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元つ話 443 物理次元で体験している恐怖は、別の次元では恐怖ではない

2012-09-30 Sun : 長谷章宏語録 
あなたが存在するどの世界にも死は存在しない。この世が存在しなければ、この世で戦争をすることはできない。戦争をする空間が存在することが戦争をするための前提条件なのである。物質次元を超えた次元では、プログラムと映像は一体であり、その次元のあなたは、そのプログラムの構成要素そのものである。コンピューターとは別の次元にそのプログラムが存在し、プログラムが存在する次元にあなたの本質(魂)があるとすれば、その次元では、物理次元で映像化されたものと同じものを、現実としてそのまま体験していることになる。あなたが、肉眼で見ている映像というのは、心の世界では、一体不可分の関係だということである。つまり、あなたの心の映像というのは、あなたの存在する世界そのものであり、その世界があなたの実体なのである。あなたがそれを消滅させるには、その映像を産み出しているあなた自身を消滅させなければならない。ゆえに、その目的は、物理次元での肉体的な自殺では達成できない。肉体的な自殺をしたら消滅できると思っているその映像があなたそのものであり、肉体的な自殺をしても、その思いと映像は永遠に続くことになる。あなたがそれをやめるまで無間地獄のような現実が永遠に続くのである。

あなたの本質を消滅させられるのは、あなたの本質を産み出した存在だけである。物理次元を越えた次元では、あなたの思いそのままに現象化されるから、あなたが永遠に生き続けると決めれば、あなたには、自ら消滅させる理由はない。物理次元で体験している恐怖は、別の次元では恐怖ではない。なぜなら、その次元は物理次元での消滅(死)を体験しても存在する次元だからである。あなたが恐れている死は、物理的な体の消滅が自らの消滅であるという観念に基づいて物理次元から想像している条件付きの死であり、あなたそのものに「死」という現実は存在しない。分かり易く言えば、心があなた自身であり、そのあなたが物質でできた肉体という着ぐるみを着て、物質で構成された物理次元という箱の中の世界を体験しているのが、今のあなたなのである。「体験した」という思いは、あなたの心の中の映像を表現したものであり、その存在の有無は物質の有無とは関係しない。

物質で構成された世界は、同質の組成の肉体でなければ、体験できない。あなたが死と思っているのは、あなたが、今、実際に触ることができる物質で構成された世界から抜け出して、別の組成の物質で構成された世界に移行することである。従って、あなたがその着ぐるみを脱いでも、今のあなたが触れることができるのとは別の世界を同じように体験することができる。あなたがどの次元の世界を体験できるかは、今のあなたがどの次元の体験を実現可能なものと確信しているかということで決まる。実は、今あなたがいる次元が最も凝り固まった世界なのである。あなたには今以上に不自由な世界は存在しない。最も自由な体験ができる次元から見れば、今のあなたは時間的、空間的に停止して見える。つまり、死んでいるのである。今のあなたが物理的に自殺を図っても、他殺を計っても、本当の意味で、今のあなたにとって心地悪い状況から逃れることはできない。それをすれば、後はあなた自身の消滅が待っているのみである。あなたが、自由な世界が存在することを心底から確信するならば、その世界に移行することは可能である。ただし、それを実現するためには、今持っている思い込みの完全消去、つまり、あなたの中のすべての制限、条件、言い訳、逃げ道を封印することが絶対条件である。あなたが生死時空を超えた苦労と辛抱を惜しまないならば、今のあなたが想像している「死」を恐れる必要はどこにもない。


     「実践・日本真道」 長谷章宏著より
                           
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「実践・日本真道」ご希望の方はリンク先<長谷章宏氏の著書の紹介>をクリックしてください。

(参考までに「実践・日本真道」より追加抜粋)
元つ大神から、昭和19年に、岡本天明氏を通して、「日月(ひふみ)神示」が降ろされている。これは、黒住、金光、天理、大本と、近現代日本を通じて、元つ大神が、時代に合わせて世界の親であるヒノモトに向けて降ろした、真コトの神仕組みと世の立て替え立て直しを予告する一連の神示の流れの預言である。平成4年には「火水伝文」が、現代の日本人に分かる文章で降ろされている。著者のこの本は、その集大成であることをお伝えしておく。

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元つ話 442 地球を含む物質的宇宙が消滅しても、その宇宙が生まれた(有形になった)宇宙が出現する

2012-09-29 Sat : 長谷章宏語録 
『形で心を壊す』という映像は、それを想像(イメージ化)するところ(心、時空)が存在することで、初めて映像にすることができる。その時空がなければ『形で心を壊す』という思いは存在することができない。その時空が存在するから、その言葉を形にすることができるのである。実際には、その時空そのものは壊せないから、形が心を壊すことはできない。『脳が心を作り出している』という思い(考え、仮説)も、それそのものが心の働きが生み出したものであり、この思いを正しいものだと思い込めば、肉体で操作できるものを研究して、その仮説を証明するための証拠を積み重ねるという行為をし続ける。しかし、それは限定した世界の中でのことであって、それが絶対真理であることは、絶対に証明できない。現象の上での感情や行動を脳に働く薬で制御することはできる。だからといって、『その考えは正しい』という結論にはならない。それは、コンピューターの回路上での操作で動きを制御しているようなものであり、実際には、回路上の配線や部品の交換でプログラムそのもの(エンジニアの思考の中にあるプログラム)を変えることはできない。もし、この仮説が真理ならば、「創造主を作れる薬」を開発できるはずであるし、これを発展させると『この世が滅べばすべてが滅ぶ』という仮説も証明できることになるだろう。

この世が滅んで無になったとしても、その「無」が存在する場所は存在する。実際に無になる時が訪れたとしても、無になると思い込んでいた者だけが、無になったこの世と共に消滅するだけであって、その「無」そのものが存在していた空間は存在し続けている。より高次元の世界から見れば、それより下の次元の形が無になるだけのことであって、その上の次元は「有」であり続ける。たしかに、自らの認識している「有」をすべてだと思い込んでいれば、「無になる」とは、「すべてがなくなること」であり、その者にとっては、命に関わる大変なことであるから大騒ぎするのは当然のことだといえる。しかし、それは、単に、有の中に作られた有が消滅するだけであって、無になると思っている自分が認識できる有の世界とそこにあるものが無になるだけの出来事に過ぎない。簡単に言えば、最先端の科学文明が滅亡しても地球は存在し、その地球を含む物質的宇宙が消滅しても、その宇宙が生まれた(有形になった)宇宙が出現するだけである。つまり、自らがどの次元を体験するかというだけの違いであって、あなたが存在する世界は絶対に消滅することはない。今のあなたが思っている死の概念は、「条件付きの死」であることを知ることで、恐れや不安、それを動機とする戦争、戦争にまつわる反対運動や、戦争の大義、憲法改正の議論、その他諸々の、より高次の次元からみれば些細なこと、つまりは、この物質次元で生き延びることにエネルギーを使うことは、全く無駄で意味の無いことになってしまうのである。それは、何の生産性もない労働に自らの生命エネルギーを浪費しているようなものである。

人の死については大騒ぎするが、土の上の細菌の生死など微塵も考えずに平然とコンクリート舗装をする。より高次の次元の思考にその同じ思考が存在するから、人間のその思考を実行することができるのである。より高い次元から見れば、人体というのは「物質的肉体」であって、その有無は、より高次の世界の肉体の存在の有無には、全く影響しないのである。「肉体=命そのもの」ではなく、命の源自体が消滅することはないのであるから、肉体次元で『人間を殺してはならない』と叫んでも、その叫びはどこにも届かない。あなたが『イノチ自体は消滅しない』ということを認めないならば、言い換えると、すべての存在を存在させつづけるもの(宗教的に言えば「創造主」「ありてあるもの」、科学的に言えば「宇宙創造のエネルギー」)を否定(抹殺、消去)するならば、あなたは死の概念に囚われ続け、次元を移動しながら自殺を繰り返した末に、すべての次元から自分という存在だけを永遠に消滅させることになる。「死」とは、自らが生み出した幻想(錯覚、誤解、思い違い)が呼び込む、次元を超えた自殺行為であって、最終的には、存在の本質には全く影響しない、自己完結した自業自得の個人的現実(一人芝居)の一つに過ぎないのである。

      「実践・日本真道」 長谷章宏著より
                           
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(参考までに「実践・日本真道」より追加抜粋)
元つ大神から、昭和19年に、岡本天明氏を通して、「日月(ひふみ)神示」が降ろされている。これは、黒住、金光、天理、大本と、近現代日本を通じて、元つ大神が、時代に合わせて世界の親であるヒノモトに向けて降ろした、真コトの神仕組みと世の立て替え立て直しを予告する一連の神示の流れの預言である。平成4年には「火水伝文」が、現代の日本人に分かる文章で降ろされている。著者のこの本は、その集大成であることをお伝えしておく。

元つ話 441 もともと存在しない戦争を具現化しているメカニズムを知らずに、『なぜ戦争がなくならないのか』と問い続け

2012-09-28 Fri : 長谷章宏語録 
この本に書かれていることは、はじめからおわりまで、「すべて」紛れもない事実である。

あなたは、なぜこの本を手に取ったのか。なぜ読み始めているのか。あなたが今この本を手にしているということは、その理由が何であれ、今のあなたにとって一番大切なことが書かれている本だという証である。あなたはこの本で、「本当の自分」と出会うことになる。

あなたはあなた自身についての本当の真実を知らない。あなたが、もしそれを知っているならば、この本は手にしていない。この本にある事実を一つでも疑う(否定する)ならば、あなたはこの事実を認めたことになる。あなたが知っているのは、ウソの真実である。

この本にある事実は、あなたの本当の姿(正体)を映し出す鏡である。それが今のあなたにとって受け入れ難いものであっても、実践の過程を通じて認めざるを得なくなっていく。

この本は、現代社会に生きる日本人全員が罹っている「100%命を落とす心の伝染病」を完治させるための隔離病棟である。あなたに一つでも問題や悩み、疑問、思い通りにいかないことがあるならば、あなたは既にウイルスに感染している。その正体は一体何なのか、どんな症状を呈するのか、そして、そうすれば完治するのか、それらはすべてこの本に書かれている。この病気は、生半可な治療では完治しない、治療が遅れれば遅れるほど進行が早くなる、恐ろしい病気である。しかし、あなたが本当に真剣に直そうと努力すれば必ず直る病気でもある。完治するまで絶対に、この隔離病棟から出ないこと。それが、ウイルスをあなたの中から完全になくすための、唯一の約束事である。この約束を忠実に守れるなら、あなたは永遠の免疫を手にすることができる。もう二度と感染することはない。

あなたがこの本を読むとき、苦しく感じるかもしれない。この本に限らず、苦しさという感覚は、あなたが出会った対象(状況、意見、考え、思い、現実、相手)を認めていない(抵抗している、拒絶している、否定している、拒否している、避けようとしている、操作しようとしている)時にあなたの中に生ずる反応である。あなたが今持っている価値観(思想、理念、観念、思考、常識)が創り出す現実(体験)は、「心の痲薬」の常習者の創り出す幻想である。この本は、その幻想から目を覚ますための解毒剤であるから、読んでいて苦しいほど中毒症状が重いと思って欲しい。それは、麻薬患者から痲薬を取り上げるのと同じ作用である。あなたが心の痲薬を完全に自分の中から追い出さない限り、あなたが本当に求めている現実を手に入れることは絶対にできず、あなたは本当の意味で楽になることはない。

この本を目にした瞬間、あなたは、あなたの心の深奥にある真実から離れられなくなる。この本自体を目の前から遠ざけることはできるかもしれない。しかし、あなたがこの本に書かれていることをすべて受け入れ、正直に認めて、自らの体験を通して得心しない限り、この本を焼き捨てようとも、著者を抹殺しようとも、あなたの中からそれが消えることはない。この本はあなたの心の奥深くにある「本当の真実」を再び目覚めさせるための触媒であり、あなたがすでに持っているものを目の前に鏡として見せているだけだからである。

この本を誰かの目に触れないようにしようと思ってもそれは全く意味がない行為である。その行為そのものが、実は、あなたがこの本の正しさを認めた証しなのである。この本やこの著者がこの世から抹殺されたとしても、この本に書かれた事実(本当の真実)そのものを消すことは、絶対にできない。あなたが何かを抹殺しようと思うのは、その何かの存在が、あなたにとって都合が悪いからである。『自分は見たくない』という理由で、すでに存在しているものを消そうとしても、それは不可能である。目に見える形を破壊することはできるかもしれないが、その形を具現化した思い(大元の響き)を消すことはできない。物理次元を超えたところ(心界)では、依然、あなたの目の前に存在し続けているからである。

物理次元を超えた世界に存在するものは、具現化された形を物理的に消滅させたとしても、その存在自体(本質)を消滅させたことにはならない。その本質が存在し続ける限りは、物理次元の(肉体を持つ、人間としての)あなたの目の前に、何度でも繰り返し具現化することができる。プログラムが存在する限り、コンピューターを破壊したとしても、別のコンピューターを介して再び映像を具現化することができる。つまり、「肉体を使って心の世界を壊す」、「核爆弾で思想そのものを滅ぼす」ということはできないのである。どちらがどちらを産み出すのか(どちらがどちらの産みの親なのか)を考えてみれば、それは明らかである。形としてそれを実行できたとしても、それは、その行動の過程を心の映像として追体験したものを「現実」として認識しているだけであって、真実のところは『本当に破壊できる』という幻想を追い求めているだけに過ぎない。このことに気がつかなければ、本当はどこにも存在しない問題を自ら生み出し、『いつか解決する時がくる』と思い込んで、それを解決するための「ゴールのないマラソン」に心血を注いだ末に、望みとは全くアベコベの現実(結末)を体験することになる。例えば、もともと存在しない戦争を具現化しているメカニズムを知らずに、『なぜ戦争がなくならないのか』と問い続け、戦争を無くすための戦いに心血を注ぎ、報復の連鎖の末に相討ちで滅亡する、という現実である。

       「実践・日本真道」 長谷章宏著より
                           
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(参考までに「実践・日本真道」より追加抜粋)
元つ大神から、昭和19年に、岡本天明氏を通して、「日月(ひふみ)神示」が降ろされている。これは、黒住、金光、天理、大本と、近現代日本を通じて、元つ大神が、時代に合わせて世界の親であるヒノモトに向けて降ろした、真コトの神仕組みと世の立て替え立て直しを予告する一連の神示の流れの預言である。平成4年には「火水伝文」が、現代の日本人に分かる文章で降ろされている。著者のこの本は、その集大成であることをお伝えしておく。

元つ話 440 形に見えたものを追いかけてると間に合わない

2012-09-27 Thu : 長谷章宏語録 
君たちは全員、掃除をさぼって怠けてたんだよ。どっちが得かを考えて、怠けて楽してる奴に文句を言う資格なんてないぞ。犬は命令通り、猫は自分勝手。犬と猫は神さまの型示しなんだよ。神さまは完全猫型を要求してるんだよ。完全猫型は神さまの犬型なんだよ。犬は世話が必要だけど、猫は自分勝手にやるんだよ。神さまの命令通り、つまり、自分自身の命令通り、神さまの命令を聞けば、完全自由なんだよ。『俺の言うことを聞け』って言う奴らを無視すれば完全自由になるんだよ。猫を犬が封じ込めてたんだな。一人一人が自分勝手に自由に生きることが、神さまの世の統合を創り出すんだよ。一人一人が神さまの言う通りに動けば、全員が絡み合って天国が出来ていくんだよ。本当の意味で自分勝手にしないと君の天国はないんだ。君たちの今の議論は『21世紀にならないと実現しない計画』ばっかりだろ。どんな改革や変革を進めるのも勝手だけど、君自身のФを掃除しなけりゃ(21世紀に行けなけりゃ)どんな計画もオジャンだよ。ま、実際は21世紀に行けば好きなように天国を創れるから、君たちの今の議論は意味がないけどね。君たちが今語ってる「素晴らしい天国」は「破壊」がなけりゃすぐにでも実現するだろ。21世紀は犯罪も病気も破壊も怪我も事故も死もないから、簡単に実現するんだよ。君たちの夢見てる21世紀を実現したいなら「社会問題対策」より「自分の心の掃除」が先決だよ。

長谷先生は、人間の肉体をもって、人間の世界の言葉、人間の世界の言葉のイメージ、人間の世界の取り違い、人間の世界の材料を使って、人間の肉体から見た神さまの世界を語って、人間のお掃除を手伝う役目の魂なんだよ。神さまの意志を人間に伝える役目なんだな。神さまの意志を現代人の肉体の感覚やイメージで伝えなけりゃ君たち現代人にはわからないだろ。今までは「宗教」って形だったけど、最期の最期は人間と人間が語ってミロクへの準備をするんだよ。この手紙は、君たち「Ф人間」から見てわかるように、「世界全員」にわかるようにしてあるんだよ。神さま⦿がいるのは日本で、Фのやり方を一番形にしてるのも日本だから、現代日本語でФを教材にして伝えるのが「神さまの伝道計画」の総仕上げなんだよ。長谷先生は、東京に生まれて、現代文明の大都会でФのやり方を体験して、⦿をФに伝える訓練を終えて、今この手紙を書いてるんだよ。日本語を外国語に翻訳すれば、それで全世界に伝わるだろ。長谷先生は君たちの言う宗教じゃなくて、日常生活で修行して日常語で君たちに伝えるのが役目なんだ。「神示」じゃ、日本人の一部にしかわからないからね。長谷先生は日本語で原本を出すだけ。後のことは通訳や翻訳の専門家に任せるよ。全人類への神さまからの最期のオフレ(警告/通牒)の告示だぞ。

現代社会の「宗教と科学」を統合して、本、電話、FAX、コピー、ワープロ、コンピューター、銀行、郵便、新幹線、飛行機等々の現代文明Фの道具を総動員して、神さまの最期の終教を伝道するのが、長谷先生の役目なんだよ。物質文明の時代の高度情報化社会の時間争奪合戦の中に「文明の利器」を総動員して、世界全員に⦿を伝えるんだよ。神さまは全世界人類の親だからね。この時期に、徒歩で世界中を旅行して、一人一人に伝えてたんじゃ間に合わないだろ。最期はФの究極の道具(インターネット)を使って全世界に伝えりゃ瞬時に伝わるんだよ。Фの支配の道具に⦿情報を接続すれば、全世界に⦿が伝わるんだぞ。Фが創った道具を⦿が使うんだな。一発逆転、魔釣りФで創った情報伝達網は、真釣り⦿情報の伝達網になるんだよ。神さま⦿が、Фの道具を使って「白黒反転」をするんだよ。⦿さえ伝わればいいから、すべての宗教が出尽くした後で、最期の最期に出てくるんだよ。君は⦿のことを知るだけでいいからね。最期の宗教は自分自身が教祖だと気づけばいいだけだからね。⦿を受け取って、⦿を知って大掃除を迎えれば、何とかなるかもしれないからね。君が本当に100%信頼すれば今からでも充分間に合うんだよ。長谷先生にこのことが知らされたのはつい最近のことなんだけどね。長谷先生自身も「!」だよ。

「時代の変化」ってのは「心の変化」が形で見えたものだよ。神さまの意志の変化の型示しだよ。心が時間差で形だよ。形に見えたものを追いかけてると間に合わないんだな。21世紀に近づくほど、時間の密度が濃くなるから、形に現れるのが加速するから、今までの思考速度で形だけ見てたんじゃ何がなんだかわからなくなっていくんだよ。形だけ追いかけてる奴らは形になってからじゃないと対処できないだろ。神さまの意志を知って形を見てれば、問題の根本も21世紀のことも全部わかるんだよ。長谷先生がこういうことを書けるのはどうしてか、君たちにはわからないだろ? 先取りして言えるのは、⦿心で見てるからだよ。ただし、Фで予言してる奴らは今の世界の延長だから嘘だけどね。形でしか見えない奴らばっかしじゃ何も知らずにみんな死んじゃうから、見えてる奴がお知らせするんだよ。長谷先生はお知らせするだけだから、長谷先生の批判は無意味だよ。長谷先生のお知らせを聞くか聞かないかは君たち一人一人の問題だからその積もりでな。

                           ウナム

元つ話 439 今世が最期の生まれ変わりなのさ

2012-09-26 Wed : 長谷章宏語録 
今までの常識の中の自分を守ろうとしても、得を守ろうとしても、命を守ろうとしても、そんなことはもう意味がないんだよ。物質でしか遊べない心を持ってるなら、物質文明の常識やФのルールを基にした「平面思考」しかできないなら、君は神さまの世界からアウトなんだよ。神さま⦿を信じないってことは、21世紀は要らないって言ってるのと同じなんだよ。神さまは君の注文通りにしてくれるんだよ。21世紀ってのは、神から人まで、上から下まで全部⦿だから、神さまの世界からアウトになる=永遠の消滅なんだよ。神さまの世界の処世術は⦿だよ。Фの人間の処世術は一切通用しないんだよ。世渡り上手だった諸君! これからは世渡り下手ってことになるな。⦿を身に付けないと死だよ。

神さまは、神さまが創った世をこれだけ乱しに乱すことがわかってても、本来ならば、神さまの世の「掟破り」で、即、死刑にするところを、今の今まで超超超大情けをかけて、『ミロクまでに自ら気づいてくれよ』って「仮の世」を陰で支えて待っていてくれたんだよ。神さまが全力を出したら、ルール通りに直したら、今の君たちは「ひとたまりもない」んだぜ。神さまが⦿にしたら、物質の世のФの形は全部大掃除なんだよ。ノア方舟状態だよ。全世界がムー大陸の運命だぜ。神話や空想の世界の話じゃないんだぞ。地軸の移動をどう止めるかって議論したって、隕石をどう避けるかって議論したって、地震や噴火を予知できたって、全く意味がないんだよ。問題解決の提案はたくさんあるけど、あと1年で「すべての問題」を解決できないなら、全世界を天国にできないんなら、今の科学や宗教や政治や教育は、もう意味がないんだよ。神サマФの知恵を基にした科学や宗教にФが創った問題を解決できるわけがないだろ。君が⦿してなかったら、もう物質の世界じゃ助かるところはないんだよ。死んで逃げても助からないんだよ。そこは幽界だからね。

何万年も先のことじゃなくって、後数年の出来事なんだぜ。君たちが想像してる「一番悲惨な状況」がもう目の前まで迫ってるんだよ。神さまの大掃除は避けられないんだよ。どんな体験をするかは一人一人違うけど、全員が大掃除の対象なんだぜ。一人として逃げられないんだよ。君がちゃんと神さまの生き方をしてりゃ何が起きても何にも関係ないけどさ。君がФのままなら、たとえ何万年後のことだって、君はその体験を避けられないんだよ。君は今の宗教を信じたままで生まれ変わって再びその時代に生まれるんだからね。今ここで長谷先生の言うことを無視してるようじゃ、もう改心の見込みはないな。君はФのまま『問題を解決しよう』『悪を退治して天国を創ろう』『自分の損は誰かのせいにしよう』ってし続けるから、本当のことに気づかないどころか、ますます世を悲惨な状況にするだけなんだ。問題が問題を呼ぶ堂々巡りがますます加速していくだけなんだよな。

な~んて言ったって、もうそんなことはないんだよな。君たちは今世が最期の生まれ変わりなのさ。⦿しない限りは、もう生まれ変われないんだよ。「時代錯誤」もいいところだぜ。偽の天国にボケて錯覚して時代の見方を誤ってるんだよ。Фの見方(科学や宗教)で今の形の映像を分析したって21世紀は見えないんだよ。Фの思考で想像したってФの21世紀が見えるだけだよ。21世紀は本当の天国だぞ。完全自由の平和な世界だぜ。『そんなことはできるわけない』ってのは神さまを無視してる証拠だからもう終わりだな。その前に悪の世の大掃除があるんだよ。本当の「洗霊」だよ。魔釣りФの霊の命の残り時間はあと4年弱さ。地球滅亡まであと4年、じゃなくて、君の滅亡まであと4年さ。宇宙戦艦ヤマト(君)がイスカンダル(君自身)に放射能Ф除去装置(⦿)を取りにいかなくちゃ地球(君の現実/イノチ)は全滅だよ。今度の大掃除が終われば、君は永遠の天国で永遠に遊べるんだよ。後何年かの今の苦しみなんて ・ (チョン)だろ。ゼロと同じだろ。

                           ウナム

元つ話 438 どっちを取るかで、これから先の君の「本当の運命」が決まる

2012-09-25 Tue : 長谷章宏語録 
人類ってのは、今の今まで本当のことを何も知らない神サマに見事に騙されて、世界丸ごと地獄(実は、滅亡)っていうゴールに向かって競争してたってわけだ。人類じゃなくって、実は、君のことだよ。全部君のことなんだ。『一人一人が神さまの世界へ行くか行かないか』だからね。心が完全に神さまに同調していないと、神さまの世界通りに動かないと、神さまの世界には行けないんだよ。『何でもっと早く教えてくれなかったんだ』だって? バカも休み休み言えよ。元の始めに神さまを無視したのは君の方だろ。自分が都合よく無視しておいて、『もっと早く』もないもんだぜ。いいかい、神さまが『もっと早く』出てきてたら君がどうなってたか知ってるかい? 今の君なら「即永遠の死刑」だったんだぜ。神さまを無視したら、神さまが創った世界にはいられないんだよ。「偽の天国ボケ」もいいところだぞ。ルール違反の清算をさぼって、痴呆老人の介護をしてる場合じゃないぞ。君自身が神さまの世の「ボケ老神」なんだぜ。しっかりしてくれよな。

これ程の力がある神さまが何で今まで黙ってたのかって言ったら、君たち自らが自分の過ちに気づいて、改心して、自らで過ちを正して、自主的に天国に戻って来てくれることを願っていたからだよ。君自身が、自分が何をしてるのかを自覚して、自分自身のしたことに責任をとれなくちゃ、また同じことを仕出かすからね。『二度と同じことをするな』って言ってる教師が、何回も同じことをしてるんだぜ。神さまは二度と同じことはしないんだよ。つまり、Фの世は一回限りだよ。一回だけ神さまは改心の機会を与えてくれたんだよ。神さまは同じ間違いは許さないんだよ。君が今世で100%改心しなければ、⦿の世になった瞬間、君のイノチは終わりだよ。自分で考える「自立人間」が⦿のヒトだよ。「マニュアル人間」じゃ駄目なんだよ。『神さまの言う通りにやります』ってのは、『自分自身⦿の言う通りにやります』ってことなんだよ。自分⦿の言うこと=神さま⦿心。

自分自身の処方箋で100%動けるようになってなけりゃ(相手も自由だから、100%人の処方箋にチョッカイを出さないようになってなけりゃ)君は21世紀には行けないんだよ。神さまの国の入国(実は、神サマの国からの出国)管理法(神理法/神のコトワリのルール)は⦿だよ。⦿なければ、どんな密入国の手口も通用しないんだよ。密航者が増えてるのは、神さま世界への出国が近づいてる型示しなんだけど、この世でどこに密航(亡命/避難)しても無駄なことさ。この世じゃどの国にも天国はないからね。⦿があれば密航は必要ないし、Ф者は入国拒否。『密航者を取り締まろう(排除)思考』もФだよ。『俺の国にズルして入るのは認めない』ってことだろ。神さまも同じだよ。悪(邪魔者)の排除合戦は両方とも神さまの世から排除だよ。⦿が神さまの世の掟だぜ。自分自身⦿の言うことに同意するか、神サマ教Фの信者の誰かの言うことに同意するか、どっちを取るかで、これから先の君の「本当の運命」が決まるんだよ。自己選択=自己責任。君の心は神さまの指示、誰かの指示は神サマの指示だよ。今までは神サマの指示通りの世界だったんだよ。どっちを無視することに「罪悪感」を持つべきなのかは、もう明白だろ。

                           ウナム

元つ話 437 天国に行こうとしてる奴が自殺しようとするかい?

2012-09-24 Mon : 長谷章宏語録 
自由=自由。それぞれが勝手に動いて、結果として集団になるんだよ。目的が一致した奴同士が集団を創って、終われば解散。一人会社。一期一会の交換ゲーム。一人一人のルールが一致したらその場その場で遊べばいいんだよ。ある集団を創ってからリーダー中心に何かをするんじゃ全員賛成はないだろ。⦿の世界じゃ集団の構成員にルールを強制するコントロール関係はないよ。『「お墓」に行かなきゃ死者と心が通じない』『どこにいても肉体を通して心で話ができる』どっちも宗教だろ? 前者は後者に含まれる。(=「お墓」に行っても行かなくても話ができる)から『だから「お墓参り」をしろ』ってのは成り立たないぜ。どっちを信じてもいいけど、相手に強制する(それを使って相手を動かそうとする)のはルール違反だぜ。最期は「神サマФ教」と「神さま⦿教」の「宗教戦争」だよ。君は君の宗教でいけばいいんだよ。強制する奴の宗教を無視しても君は死なないから、自由に遊んでくれよ。『相手に自分の宗教を強制しない(=相手の宗教を自分に強制しない)つまりは「完全自由」が暗黙の了解(常識/しきたり/マナー/掟/不文律)』なのが21世紀なんだよ。ルール違反者Фは初めから入れないのが21世紀だよ。

君が一人だけでも天国に来てくれれば、それで大喜びなのが、本当の神様なんだよ。神さまは『自分勝手は許さない』なんて言わないからね。『自分で考えて自分の足で歩いて来い』って言うのが本当の神様なんだよ。君が自分で歩かない限り、何も教えてくれないのが本当の神様なんだよ。君が自分で歩かなけりゃ苦しい状況を渡して君が歩くように仕向けることもするんだよ。苦しい(損する)状況ってのは、取ったものを返す清算の機会(天国への切符)なんだよ。取られたものを取り返したり、取った奴を批判したりすればどうなるかわかるよな。君が神さまの言う通りにすれば、君は確実に天国行きだよ。君が君の言う通りに生きていけば、どんな巧妙な嘘でもすぐに見破れるんだ。結局は、みんな自分勝手なことをしてきたんだろ? 君の自分勝手を責める資格がある奴は一人もいないんだよ。君が『自分勝手だ』って言われるのを怖がってるから自由になれないだけのことさ。みんな自分の理屈で勝手なことを言ってるんだから、君⦿の理屈で自由に生きていけばいいんだよ。君が教わってきたのは神さまを忘れた誰かの自分勝手な理屈だよ。その理屈に君が同意すれば、君が神さまの世界には行けないだけさ。『反対!』も同じだよ。

本当に神さまのことがわかったら、喧嘩や信心なんてやっちゃいられない筈だぜ。この神様を無視したら、本当の己のイノチがないってことがわかるからだよ。天国に行こうとしてる奴が、自殺しようとするかい? 何で喧嘩ばっかりしてたかって言えば、神さまを見事に無視してたからだよ。『悪を潰せば平和になる』『神様を信じれば天国になる』っていう神サマの宗教にまんまと嵌まっていたからさ。何でも形の世界で考えるから、見分けがつかないんだよ。言ってることは『正にその通り』だからね。「本当の悪」は君のФだよ。『悪を潰せば平和になる』っていうその宗教を君に厳密に適用したらどうなると思う? 君がその宗教に『賛成だ』って言ってるとしたら、君が今のままなら、それは自殺行為を意味するんだぜ。『神サマを信じてる自分』を信じたらФの大掃除で終わりだ。

                         ウナム

元つ話 436 物を物として見てたら大変なことになる

2012-09-23 Sun : 長谷章宏語録 
物は資源(神さまの化身)の分身だから、物を物として見てたら大変なことになるんだぞ。『モノをどう使うか』ってことは、『神さまにどう接してるか』ってことと同じなんだよ。地球環境を何とかしよう、ウイルスをやっつけよう、お金を奪おう、あいつの会社を潰そう、悪事をやめさせよう、煙草は健康に悪い、あんたは悪い奴だ、あいつに騙された、云々の『○○を(は/に)』ってのを『神さまを(は/に)』って置き換えて言ってみろよ。君たちは今まで何をしてたのかねぇ。君自身も含めて「人(言動)」を批判したり殺したりすれば、その魂(心/神さまの世界)を批判したり殺したりしてるのと同じだぞ。神さまを完全に無視してるから、今のようなザマになるんだよ。『今ある物(人)を生かすか殺すか=21世紀の道具をどう使うか』だよ。君が今世で一つでも殺して(批判して/裁いて/奪って)たら21世紀の道具は使えないんだよ。早々に改心しないと、神さま泥棒や殺神犯や自由侵害者(⦿破壊者Ф)には「永遠の死」が待ってるだけだぞ。

神さまのやり方⦿で物質を遊ぶことはできるから、物質の世でも遊ぶことはできるんだよ。道具の使い方の問題だから、物質文明自体が悪いんじゃないんだよな。物質を使って⦿で遊べば、神さまの世で遊んでるのと同じなんだよ。神さまの世の肉体に交換してそのまま遊び続けるだけだからね。お金で地位を奪うか、お金で楽しむか、はお金をどう使うかの問題だろ。騙してお金を集めるなんて「お金(神さまの資源の化身=神さまそのもの)」に失礼なことだろ。人の●を批判するか、悪●を映画として笑い飛ばすか。⦿してれば肉体を交換して21世紀以降もそのまま続くんだから、君が⦿ならば、誰が何をしてようと一切関係ないだろ。君が⦿してるなら、21世紀にゃ無い映画(誰が何億円収賄したとか、誰が誰かを殺したとか、騙されたとか、風邪の流行とか、重油流失事故とか、人質事件とか、大震災とか、地球環境問題とか、消費税が何%になるとか、人類滅亡とか、福祉とか等々)はどうでもいいことだろ。そういうこと(物質世界の出来事や物質文明の基準で議論すること=Ф思考)をしてると君の21世紀は幻だぞ。『そんな考え方はオカシイ(バカバカシイ)よ』なんて言ってる奴は論外だな。永遠のオサラバだよ。

『21世紀はそのまま続く』ってのは⦿した奴にとってのことさ。物質思考をしてる奴にとっては突然、世界の終末が来るんだよ。肉体思考で見てる21世紀は別の次元の21世紀なんだよ。その「別の次元」ってのは永遠の滅びの幻の世界さ。つまり、永遠の死の世界だよ。「問題が残る21世紀」は現実にはない世界だよ。今君たちが議論したり計画したりしてる21世紀は、残念だけどもう実現しない幻だよ。今はФでも⦿の21世紀を想像することはできるけど、Фの掃除っていうハードルを越えなけりゃ、実際に行くことはできないんだよ。肉体思考で創り出した21世紀は⦿しなけりゃSFだよ。神さまの世じゃ君のすることにケチをつける奴は一人も居ないから安心していいぞ。自分が自分を○って評価して生きてくれよ。最期の砦は「神様」を君の心から消すことだよ。Фの自分を、Фの親を、Фの教祖を、最期は「神さま」を消せば神さまと一体になるんだよ。神さまを奉るのも恐れるのも結極は同じことだよ。神さまと共にいれば「自分だけ」だよ。最期は「自分っていう意識」も消えるんだよ。自分はいないけど自分は遊んでるんだよな。

                           ウナム

元つ話 435 「学校」というのは「最大の宗教団体」

2012-09-22 Sat : 長谷章宏語録 
皆さんが今まで学んだことはトラブルしか創りだせない「あやま知」である

皆さんは、たとえ皆さんが生まれた時に「競争社会」がすでにあったとしても、それを選ぶ必要はなかったのだ、ということを知っておいてください。ただ、こういうふうに「教育」されなかっただけのことです。(競争は「原理」ではありません)。つまり、「教育」というのは、皆さんの体験を創りだす「宗教」を伝えていく重要な役割をもっているものであるということです。いわば、「学校」というのは「最大の宗教団体」なのです。

この「教育」が、「(大きな法則から見て)間違った宗教(これを「あやま知」と言います)」を教えていれば、どんなに教育しても、「間違ったもの(これを「過(あやま)つ形」と言います)」しか創りだせないのです。「学校」がアベコベのことを教えていれば、いつまでたっても望むものは形になることはないということです。こういう意味からすれば、日常生活すべてが「学校」であると言ってもよいのです。そして、そこで学んだ結果が皆さんの体験であり、皆さんのすべての体験が「教育」の成果なのです。

「学校」が「トラブル」を創りだす「宗教」を教育し続けるならば、永遠に「トラブル」を創りだし続けることになるのは簡単な道理です。現れた結果は、皆さんの思惑とは逆に、皆さんが望んでいない形なのです。でも、その道理を知ってか知らずか、今に至ってもまだ、同じことを繰り返している人達がほとんどだという訳です。そして、先に行けば行くほど、訳が分からなくなってくるのです。「悪いことはやめなさい」と言っても、それを創りだしたのは、「悪いこと」を決めて、「やめるべきだ」という宗教を選んで、「外をコントロールするゲーム」に同意している、そう言っている本人の問題であり、その「やめさせる」対象の人物は「悪くも善くもない」のです。

「二度と同じことを繰り返すなら許さないぞ」と言っている先生が、何度も同じことを繰り返し、そのセリフの通りのことを自分にはしていないというオカシナ結果、矛盾を持っているのが、今の「教育」なのです。自由、平和、平等、仲良し、自立を目指す学校が、「不自由」「不平等」「争い」「タテマエの付き合い」「頼り合い」を創りだす方法を教えているのです。早く気づいて完全に修正しないと、この先は、それこそ、「大変なこと」になるということを、今ここでお知らせしておきます。

これは教育だけに限ったことではなく、今の社会ゲームすべてにあてはまることなのです。「地獄の方法」を使って、創れもしない「天国」を創ろうとしているのですから、いつまでやっていても、お望み通りのものはできません。ですから、今回の「天国の方法」三部作という道具を使って、これ以上トラブルゲームで壊さないように、今までのゲームをアベコベにする(実は、元のゲームに戻す)方法を提供しているわけです。

皆さんは、この本を読んだら最後、「人がやったらやろう」等とのんびりしたことを言っている暇はなくなります。何せ、今までのゲームをやっていると最後の最後で自分が危なくなること、そして、元のゲームに戻すプログラムが非常に加速していることを知ることになるのですから。自分の損することはしないのが皆さんですから。

今までは、人類の歴史を通じて、ずっと、正しいものとして、「あやま知」を教育し、「過つ形」を創りだし続けていたのです。そして、今ここに来て、ますます混乱を形にする結果となっているのです。外側を何とかしようとしている皆さんは、大きな宗教を替えないまま、善くしようとしても、アベコベの結果(さらに問題を創りだす結果)になるということをここでしっかりと学んでください。

そして、さらに、重要なことは、今ここで、もうそのやり方は一切通用しなくなる方向へと全体が加速しているということと、これを無視すると最後の最後で「取り返しがつかない、大変なこと」になること、をしつかりと認識しておいて欲しいのです。

これは(詳しくは後で述べますが)、すべての「あやま知」「過つ形」をタテカエて(一度壊して最初の状態に戻して)、本来の形にタテナオす(別の形を創りなおす)、大きな「神のプログラム」(その最後の仕上げというのが「天変地異の形をとる外側の大掃除」であり、その前に、少しでも楽に大掃除を超えられるようにと、この本に書かれているような情報が今ここで提供されているということです)が動きはじめているからです。


神の「タテカエ、タテナオシの仕組み」については、今回のメインテーマですので、後々詳しく触れることになりますが、今ここで、自分の人生についての真実をしっかりと見つめていないと、皆さんという魂の存在が、今この人生で終わりになることをしっかりと覚えておいてください(残念ながら、この「神のプログラム」は、皆さんがどんなに抵抗しようとも止められないものであり、抵抗すればするほど、自分が自分の首を締めていくことになるのです)。

                            章

元つ話 434 文句、不安、心配、責任追及、勝ち負け損得ゲームは「あやま知人間」のゲーム

2012-09-21 Fri : 長谷章宏語録 
そなたはこの方が構えた「情けと花の仕組み」を知らんから不安になるのぞ。この方の仕組みを知らんから自らの真釣り外しのお知らせである「苦」を自分以外のせいにできるのぞ。そなたは楽をしようとするから苦で知らせるのぞ。自分以外のせいにするとますます真釣り外しをすることになるのぞ。そなたは自分で自分を苦しめているのぞ。自分が自分で苦しんでいるのに自分以外のせいにするとは何事であるか。神なる身の自覚なきもほどほどにしろよ。そなたは掃除終わっていないから病気や苦しみやトラブルがあるのぞ。自分がどうなるかと心配していると永遠に掃除終わらんぞ。心配することは魔釣りぞ。自分だけ勝手であるぞ。心配やめると真釣りになるぞ。そなたを通して神がやっていることを何故にそなたが心配するのか。この方は喜びを創るだけであるぞ。喜びを創ろうとしているこの方の言うことを心配するというのはどういうことであるか考えよ。

文句、不安、心配、責任追及、勝ち負け損得ゲームは「あやま知人間」のゲームぞ。そなたが自分で自分を苦しめているのに気づかん限り、そなたは文句言いつづけるぞ。そなたは心配し続けるぞ。そなたは人を責めつづけるぞ。トラブルや問題や悩みや葛藤や不調和を創り続けるぞ。それはこの方の望みではないのぞ。そなたが人の責任ゲームを続けている限り、そなたに天国はないのぞ。そなたはそなたの首を自分で締めているのぞ。早く気づかんとそなたが危ないのぞ。回りにも迷惑であるぞ。迷惑だというそなたが迷惑であるぞ。回りには何の責任も何の問題もないのぞ。そなたがそういう見方をしているだけであるぞ。そなたが見ているものはそなたの姿であるぞ。この道理わかるようになれよ。

この方のやり方を生きることを決めた者は、どこまでもやり通せよ。そなたを悪く言う者は人の責任ゲームをやっている者であるぞ。そなたが気になるというならば、そなたも人の責任ゲームをやっているぞ。罪悪感はいらんのであるぞ。無私してよいのぞ。悪く言われておけよ。気違いに成っておけよ。悪者に成っておけばよいぞ。そなたがキチガイの見本になるのぞ。キチガイになりたい者の前例になるぞ。モデルになるぞ。この方の生き方をしたい者がそなたを見て安心するぞ。キチガイが増えれば神の世は近くなるぞ。キ違いになれば、神が入るぞ。キが違うのぞ。狂っているのではないぞ。神のキがはいるのぞ。キが違うと人生が変わるのぞ。喜びを創るこの方の言葉を拒否しているそなたの方が狂っているのであるぞ。そなたが言っている言葉はそなたのことであるぞ。キはシナリオ。

                           章

元つ話 433 悪の芽、悪の糸はもう切ってあるのぞ

2012-09-20 Thu : 長谷章宏語録 
そなたには過去や未来というものはないのであるぞ。過去も未来も人のことも社会のことも、そなたが今語っていることは、すべて今この瞬間にそなたの基準でそなたが創っているものであるぞ。そなたが想像していることをそなたの肉体で翻訳しているだけであるぞ。そなたが見ているのは目の前にある形だけであるぞ。目の前のその形には決まった意味はないのぞ。そなたは想像の世界でアレコレ創りだして、アレコレ決めつけているだけであるぞ。そなたは過去のことか、未来のことか、人のことか、仮定のことか、今この瞬間以外のことを語っているぞ。そなたが心配しているのはそなたが創った幻想であるぞ。まだ起きていないことをそなたが勝手に心配しているのぞ。もう終わったことを勝手に後悔しているのぞ。そなたは今この瞬間を連続して体験しているだけであるぞ。そなたは自分で自分の体験を勝手に決めているぞ。あるわけがないと決めているぞ。もし、もし、と言って勝手に都合よく物語を創ろうとして悩んでいるのぞ。したことは消えないぞ。

そなたが語っている「○○さん」というのはそなたが創ったその人の姿であるぞ。そなたが見ているものはすべてそなたが創ったものであるぞ。そなたがそなたの基準で目の前のものを見て勝手に解釈しているだけであるぞ。そなたが語っている社会というのはそなたが創った社会であるぞ。社会は不況ではないぞ。そなたが不況に見えるやり方をそなたが選んでいるのぞ。そなたが選んでいるやり方でやると不況になるのぞ。不況をどうにかしようとするともっと不況になるぞ。不況が恐怖になるぞ。そなたのやり方は最後の最後はすべてアウトであるぞ。集団自決であるぞ。悪の芽、悪の糸はもう切ってあるのぞ。今までのやり方がまだ続くように見えるのは最後の最後の大掃除のための舞台作りのためであるぞ。いつまでも今までのやり方が続くと思ったら残念がでるぞ。人間ゲーム卒業ぞ。

                           章


元つ話 432 そなたのココロが肉体になるのであるぞ

2012-09-19 Wed : 長谷章宏語録 
そなたが、神を否定するとしたら、そなたは○×をやっているだけではなく、自分より大きいものを否定するというオカシなゲームをやっているのであるぞ。そなたが否定しているのはそなたが創ったものであるぞ。そなたはこの方の中にいるのぞ。なぜにそなたがこの方を見ることができるのか。そなたが宇宙を見ることができないのと同じ道理であるぞ。そなたが宇宙を否定したらそなたはいないのぞ。そなたがこの方を否定したらそなたはいないのぞ。そなたが否定しているのはそなたが創った神であるぞ。この方を否定したいならしてもよいが、そなたはこの方の言うことにもとづいて苦しみを感じつづけることになるのぞ。そなたが選んだ通りにそなたが体験するだけであるぞ。最後の最後は天国はないぞ。そなたは天国の方法を否定しているのぞ。どうしてもやりたいならばお好きなだけやればよいぞ。そなたの人生はそなたが選ぶものであるからな。そのかわり、そなたが体験していることはそなたが選んだことを忘れるでないぞ。人を責めたり、グチグチと文句を言ったりするならば、そなたは神成る身魂としては失格であるぞ。

この方の法則とこの方を知らぬ人間の法則は裏と表、どっちか一つであるぞ。この方を体験した人間の法則はこの方の法則であるぞ。人間の法則から手を放さないと、この方の法則は見えないのであるぞ。「二十一世紀は国際化社会だから英語を学ぶのが大事だ」とそなたらは言うが、それは誰に聞いたことぞ。「国際社会になる」と決めているのは誰であるか。神は英語を学べなどと言った覚えはないぞ。「英語」という言葉は、今までの人間のゲームで、肉体同士の会話だけで通用するものであるぞ。ミロク世になれば今までの言葉はいらんのぞ。ミロクの世はココロが見えるのぞ。ココロが体になるのぞ。ミロク世になれば、光でその人の位が分かるのであるぞ。全部見えるのぞ。ウソというものはないのぞ。ウソを付けないのではなく、今のそなたが想念で創ったものがそのまま見えるのであるぞ。そなたのココロがすべて見えるのぞ。魂が肉体になると思えばよいぞ。これはそなたがアタマで考えてもわからんことであるぞ。自分の学んだ言葉でココロの掃除せよ。

ココロというのはそなたの魂の言葉を肉体で感じているものであるぞ。ココロ(想念)が肉体であるから、思った瞬間形になるのであるぞ。そなたの想いが即、形であると思えばよいぞ。想いと形が一つであるから、ウソはつけんのであるぞ。そなたのココロが肉体になるのであるぞ。英語というのは肉体と肉体での翻訳であるぞ。意識や想念のイメージ(想い)は日本人もアメリカ人も同じであるぞ。表現の形が違うだけであるぞ。次の世ではイメージそのものが見えるから、言葉は必要ないのであるぞ。「自動車=CAR」という勉強は卒業しろよ。言葉と言葉の翻訳は意味がなくなるのであるぞ。言葉というのは今の世界だけで必要な道具であるぞ。言葉の通訳は通訳がいるから通訳に任せればよいぞ。そなたは自分の言葉で神の言葉を学ぶことであるぞ。掃除することぞ。外国語を学ぶより神の言葉を学べよ。この者のノートも、この者の語っていることも、このフミも、すべてこの方の言っていることであるぞ。すべて言った通りになるぞ。言った通りであるぞ。神に偽りなし。この方が言うことがその通りになるかどうかを試してやろうとして外を見ている者は最後の最後で大掃除されるぞ。そなたが自分の大掃除すればわかることぞ。

元つ話 431 裁判官様、警察官様、自らのしていることが何かをかえりみられよ

2012-09-18 Tue : 長谷章宏語録 
そなたが今まで信じていたルールは「あやま知」と言われるものであるぞ。「元つ神」の法則に反しているものであるぞ。元つ神のルールに反しているが、元つ神のルール通りでもあるぞ。「そなたのすることがそなたに返る」のであるぞ。「この方の言う通りにしなければ天国はない」というのもこの方の言うことであるぞ。そなたはこの方の仕組みからはでられないのであるぞ。この方に反抗してもこの方の言うとおりになるのぞ。どうするかよく考えて決めろよ。そなたは、今の今まで「快欲」にとらわれて、すべて「自分自身の保身、身欲」をもとに思考しているのであるぞ。そなたがやっているのは「自分だけ勝手」であるぞ。「あの人は自分中心だ」というそなたが「自分中心」であるぞ。そなたが言っていることは自分のことであるぞ。そなたが見ているのは自分の姿であるぞ。そなたがそなたの外側を見て感じること言いたくなることはそなたのことであるぞ。そなたの外側を批判するのはそなたを批判しているのと同じぞ。自分で自分を批判している一人芝居であるぞ。すべてのすべては神がしていることであるから、そなたは神を批判していることにもなるのぞ。神を批判してそなたの天国があると思っているのか。

この方の語ることを○×判断したり、疑ったり、気違いだ、アホだ、変だと言っているとしたら、怖いとか、不安だとか、良くないとか感じるとしたら、それはそなたが「あやま知」にとらわれている証拠であるぞ。そなたは「あやま知」のゲームの中にいるのぞ。この方はすべてを許しているのぞ。この方の許さないものは形にならないのぞ。そなたらがトンネルを掘ろうとして事故になるのはこの方が許さないからぞ。「悪」という形は、この方が許しているから存在しているのであるぞ。この方が許しているものを何故にそなたは裁くのであるか。「悪」を「悪」というのが「悪」であるぞ。「悪」を「悪」というそなたが「悪」であるぞ。そなたがこの方の言うとおりに聞いていれば「悪」は関係なくなるのぞ。「悪」が気になるのは、この方を無私している証拠であるぞ。外に頼るゲームをしている証拠であるぞ。外に頼るならば何が起きても外に文句を言うでないぞ。この方に真釣われば、そなたは何でもできるのであるぞ。人に頼って文句いうのは自分だけ勝手のご都合主義というものであるぞ。自分勝手でない者はいないのぞ。神の自分勝手を生きるならば皆がうまくいくのであるぞ。悪を裁くそなたが邪魔者であるぞ。

この方は何も裁いていないぞ。いっさい裁いていないのぞ。この方はすべてを許しているのだから戒律はないのぞ。神のルールは「自分のしたことは自分で責任をとる」ことだけであるぞ。神の仕組みはそなたの選択通りにそなたが体験するように創っているのぞ。自業自得であるぞ。そなたがどんな体験をしようともすべてそなたの選択の結果なのであるぞ。外をコントロールしたり、外を制限したりする必要はないのぞ。法律はいらないのであるぞ。神のルールが分かったら、争いも犯罪もなくなるのぞ。できなくなるのぞ。それをしていると自分が危ないことが分かるからであるぞ。「裁く」というゲームは、この方が許しているものをそなたが裁いていることになるのぞ。そなたは何をしているのか。いい加減に裁くのをやめないとそなたが地獄に落ちることになるぞ。神が落とすのではないのぞ。そなたが落ちるのであるぞ。自分の苦の原因が外にあると思っているから、外の悪を裁くことになるのぞ。外の悪をやめさせる必要があると思うことになるのぞ。そなたがしていることであるぞ。外の悪とそなたの体験とは関係ないのぞ。裁判官様、警察官様、自らのしていることが何かをかえりみられよ。そのままでは皆終わりであるぞ。

「人間として許されないこと」などというものはないのぞ。そなたは身魂であるぞ。人間というのは身魂が肉体を通して体験しているゲームであるぞ。そなたの肉体はそなたという身魂の服であるぞ。そなたが物質の世界で遊ぶためのぬいぐるみであるぞ。そなたは身魂であるぞ。身魂は神の分身であるぞ。自分で責任をとれば何をしてもよいのぞ。外を責めるのは責任をとっていない行動であるぞ。そなたがこの方のルールに従えば外をコントロールする必要はなくなるのぞ。人のすることを「するな」「やめろ」というゲームはいらないのぞ。人間として許されないことがあるなら、人を裁くことであるぞ。人に口出しすることであるぞ。そなたは神成る身魂であるぞ。人間というのは神になる身魂であるぞ。神のルールに反することが「人間として許されないこと」であるぞ。許されないことをすれば、そなたが苦しみを感じるようにしてあるのぞ。誰も裁いていないのぞ。自分のことは自分で責任をとるのであるぞ。「人を裁く」というのは、「人のコントロール」というのは、「あやま知」をもとに生きている人間が創りだしたルールであるぞ。人間の恐れが創りだした幻想であるぞ。今のままでは自分自身が神に成れないぞ。

                            章

元つ話 430 うしろの正面だぁ~れ

2012-09-17 Mon : 神語録 
   「2013: 人類が神を見る日」  半田広宣著より

P219
ψ7の彼岸―――うしろの正面だぁれ
 ここで一つ、面白い話を紹介しておこう。

  かァごめ かごめ
  かァごの中の鳥は
  いつ いつ 出やる
  夜明けの晩に
  鶴と亀がすゥべった
  「うしろの正面だぁれ」

 これは、みなさん、おなじみの『かごめかごめ』の歌詞である。この唄の起源は一般の定説では江戸時代後期の女郎唄とされているが、本当の成立は江戸時代よりも古く、室町時代後半にまで遡るらしい。わたしが小耳に挟んだ話によれば、その当時、大衆の間で流行していた〈踊る宗教〉と、日本古来から伝わる陰陽道が合体して童唄としての体裁を整えたというものであった。そして、その内容も決して女郎がらみの歌詞などではなく、かなり秘教的な隠喩を含んだものだとうのだ。
 確かに、この歌詞の意味は普通に解釈しようとしても何のことやら皆目、見当もつかない極めてシュールなものである。定説にあるような「女郎が恋に落ちた男と駆け落ちを願う唄」なんて解釈はどう考えてもしっくりこない。霊的な解釈とされているものにはいくつかの種類があるようだが、わたしが最もそれらしく感じられたのは次のような解釈だった。
 まず、かごめとは「籠の目」、すなわち六茫星形を意味しており、鳥とはこの場合、人間の霊性を示す。確かに古代から鳥は人間の霊性のシンボルとされてきたし、竹細工などに見られる籠の編み目は六茫星形が代表的である。つまり、この二つの解釈をつなぎ合わせれば、「かごの中の鳥」とは六茫星形的世界の中に閉じ込められた人間の霊性を表すことになる。
 次に、「夜明けの晩」だが、これは端的に言えば一日の円環的つなぎ目を表す。太陽が東から昇り昼を作り、やがて西へ沈み晩を作る。しかし、その「晩」の終わりとは「夜明け」であるところの日の出である。つまり、「夜明けの晩」とは、始まりは終わり、終わりは始まり、という宇宙秩序の円環的な性質を語っていると考えられるわけだ。
 そして「鶴と亀がすべった」は比較的、理解しやすい。「鶴」は昔から女性原理を表す象徴であり、「亀」は男性原理の象徴と見なされた。「すゥべった」とは「統べる」からきており、結局、これらの意味を合わせれば。「陰と陽の統合」ということになる。さて、ここまでは実にスマートに解釈ができてくるのだが、問題は最後の〈うしろの正面だぁれ〉というフレーズである。わたしはいろいろと調べてみたが、この部分に対する解釈はみなまちまちで、これといったものはなかった。
 
 今まで考察してきたタカヒマラの構造から、この謎かけに対する答えが、〈わたし自身〉であることに気づかれた読者もいることだろう。わたしたちが常に背中側に感じている暗闇の意識空間・・・・・そこには何と、真向かいにいる他者が見ている世界が存在しているのだ。つまり、わたしたちの背後には、いわゆる3次元的な意味での後ろ側の空間など存在していないのである。その意味からすれば、「うしろの正面」とは、他者が見ているわたし自身に他ならない。
 自己と他者とは進化の方向へ反転した空間においては背中と背中がくっつき合った同一のアダムなのである。そして、このことを発見することが「かごの中の鳥」を真の自由空間へ飛翔させるのだ。

 次元観察子ψ7以上の空間は、他者から見た世界を実は共有している―――オコツトが進化の方向性と言っていた意味がどうゆうことなのか、ようやくわたしにも分かりかけてきた。
 つまり、意識自体は自己と他者を区別しない空間領域を厳然として持っているのだ。そして、その領域に存在する意識はわたしたちの潜在意識下では確実に働いており、それが、言わばわたしたちが集合意識と呼んでいるものなのだろう。この空間領域は、おそらくわたしたちの意識の中では倫理や良心、そして愛の源泉として機能しているに違いない。オコツトがいう意識進化の方向性とは、他者をも自分自身と同一のものと見なす意識の方向性のことなのである。わたしは探し求めていた強靭な愛の存在証明がこの球精神と呼ばれる反転した空間領域の中にあるのではないかと確信した。

  神がアダムを造った時、前にも後ろにも顔があるように造ったという。
  それからアダムを二つに断ち切り、
  それぞれに、ひとつの背中を造ってやった。  
           ―――R・サミュエル・バー・ナーマン


(以上転記おわり)

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以下「長谷本」より参考内容抜粋

・いつまでも自分の影と戦ってたって影は消えないぜ。君が闇の素を持ってるから君の外に影ができるんだぞ。雲があるから太陽がさえぎられて暗くなるんだろ。太陽が神さま、雲が君、地面が君の回りの世界って考えてみろよ。君の元は⦿だぜ。君の心が曇ってるから君の現実が雲るんだよ。君がいるから鏡に君が映るんだろ、しかも逆さまにね。つまり、今までの常識はアベコベなんだよ。君の外が悲惨なんじゃなくて、君の内が悲惨なんだよ。「後ろの正面」が君を通して君の前に映ってんだよ。君が心の曇りを掃除すれば「後ろの正面=前の正面」になるってことだ。生死の境が消えるんだよ。「後ろの正面」が君の本当の世界なんだぜ。いつの時か君が出したチョッカイが君に返って来てるんだよ。

・この世はね、作用反作用の法則で出来てるんだよ。自分が作用させたことを忘れちゃって反作用だけみてまた作用させるから反作用が消えないんだよ。『やられたからやり返す』って言うからやられ続けるんだよ。形(結果)をいじくるから結果が悪くなるんだよ。後ろの正面(原因)を見ろよな。「後ろの正面だ~れ?」小さい頃に遊んだろ? 「過誤目過誤目」で鶴と亀が滑っちゃうから見方を誤ってФ誤っちゃうだよ。「神護目神護目」で神さまの目⦿で鶴と亀を統べって(一つにして)元に戻してくれよな。自分の岩戸(ヘビの常識Ф/枠/制限)を全部開けて「籠の中のトリ(十理/神さまの常識⦿)」を出してやってくれよな。蛇の目はФで、鳥の目は⦿だろ。型示しだよ。今は「夜明けの晩」の一番暗い最期の時なんだよ。あと一歩踏み出したら永遠の闇だよ。理科ってのはね、神さまの仕組みを型で教える学問なんだけど、「学校」の先生様方、子供にいったい何を教えてるんです? 知識を教えても駄目なんですよ。それこそ宗教でしょ、今の科学は。

・世界のありとあるものすべてが神の現れであるぞ。すべてが神ぞ。神の型示しぞ。この方はすべてを形にして教えているぞ。型で教えているのぞ。真実を明かしているのぞ。この方の言っていることを聞けば見えてくるのぞ。この方の言っていることを聞かなければ見えないのぞ。この方の言うことを聞くか聞かないか二つに一つであるぞ。この方の言っていることを素直に聞けよ。この方の言うことを人間心出して判断するなよ。そなたが滅びるぞ。イザナギとイザナミが一つになるぞ。ヒノモトの童謡や昔話はこの方のメッセージであるぞ。「カゴメ、カゴメ、カゴの中のトリ(十理、神のコトワリ)はいついつ出やる、夜(「やゆよ」が明ける晩、らりるれろの世界が)明けの晩に、ツルとカメがすべった(統べった/滑った)後ろの正面だーれ。」そなたの後ろの正面がそなたの前に映っているだけであるぞ。烏はトリにあと一歩の鳥。

元つ話 429 過去とは決して過ぎ去った世界ではなく、今も厳然として同時並行的に存在している場所

2012-09-16 Sun : 神語録 
   「2013: 人類が神を見る日」  半田広宣著より

P209
 <わたし>とは、対象の位置とそれを見つめている身体との位置を結ぶ空間の中に存在する・・・・。これは、まさに幽体離脱と言ってもいい感覚だった。この感覚がもっと研ぎ澄まされてくると、従来は場所を表す概念として用いていた<あそこ>や<向こう>などという言葉が、過去や未来という時間を表す概念と同一のものとして感じられてくるから不思議だ。
 つまり、わたしが回想する<過去>の時間的広がり、すなわち記憶とは、<現在>の空間の的な広がりと同一のものとして感じられてしまうのだ。
 わたしが過去の記憶をたどる時、わたしは<今>も<あそこ>にいるのであり、かつ、<ここ>は<あそこ>にとっても<今>なのだ。過去とは決して過ぎ去った世界ではなく、今も厳然として同時並行的に存在している場所として考えなければならない。そのような思考の在り方こそ5次元意識の産物なのだ。
 少年時代に野球をした広場、初恋の相手と散歩したあの公園、オコツトから初めて交信が入ってきたあの夜のわたしの部屋・・・・・わたしは<今>も<そこ>に生きている・・・・・あらゆるところからあらゆるところを見ている意識、それが5次元意識というものなら、記憶こそがまさにそれにふさわしい。それらはすべて、わたしが移動した質点の集合と認識した対象の質点の間に形成されている空間での出来事ではないか。―――ビ―・ヒア・ナウ―――まさにこの広がりを持つ意識こそが<今、ここに、存在する>わたしなのである。

 記憶を自意識の空間的拡張と捕らえることによって、わたしは時間から解放された自由な自己のイメージを持てるようになった。確かに記憶自体の中には過去の出来事の時間的な序列など存在していない。1週間前の出来事と10年前の出来事を比べて、どちらが遠い過去であるのか記憶のみで判断することは不可能だ。それらはすべて意識の中では重なり合って存在させられている。記憶の前後関係の判断を行っているのは記憶そのものではなく、あと付けされてくるカレンダーや時計といった人間の内面の空間認識が形作るパラメータである。
 この記憶というビジョンの重なり合いに数直線的な時間的序列を与えているのは、おそらく外圧と内在を分離して考える人間型ゲシュタルトの仕業なのだ。オコツトが言ったように時計で測る線型的な時間などは人間の外面には存在していない・・・・・。

 ―――3次元認識しかできない人間型ゲシュタルトにとっては、自己というアイデンティティーの位置は必ずといっていいほど肉体の内部に感覚化されている。普通、わたしたちのほとんどは自分が抱く感情、思考、記憶、意思などの心的要素を内在として感覚化しており、目の前に展開されている現象世界とは完全に区別してカテゴライズしているはずだ。自己なる存在が肉体の内部に幽閉されたことによって、わたしたちは自我をますます肥大化させ、人間vs自然、自己vs他者という対立概念をより増長させてきた。

 科学、宗教を問わず近代以降に起きてきた世界観の変遷は、すべからく精神の委縮化であったと見なしてよいのかもしれない。本来、万物に浸透していた人間の霊性は霊魂という言葉に置き換えられ、同じく肉体という器に宿る何らかのエネルギーというイメージで3次元的な描像にまで転落させられてしまったのだ。死の訪れによって霊魂は肉体を抜け出し、新たに生まれ変わるべく別の肉体を求めて異空間をさまよう―――このような転生説を唱える生気論者たちは、彼らの主張とは裏腹におそらくは唯物論的思考の影響を色濃く受けている。エクトプラズム・・・なにやらガス状のエネルギー体としてイメージされる霊魂、そして、アストラル体、メンタル体などに見られる「体」という形容・・・・・。非物理的なものには非物理的な方法で近づくしかないにもかかわらず、世界はそのすべてが物質感覚に支配されたイメージで溢れかえっている。それほどまでに人間型ゲシュタルトの力は強力なのか・・・・・。なにもかもが真実の宇宙感覚とは縁遠いところで淀んで腐敗しかかっている・・・。わたしには、正直、そんな感じがしてならなかった。

(以上転記おわり)


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以下「長谷本」より参考内容抜粋

・あなたが、過去や未来という想像の世界に生きていても、あなたの今この瞬間の出来事は何も変わりません。今この瞬間を一つずつ体験することが「本当の人生を生きる」ということなのです。
 あなたはあなたのために、今この瞬間を楽しむためにここに来たのです。過去というものも、未来というものも、あなたが後悔していることも、あなたが心配していることも、すべて、今この瞬間の意識の中で創り出している出来事なのです。実際のところ「過去」や「未来」というものは、ありません。現実というのは、「一つの永遠なる今の瞬間の連続」です。あなたが、夢を実現したいならば、想像上の現実に生きるのをやめることです。「あの時あれをしなかったら」と、今ここにある現実を消そうという無駄なゲームをやめることです。それをしても、今ここにある現実は、何も変わりません。
 今までやっていた「幻想ゲーム」から目を覚ますことです。身も心も、今この瞬間に生きることで、今まで見えなかったものが、すべての真実が見えてくるのです。あなたは、目に見えない意識と、目に見える肉体が一つになって始めて「人間」なのです。目に見えていない部分を見る方法を知ることが、実は、自分が今ここでやっているゲームの秘密を知ることになるのです。まずは、「目に見えない世界に関心をもつ」ということから始めてください。

・今まで教えられてきた生き方は、宇宙の真実と全く正反対の、アベコベの生き方だったのです。今まで真実だと思っていたものが実はそうではなく、今まで真実ではないと思っていたものが実は真実なのです。「肉体の中に意識があるのではなく、意識の中に肉体がある」「自分の外のものに意味があるのではなく、自分が外のものに意味を付けている」「現実があるからできないのではなく、現実があるからできないと言っているからできない」「自分の外に責任があるのではなく、自分の中に責任がある」「何かが自分を制限しているのではなくて、自分が自分を制限している」「何かが自分の体験や感情を創っているのではなく、自分がすべてを創っている(つまり、自分が神様なのです)」それが、人生の真実です。実は、「今まで生きてきた世界が夢で、夢だと言っていた世界が現実だった」のです。みんなそろって、まったく反対の生き方をして、今ここにある様々なシステムを創りだしていたのです。新しい生き方をしようとすると、反発や制限を感じるのは当然のことです。 今までの生き方では、永遠に夢は実現しません。

「井の中の蛙、大海を知らず」言うなれば、今までのあなたは、人生の落とし穴の中で生きていたのです。


元つ話 428 従来の主体と客体という二分化の概念など全く意味をなさなくなる

2012-09-15 Sat : 神語録 
   「2013: 人類が神を見る日」  半田広宣著より

P206
リアリティー・サンドウィッチと<わたし> 
 ―――無限遠点とは、<わたし>自身の質点である―――5次元対称性とは、3次元空間の中で移動する<わたし>の位置すべてと、その移動によって認識される対象の質点のすべてを結ぶ空間に存在する―――これらの描像は、わたしがそれまで抱いていた時空間のイメージを完全に崩壊させていった。
 繰り返して言うが、わたしの位置が3次元空間のある座標点ではなく、常に無限遠点に存在していることが感覚化されてくると、わたしたちが今まで宇宙と呼んでいた広大な空間など、どこかへ雲散霧消してしまうのだ。すべての存在物は、<見ているわたし>と、その<わたし>と鏡像のような関係にある<見られている対象>の間にしか存在しなくなる・・・・・。

 このような感覚にしばらく身を委ねていると、3次元世界では思ってもみなかったような真新しい感覚が次々と襲ってくるのが分かる。まず、わたしが最初に体験したのは運動感覚や移動感覚の消滅だった。というのも、世界はどう見ても<わたし>の位置と対象の位置に挟まれたサンドウィッチのようにしか見えないので、思惟する自分の本性がここにも、そこにも、あそこにも、空間のあらゆる場所にも存在しているような気がしてくるのだ。つまり、本当は、<わたし>はあらゆるところから、あらゆる対象物を眺めており、<わたし>が動くといった運動感覚は、この、いわばリアリティー・サンドウィッチに突き刺さった一本のスティックの中に意識が落ち込んだために起こるある種の錯覚のように感じてしまう。それに、もし<わたし>の位置が3次元空間内に存在していないとするならば、そもそも<わたしが動く>という表現自体がナンセンスではないか。一体、<わたし>がどこを動いているというのだろう。リアリティー・サンドウィッチの中では、様々な対象の中心点、その界面、そして、それらを見つめている<わたし>の位置という3枚の平行板自体の関係は何一つ変化しないのだ。

 わたしは、このリアリティー・サンドウィッチ感覚に目覚めてからというもの、自己のイメージが大きく変化していく感覚を体験し始めた。そして、その変化の中でも最も重要に思えたのは記憶に対する解釈の変わりようだった。

 わたしは生まれてこのかた色々なものを見てきた。この視覚的な記憶はわたし固有のものであり、決して他者と共有することはできない。たとえ、他者と同じ出来事を目撃したかのように思えても、脳裏に蘇るそれぞれの映像は、必ず見た角度が異なっているために、決して同一のものとはなり得ていないはずだ・・・・・。ということは、見ている側だけではなく、見られている側、つまり、対象側にも<わたし>というアイデンティティーが存在していなければおかしい。そして、この視覚にまつわる記憶が<わたし>という存在と切り離して考えることができないものだとすれば、<わたし>を規定する要因となっているものは単に身体側としての<わたし>だけではなく、むしろ、対象の位置と<わたし>の位置を結んだところにある知覚正面の空間の集合体に存在していると考えるべきではないのだろうか・・・・・それらは、<わたし>が見る様々な対象の質点と<わたし>の質点を結んだことろにできる空間の全集合にほかならない・・・・・。


 わたしは、この時にオコツトが言う位置の等化という意味がはっきりとわかったのだ。<位置の等化>とは、<わたし>の位置とそれに対する対象の位置を文字通り<等しく化する>ことであり、わたしが今まで内在世界に存在するものと思っていた記憶が、実はリアリティー・サンドウィッチの世界そのものだということに気づくことなのだ。そして、このような考え方で<わたし=自己>をイメージすれば、従来の主体と客体という二分化の概念など全く意味をなさなくなる。つまり、5次元対称性が見えてきた意識にとっては、世界はまさに<わたし>の鏡像であり、それに対峙する<わたし>自身が宇宙そのものになってしまうということになるのである。

(以上転記おわり)


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以下「長谷本」より参考内容抜粋

・人間は「宇宙」の一部であり、「宇宙」のすべての性質も持っているのです。あなたの肉体の細胞も、肉体を構成する一部であり、肉体のすべてのメカニズムを内包しているのです。一部であり全体でもあるのです。宇宙は「愛のエネルギー」です。人間の持っているエネルギーも「愛のエネルギー」です。表現されたものも、本来すべてそういうものであるはずなのです。エネルギーを溜めることで、何でもいいからバランスをとるために形にしようとして、否定的な形を創り出す結果になっているのです。
 いちばん自然な形でエネルギーを表現する方法が「自分に正直に生きる」という生き方です。目に見えている形は、意識の世界の想念のエネルギーが物質という形になったものなのです。見えない部分、自分の内側の出来事、自分の意識に「意識を向ける」ことが、この先、非常に重要になってきます。

・「宇宙」は何でも可能です。あなたが「宇宙」です。あなたが「したくない」「みたくない」「いらない」「ありえない」「できない」と言えば、その通りのことを体験することになるのです。すべてあなたの態度次第で、あなたの体験するものが天国にも地獄にもなるということです。今までも、すべて自分の創ったシナリオ、自分の注文どおりのドラマを体験していたのだということに気づいてください。あなたが別のドラマを希望すればそれを体験できるということです。あなたが「怖がっていれば」絶対にそれはできません。怖がるということは、「それを体験したくない」と言っていることになるからです。すべてはあなたの希望どおりになっているのです。あなたが「信じない」と言えば、それを証明するものしか見ません。形を見ている限り「だから信じない」という発言を繰り返し、ワクの中の堂々巡りが続くだけです。自分が「信じていないから見えない」のだということを「認めない限り」、そのゲームは永遠に続きます。そして、それを体験するのは、あなたです。 新しい時代を生きていく上で大切なことは、あなたのすることは、すべて、誰かのためではなく、あなた自身のためにしているのだということ、そして、その結果はすべてあなたが体験するのだということをとく理解しておくことです。


元つ話 427 元つ大便神の世をアウンでコどもを真釣り和す

2012-09-14 Fri : 長谷章宏語録 
幻台社会は、+が✕となり、-が÷になった、加減乗除のアタマの吸う学の計算で作られた遮快(謝壊)である。元の火水の十字が九分九厘傾いて、✕(罰)ばっかりになり、的(○、+、ターゲット)の奪いAIの戦争の世となり、覇✕の共食いが激しくなっている。地力を失って、恥力の知力で世を作り、天ばかりを崇めて点を取り合う、上下の権力十(党、等、頭、闘)争に明け暮れる。喜怒哀楽、春夏秋冬、前後左右の四分割の中心の0(無)を避けた、XとY(男と女)の平面座標のシェア争いの世界の四葉のクローバーは、乞運の象徴である。残る真コトの一厘は、元つ大神の真コトであるから、✕を正としていれば、元つ真釣りの真コトの一厘の響きが三千世界に響き渡れば、今の○はすべて✕となる。裏に隠れた闇が表に現われて、病みの世となって、闇夜となる。真コトの一厘がなければ、すべてが暗闇となって何も見えなくなる。楽が苦になるから、修羅の地獄が現実となる。

元つ大神は中心のアン(餡、案)の神であり、始めも終りも統べるαωであり、すべてのすべての真中である。時節が至れば三千世界を元の真釣りの世に戻し、真釣り外した✕の世は綺麗サッパリ掃除される。真コトの一厘がなければ、ミロクは露と消える。ンは無(夢)であり、アは始め(創め、初め、一)である。ワヲンに戻して(人に委ねる倭を口を結んで終いにして)始めのアと開く(現す)のである。ン(n)がすべての音を発する源の父音であり、ア(ア行)が母音、kstnhmyrwが子音である。父が始めであり、母との間に子を入れてカサタナハマヤラワの五十(伊勢)音と鳴る。三位一体の言霊が、すべてを現す基である。カタカナはすべての言語の発音を表せる。すべての形は言葉になる。万象万物は響きの顕現である。すべてはカタカナ(象神名)の顕現である。ヒノモトはすべての文字を使う。ア、了、アは創めの終り。終りの創め。カタカナはすべての顕現。響きの型を示す。真、魔、マ。カタカナのアは始めの一(位置)であり、漢字のア=了は終りを意味する。中国=唐(十、頭、塔、党、盗、闘、討)の文明の日本が終り、魔釣りのAI(人工知能、電脳社会)や恋(来い、乞い、蓮)の世は終り、型神名(方神名)の神響きで、覇〆(覇権の終り、創め)の本当のアイ(愛、EYE=目、I、LOVE=0、ai=1+9=十=神)のヒフミ(比史、秘文、火史、一二三、一=三、霊体一如)の真言(誠、実)が満ちる。五十音もイロハ四十八字もンで終わる。ン(運、云、UN=国家連合)がすべてを統合する世界の元である。云はニムである。二六であり、二+六=八であり、二賭ける六=十二、云=運、云う=言う、西洋のαベットの賭け惨を最後の26でzzzと眠らせて、言葉をム(M)にして、元の始め(土師芽、破自目)のAで開く。マ=真、魔、磨、間、馬。「マ」とは、火水縦横正しく組んだ姿であり、今の世の仕事は、マ抜けな働きである。ア、A、α、世界の文字の文明をすべての言葉を統べて(全て、総べて)火の基象神名(カタカナ)で真釣り和し、真コトのアイのイロハ唄で人の口を八と開いて、元の神の世に縦戻す。元の始めの神響き、父が真火に戻ってすべてを支え、了のン(無)から云で(産んで)有と為す。総てを創めのアの世に戻す、元つ真釣りの真コトの神が、ヒノモト真中の餡雲(暗云、ANUN)祓い、元つ大便神の世を、アウンでコどもを真釣り和す。

                  実践・日本真道 長谷章宏著より
                           
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(参考までに「実践・日本真道」より追加抜粋)
元つ大神から、昭和19年に、岡本天明氏を通して、「日月(ひふみ)神示」が降ろされている。これは、黒住、金光、天理、大本と、近現代日本を通じて、元つ大神が、時代に合わせて世界の親であるヒノモトに向けて降ろした、真コトの神仕組みと世の立て替え立て直しを予告する一連の神示の流れの預言である。平成4年には「火水伝文」が、現代の日本人に分かる文章で降ろされている。著者のこの本は、その集大成であることをお伝えしておく。

元つ話 426 揺りかごから墓場までどっぷりと漬かっているあなたの真中

2012-09-13 Thu : 長谷章宏語録 
元つ天の大神の真釣り(⦿)を闇に葬って、魔釣りの分かつ知(Ф)で真コト(±)を「+」と「-」に分けて、世を挙げて「+」を追いかけ続けるという唯一最大の過ちに今もって気づいていないのが、神をも含む人類の歴史である。世の源の神が逆さである限り、発展思考で世を進めるほど分裂の世界が進むだけであって、どんなに続けようとも天国はない。世の陰の黒幕も、その黒幕の神も含めて、安心も安定も安全も自由も絶対に得ることはできない。産業だと勘違いして惨業を発展させ、壊れるもの(問題)を作り続ける無駄な苦労(苦業)を積んだ挙句のその結末は、破滅である。この事実からは、いかなる神仏も逃げることはできない。ましてや、人間には、魔釣りの世で何を企もうとも、逃げるあの世すらもない。自らのアヤマ知を捨て、±を真釣りして元の土に戻さない限り、真釣りのミロクはない。+思考-思考、損得、苦楽、明暗、善悪、正誤、それぞれどちらをとっても方向性(ベクトル)は変わらないから、±の世界で○●どちらを選んでも、同じ結末が来る。

どっちが得か、どっちが楽か、という分かつ知で世を進めても、真釣りを外し続けるだけである。真釣り外せば情けの苦が増え、増えた分だけ魔釣りの掃除の手間が増え、真釣りに戻す苦労が厳しくなる。その苦労を避けて●を逃げれば、ますます苦が増える。-思考を+思考に変えたとしても、良くなったり、明るくなったり、得したりしているのは表の形だけであって、裏の響きは逆に、+思考をするほど-の響きが強くなり、+思考で得た分だけ、形の●が増えて返る。結局は、±の世界の+を選んでいるに過ぎず、分裂する限りは、●が増えるだけである。○も●も、真釣りからみれば両方とも●であり、真釣りに戻さない限り、本当の○はない。カミの顕現を一つでも×すれば、支えを失って火水の十字が傾き、結局はすべて✕となって、滅ぶ。本来は●はどこにもないはずの自らの現実に、自らの日常に、自らの社会に、自らの心に、ほんの僅かでも●があるならば、それは、自らが真釣りを外した証しである。魔釣りの世に揺りかごから墓場までどっぷりと漬かっているあなたの真中にあるものが魔釣りの響きであることは、火を見るより明らかである。自らの苦を魔釣りで避けるのがその証拠。魔釣りの分かつ知で作り上げた現代社会は、至福どころか破滅の手前である。±原理の今の世に本当に笑える者は誰一人いないのである。

                実践・日本真道 長谷章宏著より
                           
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(参考までに「実践・日本真道」より追加抜粋)
元つ大神から、昭和19年に、岡本天明氏を通して、「日月(ひふみ)神示」が降ろされている。これは、黒住、金光、天理、大本と、近現代日本を通じて、元つ大神が、時代に合わせて世界の親であるヒノモトに向けて降ろした、真コトの神仕組みと世の立て替え立て直しを予告する一連の神示の流れの預言である。平成4年には「火水伝文」が、現代の日本人に分かる文章で降ろされている。著者のこの本は、その集大成であることをお伝えしておく。

元つ話 425 真釣りは霊統により 魔釣りは血統により世が動かされる

2012-09-12 Wed : 長谷章宏語録 
現代社会が属する魔釣りの地獄の世は、元々どこにも無い世である。魔釣りに囚われた身魂が、アヤマ知で作り上げた幻想を実際にある現実だと思い込んでいるだけである。真釣りに戻れば滅びはなく、魔釣りのままなら、滅ぶから永遠の天国には戻れない。今の世の神話の神々の歴史は、魔釣りの世の歴史であり、人類の歴史は、その神話をも闇に葬った歴史なのである。真コトの光咲きわう神代の末期、あなたを含む神々が、快欲に囚われて、真釣りを外して、滅びの魔釣りの道に足を踏み入れたことが、すべての闇(病み、争い、幻の世界)の始まりである。快欲の響きは、一度囚われれば自らでは抜けることはできず、そのままならば滅びに至る。自らで無から産んだことがない身魂が快欲に囚われることをわかっていた大神は、魔釣りに囚われたすべての身魂を真釣りのミロクに戻すため、情けと花の仕組みを構え、その神策成就を導くスメラ(真釣りの立て直しの御役)とユダヤ(魔釣りの立て替えの御役)の二民をこの世に降ろされた。囚われを壊す御役のユダヤが魔釣りの世を立て替え、この地に真コトを現す御役のスメラが真釣りを立て直し、魔釣りの立て替えの最後の最後に元つ大神が真釣りで魔釣りを統べて(すべて)元のミロクに戻す。それが、神々の世以来続いてきた、人類の歴史の裏の裏の裏にある本当の目的である。真釣りを外し続け、偽の天国を夢見て戦いに明け暮れた魔釣りの歴史は間もなく終わる。真釣り外したそのことが、元のミロクに帰る仮の世での戦いの歴史の始まりだったのである。

元つ大神の真コトの真意を知らない、真釣り外した人類は、情けと花の世で天国を創ろうと、世を進めてきたのである。真コトの一厘を知らない魔釣りの知恵の神は、自らの知力で世を支配できると思い込んでいるから、世が天国になればなるほど魔釣りが進み、滅びの時が近づく。魔釣りの神が元つ大神の如く振舞う今の世でユダヤ十二部族の血統を追いかけても、世の真相は闇の中である。現代社会がアタマの知恵で創られた世であるとすれば、その結末はどうなるか。身魂が本当のあなたであるから、この仕組みを取り違えれば、今の肉体の命の死どころではなく、あなたという存在自体がすべての世界から消滅してしまうのである。真釣りは霊統により、魔釣りは血統により世が動かされる。魔釣りの霊統の源は、真釣り外した蛇の知恵の神である。魔釣りに囚われると、形の水の世界で天国を創ろうとするから、血統として現われる。すべての血統は魔釣りの知恵の神に行き着くが、その知恵の神は真コトの一厘を見失った神である。魔釣りの現世がどんな世なのか、よくよく見て欲しい。現代社会の人間にとっては想像することもできない、現代社会を生み出した首領の神すら知らない、どえらい仕組みが裏の裏の裏に控えているのである。仕組みが成就すれば、元つ天地の真釣りを外したものは、神から人まですべてが滅ぶことになる。

               実践・日本真道 長谷章宏著より
                           
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(参考までに「実践・日本真道」より追加抜粋)
元つ大神から、昭和19年に、岡本天明氏を通して、「日月(ひふみ)神示」が降ろされている。これは、黒住、金光、天理、大本と、近現代日本を通じて、元つ大神が、時代に合わせて世界の親であるヒノモトに向けて降ろした、真コトの神仕組みと世の立て替え立て直しを予告する一連の神示の流れの預言である。平成4年には「火水伝文」が、現代の日本人に分かる文章で降ろされている。著者のこの本は、その集大成であることをお伝えしておく。

元つ話 424 後の「真釣り」はもうない

2012-09-11 Tue : 長谷章宏語録 
永遠の天国と永遠の滅びは同居できない。今この瞬間での選択によって、天国か滅びか、どちらか一つがあなたの現実となる。見えない世界は、あなたが魔コトで曇らせた分、体験できなくなった世界である。今もあり続けている天国に戻るか、その天国を空想の世界にしたまま、本当の空想の天国を生きて滅びるか、それはあなたが決めることである。あなたの中に一つでも境があれば、それは分かつ知で見ている証しである。すべてのすべての扉(結界、岩戸)を開いた世界が本当の天国なのである。自分がずっと逆さまの世界にいたのだということを正直に認めることである。あなたが心底からそれを認めなければ、永遠の天国が復活した時、あなたはその天国にいない。逆さまの世界を本当の世界だと信じ込んだまま、あなたは全ての世界から永遠にいなくなる。いつまでも罪の清算ができると思ったら大間違いである。魂の刑務所は、万古末代一度きりの、期間限定の仮設テントである。テントの閉所時間が来たら、問答無用で、即、片付けられてしまう。その時に命乞いしても、改心しても、もう遅い。この本で、あなたに「閉所予告」をお渡ししたから、今ここで、ただちに改心して身魂の清算を始めることである。後の「真釣り」はもうない。

永遠の天国がまもなく訪れる。それは、今もある天国の「完全復活」である。魔釣りのアヤマ知で曇った魂はそこで肉体を持つことはできない。魔釣りの天国は、真釣りの天国の復活と共に消滅するからである。今もミロクの世は存在している。万古末代ずっと、始めもなく終りもなく、元つ真釣りしか知らない、何でも思い通りにできる「真人」達によって、真釣りのミロクの天国の社会が営まれている。ミロクの天国から見れば、ありえない神話の如く見える「情けと花の仕組み」という空想物語を酒の肴にしながら、真釣りの神に戻った「真のヒト」達が、何ごともなかったかのように尽きることのない永遠のエンターテイメントを楽しんでいる。あなたの真中の曇りを綺麗サッパリ祓えば、あなたにもそれがわかる。あなたの心にある天国は、あなたが元いた場所であり、今もある現実の世界である。あなたが快欲に囚われて逆さまの世に生きてしまったことで、その天国を空想の世界の物語だと思い込んでしまったのである。現代社会の人間の、魔釣りの知恵で元つ真釣りのミロクの世を創れると勘違いして、今の歴史をそのまま続けたとしても、それこそが意味のない、何の役にも立たない絵空事、無駄な努力であり、滅びのエンディングが待っている空想物語、TVゲームの世界が続くだけである。しかし、時が至れば、そのマボロシは、跡形もなく消滅する。今のあなたは呪いの仮面を被っている。自分自身で仮面を外さない限り、あなたの本当の天国は夢マボロシとして消える。あなたが真釣りに戻らなければ、逆さまの世で天国を夢見て欲に駆られて手を出した呪いの仮面は永遠に外せなくなる。

                 実践・日本真道 長谷章宏著より
                           
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元つ話 423 あなたがあなたの最大の妨害者であり、あなたがあなたの唯一の救世主である

2012-09-10 Mon : 長谷章宏語録 
本当の天国を生きるには、魔釣りで教わった罪悪感を捨てることである。幻を殺すことに遠慮はいらない。幻は実体のないものであるから、本当の天国から見れば、すでに死んでいる世界である。偽の天国に生き残ろうとして、あなたを恨む者がいたとしても、それはあなたには関係がないことである。本当の天国に戻ろうとする者を恨むという矛盾に気づいていない本当の大アホである。自らを滅びに導いて喜んでいるのであるから、相当な重症の痴呆である。あなたがその者たちに遠慮する理由はどこにもない。あなたがその者たちを何とかしようとすれば、あなたは自らの永遠の命を失うことになる。犯罪者を殺すことに罪悪感を持っている者は狂人扱いである。本当の狂人は似せの天国を作ろうと躍起になっている側の人間である。絶対的に狂っている者を無視することに何の躊躇もいらない。あなたが今持っているすべての罪悪感(言い換えれば、慈悲の心、思いやり、優しさ云々)を捨て去ることである。たとえ微々たる罪悪感を持っているだけでも、本当の天国の神の真意を見逃してしまう。元つ真釣りの大神の真の愛と誠がわかったら、即、天国に戻れる。本当の神法は、天地自然の掟であり、破った者は自然淘汰である。問答無用で死刑となる。あなたがどんなに屁理屈をこねて抵抗しようとも、それが、あなたの違反の証であり、あなたがそれを続けるならば、あなたは、自らの頑固さゆえに自らの永遠の命を永遠に失う。

天国の体験をしたいのに、『それはありえないものだ』と言えば、あなたはその通りの現実を体験することになる。あなたが真釣りに戻せば、嘘がすべて壊れて、真コトが復活する。あなたが嘘を真コトと勘違いしていれば、破壊の恐怖を避けようとする。しかし、その恐怖は幻想であるから、あなたが恐怖を捨てれば恐怖は実体化せず、本当の天国が体験できるのである。魔釣りの幻想をすべて捨てる恐れを捨てることである。肯定の力より否定の力の方が強力であるから、否定した現実が先に実体化することになる。あなたには真釣りしかない。あなたが本当に天国を実現したいならば、天国を否定する響きを捨てればよい。あなたの天国を封印する声を完全に封印すれば、あなたの天国を邪魔するものは何も無くなる。あなたがあなたの唯一最大の妨害者であり、あなたがあなたの唯一の救世主である。

すべては逆さまであり、あなたが避ければ避けるほど、否定すればするほど、あなたの望まない現実を実際に体験することになってしまう。否定というのは、その存在を認識している証であり、否定する力が強ければ強いほど、存在を消すどころか、逆にその存在がありやかになっていく。あなたが否定すればするほど、否定している世界に現実化する力を自らで与えていることになる。肯定するのと同じだけ否定することで、その現実を自らに引き寄せることになる。すべては磁石の仕組みであり、同じ極をくっつけようとした力と同じ力で一瞬にして離れ、違う極を離そうとした力と同じ力で一瞬にしてくっ付く。あなたがどんなにしがみつこうとも離れるものは離れ、どんなに離そうと試みてもくっ付くものはくっ付くのである。あなたが真釣りの真コトの光を取り戻さない限り、今の魔釣りのあなたの世界は真っ暗となる。あなたが入ったトンネルの出口は真釣り以外どこにもない。

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元つ話 422 幻想の天国を壊すことに罪悪感はいらない

2012-09-09 Sun : 長谷章宏語録 
あなたは元々神であり、あなたが存在しているところは神世である。それが真釣りの神世か魔釣りの神世かに関わらず、あなたは大神の創造の響きと共鳴する真中を持っている。思っているだけでは形にはならない。あなたの思いを形にするには、行じることが鍵である。あなたが創造するものは、それがどんなものであれ、あなたの行動次第で、すべて実体化できる。あなたの思いは、すべて形になる。あなたは、今の今まで、魔釣りを実行し続けてきたのである。あなたが真釣りの天国を実現したいならば、魔釣りを捨てる行動を採る必要がある。あなたが真釣りに従って行動した時、魔釣りで得たものはすべて消える。あなたが、魔釣りで得たものの消滅を恐れて躊躇している限り、あなたは魔釣りを実行し続けることになり、真釣りに戻る道がどんどん遠ざかるだけである。あなたが本当に真釣りの天国に戻りたいならば、すべてを捨てる覚悟を決めて、ただ地獄に飛び込めばよい。

あなたの現実はすべてあなたが実体化したものであり、誰かに責任を転嫁するならば、その世界が実体化し続ける。あなたが『存在するから現実だ』と言えば、自らを騙す罠に嵌まり、最後は自己責任をとって滅ぶ時を実体化することになる。あなた(人類)が今目指している自由や平和や天国は幻想である。幻の天国を破壊するものが悪であるというのも幻想である。あなたが幻想の天国を維持する善人を演じている限り、あなたには本当の天国はやって来ない。あなたは今の今まで、幻想の天国を壊すことを悪だと言って、何の罪悪感も持たずに、当たり前のように本当の天国を壊してきたのである。本当の天国を封印する法律や道徳や常識云々をひとかけらの罪悪感もなく自らや他人に強制していたのである。現実には存在しない本当の空想物語である幻想の天国を壊すことに罪悪感はいらない。

あなたが本当に天国に戻りたいならば、偽の天国で生きようとしている者を無視することである。何の遠慮も慈悲も要らない。神法違反をしておいて命乞いをする資格がある者は誰もいない。嘘の天国を作る社会の語る正しさや善はマヤカシであるから、それに囚われて真釣りの実行(魔釣りから見れば破壊、邪魔、迷惑であるから文句を言ってくる筈である)を躊躇する必要は全くないのである。真釣りが絶対善であり、本当の正義である。それを語ることに何の遠慮も要らない。絶対の正義を心底から自信を持って実行すればよい。本当の天国を生きている者は、あなたが何をしようとも一切何も言わない。すべては、自業自得であり、あなた自身が真釣り外しを清算しない限り、真釣りは生きられないからである。あなたが魔釣りで滅ぶか、真釣りに戻るかは、あなたの個人的な問題である。一度は真釣り戻しの道に入ったあなたが、再び魔釣りに逆戻りして永遠の滅びの道を選ぼうとも、大神ですらそれを止めることはしない。あなたが真釣りに戻るか戻らないか、それだけがあなたの永遠の生死を決める鍵なのである。あなたの直面する唯一最大の踏絵である。
                         
                実践・日本真道 長谷章宏著より
                           
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元つ話 421 ゼロに戻して初めから創り直すのがタテカエタテナオシ

2012-09-08 Sat : 長谷章宏語録 
そなたらの世にあるものすべてのすべて、この方の仕組みが形になって居るのでござるぞ。物理学と申すのは、この方の仕組みを物質を通して学ぶ学問でござるぞ。数学も同じでござるぞ。+と-で0でござろうが。そなたが取ったら取られるのでござるぞ。取られたのではなく、ゼロに戻しただけでござるのぞ。0は零、霊、○、和、輪、環、=、話、我、調和でござるぞ。偏れば戻すのぞ。ゼロに戻って出せば来るのでござるぞ。一歩の前はゼロ歩でござるぞ。この方の仕組みはすべて肉体を通して分かるようにしてござる(型示し)から、この方の仕組みが分かったら、心の世界も同じにしてくだされよ。いつまでも肉の世だけにこだわって居るから、この方の神示を取り違い致すのでござるぞ。そなたがバランスを崩せば、そなたに返るのでござるぞ。そなたのしたことがそなたに返るのでござるぞ。最期の大掃除と申すのは、神から人まで、すべてのすべてをゼロに戻す仕組みでござるのぞ。三千世界のすべてをゼロに戻して初めから創り直すのがタテカエタテナオシでござるぞ。そなたらが偏りを持っておれば、そなたの居るところはござらんから、早う掃除をなさった方が宜しいぞ。そなたがどんな屁理屈を持ち出そうとも、そなたには何もできん。この方がすべてのすべてを産み生んだのでござるから、この方の申す通りにすることが、そなたがミロクに生き返る唯一の方法でござるぞ。天国の方法でござる。

そなたらは肉体を持ったままではミロクへは行かれんのでござるから、早う身魂を掃除して、死んで生き返れるように準備してくだされよ。そなたが掃除を終えれば、この方がキッチリ見取って、ミロクの服に着せ替えて差し上げるから、頑張りてくだされよ。そなたらの申す死は何の問題でもござらんぞ。ただの出来事でござる。この方の申すことが嘘じゃと申すならば、そなたの理屈をそのまま続けておれば宜しいぞ。近いうちにそなたにも分かる時が来るからな。この方はこのフミの中で同じことをしつこく申して居るが、このくらい申さんと、そなたらの魔釣りで曇ったアタマは言うことを聞かんから、そなたが死んでしまうから、この方はあらゆるものを使って、手を変え品を変え、人間のサンプルも用意して、そなたらに教えて居るのでござるぞ。この方の創りたものに「悪いもの」や「危険なもの」は一つとしてござらん。そなたらが勝手に自らに都合悪きものを創りだして、「危険じゃ」「悪じゃ」と申して居るのでござろうが。そなたらの反対する心と申すのは、闘いの心でござるぞ。自ら創り出したものに反対すると申すのは、自ら自身のしておることに反対して居るのと同じことでござるぞ。そなたの外にあるものを悪と申すのは、そなた自身を悪と申して居るのと同じことでござる。この方のやり方を悪と申して居るのと同じことでもござるのぞ。

そなたは、自らを危なくするものは全部悪と申して居るが、そなたを危なくして居るのはそなたの魔釣りでござるから、最大の悪はそなた自身の魔釣りでござるぞ。自らがして居ることを棚に上げて悪を裁く心は極悪でござるぞ。自らの魔釣りが創りた苦を避けて楽に走って科学技術を発達させて、病気や事故や公害を創って、自らの損害を賠償を請求するのも同じ理屈でござるぞ。そなたの損害はそなたに請求致せよ。そなたの魔釣りを真釣りに戻せと申して居るのじゃ。そなたらは、自らが危険だからと申して、何でもかんでも戦争や核に反対して居るが、元々は、そなたらのその闘う心が創り出したものでござるのぞ。そなたらの魔釣りを真釣りに戻さねば、闘いがますます激しくなるぞ。そなたらが不調和創って壊しただけそなたらの肉体を通して、そなたらの痛みとして返して居るのでござるぞ。元々は調和の世でござるから、現(こ)の世には何の偏りも、何の不都合も、何の問題もござらん。そなたが調和を乱したから、そなたが乱れるのでござるぞ。そなたが外にしたことをそなたがされて全体のバランスが取れるのでござろうが。そなたが内を乱せばそなたの外を乱すことになるのでござるぞ。そなたが内を乱せば外に形にして教えて内を修正出来るようにしてあるからでござる。

                            立日十

元つ話 420 物質の世をキレイサッパリ別の組成の世に取り替える

2012-09-07 Fri : 長谷章宏語録 
そなたらのしておることは全くアベコベでござるぞ。魔釣りを真釣りに戻す仕組みの中で現れた悪を裁けば、ますます悪が現れて、最後の最後は自ら以外は全部悪となりて、そなた自身が身動きが取れなくなるのでござるぞ。この方がそなたらに悪を見せるのは、そなたらは自らが行き詰まらなければ、そのまま楽をしようとするからでござるぞ。そなたらが自らの外を見て、自らが悪じゃと気づけば、自らの心を掃除することができるでござろうが。そなたらは真コトを知らんから、外の悪を裁いて、自らの首を締めて居るのでござるぞ。そなたらの今のそのやり方が魔釣りでござるぞ。自らの保身(ほしん)のために外を責めて闘って、より確実に邪魔者を消すために武器を創り、挙げ句の果ては核兵器まで創りだして、自らの身が危険になると気づいたのはよいのじゃが、自らの魔釣りを忘れて居るから、またまた外を責めて闘って消そうとする堂々巡りの繰り返し。そなたらの創りだしたものは、そなたらの力ではもう二度と消すことは出来んのでござるぞ。最期にこの方が全部まとめて大掃除するのでござるから、物質の世をキレイサッパリ別の組成の世に取り替えるのでござるから、そなたらの創りだした「悪」や「危険物」はキレイさっぱり無くなるから、何も心配することはござらんぞ。そなたらのすることは、自らの身魂の掃除、つまり、心の掃除をすることだけじゃ。

そなたらは、自ら進んで心の掃除をせねば、外の世界の大掃除と共にそなたらもキレイさっぱり無くなってしまうのぞ。そなたらの肉体は、この方の貸しものでござるから、最後の最後はお返し頂くぞ。そなたらの申す死でござる。そなたは身魂でござるから、マコトの死と申すのは、身魂の死のことでござるぞ。そなたがこの方のものを壊したら、最期の最期はそなたの身魂を壊してゼロにして頂くのでござるぞ。そなたの身魂の死は、そなたの永遠の死を意味するのでござるぞ。そなたが、今ここから、そなたがしただけ、そなたの肉体を使って痛みや苦しみや苦労を引き受けなさるならば、そなたには身魂の死は必要ござらん。後数年、肉体を離れても、何があっても頑張りてくだされよ。そなたが永遠のイノチを得るためには、そなたがしたことをゼロに戻すことが必要でござるのぞ。宇宙も物質も肉体も食べ物も、すべてのすべてがバランスでござろうが。すべてはこの方の、神の現れでござるのぞ。調和を乱すのが悪でござるぞ。神の掟は調和でござる。調和を乱すのは掟破りでござるぞ。この方は、調和を乱せば不都合創りて気づかせて、調和に戻るようにすべてのすべてを創りてござるのぞ。そなた自らが自らの掟違反を清算できるようにしてござるのじゃ。この方の世に法律も裁判も警察も必要ござらん。そなたに不都合、不調和、苦しみが現れ来るのは、そなたが調和を乱して居るからでござるぞ。そなたが悪を裁いておるからでござるぞ。そなたが調和に戻れば、そなたには不都合はござらんぞ。

                           立日十


元つ話 419 この方の力無しではもう何も解結致さん時節に成りて居る

2012-09-06 Thu : 長谷章宏語録 
そなたらは、失敗は許されない等と申して居るが、真釣りの身魂が調和とはアベコベの魔釣りの世を創りて居るのでござるから、初めから全員失敗して居るのでござるぞ。そなたらが壊した世界は、もうそなたら自身では元には戻せんところまで来ておるのでござるぞ。外の世界の大掃除はこの方が進めて参るから、そなたらは自らの魔釣りを真釣りに戻して、身魂の掃除を致してくだされば宜しいぞ。そなたらは、これから、そなたらの失敗をこの方と共に戻して行くのでござるぞ。この方がそなたらが真釣りに戻しやすいようにして差し上げるから、どんなに怖くても厳しくても、どんなことが起きても真釣りに生き続けてくだされよ。真釣りなければそなたにはミロクはござらんから、今までとは全く違うから、今までのやり方は通用せんから、今度は身魂の生死でござるから、肉体を離れても続くから、そのつもりでハラを据えて取り組んでくだされよ。そなたらは、人間の力だけで今今の混乱した状況を元に戻せると思ってござるが、今今の状況と申すのは、そなたらの魔釣りを解(ほど)くための最後の舞台でござるのぞ。魔釣りを生きて居る者には分からんかも知れんが、信じられんかも知れんが、今起きて居る出来事と申すのは、そなたらを真釣りに戻すための最後の大手術が形に成って居るのでござるぞ。そなたらは、この方を無視して、いつまでも物質の世だけの眼鏡で見て居るから、真コトのことがチッとも分からんで、魔釣りの者達にまんまと騙されてしまうのでござるぞ。

そなたらは、この方を忘れておるから、人間だけですべてのコトを成して居ると取り違いなさって居るが、そなたらのやり方は全くのアベコベでござるから、一向に問題が解結せんばかりか、ますます問題を積み重ねてしまうのでござるぞ。そなたらは、何でもかんでも自らだけで解結しようとなさるが、この方の力無しではもう何も解結致さん時節に成りて居るのでござるぞ。そなたらが魔釣りに居るから悪や危険が外にあると勘違いして、外の悪を排除しよう、危険を避けようとなさるのでござるぞ。そなたらの外はすべてこの方が創りたものでござるから、そなたらの外には、一つとして「悪いこと」も「危険なこと」もござらんぞ。そなたらの身魂は生き通しでござるから、そなたが真釣りに生きておれば、肉体の世の出来事には善も悪も危険も安全も一切ござらん。すべてはただの出来事でござるのぞ。そなたがそなたの眼鏡で、悪じゃ、危険じゃと申して居るだけでござるのぞ。この方から見れば、失礼な話でござるぞ。そなたが魔釣りでござれば、肉体をそなた自身と思うから、身の危険や外の悪が見えるのでござるぞ。死や怪我や病気を恐れるのでござるぞ。外の出来事がそなたを危険にするのではござらんぞ。そなたが外の出来事を危険じゃと申して居るだけでござるぞ。自らの内に悪だと思って居ることがござるから、そなたらの外がそう見えるのでござるぞ。この方は、そなたらの内を外に見せて居るだけでござるぞ。そなたの都合で外の出来事に文句や不満を申すのは、自分勝手でござるぞ。そなたの心にあるものを悪じゃと申すそなた自身が、外の悪の根源でござるのぞ。

そなたがそなた自身の内にある映像を悪じゃと申して居るから、外に見える同じ映像を悪じゃと申すことになるのでござる。そなたが外に向けて表現して居ることは、自らの内にあることでござる。外を悪じゃと申すのは、自らの内の悪を外にバラして居るのと同じでござるのぞ。そなたがどんなに隠そうとも、この方から見れば、そなたはスッ裸でござるのぞ。そなたが外の悪を批判すればするほど自らが自らの内の悪を白状し居ることになるのじゃが、いかがなものでござろうか。そなたがそなたを責めて居るのでござるぞ。そなたはこの方を責めて居るのでござるぞ。そなたは自らの責任を認めて居るのでござるぞ。そなたの責めて居るものはそなたの内でござるのぞ。人を責めると申すのはそなた自身を責めて居るのと同じことでござるのじゃ。そなた自身の責任でござるのに外を責めて居ると申すのは、矛盾して居るとは思わんか。そなたが外に責任があると申せば、そなた自らの勝手で外のものを壊して居ることになるのでござるぞ。この方のものを壊して居るのと同じでござるぞ。この方は、そなたの内に「危険じゃ」「悪じゃ」と決めて居るものがござれば、それを外に映してそなたに教えるのでござるぞ。外に見えて居るものは、そなたの内が原因でござるのじゃ。そなたらが魔釣りを生きてきた結果、外に創りだしたものを、自らに都合が悪いからと申して消そうとしたり、表面上の責任追及をしたりしても、何も解結したことにはならんぞ。自ら創りだしたものを自ら邪魔者にして居るのでござるぞ。最後の最後はそなた自身に返ってくることになるのでござるぞ。
                         立日十


元つ話 418 真コトに気づかぬ者だけが大掃除に巻き込まれてしまうからご注意

2012-09-05 Wed : 長谷章宏語録 
そなたらの今までのデーターでは、これから起きることは、想像もつかんことでござるのぞ。そなたらが真釣りに戻らねば、そなたらには安全な場所も、逃げる所もどこにもござらんぞ。地震や噴火や毒や犯罪や病気や死が恐ろしいのではござらんぞ。そなたらが魔釣りのままで居ることが恐ろしいことでござるのぞ。そなたらの内の通りにこの方が与えて居るのでござるから、そなたらの内を変えれば、そなたの現実が、そなたらの外が変わるのでござるぞ。汚染物質だろうが、核兵器だろうが、麻薬だろうが、化学兵器だろうが、銃だろうが、病原菌だろうが、毒キノコだろうが、すべてはこの方の産み生んだ自然から創り出されたものでござるから、そなたらからはどう見えようとも、何一つ「危険なもの」はござらんぞ。この方は、そなたが内の調和を乱せば、そなたが危険に感じることをそなたに渡してそなたの改心を促すのでござるぞ。そなたが見ておるものを「危険じゃ」と申して居るだけで、それ自体が「危険なもの」ではござらんから、勘違いなさるでないぞ。そなたらが申す悪は悪ではござらんぞ。そなたらの内の悪を見せるための外の悪でござるぞ。そなた自身が悪と申して居るだけでござる。そなたらの外はそなたらの内の映しでござるのぞ。モノやシステムの破壊や体の破壊(殺人、自殺、病気、怪我)が悪じゃと申すならば、自らの内に悪を持って居るそなたらは全員悪人でござるぞ。

そなたらが内を乱して行動すれば、今今のそなたらの世のように、外が乱れるのでござるぞ。次の世では二度と地獄は創らせんから、もう同じアヤマチを繰り返すことはさせんから、そなたの内に悪あればそなたの外を乱す原因になるから、心の掃除の無き者は次の世へは連れていくことは出来んのぞ。外の世界の大掃除はそなたの掃除の有無とは関係無しに進んで居るから、そなたが自主的に自らの心の掃除をせねば、そなたは次の世に行かれんから、そなたが内を乱せば外を乱して心の掃除が必要であることを気づかせるのでござるぞ。そなたらは、自らの肉体や「持ちもの」が壊された取られた傷つけられたと大騒ぎして居るが、そなたらは今の今までこの方の創りたものを取って壊して乱し続けて居るのでござるぞ。そなたらの内の悪をそなたらに教えるために、この方がこの方の創りた世界にあるものを壊すことを許して居るから出来ることでござるのぞ。この方が許さなければそなたら人間は、何も出来んのでござるぞ。この方は、そなたらの壊したものを元に戻せと申して居るのではござらんぞ。この方にとっては、最後にまとめて大掃除致して、そっくり交換すればよいだけでござるから、そなたらがどんなに壊そうとも痛くも痒(かゆ)くもござらんが、そなたらが真コトに気づかねば、真コトに気づかぬ者だけが大掃除に巻き込まれてしまうから、ご注意申し上げて居るのでござるぞ。自らの創りた調和を壊し、自らの体を傷つけてまでも、そなたらに教えるのは、自らのお子を何としても天国の世に連れていきたいこの方の親心でござるぞ。この方の真意(神意)を分かってくだされよ。

この方は、これから先は真釣り無き者は許さんから、魔釣りを生きて居る者はどんどん厳しくするから、魔釣りのやり方はどんどん壊していくから覚悟致せよ。真釣りの身魂でなければミロクの世には生き返れんから、魔釣りの癖を取らねばならんから、今ここが真釣りに戻るギリギリのところでござるから、この方は、今今からしつこく厳しく申して居るのでござるぞ。この方の申して居ることをハイハイと素直に聴いて、一人一人が自らのしておることを省みられよ。すべてのすべてはそなた自身のためでござるのぞ。真釣りの身魂が魔釣りの仕組みにまんまと嵌まって、真釣りの世を壊してきたから、今今の世の混乱の状況と成りたのでござるぞ。そなたらは楽をしようと致すから、すぐに苦を避けようとなさるから、真釣りに戻るどころかどんどん魔釣りの世を進めるばかりでござる。この方が表に現れて真釣りの何たるかを教えねば、真釣りには戻れんところまで来て居るのでござるぞ。そなたらの回りにあるものは、そなたらの肉体も含めて、すべてのすべてがこの方の貸しものでござるのぞ。そなたらは、この方がいくら申しても今まで手に入れたものにしがみついてなかなか真釣りに戻ろうとは致さんから、外にあるものを取られなければ真釣りに戻ろうとは致さんから、真釣りに戻るために邪魔になるものはどんどん返して頂いて居るのでござるぞ。そなたらは、取られたやられた傷つけられたと大騒ぎして居るが、そなたらのものは一つもござらんぞ。そなたらが真釣りに戻るのに邪魔になるものを人間を通して取って差し上げて居るのに、わざわざ取り戻してどうするのじゃ。

                            立日十

元つ話 417 外に見える環境破壊は、そなた自身の心の破壊の映しでござる

2012-09-04 Tue : 長谷章宏語録 
そなたらには元の至善を創ることは出来んのでござるから、そなたらが今目の前にある形になった自然(至善)を元に戻すことなど無理な話でござろうが。そなたらは元に戻すと申すが、一度壊したものは元の元には戻らんのぞ。そなたらのしてきたことの尻ぬぐいは、もうこの方がするしか無きところまで来て居ることに早うお気づきあれよ。何も知らなかったとは申せ、元の調和の世界を勝手に魔釣りで壊し来て、自らがしてきたことの責任を取れぬと申すのは、いかなることでござろうか。何でもかんでも自ら以外のせいにして、我(われ)は悪いことなどして居らん等と申すのは、神成る身魂として恥ずかしき所業でござるのぞ。調和を壊すのは、神の掟違反でござるのぞ。調和を壊しては、天国も自由も平等も何も御座らん。元の真釣りのこの方にとっては、そなたらもろとも世界宇宙の大掃除を致してそなたらが壊した至善を元に戻すことなど簡単なことにてござるが、それではそなたらが可哀想なから、この方のお子を殺すのは忍びないから、そなたら自らが改心して真釣りに戻ってくれることを期待して、今の今まで大掃除を猶予して来たのでござるぞ。この方が世界の大掃除を始めれば、この方の内に居るそなたらはひとたまりも無いぞ。この方はそなたらの親でござるから、そなたらお子がしたことは、この方の責任でもござるから、予告無しで一度に掃除するようなことは致さんから、カラクリを予め全部教えるから、外の大掃除はこの方に任せて、そなたらは内の心の大掃除を始めてくれよ。

そなたらが壊し来た自然(至善)と申すのは、この方が自らの内に産み生んだ有の世界でござるから、この方にしか作り替えることは出来んのでござるぞ。そなたらのイノチもこの方次第でござるのぞ。そなたらに出来ることは、自らの心の立替え立て直しだけでござるぞ。そなたらの内の通りに外が形に成って居るのでござるのぞ。この方がそなたの内の通りにそなたらの外に見せて居ったのじゃ。そなたらの内に不調和がござれば、世界の調和が壊れるから、そなたら自らが内を調和に戻せるように、そなたらの内の不調和を外に見せて教えて居ったのでござるぞ。この方を忘れ去って居るそなたら人間が、自らの外にあるものを、自然や動物や他人や世界や神を、そなたらの力で変えられるなどと申す思い上がった考えは、キレイサッパリ捨てなされ。そなたらはそなたらの力では外を変えることはできんのぞ。そなたらが自然や地球を元に戻せると申すなど、とんでもない取り違いでござるぞ。そなたらの魔釣りが自然を壊した原因でござるのぞ。そなたらが魔釣りに居るから、この方が、自らの胎内にある自然を壊して教えて来たのでござるぞ。そなたらが内に悪を持って居れば、外に悪を見たいと申して居るのと同じことでござるぞ。この方は、そなたらの見たいものを見せて差し上げて居るのでござるぞ。そなたらが見たいと申すから外に悪を創りて差し上げたのに悪を消そうと致すのはいかなることでござるか。

そなたらが外の悪を裁けば裁くほど外に悪が現れる道理。そなたらが内に悪を持たねば悪は外には現れなかったのでござるぞ。すべてのすべてがそなたら自らが希望したことでござるのぞ。最後の最後はこの方自らがすべてを元に戻すから、そなたらがどんなに外を壊そうとも、この方にとっては大きな問題ではござらん。外に見える環境破壊と申すのは、そなた自身の心の破壊の映しでござるぞ。そなたらの魔釣りをそのままにしておいて地球環境云々(うんぬん)と大騒ぎ致しても、何も知らぬ大アホ集団の茶番劇でござる。自らが自然を操作できると申す、人が人を変えられると申す、そなたらの我(われ)善し勝手な取り違いが今今の混乱を創りだした原因でござるぞ。そなたらは魔釣りに居るから、自らの肉の身を失うことを恐れて、悪くなることを避けようとして、地震や天気や人の心や自らの未来を予知なさろうとして居るが、犯罪や戦争や破壊をして居る者を排除しようとなさって居るが、そなたらが真釣りに居れば、そのようなことは不要なことでござるのぞ。そなたが真釣りに居れば、そなたにはなんの関係も無きことでござるのぞ。そなたらは自然の猛威を十分に目にして居るのに、未だに自然を征服、克服しようなどと考えていなさるが、そろそろ素直になりなされ。この方にどんなに抵抗しても無駄なことでござるのぞ。

                            立日十

元つ話 416 宇宙と呼んでいるものはすべて有機体の妄映

2012-09-03 Mon : 神語録 
  「2013: 人類が神を見る日」  半田広宣著より

P90
「タカマガハラですね」
「そうです。あなたがたには、まだ人間としての意識の位置が顕在化していません。」
「わたしたちには意識の位置が顕在化していない・・・・どういうことですか。」
「そうですね。簡単に言えば4次元世界を見えなくさせられてしまっているということでしょうか。」
「しかし、4次元とは時間の方向性ではないのですか。」
「人間の内面においてはそうなります。人間の内面においては4次元対称性を描像するのは不可能です。人間の意識の位置を発見するというのは、人間の外面を発見することと同じ意味を持っています。それを見つけることができて始めて、人間は4次元対称性が一体何なのか理解することができるということです。」
「人間の内面・・・・? 人間の外面?」
「人間の内面とは、あなたがたが外在と呼んでいる世界、人間の外面とは同じくあなたがたが内在と呼んでいる世界のことを指します。」
「内面が外在で、外面が内在? 内と外が逆だということですか。」
「本当の外宇宙というのは、あなたがたの心の中の方向にある・・・・・とでも言っておきましょうか。」

 本当の外宇宙はわたしたちの心の中にある・・・・・ボームが言った暗在系だ。オコツトたちの宇宙観では、人間が宇宙と呼んでいる物質世界は人間の内面と呼ばれ、次元観察子で言えばψ1とψ2領域に対応していた。

「ちょっと待って下さい。ではわたしたちが現在、宇宙と呼んでいるものは何なのですか。」
「すべて有機体の妄映です。」
「有機体の妄映・・・・・? どういうことですか。」
「あなたたちが外在世界として見ているものは、第7太陽系次元における定質と性質の交差が作り出した影だということです。4次元対称性の認識が生まれてくると、物質という概念は全く意味をなくしてしまうでしょう。」
「物質という概念が意味をなくす・・・・・? どういうことですか。4次元では物質が存在しなくなるということですか。」
「概念がなくなるのですから、物質が消えてしまうと言ってもよいのではありませんか。とにかく、あなたがたが畏怖している1999年の人類滅亡とは、物理的にこの地球が壊滅するということではなく、人間の宇宙認識に極めて大きな変化が起こり始めるということと考えて下さい。確かに太陽も働きを失っていくわけですから、物理的な意味での滅亡もいずれ起ることになるでしょう。しかし、それは滅亡というよりも、むしろ人間の意識進化の結果として、進化の方向を持てなかった人間の意識に現れてくる実現象のようなものです。このことが起るのは時期的には位置の等化よりまだ幾分先のことです。いずれにせよ。今のあなたがたの意識の在り方からして見れば、想像を絶するような宇宙観の変革がここ数十年の間に訪れてくることになるはずです。この変革はあなたがた地球人が現在持っているプレアデス的統制のすべてをその根底から覆してしまいます。シリウスからあなたへのこの関与は、その変革を作り出すための一つの強力な力となっていくでしょう。この力によって多くの人間が最終構成の働きを、滅亡ではなく、意識進化へとその意味を変えていくことができるのです。」
「そうは言われも、太陽系が物理的に壊滅するのであれば、すべての人類が死滅してしまうではありませんか。」
「変換人の意識に進化すれば、死は克服されます。」

 われわれはどこから来て、どこへ行くのか。生とは、そして死とは―――これらについての知識がわたしたちに真の自由を与える。この知識を獲得するに至った者は、果たしてブッダだったのだろうか、それともイエスだったのか。いずれにせよ、死の意味を知ることはそのまま生の意味を知ることに等しい。わたしたち人類にもし共通の生の目的があるとすれば、それを知ることは人類の意識を大きく変えていくに違いない。存在世界の目的に透徹した視野を持てるようになれば、わたしたちの日々の生活の意味合いも大きく変わっていくことだろう。しかし、それは遥か未来の遠い夢物語の世界であり、いわば人類の覚醒とも呼べるそのような出来事が、現実にここ数十年のうちに起るということをまともに信じられるはずがなかった・・・・・。

「つまり、人間は死ななくなるというのですか。」
「これから起る意識進化とは、人間が生きながらにして死後の世界へ入っていくという言い方ができるかもしれません。その意味で言えば人間は不死となります。」
「生きながらにして死後の世界へ入る・・・・・? 意味が分かりません。」
「今は分からなくても結構です。」
「では、あなたがたが人間の意識進化と呼ぶもののイメージについて、ごく単純な言い方で結構ですから、分かりやすく説明していただけませんか。」

 一瞬、静寂が走ったが、オコツトの答えはすぐに返ってきた。

「自我の消滅です。」

 ・・・・そんな馬鹿な―――わたしは呆気にとられていた。あと数十年で空間認識が5次元化し、太陽が働きを止め、死がなくなり、自我が消滅する・・・・・? こんな非常識な内容をどうやって受け入れればよいというのだ。しかし、オコツトはそんなわたしの戸惑いには何一つ反応しなかった。

(以上転記おわり)

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以下「長谷本」より参考内容抜粋

・そなたが何かを求めている時、そなたは神の生き方していないのぞ。そなたの望みが叶っていないから求めることになるのぞ。そなたの欲しいものを外に探しても何も叶わないのぞ。そなたの内にすべての鍵があるのぞ。そなたの内にあるものが外に見えているのぞ。そなたの外に見えているものはそなたの内にあるものであるぞ。そなたの内を変えなければ、外に見えるものは変わらないのぞ。そなたの姿があるかぎり、鏡を割っても何回でもそなたが映るのと同じであるぞ。外の鏡を割っても何も消えないのぞ。そなたの姿を変えれば、映るものが変わるのぞ。

・この世が滅んで無になったとしても、その「無」が存在する場所は存在する。実際に無になる時が訪れたとしても、無になると思い込んでいた者だけが、無になったこの世と共に消滅するだけであって、その「無」そのものが存在していた空間は存在し続けている。より高次元の世界から見れば、それより下の次元の形が無になるだけのことであって、その上の次元は「有」であり続ける。たしかに、自らの認識している「有」をすべてだと思い込んでいれば、「無になる」とは、「すべてがなくなること」であり、その者にとっては、命に関わる大変なことであるから大騒ぎするのは当然のことだといえる。しかし、それは、単に、有の中に作られた有が消滅するだけであって、無になると思っている自分が認識できる有の世界とそこにあるものが無になるだけの出来事に過ぎない。簡単に言えば、最先端の科学文明が滅亡しても地球は存在し、その地球を含む物質的宇宙が消滅しても、その宇宙が生まれた(有形になった)宇宙が出現するだけである。つまり、自らがどの次元を体験するかというだけの違いであって、あなたが存在する世界は絶対に消滅することはない。今のあなたが思っている死の概念は、「条件付きの死」であることを知ることで、恐れや不安、それを動機とする戦争、戦争にまつわる反対運動や、戦争の大義、憲法改正の議論、その他諸々の、より高次の次元からみれば些細なこと、つまりは、この物質次元で生き延びることにエネルギーを使うことは、全く無駄で意味の無いことになってしまうのである。それは、何の生産性もない労働に自らの生命エネルギーを浪費しているようなものである。

・そなたらは肉体を持ったままではミロクへは行かれんのでござるから、早う身魂を掃除して、死んで生き返れるように準備してくだされよ。そなたが掃除を終えれば、この方がキッチリ見取って、ミロクの服に着せ替えて差し上げるから、頑張りてくだされよ。そなたらの申す死は何の問題でもござらんぞ。ただの出来事でござる。この方の申すことが嘘じゃと申すならば、そなたの理屈をそのまま続けておれば宜しいぞ。近いうちにそなたにも分かる時が来るからな。


元つ話 415 科学には宇宙の本質そのものに言及できる力は存在していない

2012-09-02 Sun : 神語録 
  「2013: 人類が神を見る日」  半田広宣著より

P37
プレアデス的統制

「ちょっと話を整理させてください。その最終構成とやらによってこの太陽系が終わるというのは、太陽が大爆発でも起こすということですか。太陽の寿命はまだ数十億年はあるんですよ。」
「いいえ、現在の太陽はもうじき働きを失うはずです。あなたがたは人間型ゲシュタルトによって真の宇宙的知識から遠ざけられてしまっているので、そのことに気づくことができないのです。シリウスにとっての太陽系とは意識の方向覚醒が行われている場であり、変換人の精神構造のようなものです。この精神活動はある一定の周期で進化のための最終構成を迎えます。最終構成が起こると新しい太陽系の創成が始まるのです。」
「申し訳ありませんが、あなたの言っていることは僕にはとても理解できません。実際、多くのチャネリング情報があなたと同じようなことを伝えてきています。僕は科学的知識を絶対だと思っているわけではありませんが、この手の対話は僕らの現実感とあまりにかけ離れている。ある程度の科学的常識をないがしろにして、そのような御伽噺を聞く気にはなかなかなれないのです。もし、あなたの言うように、太陽系がその変換人とやらの精神構造だとしても、なぜ、そのように言えるのか、ある程度の論理的な説明を聞かせていただけませんか。その論理がなければ、まるで占星術の根拠を説明できないオカルティストたちと何の変わりもないではありませんか。」

 伝統的オカルティズムは、やはり太陽系を人間の霊的階層として意味づける。ポピュラーなところでは占星術などがその知識体系の一部として生き残っているわけだが、なぜ惑星群が人間の霊的な階層に対応しているのかという理論的根拠については、ただ古代からの伝承がそうだからという理由で片づけるしかないというのが現状である。

「その論理をあなたに作らせることがこのプログラムの目的なのです。太陽の寿命があと数十億年あるとするあなたの理論的根拠はプレアデス的統制にすぎません。」
「プレアデス的統制・・・・・?」
「あなた方が科学と呼んでいる思考体系のことです。」
「科学的知識が悪だというのですか。」
「いいえ、善悪という概念はプレアデスが作る概念です。わたしが言っているのは、科学には宇宙の本質そのものに言及できる力は存在していないと言っているのです。あなたは太陽の寿命があと数十億年あると信じておられるようですか、なぜ太陽が燃えているのかご存じですか。」
「それは・・・・・太陽の中で核融合が行なわれているからでしょう。」
「その答えがプレアデス的統制なのです。それは太陽が燃えている理由ではなく、単なる同義反復にすぎないのではありませんか。」
「同義反復・・・・・?」
「ええ、言葉を変えて説明しているだけではないかと言っているのです。たとえば、次に、わたしがなぜ核融合が行なわれているかとあなたに尋ねれば、今度は、おそらくこう答えられることでしょう。―――それは宇宙空間の水素が重力によって寄り集まってその圧力で温度が上がり、核融合が始まった―――と。しかし、わたしは<なぜ>という質問をしているのであって、メカニズムの具体的な説明を求めているのではありません。つまり、太陽の核融合の本質を知るためには、水素や重力の本質が何なのかということを知る必要が出てきます。その意味で科学に本質はないと言っているのです。」
「・・・・・・・・・・・・・」


 確かにオコツトの言うとおりだった。科学は「HOW(いかに)」という設問には驚異的な緻密さを持って解答を出してくる。が、しかし「WHY(なぜ)」という設問には全く歯が立たない。わたしたちは科学が宇宙の謎を解明してくれているものと思いがちだが、実際、科学が行っていることは解明ではなく解説にすぎないのだ。もっとも、この解説はわたしたちに幾多の恩恵をもたらしてくれはしたが・・・・・わたしは反論できずにいた。

(以上転記おわり)

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以下「長谷本」より参考内容抜粋

・『地球は生命体だ』って言うけど、地球は誰が創ったんだい? 「生命体」って何だい? 「科学」ってのは、全部「形」からスタートするから「根本的問題」には何も答えが出ないんだよ。天文学や地球物理学や考古学や宗教学なんて、推測だらけの学問じゃないのか? 科学は証拠の学問だって言うけど、今ここで耳を揃えて目に見える形で証拠を出せるのかい? 神さまを忘れてる科学者に本当のことがわかると思うかい? 誰が何を言おうとも、君が本当のこと⦿をわかってれば、誰にも騙されることはなかったんだよ。

・「神話」が神話として見えるのは君の嘘の目が創り出す幻想なんだよ。人間と神様が別のものだっていう心の目が創りだした現実さ。君たちが受けてきた教育ってのは、神さまを隠すための「宗教」そのものだったんだよ。神さまを迷信にしなくちゃ、君を支配することはできないだろ。神さまの力に君が気づいたら、地球征服を企んでる奴らの計画がオジャンになるからな。『教育は科学だ』なんちゅう嘘を信じてたら、それこそ天国なんてどっかへ飛んでっちゃうぞ。「政治」も「経済」も「教育」も「科学」も、すべてのすべてがФの宗教のノウハウ(目/思考/意識)が創りだした成果(作品)なんだよ。「科学技術」の発達ってのは、⦿崩壊技術の発達だよ。「宗教」は言わずもがな、だよな。

元つ話 414 次元転換とは新たな太陽系を作り出すこと

2012-09-01 Sat : 神語録 
  「2013: 人類が神を見る日」  半田広宣著より

P33
・・・・・・・・あなたがたがタキオンと呼んでいるものは、地球人の意識の方向性に反転作用を作り出す力だと考えて下さい。意識の方向の反転によって生み出されてくる新しい形態概念を確実化させることが、変換人型ゲシュタルトの第一プログラムです。」
「つまり、タキオン空間とは、僕達の内部、外部という空間認識を反転させた世界と考えてよいのですね。」
「はい、現段階ではそのように考えられて結構です。人間の意識の方向性の反転によって、変換人の意識が生み出されてきます。」

 内部を外部へと反転させ、それと同時に外部を内部へと反転させる・・・・このような空間認識が一体、わたしたちの思考に何を生み出してくるのだろうか。わたしは不思議な興奮を覚え始めていた。

太陽系の最終構成

「変換人というのは一体何なのですか? もう少し具体的に教えていただけませんか。」
「次元転換をしていくために出現してくる新しい力を持った人間たちのことです。」
「次元転換?」
「そうです、次元転換です。次元転換とは新たな太陽系を作り出すことを意味します。」
「新たな太陽系を作り出す・・・・・?」
「現在のあなたには受け入れ難い内容かもしれませんが、もうすぐ、この太陽系に大きな変動が起こり始めます。シリウスではこの変動のことを最終構成と呼びますが、最終構成に入ると、今までの太陽系は働きを終え、新しい太陽系が作り出されていくのです。この太陽系自体の創成は、実は、あなたがた人間の意識進化と対応しています。しかし、地球人の意識は、その進化の方向性にまだ同調することができていません。地球人に意識進化の方向を与えなければ、新しい太陽系活動にも支障が出てしまうかもしれないのです。」
「でも、その最終構成とやらが自然に起こるものなら、人間の意識も自然に進化していくのではないですか。」
「残念ながら進化は必然的に生起するわけではありません。実際には、地球人の意識進化を阻止する背景が存在しています。その背景を除去するために、シリウスのこのような関与が必要となっていると考えて下さい。」
「意識進化を阻止する背景?」
「はい、プレアデスに起きている変質です。現在、プレアデスはスマルに誘引されることによって次元の変換作用不連続にさせる働きを作り出そうとしています。このスマルは、人間という次元を作り出すためには必要不可欠な力なのですが、最終構成においては人間の意識進化を妨げる強力な抑止力となります。わかりやすく言えば、地球人に物質という概念やエゴを与えている力とでも言いましょうか。地球人の意識の流れを物質中心に吸引していくことによって意識の反転力を弱めていく働きの総体のことです。この力があなたがたの意識進化に対する大きな妨げとなっているわけです。この偏映を今世紀中に修正しなければ地球人は大変なことになります。」
「大変なことって・・・・・?」
最終構成の力自体が地球人の意識を虚無に変換させてしまうということです。最終構成は地球人の意識がどのような状態にあろうと、太陽系に周期的に必ず巡ってくるものです。その時期に、あなたがたの意識の方向性が進化の方向に向いていなければ、最終構成の働き自体があなたがたの意識を虚無に変換させてしまうことになるでしょう。ここで言う虚無とはオリオンからの意識の分離、つまり精神進化の完全なる消滅です。」
「オリオン・・・・・・・?」
「大いなる精神の進化の母胎となる力のすべてが存在するところです。」
「・・・・・・・・・・」

 オリオン対プレアデス・・・・・わたしは正直言って閉口した。これじゃ巷のチャネリング情報よりもたちが悪いではないか。
 オコツトが語っている内容は、表現こそ違え、ポジティブな宇宙勢力とネガティブな宇宙精力の闘争物語というスタイルをとっていた。
 太陽系規模の進化、意識ジャンプ、高次元へのシフト、地球レベルの意識階層から銀河同胞団へなど、わたしはこの手の物語には、はっきり言って食傷気味だった。それだけならまだしも、この交信は実に悲観的な内容をチラつかせている。
 とどのつまり、オコツトは人類滅亡を食い止めるためのポストモダン的天使というわけか。正義の味方などカンベンしてほしい。もし、わたしの潜在意識がこの物語を創作しているとするなら、もっとマシな台詞を吐けないものかと思った。

(以上転記おわり)

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以下「長谷本」より参考内容抜粋

君たちは、物質っていう材料から何らかの思考や思想(シナリオ/デザイン)に従って形を創っていく遊び(ゲーム)をしてるんだよ。君たちは「物質」を使って「体験という財産」を創り出す映画を製作してるんだ。形を創る基(シナリオ/設計図)のことを「宗教」っていうんだな。君自身がシナリオを変えない限り、君の映像は変わらないんだよ。君が望んでるものをすべて形で体験したかったら、君のやり方そのものを変える必要があるんだよ。君が『形そのものを操作して思い通りの映画を創ろう』っていうやり方をしてる限り、最期は「人類滅亡」の映画さ。今は全員の映画が「滅亡」の結末になってるんだよ。君の映画のシナリオに「神さま」を登場させる(⦿に寝返る=Фを裏切る)かどうかが「「天国」の映画に変える鍵だよ。21世紀は「⦿の心が創る本当の極楽映画」だよ。

今今のそなたらと申すのは、元つ真釣りのこの方が居ることなどキレイサッパリと忘れ去り、自らこそが三千世界すべてを産み生んだ真コトの神じゃと思い込んで居る元つ真コトの一厘を見失った中つ魔釣りの魔コトの神々の手下となりて、宇宙も世界も人類も、最後の最後は自ら自身も、形あるものすべてが滅びる世界人類丸潰れの仕組みの内に居るとも知らずに、現の世のことは何でもかんでも自らの思い通りに成るのじゃと勘違い致して中つ世界の人類の征服を画策して居る者どもの企みに、世界丸ごと上から下まで、一人残らず、まんまと嵌まりてござるのぞ。そなたら人間は、ウソをウソで塗り固めた魔釣りの世の常識を天国を創る真釣りの世の常識と取り違い致して、天国どころか地獄さえも創れぬ、末(すえ)はすべてが消え去る運命の魔釣りのやり方であるとも知らずに、自らの教えて居ることは正しいことじゃ、自らの申すことは真実じゃ等と申して、宇宙創世以来、人類の長い歴史を通じて、今の今まで何世代にも渡って、教育や政治や宗教の名のもとに、全世界全人類挙げて、親から子へ、教師から生徒へ、教祖から信者へと次々に渡し続けて来て居るのでござるぞ。最期は世界人類丸潰れの魔釣りで創りた魔コトの世界を真釣りの神の創りた真コトの世界と取り違え、魔釣りの創り出したウソを真釣りの真コトと取り違え、自らの望みとは全くアベコベの世を創り出すウソのシナリオに基づいて、すべてのすべての社会システムを創り出して来た成りの果ての姿が、今今のそなたらが居る乱れた世でござるのじゃ。

そなたらが宇宙と思っているものは、元つ神の中にはらんだ子宮内宇宙であるぞ。そなたらの宇宙にあるものはすべてこの方が産み生んだものであるぞ。宇宙は無限ではないのぞ。元の神まで考えれば無限なのであるぞ。そなたは宇宙について何も知らないのであるぞ。この方に聞けば宇宙のことはすべて分かるのであるぞ。そなたらがこれから体験するのは、初めての「子宮内宇宙の出産」であるぞ。そなたの宇宙そのものが神の世界に生まれるのであるぞ。それがどういうことかということを考えても分からないのであるぞ。そなたは神の世界を何も知らないのであるぞ。何を知ろうとしているのか。そなたが神の世に生まれればすべてが分かるのであるぞ。今度の出来事は、そなたらにとっては万古末代二度とない一度こっきりの出来事であるぞ。そなたは生まれて初めて見る世界にいくのであるぞ。そなたがすることは出産の準備を進めることだけであるぞ。神の世界のルールを学んで実行することであるぞ。神の世界への産道はもう開いているぞ。そなたはもう戻れないのであるぞ。神に成るか、滅びるかの二つに一つの選択であるぞ。

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