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元つ話 382  現の世に生まれ落ちし身魂、一人として借銭の無い者は居らぬ

2012-07-31 Tue : 長谷章宏語録 
この方は、そなたらの宇宙も、そなたらの神々も、そなたらの身魂も、すべてのすべてを産み生んだ、マコトのマコトの元の神なるぞ。この方の申すことに嘘はあり申さん。この方の申すことを素直に聞くのがそなたのためぞ。今までに一度もない、これからも二度とない、万世一度のことでござるのぞ。最後の大掃除と申すのは、誰も見たことのない、この方しか知らぬ、想像絶する世界でござるのぞ。ミロクの世は素晴らしい世でござるのぞ。そなたが魔釣りのまま想像して居っても何も分からんぞ。そなたが真釣りに生きて居ればそなたには何も恐ろしいものはないぞ。そなたが魔釣りでござれば酷き様になるのでござるぞ。三千世界の大掃除、掃除なければどこへ逃げても無駄でござるぞ。掃除無き者は、肉体はたとえ女や子供と申せども、元は身魂でござるから容赦は致さん。掃除無き者にとっては修羅の地獄となりぬるぞ。そなたがしただけは返して頂くから覚悟召されよ。掃除有る者はどうあっても助けるから、安心してこの方に任すがよいぞ。

そなたが今までのアヤマチのゲームをこのまま進めれば、永遠のイノチ、天国への最後の機会、身魂の生死を分ける大掃除に間に合わんから、それでは気の毒では済まなくなるから、そなたらはこの方のかわいいお子であるから、そうなっては可哀相だから、掃除を終えたこの者(著者)を通して、そなたらのアタマで分かるように、そなたらのアヤマチの目でも見えるように、人間の体験を通して誠の真コトを語らせるのでござる。この者のただの考え方だと思って軽く扱っておりては大きな大きな取り違えでござるから、よくよくご注意申し置くぞ。人の考えは神の考えなり。神にもいろいろ居るぞ。この者の考えはこの方の考えでござるぞ。この方の考えをこの者の体を通してそなたら人間に分かる形で表現しているのぞ。勘違いするでないぞ。神違えるとトンでもないことになるぞ。マコトのマコトの神の親心を、マコトの神のカラクリを、マコトの神の仕組みを、ミロクに生き戻るマコトの神のやり方を、取り違いせぬよう、ズバリとハッキリと、鬼となりて一人一人に厳しく申し渡しておるのでござるぞ。今までのようにいい加減に扱っていると取り返しのつかないことになるから、性根(しょうね)を据えて聞きあれよ。

現(こ)の世に生まれ落ちし身魂、一人として借銭の無い者は居らぬのぞ。神の掟を外してきた者ばかりでござるから、調和を乱したルール違反の者ばかりでござるから、マ違いを犯した者ばかりでござるから、誰一人、こ度の掃除に関係無き者はござらん。そなた自身の事を語っているのであるから、我(われ)には関係ない他人事である、神示の話である等と申して知らぬ存ぜぬを決め込むならば、それは大きなマ違いでござるぞ。ミロクへの計画はできて居るから、調和乱す身魂はミロクの世へは行けんから、ここで聞かねばそなたという身魂のおイノチがなくなるから、しつこく厳しく申すのであるぞ。我が子の行く末を案じるが故の、そなたという身魂の親であるこの方の言葉でござる。

本当にマコトの神の言葉か、人間の考え方ではないか、騙しているのではないか、悪神の申すことではないか等と、いつまでも魔釣りの世のアヤマチに囚われたアタマでツベコベ申しておらずに、いい加減に目を覚ましあれよ。そういうそなたが悪神に囚われた悪魔でござるのぞ。今までずっと騙され来たのにまだ気づかんのか。そなたの肉親も自らは正しいと思うて居るのぞ。人がそなたを騙そうと思っておりても、そなたに真コトあれば、騙されることはござらんぞ。神や人や親を責めるのは筋違いでござる。自らが真釣りを外して、何も分からなくなって居りて、騙した騙されたとグチグチ申すでないぞ。嘘を見破れぬそなたの責任でござるぞ。子に嘘を申す親は居らん。

                           立日十
 
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元つ話 381 死も殺人も病気も事故も怪我も貧困も倒産も戦争も誘拐も飢餓もテロも天災も

2012-07-30 Mon : 長谷章宏語録 
神さまが一番嫌うのは「裁く心」なんだぜ。神さまは何も裁いてないから、罪を裁く(自由を制限する)ための君たちの「法律」も大嫌いなんだってさ。『嫌いのものは無くすぞ』って神さまは言ってるけど、どうするんだい? 何でもできる(やろうと思えば、今ここで大掃除をして一気に全員を死刑にできる)神さますら、今のここまで⦿違反の君たちを生かして天国に行くチャンスをくれてるんだぜ。君たちに誰かを裁く権利なんてどこにあるんだい? 裁き合いができるのは、神さまが許してるからだぜ。神さまの許しあって裁けるんだよ。裁いている奴が勝手に自滅するだけの「自業自得」だから、神さまは好きにさせてるんだぜ。神さまが許してるからって勝手に屁理屈こねて『悪い奴は許さない』『悪は抹殺だ』『俺に被害を渡した奴は謝罪しろ』云々って調子に乗ってると、痛い目だけじゃ済まなくなるからな。「あっ裁いちゃった」って、裁くのが好きだな、君は。

神さまの世界は○だけだよ。何で「×」を持ってるんだい? 『いいのかどうか?』の裏には『悪いかな?』があるだろ? 『いいのかどうか?』が違反を進めた犯人だよ。『いいんですか?』って神さまに聞いてる奴ばっかりだけど、神さまのことを信用できないのか? 『やめろ』『駄目だ』『許さん』って言ってるけど、君は「何様」なんだ? 全員が、自分の掟破りが原因なのに、可哀相も、被害者も、お気の毒もないもんだぜ。人も自分も裁けないのが神さまの掟なのさ。君は誰に遠慮することなく、自分が好きなことをすればいいんだよ。君のすることは何でもOKってことなんだよ。つまりは、「完全自由」ってぇことだろ。『人のすることに文句を言えない』し『自分のすることは止められない』んだよな。『いいのかどうか?』をやめる=『よくない』って言えなくなるんだよ。人にも自分にもね。責任転嫁や殺人や文句や罪悪感なんて、どっから出てくるんだ?

神さまは全部OKしてるんだぜ。死も殺人も病気も事故も怪我も貧困も倒産も戦争も誘拐も飢餓もテロも天災も、ぜんぶ自業自得の体験なんだぜ。どんな状況になるかは本人の違反度次第、物質の世界の道具を使って肉体を通してメグリの清算をしてるだけだから、神さまにとっちゃ『当たり前だろ!』ってとこだよ。そういう状況にならなきゃいけない奴がいるってことは、そういう状況を渡す役目の奴もいるってことだよ。前世のどこかでやられたから今度はやる方に回ってそいつのメグリの清算を手伝ってるんだよ。お互い自業自得の天国に向かう清算の状況なんだから、どこにも文句を言う筋合いはないだろ?

この世にゃ気の毒な奴も、悪い奴もいないんだよ。そういう奴がいるんだ、って言う奴の方こそ、そのままなら死刑になっちゃう気の毒な奴で、違反を認めない悪い奴なんだよな。21世紀に「病気」や「事故」や「災害」や「障害者」や「貧乏人」や、そういうものがあるなんて思ってるなら、君は神サマ教Фの信者だよ。21世紀には「問題」なんて一切ないんだよ。形の世界だけで「どっちが悪いか(悲惨か)」って見てるから何もわかんなくなっちゃってるんだぜ。地震や台風や雪崩や噴火等々は神さまがやってることだし、事故や殺人の状況も神さまがメグリ相応に出合わせてるんだよ。責任転嫁って、結局は、神さまを責めてることになるんだよ。君は自分の違反を棚に上げて、神さまに損害賠償するのか? 最期は「悪の根源」の君自身が君に責められることになるんだけどね。
                          ウナム

元つ話 380 この先は「時間間隔」がどんどん狭くなっていく

2012-07-29 Sun : 長谷章宏語録 
『地球温暖化とか何とかで後○○年したら水面が~メートル上昇だ』云々言ってるけど、この先の出来事の加速度は無限大だぜ。X軸からY軸への漸近線がY軸に近づいたらどうなるかね? 君が⦿にならない限り、漸近線はY軸は永遠に越えられないよ。この先は「時間間隔」がどんどん狭くなっていくから、君たちの言う「災害」の状況が、君たちの想像を絶する早さで進んでいくんだよ。天気図の「等圧線」の間隔がどんどん狭くなっていくと風が強くなるのと同じだよ。目の前で起きる出来事を得意の分析検討する暇はないよ。対策が追いつくどころか、全員が「災害」の当事者になるんだからね。全員が大掃除なんだから、報道や援助やボランティアや、そんなことは不可能なんだよ。君たちの「恐れ」が一度に形になる時がもうすぐ来るんだよ。神さまの世界全部の大掃除だから逃げるところはないぜ。『そんなことはあり得ない』って? 全く極楽トンボだねぇ。知らぬが仏だよ。そういう思考をしてるから、君たちには「本当のこと」が何も見えないんだよ。

君たちの考えてる「対策」なんて「焼け石に水」どころか「噴火に水滴」だよ。君たちのФの知恵でどんなにアタマをひねろうと、神さまの大掃除に対抗できるわけないだろう。『今までのままでいけば』っていう「推定」はもう通用しないんだよ。君たちの言う「未来」に起きる被害を避けよう、問題を軽くしよう、って、今ここで何をしても、もう無駄な抵抗だよ。全部推測だろ。推測を基に何かするなら「宗教」じゃないのか? Фの奴らが21世紀の話をしたところで、それこそ「机上の空論」だよ。「SF物語」もいいところだぜ。長谷先生の話を『空想だ』って言う君の話こそ「空想」だよ。外は自分自身の鏡だよ。⦿が21世紀なんだよ。『今までのままでいけば』修羅の地獄の無限大乗の超悲惨な状況になるのは太鼓判だね。神さまは21世紀までに全部作り替えちゃうんだよ。君たちから見れば、ってことだけどね。今回の天意転換は一つ光を上げるんだから、肉体次元じゃ誰も助からないんだよ。誰一人として今の肉体を脱がない奴はいないんだからね。

神さまの言うことを無視して、八つ当たり(責任転嫁)ができるのは八方世界(岩戸)がある間だけだぞ。『真釣り外しは即滅び』が神の世のルールなんだよ。つまり、神さまの法律には「死刑」しかないんだよ。神さまの世界から見たら時空はないから、つまりだな、法律違反の魂は初めからいないってわけだ。「ルール違反は・即・死刑」これを同時に実行したら、結局、君は初めからいないだろ。「ルール違反の魂」が何でここにいられるのかね。神さまにとっちゃ、君がどんなに極悪人でも、悪ガキでも、問題児でも、可愛い子どもには代わりないんだよ。君をここまで生かしてきたのは、神さまの、我が子を思う超親心なんだよ。『ミロクが開くそれまでに改心すれば』っていう条件付きで、自らの子どもたちを永遠の天国へ連れて行こうと、今のここまで生かしてくれていたんだよ。

君たちの言う罪の量の軽重なんて関係ないんだぜ。1回でもルール違反をすれば、どんどん略奪合戦が激しくなって、末は滅亡(世界の殺人)だから、今は全員が死刑囚なんだよ。君たちは死刑の執行の執行猶予を受けてるだけで、その間に、違反をちゃんと清算しなけりゃ、最期は死刑執行だよ。今の君たちは全員が神の世の犯罪者なんだぞ。この世に他人を裁ける奴なんて一人としていないんだよ。神さますら誰も裁いてないんだぜ。ルール違反をした奴が勝手に潰れる「自業自得」が神の世の仕組みだからね。自分がルール違反をしてないって思い込んでるから、被害を受けた、損害だ、無実だ、天災だ、神の罰だ、被災したって、つまりは、『誰か(何か)が俺を悪くした』って勝手に騒いでるだけだよ。

自分がしたことが返ってくる仕組みだから、君がルール違反をしなければ、君には困難なんてどこにもなかったってわけだよ。誰かが地震で死んだとしても、それはそいつのメグリの清算の映画であって、君には何にも関係ないんだよ。『人が困っているのに関係ないなんて~』ってセリフは神サマ教の信者の決まり文句だよ。ルール違反をしてない奴が懲役を受けたり、借金をしてない奴が借金を返す苦労をしたりするのはオカシイだろ。病死だったり、事故死だったり、殺されたり、死んだり、骨折したり、カスリ傷だったり、お金を盗まれたり、困難の程度の違いってのは、ルール違反を積んだ量の違いなんだよ。形だけ見て比べたら不公平だけど、「違反の量相応」の形だから「違反度には公平」なんだよ。「死ぬのは怖い」って言うけど、死んだらどういう体験をするんだい? 死ぬのは苦しいとか、死んだら終わりだとか、勝手に想像してるだけじゃないの? 何で神戸に住んでたのか? 何で墜落機に乗ってたのか? 何で助かったのか? 何で死んだのか? 「たまたま」とかっていう「いい加減な言葉」を使わないできちんと説明してみろよ。

                            ウナム

元つ話 379 最初で最期の本当の生死の分かれ目

2012-07-28 Sat : 長谷章宏語録 
君たちが言う「死んだ人」って「人種」は、今は、いったいどこでどうしてるんだい? 「死後の世界」ってぇのは、いったいどこにあるんだい? えっ、「ある」のか「ない」のかハッキリしてくれよな。「死後の世界」があるんだったら、「死んだ人」は、その世界で姿形を変えて生きてるんだろ? 「死後の世界」がないんだったら、「死んだ人」は、どこにもいない(消えちゃった)んだろ? それともこの人間の世界のどこかにいるっていうのかい? お墓の中にでもいるのか? 「本当の死」はこれから来るんだよ。

お墓っていう、服(肉体)のお家を創ったって、全く意味を成さないんだよ。「死んだ人」ってのは別の次元の世界で生きてんだよ。肉体の世界と重なった世界だけど、物質の世界にゃ同居できないし、お互いに邪魔にゃならないから、お墓を創ったって意味がないんだよ。『お墓に行けば死者とつながれる』ってのは幻想だよ。お墓を創って住宅を建てる土地を減らして大騒ぎしてるなんて茶番だね。自分で自分の首を絞めてるだけだろ。「~周忌」って言ってるけど、一人一人が独立した魂なんだから、魂に戻ったらもう君の家系とは何の関係もないんだよ。毎世毎世、別の肉体で、別のドラマを演じてただけさ。君が神さまのことを知ってたら「死者」や「悪魔」を恐れるのはオカシイことなんだよ。「お墓」や「お葬式」ってのは「死者(悪魔)の復活」を避けたいがためのお遊びだよ。

魂の歴史(人生/体験)ってのはね、一人(柱)一人(柱)が独立した個人史(映画)を刻んでるだけで、今世の肉体上の血統の形の上の家系とは全く関係がないんだよ。お葬式やお墓っていったい何だい? 何でお葬式ってぇものをやるんだい? 香典が何円だとか葬式に出るとか出ないとか、出ない奴は非常識だとか、何をもめてるんだい? 親戚や家族って何だい? 君の魂とどう関係があるんだい? 神さまの世界が元なんだぜ。君たちの世界は神さまの内なんだよ。君たちは肉体っていう服を着てるだけだから、人間から見たら肉体が動かなくなるだけで、まだ誰も死んじゃいないんだ。君が死んだって君から見た景色は何も変わらないんだよ。「死」ってのはね、君たちが子供から大人になって別の社会に入っても君たちの体験は連続してるのと同じことだよ。ただ着てる服(肉体)を交換して「別の社会」に生まれ変わってるだけのことさ。君は生き続けてるんだよ。

この世紀末が、最初で最期の本当の生死の分かれ目なんだぜ。ここで死んだら永遠の死、ここで生きたら永遠の生、どっちか一つに決まるんだよ。何にも知らないで、いつまでも神サマ教で遊んでると、それこそ本当に死んじゃうぞ。神さまの世界ってのは、ランクや階層なんてないんだよ。すべては一つなんだよ。神さまが、君たちから見てわかるように、別の次元のことを幽界とか霊界とか地獄界とか餓鬼界と言って説明してくれてるだけだよ。そういう世界があるっていう幻想に囚われてると、死や闇を創っちゃうことになるんだよ。君が創ってるイメージ通りに君が体験してるだけなんだよ。全員が「死がある」って言えば「死がある」のが常識になっちゃうんだよ。だって、「死がある」って奴が「死がある」って奴に『死はあるよな』って言えば賛成するだろ。皆が言ってるから正しいんだって思ったら大魔違いだぜ。最期に大失態をやらかさないように気をつけろよ。

神さまの世界にゃ「悪」や「闇」なんてどこを探してもないんだよ。君が闇を見てるってことは、君自身が完全な光じゃないってぇことだな。君自身の光を君自身が隠しちゃってるんだよ。外に見える闇を作ったのは何を隠そう君自身なんだ。君たちに神さまが見えないのは、神さまを無視してる証拠なんだよ。君たちが神さまの世の掟⦿を破ったから、そのままなら滅びるから、君たちに本当のことを教えるためにスサナルの神さまが罪を被って陰(下/岩戸の外)に隠れて、今までメグリ(困難や苦労/不都合)を渡してお知らせしてくれてたんだよ。君が不都合な状況を体験した時に『誰かのせいにするかしかないか』の神さまからの試験問題だよ。君が君以外の人間や状況に責任転嫁をしたり、君以外のものに原因があると言ったり、君以外のものを直そうとしたりすれば、0点なんだよ。

君自身が掟破りしたのが君の困難や不都合や不快感の原因なんだぜ。誰のせいにもしないことが掟破りの清算の印なんだ。神さまは何も言わずに黙ってただテスト問題を渡してるだけだぜ。誰も責めない、誰がどうのこうのと議論しない、形に原因を探さない、外を直そうとしない、ただの出来事や映画として見る等々がテストの合格基準なんだよ。君自身が君の点数を決めるんだ。神さまのテストはいくらでもさぼれるけど、最期にはまとめてやることになるよ。神さまのテストってのはね、「実技」だけ、「満点合格」だけだよ。誰かのせいにするかしないかの二者択一だからね。今ならテスト休みもあるけど、先に行くほど課題が増えて、最期は、今までの不合格の分をまとめて卒業試験(ミロクの入学試験)だよ。全部の設問(実技試験)に100点を取らない限り、卒業はできないぞ。
                             ウナム

元つ話 378 『神様の冥福を祈る』のか? 君は

2012-07-27 Fri : 長谷章宏語録 
神さまを迷信だと思わせるのが今までの教育の目的だったのさ。今までの神サマの策略の「宗教」だったんだよ。その実態は『「科学」に見せかけた「宗教」』なのさ。「教育制度」を強化すればするほど、ますます「神さま」が消えていく(つまり、21世紀という永遠の天国⦿が消えていく)ってわけだよ。神サマ教Фの最下部教団が「学校」さ。数ある宗教の中でもさ、「神道」教が一番危ないんだぜ。何せ「神さま」のことを語ってる積もりになってるんだからね。『真釣った⦿積もりが魔釣られてФ』だよ。『長谷の方こそ危ないぞ』ってか? そう言ってる君の方だよ、危ないのは。神さまのことがわかってたら危険だなんて思わないんだよ。自分が嘘なら自分は消える、誠なら自分は残る、自分が真釣り外しをしたなら責任をとる苦労は避けない。どこに危険を避ける必要があるんだい?

本当の責任感(『自分が⦿に違反してる』ってわかってること)があるなら、悪や危険や死を避けまくったり、悪人やФの善悪の基準での不正を暴いたり、監視したり、禁止したり、そういうことはしないんだよな。本当の「不正」ってのは、Фのことなんだよ。⦿だけが「正」なんだよ。今の世は「不正Ф」の世だから、社会が「歪んでる」だろ。「誠の正⦿」なければ、「誠の生(本当の天国)」無しだよ。本当の「悪」(ルール違反)はФだよ。『悪いことはやめなさい』って言うなら、君がそのセリフをやめたらどうだい? ⦿してたらそのセリフは言わないよ。人にも自分にもね。

君たちは『危険だ』『恐れが』云々って大騒ぎして、予知や防災や予防云々に熱心だけど、長谷先生は別に何にも怖くないけどね。本当に危険なのは「地震」や「噴火」や「洪水」や「戦争」や「犯罪」や、そういう「形の破壊」じゃなくて、「⦿してないこと」だよ。⦿を知らない君たちが、神さま⦿がやってる「悪Фの大掃除」の計画を邪魔(予知)できるわけがないだろ。長谷先生が『危ないぞ』って言ったのはね、『そのまま(Фを続ける)なら君が・・・・・』ってことだよ。長谷先生の取り越し苦労ならいいんだけど・・・・・。

君自身が君の教祖なんだぜ。君自身が君の信者なんだぜ。君の肉体が神さまとつながる神社なんだぜ。24時間お参りできる年中無休の神社だよ。君が神社に参拝してる時は、神殿にお参りしてるんじゃなくて、君の肉体を通して神さまにお参りしてるんだよ。君の肉体があるところが全部神社になるんだよ。教会もお墓もお寺も仏壇も全部同じことさ。つまり、君が嘘を持ってる限り、最高の聖地にお参りしたって「お魔入り」するだけのことさ。何教でも同じことだよ。姿や言葉をどう変えてもやってることは同じだからね。

君たちは「死」を不幸だとか縁起が悪いとか言って避けてるけど、君自身には「死」なんてどこにもないんだぜ。闇を勝手に創って避けてるだけだろ。神さまの世界に「無い」ものを勝手に創るなよな。「死」が不幸なら、死後の死後の・・・・・元の神様は最不幸、ってことになっちゃうぞ。そうだとしたら、元の神様の子である君も不幸なんだぞ。『神様の冥福を祈る』のか? 君は。『親は不吉で子はきれい』なんて変だよな。そんな「おっかない思想?」をどっから勉強してきたんだい? 神さまの世界は自由だから、何でも創れるんだよ。神さま自身は光だから闇を創れるんだな。「闇の世に光を創る」なんてことはあり得ないんだよ。闇の中の光ってのは、闇(影)を創るものを消しただけさ。元々の光が戻っただけのことだよ。「無い」ものを勝手に創って怖がって避けて嫌って追い払って、いったい何をやってるんだい? 「死んだ人の冥福を祈る」って言ってる君の方が最期に冥福を祈られることになるぜ。本当の死ってのはね、永遠の消滅なんだよ。君が今ここにいるのは魂は生き続けてたって証拠だよ。
                            ウナム

元つ話 377 今までの「教育」を受けてきた奴らの創り出す成果が今の日本の状況

2012-07-26 Thu : 長谷章宏語録 
君たちは、物質っていう材料から何らかの思考や思想(シナリオ/デザイン)に従って形を創っていく遊び(ゲーム)をしてるんだよ。君たちは「物質」を使って「体験という財産」を創り出す映画を製作してるんだ。形を創る基(シナリオ/設計図)のことを「宗教」っていうんだな。君自身がシナリオを変えない限り、君の映像は変わらないんだよ。君が望んでるものをすべて形で体験したかったら、君のやり方そのものを変える必要があるんだよ。君が『形そのものを操作して思い通りの映画を創ろう』っていうやり方をしてる限り、最期は「人類滅亡」の映画さ。今は全員の映画が「滅亡」の結末になってるんだよ。君の映画のシナリオに「神さま」を登場させる(⦿に寝返る=Фを裏切る)かどうかが「「天国」の映画に変える鍵だよ。21世紀は「⦿の心が創る本当の極楽映画」だよ。

⦿を疑う目はФ、Фの形を変えようとすればもっと分離Фが進むだけ。形の上の悪を消そうとすれば悪が出る仕組み。⦿を疑うのをやめれば元に戻るんだよ。昔の地震のデータを調べても最期の大地震は避けられないぜ。⦿がなけりゃ逃げるところはないんだよ。君のФのやり方じゃ21世紀の道具は使えないし、今の道具でも地獄が進むだけなんだよ。昔の地震(災害)を研究しても、大掃除は避けられないどころか、どんどん危険な現実が君の前に展開していくことになるだけだよ。物質の世界の出来事や歴史の中に「最期の大掃除」を避けるノウハウはないよ。『今までのデータを分析する』というノウハウそのものが、破壊を進めた挙げ句、大掃除をしなきゃいけなくなった根本原因なんだからね。

「政教分離」っていう宗教のマヤカシに囚われてると、いつまでも戦争(議論/裁判)が続くんだよ。政治と宗教の分離ってのは『政治と神さまは分離すべきだ』っていう神サマの宗教なんだよ。「神さま」を分離しなくちゃ世界征服はできないからね。表面だけ見てると議論が終わらないよ。その宗教を厳密に適用するなら『政治と宗教は分離すべきだ』という宗教も分離しなくちゃね。でも、『政治と宗教は分離すべきだ』という宗教を分離したら『政治に宗教を統合する』ってことになるんだな。今の『政教分離』ってのは『「神様言葉」で表現する「宗教」を分離する』っていう条件付きの思想なんだ。思想とか理念とかってやつは『形をどう使うか』ってことだから、結局は、「宗教」なんだよ。ところでさ、『脳死は人の死か』って国会で議論してるけど、『死とは何か』ってのは「宗教」の担当だろ。「政教分離」はどこに行っちゃったんだい? 言ってることが矛盾してるよな。

今までの「教育」を受けてきた奴らの創り出す成果(映画)が今の日本の状況だよ。法律も制度も道徳も、今の常識すべてがさ。「ヘビ」の創る常識は、ヘビの戦いを激しくするだけさ。先に行くほど苦しくなるからね。今の法律やシステム(制度)や道徳がどれほどのものなのかわかっただろ。今の法律やシステムをいじくるほど、道徳や常識を強制するほど、どんどん悲惨な状況になってくだけだよ。今の法律やシステムを「嘘Фの宗教」でいじくるほど天国⦿が遠のくんだよ。嘘を壊して誠に気づかせる仕組みだからね。まだ『嘘Фが通用する』って思うなら納得するまでやってみるがいいさ。ま、それも神さまが本気で動くまでの一時のお遊びだけどね。神さま曰く、『得心いくまでやってみろ!』ってさ。

神さまが「Фの遊び」を許してるのは『「Фで楽すること」をやめて⦿に改心するのかどうか』のオトリ捜査なんだよ。Фを泳がせておいて、最後の最期に網にかかった「ヘビ」を一網打尽にするんだぜ。今ここで神さまの計画を教えたから、これから先は、引っ掛かったら君自身のせいだからね。今までも君が⦿してたら、Фなんて関係なかったんだからさ、神さまに文句を言う資格はないからね。君がいつまでもその宗教Фを握ってるなら、最期に君が神さま⦿に直々に退治されるだけだぜ。今の君はオロチそのもの、だからね。

                           ウナム

元つ話 376 地球征服を企んでる奴らの計画がオジャンになるんだぜ

2012-07-25 Wed : 長谷章宏語録 
君自身の嘘を君自身がキレイサッパリ100%捨てなけりゃ、君自身の天国はもうないってことだよ。神さまが「嘘が創る世界」をすべて掃除すれば、君も一緒に消えちゃうっていうカラクリさ。「最後の一厘」のカラクリさ。一点の曇りもなくなるまでお掃除をしなけりゃ君には永遠の死が待ってるってぇわけだな。君がいる今の世界はどう見ても壊れそうもないように見えるだろうけど、それは君の思い込みだよ。あり得ないことがいっぱい起きてるだろう? 神さまが全力を出したら一瞬のうちにお陀仏なんだぜ。今世が君自身が天国を得る最期のチャンスなんだぜ。ここを逃したらもう二度と天国は拝めない、ってことだよ。天国を得るための「心の掃除」をする場所は今ここしかないんだよ。君が今世で全部キレイに清算しなきゃ君の人生は永遠の終わりなんだよ。肉体上の不老不死なんて求めてたら、それこそ、地獄どころか「永遠の消滅」の運命が待ってるんだぜ。どうするんだい? 今の世にゃ絶対普遍や絶対安全や全員一致の結論なんて一つもないんだよ。

すべては神さまの心の中の世界で展開するドラマだっていうことを忘れるなよ。君たちにわかるように言えば、神さまが『悪Фを許す』ってイメージを消したら、Фをしてる君が見ている世界は消えて、君も即座に消えるってわけさ。争いや略奪の種を持ってる奴は、そのゲームをする場所と道具がなくなったらそれで終わりさ。鏡の世を消せば、相手がいなくなるんだよ。君が統合⦿してなけりゃ相反するものを持つ君は消えるんだよ。

君たち人間には「時間」っていう概念があるから、だんだんと壊れていくように見えるけど、神さまの世界ではもうФが創るものは全部壊れてるんだぜ。神さまの世界じゃ転換は一瞬の出来事なんだよ。トキが満ちれば「ミロク」に成る(入れ替わる)のは一瞬なんだよ。自分勝手な理屈で『今の世界が続く』なんて思ってるとアッという間に君はお陀仏だ。ある日突然、世界が変わるぜ。「悪が住める世界そのもの」を全部綺麗に大掃除しちゃうんだから、神サマも君たちも、もうどこにも逃げるところはないってことさ。

君が本当に助かりたいなら、君が今すべきこと(⦿)をやらないとね。誰かが君を救ってくれるんじゃなくて、神さまのする通りに君の方が合わせるってことだよ。「神話」ってのをただの神事や他人事やおとぎ話だと思ってると、最期に君が泣くだけだぞ。神さまの創った仕組みってのはね、君の心の世界から神様の世界まで、全部が同じ仕組みになってるんだよ。「神話」ってのはね、君自身のことを語ったお話のことなんだよ。君が君の外に見てるものは君の心の世界そのものなんだよ。君たちは、自分と外が別のものだと思ってるから永遠に一つにはなれなくて、戦いや責任転嫁等々をし続けることになるんだよ。

「神話」が神話として見えるのは君の嘘の目が創り出す幻想なんだよ。人間と神様が別のものだっていう心の目が創りだした現実さ。君たちが受けてきた教育ってのは、神さまを隠すための「宗教」そのものだったんだよ。神さまを迷信にしなくちゃ、君を支配することはできないだろ。神さまの力に君が気づいたら、地球征服を企んでる奴らの計画がオジャンになるからな。『教育は科学だ』なんちゅう嘘を信じてたら、それこそ天国なんてどっかへ飛んでっちゃうぞ。「政治」も「経済」も「教育」も「科学」も、すべてのすべてがФの宗教のノウハウ(目/思考/意識)が創りだした成果(作品)なんだよ。「科学技術」の発達ってのは、⦿崩壊技術の発達だよ。「宗教」は言わずもがな、だよな。

                             ウナム

元つ話 375 日本が外国の真似をしたら一番悲惨になるんだよ

2012-07-24 Tue : 長谷章宏語録 
最期に「三千世界の大掃除」をするのは、カムスサナルノオオカミ様、つまり、本当のスサノオ様だってことはもうおわかりだね。今まで君たちが避けてきた悪魔や、鬼門に封じ込めてきた神様ってのが、実は、最期に悪の世の大掃除をする本当の神様だったってわけだよ。言い換えれば、悪魔の大将だと思ってた神様が『本当の救世主』だったってわけだよ。今までの常識とはアベコベもいいところだろ。君が悪魔と闘うほど、鬼門を避けるほど、君たちは、誠の竜神に仇をなすヘビの手下になり下がっていくってわけだ。天使だと思ってたのが悪魔で、悪魔だと思ってたのが天使だったってわけだ。そのまま行くなら、最期には誰と戦うことになるのか、これでよ~くおわかりになったことでしょう!

最期の戦い(戦争)は「霊戦」だぜ。霊界での戦いだよ。「冷戦」が終わったからって安心してたら知らないぞ。君たちの今の状況ってぇのは「心の戦い」だろ。まさに「霊戦」だよ。君が肉体を離れれば、もう逃げるところはないんだぜ。戦争のことばっかし話してるけど、今の今が歴史上最大の戦争をしてるんだぜ。今が「第三次世界大戦」の真っ只中ってぇわけだよ。軍隊を使った形の第三次世界大戦はまだだけどね。『日本は平和だ』って言うけど「心の戦争」は日本が一番激しいんだぜ。日本は⦿の国だから『ルールを守れ』を「善悪Фの目」でやれば、完全にФを100%実現しちゃうんだよ。お金の「ローン」の仕組みや「悪の裁き合い」や「自由の侵略合戦」が、世界一厳しくなるんだよ。

Фの100は⦿の99.9・・・・・・だよ。日本は外国の真似をしてるけど、⦿がФの真似をしたら一番悲惨になるんだよ。裁判や喧嘩や批判や葛藤や、そんなのばっかしだろ。今の子供たちの方がよっぽど戦火の中にいるんだぜ、世のお年寄り様方よ。軍隊の戦争なんて神さまの戦争から見たら大したこたぁないんだよ。君がそのままでいけば、最期は神さまと直接対決するんだぜ。Фと⦿と蛇の総大将の一番下の手下と龍の総大将の戦いじゃ勝てるわけないだろ。君が勝手に悪者にして避けてきた神さまとの直接対決だぞ。人間の戦争どころの話じゃないぜ。『そんなのは神話の世界の出来事だ』なんてタカを括っていると、悔やんでも後のマツリ、本当の本当に取り返しがつかないことになっちゃうんだぞ。

君が悪魔や鬼門や死や厄を避けるなら、君は「宇宙の最高神」に戦いを挑んでることになるんだよ。「本当の救世主」と戦うってんだから、君はいったい何をやってんだろうね、まったく。君は今まで「救世主」を待ってたんだろ? 「永遠の天国」が欲しいんだろ? 「自由」や「平和」が欲しいんだろ? 「不老不死」のイノチが欲しいんだろ? 今までいったい何のために戦ってたんだい? 何のために悪い奴を追っ払ってたんだい? 救世主を悪魔だって見てたら、相手を悪魔だと思い込んで戦ってる君だけが永遠に消えちゃうんだぜ。つまり、君には永遠に「天国」なんて世界はなくなるってぇことだよ。今までの常識は全くアベコベだから、地獄を避けてると、天国には行けないってことだよ。

                           ウナム

元つ話 374 極楽トンボのそなたらには、この神は悪魔に見えるぞ、鬼に見えるぞ

2012-07-23 Mon : 長谷章宏語録 
真釣りの何たるかを忘れ去った、悪や苦や痛みを避ける、今が幸せだと勘違いして居る極楽トンボのそなたらには、この神は悪魔に見えるぞ。鬼に見えるぞ。そなたらはこの方の創りた天国を壊しに壊して来たのでござるぞ。破壊を許す神は悪魔じゃと申すのは、自らのしてきた真釣り外しの自覚なき身魂でござるぞ。そなたらだけ逃げられると思ったら大マ違いでござるぞ。ツベコベ申すのはやめにして、このあたりでいい加減に観念致して、自らの怪我や痛みや死を避けず、自らのしたことをキッチリと償ってくだされよ。ヘラヘラと笑って居られるのも今の内でござるぞ。イヨイヨとなりては、そなたらには耐えられん状況になるから、メグリ持つそなたが怪我を避ければ、後に行くほどもっと痛い目に遭うことになるから、この方は今ここで厳しく申すのぞ。

すべてのすべてはこの方が創りた仕組みでござるから、今今のそなたらがどうなるかはこの方はよく知って居るから、自らのお子が酷い目に遭うのは見たくないから、しつこく厳しくお教え致すのでござるぞ。この方の申すことにウソはござらん。そなたらは、一人として身魂の掃除を避けることは出来んのでござるから、今ここでハラを据えて、フンドシを締め直して、覚悟して掃除に励んでくだされよ。そなたらは、掃除終わればミロクで永遠に遊べるから、今の今は最後の掃除第一で生きてくだされよ。後数年の辛抱でござるぞ。魔釣りの人間から見れば長い苦労かも知れんが、永遠のミロクが待って居るのでござるから、神から見ればほんの僅かのご苦労でござるぞ。そなたが何と申そうとも、そなたのメグリだけの掃除はせねばならんのぞ。掃除せねば、調和に戻さねば、そなたには永遠のミロクの世の天国はござらんぞ。最期の仕上げは天地世界の大掃除でござるから、逃げるところはござらんぞ。身魂の大掃除でござるから、肉の身の傷病生死は関係ござらんぞ。最後の最後は天地開いてすべてを壊し、修羅の地獄と化さしめん。今まで体験したこともなき酷き状況になるのでござるぞ。天地一度に掃除して永遠の天国に致すのじゃ。

魔コトで穢れたそなたの心を掃除することだけがそなたをミロクへ誘う松の杖ぞ。そなたの悪をそなたの外に映し、自らの悪に気づいて自らの悪を掃除する仕組みでござる。そなたが悪と見ているものは悪ではござらんぞ。そなたの悪を掃除する教材でござるぞ。外の悪を裁くそなたが悪であるぞ。悪ある身魂は至善のミロクへは連れていかれんのぞ。神心とは善悪ない心ぞ。そなたにメグリなければそなたに苦はござらん。そなたにメグリあれば、損、怪我、病気、死は避けられんぞ。そなたの取られたものはそなたのものではござらんぞ。元々のそなたには損も怪我も病気も死もござらんのぞ。そなたが真釣りを外したから真釣りを戻すだけでござるぞ。真釣りを外せば調和を乱すから、真釣りを戻す途中で乱しただけ乱されるのでござるぞ。すべてはそなたがしたことぞ。そなたが真釣りを外して壊しただけ、そなたの身を持って痛い目にあって返すのぞ。そなたらの申す悪は神の世にはござらんぞ。今ここでも悪はないのぞ。そなたの悪を映すために悪を形にするのぞ。そなたらが裁いている悪が形になっているのはこの方が許しているからぞ。そなたの申す悪は悪ではござらん。ただの出来ごとでござるぞ。ただの状況でござるぞ。

そなたが真釣りを外すから、そなたが被害を受けるのぞ。そなたの加害者はそなたでござるぞ。そなたの取られたものはこの方のものでござるぞ。そなたが取ってしがみついてござるから、この方が離して差し上げるのでござるぞ。呼吸が神でござるぞ。調和とは、とどまることなき呼吸でござるぞ。そなたが取って溜めて居るから呼吸が乱れて調和が乱れて悪の世となるのでござる。神が許して居るものをそなたが裁くとは何事ぞ。魔釣りの毒牙にまんまとはまっておるぞ。早う掃除して神心に戻らんと、真釣りに戻らんと、本当の本当に取り返しのつかんことになるぞ。魔釣りから見れば、この方は悪魔に見えるぞ。危険な神に見えるぞ。そなたが魔釣りに居るからそう見えるのぞ。この方が悪魔ではなく、そなたが悪魔でござるぞ。誠の調和の世界を壊した破壊の悪魔でござろうが。どうあってもこの方が悪魔だと申す者は掃除厳しくしてやるぞ。ミロクまでの時はないぞ。借銭ゼロにせんとミロクはないのぞ。そなたに曇りあればあるほど掃除は厳しくなるぞ。借金ある者ほど返済額が多くなるのと同じでござる。いつまでも悪魔を演じておるとミロクどころの話ではないぞ。そなたは地獄の中で死ぬぞ。そなたの外はそなたが映っているものでござるぞ。そなたが見ているのはそなたの姿ぞ。自らが自らを裁いておるぞ。

                           立日十

元つ話 373 日本が「刀の国」だってのは「本当の神様」がいる証

2012-07-22 Sun : 長谷章宏語録 
地球のことや人のことや死後のことは、ぜんぶ神さまに任して、今までの嘘の君(ヘビの知恵や常識やノウハウ)を殺して、本当の君(リュウの智慧/自分自身のやり方)を100%生かしてくれよな。本当の君が歩きだせば、君の永遠の天国は約束されてるんだよ。『心が形に成る』のが神さまの仕組みだよ。本当の君の言うことが、神さまの言うことだよ。神さまは君と君が語る「自己対話」の形で教えてくれるんだぜ。君が知りたいことは、君自身の言う通りに実行していけば、体験を通して教えてもらえるってわけだな。

君自身の言うことを疑うってのがどういうことなのか、わかったかい? 君は今まで「本当の神様」が言ってることを『それでいいのかな?』ってやってたんだぜ。その質問をする基準ってのが「ヘビ」から学んだ『外道の善悪(嘘)の目』なんだよ。神さまは無視されても文句を言わず、無理に強制せず、君が君の意志で言うことを聞くまで待ってくれてたんだ。『こうかな?』そうなんだよ。『こうだ』って言い続ければいいんだよ。君が疑って消した電灯(「!」を一つ一つ点けていけばいいだけだよ。君の答えを一切疑わずに全部実行すればいいんだよ。ここでまた『それでいいのかな?』ってやったら堂々巡りだろ。『いいのかな?』をやめても『いいのかな?』ってか? いつまで「?」をやってるんだい? その質問が今まで「龍(本当の自分)」を封じ込めてきた真犯人なんだよ。

本当の君が言うことが「正解」なんだよ。『本当の自分って?』って言うその質問に自分が答えれば、それが答えだよ。「本当の自分」がわかれば、それが「本当の神様」なんだよ。『わからない』って答えは「龍の智慧」にはないんだよ。「?」ってのは「!」に「?」をつけただけだろ。今までは、蛇の目で見て都合が悪い答えに×をつけて龍を殺し(た積もりになっ)てたんだよ。本当の神様の言うことを疑って、本当の天国ができるとでも思ってるのかい? 誠の神様が出てきたんだから、嘘の通用する世界はとっくのとうに終わってるんだぞ。嘘で創ったものがどんどん壊れてるだろ。嘘のやり方は行き詰まってきてるだろ。今の世の混乱ってのは誠⦿のやり方じゃないと何一つ解結しないんだよ。物質世界の君がどうなろうとも、神さまがついてるから、ハラを括って⦿してみろよ。

日本が「刀の国」だってのは「本当の神様」がいる証だぜ。「刀」は「十」だぜ。十合、統合、世界を統べ真釣る国なんだよ。「問う」も「答」も「十産」だぜ。「問(?)」=「答(!)」。「問う」ものを誠刀で切れば「正答」が出るのさ。何のことかわからないってか? 当然だよな。ま、いいからさ、どんどん読み進めてくれよ。「クサナギの剣」ってのはね、両刃の剣だぜ。「マコト⦿」のことさ。最期は、君が『嫌だ』って言っても神さまが直々に「クサナギの剣」を渡すけど、正しい使い方を知らずにクサナギの剣をもらったら、苦し紛れに自分自身を祓うのは目に見えてるんだ。君が銃の使い方を知らずに勝手にいじくったら暴発して君が死ぬことになるんだよ。銃なら暴発しないかもしれないけど、両刃の剣は振り回したら確実に切れるぜ。クサナギの剣は誠の神さまの剣だから切れ味は史上最高なんだ。

君が嘘を持ったままで剣を使ったら、君自身に返ってくるブーメランになるんだぜ。嘘に照準を合わせた永久追尾ミサイルって言ってもいいかな。嘘が創るどんな武器でも破壊できるない100%命中するミサイルだよ。君が持ってる嘘を捨てない限り、地獄の果てまでも追いかけてくるんだぜ。今来てる小型追尾ミサイルを逃げず、当る時には黙って当って嘘を祓えば、最期の元始爆弾を搭載した無限大型ミサイルは目標を失って、失速して自爆だ。君が嘘さえ全部祓えば、何も怖がることはないってことだよ。君がしっかりと自分の誠(真実)を歩いていけば、君の体験を通して、神さまが一つ一つ剣の使い方を教えてくれるから安心していいんだぜ。誠と嘘を見分ける目を養ってくれるってことだよ。
                           ウナム

元つ話 372 二重を一つにするのが21世紀

2012-07-21 Sat : 長谷章宏語録 
神さまを知らなきゃ何を知ってても何も知らないのと同じなんだよ。神様の分類や血統探しをしてるようじゃ「本当のこと」は何にもわからないのは当たり前だよな。神様がいっぱいいるのは、神さまがその時その時でいろんな係に姿形を替えて仕事をしてたっていうことだろ。血統を追いかけてばっかしいるから、世界全部が決闘し続けることになるんだよ。分析ばっかししてないでさ、統合したらどうなるんだ? 心が形に成る仕組みだから「宗教」も「科学」も同じ仕組みなんだよ。二重を一つにするのが21世紀なんだぞ。

君が外の話をどう見てるかってのは、君の心の目の現れなんだよ。ヘビの目を持ってる奴にゃ21世紀の道具は使えないんだよ。問題を創るノウハウは21世紀じゃ使えないんだよ。自分自身の分裂の目(心)を統合しなくちゃ21世紀はないんだぞ。問題を「創った」奴らが、問題を「解決する」議論をしたって茶番だろ。21世紀は問題を創らない奴だけでゼロから創り直す世界だから問題解決なんていらないんだよ。最期は神さまが直々に『問題を創る素を絶つ』んだぜ。全体の問題解決は神さまがやるからさ、地球環境や社会情勢や他人の問題からキレイサッパリ手を引いて、君自身の問題「解結」をすれば?

神さまの要求は「全面解結」だぜ。「解結」ってのは、今までのヘビの知恵(アタマ)を解(ホド)いて、リュウの智慧(ハラ)で結び直すことだよ。分裂思考をキレイサッパリやめて、統合思考でモノを見直すってことだよ。自分の言うことを一切疑わないでどんどん実行すればいいだけだよ。問題を「解決」しようとしてるのは、要は、神さまのテスト問題が解けないってことだろ。問題を創り出す奴の解き方で問題を解決しようとしたって、どんどん難問を創るばかりで、解決なんて不可能な話だろ。21世紀は「神さまの世」だぜ。蛇が竜の世界を創ろうったって、そんなことできるわけないだろ。自分が行けない世界のことをアレコレ心配するなんて、ご苦労なこったな。いつまででもやってろ!

神さまの世界の話(神話)ってのはね、ただのお話じゃないんだぜ。君自身の話なんだよ。君のハラに居座ってる嘘を君自身で退治しないとクサナギの剣はもらえないってことだよ。大きなヘビ(世界全体のФ)は神さま直々にクサナギの大剣を使って退治するから君の関知するところじゃないんだけどさ、君のハラに居座ってる八股の大蛇は君自身が自ら退治しなけりゃ、自分で神宝をもらいに行かなきゃ、本当の天国には行けないんだよ。

「ドラクエ」っていうファミコンゲームがあるだろ。「ドラゴンクエスト」つまり「竜を探す冒険物語」だ。「QUEST」が「探す」ってことだけど、嘘を持ってる外の奴らにばっかり「質問」しまくったって、コンピューターの世界で「夢の世界」を実現したって、「本当のこと(真実⦿)」は何もわからないんだよ。君の実生活で「実物」を使って「真実の旅」をしなくっちゃ、君自身の力で「オロチ退治」の冒険に出なくっちゃ、本当の宝物は手に入らないんだよ。「怪物を倒したら宝物がもらえる」っていう場面がドラクエにあるんだけどね、怪物(今世の常識や常識を使って君を脅す奴らや「死」とか「悪魔」とかっていう幻想等々)をいつまでも怖がってたら、本当の神様の「神宝」なんて永遠にもらえないんだぞ。本当に「勇気」を持って、君のハラに居座ってる「嘘の神サマ(蛇)」を君自身で倒し(殺し)たら、本当の神様の「神剣(神宝)」がもらえるんだよ。「勇気」を使わなきゃ「遊気」はもらえないよ。「憂気」のままで君は有期のイノチだぜ。

君の心の嘘の常識を殺して本当の本心で生きることだよ。そのプロセスでの困難や痛みが、オロチを退治する苦労なんだよ。君が本当にオロチ(嘘)に勝ったら、神さまが永遠に散らない花を咲かせてくれるんだよ。クサナギの剣さえもらったら、もう嘘は君のところに近寄れないんだよ。近寄っても全部見分けられるからね。誠を見分ける目、第三の目とも言うけどね。わからなくてもいいけど、とにかく、君の本心に素直に従って動けばいいだけだよ。君自身の言うことを一切疑わないことだよ。君の質問に君が答えてその答えの通りに実行することだよ。今まで君が君の答えを疑ってたから、誰かさんにいいように遊ばれてたわけだからな。君が君の答えに「?」をつけたら、君が持ってる「!」は永遠に使えないってことさ。君自身は死んでも死んでも神さまの中だから、何も心配しないで、どんどん自由にやってくれよ。嘘の常識や法律を楯にツベコベ言う奴らは無視して、君が思う通りにどんどん実行していってくれよ。それが君が助かるただ一つの方法だぜ。

                            ウナム


元つ話 371 君たちの言う「形の上の外道の善悪」は神さまには関係ないんだよ

2012-07-20 Fri : 長谷章宏語録 
この世ってのはね、君が心に持ってるものを「鏡」に映して神さまが教える仕組みになってんだよ。君の回りの世界は「鏡の世界」なんだ。君は都合が悪くなると誰かを責めてるけど、さぁて、いったい誰を責めてるんでしょうかね? いったい誰が本当に悪い奴なんでござんしょう? 最期は「悪の根源」を根絶やしにする「悪の大掃除」が待ってますよ。今の君たちは、臭いものに蓋をして、汚いものをどっかに持ってって、目の前だけを綺麗サッパリにして、「清潔」を気取ってるけど、神さまが「臭い匂いの本当の元」を絶ったら君がどうなるのか、よ~く考えてみることだね。霊界にゴミがあったら、現界のゴミは絶対になくならないんだよ。八方世界の岩戸の中じゃ、ゴミを押しつけ合えるけどね、最後はそうはいかないんだよ。最期は「神さま世界のゴミФ」を全部キレイに焼却処分するんだからね。十方の神さまを八方の知恵で蓋できるわけね~だろが、バカ共め!

悪が自ら改心すれば、神の世の極悪人であろうとも天国に連れていくのが、至誠至愛のすべてを許す大神様の御心なり、ときたもんだ。君が本当に改心するなら、君の魂の前科は問わないんだよ。裏を返せば、改心しなけりゃ、ボランティア歴やノーベル平和賞なんて、目くそ鼻くそなんだよ。君たちの魂の履歴書は、最初の最初からず~っと神さまが拝見済みなんだな。君たちの言う「形の上の外道の善悪」は神さまには関係ないんだよ。⦿が善、Ф(◑◐)が悪。神さまの目で見たら、この世自体が「悪の世」なんだよ。悪の世の大掃除をするのが「ハルマゲドン」だよ。⦿に戻らない限り21世紀はないんだよ。

すご~~~く簡単に教えたけども、神さまの「本心」と神さまの「仕組み」はわかったかい? じゃあ今ここから何をすりゃいいのかもわかったよな。えっ? わかんないってか? じゃあ君は今まで神さまをとことん困らせてきた余程の悪ガキだったんだな。今ここで本当にハラを据えて改心しなきゃ君の21世紀は宇宙の彼方の永遠の幻の世界だぞ。

君が祓うのは悪人じゃなくて君のハラに座ってる嘘そのものの方だよ。払うってのは清算することだろ。ゼロにすることだ。嘘がゼロになれば、真空ができて、誠が入ってくるって寸法さ。実際は、嘘が誠を隠してるだけだから、嘘の衣を脱げば誠が出るんだよ。嘘を全部壊さないと誠は出ないぞ。君は誠っていう核を、嘘っていう衣で何億重にも固めてるんだぜ。ま、今までは誠の神さまが黙ってたから嘘の神サマが居すわってられたんだけどね。知らん顔して嘘の鎧で固めてられるのも後少しだよ。君が自主的に嘘を祓う気がないんなら、君自身の誠と神さまがその嘘を強制的に祓うけどいいのかい? 神さまの強制執行はきついぞ。本当の龍が蛇を退治するんだぜ。ゴジラがシラミを潰すようなもんだよ。今のうちにお詫びして自首して自主的に改心して嘘を祓った方が君のためだぞ。

日本の神話によれば、神界じゃ悪戯なスサノオ様も、人間界じゃヤマトタケルとなって八股の大蛇を退治して英雄になったんだよな。カムヤマトイワレヒコノミコトっていう神さまが神武天皇となって人間の世に派遣されて一度平定したってのも同じことなんだよ。神様の話をバラバラに見てると何にもつながらないぞ。知識をバラバラに覚えてるから、教えてる奴らも統合してないから、どんどんバラバラになるんだよ。すべてのすべての問題の原因は元の一つの神様を忘れてることなんだぞ。1の前の0の神様が見えなきゃ君の持ってる知識は0と同じだよ。ノーベル賞学者だか、何とか大学の教授だか、何とか教の教祖だか何だか知らないけど、Фの学問や宗教のトップになったって、本当の世⦿からみたらアメーバ-にもなれないぜ。仮の世の知恵じゃ本当の世は生きられないんだよな。
                             ウナム

元つ話 370 福ばっかり追いかけて、せっかく来た天国への種(厄)を追い返すなんてバカだね

2012-07-19 Thu : 長谷章宏語録 
「神道」教によればだな、アマテラス様が岩戸から出たっていうけど、皆で悪企みして騙して出したんだろ。アマテラス様も騙されて出た神様だろ。騙されたアマテラス様ってのは本物のアマテラス様じゃないんだよ。本当の神様は嘘には騙されないんだよ。全部お見通しだからね。君たちが知ってる「古事記」や「日本書紀」ってのは、誰かさんに都合よく書き換えられてるんだぜ。もし「本当のこと」が書いてあるんなら、少なくとも「日本にだけ」は天国ができてる筈じゃないのかい? 『そんな失礼なことは~』なんて言うのが真っ赤な嘘の証拠だね。「本当のこと」を知ってたらそんなことは言わないぜ。君は何も知らずに「神サマ」を奉ってるんだよ。「古記」を基にしてる「神道」が何を教えてきたのかってぇのはもう明白だろ。「本当の神道」は、今の今までずっと闇に葬られてたってわけさ。実際は「本当の神様」が黙って葬られてくれてただけのことなんだけどね。

今の君たちが祀ってる「天照大神様」ってのはね、本当の「アマテラスオオカミ様」じゃないんだよ。『そんな失礼なことを~』って、またまた激怒するかい? じゃあ聞くけどね、「スサノオ様」はいったい何処へいったんでしょうね? アマテラス様だけオマツリしたって、天ばっかし、太陽ばっかし、天使ばっかし拝んだって、片手落ちってもんだ。厄払いするなら、福祓いもしたらどうだい? 鬼は外で福は内かい? 「神種差別」の偏見もいいところだぞ。何たって、「神様」を差別してるんだから、「人種差別」云々なんて言えた義理かよ。自分に都合がいい方だけ、片方だけ、○だけ欲しがるから、君の欲しいものが全部こないんだよ。君たちが祓ったってぇ厄はいったいどこに祓ってるんだい? スサノオ様をオマツリしてるのは、君たちの罪を祓ってもらった罪悪感からなのか?『私の厄を引き受けてくれた感謝の印』なのかい? 君たちが祓った厄はいったいいずこにおわすのでござりましょうか? この「現界」も神さまが創った世界なんだけどね。

君は厄を祓ったつもりになってるだけだろ。君が御利益を求めて毎年毎年飽きもせずに神社に初詣してるってぇのはどういうことだい? 今だに天国になってない証拠じゃないのかい? 君たちはいったい誰に厄を押しつけてるんだい? 君たちが「悪魔」を怖がってるのはどういうことでしょうかね? 厄を引き受けてくれる神さまが『嫌だ』って言ったら君の祓った厄はどうなると思う? 『神さまは優しいからそんなことは言わないよ』だって? バカこけ! 甘い甘い。君は「厄払い」の本当の意味がわかってないんだよ。本当は、君の回りにゃ厄なんてどこにもないんだよ。君が心に創った厄を祓った積もりになってるだけだろ。君が厄を持ったままで神社にお参りしたって、神さまは何も叶えてくれないんだよ。君がやることをちゃんとやらなきゃ御利益なんて永遠にこないんだぜ。

祓うものが全然違うんだな。祓うも払うも同じことだぜ。お支払ってのは「ゼロ」にすることだろ。「ローン」のお支払いもちゃんとできない奴に、本当の厄払いはできっこないんだよ。「ローン(借り/メグリ)」を清算して「ロン(あがり)」だよ。いつまでも清算を伸ばしていると大変なことになるぞ。本当の厄ってのはね、君が後生大事に握ってる「嘘」のことだよ。君の心に嘘があるから、本当のことを教えるために厄に見える出来事が来るんだよ。神さまが、君が祓った厄を返してくれてるんだよ。自分に都合が悪いからって、それをまた追い返したらどうなると思う? またまた追い返しただけの厄が来るってもんだろ。君が出したものが君に戻って来てるだけなんだけどね。君が分離した「もう一人の君」を神さまが君の所へ再び案内してくれてるんだよ。君がもう一人の君と仲良くしなくちゃ平和にはならないからね。君の心の中が喧嘩するのをやめなくちゃ君の回りの喧嘩もなくならないんだよ。最後の最後は、君が祓った厄を全部纏(まと)めてお返しするから、絶対逃げられないんだぞ。

君が祓ってるのは君自身なんだぞ。君が持ってる厄をそのままにしておいて、福ばっかり追いかけて、せっかく来た天国への種(厄)を追い返すなんてバカだねぇ~。君が厄を持ってるから厄が来るんだよ。外は鏡。追い出した自分を君自身が引き受けなくちゃ君の心のお掃除は進まないぜ。厄を祓うだけますますホコリが溜まるんだよ。ホコリのある奴が人のホコリ祓いを手伝ったって、ホコリを溜める方法を教えることになるだけだろ。自分で自分のお掃除の手間を増やして、君はいったい何をやってるんだい? 今の君たちはホコリだらけだぜ。きったね~奴らばかりがウヨウヨしてんだよ。見苦しいぜ。ホコリを持ったまま誇りを持つのは君の勝手だけどさ、お庭やお部屋のお掃除とか重油や核のゴミ処理とかゴミ問題の議論とかにウツツを抜かす前に、まずは自分自身の心のお掃除をしたらどうだい? 3000年を1年って考えればさ、神さまの「年末大掃除」がもうすぐ来るんだけどね。完全にお掃除が終わらなきゃ「本当の初詣」はできないよ。どうする?

                           ウナム

元つ話 369  君のハラには三千年もずっと「嘘」が居座ってるんだよ

2012-07-18 Wed : 長谷章宏語録 
長谷先生への神さまからの情報ってのは、長谷先生が判断する暇もなく、次から次へと心に出てきて消えないんだよ。長谷先生自身の心の声は、まずは、とにかくノートに書き取らないと、何も手に付かないし、混乱しちゃうんだよ。長谷先生だってノートに書いてから読むことになるんだから、長谷先生に操作なんて出来っこないだろ。長谷先生の手紙(本)ってのは、長谷先生が自分勝手に都合よく書こうとしたって、見事に混乱して具合が悪くなって、筆が止まって書けなくなるんだよ。長谷先生だって初めは信じられないことばっかしだったんだぜ。神さまの力を一番知ってるのは長谷先生自身だってことさ。

本当の神さまは「竜」なんだぜ。今の世にゃ本当の神様のフリをしてる「邪(蛇)竜」がウジャウジャいるけどね。「蛇」ってのは地を這ってるだろ。どうあがいたって「竜」にはなれないんだよ。せいぜい「コブラ」止まりだね。「平面」で睨み合いをしてる奴らじゃ「立体」の神様には敵わないんだよ。「蛇」がどんなにアタマを上げたって「竜」には敵わないってことさ。Фの理屈で⦿に対抗しようったって無駄なことだ、って言ってんだよ。アタマФじゃハラ⦿には絶対に勝てないんだよ。「龍」と「蛇」が似てる(似ても似つかないけど)ってのはね、神さまがこのことを教えてる型示しなんだよ。今の人間の世界じゃ「龍」は「架空の動物(今までが仕方ないけど、本当は「動物」なんていったら失礼なんだぞ)」ってことになってるけど、そりゃそうだよ。それは、神さまが、まだ人間の世界に姿をみせてないって証拠なんだ。神さまは最後の最後に登場するんだからね。

「空想の世界」や「想像上の動物」ってのはいったい何だい? 「龍」ってイメージがどうして人間から出てくるんだい? 神さまは「人間の心」に出して「人間の肉体」を通して形にさせることができるんだよ。「言葉」や「絵」ってのは、いつかどこかで誰かが形に表現したものだろ? 「神様」っていう「図形」が、どうして「この世」にあるんだい? 神さまは神さまの仕組みを教えるために、誰かを通して「暗号」を表現させてあるんだよ。この世にあるものをすべて統合していけば、神さまの計画も意志も見えるんだよ。一つでも否定したら、見事に隠れるんだな。「想像(空想)」ってのはね、肉体で認識した「霊界」の景色だよ。魂が肉体の目から「神の世の姿」を見てるってわけだ。それが「イメージ」なんだよ。霊界を現界で認識する仕組み「形示し」だな。空想だって何だって、肉体で認識できる形になってるものは、すべて霊界に存在するものなんだよ。霊界にあるものが本当の「実物」なんだぜ。現界は霊界の映しなんだよ。霊界にあるから現界にあるんだよ。『そんな馬鹿なことを言ってないで~』なんて言ってたら天国は消えるんだよ。Фの世界を語る奴は幽界人だよ。⦿をそのまま生きなけりゃ永遠に天国はないぞ。

「キリスト教グループ」によれば、アダムとイヴはヘビに騙されて「知恵の実」を食べたんだろ? 神さまの言うことを無視したから「エデンの園」を追い払われたんだろ? つまりは、「ヘビの知恵」を捨てなけりゃ(神さまを信じてるってことを身をもって示さなけりゃ)「エデンの園」には戻れないんだよ。「ヘビの知恵」ってのは、嘘つきの知恵、騙しの知恵、悪魔の囁き、自分だけ得しようとする「悪知恵」ってことだよ。君たちは「怖いお父様」より「優しいお母様」が好きだから「天使の誘惑」にすぐ乗りたがるけど、いったいどっちが悪魔なんだかねぇ。君たちが「おっかないもの」を勝手に悪魔に仕立てて、勝手に逃げ回ってる「一人芝居」だろ、結局は。シャンとオメメを開けてよ~くご覧あれよ。蛇は獲物を丸飲みにするんだよな。よく考えもせず聞いたことを鵜呑みにする今の君たちそのものだろ。龍は噛み(神)砕いて咀嚼して食べるんだよ。聞いたことを自分でよく考えて納得して取り入れるんだな。今までの「蛇の常識Ф」に囚われてると、それこそ「蛇同士の共食い」で全滅だ。「蛇同士の試合」で優勝した「最期の蛇」は神さまが直々に退治するから、蛇は全滅だってことだよ。君の心の蛇Фを退治してくれよな。

神さまを忘れた後の「知恵」が作り出したすべての「知識」ってのは、すべてのすべてが嘘の嘘、まやかし(幻)なんだよ。『そんなのは嘘だ』だって? 本当しかない奴が『嘘だ』って言うかい? 『私は嘘だと思う』だろ。『嘘だ』って言うのが嘘を持ってる証だよ。長谷先生も『嘘だ』って言うけど、本物の目から見て『嘘だ』って言ってるだけだよ。君にはわかるかな、この違いが。嘘を基にして作りだす仕組みもシステムもノウハウも嘘に決まってるだろ。嘘つきが造る作品はすべて嘘だよ。川上に嘘を流したら川下は嘘に染まるのが道理だ。『そんなことは認められない』って言うのが嘘に騙されてる証拠だよ。いい加減にシャキッと目を覚ましたらどうだい? 川上に桃タロさんの桃(モモ/百/神さまの智慧/⦿)を流さなけりゃ、川下は神さまの世界にはならないんだよ。君の心に嘘があったら君の現実は嘘だらけだってことさ。君が語ってる現実や、君が『悪だ』って言ってる奴は君の嘘が創った幻だよ。君の心の鏡さ。何でもかんでも人ごとだと思って聞いてるから何もわからないんだよ。この世界の仕組み=君自身の仕組みなんだよ。

君っていう魂が生まれてからもう三千年も、君のハラにはずっと「嘘」が居座ってるんだよ。君の回りが嘘ならば、君が今まで教わってきたことはいかなるものでござりましょうか? 君の心にいらっしゃるのはいったいどなた様でござろうか、ってな。本当のことを何も知らないのが証拠だろ。何でもかんでも疑うのが証拠だよ。都合悪いことがあるとすぐ誰かのせいにするのが証拠だよ。屁理屈こねて逃げ回ってるのが証拠だよ。神さまを研究してるのが証拠だよ。君の心に嘘があれば君の現実は嘘になるんだよ。君のハラの真ん中に嘘が座ってれば、君の回りの四方八方全部が嘘になるんだよ。「八股の大蛇」が真ん中にいれば、君の回りの八方全部がオロチの頭に牛耳られるってわけさ。本当の神様は「丑寅(うしとら)(艮)のコンジン様」で丑だけど、牛違いの神様に仕切られてるってわけよ。教えてくれた先生や教祖様たちが悪いんじゃなくて、本当のことをキレイに忘れて嘘を見破れなかった君が悪いのさ。『嘘だ』って思っても『そんなことを言ったらヤバイから』っていつまでも回りの言いなりになるのを選んできた君自身のせいだって言ってるんだ。

                            ウナム

元つ話 368 恐れや欲を使って操作する奴に同意してるから

2012-07-17 Tue : 長谷章宏語録 
「普通」って「特別」がないことだろ。「人」ってのはね、一から十まで自分で出来る「一十(ヒト)」であって、「人」になるまでの間を「人間」って言うんだよ。「ヒト」の性⦿と「ケモノ」の性Фを統合する修行の「間」を「人間」って言うんだよ。「人」と「人間」をきちんと区別して使ってくれよな。「ヒト」ってのは「自分のことは自分で出来る神」なんだぜ。自分のしたことをちゃんとわかってる奴のことだよ。『どうしたら~』『なんで~』『あんたのせいだ』『わかんない』『いいんでしょうか?』云々なんて「無責任」な「?だらけ」の奴は「人」なんて名乗るのはおこがましいことなんだぜ。肉体上の生物学の分類で「ヒト」科なんて都合よく使わないでくれよな。言葉を「自分に都合のいい加減」に使わないでくれよな。今の先進国にゃ「ヒト」なんてただの一人もいないんじゃないか?

今の社会にゃ、「普通(中庸/中立)」じゃなくって、「特別」が好きな奴らがたくさんいるよな。自分は人より上なんだ、自分は人より可哀相な奴なんだ、云々ってな。誰かが自由にしたら自分が困る奴らのことさ。誰かに何かされたら自分が困る奴らのことさ。お山の大将になって偉ぶってる奴とか、被害者やって威張ってる奴とか、誰かをどうにかしなくちゃ、誰かに何かしてもらわなくちゃ、自分が困る奴らばっかしだろ。お山の大将の脅しに小さくなってる奴らや、被害者の苦情や文句にご機嫌とりをしてる奴らも同じことさ。上から下から、人をコントロールして管理して仕切って、怖いことは何とか避けて『何とか楽して生き延びよう』って奴ばっかしだろ。自分の状況は全部自分の生き方の結果だぞ。「泥棒の大将」も「被害者」も、どっちも威張る資格なんてないんだよ。騙して脅してお金を奪うのも、被害者やってお金を奪うのも、同じことだよ。君が本当に自立して生きてりゃ誰の自由も誰のお金も奪うことなく「自由」に遊べる筈なんだよな。

君たちの社会(宇宙)は、「楽」や「得」を吸い取り合ってる「ブラックホール」ばっかしだよな。「略奪ゲーム」の中じゃ「ホワイトホール」は見えないんだよな。誰にも質問せず、誰にも迷惑かけず、誰にも文句を言わず、誰も操作しない「自己責任」をとってる「本当に自立した」奴なんて一人もいないじゃないか。「自立」ってのは「一人暮らし」のことじゃないぞ。「自分のことは自分で決められる」「自分で自分のことを世話できる」ことだよ。「完全自立してない」奴ら同士が集団を創ったって「自由な社会」なんてできないよな。神さまどころか「神サマ」の正体も「自分自身」の正体もわからないで好き勝手なことばかっかしやってる奴らだらけだろ。「わからない」奴が「わからない」奴を導いたって、「盲」が「盲」の手を引いたって、永遠に「天国」には着かないんよ。生きつく先は「永遠の滅び」だよ。『自分のことは自分で全部決められる、誰が何をしても全く影響がない人間』を「自立した人間」って言うのさ。そいつがそのまま肉体を脱げば「ミロクの民(地上天国の住人/ヒト)」になる、ってカラクリだよ。

今世の肉体の状況や形を武器にしてアレコレやってるようじゃミロクの民なんておこがましいぞ。何でもかんでも形で比べて、形が平等が、どっちが悪か、どっちの責任か、なんて、平和や平等や自由や責任をはき違えてる奴らばかっしだから、目茶苦茶になっちゃうんだよ。苦情を言うのは当たり前だ、訴えるのは当然の権利だ、なんてワケのわからないことを言ってると、天国なんて永遠の彼方だぜ。形に現れた(肉眼で見える)人間の姿形や言葉の表現だけを見て『こいつは本当の神様かどうか』なんて探りを入れてると、本当の天国なんて空の彼方の永遠の空想の世界になっちまうぞ。神さまが隠れてる間は好き勝手できるけど、出てきたらもう駄目だぜ。戦いを全部解禁にして最期の大掃除をするんだよ。悪は自滅、共倒れ。君がちゃんと自立してなきゃ「⦿とФ(⦿とФ)」の霊戦に巻き込まれるぞ。神さま側⦿についてなけりゃケモノФ(◑と◐)の共食いで自滅だぜ。

神さまってのはね、「神界」にいるんだぜ。神さまはもう「表(現界)」に出てるんだけど、神さまの姿ってのは人間からは見えないんだよ。姿は見えないけど、人間の心に意志を伝えられるんだよ。人間の心に現れて、本人が拒否したって、肉体で表現させることができるんだよ。長谷先生がコレを書いてるのがその証拠だけどね、長谷先生のような人間を使って、人間にわかるように神さまが形にして教えるってわけだ。いつまでも「外」に神さま⦿(真実/天国)を探してる奴らばっかしだから、外に⦿の鏡(内に戻す鏡)を創らなきゃ、偽の神サマФに引っ掛かりまくって、一人残らずおっ死んじまうからな。

この手紙はどう逆立ちしたって今の君にゃ書けね~だろうがよ。長谷先生が今までの「人間心Ф」を持って操作してやろうったって、そんなことは神さまは許さないんだよ。人間を操作(制御)できるのは「神さま」だけなんだよ。人間が人間を操作できる(ように見える)のは、恐れや欲を持ってる奴が、恐れや欲を使って操作する奴に同意してるからさ。操作される奴が、自分自身を操作してるから、外の奴の操作に引っ掛かるだけのことだよ。『死んだらこまるな』って思ってる奴は『殺すぞ』って言われたら言うことを聞いちゃうだろ。『人が人を操作できる(人が人を助けられる/人が人に助けてもらえる)』なんて思ってたら、本当のイノチがなくなるぞ。本当の死ってのは、君の魂がなくなることだよ。Фの世でつくった「自分」が死ぬのを怖がってると本当に死んじゃうぞ。君が⦿してりゃ肉体がなくなったって、君は生きてるんだよ。君が君に嵌めてた「セルフマインドコントロール」を外さないと、永遠に「Фのコントロール」から出られないで死ぬぞ。

                            ウナム

元つ話 367 「1魂1回限り」の条件で「ルール違反の清算」のチャンス

2012-07-16 Mon : 長谷章宏語録 
長谷先生の語る21世紀と、君たちの語る21世紀と、どっちが本物だろうねぇ。今のところは両方とも「宗教」だよな。どっちの「宗教」にに基づいて生きていった方が「問題解結」ができるかね? 君たちの語る21世紀は「問題が残る」どころか、ますます「問題が増える」んだろ? いつになったら「世界平和と地上天国」が実現するんだい? 「超高齢化(超少子化)」が加速すれば、とどの詰まりは「人口0(人類滅亡)」じゃないのかい? 君たちに子供の数を増やしたり減らしたりできるのかい? 『SEXをするかしないか』は「助成金(罰金)?」で操作できるけど、子供が産まれるかどうかは別問題なんだよな。「胎児」を受精させるのは神さまなんだから、君たちに「人口調整」なんてできるわけないだろう。君たちが操作できるのは「自分自身の心」だけだよ。『「科学」が発達すればするほど問題が増える』ってのはいったいどういうことなんだい? 「難病」や「事故」や「犯罪」が増えるってのはどういうことだい? 「地震」や「噴火」や「気象異変」等々はいつになったら100%予知できるんだい? 「宗教」も「科学」も『死後の世界とは?』にハッキリと答えが出せないってのはどういうことだい? 「神様」や「生死」や「幽霊」について、「科学」でハッキリと説明していただけるんでしょうか?

「本当の神様」ってのはね、君たちの言う「宗教」は創らせないんだよ。「本当の宗教(終教)」ってのはね、自分の言うことを自分が聞く、つまり、自分が自分の教祖であり自分が自分の信者である「自分教」なんだよ。「神さま教⦿」の教義は「完全自由⦿」だよ。「制限」や「禁止」や「戒律」や「罰則」や「対立」や、そういうものは一切ないんだよ。「神さま教⦿」に反したら、本来なら、その瞬間に「死刑」なんだけど、神さまの特別サービスで、「1魂1回限り」っていう条件で「ルール違反の清算」のチャンスをくれたから、君たちが今ここに生きていられるんだよ。21世紀ってのは、神さま教⦿に戻る世界だから、神サマ教Фの信者は一人たりとも生きられないんだよ。神さまのルール通りに「死刑」だよ。神さまの目から見れば、「真釣り⦿外しのФの人類3000年の歴史」なんて「幻」なんだよ。神さま世界の「無限時間」と比べれば、神さまはルール違反はしてないんだよな。今度次元転換したらФは永遠の消滅だから、結局は、神さまの世界にはФは存在しないんだよ。⦿に戻らないと、君は『神さま世界に存在していなかった幽霊』と同じなんだ。「Фの人類の歴史」は、君たちの視点で見たら「アル」けど、神さまの視点で見たら「ナイ」んだよ。⦿に戻れば、今までの歴史と共に君は永遠に生き続けるよ。⦿に戻った奴には「人類の歴史」は存在するけど、Фの奴には「幻の歴史」なんだ。

神さまが語る言葉ってのは、誰でも聞けるんだよ。君自身の心の声として聞こえるんだからね。神さまが『やりなさい』って言えば、君は『やろうかな』って思うんだよ。わかるかい? それが「本当の神様の声」なんだよ。「本当の神様」は、命令なんてしないんだよ。「完全自由の完全自己選択」だからね。「自己責任の原則」だから、君の選択した通りに君が体験するだけだから、神さまにとっちゃ、君がどういう選択をするかは関係ないんだよ。最後はФしてれば「永遠の消滅」だぞ。ま、そうは言っても、結局は、君が⦿に戻れるように導いてくれてるんだけど、君が無視し続けただけだよ。『やろう。でも、いいのかな?』って言えば、神さまを無視してるんだぜ。君たちはすぐ『いいのかな?』って言うけど、神さまは全部◯なんだぜ。『いいのかどうか?=駄目』があるルールは全部「駄目」なんだよ。『駄目だ』って言うのが『駄目』なんだよ。Ф自体が×なんだな。⦿なら◯だよ。最後には、神さまは本当のルール⦿に基づいて「悪の抹殺」をするけど、君が⦿してれば抹殺されないんだから、神さまに文句言う筋合いはないだろう。全員⦿なら全員助かるし、全員Фなら全員助からないんだ。完全自己選択だよ。今まで、神さまを無視してきたから、君たちには葛藤や問題ばっかしなんだぜ。本当の宗教の信者にならなくっちゃ、本当の神様も本当の天国もわかるわけないんだよ。神さまの宗教にゃ「教団」や「教会」はいらないんだよ。自分の肉体が「神社」で、出合う人は皆「氏子」なんだよ。

本当の仕事ってのは、自分が自分のために奉仕して自分の為にお金っていう道具を寄付するんだな。その結果として誰かのお手伝いになるんだよ。お互いがお互い(他)を楽にする、それが働く(他楽)ってことだよ。君が君に寄付や賽銭を渡すんだよ。自分は何も提供しないで、お金だけ泥棒して楽しようとしてる奴らが何と多いことか。魂には『出来ない』なんてセリフはないんだよ。君が自分で『できない』んなら黙ってやってもらうことだね。君の方がお願いしてるのに、文句や苦情なんてどっから出てくるんだい?

君が「障害者」や「病人」なら、君がしてきたことを清算するための肉体なんだから、不自由にしたのは自分なんだから、言い換えれば、その肉体が欲しいと言ったのは君なんだから、文句言わずにその不自由をそのまま辛抱してれば、君は天国になるんだよ。『俺はそんなことは言ってない』って言うのはФしてる証拠だろ。原因があって結果があるんだよ。君が今そのセリフを吐いてるなら、今までずっとФしてきたんだから、言わば、●(不自由)を相手に押しつけてきたんだから、今不自由なのは当然だろ。◯+●=⦿。君がしたこと相応に、今世で全部清算できるようにしてくれてんだから「不公平」でも「不平等」でもないんだよ。形だけで見てるとアベコベになるぞ。今世の姿形ってのは、君のすべての生の結果なんだぜ。今世ですべてを清算できるようにしてくれてるんだぜ。どんなに苦しくっても、その状況が君にとっては一番楽なんだよ。形だけ見て勘違いするなよな。一人一人が自分のしたこと相応なんだから形だけ見て比べたって意味がないんだ。

「本当の神様」の言うことが本当にわかったら、最期は、何でもわかる、何でも自分で決めて自分で出来る「普通の人間」になるんだよ。この世も神さまの創った世界だから、日常生活の中で自由にならなくっちゃ嘘なんだよ。使う道具が違うだけだから、この世で自由になれば、あの世でも自由なんだよ。21世紀でも自由なんだよ。「普通の人」ってのはね、文句一つ言わずに、自分の世話は自分で出来る「人」のことだよ。

                            ウナム

元つ話 366 無理やり強制しなければ実現しない思想、それは全く中身のない戯言である

2012-07-15 Sun : 長谷章宏語録 
神と人が同じハタラキをしているというならば、それを証明して見せてもらいたい。あなたが無から何かを産み出せるというのだろうか。自らの命を自らで生かせない者が、万象万物の営みを司ることなど出来るわけが無い。親があって子があるのであり、神があって人があるのである。神と人が平等であると言うならば、それは、神無き世であることを意味し、それを基にして世を進めれば、すべてが乱れる。ましてや、人が神を、女が男を、科学が宗教を従える世であるならば、それは、真逆さまの世である証となる。真逆さまの世は、すべてが崩壊に向かう世であり、その結末は破滅に至る。そのままなら、すべてのすべてが無に帰す。本当の神を闇に葬った現代社会は、究極の闇の世界であることは疑う余地もない。闇の世の向かう先は更なる闇である。本当の、人の道を外した世界なのである。先に生まれた者が後に生まれた者を支え、後に生まれた者は先に生まれた者に従う。それが、神と人が真釣り合った、天地の理法に従った生き方である。真釣り合って生きれば、世は乱れることはない。先に生まれた者が後に生まれた者を支配し、後に生まれた者が先に生まれた者に言挙げする。現代社会が、天地の理法を破った世界、真コトの生き方とは、真逆さまの世となっていることは、議論の余地は無い。今のままの生き方で世を進めても、永遠の天国どころか、すべてのすべてが水の泡と消える運命が待っている。真釣りの生き方に戻らないならば、あなたは永遠の滅びの世界へと歩を進めていくことになる。

それぞれがそれぞれの役割をキッチリ果たして、初めて、平和な世界が作れるのである。全くアベコベの世界にした者たちが、大元の取り違いに気づかずに、天秤の釣り合いを世界の目標にしても天国にはならない。形の世界で平等を語り、あれこれと仕組みを考え出して右往左往しても、ますます世を乱して、自らの清算の苦しみを増やすだけのことでしかない。子が親を殺し、女が男を操る。外国が日本を殺し、蛇が竜を操る。逆さまである。誰かが誰かを力で封じ込めたり、操ったり、無理やり強制しなければ実現しない思想ならば、それは、全く中身のない戯言である。税金を増やして国を立て直すために児童手当を拡充して子供を産ませる。金で国を操る現代社会には現代社会を天国にする方法はない。正神真神の真釣りの掟通りにしない限り、人類が望んでいる本当の天国は絶対にできない。

神同士が喧嘩をする、宗教同士が、国同士が争う。喧嘩をしている神は、お互いに、本当の神ではない。お互いに、相手は悪魔である。神は悪魔、悪魔は神である。神と悪魔、ではない。正義と悪ではない。引っ繰り返せば、神が悪魔であり、正義が悪である。お互いに鏡を見ているのである。分裂の響きを持っている事には変わりは無い。分裂の響きを持っている者同士の分裂の響きの世界の出来事に過ぎない。神であり悪魔である、光と闇を併せ持つ、その神を生み出したのは誰なのか。分裂の響きを持っているその本人が、戦いを生み出した源である。神と悪魔、生と死、光と闇、自分と他人、正義とテロ、を見せている源である。その本人が、分裂の響き自体を、分かつ知を闇に葬れば、すべてのアヤマ知も消え、過ちも消え、生も死も消える。生死が死ねば、境が消えれば、本当の生が復活する。元からあるものは蘇る。あの世が実体であり、この世はアヤマ知の幻想の世である。

                            ナムウ

元つ話 365 様々な「おどし」それが実は自分自身をも制限することになっていることを知らずに

2012-07-14 Sat : 長谷章宏語録 
 あなたの人生は自作自演のドラマ

 このように、あなたの人生は、あなたのシナリオに基づいて、あなたが演じている、自作自演のドラマなのです。脚本、演出、監督、主演、美術、大道具、小道具、撮影から観客、批評家まで、すべてあなたが、勝手に、自由に、一人でやっている「一人芝居」なのです。あなたが周りを気にしているときは、それを見た人が、あれこれ言うことをあなたが気にしているだけのことです。

 あなたのシナリオをあなた以外の人が書き換えることはできません。あなたが誰かの言うとおりにドラマを演じているとしたら、それをその人の責任にしたとしても、あなたがシナリオを書き換えることを選んだ結果なのです。あなたのドラマの中で何か不都合があると感じたら、あなたの創ったシナリオをその場で書き換えれば済むことです。

 あなた以外のすべての人も、あなたと同じゲームをやっています。お互い自分のシナリオをそのままやり通そうとすることから、様々なトラブルが起きているのです。あなたは、あなた以外の人に対しては、自分のドラマに出てくれるかどうか交渉できるだけです。その人が承知してくれなければ、別の人を探せばよいのです。「時間がない」「そんな暇はない」「絶対この人でなければ」と言うのは勝手ですが、無理やりあなたのドラマに出演させる権利はありません。

 あなたは永遠の時間を持っています。慌てることはないのです。あなたが慌てているとしたら、それは、あなたの外側にある時間をあなたがシナリオの中に取り入れているだけのことです。

 今ここにいる人達のドラマは、「犯罪」と呼ばれるかどうかは別にして、様々な「おどし」で成り立っているようです。それが、実は自分自身をも制限することになっていることを知らずに、平気で、シナリオ通りに、段取り通りに、予定通りの登場人物で、無理やりにドラマを進めようとして、苦労しあっているのです。わざわざ苦しまなくても、人生のドラマを創っているメカニズムを知ること、そして、そのメカニズムに忠実にシナリオを書き換えながら演じていくことで、あなたが欲しい現実を楽に創りだしていくことができるのです。

 あなたの人生は、あなたが勝手に決めたシナリオを形にしているドラマです。人を強制する資格はありません。あなたが、どんな理由を付けようとも、あなたが要求することは、すべてあなたの自分勝手な理屈に過ぎないのです。これをどうするかは、あなたの自由ですが、トラブルやストレスを感じる結果になるにしろ、楽しいゲームができる結果になるにしろ、あなたの選んだ行動は、すべてあなたに返ってくるのだということを理解しておいてください。

 今までのあなたの人生が、あなたの望んでいるものではないならば、自分が本当に欲しい人生のドラマを生きはじめるために、もう一度、今までの人生における制限の部分、責任転嫁をしている部分、ストレスに感じる部分について、見直してみてください。それをすることが、新しい時代の生き方にもつながっていくことになるのです。

                          アキヒロ


神には「不幸」や「悩み」というものはないのぞ。神は喜びだけであるぞ。苦あるのはオカシキことであるぞ。苦あるのはそなたの責任転嫁の証拠であるぞ。自らのしていることを自覚して神成る修行をすることぞ。そなたが肉体の世界で苦しみ、痛み、辛さ、不幸等々を感じているときは、今までの真釣り外しの清算をしてくれていると思うことであるぞ。神がそなたの肉体を使って清算してくれているのぞ。自分の苦しみを人のせいにするでないぞ。自分の辛さを人にグチグチ言うでないぞ。人に言っても不調和まき散らすだけぞ。不幸がきたら感謝であるぞ。そなたの身に覚えがなくても、今までの過去の人生のどこかでやったことであるから、肉体に形になっていることが証拠であるから、素直に感謝してお詫びして改心することであるぞ。そなたの外側に○×が見えたとき、外側に責任が見えたときは、そなたがそう見ているのであるぞ。そなたが体験しているのはそなたがした結果であるぞ。そなたが見ているのは自分の内側であるぞ。そなたの肉体の体験というのはそなたの身魂のしていることの結果であるぞ。
                           章

元つ話 364 選択したものをあなたが体験するというだけ

2012-07-13 Fri : 長谷章宏語録 
 あなたがやると決めれば不可能なゲームはない

 あなたが、今までに教えられてきたすべての観念は、絶対普遍のルールではありません。あなたが「自分には使えない、うまくいかない」と思えば、自由に取り替えてよいのです。あなたがはめている枠、あなたが制限だと思っているものは、すべてあなたが選んでいるものです。「でも、そんなことはできない。なぜならば、・・・・・・」というのも、あなたの中のひとり言です。

 あなたのしていること、しようとしていることを、「やめろ」ということは簡単です。でも、あなたが本当にやることを決めているならば、とめることは不可能なのです。無理やりとめようとすると、命を落とすことになりかねないのです。あなたが、あなた自身の人生を創りだすパワーというのは、それくらい凄いものなのです。

 あなたが「やる」と決めれば不可能はありません。「できない」というときは、あなたがとめているだけのことです。「できない」理由は、あなたの外側にはありません。あなたが何かを怖がっているだけなのです。あなたが「いつまでに」「こういう方法で」「この人と」「こういう状況にはならないで」「できるだけきれいに」等々、たくさんの条件を満たそうとして、わがままを言っているだけなのです。あなたは、要するに、自分のしたいことができたという体験ができればよいのです。あなたの注文が多いほど、あなたのシナリオを実現することは難しくなるということです。それはあなたのやっていることであって、誰かが邪魔しているとか、難しくしているとかいうわけではないのです。


 あなたの人生のシナリオは自由に書き換えできる

 あなたの人生のシナリオは、あなたが自由に書き換えることができるのです。人が何と言おうと、あなたの人生はあなたのものです。家族ですら、あなたとずっと一緒にいるわけではないのです。あなたは一人で生まれてきて、一人で死んでいくのです。あなたの人生は本来、あなたの「自由意志」を使って自由にシナリオを創り、それを演じていく、あなたが主役のドラマなのです。

 あなたが、何か自分の外側にあるものに制限されていると感じているならば、その制限は自分がはめているものであることに気づき、自分でそれを外そうとしなければ、あなたが欲しい人生は永遠にやってくることはありません。

 あなたの人生、あなたの体験というのは、「あなたが、あなたの選んだルールで、あなたの意識の中で想像上の物語を創り、それに基づいて行動した結果なのだ」ということを理解しておくことです。

 あなたの体験のすべての源、原因、責任は「あなた」なのです。あなたを制限できるのは、あなたが選んだ(信じている)ルールだけです。あなたが「できない」と決めれば、絶対にできません。あなたが持っているルールに従って、あなたのシナリオを創り、それに基づいてあなたの行動が決まるのです。あなたの人生は、あなたの意識が創りだすドラマであるということです。あなたが制限付きのシナリオを創ったならば、あなたのドラマも制限付きのものが出来上がるということです。あなたの意識が形として表現されているのがあなたの体験するドラマです。あなたが「できない」と言えば、そういうシナリオができ上がり、後は、それをそのまま形にしたものをあなたが体験するというだけだということです。

 あなたが体験しているものは、意識のシナリオが創りだす産物なのです。そのシナリオを変えない限り、あなたの体験するドラマは変わらないのです。現れている形を変えようとしても、それは無駄な努力だということです。あなたの人生を制限付きの人生にするのは、あなたなのです。あなたを苦しめているのは、誰でもない、他ならぬあなた自身なのだということをしっかりと覚えておいてください。そうすれば、お互いに何のメリットもない、責任追及のトラブルゲームをすることはなくなります。

                      アキヒロ


そなたが、今ここで「天国」を生きていればどこへいってもどうなっても天国なのであるぞ。そなたが天国ならば、今ここで死んでも天国であるぞ。新しい世の民にもなれるのであるぞ。次の世がどうなるか、死後がどうなるか、社会がどうであるか、これから何が起きるかを気にする必要はないのであるぞ。そなたの外で、物質の世界で、何が起きるかを心配するのは、神成る修行が足りない証拠であるぞ。そなたが体験からこの道理が分かったときに、そなたは初めて笑えるのであるぞ。本当に安全なのであるぞ。神成る修行をしたことになるのぞ。そなたらには一人として本当に笑える者はいないのであるぞ。神の修行をせずに今ここにあるものを楽しんで最後の人生を終えるか、神の修行を終えてから神の世界にいくまで今ここにあるもので楽しむか、大きな違いであるぞ。

                          章

元つ話 363 自分自身の中で自分が創っているシナリオが原因

2012-07-12 Thu : 長谷章宏語録 
 あなたの考え方に同意する人は必ずいる

 学校や会社でやっている「会議」は、その集団に共通する何かを手に入れるためにどうしたらよいか、を決めるゲームです。「どの考え方がもっとも効果を現すのか」ということは、やってみなければわかりません。でも、集団で何かしようとするときは、必ず、一つの答えを出す必要に迫られるのです。多数決というのは、そのための道具に過ぎません。あなたが何処かの集団に所属して、そこから何か利益を得ることを選んでいるならば、そういうゲームが必要であることを納得し、文句を言わずに従う事が必要なのです。本来は、答えを一つに決める必要はないのですが。

 あなたの考え方が否定されたからと言っても、それは、その集団のゲームの中での話で、別の所ではあなたの考え方が大勢をしめるかもしれません。その集団に所属し続けるかどうかは、あなたが選べばよいことです。いたくないのにそこにいるということは、あなたは何かを怖がっているのです。それを手放すよりも、その集団の中で我慢しているほうがよい、とあなたが決めているだけです。あなたがそこでどんなにつらい体験をしたとしても、それはあなたが出した結論です。あなたは自由になろうと思えばいつでもなれるのです。そして、それをとめている「でも・・・・・・」というあなたが持っている理由も、あなたが選んでいるものであることに気づいてください。

 あなたの意見がどんなに「非常識」に見えたとしても、あなたの意見と同じ意見を持っている人は必ずいます。あなたがあなたと反対の意見の人の中で、抵抗するゲームを続けるか、自分の意見を主張しつづけて、同じ意見の人に出会って、その中で楽しいゲームをするかは、あなたが選べばよいことなのです。あなたが周りに自分の意見を認めもらおうとするとき、あなたは苦労することになります。反対の意見の人たちの中に居続けることになるだけですから。


 あなたの体験はすべてあなたの選んだシナリオの結果

 いずれにしても、あなたがしている体験は、すべてあなたが選んだ観念を使って組み立てたシナリオに基づいて行動した結果なのです。すべての考え方、出来事には、決まった意味はありません。そこに見えている意味は、すべてあなたがつけているものなのです。それはすべて、生まれたあとで誰かに教わって、それに同意して、目の前のものに自動的にその意味を見ているだけなのです。あなたの付けている意味は、あなただけのものです。

 すべての考え方は、「自分にとってどうか」という視点でしか価値判断はできません。その意味付けが、あなた以外の人の考え方の価値、その人の評価だと見るのは、あなたの自分勝手なゲームに過ぎないのです。あなたの行動した結果がどんなものであっても、それは、あなたの一人芝居が創りだしている作品だということを覚えておくことです。

 あなたの人生のシナリオは、あなたが今までに学んできた「これはこういうことだ」「これはこうすべきだ」「これはこうしてはならない」「これはよいことだ」「これはわるいことだ」等々の様々な観念、価値観、定義付けの中から、自分が選んで自分が使っている自分のルールに基づいて構成されています。

 あなたは、「これはこうだからこうしなくてはならない」とか「これをしたいけどこうしてはならないからだめだ」とか、すべてあなたの意識の中でやっているひとり言の末に出した結論を行動に移しているのです。ところが、その結果を見て、自分の思いどおりにならない(シナリオ通りに答えがでない)と「なぜ、うまくいかないのか?」と、自分の外側に原因を探し、「あんたがこんなことを言ったからだ」「あんたがするなと言ったからだ」「あんたがこんなことを教えてくれなければよかった」と人の責任を追求するゲームを始めるのです。もともとは、自分自身の中で自分が創っているシナリオが原因なのです。あなたが行動した結果は、すべて、あなたの責任です。うまくいかないならば、自分の選んでいるルールを見直して、もう一度、シナリオを組み立てなおせばよいことなのです。

 あなたの外側に責任を見つけようとしても、あなたの思いどおりにならないことをあなた以外の人の責任にしようとしても、それは、お門違い自分勝手なゲームだということです。

                          アキヒロ


神のルールというのは「自分のしたことは自分で責任をとる」ということであるぞ。そなたのしたことはすべてそなたの選択の結果であるぞ。人や神や社会のせいにしている者、人や神や社会に頼っている者、人や神や社会を善悪○×損得で判断している者、自分の外側に神を探している者は、改心(改神)が必要であるぞ。人や社会が何と言おうとそなたが人の責任にせずにやればよいのであるぞ。神に善悪、○×はないのぞ。神に失敗はないのぞ。何をしてもよいと言っても、殺人や泥棒やいじめ等々は「人の責任ゲーム」の結果であるぞ。そなたのしたことを判断している者と議論するならば、そなたは神のルールではないぞ。迷惑というものはないのぞ。人のしていることを善悪○×損得で判断することが迷惑であるぞ。皆自分勝手であるぞ。神の自分勝手をすることであるぞ。

                          章


元つ話 362 「問題児」や「悪人」というのはいない

2012-07-11 Wed : 長谷章宏語録 
 視点を変えることで問題は問題でなくなる

 あなたの考え方を「悪い」と決めつける人や決めつける集団があるとすれば、あなたの考え方がその人やその集団にとって都合が悪いというだけに過ぎません。あなたから見れば、その人やその集団が都合が悪いのです。「問題行動」というのも、ある価値観に基づいてみるとそうだというだけです。「学校制度」や「法律」においては、ある価値観を正しいと決めて、それにそって、「悪いこと」を制限するようなルールを創って、それに基づいてゲームをやっているだけなのです。あなたが「問題児」だと言われたとしても、そのルールに同意している人から見れば、そう見えるというだけのことで、あなたは問題児でも何でもありません。

 何かを正しいという基準を創ったときに、「問題」というものが創り出されるのです。ある行動が、悪かったり問題だったりするわけではないのです。問題解決というのは、わざわざ問題を創り出して、それを解決するために悩んで、ストレスを創りだすゲームをやっているだけなのです。頭を悩ますほどのことではないのです。本来、あなたが何をするかということは、自分の責任において、自分自身が決めるべきことなのです。その行動が「人に迷惑をかけるかどうか」ということは、その表現されたものを見てその人がどう感じるか、という問題に過ぎず、「迷惑なこと」というのは初めからないのです。あなたがしたいことを「するな」というほうが、よっぽど迷惑なことなのです。本当は、「問題児」や「悪人」というのはいないのです。それは、あるルールのもとで創り出される幻想に過ぎません。


 あなたに責任が取れるのはあなただけ

 「常識」も、永遠の「常識」ではないのだということを覚えておいてください。どんな考え方であれ、その考え方を実行した結果がどうなるのかということは、やる前には分からないのです。そして、何が成功で何が失敗なのかというのも、一人一人が決めることなのです。「取り返しが付かないことになるまえにやめさせる」「失敗したらこまるからやめさせる」などというゲームが、親子や兄弟のあいだで盛んに行われているようですが、実際は、「悪いことも」も「取り返しがつかないこと」もないのです。それをやめたらそうならないという保証はどこにもありません。言うなれば、その瞬間に自分のしたいことをしないということこそが、取り返しのつかないことなのです。その瞬間は一回しかこないのですから。刑務所に入った人が有名な学者になったり、エリートサラリーマンが一生刑務所に入ったり、「非行と言われること」をすべてやった人が大会社の社長になったり、何がどう転ぶかは一切分からないのです。要は、あなたが今したいことを正直にすればよいということです。「後でやりなさい」という発言は、真実ではありません。

 あなたが人の言うことをそのまま行動しても、その人には責任はとれません。その人が「責任は俺が取る」と言ってもそれは不可能なことです。責任転嫁のゲームの中の、表面上の責任を取ると言っているだけなのです。その結果は、すべてあなたが体験することです。「そんなことをしていると、将来大変なことになる」と誰かが言ったとしても、それが真実である証明は出来ませんし、「大変なこと」というのもその人の決めていることです。そして、その発言は何らかの目的を持ってその人の論理でその人が創ったものです。

 今この瞬間のあなたに、「過去のデータ」や「他人のデータ」というのは、一切あてになりません。あなたが、今ここでその発言を選ぶか選ばないか、という問題です。その人は、あなたに何が起きても、自分に損になると思えば、何らかのもっともらしい理由をつけてあなたから離れていきます。親といえども、「勘当」「親子の縁を切る」という手段があるのです。

 あなたを100パーセント裏切らないのは自分自身だけです。あなたを100パーセント騙すことがないのは、あなたの信頼に100パーセント応えてくれるのは、自分自身だけなのです。そして、あなたの選んだ行動の結果を体験する唯一の人は、あなただけです。あなたが、自分自身が本当に後悔しないように、自分自身が満足できるように、自分の責任で、自分の本当にしたいことをすることです。今まで、あなたが後悔してきたことというのは、それをしなかったことなのです。あなたの人生に責任をもち、最後まで付き合ってくれるのは、自分自身だけなのです。

 あなたが責任を取れるのは、あなたが本当に信用してよいのは自分自身だけなのだということをよく理解しておくことです。

                           アキヒロ


この方は、そなたの想念と対話するのであるぞ。そなたの内側に問いかけなければこの方は答えないのぞ。この方のやり方は天国であるぞ。そなたは内なる声に従って一つ一つやればよいだけであるぞ。この方には、損得も善悪も○×もないのぞ。この方に判断はないのぞ。そなたがそなたの内側の声を判断をするならばこの方の声は聞けないのぞ。この方の言うことを聞くだけではなくてこの方の言う通りにやることが必要であるぞ。この方は、体験で分かる神であるぞ。この方のやり方は実際に体験して初めて分かるのであるぞ。特別なことではないぞ。そなたの行動指針というものを取り替えるだけであるぞ。今まで学んだものをこの方の言うことに交換するだけであるぞ。神の生き方と言っても特別なものではないのぞ。人に頼っていて文句を言うでないぞ。人のすることに口出しするでないぞ。自分のすることを判断するでないぞ。自分の体験を人の責任にするでないぞ。そなたがこの方のやり方をやっているならば、外のものは関係なくなるのぞ。

                            章

元つ話 361 自分自身を正直に表現したときにあなたの周りに集まってくる人

2012-07-10 Tue : 長谷章宏語録 
自分を正確に評価できるのは自分だけ

 目の前の人の表現しているものが、その人の正直な表現か、まわりに合わせて創った表現かは本人だけしか知らないのです。あなたの目の前の人がどういう人物かということは、あなたの中に創り出した、あなた流のその人を見た結果について話しているだけのことです。あなたの中にある様々な観念を組み合わせて、目の前の人物の行動に照らし合わせて、あなたの中で、その人を組み立てているだけなのです。あなたは、目の前にいるその人を一切見ていません。あなたは、あなたのイメージの中にいるその人と話をしているのです。

 こう考えると、文章で表現した「人物評価」ほど、それを読む人によって、解釈がどうにでも自由に変わってしまう、あてにならないものはありません。場合によっては、全く別人になってしまうこともあるのです。目の前の人が一体どういう人なのか、ということを正確に話せる人はいません。人物像というのは、すべて「自分の観念に当てはめて、自分の想像の中に創り出した自分流のその人について話している」だけなのです。

 すべての人は自分に都合よくあなたを見ているだけです。あなたが人を見るときも同様です。あなたを評価できる人は、あなた意外にいないのです。あなたがあなたをどう見るかということだけが、あなたにとって重要なことです。あなたが欲しい自分を表現しているかどうか、ということです。あなたは誰かのために生きているわけではないのです。自分が自分のしていることを認めればそれでよいということです。そして、あなたが望んでいるあなたであるかどうかというのはあなたにしか評価できないのです。

 「入学試験」や「入社試験」の面接というのは、相手が要求する自分をどのくらい創り出すかというゲームに過ぎません。入社後に自分がどういう働きをするか(相手から見ると、どういう働きをしてくれるか)ということについては、正直なところは分からないのです。そして、どんなに「優秀な人物」を採用したとしても、入社後のその人の人生がどういうふうに展開するかは、本人すら分からないのです。「私はこういうふうにするつもりです」と言えるだけです。そして、それを信用するかしないかは、相手次第。「あなたが信用できるかできないか」は、あなたの過去の行動によって、評価が変わるのです。「前科者」や「短期転職者」は「信用できない」部類に入るのです。会社は、損したくありませんから。

 「期待してたのに裏切られた」というのは、「勝手に期待していたことが、その通りにならなかった」だけのことで、それは、期待していた人の勝手なゲームに過ぎません。人の期待に答えるゲームが必要になるのは、あなたがその人を必要としているときだけです。その人に見放されたらあなたがこまる時だけです。それもあなたが選んだ人生の結果です。相手に文句を言っても何も始まりません。

 「そんなことばかりしていると信用なくすぞ」と言われたとしても、それは、それを言った人の基準で見るとそうだというだけです。「信用」というのは、人がつけたもので、その人に信用してもらうためには、その人の言うとおりの自分を演じる必要があるのです。それは、その人の損得であなたを自分の側に置いておこうとするゲームです。あなたが自分自身を正直に表現したときにあなたの周りに集まってくる人が、本当にあなたを「信用」している人です。周りの「脅し」を気にせずに、そういうゲームができるようになったとき、あなたは本当に楽しんで人生を送っていると言えるのです。

                         アキヒロ



どれが元つ神のやり方か」「どれが本物であるか」「どうすれば神が生きられるか」「どうすれば神のルールから外れないか」「どうすれば天国になれるのか」などと言っている者は、この方の言うことを分かっていないぞ。この方にこういう質問をすること自体がこの方のやり方から外れているのぞ。損得○×善悪判断ゲームをしている者、人をコントロールしようとしている者、ある特定の見方(常識等々)しか認めないと言っている者、自分は正しいと言って他を排除している者、自分の外の神に頼っている者、人のすることに口出しする者は、この方を知らない者であるぞ。そなたが同じことをするならば、そなたも同じであるぞ。この方のやり方を知らない人間に答えを求めてもこの方は語らないのであるぞ。そなたがこの方を知らないならばこの方は判断できないのであるぞ。

                           章



元つ話 360 その基準の中での評価

2012-07-09 Mon : 長谷章宏語録 
 ものごとの価値はすべて相対的なもの

 あなたの今までの人生で、強制的に思えたものも、当たり前のように信じていたものも、本来は一つの見方に過ぎません。それ自体には、何の意味も、強制力もないのです。今までそういうものだと教えられなかっただけのことです。

 どんな考え方(=観念)にどんな価値を当てはめるかは、すべてあなたの自由なのです。ということは、本来、あなたが持っている考え方を人に押しつけることもできないのです。あなたができることは、あなたの考え方を別の人に分かち合うことだけです。お互いがお互いの考え方を出し合い、使えるものがあれば使い、変えたほうがいいと思えば変える。お互いの人生の為の教材として提供し合うことができるだけなのです。今までは、お互いの考え方を、損得や善悪、正誤で価値判断をし合うこと、そして、それがあたかも「絶対的な評価」のように受け取ってしまうことで、たくさんのトラブルを創り出していたのです。

 価値評価というのは、基準をどこにおくかということでいくらでも変わります。あなたの考え方に対する評価というのは、その集団、そのルール、その基準の中でのものに過ぎないということを常に理解していることが大切です。そうでないと、あなたの意見がすべて否定されたとき、自分が駄目人間のように思い込んでしまうことになってしまいます。

 「社会の常識」というのも、あなたが知っている範囲の人がそういっているだけで、あなたの知らないところでは、「社会の常識」が「非常識」になっていることもあるのです。

 すべての考え方、観念というのは、絶対的な意味はなく、正しくも間違ってもいないということです。言い換えれば、どんな意味でも付けられる、何とでも言えるということです。それをよく覚えておくことが、あなたの体験を創っていく上で非常に重要なことになるのです。


 評価というのは評価する側の価値観の表現

 すべての評価というのは、「相対的な評価」です。「絶対評価」といわれるものがあるといっても、それも、「評価する人の基準によって変わる相対評価」です。「学校の評価」や「会社の勤務評定」も、すべてそうです。評価する人が「絶対評価をする」と言っても、必ず、人と人を比べています。前例と比較しています。何かの行動ができたかできないか、という判断も、その人がどう判断するかという問題です。判断の基準という境界は、その人の都合で、瞬時に、いくらでも移動することができるのです。

 「判断基準」というのは、もともと、それを創り出す人が決めた境界を表現したものに過ぎません。そして、どんなに正確に文章に表したとしても、その文章を読んだ人が、自分の定義付けで自分流の解釈をして、その基準を自分の中に取り込んで、その人流の評価するのです。表面上はどうであれ、基準が同じだからといって、全く同じ評価をするということはないのです。

 「人物評価」というのは、実は、評価されている人の価値ではなくて、評価をする側の「価値観の表現」なのです。それは、評価の対象としている人の表現しているものを見て、自分の中にある基準に照らし合わせることで、価値判断をして、その結果を表現するゲームに過ぎません。評価とその対象の人物像は、全く関係がないのです。「A君は六○点だ」「Bさんはハッキリと話す」と言っても、それはただそういう現象だということであって、その人自身の評価とは一致しないのです。六○点が何なのか、ハッキリとはどういうことなのか、評価した結果というのは、評価する側のモノの見方を形にしたものに過ぎないのです。

 人を評価した結果というのは、「こういう行動は自分はこういうふうに価値判断しています」「自分がこの文章をこういう解釈をして評価しています」と、自分の中の価値観を公表しているようなものなのです。

                           アキヒロ

元つ話 359 あなたが行動した結果はすべてあなたに戻ってくる

2012-07-08 Sun : 長谷章宏語録 
 自分のしたことはすべて自分の責任である

 あなたは今まで、自分の思いどおりにならないと感じたとき、何かの責任にしてきたことがたくさんあると思います。でも、それはすべてあなたが選んだ考え方に基づいて、あなたが決めた行動をした結果ですから、本来は、すべてあなたの責任なのです。

 あなたも、あなた以外の人も、すべての人が同じことをしています。あなたが、誰かと何かをしたとき、それは、それぞれがそのルールに同意して(一緒にゲームをすることに同意して)、自分がすべて責任をとるという前提で一緒にゲームをしているのです。その結果については、どんな体験をしようと、お互いに自分の責任です。つまり、わざわざ「責任追求という嫌なゲーム」をする必要はないのです。

 「責任追求」というゲームは、自分の責任を回避しようという目的で、お互いが自分の理屈で創り出す単なるゲームに過ぎません。「どちらが悪いか」という判断の材料(=理由)は、「相手が如何に悪いか」ということを証明をする(つまり、それによって自分の正しさを証明する)のに都合よいものだけを、たくさんの「証拠」の中から選んでいるだけに過ぎません。「悪い理由」という決まったものがあるわけではないのです。裁判というのは、「法律」という基準に照らして、善し悪しを判断しているだけで、その「法律」自体が、「正しいもの」だというわけではないのです。

 法律というのは、「こういうことをすることは悪いことだ」という理屈に基づいて決めた単なるルールです。都合が悪ければ、幾らでも変えることができるのです。よって、「責任の所在」も、移動することになります。本来は、責任追求ゲームというのは、どちらかが「自分が悪い」と折れるまで、永遠に続くものなのです。

 あなたがどんな考え方をするかは、すべてあなたの自由な意志(そこには同時に、その結果についての責任をとるという態度が含まれています)で決めているのです。自分が自分の意志で選んだものは、その結果についてはすべて自分の責任なのです。自分のしたことを誰かの責任にしようとしても、それは自分勝手な責任回避ゲームが創り出されるだけです。

 今までの人生の中で、あなたが行動してきたことは、理由の如何を問わず、すべてあなたが選んだものなのです。「誰かが言ったから」「常識だから」と言ったとしても、「誰か」や「常識」に責任はありません。あなたが行動した結果は、すべてあなたに戻ってくるのです。

 あなたと誰かが同意して何かをしたとき、その結果については、お互いに自分に責任があるのです。どちらの責任が重いか、という議論は、本来成り立ちません。新しい生き方において大切なことは、トラブルを創り出している重要な要素である「責任」という考え方について、もう一度、考え直してみることなのです。

                            アキヒロ

元つ話 358 勇気を持って執着を手放すこと

2012-07-07 Sat : 長谷章宏語録 
 あなたの執着がトラブルを創り出す

 あなたは、誰かや何かによって傷つけられるような一方的な被害者ではありません。あなたが何かを失うことを恐れていなければ、何かを取ってやろうとあなたに近づいても意味がありません。あなたをどうにかしようとしても、自分にとって何もメリットがないからです。あなたが、誰かに脅されていると思っている時、あなたをそうすることで、その人がメリットを享受するだけの材料をあなたが持っているのです。あなたがそういうゲームの中にいる限り、何が起きても、すべてあなたの責任です。その人が悪いのではなくて、あなたがその人を引きつけているのです。言わば、あなた自身が、自分を傷つけた自分の加害者であり、被害者でもあるというわけです。あなたが自分で自分を傷つけて、誰かの責任にして、自分で被害者を演じているだけです。

 その瞬間に起きていることだけを見れば、表面上は、誰かに傷つけられたように見えますが、実は、あなたがあなたを傷つけているのです。もし、あなたが、すべてを手放しているならば、例え誰かがあなたに否定的な係わり方をしたとしても、あなたは何も気になりません。持っているものをすべて与える用意があるからです。そして、その人が自分にしたことを別の人にすべて公開することはあなたにとっては平気なことになります。その人は、何も手に入れられず、自分にしたことが公開されるという、自分だけが損する状況に置かれるのです。人は、自分だけが損をすることはしません。モノが欲しい人には、モノを渡す。あなたの肉体があれば、またいつでも手に入れられます。たとえ肉体が無くなっても、また肉体を持って人間の世界で遊ぶことができるのです。

 あなたが、何かを守っていることが、実は、自分を危険にさらすことになっているのです。いつ何どき、あなたの持っているものが無くなる状況がくるやも知れないのです。「自分を心地よい状態に置いておくため」に、自分が安全かどうか、常に、周りの状況を見ている必要が出てくるのです。安心して、自分のしたいことを楽しむ余裕はありません。自分の行動が、自分の発言が、自分に不利にならないか、という観点で、常に、自分の行為を制限し続けることになります。そして、あなたの安心感を壊す状況が現れると、「やめろ」「あんたのせいだ」と人に口出しをすることになるのです。人の言う通りに行動して、その人に文句を言ったりイライラしたりという体験をすることになるのです。そのゲームを続けている限り、恐れと不安、取った取られた、傷ついた傷つけられた、あんたのせいだ、のトラブルが永遠に続くのです。

 そのゲームから抜け出すためには、勇気を持って、執着を手放すことです。「せっかく苦労して手に入れたものを失いたくない」と言っても、それらは、いとも簡単に無くなります。あなたは、それを守ることで、したいこともせずに、疲れ続けるだけです。もし、あなたが永遠の安心を手に入れたいならば、誰かがやるのを待たずに、勇気をもって、まずあなたから、そのゲームをやめることです。


 あなたを生かすも殺すもあなたの意志次第

 今までの枠の中での生き方、目に見えるものを追いかける生き方、自分の心地悪さを人の責任にする生き方、人の期待を満たすための生き方、自分の欲しいものを外に探す生き方、モノで自分の満足を得る生き方、自分の人生を外に任せる生き方、自分の外側の形を変えることで自分を満たす生き方、自分以外のモノと競争する、比較することで人に勝とうとする生き方、自分だけのための生き方をしている限り、この先もトラブルを創り出し続けるだけのことです。

 今ここで起きている様々な問題や矛盾は、皆が、長い間その生き方をし続けてきたこと、そして、その間に創り出されたたくさんのトラブルと、それを解決するゲームの結果が複雑に絡み合って創り出されているものなのです。今までの生き方の中で創り出されてきたトラブルを解決するためには、全く新しいシステムの構築が必要になっているのです。「そんなうまい方法はない」「自分が損してまでやりたくない」そういう考え方から出ないことが、そのゲームがずっと続いてきている原因なのです。どこかでその思考パターンをやめて、別の行動を起こす必要があるのです。そして、今この時期、簡単にそのゲームをやめることができる絶好の機会が訪れているのです。あなたが、この機会を生かすも殺すも、すべてあなたの意志次第だということです。

                         アキヒロ


元つ話 357 「宇宙」にストレスなどというものは存在しません

2012-07-06 Fri : 長谷章宏語録 
 今までの思考パターンに執着するのをきれいサッパリやめること

 これから先、目の前で起きる様々な問題を解決しようとした場合、今までうまくいっていたモノの見方・考え方では行き詰る状況、今までの方法が使えない状況がますます顕著になっていくのを目の当たりにすることでしょう。既存のシステムが有効に機能しなくなり、発生した様々なトラブルを、今までの方法で処理しようとすればするほど、かえってトラブルを増幅することになっていきます。今までの思考パターンに固執している限り、そういう現実を数多く体験し、混乱がますます進んで、何をどうしてよいのか暗中模索、八方塞がりの状態が続くことになるのです。

  「いったい、何が正しくて何が間違っているのか?」
  「いったい、何が良いことで何が悪いことなのか?」
  「自分にとって、今ここで、どうすることが一番よいのか?」
  「この先、日本は、世界は、そして自分は、どうなっていくのか?」
  「この先、自分はいったい何を信じて生きていけばよいのか?」

 この問いに対する答えは、これからのあなたの生き方次第で見えてきます。今までの生き方は、必ず、多かれ少なかれ「勝ち負け」「トラブル」「問題点」を創り出す生き方なのです。トラブルを解決するためには、「誰かが得をして誰かが損をする」か、「お互いに我慢して妥協する」か、どちらかの方法しかないのです。トラブルが発生すると、必ず利害関係の調整が始まり、損得を巡って様々な思惑が交錯しながら、「自分が損しないでうまく解決する方法はないか」と、自分の理屈で自分に有利な結論を導こうとするパターンで、すべての話し合いが行われるのです。どんな結論に至るにしろ、表面上の反応は別にして、必ず、新たなストレス、問題を創り出すことは間違いないのです。今までのゲームの中では、「力のあるほうが勝つ」ように、「親」「教師」「上司」「先輩」「政治家」「金持ち」等々、様々な表面上の関係を使った「権力」が創られ、「地位や年齢が下の方」「お世話になっている方」「金を借りた方」「迷惑をかけた方」「勤めている方」等々が下に見られるような、目に見えないシステムが出来上がっているのです。このシステムから外れることは、自分の生活や自分の評価、ひいては自分の将来、自分の命が終わりであるかのように教えられ、そういう幻想に基づいて、様々な方法で、コントロールが行われているのです。

 このシステムの中では、ストレスを100パーセント解消することは無理な話です。ストレスがあるのが当たり前のような言い方がされていますが、「宇宙」にストレスなどというものは存在しません。人間という存在は「宇宙」そのものなのです。「人間には必ずストレスがある」というのは、今このシステムの中だけで言えることです。そして、今まで、長い間に少しずつ蓄積してきたストレスが、その溜まったエネルギーが、限界に近くなっているのが現在の状況なのです。そのやり方で問題解決をしようとしても、永遠に、何も解決せず、新たな問題を創り出すだけなのです。

 モノ(財産、地位、名誉、信用、職業、人、形ある持ち物、人から手に入れた持ち物すべて)に執着している限り、取った取られたのゲームが永遠に続きます。自分以外のものに人生を預けている限り、今の自分を守っている限り、常に、失う恐れがつきまとい、それを材料にして、様々な脅しのゲームが繰り広げられます。永遠に、人にコントロールされる可能性が続くのです。でも、それは、すべてあなたが選んでいるゲームです。


 持っているものを守ることがあなたを被害者にする

 今あなたが持っているものは、誰かと競争して手に入れたものです。誰かによって奪われる可能性があります。常に、誰かが狙っています。財産も仕事も地位も名誉も信用も恋人も妻も夫も子供も、あなたの自由にはならないのです。あなたはそれを手放す用意がありますか? あなたはそれを手放したら何が残りますか? あなたはなぜそれを守ろうとするのですか? 実は、あなたが守っているものが、あなたが「加害者」といっている人を引きつける材料になっているのです。あなたは、自分みずから「私はこれを失いたくありません。だから、あなたがこれを取るぞ、と言えば言うことを聞きます」という宣伝をしているようなものなのです。

 あなたが執着しているものは、自分が欲しいと決めたものであり、自分が手放したくないだけのことなのです。あなたがそれを「失う」ことになるということは、誰かがあなたから奪ったのでもなく、あなたを傷つけたのでもなく、あなたがその人を引きつける道具(弱み、執着)をもっていることが、そういう体験をしている原因なのです。すべては自分自身の責任です。あなたが何に執着しようと、何を欲しがろうと、それはあなたの自由です。ただ、それが自分を苦しめることになっているのだとしたら、あなたはどうするかということです。あなたにとってずっとその体験が続くだけで、あなた以外の人にとっては(あなたに対して「あなたを失いたくない」「あなたにそういう体験をしてほしくない」とその人が思ってれば別ですが)あなたがどうなろうとも痛くも痒くもないのです。あなたのことを心配してくれる人というのは、あなたのことを心配しているのではなくて、あなたが「自分の期待通りのあなたでなくなること」や、あなたの行動が「自分の評価に影響すること」を心配しているのです。

                            アキヒロ

元つ話 356 すべてはゼロから始まっている

2012-07-05 Thu : 長谷章宏語録 
新しい時代に向けて何を心得ておけばよいか

 新しい地球をゼロから創るための意識を準備すること

 この先、地球上で何か起きるかを心配することはさておき、とにかく、あなたがやることは、人間が本来持っている自然な生き方に戻るという意志を行動に移すことです。新しい時代に向けて、一人一人が自然に戻るための心構えを創ることです。すべての人が、損得勘定なしに、平和に、幸福に暮らせる世の中を創りだせるような意識に転換しておくことです。すべての人が望んでいる、求めている自由、幸福、天国というものが実現可能なのだということを思い出すことです。「すべての人がうまくいく世の中」というものが、今ここでは無理でも、全くゼロからならできるのだということを理解しておくことです。今ここにあるシステムも、初めからあったわけではないのです。すべてはゼロから始まっているのです。新しいシステムを形にするためには、もう一度、原点に戻り、今ここにある形を一度ゼロに戻す必要があるところまできていること、そして、今の人間にはもう形を変えることが不可能なのだということを知っておくことです。

 この先の人間の役目は、今ここで起きていることを元に戻そうとして問題を大きくすることではなくて、新しい世界を創りだすための、意識の上での準備をすることです。新しい地球では、新しい考え方に基づいて、新しい社会をゼロから創っていくことになります。今までの社会の仕組みが創りだしている様々な矛盾をよく理解した上で、自分の意識、考え方を転換することが、今ここであなたのしておくことなのです。これが、本当の「反省」です。二度と同じトリックにはまらないように、自分自身のしてきたことをもう一度よく見直してみることです。再び同じ体験をしなくてもいいように、今度こそ「理想の世界」を体験できるように、今までの「間違い」をよくチェックしておくことです。その為のプロセスをスムースに行うための情報を提供しようというのが、この本の目的でもあるのです。


 あなたの体験はあなたという意識のシナリオが創り出す

 「地球にどんなことが起きても自分は地球に生まれ変われるのだ」ということを覚えておいてください。この世界であなたが持っているモノをすべて手放しても、たとえ肉体が無くなっても、「あなたは」存在し続けます。肉体が無くなることを「死」と言っているだけで、「あなた」には「死」はありません。「あなた」という存在の永遠の永遠無限の流れの中、物理世界での「肉体をもったあなた(=人間)」の体験があるだけなのです。あなたが持っているすべての形は、あなたの意識が創りだす想念が、肉体を通して形になったものなのです。あなたの体験というのは、あなたが、想像の世界で創り出したシナリオを、あなたが行動し、それを形として見て、再び想像の世界に取り込んで映像化して認識しているものなのです。肉体は、シナリオを表現する道具であると同時に、新たなシナリオを創り出す道具でもあるのです。あなたは、あなたの身につけた思考パターンで、あなたのシナリオを創り、それを行動した結果について、あなたの定義付けで目の前のものを見て、現実という映像を創りあげるゲームをしているのです。つまり、あなたの考え方、定義付け、思考パターンが変わらない限り、同じものが創り出され続けるということです。

 あなたの本体は意識です。アレコレ考えているあなたそのものが、あなたの正体なのです。肉体の中に「ココロ」があるのではなく、「ココロ」の中に肉体があるのです。「ココロ」の状態を物理的世界で感じ、表現する道具として創り出したのが肉体なのです。

 あなたは、物質を体験する世界にいます。あなたが創り出している現実、あなたが創り出している社会、あなたが守っている「地位」「評価」「信用」「名誉」「職業」「財産」云々というものは、誰かがあなたに与えたものを自分の持ち物だと錯覚しているのであり、その誰かの考え方次第で、簡単に無くなるものなのです。そして、それは、今までのゲームの中だけで通用するものでしかありません。

                           アキヒロ

元つ話 355  「正直に見るための鏡」あなたがあなたにする質問

2012-07-04 Wed : 長谷章宏語録 
今までの生き方について振り返ってみる

「新しい時代の生き方」について見ていく前に、まずは、今まであなたの人生がどういうものだったのか、ということを振り返ってみることにしましょう。

 この章には、モノの見方、考え方、生き方についての様々な質問を用意してあります。あなたが今まで学んできた常識をすべて手放して、何の制限もつけずに、完全に自由な状態になって、一つ一つの質問に正直に答えてみてください。あなたの本音の部分を見るために、あくまでも「正直に」答えるようにしてください。だれも批判したり、笑ったりはしませんから。質問の途中で、「○○だ」というように断定の形で書いてあるところが出てきますが、これは単に、私自身が自分の体験から気づいた、一つの見方に過ぎません。同意するか、否定するか、無視するか、反論するか、それは、あなたの自由です。価値判断することよりも、一つ一つの考え方について自分がどのように反応するかを見ていることが大切です。

 この機会は、あなた自身の人生を見つめ直すために、あなたのために用意された、あなたのための貴重な時間です。この先、あなたがどういう生き方をするにせよ、自分が本当に望んでいるものを正直に見るための鏡として有効に使ってください。

あなたは―――

・「家族のために」「生活のために」「会社のために」「恩があるから」「義理があるから」「世話になっているから」と、自分が本当にしたいことや欲しいものを我慢したり、あきらめたりしていませんか
  【本当にそうしたいのですか?】
  【それをいつまで続けますか?】
  【それをしていて楽ですか?】
  【本当はどうしたいのですか?】
  【あなたが本当に大切なのは誰ですか?】
  【誰のために生きているのですか?】

・「常識だから」「しきたりだから」「現実的に無理だから」「仕方ないから」「世の中そういうものだから」と、自分が本当にしたいことや、自分が欲しいものを手に入れるための行動をあきらめていませんか?
  【なぜ、その基準を選んでいるのですか?】
  【そういう基準は、どこにあるのですか?】
  【それは、誰が選んでいるのですか?】
  【それは、いつからあるのですか?】
  【それは、いつなくなるのですか?】
  【いつまでその言い訳を続けますか?】
  【いつになったらその行動を始めるのですか?】

・「それはすべきでないから」「モラルに反するから」「迷惑かけるから」「心配させるから」と自分がしたいことをやめていませんか?
  【そういう理由をつけるのは、なぜですか?】
  【「すべきでないこと」「モラル」「迷惑」「心配」とはどういうことでしょうか?】
  【それは、誰が言ったことですか?】
  【それは、いつなくなるのですか?】
  【それが無くなるまで我慢できますか?】
  【それは「自分を犠牲にしてまでも」絶対に守るべきものでしょうか?】
  【いつ、したいことをするのですか?】
  【本当にそう思っていますか?】

・「それは私の夢、いつか実現しよう」と、いつまでも待ちつづけていませんか?
  【いつまでそれを待つのですか?】
  【どんな状況になったらやるのですか?】
  【「いつか」というのはいつですか?】
  【それは、誰かが実現してくれるのですか?】
  【あなたの夢はいつ、どうやったら実現するのですか?】

・「社会が、常識が変わったらやろう」と、周りの変化を待っていませんか?
  【「社会」とは、「常識」とは何ですか?】
  【それはどこにあるのですか?】
  【それはいつ変わるのですか?】
  【それはどうすれば変わるのですか?】
  【それは、誰が変えてくれるのですか?】
  【それまで我慢できますか?】

・「迷惑かけるな」「心配かけるな」「人を傷つけるな」と、人がしたいことをやめさせようとしていませんか?
  【なぜ、そうするのですか】
  【そうしないと何か都合が悪いことでもあるのですか?】
  【その人に対してそうする権利があるのですか?】
  【そうすることは、その人にとって迷惑ではありませんか?】
  【そうすることで、その人を傷つけていませんか?】
  【それは、あなたの自分勝手だと気づいていますか?】

・「そんなのは夢物語だ」「空想の世界だ」と、自分や人の夢を消していませんか?
  【本当にそうだと思いますか?】
  【「夢」と「空想」と「現実」、その違いは何ですか?】
  【今ここにあるものは、初めからあったのでしょうか?】
  【それをして一番「損する」のは誰ですか?】
  【どういうものだったら、実現するのですか?】

・「現実はそんなに甘くない」と、したいことをせずに自分を苦しめていませんか?
  【それは誰が言ったのですか?】
  【そう判断する理由は何ですか?】
  【人はそう言ったとして、あなたは、どう思いますか?】
  【この先も、「現実」にあわせて生きていきますか?】

・「そんなことできるわけがない」と、はじめから決めつけていませんか?
  【あなたがそう決めつける理由は何ですか?】
  【それをやってみましたか?】
  【それは、あなたにとって絶対に無理なことですか?】
  【本当にそう思っていますか?】
  【本当にそれがしたくないのですか?】
  【「できるわけがなかったこと」で、今実現していることはありませんか?】

・「それをやったらおしまいだ」と、やらないことが多いのではありませんか?
  【それをやったらどうなるのですか?】
  【何がおしまいなのですか?】
  【何を恐れているのですか?】
  【「おしまい」になったあとどうなるのですか?】
  【ずっとそういう人生を続けていきたいですか?】

・「これをしたらまずい」「これだけは言ってはいけない」と、何かを失うことを恐れて自分のしたいことをしていないのではありませんか?
  【何がまずいのですか?】
  【「言っていいこと」とはどんな事ですか?】
  【何を恐れているのですか?】
  【それをしたら本当にまずいですか?】
  【それは誰にとって「まずい」のですか?】
  【それをしていて苦しくありませんか?】
  【その状況はどうすれば変わるのですか?】

・「そんなことはありえない」と、わざわざ可能性を否定していませんか?
  【あなたがそう考える根拠は何ですか?】
  【この先もそれがありえないことを証明できますか?】
  【今まで「ありえないこと」が起きたことはありませんか?】
  【今まで「ありえること」が起きなかったことはありませんか?】
  【「ありえないこと」とはどういうことですか?】
  【そう言うことで、何を守っているのですか?】
  【本当はどう思っているのですか?】

・「そんなことは起きるはずがない」と、勝手に決めていませんか?
  【あなたがそう考える根拠は何ですか?】
  【それは、この先も絶対に起きないと言い切れますか?】
  【そう信じたい本当の理由は何ですか?】
  【本当はどうなってほしいのですか?】

・「私はこんな人間だから」と、自分を型にはめて見ていませんか?
  【そういう人間でいて、楽しいですか?】
  【あなたがそういうフリをしている本当の理由は何ですか?】
  【いつまで、その人間を演じますか?】
  【誰のためにその人間をやっているのですか?】
  【本当はどういう人間になりたいのですか?】

・「人によく思われたい」「嫌われたくない」と、人の期待する自分を演じようとしていませんか?
  【本当にそうしたいのですか?】
  【あなたが人によく思われる必要がある理由は何ですか?】
  【いつまでその生き方を続けますか?】
  【人に嫌われたら、どうなると思いますか?】
  【何を恐れているのですか?】
  【自然なあなたを嫌いになる人に好かれる必要があるのですか?】
  【完全に一人になったことがありますか?】
  【人が評価の基準を変えたらどうしますか?】
  【地球上の全員が、あなたを嫌いになることがあると思いますか?】

・「わかってほしい」と、人に自分の考え方を証明しようとしていませんか?
  【その人に分かってもらわないと都合が悪いですか?】
  【「わかってくれない」のはなぜだと思いますか?】
  【あなたが分かってほしい本当の理由は何ですか?】
  【その人が分かってくれるまでその人と付き合いますか?】
  【その人は、あなたのことをわかろうとしていますか?】

・「自分は間違ったことは言っていない」と、自分の正しさを証明しようとしていませんか?
  【「正しいこと」とは何ですか?】
  【あなたが「正しさ」を証明しようとする理由は何ですか?】
  【その「理由」が正しいことを証明できますか?】
  【誰が見ても「絶対に間違っていること」というのがあると思いますか?】
  【歴史上、地球上で、ずっと変わらない「正しいこと」を知っていますか?】

・「失礼だ」「素直じゃない」「非常識だ」と、人の行動をあなたの基準で判断していませんか?
  【それは誰が言ったのですか?】
  【誰にとって「素直」ではないのですか?】
  【「失礼なこと」や「非常識」なことというのは、どんなことですか?】
  【それは、すべての人に当てはまることですか?】
  【そういう行動をしたことがありませんか?】
  【人からそういうことを言われたことがありませんか?】
  【あなたは「自分はそういうことは絶対にしない」と言い切れますか?】

・「恥をかきたくない」と、自分を表現するのをおさえたり、やめたりしていませんか?
  【あなたが「恥をかきたくない」理由は何ですか?】
  【「恥をかく」とはどういうことですか?】
  【自分を正直に表現することが「恥」ですか?】
  【どうなることを心配しているのですか?】
  【何を気にしているのですか?】
  【それをしていて苦しくないですか?】

・「できる範囲でやろう」と、安全圏をつくって冒険を避けていませんか?
  【その「安全圏」や「範囲」というのはどこにあるのですか?】
  【その「枠」の中で行動して、あなたのしたいことが実現しますか?】
  【いつまでその「枠」を守るのですか?】
  【その「枠」を広げるのは誰ですか?】
  【何をすれば「安全」なのですか?】
  【「冒険」とはどういうことでしょうか?】
  【今のあなたは、常に「冒険」をしてきたのではありませんか?】
  【何を恐れているのですか?】
  【「安全圏」を出たら、成功しないと思いますか?】
  【「枠」を破った経験はありませんか?】

・「人のことを気にして」自分の行動を制限していませんか?
  【誰がそうするように言ったのですか?】
  【人が「やめろ」と言ったらいつもやめるのですか?】
  【何を気にしているのですか?】
  【それ気にするのをやめたら、何か都合が悪いのですか?】
  【いつ「自分のこと」を気にするのですか?】
  【誰のために生きているのですか?】
  【これからも「人の言うとおりに」人生を歩むつもりですか?】

・「地位」「名声」「財産」「世間の評価」を得る、守るために行動していませんか?
  【それを失ったら、どうなると思いますか?】
  【それを守っていて疲れませんか?】
  【それを守るために生きているのですか?】
  【それはいつまで持っていられると思いますか?】
  【生まれてきたとき、何を持っていましたか?】
  【死ぬときに、何を持っていけるのでしょうか?】
  【それを手に入れるために、何か失ったものはないですか?】

・「人の反応に合わせて」自分の言葉や行動をコントロールしていませんか?
  【なぜ、そうするのですか?】
  【本当にそうしたいのですか?】
  【あなたは誰かのロボットですか?】
  【「自分を犠牲にして」人のために生きたいですか?】
  【これからも人の反応に合わせて生きていくのですか?】
  【あなたは誰ですか?】
  【ここで何をしているのですか?】

・「時間がない」「お金がない」という理由をつけて、あきらめていませんか?
  【それは、いつできるのですか?】
  【それは、誰がつくるのですか?】
  【それは、どうやったらできるのですか?今その行動がとれませんか?】
  【それは、絶対に無理ですか?何を心配しているのですか?】
  【誰かがくれるまで待っているのですか?】
  【それができるまで、生きている保証があるのですか?】

・「あとで」「そのうちに」「いつか」と、自分がしたいことを先延ばしにしているのではありませんか?
  【「あとで」「いつか」とは、いつのことですか?】
  【その時がくると思いますか?】
  【それはいつのことですか?】
  【それまで生きているという保証はありますか?】
  【あなたが先延ばしにしている理由は何ですか?】
  【そのチャンスは誰かが創ってくれるのですか?】
  【本当にそれまで待てますか?】
  【いつもそういう言い訳をしていませんか?】
  【今この瞬間がもう一度来るのでしょうか?】

・「これをしたらどうなるか」と、いつも結果を考えてばかりいませんか?
  【何を心配しているのですか?】
  【何をすれば、あなたの望みどおりの結果が起きるのでしょうか?】
  【それをしたら、そうなるという保証があるのですか?】
  【「失敗」とは何ですか?「成功」とは何ですか?】
  【「成功」「失敗」は誰が決めるのですか?】
  【「成功」「失敗」はどこで判断するのですか?】
  【「失敗」という出来事があるのですか?】
  【それが起きたとして、その後はどうなるのでしょうか?】
  【何を根拠にそう決めるのですか?】

・「この社会に生きているかぎりそれは仕方ない」と、あきらめていませんか?
  【「社会」とは何ですか?】
  【それはどこにあるのですか?】
  【誰がそう言っているのですか?】
  【あなたはどうしたいのですか?】
  【それは絶対にできないことですか?】
  【「社会」が変わるまで、それを我慢できますか?】
  【それを言い訳にして、したいことをあきらめる本当の理由は何ですか?】
  【何を恐れているのですか?】
  【その「社会」にずっといたいのですか?】

・「それは人間として当然だ」「人間としてやってはいけないことだ」と、今ここのルールを絶対的なものだと思い込んだり、人にも同じことを言ったりしていませんか?
  【人に対してそういうふうに言う理由は何ですか?】
  【そういうルールはどこにあるのですか?】
  【あなたは「正しい人」ですか?】
  【「人間としてやってはいけないこと」をする人間がいるのは何故ですか?】
  【「人間としてやっていいこと」とは何ですか?】
  【それは誰が言ったのですか?】
  【それが真実だと証明できますか?】
  【「人間」とはなんですか?】
  【この宇宙で、全員が守るべき「絶対普遍のルール」を知っていますか?】

・「人生には苦労や忍耐が必要だ」と思いますか?
  【そういう人生を望んでいるのですか?】
  【人生に「苦労」や「忍耐」が必要な理由は何ですか?】
  【それが本当に必要だと思っていますか?】
  【「苦労」や「忍耐」なしで生きることはできませんか?】

・「楽してお金は儲からない」と思いますか?
  【その理由は何ですか? 絶対にそうですか? 証明できますか?】
  【別な方法をやってみたことがありますか?】
  【お金を儲けるのは何のためですか?】
  【お金を貯めたいのですか? お金を使いたいのですか?】
  【今、この瞬間に一億円が必要ですか?】
  【お金を誰かに貰おうとしていませんか?】
  【自分のしたいことをして、お金を得ることができませんか?】

・「人間、嫌なことでも我慢してやることも必要だ」と思いますか?
  【嫌なことがやりたいですか?】
  【我慢することが好きですか?】
  【本当はどう思っているのですか?】
  【我慢しなければならない理由は何ですか?】
  【そうしなくても良い方法はありませんか? それは可能ですか?】

・「人間としてそれだけはできない、許せない」と、したいことをやらなかったり、人をやめさせようとしたりしていませんか?
  【それは誰が言っているのですか? その理由は何ですか?】
  【人のすることをやめさせる権利があるのですか?】
  【「人間としてできない」「許せない」こととは、どういういことですか?】
  【そういうものがあるのですか?】
  【どんな基準でそれを決めているのですか?】
  【あなたは「人間として」それを絶対にしないと言い切れますか?】
  【何としてだったら、それをしてもよいのですか?】

・「お前のためにいっているのに」と、イライラしたことはありませんか?
  【本当にその人の為に言っているのですか?】
  【あなたの言うとおりにすると、絶対にその人の為になるのですか?】
  【そういうふうに言う本当の理由は何ですか?】
  【その人に何か期待していませんか?】
  【その人に最後まで責任がとれますか?】

・「○○してくれてもいいのに」と、わがままを言っていませんか?
  【その人の気持ちを考えていますか?】
  【その人の都合を考えていますか?】
  【あなたが同じことを言われたとき、どう感じますか?】
  【その人に何かしてあげましたか?】
  【「自分中心」ではありませんか?】

・「普通は」「常識では」と、自分や相手の行動を枠にはめて見ていませんか?
  【「普通」「常識」とは、どんな事ですか?】
  【その基準はどこにあるのですか?】
  【「普通じゃない人」「非常識なことをする人」がいるのは何故ですか?】
  【「自分は普通だ、常識人間だ」という証明ができますか?】
  【その証明に使った基準が「常識」だと証明ができますか?】

・「あの人だからできた」と、したいことをしていない言い訳に使っていませんか?
  【あの人ができた理由は何ですか?】
  【あなたには、それができませんか?】
  【その人と同じことがしたいのですか?】
  【どうしたいのですか?】
  【どんな状況ならばできるのですか?】
  【あなたがその状況でない理由は何ですか?】
  【そのままでよいのですか?】
  【自分のしたいことをすることができませんか?】

・「あの人の方が偉いから」「あの人には迷惑かけたから」と、自分のしたいことをあきらめていませんか?
  【自分より偉い人とはどういう人ですか?】
  【「迷惑」かけたら、してはいけないのですか?】
  【誰かの言うことを聞くためにここにいるのですか?】
  【それでよいのですか?】
  【本当はどうしたいのですか?】
  【あなたがしたいことをしたら、その人はどうすると思いますか?】
  【どうなることを恐れているのですか?】
  【誰のために生きているのですか?】

・「ああなったらこまる」「こうなったらこまる」と言ってやめていませんか?
・「これをしたらどうなるだろう」と、心配していませんか?
  【それをしたらどうなるか、どうやったら分かるのですか?】
  【あなたの心配していることが起きるという証明ができますか?】
  【今ここでそれをしたのですか?】
  【あなたが以前したことを、今することは何か関係があるのですか?】
  【あなた以外の人が失敗したことは、あなたも失敗するのですか?】
  【どうなったらそれができるのですか?】
  【それが起きたとして、その後はどうなるのですか?】
  【あなたがそう判断する理由は何ですか? それは誰が言ったのですか?】

・「あいつのせいでこうなった」と、自分の責任をどこかに置き忘れていませんか?
・「あいつ」だけのせいで、あなたの人生が決まると思いますか?
  【あなたには責任はありませんか?】
  【何を怒っているのですか?】
  【何が気にくわないのですか?】
  【何かを期待していたのですか?】
  【その人がそれをしてくれると思っていたのではありませんか?】
  【「こうすべきなのに」と勝手に決めているのではないですか?】
  【それは自分勝手ではありませんか?】
  【あなたの人生を決めているのは誰ですか?】

・「あのときお前があれをしなかったら」と、自分の都合よく過去を変えようとしていませんか? それを使って人をコントロールしていませんか?
  【あのとき、それをしなかったらどうなったか、証拠を出せますか?】
  【あのとき、それをすることを選んだのは誰ですか?】
  【それを言っていて、何か解決するのでしょうか?】
  【それをして、結局、どんな結果を創りたいのですか?】
  【その結果を別の方法で創れませんか?】
  【「過去」を変えようとする間に、「現実」を変えることはできませんか?】
  【人に責任を認めさせて満足しようとしていませんか?】
  【ここで起きていることを見たくないのではないですか?】

・「自分の夢が実現しないのは何かのせいだ」と思いますか?
  【夢を実現するために邪魔しているものは何ですか?】
  【それは、いつなくなるのですか?】
  【それは、誰が創ったものですか?】
  【それは、誰が無くしてくれるのですか?】
  【だれが、夢を実現するのですか?】

・「自分のストレスは何かのせいだ」と思いますか?
  【「ストレス」とは何ですか?】
  【「ストレス」は、どうすれば無くなると思いますか?】
  【「ストレス」を感じるのはどんなときですか?】
  【「ストレス」を感じる理由は何ですか? それを無くせますか?】
  【あなたに「ストレス」を感じさせるものは何ですか?】
  【それは、いつなくなるのですか?】
  【あなたは、それまで、ストレスを我慢しますか?】
  【それは、誰が創ったものですか?】
  【それは、誰がなくしてくれるのですか?】

・「誰かにやらされていることがある」と思いますか?
  【なぜ、それをやっているのですか?】
  【それをやることを決めたのは誰ですか?】
  【それをしなかったら、どうなるのですか?】
  【本当にそれをしたいのですか?】
  【なぜ、それをやめないのですか?】
  【いつまでその人の言うことを聞いている予定ですか?】

・「自分を抑えてでも、やらざるをえないことがある」と思いますか?
  【自分を抑えて、どんな感じがしますか?】
  【それをやらざるをえないのは、なぜですか?】
  【自分を抑えなかったら、どうなりますか?】
  【何を心配しているのですか?】
  【自分を抑える理由はなんですか?】
  【いつまでそれを続けますか?】
  【あなた以外の人も、そうしていると思いますか?】
  【自分を全部表現したいと思いませんか?】

・「自分勝手な言動」は良くないと思いますか?
  【「自分勝手」とは、どういうことですか?】
  【「自分勝手」をしないで生きていると言い切れますか?】
  【「自分勝手でない人」を見たことがありますか?】
  【どういうときに「自分勝手」だと感じますか?】
  【「自分勝手でない」というのはどういうことですか?】
  【あなたの発言自体が「自分勝手」なのだと知っていますか?】

・「したいことをやったら」みんなが迷惑すると思いますか?
・「人の迷惑になることはしないように」と、自分のしたいことを制限していませんか?
  【もし、地球上の全員が迷惑するといったら、あなたはどうしますか?】
  【「迷惑」とは何ですか?】
  【したいことができないときどう感じますか?】
  【どんなとき「迷惑だ」と感じますか?】
  【本当はどうしたいのですか?】

・「誰かに勝つために」何かしようとしていませんか?
  【なぜ、人に勝ちたいのですか?】
  【誰かに勝ったらどうなるのですか?】
  【誰かに負けたらどうなるのですか?】
  【誰かに勝つために、失っているものはありませんか?】
  【それをしていて疲れませんか?】
  【ずっと人を気にして生きていくのですか?】
  【永遠に勝てなかったらどうしますか?】
  【別な方法で、同じフィーリングを創りだすことはできませんか?】

・自分が満たされていないのに「人のために」何かしようとしていませんか?
  【その人のためにそれをする理由は何ですか?】
  【何か「見返り」を期待していませんか?】
  【あなたがしていることは、本当に「人のため」になっていますか?】
  【相手は「完全に無視」しても、それをやり続けることができますか?】
  【何も見返りがないとしても、それをやりますか?】
  【一言も文句を言わずにそれができますか?】

・「ひとりになること、孤立すること」を恐れているのではありませんか?
・「自分が持っているもの」を失うのを恐れているのではありませんか?
  【どんな状況が欲しいのですか?】
  【自分一人でいるのは嫌ですか?】
  【あなたがすべて失ったとき、だれも相手にしてくれないと思いますか?】
  【それは想像ですか? それとも経験からですか?】
  【そういう状況になったことがあるのですか?】
  【すべてを手放したことがありますか?】

・「役にたつかどうか」「得するかどうか」という観点で、自分の行動や相手の行動を選択していませんか?
  【何か自分の役に立つのですか? なぜ、それが分かるのですか?】
  【今ここでそれを体験したのですか?】
  【得するかどうか、なぜ分かるのですか?】
  【それをすることが絶対に得になると思いますか?】
  【「得する」とは、どういうことですか?】

・「あの時~してやったんだから」と、人に恩を着せていませんか?
  【それが自分のことしか考えていないあなたのわがままだと知っていますか?】
  【それが、見返りを求めて生きている行動だと気づいていますか?】
  【あなたがそれをしたのは、自分のためだったのだと気づいていますか?】
  【あなたがしたいからやったのではありませんか?】
  【それはあなたの都合のよい発言だと気づいていますか?】

・「あとでこまらないように今」と、将来の準備のために今の時間を使っていませんか?
  【今、何をしたら「将来」に困らないのですか?】
  【「あとで」というのはいつのことですか?】
  【「将来」というのが来る保証がありますか?】
  【「今の社会」も「あなた」も今のまま続くのでしょうか?】
  【何を心配しているのですか?】
  【心配していたことが起きなかったことはありませんか?】
  【「今」したいことは、いったい、いつやるのですか?】

・「万が一のために」と、将来の「危険」を避ける為に今の時間をつかっていませんか?
  【それが起きると思う理由は何ですか? 起きなかったらどうしますか?】
  【それが起きたらどうなるのですか? その後はどうなるのですか?】
  【今ここで、いったい何をしているのですか?】
  【何をすれば「安全」なのですか?】
  【「今」したいことは、いつできるのですか?】

・「あの時~しなかったら」と、過ぎ去ったことを後悔していませんか?
・「あの時~しなかったら」自分の思いどおりの人生になったと思いますか?
・「あの時~していたら」うまくいったと思いますか? 本当にそうですか?
  【その方法をやったら、うまくいったという証明ができますか?】
  【そう考えることで、何をしようとしているのですか?】
  【「後悔」して、何か変わるのですか?】
  【そう考えれば、あの時に戻れるのですか?】
  【その時、なぜそれをしなかったのですか?】
  【この先、そう思わないようにするには、どうしたらよいですか?】

・「自分の気持ちを素直に表現すること」ができない時がありますか?
  【それはなぜですか? 何を気にしているのですか?】
  【それをするとどうなるのですか?】
  【素直に表現しないときどんな感じがしますか?】
  【本当はどうしたいのですか? それができますか?】
  【自分の気持ちを素直に表現してはいけない理由があるのですか?】

・「自分が正しい生き方をしている」と思いますか?
  【「正しい生き方」というのはどういう生き方ですか?】
  【それをしなければならない理由があるのですか?】
  【それは「絶対に変わらない」生き方ですか?】
  【それは誰に教わったのですか? あなたはそうしたいですか?】
  【あなたはどういう生き方がしたいですか?】

・これまでの質問は「哲学、宗教、理想論、夢物語」だと思いますか?
・「宗教」「哲学」は自分の人生に役に立たないと思いますか?
  【「哲学」「宗教」とは何ですか? 何か特別な意味があるのですか?】
  【そう考える必要がある理由は何でしょうか?】
  【「理想論」とは何ですか? それは誰が決めたのですか?】
  【今ここの現実は、理想や夢から始まったのだと知っていますか?】
  【「理想論だ」「夢物語に過ぎない」と言う根拠は何ですか?】
  【その根拠が「理想論ではない」と証明ができますか?】

・「変な宗教」「変な考え方」「変な行動」というのがあると思いますか?
  【それはどういうものですか? どういうものが変ではないのですか?】
  【それをしている人をどう思いますか?】
  【あなたは、絶対にそういうことをしないと約束できますか?】
  【「変だ」と「変ではない」の違いは何ですか?】
  【なぜ、そういう見方をする必要があるのですか?】
  【それは絶対的なものですか? それはしてはいけないことですか?】
  【自分が「正常だ」と証明できますか?】
  【その理由が「正常」だと証明できますか?】

*「自分が今やりたいこと」を過去も未来も気にせずに、素直にできますか?
*「今ここで感じることを感じるままに素直に」表現することができますか?
  【それができない理由があなたが自分にはめている枠、制限です】
  【それがあなたの思考パターンであり、今までの体験をつくっている原因です】
  【あなたの外側には、枠も、制限も、あなたをとめる理由も、何もありません】
  【あなたは、今までずっと、想像上の世界、正しい人生という幻想の世界にいたのです】
  【人から貰ったものを失うのを恐れて、自分のしたいことができないでいるだけです】
  【自分の満足よりも、周りの満足を選ぶと、苦しむことになるのです】
  【自分以外のものへの執着を手放すほど、素直に表現できるようになります】

*「次の瞬間、死が訪れても後悔しない」生き方を今していますか?
  【今まで、自分が次の瞬間も生きていると自動的に決めていただけです?】
  【自分が次の瞬間いないかもしれないという現実から逃げていただけです】
  【明日がくることを勝手に自分で決めていただけです】
  【次の瞬間、自分がここにいる保証がないのだということを思い出してください】
  【想像上の自分、幻想から目をさますことで、夢が生きられるのです】
  【想像の世界で遊ぶことは、肉体を持っていなくてもできることです】
  【あなたには「死」はありません。あなたという肉体が無くなるだけです】
  【肉体をもった、今この瞬間にいる人間としての自分を生きはじめることです】
  【今この瞬間は二度と来ません。今この瞬間にやろうと思ったことができるだけです】

*「自分のために」行動していますか?
*「自分を大切にして」行動していますか?
  【あなたも人も、常に、自分のことだけを見ているのです】
  【あなたも人も、ものごとをすべて自分に都合のよいように解釈しています】
  【あなたも人も、自分がどうなるかというだけに関心があるのです】
  【あなたも人も、常に、自分を大事にしているのです】
  【あなたも人も、時に、自分以外のものを守って、自分の肉体を失っています】
  【自分の思いどおりに人をコントロールするために上下関係、恩や義理を使っています】
  【自分が迷惑だ、自分が傷ついた、自分が困る、と文句を言っているだけです】
  【あなたも人も、もともと自分の責任を避けて自分勝手に行動しているのです】
  【人の責任にせず、自分がしたいからするという生き方をしてよいのです】
  【自分の感情は、自分の理屈で、自分が創り出しているのだと知ることです】
  【人のやっていることに文句を言わず、自分のしたいことを素直にすると楽になります】
  【自分の自由意志で、お互いに本当の自分勝手な人生を生きはじめると平和になります】
  【自分以外の声を理由にする時は、人に頼る、人の責任にする人生を生きている証拠です】

*「自分以外の声」を信じていて、頼っていてうまくいっていますか?
*「自分を信じて」行動していますか?
  【あなたは、常に、自分だけしか信じていません】
  【あなたは、家族も、友人も、恋人も、自分以外のものは何も見ていません】
  【あなたは、人のためだといって、自分のことを心配しているのです】
  【あなたは、常に、自分の選んだものを信じています】
  【あなたは「それはやめたほうがよい」という声を選んだ自分を信じているのです】
  【どんなに「正しいこと」でも、自分が「間違っている」と言えば間違っているのです】
  【あなたは、自分の安全なもの、自分が選んだものしか行動しません】
  【「自分」と「自分以外」のどちらを選ぶかという対話を悩みというのです】
  【「したいことができない」ときのフィーリングを「ストレス」といいます】
  【あなたは、常に、自分にメリットがあるものを選んでいるだけです】
  【あなたは、すべて、あなたの都合であなたが選んだ行動の結果を体験しているだけです】
  【あなたは、自分に都合が悪いときに自分の理屈で誰かに責任を見つけているだけです】
  【あなたは、自分が正しいことを証明している形だけを選んで証拠と言っているだけです】
  【あなたは、自分の決めた勝手な理屈で自分の責任を回避しようとしているだけです】
  【自分の理屈が正しいという証明も自分の理屈なのだと気づいてください】
  【「悩み」も「ストレス」もすべて自分が創り出しているということを認めることです】
  【あなたがどんな仮面を被せようとも、自分の人生の自分の責任は逃れられないのです】
  【あなたが創っている現実は、すべてあなたが選んだもので、すべてあなたの責任です】
  【すべては、あなたが選んでいる体験であり、人の責任であるものは一つもありません】

 これで質問は終わりです。さて、あなたの答えはどうでしたか?そして、今、どんなことを感じていますか? これらの質問は、形の上では私があなたにしているように見えますが、実のところは、「あなたがあなたにしている質問」なのです。つまり、あなたの自問自答のプロセスだったというわけです。あなたが見えていない、あるいは、隠している部分を、私がかわりに質問しただけのことです。一つでも「YES」(「*」の問いは「NO」)の答えがあった人は、自分が望む人生を手に入れるため、自分の時間を取り戻すため、夢を実現するため、楽しく生きるため、自由になるため、人を気にせず自分の思いどおりの人生を創り出すために、その部分について、その行動について、その考え方について、もう一度、自分自身を見つめ直してあげる必要があるかもしれません。
 このプロセスを通して、あなたにはどんな生き方が見えてきましたか? 今までのあなたはどんなあなただったでしょうか? 今までのあなたはどんな人生を送ってきたのでしょうか?

    「どのくらい自分に素直に生きていましたか?」
    「どのくらい周りに頼って(周りの責任にして)生きてきましたか?」
    「どのくらい周りに影響されて(周りを気にして)生きてきましたか?」
    「どのくらい過去や未来に生きていましたか?」
    「どのくらい自分に嘘をついてきましたか?」
    「どのくらい自分に言い訳をしてきましたか?」
    「どのくらい自分の感じたことを人の責任にしていましたか?」
    「どのくらい人を傷つけてきましたか?」
    「どのくらい自分を傷つけてきましたか?」
    「どのくらい人の言うことを優先してきましたか?」
    「どのくらい自分を大事にしてきましたか?」
そして
    「この先は、どんな生き方をしていこうと思いましたか?」
    「あなたは、今まで、自分自身にこのような質問をしてみたことがありますか?」
    「あなたは、自分のしてきたこと、教えられてきたことを疑ってみたことがありますか?」
    「当たり前に見えることを、当たり前ではないかも、と考えたことがありますか?」
    「あなたは、自分が真実だと思うことを主張し続けたことがありますか?」
    「いったい、いつになったら言い訳をしなくなるときがくるのでしょうか?」
    「いったい、いつになったら、どうしたら、自由や幸福や平和がくるのでしょうか?」

 あなたの人生についての「正解」は、あなたの外側にはありません。あなた自身の答えが、あなたの人生を創り出していくのです。人はあなたにアレコレ言うことはできても、あなたの人生に責任はとれません。あなたの人生は、あなたのためにあるものです。あなたは、自分の人生を体験するために、遊ぶために、楽しむために、この世界にやって来たのです。

 今までの生き方があなたに何を体験させていたか、そして、本当はどうしたかったのか、それはあなただけが知っていることです。そしてそれをどうするかはすべてあなた次第なのです。自分自身が後悔をしないためには、その瞬間の自分自身の気持ちを大切にして、自分に正直に生きることです。あなたがすべてを手放していれば、誰からも影響されることはありません。自分の人生については、自分自身と相談するのが一番確実な方法なのです。今この瞬間だけが、あなたの生き方を変えるチャンスです。あなたの夢を実現するために、自分自身の本当に望む人生を「今この瞬間から」生きてみることをお勧めします。

 人生というのは、ある瞬間を二度とやり直すことができない、連続した瞬間を体験するゲームです。ある行動をやり直すことは何回でもできますが、その同じ瞬間は二度とやって来ません。今この瞬間が、あなたの本当の人生、自分に正直な生き方に転換する唯一の分岐点です。今までの生き方に満足していないならば、今この瞬間に別の選択をしてみてください。

                        アキヒロ



元つ話 354 本当の死を体験したくないならば死を消すことである

2012-07-03 Tue : 長谷章宏語録 
あなたが最も恐れていた現実が実体となる時が、必ずやって来る。あなたはどう足掻こうとも、真釣りの大神の手の中から出ることはできない。あなたがどんな理屈を持ち出そうとも、真釣りの神法から逃れることはできないのである。あなたが真釣りであるならば、あなたは、永遠に天国を産み出す大神の世界を体験している。あなたが魔釣りの響きであるならば、どんな手立てを労して逃げようとも、あなたには三歳苦難の修羅の地獄を避けることはできない。逃げようと思えば逃げられるが、逃げた分だけ地獄を増やすだけのことである。今のあなたの地獄がどんなに酷いとしても、あなたにとっては一番楽な地獄なのである。真釣り外したあなたは清算の地獄は避けられない。素直に地獄に落ちることがあなたが本当の天国に帰る唯一の術である。いい加減に、自作自演の「あんたのせいだゲーム」「怖い怖いゲーム」をやめることである。極楽トンボが生きられない時が迫っている。

真釣り外しの響きを清算する総決算の祓い清めは、神仏ですらも逃げられない。あなたの態度次第で、あなたが見ている天国も破滅も、どちらもあなたの現実になりえる。あなたが今のまま同じ生き様を続けるなら、すべてが一つに戻った時、あなたは永遠の死を迎える。あなたが素直に真釣り戻せば、違反相応の地獄はあるにせよ、必ず生き戻れる。あなたが今持っているものは、思いも立場も幸せも物も金も心も、すべて奪ったものである。あなたが今持っているものは、あなたがどんな策を弄して守ろうとも最後は全て消える。あなたが本当の天国を体験したいなら、大神から奪ったものを耳を揃えて返すことである。

あなたは、「ここ」を分けることで、前後左右、遠近、日本外国、内外、この世あの世、云々を作り出して、箱の中を右往左往しているのである。あなたは「今ここ」という時空を永遠に体験しているだけであり、風景は変わるにせよ、あなたが真釣りならば、永遠に思い通りの天国を体験し続けられるのである。「今ここ」を造るやり方が魔釣りならば、あなたの「今ここ」はすべてが闇となる。あなたの世界がすべて闇になれば、時間も空間も同時に消え、あなたは、どこにいるのか、今がいつなのか、全くわからなくなる。あなたがその恐怖を避けようとすれば、あなたはその恐怖の中に自ら歩を進めていくことになる。あなたが思ったものは、実体化する。あなたが死を避けようとしても、あなたが言う「死」は自らが作った自らの現実のイメージであるから、あなたが最悪の事態を避けようとしてアレコレと画策する限りは、必ず、実体化する時がやって来る。あなたが本当の死を体験したくないならば、死を消すことである。無いものをあると言えば、それを実体化する力を自らで作ったことになり、自らが実体化した恐怖の中に自らを放り込むことになる。逆に、あるものを無いと言っても、あなたがそれを消すことはできない。実体化しないようにするほど実体化するのである。元々存在するものはあなたが力を使わなくても実体化する。あなたが本当の天国を体験したければ、一目散にそれに向かって突き進むことである。

                               ナムウ

元つ話 353 分かつ知で「今この瞬間」を分離したあなた

2012-07-02 Mon : 長谷章宏語録 
真釣りの代は言わば「濃硫酸の海」であり、真釣り外したあなたは、大神が用意した子宮がなければ、融解してしまう。真釣り外した身魂は、岩戸というバリアの中に入らなければ跡形もなく溶けてしまう。岩戸の中で、大神が臍の緒を通して教えることを素直に聴いて、真釣りを戻して、真コトのヒトに戻れば、真釣りという濃硫酸の海がただの水になり、あなたは死ぬことはなくなるのである。あなたが臍の緒の言葉を完全無視しているから、あなたの目の前にこの本が現れたのである。この本は、あなたの臍の緒に鳴り響く神言を耳(実身)に聞こえるようにしたものであり、あなたの最も奥深くに封印された事実を述べ伝えるための型示しである。あなたが内の言葉を無視し、外の言葉にばかりに耳を傾けているから、鏡を渡したのである。あなたは、子宮に入る前にいたところへ戻るだけである。

元々のあなたは光の存在である。あなたは成長するのでも進化するのでもない。あなたの光を曇らせた汚れを磨いて取るだけである。あなたが持っているすべてのアヤマ知を捨てること、真中の曇りを磨いて元の真コトの輝きを取り戻すことが心の掃除であり、身魂磨きであり、真釣り戻しなのである。今あなたがいる所は、魔釣りの教義を信仰して曇った真中の埃を真コトで掃き清める魂の神社、魔釣りの嘘を学んで真実が見えなくなった自らに真釣りの自らが真コトを教え直す魂の学校でもあったのである。時が至れば、当然のことながら、現代社会にある、文字通りの「刑務所(神社、学校)」も含めて、魂の刑務所(神社、学校)は蜃気楼の如く永遠に消えてなくなる。子宮がなくなれば、あなたという存在は濃硫酸の海に溶けて海の一部となり、もう二度と自分の人生を歩むことはできなくなる。

天国が未来にあると思い込んでいることが、人類の歴史の進歩発展神話の原動力である。元々全き光の存在であるあなたに進歩や発展などない。あなたは自分自身に騙されていたことに気づかなければならない。現実というのは、永遠なる今の瞬間の連続を体験しているだけであり、実際には、過去も現在も未来も存在しない。それらは、分かつ知で「今この瞬間」を分離したあなたが、今の瞬間に作り出しているただのお話に過ぎない。過去がなければ未来は作れない。未来を作っているあなたは過去を見ている。その過去と未来を分けているのはあなたであり、それを想像しているのは、今この瞬間である。あなたは、明日が来ていないのに明日の心配をし、もう終わってしまった過去の映像にしがみついている。あなたは今に生きてはいない。あなたは過去と未来の幻想を見るために生きていることになる。そして突然、明日という日常が消え、晴天の霹靂の如く、避ける間も無く究極の苦脳と暗闇の世界に放り込まれる。あなたが次の瞬間に生きているという保証はない。

                            ナムウ


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