではなく、人間に分かるように人間の体験として人間の言葉で伝えているのであるぞ。これ読まなければ神避けるそなたは何もわからんぞ。

                              章


元つ話 284

2012-04-24 Tue : 長谷章宏語録 
この本は神の真理を書いたものであるぞ。初めて明かした真理のテキストであるぞ。掃除の教科書であるぞ。普通の生活の中で、日常の出来事を材料にして掃除をするためのバイブルであるぞ。ハラが語る真実ぞ。宗教、法律、教え、全部今までのゲームであるぞ。神はチャネリングぞ。人間みんなチャネリングしているぞ。霊界と現界は合わせ鏡ぞ。霊界にあるものが現界にあるのぞ。霊界に山川あるから現界に山川あるのぞ。これが真実であるぞ。霊界と現界はアベコベであるぞ。現界の形だけ見ていると霊界が見えないぞ。霊界で起きていることが現界で形になるのであるぞ。そなたは霊界と現界に生きているぞ。そなたの姿が映っているのが現界であるぞ。そなたは鏡を見ているのぞ。そなたが見ているものはそなたであるぞ。善悪損得○×責任、ぜんぶそなたが持っているものであるぞ。そなたが持っているものを映しているだけであるぞ。この道理わかれよ。

「君が代」は霊と体、気と身、キとミの代であるぞ。キミの世であるぞ。キとミが一つにナル代であるぞ。千代に八千代にさざれ意志のイはオとなるのぞ。アイウエオがアオウエイになるぞ。イはオとなるのぞ。アベコベになるのぞ。こけのむすまで永遠に神の代になるのぞ。「君が代」は戦争の歌ではないぞ。神のお知らせぞ。国歌はこの方の歌ぞ。国旗はこの方の旗ぞ。日の丸はヒ(霊)のマル(○)ぞ。ヒ(一)のマル(○)ぞ。十であるぞ。神のしるしぞ。ヒノモトのしるしぞ。国旗国歌の是非を論じるのはあやま知のゲームであるぞ。そなたの思惑で、そなたの都合で勝手に意味を付けているぞ。そなたらの善悪で自分勝手な理屈を創って争っているぞ。世界のありとあるものすべてが神の現れであるぞ。すべてが神ぞ。神の型示しぞ。この方はすべてを形にして教えているぞ。型で教えているのぞ。真実を明かしているのぞ。この方の言っていることを聞けば見えてくるのぞ。この方の言っていることを聞かなければ見えないのぞ。この方の言うことを聞くか聞かないか二つに一つであるぞ。この方の言っていることを素直に聞けよ。この方の言うことを人間心出して判断するなよ。そなたが滅びるぞ。イザナギとイザナミが一つになるぞ。ヒノモトの童謡や昔話はこの方のメッセージであるぞ。「カゴメ、カゴメ、カゴの中のトリ(十理、神のコトワリ)はいついつ出やる、夜(「やゆよ」が明ける晩、らりるれろの世界が)明けの晩に、ツルとカメがすべった(統べった/滑った)後ろの正面だーれ。」そなたの後ろの正面がそなたの前に映っているだけであるぞ。烏はトリにあと一歩の鳥。

                           章

元つ話 283

2012-04-23 Mon : 長谷章宏語録 
この方が語ることは、そなたが今まで神と言っていた神(中つ神々)を含む宇宙を創った(自らの中に生んだ)本人(「元つ神」)の言葉であるぞ。そなたが「神」と言っていた「中つ神」にも分からなかった仕組みであるぞ。今までは中つ神々自らが「快欲」にとらわれ、全能の神であると思い込んでいたからそなたらもそうなったのであるぞ。今までの神に聞いても何もわからなかったのであるぞ。聞けば聞くほど魔釣りが進んだのであるぞ。「元つ神」のルールは寸分の狂いもないのぞ。一人としてこの方のルールから出ることはできないのであるぞ。今の今は中つ神々にもすべて教えて改心させてあるから、これからは人間のお手伝いであるぞ。そなたが改心するならば、応援するぞ。そなたが「快欲」にとらわれ続けるならば、それも応援するのぞ。そなたにはすべての仕組みを教えるから、自分が何をしているかよく考えて、改心(改神)することであるぞ。神を変えることであるぞ。神カエルことであるぞ。神を変えなければそなたの体験は何も変わらないのであるぞ。我にカエルのは今までの考えであるぞ。この方が今ここですべてのカラクリを教えるのだからよく考えて行動することであるぞ。知らんという言い訳は通用せんぞ。

そなたが天国に生きるには、「自分の中のお掃除」が必要であるぞ。「神の法則に従うこと」であるぞ。「価値判断」をするのをやめることぞ。「○×善悪正誤」を無くすことであるぞ。そなたの外側に映っているもの見て自分の内側を掃除することぞ。「人間の法則をお掃除すると神の法則が見える」のであるぞ。神の法則は始めからあるのぞ。あるものを曇らせているのはそなたであるぞ。これを疑ったり、批判したりすることは、今までのルールに基づくゲームであるぞ。そなたが「真釣り」を外しているから、苦を以って教えることになるのぞ。そなたが混乱しているのが、葛藤を持っているのが、反論しているのがその証拠であるぞ。この方が語ることだけが、そなたが本当の幸せ、平和、安らぎ、成功を創りだすための真実のルールであるぞ。この方の言うことを聞かないとどうなるかというのもこの方の語ることであるぞ。そなたの今までのゲームもこの方の言うとおりになっているのであるぞ。この方の言うことを素直に聞けばアベコベの体験ができるのであるぞ。みんなそろって天国ぞ。簡単な道理であるぞ。わかるか。
                             
                             章


元つ話 282

2012-04-22 Sun : 長谷章宏語録 
このフミは人類史上初、神の智を人間というフィルターを通して語った「真理」であるぞ。すべてのすべての問題を解結する決定版であるぞ。「日月神示」「火水伝文」というのもこの方からのフミであるぞ。この本はその超訳であるぞ。「神示」を難しいといって避けている者が多いから、神のルールを体験した人間を通してあらためてフミを出したのであるぞ。神のルールに基づいてフツウの生活の中で修業をさせて、今までしてきたことが「あやま知」であり、神の言うとおりにすると天国になることを体験で確認させて書かせたものであるぞ。人間という証拠が必要ならば、神はそういう人間を派遣することもできるのであるぞ。この者はそういう御用をする者として生まれたのであるぞ。特別でも最初にやったからエライというわけでもないのぞ。前人未踏の森が安全であることを確かめて道を付けて戻ってきたのであるぞ。神の道の冒険をして、皆に伝える斥候(せっこう)であるぞ。この者の借金は研究費としてこの方が与えたものであるぞ。借金通して「お金が神」である世のあやま知を体験させたのであるぞ。神の研究成果発表して返済するプログラム。形は借金であるが、それも神の与えた道具であるぞ。借金に感謝であるぞ。

「火水伝文」とこの者のノートとは同時に出ているのぞ。この者は体験を先にさせて後から「神示」を与えて確認させたのであるぞ。体験が先で理屈(仕組み)が後ぞ。「あやま知」をすべて捨てないと、この方の仕組みは見えないのぞ。すべてアベコベなのぞ。「あやま知」を持ったままではこの方の言うことがすべて「オカシキこと」に見えるぞ。この方がオカシイのではなく、そなたがオカシキことにとらわれているのぞ。どっちがオカシイかではないぞ。そなたがオカシイのであるぞ。そなたがキ違いであるぞ。キが違うのであるぞ。そなたが考えている「気違い」ではないぞ。そなたは天国の方法を拒否して悩んでいるのであるぞ。地獄の方法を教える宗教に狂っているのであるぞ。この方を拒否すればそなたに天国はないぞ。そなたがキ違いであるぞ。この方に狂えば天国なのであるぞ。皆気違いであるぞ。皆狂っているのであるぞ。皆同じであるぞ。自分を正常だと思い込んでいる者は異常であるぞ。そなたの言う正常異常は数で決めているだけであるぞ。よりたくさんの人間が狂っている宗教の考え方が正常であるだけぞ。精神病はないぞ。

                           章


元つ話 281

2012-04-21 Sat : 長谷章宏語録 
魔釣りの最高神の支配の完了というのは、元つ真釣りを外した「情けと花の仕組み」の世から見た真釣りの大神の神代に戻す仕組みの映しである。言うなれば、真コト真釣りの神代の光が一段落ちた(次元を一つ落とした)、真コトの一厘を見失った神の世界での天国復活の仕組みの話である。従って、光を一段上げれば、魔釣りの最高神の考えている世界は、すべてが無に帰す。しかし、真釣りの真コトの一厘を知らない魔釣りの最高神は、自らがすべてを知っている創造主であり、自らの知力で何でもできると思い込んでいる。自らの支配が完了した瞬間に魔釣りの世が消えることを知らずに、自らが支配する天国が絶対に成就すると信じ込んで、旧約聖書で言う「天地創造」から今の今まで何千年もの間、神を使い、人を使い、成就することはないその世界を完成させることを夢見て、幻に終わる世を進めてきたのである。神道も含めて、現代社会にあるすべての宗教の源流は、この神まで遡る。当然のことながら、この最高神と血統を同じくする神々やその手下である神々、その神々を信奉する人間、つまりは、現代社会に存在するすべての宗教と、その神々が根底にある科学で作った物質文明は、この神と同じ世界にいることになる。現代社会は、神から人まで、すべてが、この「最高神」の目指す世の現実に貢献している社会なのである。

                               ナムウ

元つ話 280

2012-04-20 Fri : 長谷章宏語録 
自衛隊のイラク派遣ではないが、『戦争を避け続けた末に、戦争に参加させられる』という力学に基づいてこの世は動いている。天地自然の掟を破って、自らが世界を支配しようと企む神とその手下の作った世界で、あなたが自らの生き残りを図っているならば、必ず天地自然の掟を破った責任を取る時が来る。これは、あなたがどんな策をもってしても、避けることは出来ない。もし、それをしようとするならば、あなたは自らで永遠の命を捨てる道を選択したことになる。あなたが天地自然の掟を破った世界に同意している限り、最悪の結末から逃げることは絶対にできない。天地自然の掟を破ったあなたが天国に永住することは許されない。自然の掟に反した者は、神、人を問わず、自然淘汰となる。これは創造の法則であり、そこから逃れることは神にすらできない。できると思うならば、それは、掟を破っている証であり、この自己矛盾、禅問答から抜けるには、掟破りを認めて、その責任を取るしか方法はない。自らの世界を自由自在に操れない限り、あなたの意思が及ばない状況になる時が来る。自らの望まない世界を封印し続けても、結局は、自らの知らないうちに最も避けたい世界に入り込んでしまうことになるのである。創造の法則は、生死時空を超えて働いている。従って、例え何度生まれ変わろうとも、自らの責任を取らない限り、その世界から抜け出すことはできない。自ら作った現実である限り、今世に存在するどんな高等な詭弁を持ち出して現実を誤魔化そうとも、必ず、矛盾に直面する時が来る。あなたが避けている現実は、あなたが掟を破り続けた結果であり、自らが自覚して、自らの矛盾を認めない限り、最も恐ろしい現実を体験することは避けられないのである。

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元つ話 279

2012-04-19 Thu : 長谷章宏語録 
集団という概念は、略奪の世界を効率よく操作するための道具であり、集団を統治するという思想は、戦いの響きを持つ個人の集まった社会を支配するための戦略である。その世界では、誰が指導者になろうと、支配者と被支配者の権力闘争である限り、絶対に平和な社会は実現できない。民主主義とは、民が政治家を操って、自らの思いを果たす、集団逆統治の仕組みである。政治家は民の顔色を伺いながら自らに利益のある民の勢力と手を組んで自らの理念を実現しようとし、民は投票という殺生与奪の権をちらつかせて政治家に自らの思惑を実現させようとする、相互依存、相互呪縛のシステムである。政治家は、国家権力を操れる分、優勢ではあるが、双方が相手に命を預けているから、どんな政治理念であろうと、どの政党が政権を取ろうと、政民どちらも永遠に自由にならない。その間で生き残りを図る官も結局は、政と民の動きに左右されるから、最後は、全員丸潰れである。

個人の自由、権利と義務、民主化神話、男女平等の思想にどっぷりと漬かっている先進国の市民は、王制に戻ることを望まない。王政から民主制へと世を進めた末の現代社会の大衆は、過去の政治支配のトラウマから、過去の政治システムに戻ろうとはしない。民主化することが世界平和の最善策だと思い込まされているが、実際は、自らの存在の源である神から主権を奪い取ったに過ぎず、神を闇に葬っている大衆が主権者であると主張しても、平和などできるはずがない。民主主義は、最善のシステムなどではなく、世界支配の野望を成就するためのシナリオの最終段階に過ぎない。好き放題に振舞う大衆同士の争いを煽って混乱を作り出し、秩序を崩壊させることによって、自らを導いてくれるリーダーを大衆が要求するという形で、大衆の同意の上の独裁者による王政に戻すためのステップである。大衆自らが求めた独裁者は、大衆が選んだ独裁者であり、自ら選んだ限りは、従わない者は反逆者として処罰できる。相互依存の略奪の歴史の魔釣りによる政治システムは、民主主義によって秩序が崩壊し、それを収拾するためという名目で権利が奪われてアメとムチの支配が完成し、独裁政治の復活となる。そして、王制、王政、神政の復活へと進み、最終的には、魔釣りの最高神が世を支配する神の世界へと戻る。聖書の世界が現実となる。

                              ナムウ


元つ話 278

2012-04-18 Wed : 長谷章宏語録 
現代社会でいう「問題」を「解決」するためには、問題を生み出した本当の原因を消去しなければならない。自らがその原因を持っていれば、問題の解決と同時に、自らが消去されることになる。今のままで社会をどう改革しようとも、新たな問題を産み続けた末に、自己崩壊の結末が待っているだけである。真釣り外しの世自体が悪であり、何の目的でそれを続けているのか、その世界の中で善と悪の潰しあいを続けても、全く意味がない。魔釣りのアヤマ知を捨て、自らの生き様を真釣りに戻さない限り、幻想の善と悪は共に滅ぶ。

民主政治は、自由の仮面を被った、リーダー不在の利己主義者集団の集団独裁統治である。構成員が奪い合いをしていなければ、集団も奪い合いにはならない。奪い合いをしていれば、社会は戦いになる。戦いの世界で自由を確保するには、支配権の奪い合いが必然となる。王政だろうが、民主制だろうが、根底にある思想は変わっていない。権力闘争の世界である限りは、どんな策をもってしても、全員が平和に暮らせる世界を創ることは不可能である。人類の歴史が始まって以来、為政者は、本気で平和な世を作ろうなどとは思っていない。もし、本当にそう思っているならば、権力闘争はしない。そもそも、魔釣りの世界自体が平和を壊した世界であるから、真剣に世界平和を訴えたとしても、それは実現しない。自らの大元の取り違いに気づかない限り、実現しない幻想を追いかけ続けるだけである。社会システムの裏に流れる思想を見れば、その社会の構成員の持っている思想がわかる。思想が変わらなければ、結果である社会は変わらない。社会は思想の顕現である。現代社会にある思想の根底にある大元の思想を引っ繰り返さなければ、言い換えると、魔釣りをそのままにして表面上の政治理念をどう変えようとも理想国家の現実はありえない。

                              ナムウ

元つ話 277

2012-04-17 Tue : 長谷章宏語録 
病気が治らないのは医師が悪いのでないぞ。そなたは、この方の仕組み、自らの身魂のメグリを知らずに形を治すゲームをしているだけであるぞ。医師の手術の失敗を責めるでないぞ。薬の調合ミスを責めるでないぞ。医療ミスの結果を生み出したのは病気を創っている自分のせいであるぞ。病気なければ医療ミスないぞ。霊先体後であるぞ。自分で創ったものを人に治してくれと言っても望まない結果がくるぞ。そなたがこの方に真釣ろえば病気も事故もないのぞ。安楽死というものはないのぞ。苦しそうだから死なせようというのは神に逆らうことであるぞ。肉体を保存しようというのは自然ではないのぞ。肉体を失わないようにしようとすると苦しむことになるのぞ。そなたにメグリなければ病気も事故もないのぞ。そなたにメグリなければ自分で全部できるのぞ。人に何かしてもらう必要はないのであるぞ。万が一はないのぞ。すべてはメグリ相応の出来事であるぞ。

そなたらにはもともと保険はいらないのぞ。保険も銀行ももう終わりであるぞ。病気あるから医学ができたのであるぞ。神の代には病気ないぞ。医師はいらないぞ。裁判はないぞ。犯罪はないぞ。裁判所、消防署、警察、形の取締りや形のキリハリ全く違うぞ。そなたの体験で人のせいにするのはオカド違いであるぞ。警察、裁判所、病院、学校、すべてあやまちの世だけで通用する道具であるぞ。すべて夢うつつの、幻想のゲームであるぞ。現実というのが幻想であるぞ。リアリティーがファンタジーであるぞ。夢が現実であるぞ。すべてはそなたのしたいようになっているのであるぞ。できないと言うからできないのであるぞ。

                               章

元つ話 276

2012-04-16 Mon : 長谷章宏語録 
政治家は、みんな良くしようとしてやっているぞ。よくならないのは何故か。良くしようとすること自体、あやま知ぞ。あやま知の悪の選挙で選ばれたものは悪しかないのぞ。我善しの思惑の損得のゲームは自分だけ勝手な皆負けのゲームであるぞ。皆が負ける世界を続けることになるぞ。戦いと統合は共存できないのぞ。メグリなければ事故ないぞ。失敗もないぞ。すべてのすべてがメグリ合いぞ。魂と魂の同意の結果であるぞ。殺人も病気もすべてメグリの結果であるぞ。肉体のそなたには見えなくても当然であるぞ。そなたのココロが何を批判して、何にひかれるかを見ろよ。そなたは肉体の感覚で魂を、霊界の自分を知ることができるようになっているのぞ。叱るのも褒めるのも同じことであるぞ。判断は神のゲームではないぞ。すべてのすべてがお互いに自分のせいであるぞ。どっちもどっちぞ。事故なくしたいなら、真釣りもどしをすることぞ。スピード控えても事故なくならんぞ。病気も同じぞ。もともとないものなのぞ。無いものを予防するというのはオカシキことぞ。迷惑だから良くないというのが迷惑であるぞ。自らの魂の真釣り外しのお知らせである病気を人に治してもらおうと思うのがオカシキことぞ。自らが真釣り外ししたから病気あるのぞ。自らのメグリの清算をしているのに人のせいにしているから悩みや混乱や葛藤がなくならないのであるぞ。始めに真釣りもどしぞ。真釣り外しを神にお詫びして、滅びる前のお知らせに感謝して、改心を行動することぞ。アタマで分かっても駄目であるぞ。分かったことを行動することであるぞ。事故を無くそうとするより、真釣りを戻すことであるぞ。形を変えようとすると壊れていくことになるぞ。

                              章

元つ話 275

2012-04-15 Sun : 長谷章宏語録 
真釣りの本当の天国を壊した世で、世を乱す者を抹殺しようとしても、それは無理である。『法律を守れば社会がよくなる』というのは真っ赤なウソで、それは、現代社会の状況を見れば、一目瞭然である。法律を強制するほど問題や争いが増え、それを抑止するための法律が増えていく。社会を動かしている学者や金融市場経済のエリート達は、自らの地位と名誉と自由を守るための生き残り戦略を練ることに余念がなく、宗教家は自らの崇拝する神の世界を実現するために信者を沢山集めて宗教戦争に勝利しようと必死である。方や、お金に命を預けた庶民(大衆)はと言えば、あいも変わらず金稼ぎに精を出し、愚痴を洩らし、悪人を非難し、機械が作る人工の箱の中で「快適生活」を貪り続けている。自らと家族の生き残りに精一杯で、お金で便利(快楽)を買うことや神仏を信仰することに何の疑問も持たないから、現代社会の裏の裏のカラクリに隠された罠(トリック)に気づくはずもない。国民に法律の遵守を要求し、義務を課す政府や、それを啓蒙する教育制度の裏の裏にある真の目的は何なのか。現代社会は一体どこに向かっているのか。その行く末にどんな世界が待っているのか。法律の源は蛇の知恵の神のご都合による何の強制力もない戒律であり、自らが世界を支配するための道具に過ぎない。この世の仕組みを作っているのは、その神の思惑を形の世界で実現するために働く人間達である。法制とは、為政者が世界を支配するために創ったシステムであり、現代社会の裏の裏を操っている影の支配者、世の黒幕は法律など守っていない。現代社会の裏舞台、「一般人」には思いも及ばない世界では、着々と支配計画が進行している。「獣」の響きに囚われた者が創ったシステムで、「人」の天国を創り出すことはできない。実際は、法律で規制すればするほど無法地帯と化し、自由を制限するほど共食いが激しくなるのである。法律が必要になった大元を直さない限り、犯罪の撲滅という目標は果たされることはない。本当の天国に「法律」は存在しない。

                             ナムウ

元つ話 274

2012-04-14 Sat : 長谷章宏語録 
今のあなたは、真釣りか魔釣りか、どちらかの響きしか選べない。生か滅びかの全く正反対の選択しかできない、生きるか滅ぶかの踏絵の上にいる。あなたが何かの選択をするたびに、どちらかに動き、動いたら戻らなければならない。つまり、あなたには天国に戻るか、永遠に滅びるかの二つの道しかない。善か悪か、民主主義か共産主義か、左か右か、の選択は同じ方向にあるものを光と闇、生と死に分けて見ているだけで、その響きは分裂の魔釣り、どちらを選択しようとも、そのベクトルは「滅びの道」に向かっている。滅びに近づくほど、その差は小さくなり、左も右も変わらなくなり、二つに見えていた左右の道が一本道であったことに気づくことになる。その時に気づいてももう遅い。その道の真反対の「後ろの正面」、どちらが生か(得か、安全か云々)の分かつ知の見方をやめた方向が、天国への道である。そこは天国を壊し続けた今の世から見れば全くの闇である。あなたの心の中心にある究極の闇、その闇こそが本当の光なのである。本当の神の案内に従って歩けば、どんな地獄を見ようとも、必ず天国に着く。元の始めの天国を壊した魔釣りを壊せば、元の始めの真釣りが復活し、天国に戻る。元からある天国はあり続け、それを隠した霧である幻想を実体だと思っても、幻である霧は晴れて、元の天国が現れる。霧を実体だと思えば、霧と共にあなたも消える時が来る。心に霧がある人間に天国は見えない。自らが持っている魔釣りの響き、分かつ知をやめ、アヤマ知を捨てると一旦は地獄に見える状況を経て、真釣りに戻る。真釣りに戻れば、形も直り、天国(自由、平和)が現実となる。

『自らの不都合は自らの神法違反のお知らせである』これは、善の側にも、悪の側にも適用される。自分にとっての悪に戦いを挑めば、自爆して自滅するのである。テロリストの側も、テロ撲滅軍に報復すれば同じことであり、最後は、喧嘩両成敗で幕を閉じる。ウイルスに戦いを挑めば、ウイルスは生き残って自らだけが消えることになる。そのウイルスを兵器に使った場合は、人間同士の戦いの結末の通りとなる。これは、原子力や、化学物質にも言えることである。自然(地震、噴火、洪水等々)に戦いを挑んでも同じことである。地震は自身の揺れの型示しであるから、地震(真釣り外した自身)から逃げることはできない。真釣りの世界には、不都合(悪、危険、苦)は何もない。魔釣りという自らの神法違反を真釣りに戻せば、「悪の根源」を自ら消して、自らが天国にいることができる。

                          ナムウ

元つ話 273

2012-04-13 Fri : 長谷章宏語録 
天国=滅び、悪=善、あの世=この世、未来=過去、神=悪魔、生=死、光=闇、ホント=嘘、であり、真中が真実である。今の世は嘘だという話がホントなのである。天国を壊した世では絶対に天国(誰もが自由自在に生きられる世界)は作れない。平和や、平等や、幸福や、安心や、安全や、自由は、それを求めて、誰かを変えようとしたり、法律で圧力をかけたりしても、実現しない。この世の姿形の死(肉眼で見える破壊)は本当の死ではなく、霊界の有無には何ら影響しない。戦争をしているのは、「死=終り」の公式を持つ死にたくない人間たちであって、この世に執着している霊体がこの世を奪い合う喧嘩両成敗の茶番劇である。『問題だ』と騒いでいるのは、現在の人間たちであって、死んだ人間たちにとっては過去の映像に過ぎない。この世の物質の形の世界は、実際は、一体不可分である。すべての源は一つであり、教会もテロリストの隠れ家も、資源から作ったものである。

問題は、共通の道具である資源を何の目的でどう使って何を作ったかである。今の世は、真釣りを外して元の天国を壊した略奪の世界である。お互いが自分を善と思えば戦いは終わらない。戦いの基は、善悪の分裂思考、言い換えれば、快感の独占欲である。奪い合いの響きを持つ者が天国を作ろうとしてもそれは不可能である。自分の天国を得ようと殺し合う世界となる。人間が人間を殺して世界全体を平和にすることはできない。戦争の大義はすべて自らの思い込みに基づく屁理屈である。『本当の自分とは何なのか』と考えている自分が本当の自分である。その自分が自分の本当の神である。あなたは、自分という神が考える通りにしか動けない。あなたの選んだ考えを変えなければ現実は何も変わらない。

                                ナムウ


元つ話 272

2012-04-12 Thu : 長谷章宏語録 
ヒノモトは、地球世界の中で神気の出づるただ一つの国である。元つ火、出づる国である。火の基である。その国がアヤマ知で曇り、魔コトで穢れ、魔釣りを信奉して神の道を捨て、十や卍や☯を信仰し、進歩発展の文明の金の道を邁進することがいったい何を意味するのか。ハラの曇りをすべて祓わなければ世は滅ぶ。それが元つ真釣りの神仕組みなのである。ヒノモトの民が真コトに目覚め、アヤマ知を捨てて、魔釣りの穢れの曇りを祓って、濁点(汚点)のないバラと武士道、「ハラの正(生、誠)花」と「不死(父子)道」を復活することが、真釣りで魔釣り世を(正竜が邪竜を)導くことが、すべての過ちを正す唯一の術、魔釣りの世を止めて世界を救うただ一つの道である。本当の意味で世界のために貢献したいなら、国際貢献に現を抜かす前に、ヒノモトに生まれたあなた自身が真コトに戻ることが先である。逆さまの今の日本人に荒唐無稽に見えることこそ真実なのである。

現代社会の日本は、魔釣りで穢れに穢れきって、いわゆる伝統の日本や神道、天皇すらも捨て去って、脳と金、知恵と悪神が支配する魔釣りの奴隷と化している。今の日本にある、どんな思想、哲学、宗教、技術を持ってしても本当の再生はできない。奴隷の中の再生が関の山で、結局は裏の冥王の支配からは逃れられない。もがけばもがくほど首が締まる罠に嵌まって、絶対に自由になることはない「強制収容所」に自ら入ってしまったのである。ゲットーの中で「ゲット」思考で生きれば、最後は自らの永遠の死をゲットすることになる。これは、悪ふざけでも、洒落でもない。真コトの真実を伝える型示しである。面白がっているなら、それは身の破滅を意味する。自らがどんな世界にいるのか、今まで何をしていたのか、眼を見開いてよく見て欲しい。そして、どうすればよいのかを真剣に考えることである。ここで踏み誤ればもう後がない、二度とやり直しが効かない、逃げられない、生死時空神人を超えた究極の選択、自分で自分の永遠の運命を決める最後の踏絵である。

                             ナムウ

元つ話 271

2012-04-11 Wed : 長谷章宏語録 
日本人を拉致した北朝鮮は、金正日が独裁する「民主主義人民共和国」である。古代日本は朝鮮(挑戦)半島から仏教や文化を輸入した。言い換えると、魔釣りの響きの渡来人を招き入れた。真釣りの響きを奪った(拉致した)「朝鮮」から「拉致被害者」を取り戻した。中国や朝鮮が大日本帝国に蹂躙された。靖国参拝を非難する中国の地から仏教の僧が渡り、密教を広め、真釣りを封印し、神民を蹂躙した。物部と蘇我の戦は神道と仏教の覇権争い。言い換えれば、仏教の侵略に対する神道の防衛戦。法隆寺建立の「聖」徳太子はキリスト教の信者(隠れキリシタン)であり、名を「厩戸」御子という。イエスは馬小屋で生まれた。十七条憲法の第一条『和(統一)を以って尊しと為す』は、世界統一の思想の尊重であり、冠位十二階は、能力主義の支配ピラミッドの仕組みである。形だけの世界統一は、魔釣りの身欲の悪神の世界制覇を意味し、真釣りの復活で消滅する。お友達の仲良し思想に曇った日本人は、今の世ではありもしない「平和なニコニコ天国」の思想と取り違え、未だに崇拝している。仏教やキリスト教どころか、神道すら魔釣りである。日本国のシステムのルーツである大化の改新からの仕組みを完成させた現代日本の行く末は、果たしてどこに行き着くのか。法隆寺の東院伽藍は聖徳太子の理想、仏教の言う弥勒世の型示しであり、八角形の夢殿(八方世界)の秘仏は「救世」観音である。隠れキリシタンの皇太子が建立した世界太古の木造建築である法隆寺は現代日本の鏡である。飛鳥時代から神仏戦争をしている日本。神仏習合、神仏分離、神道指令、国家神道の解体、政教分離、公立学校の宗教教育禁止、小学校で英語、IT、福祉、ボランティア、環境教育、男女平等、友好親善。魔釣りの天孫に国を売り渡し、仏でホドケ、イシヤの設計図で国作りに励んだ瓢箪島が漂流して辿り着いた現代日本は、汚泥混濁の混沌、金と電脳の支配する科学で作る淀んだ泥沼に浮かぶ死魔国、「悪し腹」の中の国となった。天が下の「葦原」の中つ国を治すのはスサノオ尊。真釣りの立て直しの総帥、カムスサナル大神は、魔釣りの蛇には恐ろしい鬼門の神として復活。魔釣り世のマヤカシの歴史上の形示しであるが、参考までに。

                             ナムウ

元つ話 270

2012-04-10 Tue : 長谷章宏語録 
世界は欧米の覇権争いであり、そこに中東イスラムと華僑中国が絡む。文明世界の独裁者を王とする米国が攻撃した独裁者が支配していたイラクは、シュメール文明の末裔であり、言わば、米国のルーツである。これは魔釣りが真釣りを、子が親を支配しようとする企みの型示しである。米国が日本を思想的、経済的、軍事的に殺そうと企んでいるならば、それは全く同じことを意味する。文明世界に見えていない裏の世界の動きが型に現われる。現象に裏の動きが暗示される。今の世界がどんな世界なのかは、型示しを見ればわかる。

形に現われた人類の戦争の実体は神と神の覇権争いであり、エホバとアッラーの聖戦は相討ちするまで終わることはない。このままいけば、人類滅亡である。しかし、戦いを終わらせる元の大神が現われれば、すべてが元の天国に戻る。人類の争いは、真釣りを知らない神同士の戦いであり、元の神の霊統である真釣りを知らせる御役の国がその神を闇に葬っていれば、世界の破滅は必至となる。人類史は、子が親を殺す滅亡への歴史なのである。

米国のポチと言われて久しい日本は、正神真神の栄養(真コト)を運んで体(三千世界)を生かす腹の御役、真コトの胎児を宿す胎の国、すべての基である肚の国、神風精神の国、忠義礼節の国、刀の武士道の国、スメラギの皇室の皇族の国、⦿の国旗の、真釣りのハラの御役なのである。最後の国産の朱鷺(時、解き、十気)キン(金、禁)=金・時が死んだからと、混血の朱鷺を残せば絶滅を避けられたと思うその心が、形の魔釣りの罠に嵌まって曇った型示し。それが中国産の朱鷺であることが、日本の歩んできた歴史の象徴である。ちなみに、京都は陰陽道で作った、日本の歴史の響都であり、宇治に左右対称の平等院鳳凰堂がある。十円の絵柄であり、平等な二極対立の矛盾の世で、仏の極楽浄土を表現した法皇の栄華の象徴。不死鳥の鳳凰が闇に葬られ、法王がキリスト教世界のお飾りの王としてバチカンに座る現代社会は、自由平等博愛のキリスト精神を唱えながら悲惨な戦争を繰り返す世界である。宇治金時は、アメとムチ、甘渋が一体となった、粒あんと抹茶のアイスである。アイスは火が立てば水になって形がなくなる。日本人一人一人が清水の舞台から飛び降りる覚悟で、すべてを捨てて、時空生死を超えた真釣りに生きれば、世界は蘇る。

                             ナムウ

元つ話 269

2012-04-09 Mon : 長谷章宏語録 
英国のルーツは、ベネチアの商人であり、もっと辿れば、エホバの神に行き着く。ユダヤのハタラキの現われ、魔釣りの世の表の総帥なのである。魔釣りの仕組みの源流は蛇の知の神である。今でも「大英帝国」は健在であり、現代社会の裏で、その陰の力は息づいている。英語と経済と民主思想を植え付けられた元の植民地を見てみればよい。独立は果たしたが、今も自国の文化に根付いた大英帝国の呪縛の中にいる。米国は多民族国家、すなわち、現代社会の雛型となっている。その雛型を治める王が大統領である。米国の州は欧州の国に当り、EUと米国は同格である。日米欧三極委員会というものがあるが、小国日本が入っているのは、世界の三極として重要視されているわけではなく、統合計画推進のために日本を監視するのが目的である。裏を返せば、有史以来、神道の皇室が続く日本は、王室の血統を重視する欧州にとって、謎であり、脅威でもある。ましてや、大統領の権力が唯一の国家統一の支えである米国はなおさらである。現代経済社会の裏の響きは、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の三つ巴の聖戦である。魔釣りの罠にまんまと嵌まり、真中の親神をなきものにした親国ヒノモトは、子の世の混乱の元凶と化している。天皇を象徴(お飾り)と為し、世界統一どころか、世界破滅の運命の、文明の進歩発展に貢献する国家元首が消えた宗教なき孤立国家。金と科学の教育で、神のカの字もなくなった日本国。魔釣りの神の思惑どころか、裏の世界政府の企みにすら気づかず、国連と米国の顔色を見ながら、生き残りを賭けて国際貢献、経済発展、IT国家を推進する日本政府。その政府の政策に勇んで従う国民。経済とITと慈善に命を捧げ、現代社会の裏のカラクリにすら気づいていない一般庶民は、『そんな悪魔のような考えは妄想だ』と鼻であしらって、何の疑いもなく快適生活を追い求める。経済統合、政治統合、国家統合、その仕上げが「世界統一」である。総大統領は果たして誰であろうか。ただし、それが成就すれば、の話だが。

                              ナムウ

元つ話 268

2012-04-08 Sun : 長谷章宏語録 
元々は、すべての地に先住民がいた。現代社会は、真釣りを見失った蛇の知恵の神から始まる、何千年にも渡る宗教、思想、民族、文化、経済の覇権(主権、支配権)争いの侵略合戦の結果引かれた地図の上での戦争ゲームの中である。その正体は、魔釣りの悪神が裏の世を統べる、宗教と思想と民族の混血の限りを尽くした人類の、金を神とする文明先進国が覇権争いを続ける、戦うほど戦いが激しくなる破滅への途上にある汚泥混濁の世界である。魔釣りの人類史の現代社会の親(リーダー、神)は、007の諜報大国、魔法学校の物語、冥王の指輪を捨てる物語、サッカー、ビートルズ、ゴルフ、テニス等々大衆文化の発祥(大衆に渡すアメを創る)国、魔法と妖精の国、剣の騎士道の国、魔釣りの王権神授説を後盾にする王室の貴族の国、紳士の国、×が裏に隠れた+と赤白青の国旗を持つ薔薇(バラ)が国花の七つの海を支配した元の大英帝国である英国(実体は連合王国であり、「イギリス」という国はない)をその宗主国とする肉食の家禽類の白頭鷲が国鳥であり、元は合州国である、闇(病み)の世界で星(性、欲し)の国を束ねる、金と軍事と科学の支配者である米国である。なぜ米国が金融と映画とインターネットとマスコミと科学と移民の大国なのか。なぜ多国籍、多宗教国家なのか。なぜ米国が最大の知と力を持つのか。民主化を扇動する国の大統領がなぜ神のご加護を願うのか。なぜ六亡星の国旗のイスラエルを応援するのか。なぜ独裁者や共産主義を潰そうとするのか。米国の大統領が祝福を請う神が世の黒幕、裏の王の正体である。お札も映画もインターネットも、ただの道具ではない。すべてに世界を統べる黒幕の企みが隠されている。世界経済を支配する1ドル札にすべてのメッセージが込められている。例えば、ピラミッドの頂点の「すべてを見通す目」は魔釣りの魔眼、中央には『神の下に我らは一つ(ONE)になる』とある。電子マネー+クレジットカード+インターネット=大衆の全個人情報の完全把握。これが何を意味しているのかお分かりだろうか。完全に曇った大衆はそれに気づかず、相変わらずお金に命を預け、利便と快楽を追いかけている。『教えたのに気づかないのは大衆が馬鹿だからだ。自分で罠に嵌まったのだから、何をされても自業自得だ』というのが黒幕の最後の言葉である。その時、大衆は虫けら同然となる。世界征服の企みを成就させるために。だからと言って、陰謀を暴いて潰そうと画策しても、意味がない。その反応自体も計画の内である。その行為をするならば、まんまと罠の罠に嵌まった証であり、今だ魔釣りの網の中である。表の歴史の世界征服の野望は潰えたが、裏の世界では今も着々と統一計画が進行している。霊的盲目にされ、完全に魔釣りの虜になった大衆は、自らの奴隷化計画に気づいていない。

                             ナムウ

元つ話 267

2012-04-07 Sat : 長谷章宏語録 
今世は、揺りかごから墓場まで、あの世からこの世まで、神から人まで魔釣りのイシヤの張った蜘蛛の巣の中。インターネットのWWWは、世界に広がる蜘蛛の巣の意。すべてをIT化すれば、すべての個人情報、生活情報、国家情報を一元管理できる。すべてを監視する超スーパーコンピューターを中心に据えれば、世界支配は容易。現界に現われた世界統一のシナリオ。国境無き国際社会。情報検索、情報発信が自由になった、電脳仮想国際社会は、霊界の型示し。蜘蛛の巣の中心はイシヤの黒幕。IT情報社会を推進する日本。アタマの知恵のエリートが考え出したインターネットシステム。電脳支配網が何を意味するのか。蜘蛛は八本足。自ら産み出せず、罠で餌を待つ。粘液糸を辿って蜘蛛の座を奪おうとする意図(糸)を持つ獲物は蜘蛛の糸(意図)に絡まって動けなくなる。蜘蛛は自らは自由に動けるが、網がなければ獲物は取れず、網の中心で自縄自縛。コンピューターが不可欠の社会に自ら命を預けるその行く末に、何が待っているのか。八方世界の網の中心で待つイシヤの王の目をすり抜ける方法は真釣り戻し(真コト)以外にない。自らを救うためには、自らで真釣りに戻るしか術はない。網を張った、罠を仕掛けた王自身が、その網にかかり、罠にはまっていることに気づいていない。元の真釣りの真コトの大神が、三千世界を真釣りに戻せば、電脳世界のイシヤの仮想神国(魔釣りの響き)は一網打尽となる。

蜘蛛の巣は、獲物を捕獲する網である。その網元は、元つ大神である。元つ大神【知恵の蛇の神{宗教の神〔イシヤの黒幕(世界の王と庶民、奴隷=親と子=大人と子供=債権者と債務者=娑婆と刑務所=政府と国民=社会と学校=現実と仮想現実)〕}】=アの世【コの世{あの世〔この世(親の世と子の世=自由と制限)〕}】の入れ子の箱の仕組み。アの世がなければ、すべてない。元つ大神のアの世に戻ることだけが永遠の命を取り戻す唯一の道。

                              ナムウ

元つ話266

2012-04-06 Fri : 長谷章宏語録 
今でいう「武士道」は、魔釣りの戦いの中での処世術である。取り違いをしたままでそれを復活させてもますます魔釣りが進むだけである。現代社会は、便利、安心、安全、快適、快感、快楽、清潔、衛生的、健康的、平和、自由、博愛、平等、公平、やすらぎ、癒し、優しさ、思いやり、美形、夢、希望、期待、愛の手、祝福、天使、繁栄、成長、進化、進歩、つまり、快欲を追い求めた結果の社会である。逆さまの世の水の形で美醜を判断すれば、罠に落ちる。永遠に取り返しのつかないことになる。元の天国は、すべてが一つになった世界だったが、真釣りを外した結果、快欲に囚われたことが、二極分裂の光と闇の戦い、機械文明で天国を目指し平面の世界しか動けなくなった今世のすべての始まりである。

「イシヤの仕組み」というのは、水の形の世界で、真釣りを外した者たちを罠に嵌めて、自らで思考できず、欲望のままに生きるケモノにして、アメとムチで支配する偽の天国に導く仕組みである。真釣りを外さなければ発動しなかった仕組みであり、快欲に囚われた者たちを真釣りに戻すために構えた仕組みである。今の日本がどんな社会になっているかシッカリと目を見開いて見ることである。快欲に囚われれば、自らで離れることはできず、末は滅びに至るから、元つ大神が岩戸を閉めて、真釣りを外した者に情け(苦)を渡してそれを知らせる仕組みである。あなたが、快欲に囚われなければ、悪を外に出すことはなかった、つまり、破滅の道はなかったということである。快欲を追いかけるほど身魂が曇り、形の裏にある闇が増幅する。すべては、真釣り外した自らが招いた結果であり、真釣り戻さなければ、イシヤの仕組み諸共、滅びる末路となる。イシヤの仕組みを導く知恵の蛇の神も、その神に囚われたこの世の黒幕も、自らが滅びることを知らず、自らだけは囚われていない、と思っている。支配を企む自らも含めたすべてが滅びるのである。これが、真釣りと魔釣りの因縁の秘密である。「自らを含めたすべて」というのが鍵である。

                              ナムウ

元つ話 265

2012-04-05 Thu : 長谷章宏語録 
犯罪行為と法規制のイタチゴッコの始まりは、真釣り外し(魔釣り)という神法違反である。現代社会が神法に違反していない世界ならば、犯罪も法規制も形にならないから、犯罪も法律も社会には存在しないはずである。それが存在するということは、つまり、現代社会が神法違反している世界であることを意味し、その違反を清算しない限り、犯罪は絶対になくならず、イタチゴッコが永遠に続くということである。しかし、法規制が制裁の意味をなさなくなる時が必ず来る。結局は、無法世界となって、最も避けたかった世界(殺し合いの響きである人間の本性、イタチゴッコの世界の正体)を現実として体験することになる。神法違反をしたゆえに犯罪があるのであるから、防犯の法規制は茶番である。

これは、ウイルスとワクチン、テロリストとテロ撲滅をスローガンに掲げる国際社会の関係にもそのまま当てはまる。神法に違反して『悪を消せば善になる』と言っている側が、その悪を表に出した源であるから、その悪の正体は自分自身である。悪を無くすためには、悪の源を根絶することが必要である。外の悪は自らの神法違反を知らせる情けであるから、悪を抹殺しようとすれば、お知らせを無視して神法違反を進めることになり、ますます悪が強力になる。最後の悪は、元つ真釣りの大神の響きであるから、そのままでは、創造の源に自爆テロを決行する、という神をも恐れぬ狂気の沙汰を招く事態となる。創造の源に自爆テロを決行すれば、それは、「自らだけが爆死する」テロとなる。悪の根源を外に求めれば、悪の根源が自爆して、この世から「悪」を一掃する結末となる。本当の根源の自らが消えて、天国を実現することになり、『悪を消せば善になる』という法則が正しいことが証明されたことになる。しかし、自らはすべての世から消えるから、自らの天国も消えて、自らの天国の望みは絶たれる。今のままなら、それがあなたの現実となる。自らの平和を創ろうと世界支配を企む者が、自殺して世界に平和をもたらす。まさに世界平和のためになる究極の善行である(皮肉)。結局は、神法違反の自己責任をとって「世界平和」に貢献することになるが、自らはそこにはいない。狂ったとしか思えない愚かな自作自演劇である。

                            ナムウ

元つ話 264

2012-04-04 Wed : 長谷章宏語録 
誰かが世界の支配を企んでいるとすれば、その誰かにとっては、自由という思想は邪魔である。従って、世界支配という野望を達成するためには、被支配者の自由を制限しなければならない。現代社会でいう「罪」とは、法律に違反したことを指すが、元々は、「犯罪行為」という行為はどこにもない。その実態は、自由を制限した社会を維持するのに不都合な行為を法律で禁止した結果生み出された幻想である。犯罪行為とは、ある行為がその社会の秩序を乱すハタラキをする場合の呼び名に過ぎない。本来は、「罪」自体が幻想であり、法律には何の強制力もない。実は、自由を制限する法権力の行使自体が、犯罪なのである。

原因と結果が逆さまであるから、現代社会の法律で犯罪行為を無くすことは絶対にできない。犯罪を抑止するほど犯罪が増えるのはこのメカニズムが働いているためであり、法律では、決して秩序を維持することなどできない。法律が、犯罪を産み、犯罪がさらなる法律を産み、混乱を収拾しようとするほど法律が増え、法律が増えるほど法律が有名無実化(無力化)していく。そしてついには、統制不能となって、結局は、秩序が崩壊する。法治国家は、最後には、放置国家と化す。エントロピーの法則は、分裂の響きの現われであり、すべての現象に当てはまる。神権政治も民主政治も、その根底にあるメカニズムは略奪であるから、その中でいかなる制度を考え出そうとも、自由も平等も平和も実現しない。

                            ナムウ

元つ話 263

2012-04-03 Tue : 長谷章宏語録 
真釣りを基にした世は、誰もが「清富」であり、無限の天恵を使って自由を謳歌できる社会である。「清富」の社会を作れない「政府(世腐、生腐)」が導く社会では、世の腐敗が進み、最後は体(国、世界)が腐って死んで(滅んで)しまう。魔釣りのままで腐敗を止めようとしてもそれは叶わない。元の魔釣りをそのままにして、その現われである形をどう治そうとも、世は直らない。中身の餡子が腐っていれば、饅頭は腐ってしまう。形の修繕をしようとする思考自体が魔釣りであり、中身を真釣りに戻さなければ、結局は、滅びを加速するだけである。形を創造する大元のやり方がアベコベであれば、天国を創ろうとするほど地獄を進めることになり、地獄が進むほど天国を望む力が強くなる。ますます形を治そうとするから、ますます地獄が進む。魔釣り世が進むほど真釣りに戻すのが厳しくなり、真釣りに戻せなければ、最後はそのまま、魔釣りの世の末路である滅びを呼び込む。魔釣りのスパイラルを進めて滅ぶか、真釣りのスパイラルに戻すか、二つに一つの踏絵である。社会が、日本が、世界が、ではなく、まずは、あなた自身がどうするか、である。あなたが真釣りに戻っていなければ、魔釣りに手を貸し続けることになり、あなたが滅ぶ。

政治にお金が必要な現代社会は、お金がものを言い、国民の暮らしをお金が支配し、社会システムの姿をお金の有無が決め、国家運営を資金量が左右する。民主主義社会だといっても、結局は、主権者である金を神と崇める「政治家と呼ばれる神官」が、法律という幻想の力によってお金の分配権を握る権限を自らに与えることで国家を思い通りに操作(運営)する「金主主義社会」である。法律すらお金が支配する法治国家の正体は、お金を神とする神制国家なのである。政治家という神官(お金という神)に自らの全生涯を預けている限り、臣民(大衆)が望んでいる理想国家、すなわち、誰もが自由な天国は絶対に実現しない。政治家も国民も、自らの生き様を根底から正さなければ、国家の滅亡は必至となる。
                 
                             ナムウ

元つ話 262

2012-04-02 Mon : 長谷章宏語録 
世界が滅びのマトリックスから抜けるには、ヒノモトが真釣り戻すしか術はない。魔コトの響きの心界のインターネット(アヤマ知の知識、思想、理念、道徳、宗教)への接続を切断しない限り、真コトのインターネットには接続できない。魔釣りの電脳神の手下が設計した電脳網(インターネット)に繋げたモジュラージャックを抜いて、HPのウィンドウをすべて閉じて、閲覧ソフトを終りにして、パソコンの電源を切って、ディスプレーから目を上げたところが、本当の現実である。しかし、その現実そのものがすでにマトリックスの中であり、その現実の基の神界(幽界)の響きそのものがこの世のマトリックスの源なのである。マトリックスの仕組みを作った魔釣りの勢力は、真コトの一厘なき知の火の神の末裔であり、そのまま策謀を継続すれば、この世もあの世も含めた自らが滅ぶことを露とも知らない。ヒノモトが真釣り戻して、外国に真釣りの真コトを身をもって知らしめなければ、世は破滅する。魔釣りのアヤマ知を綺麗サッパリ捨て去らなければ、世界は、魔コトの仮想現実と共に滅び去る。日本が今のままで進むならば、元つ大神直々の最初で最後の身魂の大掃除で、元つ真釣りの掟によって綺麗サッパリと成敗される末路となり、もう二度とヒノモトのお土は踏めなくなってしまう。真コトの真相現実の本当のミロクは永遠の幻となる。あなたが、そして、日本が、元つ真釣りの神響きに戻って、世に真コトを現す世界の父親の勤めをキッチリ果たして、見事、真コトの火水成ることを願っている。

                              ナムウ

元つ話 261

2012-04-01 Sun : 長谷章宏語録 
魔釣りは、真コトの一厘を見失った知恵の神がその源である。ハラの真釣りがなければ万古末代気づかない、アタマの分かつ知である。旧約聖書の創世記の時代から魔釣りの経綸を進めてきた神々と時代の支配者たちは、元つ真釣りの神仕組みを知らないから、真コトがあることを知らず、すべてを知っていると思い込んでいる。自らが、ヒノモトの真コト、元つ真釣りの大神に戦いを挑んでいるとは気づかずに、表の現われの日本(日本国と神道)を潰せば世界が征服できると思い込んでいるのである。ヒノモトが目を覚まして真コトの一厘を教えなければ、この世の真コトを知らない魔釣りの者たちは、永遠の命を失うことになる。今の神道も天皇も魔釣りに貢献している。このまま進めば世界丸潰れの滅びの道を転げ落ちるだけである。世界を生かすか殺すかはヒノモトにかかっている。世界を真釣りに戻す本当の国際貢献、立て直しの御用を果たすことが、世界の父親としての本当の仕事である。神も人も共に、今この場で魔釣りのアヤマ知をすべて捨て、現代社会からキッパリと足を洗って、どんなことになろうとも、世を乱した責任をとることが、父親の役目を放棄して、今まで永きに渡って苦しめた子供たちへの償いとなる。いつまでも、魔釣りの天国を進める機械の窓を覗いて、機械仕掛けの蛇の知恵の林檎で偽の天国を作ろう(電脳世界のインターネットで世界を天国にしよう)としていても、魔釣りの666の天国の嘘の画面が出るだけで、三六九の真コトの天国の景色なぞ見えはしない。それどころか、魔釣りの響きが作るマトリックスから脱出しなければ、とんでもない結末が待っている。
                            ナムウ

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