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元つ話655 『世界人類皆兄弟』ってのは嘘

2013-04-30 Tue : 長谷章宏語録 
君たちは息を吸ってるけど、神さまを忘れちゃったら、どんどん息が詰まって(行き詰って)死に向かうんだよ。神さまは宇宙の仕組みも身体の仕組みも同じように創って、君たちに教えていたんだよ。息を吐き続けたら吸うだろ。吸い続けたら吐くだろ。呼吸ってのは止めたら苦しくなるんだよ。取ったら出て行き、出したら入るんだよ。全く同じ仕組みさ。赤ん坊は泣く(出す)ことから始めるだろ。「呼吸」は呼→吸の順。出せば楽に入るんだ。0-+0。自分が出したものが返るんだ。「吐いて吸って」の繰り返しが永遠の天国の呼吸だよ。酸素がなかったら脳に栄養がいかないだろ。血液より空気が先なんだよ。肉体より空間が先だよ。血統より霊統が先だよ。肉体より魂が先だよ。胃には空気も食べ物も入るけど、肺には空気だけだよ。霊界⦿には物質Фは持っていけないんだよ。

「日本人」ってのは、子供たちに神さまの真意を教える大切な役目があったんだけど、君たちは、神さまを綺麗サッパリ忘れちゃって「天国モドキ」で浮かれてんだぜ。『そんなこと信じられないよ』って笑ってる君、君の方こそ神さまのことを知らないなんて信じられない奴だな。『世界人類皆兄弟』ってのは嘘だぞ。いつまでもお友達ゴッコをしてると、お友達と一緒に死んじゃうぞ。科学が宗教で、宗教が科学なんだぜ。神さまの宗教⦿を科学しないと、元には戻れないんだ。元に戻らないと21世紀には行けないんだよ。

君たちが言ってる「日本人」とか「アメリカ人」とか「黒人」とか「未開民族」とかってのは、言葉を変えれば、「民族」とか「人種」とかってのは、肌の色とか、どこかの国に生まれたとか、どんな考え方をもってるかとか、どんな道具を使ってるかとか、そういう基準で形を分類して言ってるだけのことだろ「部落差別」だって、「宗教対立」だって、同じことさ。そして、どっちが上か、どっちが進んでるか、どっちが偉いか、どっちが本物かって、競争してるだけだろ。結局は、「服の違い」や「ファッションセンス」や「遊び方」の違い(形の違い)で、今までずっと何千年も喧嘩し続けてるってわけだな。

見た目や形の違いで喧嘩したり、どっちかがどっちかを家来にしたり、縄張り争いしたり、お山の大将が権力争いしたり、泥棒した宝物の比べっこをしたり、そういう遊びを繰り返してきた3000年のドラマを記録したのが「人類の歴史」全?巻ってわけだな。いったいいつになったら喧嘩をやめるんだろうね、君たちは。いったい何回失敗したら間違いに気がつくのかね。いったい何回反省したら改心するんだい? いったい何度ぶっ壊したら目が覚めるんだろうね。いつまでも喧嘩してたら、平和なんてできっこないだろ。

                         ウナム

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元つ話654 日本の国土自体が神さまの御神体

2013-04-29 Mon : 長谷章宏語録 
肉体上の「病気」ってのは、君たちが神さまを無視して好き勝手をやってた結果を、「肉体」っていう、君たちに貸し与えた道具に神さまが型で示して教えたものだよ。君が霊界でやってることが肉体にそのまま現れるんだよ。病気の本当の原因は肉体にはないんだから、薬や手術で病気を直せるわけないよな。原因を直さずに、結果をいじくるほど、原因がどんどん積み重なって結果がますます悪くなるんだよ。心が形、原因が結果を創る仕組みだからね。作用反作用の仕組みだよ。肉体も社会も科学の法則も君の現実も全く同じ仕組みさ。君たちが根本の思考⦿を変えなけりゃ同じことの繰り返しが続くだけだよ。

君は何でも同じパターンで反応するだろ。君が二つに分ける思考をしてれば、それは霊界を二つに分けたってことだぞ。神さまの世界が先で人間の世界が後、ってのが神さまの法則だから、Фじゃ統合は無理だよ。だからって『想念で祈ったら現れる』ってのは嘘だぞ。君自身が時間流の中で肉体を着て物質の道具で物質化現象を遊んでるんだからな。自分が神さまの言うことを無視して自分で旨くいかなくしておいて『魔法が欲しい』って言ったってそんなのは自分勝手だろ。超能力だの、霊能力者だのを欲しがれば、そういうものを形にするのは簡単なんだぞ。「魔法」ってのは、マヤカシだぞ。君が「真法⦿」を使って生きていれば、そんなものは一切いらないんだよ。君が「物質化現象の源」なんだから。

地球も、君たちの身体の仕組みと同じなんだよ。お母さんのお腹の中にいる赤ちゃんはヘソの緒でお母さんとつながっているだろ。卵の中で育つ動物だって同じことだよ。君たちも心っていうへソの緒で神さまとつながってるんだ。日本の国土ってのは、神さまの「肉体」なんだよ。日本の国土自体が神さまの御神体なんだけどさ、神社に祀ってるものは何なのかね。日本は世界の親だぜ。君が君の現実の基だよ。全部同じ仕組みだってことをしっかり頭に入れとけよ。親ってのは『子供に模範を示す』のが役目だろ。子供の真似ばっかりしてどうするんだい? 親が子供の考えたことを真似したらうまくやっちゃうのは当たり前だろ。「日本人」が「西洋人」の真似をするのがうまいのは、当然のことなんだよ。親になるからには、それだけの修行に耐えられるだけの魂をもらってるんだよ。「日本」に生まれるってことは大変なことなんだぜ。今の日本は「掃除さぼり魔」ばっか。

本当の親ってのは、子供を自由にさせて、子供がワガママをしてたら、『駄目だ!』って教えるのが、役目だぞ。ただし、神さまのルール⦿に従ってだよ。君の都合で『駄目だ』って言うのはルール違反だぜ。「信仰」ってのは、「神交」「親交」だ。神さまと、本当の親と交流して、初めて、「進行」するし「振興」するんだ。神さまを忘れちゃったら、何でもかんでもうまくいかなくなるんだよ。「死ん行」するのが落ちなんだな。今の先進国は神さまを綺麗に忘れてるから、どんどん行き詰ってきてるんじゃないのかい?

                        ウナム

元つ話653 「怖いもの(悪)」に真実の鍵(最期の一厘)が隠されてた

2013-04-28 Sun : 長谷章宏語録 
自分で歩いて、自分で採集して、自分で作って、自分で運んで、自分で動いて、が自立の基本だぞ。誰かに何か手伝ってもらったら『アリガトウ』しかないだろうよ。自分が自分ですべきことを分担してもらったんだから、『感謝しろ』だの『ミスを謝罪しろ』だの『損害を補償しろ』だの『もっとサービスを良くしろ』だのって、いえる筋合いはないだろ。いったい何を勘違いしてるんだろうね。自分で何もできなくして何もわからなくしておいて、何を勝手なことを言ってるんだろうね。自立してない奴は21世紀はないぞ。

神さまの掟⦿(真釣り/マコト)ってのはね、調和、秩序、等価交換、同意交換、お互いに嬉し嬉しを作り出すやり方なんだよ。儲けだの被害だの損害だの侵害だの問題だの、そういう言葉は、どこにもないんだよ。君たちが真釣りを外したら、本当だったら、その時その場で『即、滅亡』なんだぞ。今の君たちは、神さまが掟を厳密に適用してたら、今この場にはいない筈の霊(魂)なんだぞ。『霊と魂の違いは?』ってそんなことわかったって肝心要の⦿を知らなきゃ君は死ぬんだよ。神さまが大きな情けをかけてくれて、本当の天国が形になるまでに君たちが自ら気づいて改心⦿してくれればと願って、死んでる筈の悪魂にも道具を渡して今の今まで生かしてくれてるから、今ここにいるんだよ。

君たちの世界ってのはね、君たちが神さまの心に戻るための修行をするための学校だったんだよ。君たちが真釣り⦿を外したら、君たちから見て不都合や不便が現れるように仕組んでくれてたんだ。神さまが「不都合を渡す人間」を使って君が天国に戻る手伝いをしてくれてたんだよ。君たちは、不都合や不便や心地悪さを体験させてくれた人間や状況を逆恨みして『あっちへ行け』ってやってたろ。君が君の⦿を生きれば、自動的に相手のФを掃除するための教材を渡すようになってるんだけど、君は自分を守ってФに遠慮して、Фに謝ったり、Фの苦情を受け入れたり、Фにいい顔やご機嫌取りをしたりしてたろ。誰かに『あっち行け』ってやったら、神さまに『あっち行け』ってやってんのと同じことなんだよ。神さまに『あっち行け』ってやったら、結局は、『天国に行きたくない』って言ってんのと同じことだよ。Фのご機嫌取りをしたら、ルール違反Фの同罪だぞ。

天国に行きたくって、悪魔に『あっち行け』をしてたつもりが、実は、天使に『あっち行け』ってやってたんだよ。Фにいい顔して楽した積もりで、自分の枠をどんどん狭くして行って、自ら不自由にしてたんだぞ。悪に遠慮して自分を守ってた積もりが、自分を地獄に落としてたんだぞ。被害者のお助けコールにまんまと乗せられて、掃除の機会を取り上げてたんだぞ。善人を演じてた積もりが神さまの世の悪人に成り下がってたんだよ。地獄を創ってることを教えるために地獄をくれてたんだよ。自分を苦しめてる悪魔が実は天使で、天国をくれてると思ってた天使が実は悪魔だったってわけだよ。何かオカシクあ~りませんか? 「厄祓い」って言ってるけど、厄って何だい? 君に都合が悪いもの、不吉なもの、君を悪くするものだろ。君が悪くなるのは君が真釣りを外したからだぞ。君が悪魔を追っ払い続けた結果だぞ。事故責任を全く果してないな、君たちは、全部逆だよ。

天国と地獄ってのは同居できないんだぞ。天国か、地獄かどっちか一つだよ。天国ってのは「全く問題がない世界」のことだぞ。今の君たちの世界はどっちなんだか、もう明らかだろ。「地獄の中の天国」に酔ってるのが今の君たちだぞ。地獄の中の地獄にあっち行けってやったって、ますます地獄が増えるだけのことさ。先行き不透明ってどういうことだい? 何で先がわからないんだ? わからない目しか持ってないって証拠だろ。君が天国に行けなかったら「不老不死」なんてどこにもないんだぜ。仮の世じゃ物質は劣化するのが法則なんだよ。時間軸がある掃除の世界じゃ破壊と再生に分離して見えるんだよ。破壊を避けるのは再生を拒否することだよ。今の肉体で臓器移植をして命を永らえてる積もりになっても君が天国に行けなかったらそれで終わりさ。誠のイノチが消えるんだよ。

本当の「救世主」ってのは、キリストでもシャカでもないんだぞ。君たちが追っ払ってきた悪魔、鬼門の神様が、実は、本当の神様だったってわけさ。君たちが罪を被せ続けて無視し続けて闇に葬っていたのは、何を隠そう、本当の天国を創る神さま(つまり、本当の救世主)だったんだ。世の大掃除は救世主がするんだけど、君が⦿をしてなかったら、君は助からないんだよ。勝手に天国だの神様だのイメージを創ってるけど、そういう心の目で見たら、本当の神様なんて、本当の救世主なんて、どっかに消えちゃうのは当然だろ。「怖いもの(悪)」に真実の鍵(最期の一厘)が隠されてたんだ。君が神さまの心に戻ってなかったら、もうどこにもいるところがないんだよ。君たちが言う「宇宙」ってのも神さまの宇宙の中だから、君たちが物質思考をしてる限り、宇宙開発をしたって、本当の意味で助かることはできないんだよ。今度ばかりは、今までの時代転換とは違うんだよ。

                        ウナム

元つ話652 縄文人の暮らし

2013-04-27 Sat : 神語録 
  「世にも奇妙なフツーの話」より

縄文時代の話が出てきました。

とても 興味深い 楽しい話でしたぁ~~^^

もっと話が聞きたい・・教えてアシュタール~~^^


「こんにちは こうしてお話できることに感謝します。

今日は 縄文のころの話をしたいと思います。

縄文人と聞くと・・あなたは、たぶんとても未開な人たち・・を

思い浮かべると思います。

ちゃんとした家にも住まず、食べ物も備えるとかなく 

その日にとれたものを食べ ただ生きていることだけに

満足している・・ほとんど 野生の動物たちと変わらない生活・・

何の向上心もなく もっと豊かになるためにはどうすればいいか?・・

など考えることなく 今日の食べ物があればいい・・

今日が無事に過ごせれば それでいい・・

そんな人たちだというイメージがあると思います。


それは まったくの誤解です。

見かたによれば 確かに家もなく、指導者もなく(国などの形態もなく)

財産と呼べるものもない・・何も向上心がなく・・今日が楽しく

生きていければいい・・そんな風には見えます。

しかし これは精神性の高さからの生活なのです。


縄文の人たちは 物質にまったく執着しませんでした。

家・・などは必要ないのです。

周りを見渡せば とてもいい岩藏があります。

そこは 暖かく、そして涼しく、適度な湿気があり、安全です。

そして 土地はみんなのもの・・という感覚ですので、

家を建てて その土地が誰のものか? 主張する必要もないのです。

自然が 必要なものはすべて与えてくれることを 知っていました。


土地も 何もかも すべてがテラからの借り物だと知っていましたから、

すべてに感謝し みんなで共有し テラ(自然)から借りたものは、

テラ(自然)に返す・・それが当たり前の生活でした。


そして、どこにでも食べ物はありました。

食べ物に困ることはないので 備える・・

ということも必要はないのです。


夫婦や家族・・という括りもありません。

すべての人が家族と認識していました。

子供も もちろん誰の子供・・ということはなくみんなの子供として

しっかりと愛をもって育てられました。


何も 所有することはなく 気候は温暖で、食べ物は豊富にある・・

ですので、今のあなた達の言うところの 向上心などまったくないのです。


あなたの社会の向上心と言われるものは、

少しでも 人よりいい生活をすること・・

いい仕事をして 収入をたくさん得ること・・

たくさん物質を持つこと・・

社会的に高い地位に就くよう頑張ること・・

など、とにかく人と比べて 自分が優越感を持てる立場になる・・

競争心などの マインドからの発想です。



ですから、すべてが快適で、何よりも精神性を重んじる縄文の人たちには

まったく そのような感情(向上心)はありません。

競争する必要も 誰かから搾取する必要も まったくないのですから・・

ただ 今日一日 この時 この瞬間をいかに 愛と感謝の波動で

楽しく生きるか?・・ということに 集中しています。

そういう精神的な意味での向上心は とてもありました。

見ているところが 今のあなたの社会とは まるで違うだけのことです。


そして そのように波動の高い人たちですので、

すべてが 波動である・・ということを知っていました。

ですので、思考がエネルギーであることも もちろん知っていました。

自分が出した波動が 自分に戻ってくる・・ということも熟知していましたので、

いかに愛と感謝の波動を保てるか・・ということに集中していたのです。


そして 私たち宇宙ファミリーとも 普通に話をしていました。

もちろん 空にはたくさんの種類の宇宙船が飛び回っているのが

普段の光景です。宇宙船や私たちを見ておびえる人は誰もいません。

私たちを”友”として 受け入れてくれていました。


彼らは 石の波動を使うのがとても上手でした。

石の波動を使い テレポーテーション(瞬間移動)をしたり、

身体のヒーリング(医療的なことも)をしたり、

遠くの人と話をするテレパシーの増幅装置として、

石を使っていました。


主に 石と麻の文化だったのです。

とても 自然と調和のとれた素晴らしい文化でした。


しかし 縄文時代も 時が経つにつれ 波動が下がり始め

普通に持っていた能力を使える人が少なくなっていったのです。


どんどん本来自分のもっている能力を疑いはじめ、使えなくなっていきました。

そして まだそういう能力を覚えている人たちを 特別な人・・

として扱うようになっていたのです。

そして 私たちと話が出来る人・・テレパシーを使える人を 

神官的な立場に置き、あがめるようになってしまったのです。

ここから 私たちが ”神”として扱われ、そして人々の間に

上下の立場が生まれてしまったのです。

一度 上下ができると そこからエゴが生まれ・・

そして 所有という概念ができはじめ・・競争、搾取・・が始まりました。

それからは、精神性よりも物質的なことに興味が移りました。


今 テラの波動が上がり 目覚めはじめた人たちが増えています。

物質より 精神性・・!

競争より 調和・・!

その流れが とめどなく大きくなってきています。

もう誰も止めることはできません。

どうぞ そのまま流れに身を任せてください。

怖がらなくても 大丈夫です。

もとに 戻るだけですから・・

いえ、もっと素晴らしい世界を創造していくのです。

あなた達と 私たちがまた ”友”として会えることを

心から楽しみにしています。


あなたに愛と感謝、そして調和の光を送ります。」

ありがとう アシュタール!

私たちからも あなたに愛と感謝、そして調和の光を送ります。


  縄文時代の真実


元つ話 651 世界征服の企み、九九パーセントでグレンとひっくり返るのぞ

2013-04-26 Fri : 長谷章宏語録 
そなたらのしていること、九九パーセントアベコベぞ。逆ぞ。アタマでっかちぞ。すべてが九九パーセントと一パーセントの戦いであるぞ。戦いあれば一つになれんのぞ。戦っている者はカミになれんのであるぞ。最後の最後は一パーセントなければ勝てんのぞ。一パーセントあれば一〇〇であるぞ。百(もも)であるぞ。桃であるぞ。桃太郎になるぞ。あやま知に勝つのはカミだけぞ。あやま知とあやま知が戦ってもあやま知のままであるぞ。

この方は悪のやり方に九九パーセントまでは勝たしてやるぞ。何でもかんでも九分九厘と一厘の戦いぞ。一厘ないと一〇「十(カミ)」にはなれんのぞ。九九は皇(スメラ)ぞ。一あって百ぞ。「一〇」x「一〇」ぞ。一厘はこの方だけが知ってるのぞ。この方の家来とこの方を生きている者は知っているぞ。一厘なければすべてないのぞ。この方がなければすべてないということであるぞ。神の一厘なければすべてないのぞ。そなたが否定しているものもないのぞ。神なければすべてがないのぞ。そなたがこの方を疑えばそなたはなくなるのぞ。この方がいるからそなたは否定できるのであるぞ。そなたが否定しているのはこの方であるぞ。そなたは否定していてこの方を認めているぞ。この方を知っているから否定できるのぞ。この道理分かるか。否定して消すというゲームは幻想であるぞ。

すべてはスメラとユダヤの戦いぞ。スメラはこの方の一厘を知っているヒノモトの身魂であるぞ。ユダヤは一厘を知らない「分かつ知恵」の身魂であるぞ。今までの世は「知恵」の世であるぞ。これからの世は「智慧」の世であるぞ。戦いではあるがスメラは戦わずに勝つのぞ。勝っている者は自滅するのぞ。ヒノモトの民は世界の民に一厘知らす親であるぞ。ヒノモトから大掃除を始めるぞ。世界征服の企み、九九パーセントでグレンとひっくり返るのぞ。悪の企み企てる者、自らがあやま知にとらわれおるのを知らんぞ。悪を企んでおると自分が滅ぶぞ。悪の神もお役目ぞ。そなたが釣られてついていけば魔釣りに引っ掛かるぞ。そなたが滅ぶぞ。悪の芽は残らず切っているのぞ。次の世は悪は存在できん世であるぞ。今の今も悪はないのぞ。悪を悪と見ているそなたが悪を創りだしているだけぞ。智慧はなくならんぞ。お金無限大に創りだせるぞ。自分だけがもうけようとしている者、自分だけが損することになるぞ。
                          章

元つ話 650 ヒトとケモノの人員整理始まるぞ

2013-04-25 Thu : 長谷章宏語録 
お互いに足らざるところを満たし合って嬉し嬉しで修行するのぞ。自分のためが人のためぞ。みんなでみんなのお手伝いするのぞ。人間のすることは神のすることぞ。人間を通して神の世界を形にするのぞ。そなたの身魂も嬉し嬉しの世界であるぞ。そなたも神も人も嬉し楽しで遊ぶのであるぞ。人を負かして自分が上に上がるゲームは終わっているのぞ。お互い不快感のゲームはもううまくいかなくなるぞ。自分だけ得しようとする者は自分だけ損をすることになるぞ。一人ひとりできるゲームであるからぞ。

医者に治してもらおう、薬、注射すれば治ると思うのは大きな間違いぞ。治すと直すは違うのぞ。病気、事故、損、犯罪、すべてメグリ合いぞ。メグリの型示しぞ。そなたのしたことぞ。そなたが加害者ぞ。そなたが原因ぞ。すべてそなたが源ぞ。人間というそなたに分かるように肉体を通して型で示すのぞ。肉の体というのは神の肉宮ぞ。神の仕組みが型に成ったものぞ。この方の言う通りやれば神の仕組みを体験できるのぞ。この方に逆らうやり方をしていることを教えるために肉体で苦しみを感じているのぞ。肉体はそなたのメグリを解消するために神が与えた道具であるぞ。そなたのものではないのぞ。傷つけたお詫びをせよ。お詫びして改心(改神)したらオカゲやるぞ。そなたが掃除をすればしただけ思い通りのものを与えるのぞ。何もしなくても欲しいもの来るようになるぞ。

智慧はいくら与えても無くならんぞ。この方の智慧は無限であるぞ。この方の与えるものは無限であるぞ。「天恵」は無限であるぞ。「資源」は無限であるぞ。節約するゲームはいらないのぞ。足りなくなるのはそなたのゲームの型示しぞ。人間の創り出すモノは限りあるぞ。モノの商売、もう終わりぞ。あやま知の知恵を教えるとみんなが地獄になるぞ。この方知らずに幸せや天国や世紀末を語る者は目を覚ませよ。皆で地獄に行く気か。今ここにあるもの、九九パーセントあやま知であるぞ。その創りだす形、九九パーセントあやまつ形であるのは明白であるぞ。そのままのゲームを続ければ、最後の最後の大掃除で九九パーセント獣(ケモノ)になるぞ。ヒト(地の日月の神)になれるのは一パーセントであるぞ。数字を出したが数字にこだわるなよ。数字に振り回されるのはそなたがケモノの予備軍である証拠ぞ。この方の修行をすれば今からでも「ヒト」になれるぞ。この方は一人でも多くの「お子」を天国に連れていきたいのであるぞ。ヒトとケモノの人員整理始まるぞ。早く目を覚ませよ。

                          章

元つ話 649 想念の借りを返さなければそなたは天国ないのぞ

2013-04-24 Wed : 長谷章宏語録 
この本は、掃除終わった人間でないと書けんのぞ。この方の言うことを一つでも疑い、拒否していると書けんのぞ。行動して体験しないとこの方の言葉は形にできないのぞ。この方が形にさせんのであるぞ。この本、掃除おわった証明ぞ。証拠ぞ。この者の自分のまとめでもあるぞ。この方の仕組みやこの方の計画を知りたければこのフミを素直に読むことであるぞ。この方の言うことを素直に実行することであるぞ。すべてのすべてはそなたの想念の選択の結果であるぞ。そなたが選んだものが形になっているのぞ。欲しいものを交換しあって喜びを体験するゲームであるぞ。すべてのすべては交換であるぞ。そなたが提供しただけ戻ってくるぞ。そなたが得ただけ提供するのぞ。損も得もないのぞ。エネルギーが偏れば解消することになるぞ。得したと喜んでいると損するぞ。今損したのはそなたのメグリの解消であるぞ。そなたは損をしたことで魂の掃除をしたのぞ。そなたは損をしたことで魂のメグリを取ったのぞ。そなたに想いがけない得がきたときはそなたはどこかで提供しているのであるぞ。損を嘆くなよ。くれるものは喜んでもらっておけよ。

お金もモノであるぞ。特別にしているのはそなたらであるぞ。制限の中でお金を集めても幸せはないぞ。集めたお金が無くなればまた集めることになるぞ。神のやり方は永遠に必要なお金は手元にあるぞ。情報ビジネスはお金と智慧の交換ぞ。お金はそなたの創ったエネルギーの変化した形であるぞ。借金というのは他人のエネルギーで創ったお金を使っているぞ。自分のエネルギーでお金つくって返せよ。借金で借金を返しても借りが残っているぞ。想念の借りを返さなければそなたは天国ないのぞ。形で逃げても想念は逃げられないのぞ。自己破産して形で逃げても想念の世界の借りはあるぞ。別のところでメグリ解消することになるぞ。そなたが自分のエネルギーで交換したお金で返さなければ清算してないぞ。形になっているものはそなたの身魂の世界の現れであるぞ。形が天国でなければ想念の○×をやめることで天国になるぞ。許したものだけが形になるのぞ。

そなたのしたいことを素直にやることぞ。人の言うことは無私して一つ一つ交換することぞ。そなたがしたいことをすればよいぞ。障害にぶつかったらその時その瞬間に対応すればよいのであるぞ。うまくいっているときにうまくいかなくなったときのことを考える必要はないぞ。「うまくいくときばかりでないから万が一のことを考えて」というのはあやま知であるぞ。そなたが掃除すすめばうまくいくことばかりであるぞ。そなたにメグリなければすべてうまくいくのであるぞ。神の世界は一〇〇パーセント喜びであるからぞ。智慧を提供してお金と交換して豊かになる。お金提供して智慧と交換して豊かになる。

                           章

元つ話 648 今までの形はいずれ壊れるのぞ

2013-04-23 Tue : 長谷章宏語録 
今回の世紀末の大変というのは、「あやま知」を壊してタテカエて、神の真理へタテナオスための大掃除ぞ。今までの形はいずれ壊れるのぞ。壊れるしかない形を創っているのはあやま知にとらわれたそなたらぞ。分離のゲームをいつまでも続けても天国は創れないのであるぞ。いつまでも自分の都合で自分が創った神や天国にこだわって、争っているでないぞ。そなたの語る神は自分勝手な神であるぞ。天国創ろうという者が、人のことを責めているではないぞ。そなたがどうなろうとこの方に文句言う筋合いはないぞ。この方は初めからそなたらに気づかせていたのであるぞ。文句言う、形の善悪良否を言う、責めるというのは「あやま知」持ちたる人間のゲームぞ。神の真理はあやま知から見ればキ違いに見えるぞ。非常識ぞ。善と悪、正常と異常、○と×に分けるゲームであるから当然のことぞ。この方から見ればそなたらが「気違い」であるぞ。キが違うのであるぞ。想念が違うのであるぞ。違うのではなく許しているかいないかであるぞ。この方はすべて許しているのぞ。そなたが裁くのも許しているからそなたは裁けるのであるぞ。そなたが裁いていることを苦しみを体験することで気づくのを待っていたのであるぞ。そなたは裁いているぞ。この方の言うことを裁いているから混乱がなくならないのであるぞ。

この方のやり方では証明書も印鑑もいらないのぞ。約束違反やルール違反をすれば自分自身が苦しむことを知っているからぞ。借りたものは返さないと自分が危ないと知っているからぞ。皆が天国になる自分勝手であるぞ。調和を創りだす自分勝手であるぞ。天国を創りだす保身であるぞ。自分も人も嬉し嬉しであるぞ。形の損得のゲームでは、人は何も保証してくれないぞ。メグリある者は約束しても思いどおりにならないぞ。「適」マークは保証ではないぞ。「保証書」も保証ではないぞ。過去一〇年無事故でも今後事故がないという保証はないのぞ。今一流企業に勤めていても保証はないのぞ。今失業していても今後の展開は分からないのぞ。否定的な出来事に見えるものはそなたへの教材であるぞ。

そなたは自ら創ったメグリ相応の出来事を体験するのであるぞ。自分のメグリを自分で体験するのであるぞ。年金は保証ないぞ。生命保険受け取る人ないぞ。火災保険地震保険ないぞ。みんな壊れるのぞ。お金も無くなるのぞ。救急車も消防車も自衛隊も何も助けてくれんのぞ。全国一斉に火事になったら誰が消すのぞ。山火事だけで右往左往している人間に何ができるのか。「そんなことは起きるはずはない」というそなたはメグリを創り続けているぞ。殺人や発砲やイジメや地震や水不足で大騒ぎしているが、これから先、それどころではないビックリがでるのぞ。取材する者足りなくなるぞ。ニュース伝える時間なくなるぞ。ニュース伝える資材がなくなるぞ。オカネが無くなるぞ。交通が止まるぞ。危険なことばかり起きるぞ。被害うけた、損したと大騒ぎして責任追及している者はもっと被害を受けるのぞ。そなたがそなたの加害者であるぞ。そなたはそなたのメグリ相応の修行をしているのぞ。最後の最後はみんな一斉に掃除するのぞ。人のせいにせず、修行に堪えて身魂掃除をしたものだけが永遠に助かるのぞ。修行に堪えるというがそなたのメグリが原因ぞ。そなたが創った苦であるぞ。今なら少しずつできるぞ。
                         章

元つ話 647 「自己」に従うこと

2013-04-22 Mon : 神語録 
   ロード・オブ・ライト

・マスターの道を追求する魂の、人生の4回のうちの1回は、計画的に人生を一から出直し向上させて、マスターの道を集中的に追求するために聖なる孤独の状態になります。

・今、地球の宗教はこの問題に対して何も答えません。宇宙のETについても多次元についても何も宗教は認めません。大宗教は地球の人間の本当の歴史を正確に伝えることができません。だから、地球に本当の宗教はないのです。ほとんどが既存の枠の中で売買の対象になっています。皆さんは神の道を知りたい、神に通じる道を進める道を歩きたいと思いますが、どの宗教も何もしません。それぞれの宗教はドグマがあります。職階制度を持ち恐怖を押し付けて操ろうとし、狂信家になるように煽ります。
 今、地球ではかつてないほど情熱をかけて神を探そうとしています。その事自体に光をもたらす可能性が潜んでいます。多分、宗教界の中には本当の教師、学者は極々わずかでしょう。本当の教師ではありません。他のものは、形而上学とか、 “ニューエイジ” を標榜しても山師です。
 誠心誠意でなければ本当のスピリットには繋がれません。人間でいると、負けて道を外れ、裏と表が違ってきます。アセンションの道は、自分のハイヤーセルフのレベルに上がることです。内面を見つめ、ハートの中にある神聖さを見出すことです。グルや福音伝道者、チャネラー、スピリチュアルなリーダーなどに盲目的に従うことではなく、「自己」に従うことです。

  「浜辺の足跡」


元つ話 646 この先は今までの価値観では考えられない出来事が起きていく

2013-04-21 Sun : 長谷章宏語録 
勇気を使って枠の外に飛び出すと誰でも天国が見える

 あなたが今ここのゲームから抜け出すためには、少々の冒険と勇気というフィーリングを感じることになることを知っておいてください。「天国」から見れば、冒険や勇気というものは必要ないのですが、ワクの中から見ると、未知の世界、行ってはいけない世界があると信じていますからそういう風に感じるのです。あなたの人生は結局のところずっと冒険です。あなたが言わば、生まれてからずっと「未知の世界の冒険」をしてきたのです。そして、今のあなたの状況は、「常識」というあなたの創る壁一杯まで行動して、「城壁の中をすべて探検しつくして」、その外を体験したいけど、お城から出られない、といったところです。それ以上の体験をお望みならば、その壁を乗り越える必要があります。でも、あなたが破れない、出られないといっているだけで、そういう壁が実際にあるわけではないのです。形の上で見ても「非常識」をして成功している人、「奇跡の生還」をした人はいくらでもいます。すべての人間は等しい可能性を持っているのです。
 「宇宙」は何でも可能です。あなたが「宇宙」です。あなたが「したくない」「みたくない」「いらない」「ありえない」「できない」と言えば、その通りのことを体験することになるのです。すべてあなたの態度次第で、あなたの体験するものが天国にも地獄にもなるということです。今までも、すべて自分の創ったシナリオ、自分の注文どおりのドラマを体験していたのだということに気づいてください。あなたが別のドラマを希望すればそれを体験できるということです。あなたが「怖がっていれば」絶対にそれはできません。怖がるということは、「それを体験したくない」と言っていることになるからです。すべてはあなたの希望どおりになっているのです。あなたが「信じない」と言えば、それを証明するものしか見ません。形を見ている限り「だから信じない」という発言を繰り返し、ワクの中の堂々巡りが続くだけです。自分が「信じていないから見えない」のだということを「認めない限り」、そのゲームは永遠に続きます。そして、それを体験するのは、あなたです。 新しい時代を生きていく上で大切なことは、あなたのすることは、すべて、誰かのためではなく、あなた自身のためにしているのだということ、そして、その結果はすべてあなたが体験するのだということをとく理解しておくことです。
 あなたが生きている地球という惑星では、今までは考えられないような大きな変化が訪れています。あなたの今この瞬間での選択によって、これからのあなたの人生が大きく変わることになります。あなたの今この瞬間での選択によって、これからのあなたの人生が大きく変わることになります。あなたが本当に自分に正直に生き始めれば、今までできなかったことが簡単にできる体験をたくさんしていきます。そして、自分に嘘をついて生きている人にとっては、非常に苦しい人生になっていくことを覚悟しておいてください。
 今ここで始めることが、あなたにとって最もスムーズに始められるチャンスです。もちろん、「もう少し考えてから、様子を見てから始めるよ」ということも可能です。でも、後になればなるほどより大きな勇気と冒険が必要になることを覚えておいてください。そして、何回も言いますが、この先は、今までの価値観では考えられない出来事が起きていくのだということをよく理解しておくことが大切です。その上で、あなたがどちらの生き方を選ぶかということを決めてください。
 この本は、あなた自身のこれからの人生について考えるため、あなたが今までやっていたゲームを見直すための参考書です。あなたが新しい時代を生きるためのガイドブックでもあります。この本を書いている私自身も、この生き方を自分のものにするまでには、たくさんの勇気を使い、たくさんの冒険をしてきました。その結果、自分自身が欲しい現実、欲しい人生を手に入れることができたのです。それと同時に、この本の中に書いてあるような新しい生き方をすることを決めた人達を援助する仕事をするための知識と技術を学ぶこともできたのです。
 ここに書いてあることは、私自身がこういう生き方をしなければ、書けないことばかりなのです。すべて私自身の体験から学んで、そして、自分のものにした、効果を実験で確認済みの情報ばかりだということです。
 これをどう使うかは、あなたの自由です。あなたが使えるものがあれば、同意するものがあれば使ってください。ただ、あなたが何と言おうとも、「私にとっては」すべて真実です。私の持っている情報を公開しているだけで、内容についてあなたと議論するつもりはありません。
 あなたは、ここまで読んだところで、今この瞬間、何を感じていますか?「めんどくさいから読み飛ばした」と言うかもしれません。何と言おうとあなたの自由ですが、それがあなたが今までやってきた生き方なのです。その行動が今まで体験してきたすべてのフィーリングを創り出していたのです。

                         アキヒロ

元つ話 645 「すべてを知っている自分」が「あなた自身」なのです

2013-04-20 Sat : 長谷章宏語録 
あなたは「本当にしたいことだけ」を行動すればよい

 あなたは本来、自分がいやなことはする必要はないのです。「忍耐」とか「苦労」というのは必要ないのです。「人間、我慢が必要だ」というのは、今までのゲームの中で創り出され、代々伝えられてきたルールに過ぎません。それをあなたが受け入れる必要はないのです。あなたが本当にしたいことをしているとき、それを苦労とは感じません。したくないことをしているときにそう感じるのです。「苦労」や「忍耐」や「努力」は、あなたが自分に課しているものです。あなたが本当に自分の天国を生きたいならば、「そんなことはありえない」という考え方をきれいさっぱり手放すこと、今まで教わってきたことをすべて「ゼロ」にしてすべてを見ることです。自分のしたいことだけをすることです。その時には、あなたに迷いはありません。比べるものがないからです。あなたの悩みは、あなたの教わってきたことを守ろうとするときに創っているものなのです。あなたが今までのゲームの中にいることを選んでいるときは、永遠に悩み続けることになるのです。
 本当に自分の欲しい現実を手に入れたいならば、一度には無理でも、「できない」と言っていたことを一つずつ行動に移していくことです。想像上で恐れを創ることや心配することをやめることです。それがあなたの天国のドラマを見る唯一の方法です。そして、その生き方が新しい地球での生き方につながっていくのです。そうかといって、いっぺんに天国を見ようというのは虫のいい話です。あなたが今まで自分にはめていた制限をすべて手放したときに天国が少しずつ見えてくるのです。まずは、あなたが今この瞬間から自分の望んでいる人生への行動を起こすことです。
 「すべてを知っている自分」が「あなた自身」なのです。自分の声を聞きつづけることが、あなたが天国を体験できる唯一の方法なのです。「悪いこと」というのはありません。すべてあなたが決めていることです。「愛」ということの本来の意味について認識を新たにすることが、あなたの悩みやストレスを解消するため、あなたが天国を体験するため、社会全体を変えるためにもっとも有効な手段です。
 常識のワクを外す、直感を大事にするというのは、簡単にできることです。あなたが決めて行動するだけでよいのです。今までの「常識」は、あなたを制限する他の何者でもないのです。一人一人が天国を体験することを決めない限り、全体は天国になりません。「この世の天国」を体験することを決めたならば、早く始めるほど、天国を体験する時間が長くなります。肉体が物質である限り、あなたが肉体を持っている時間は限られているのです。でも、あなたがどのくらい「地獄」を体験し、どのくらい「天国」にいるかは、あなたが決めればよいことです。

                         アキヒロ

元つ話 644 人間の本質は意識です 見えるモノはその産物に過ぎません

2013-04-19 Fri : 長谷章宏語録 
「今ここにあるもの」の本質を見直してみると真実が見えてくる

 「科学」というものは、「宗教」の一つです。「科学的に考えて起きるはずがない現実だ」というのは「創造の原理」に矛盾するものなのです。「科学」も、人間が創造した産物なのだということを思い出すことです。「科学」をしている人間の思考に枠があれば、「科学」の結果は制限されたものになるのです。「仮説」というものは、その人のシナリオに基づいて創り出されるものなのです。「科学的に説明できないこと」はたくさんあるます。「科学的思考」を広げることが「科学」の発展に大きな進歩をもたらすのです。「科学は見える世界の宗教」であり、「宗教は見えない世界の科学」です。「宗教」の真実を知ることが、すべての真実を知る鍵になるのです。
 最大の宗教というのは「教育」です。もう一度。「宇宙の創造法則」を思い出して、それに基づいてすべてを再定義して見ることで、すべての矛盾、すべての障害をクリアする方法が見えてくるのです。「学校」というものは、「教育」というものについて、「原点」に戻って創り直してみることが、すべてのトラブルを解決する第一歩です。「教育」というのは、「教え込む」「与える」ことではなく、「自分を引き出す方法」を見つけるためのゲームなのです。
 今ここにあるものを見れば、人間や宇宙の仕組みがすべて分かります。すべての人間が創り出したものの中に、人間という存在の本質を知るための情報があるのです。形になっているものはすべて、人間の見えない部分が形になっているだけなのです。「ひらめき」とか「直感」というものを通して、すべてが形になってきたのです。「見えない意識」の設計図を見える形(肉体で認識できるイメージ)にして、それを肉体を通して、物質の組み合わせで形にしてきたのです。
 人間の見えない部分を見える形にするための設計図を創り出す道具、意識と肉体の通信手段が「直感」や「ひらめき」です。「直感」や「ひらめき」をバカにするということは、自らの創造性、人間の発展の可能性を自分で閉ざしていることになるのです。今までの「教育という宗教」は、人間の本質を見失う方法を教えてきたようなものなのです。そのツケが今ここでの様々な混乱に現れているのです。ワクの中での行動の限界が形になってきているということです。
 人間の本質は意識です。見えるモノはその産物に過ぎません。その産物を変えようとするということは、全く反対のゲームをしているということなのです。結果は原因を修正すると簡単に変わるのです。人間について知りたければ、形になっているものの見えない部分を見ることです。一番簡単なのは、自分自身の見えない部分を見ることです。それが、形になっているすべての出来事の原因を知る唯一の方法です。すべての形あるものは、人間の見えない部分、つまり、意識で創り出したものなのです。すべての原因は自分自身の中にあるのです。目に見えるものだけを追いかけているときには、本当のことは一切見えません。いつまでたっても、同じトラブルを繰り返すだけなのです。「すべての責任は自分にある」ということの本質はここにあるのです。これは「常識」の論理では証明することができないことです。その証拠は、一人一人の中にあるのです。
 肉体のあなたが表面上見ているものは、確かに連続しているように見えます。だから、「そんなに簡単に現実が変わるはずがない」という発言が飛び出すのです。確かに、見ているものはそう見えていますから、嘘ではありません。見えていないものは信じることができるだけです。でも、「今この瞬間に別のドラマを見始めることは実際に可能」なのです。あなたは無限のドラマを持っています。無限のシナリオを持っています。あなたが決めればどんなドラマを見ることも可能なのです。あなたが天国といっているドラマを見る方法もあります。「そんなことは不可能だ」と言っているあなたにはそれは絶対に無理です。あなたが「見たくない」と言っているのですから見えません。あなたが「罪悪感」をすべて取り払って、自分に正直に生きたとき、あなたの次の瞬間の映像を教えてくれる声が聞こえて来ます。それが「直感」と言われているものなのです。あなたが「したい」「やりたい」「ワクワクする」というのは、この直感が、あなたの天国のドラマの次の瞬間の映像を見るための行動を教えてくれているのです。あなたの次の瞬間はあなたには見えませんが、感じることはできるのです。それを見たいならば、あなたが感じることを、あなたが本当にやりたいことだけをすることです。あなたが自分にはめているトリックに気づくことが、あなたが自由になるための第一歩です。

                        アキヒロ


元つ話 643 「想像できるもの」はすべて存在します

2013-04-18 Thu : 長谷章宏語録 
「時間」を自由にするとすべてが可能になる

 今ここのあなた、そして、そのあなたになるまでに起きた様々なドラマを、何年か前のあなたが想像できたかどうかを見てください。テレビドラマの第一回の主人公がいろいろと心配しながら行動していたことが、最終回の主人公から見たら、何も心配するものではなかったこと、そして、第一回の主人公がそれ以後に起きた出来事を想像できたかどうかということを見てください。
 あなたという意識(「あなた」)は、今この瞬間にいます。そして、「あなた」はすべての瞬間の出来事を見ることができます。実は、毎瞬、人間の肉体を通してあなたが見ている出来事というのは、連続しているわけではありません。あなたの見ている世界は、映画のフィイルムのように、毎瞬別々の絵を順番に見ているだけなのです。それを、物凄いスピードで切り換えて見ると、つながってみえるというわけです。
 蛍光灯の明かりは、実際は点いたり消えたりしているのですが、ずっと点いているように見えます。テレビも、たくさんの線の集まりですが、きちんと画面として見えます。肉体が持っている残像効果という現象によって、前に見た像を次に重ねることで、連続しているだけなのです。十四分の一秒に一枚の映画でさえ、連続して見えるのです。
 あなたが見ている現実というのは、それ以上の速さで切り替わっている映像です。映画の仕組みが創り出されたのです。今ここにある様々な仕組みということは、すべて人間の直感を通して形になったものなのです。
 今ここにあるものは、すべて、人間のイマジネーションをクリエイティブな能力を使って形に創り出してきたものです。人間の「創造性」を使って形にしてきたものなのです。今ここにあるものは、すべて「過去」には「ありえないもの」「不可能なこと」だったのです。今ここにない(形になっていない)ものも、すべて形になる可能性があるということです。「ありえない」ことはありえないのです。
 すべての創造の源は、「存在」という永遠無限の意識です。「宇宙」というのは、何でも可能です。「不可能だ」「ありえない」という言葉を創っているのも、他ならない「人間の創造性」なのです。あなたがそれを意識のシナリオに組み込むと、不可能なものがあるという現実を体験することになるのです。あなたは、自分の創ったものでじぶんを制限するゲームを創り出して、悩んだり混乱したり争ったりしているだけです。
 あなたが「想像できるもの」はすべて存在します。人間がしていることは「認めるか認めないか」「見えるか見えないか」の議論でしかありません。「信じれば見える」のです。「信じていない自分」には見えません。「信じている人」と「信じていない人」が議論しても意味はありません。「存在の有無」というのは議論の対象にはならないのです。「不可能なこと」「ありえないこと」というのは存在しません。「時間」という幻想で区切らない限り(区切るというのも想像上のゲームです)は、すべての想像上の出来事は必ず実現するのです。

                        アキヒロ

元つ話 642 「罪悪感」はあなたが創り出した作品に過ぎません

2013-04-17 Wed : 長谷章宏語録 
「愛」の本当の意味を知ることが天国を形にする早道

 「宇宙」が本来もっているものは「愛」です。「愛」というのは、無条件の奉仕なのです。その人のすべてを許すこと、その人のすべてを認めること、その人を自由にすることです。その人が何をしようと黙ってみているということです。「自分のしてほしくないことをした」「じぶんのしてもらいたいことをしてくれない」というのは、あなたの一方的な、単なる自分勝手です。自分のシナリオ通りに運ばないことを、相手の責任にしているだけです。そして、「相手の弱み」とか、「常識」を使って、いろいろな手段で相手をコントロールして、それを満たそうとするのです。「親子の愛情」も「男女の愛情」もすべて同じです。
 モノにしろ、フィーリングにしろ見返りを求める行動は、本来の「愛」ではありません。今まで人間が「愛」と言っていたものは、単なる「見返りを求める行動」に過ぎません。自分の中に無いもの(自分が自分を満たしていないもの、自分が欲しがっていて手に入っていないもの)をくれるのを求めているだけなのです。自分が与えたいものを一方的に与える(自分が与えることで相手が喜ぶことを期待する)行動です。「許す」ということは、拒否する自由も許すということです。
 「期待を満たしてくれない」「欲しいものをくれない」というのは、あなたが求めているものが手に入らないことを、あなた以外の責任にしている発言です。あなたが求めているものをくれなくても、あなたが与えたいものを受け取れなくても、それは相手の自由だということです。それをも許せるようになったとき、あなた自身も自由になるのです。自分だけが自由にして、相手を制限しようというのは、トラブルを創り出す最も大きな原因なのです。
 「愛」というのは、お互いに全く対等なGIVE&GIVEの関係なのです。宇宙の法則は「あなたが与えるものがあなたの受け取るもの(あなたが受け取るものは、あなたの与えたもの)」です。これを忠実に実行したときが、本当の「愛」なのです。
 「愛」はさめることも満たされないこともありません。すべてがみたされている状態が「愛」なのです。「本来の愛」ならば、永遠に続きます。「愛がさめる」というのは、「自分の求めているものをくれなくなったから、その人は必要なくなった」と言っているのと同じです。その時の愛は、はじめから「愛」ではなかったのです。「愛」という幻想の中にいただけです。
 「人を愛する」前に、まずは「自分を愛する」ことです。自分をすべて許してない人、自分をすべて認めてない人、自分を自由にしていない人は、自分以外を許したり、認めたり、自由にしたりすることはできません。あなたが持っている「罪悪感」をすべて手放してとき、それが「自分を愛している状態」です。「愛」の反対は、「憎しみ」ではなくて、「罪悪感」なのです。
 すべての感情は、「愛」と「罪悪感」の間にある感情を様々な形で表現しただけです。感情というのは、肉体を通して創りだすフィーリングのことです。「罪悪感」100パーセントというのは、あなたの存在をすべて否定すること、即ち、人間をやめるということです。自分をすべて否定したシナリオのドラマの結末は、「死」です。「愛」と「罪悪感」は、同居できません。あなたが自分の「罪悪感」を減らした分だけ、「愛」が増えるのです。あなたが自分をどのくらい愛しているかということは、人をどのくらい愛せるかということと同じことなのです。
 「宇宙」は「愛」です。「罪悪感」は、あなたが創り出した作品に過ぎません。本来は、「反対語」というものは存在しません。説明する必要はないのです。「宇宙」即ち「あなた」は愛そのものなのですから。それが感じられるようになったとき、あなたは完全に自由になったということです。
 「好き嫌い」は、結局、あなたの「愛」と「罪悪感」の分量によって決まるのです。すべてを許している人は、心地悪い感情は感じません。イライラもしませんし、ストレスも感じません。すべての人がやっているすべてのことを、単なるドラマとして楽しめます。あなたの目の前の人が、今何をしていて、誰と付き合っていて、その後どうなるか、というのは、あなたが口出しできるものではないのです。あなたが口出ししたくなるときは、あなたの中に「悪いこと」というのがある時です。「あいつがそれをすると自分の評価が下がる恐れがある」「あいつがそれをすると自分が心配することになる」だから「するな」「許さない」「して欲しくない」ということになるのです。
 たとえ、家族であっても、本来、あなた以外の人が何をしようと、その人の自由なのです。そして、あなたが人を制限した分だけ、あなたが持っている「罪悪感」の分だけ、あなた自身の行動も制限することになります。あなたの持っている「罪悪感」というのは、今まで「悪いことだからやってはならない」と教えられてきたものにあなたが同意しているだけのことです。それを無条件に受け入れる必要は無かったのです。あなたが「それを受け入れないと自分が危なくなる」と判断してそれを受け入れていただけです。
 あなたが、安全か危ないかを決めていた基準というのは、「自分が孤立するかどうか」というものです。あなたは、「自分だけが孤立することを恐れていた」だけなのです。生まれたときから、しつけや教育を通して、「正しい生き方」というのを教えられ、それから外れるとどうなるのかを教えられ、そうなるのは嫌だからそれをそのまま信じていただけです。すべて、あなたの想像上の可能性、想像上の出来事です。
 「罪悪感」というのは、社会という「大きな宗教」がつくりだした産物なのです。それは、「愛」の本当の意味に気づくことさえできないほど、強力な宗教だったのだということです。でも、一度「愛」を思い出したならば、「罪悪感」は何の力もありません。創り出されたものは、いつかは壊れるのです。初めから存在しているものは、永遠に存在し続けるのです。「愛は勝つ」は、まさにこのことを歌っていた歌だったのです。
 「愛」は自由です。あなたが「愛」だからこそ、「天国」「自由」「平和」「幸福」というフィーリングを創り出せるのです。すべては、「愛」の別名です。あなたの「愛」を形にすること、即ち、「自分自身の声に正直に生きる」ということが、最も早く天国を実現する方法なのです。

                        アキヒロ

元つ話 641 「宇宙」は何でも可能です

2013-04-16 Tue : 長谷章宏語録 
「今この瞬間を生きること」であなたは自由になる

 常に、今この瞬間が、あなたの新しい人生、新しい人生、新しいドラマの始まりなのです。「過去」は、あなたが新しい人生を始めるために何の障害にもなりえません。あなたが「過去」にしていたことが、あなたの新しい人生を制限するものならば、自分の責任でそれを解決する瞬間が必ずきます。あなたは、それが現れたときにそれを解決する機会を持つのです。その一秒前でもありません。あなたは今この瞬間に、将来具体的に何が起きるのか考える必要はないのです。(あなたがそれをしたいならば、自由にどうぞ)。あなたは、今この瞬間に起きていることを一つずつ処理していけばよいのです。あなたが、本当の自分自身を生き始めれば、あなたの夢を実現するために障害になるものは、あなたが処理できる分量ずつ一つ一つ形になっていきます。それが出てきたときに自分の責任で一つずつ片づけていけばよいのです。
 あなたがすることは、今この瞬間を生きることだけです。「過去」を振り返っても、何も変わりません。今この瞬間を生き続けることで、「過去」が変わるのです。今この瞬間を生き続けることで「過去」と「未来」の執着から自由になるのです。それが、あなたという存在をすべて体験することができる方法です。それが、永遠無限の自分を人間の世界で生きるということなのです。そこに、あなたが求めている「不老不死」「天国」があるのです。今この瞬間を生き続けているときにだけ、それが分かります。

 「あなたは、何を急いでいるのですか?」
 「あなたは、いつまでにそれをしなければならないのですか?」
 「それは、誰が決めたのですか?」
 「その時までにそれができる保証がありますか?」
 「その時までにそれができないといいきれますか?」
 「それは、あなたがしたいことですか?」
 「あなたは、これからもその人生を続けていきたいですか?」
 「あなたは、誰のために、それをしているのですか?」
 「あなたがすることは、本当にその人のためになっていると思いますか?」
 「あなたがそうすることを、その人は本当に望んでいますか?」
 「どうしてそれが分かるのですか?本当にそうですか?」

 「あなたの計画が、100パーセントうまくいったことがありますか?」
 「あなたは、あなたの人生が自分の予定通りにいかない理由を知っていますか?」
 「あなたは、何のために反省や計画をしているのですか?」
 「あなたは、100パーセント人のために行動できますか?」
 「あなたは、100パーセント自分のために行動できますか?」
 「あなたは、100パーセント人生を楽しんでいますか?」
 「あなたは、100パーセント自分のしたいことをしていますか?」
 「そんなことは無理だと思いますか?」

 「あなたは、今この瞬間に自分がしたいことをいつするのですか?」
 「あなたは、本当は何がしたいのですか?」
 「あなたは、本当はどんな人生を望んでいるのですか?」
 「あなたは、自分が本当は何がしたくて、何が欲しいのか、知っていますか?」
 「あなたが欲しいものは、モノですか?それともフィーリングですか?」
 「あなたは、本当に欲しいものを手に入れていますか?」
 「あなたは、何か、それを手にいれられない理由があるのですか?」
 「あなたは、どうすればそれが手に入るか、知っていますか?」
 「あなたは、自分がそれを手にいれられない本当の理由を知っていますか?」
 「あなたは、誰の言うこと聞けば、うまくいくと思いますか?」
 「あなたは、本当にしたいことをいつ始めるのですか?」

 「あなたは、自分の人生がいつ終わるのか知っていますか?」
 「あなたは、死ぬまでにあなたの夢を達成できますか?」
 「あなたは、すべてがうまくいく確固たる自分の生き方を持っていますか?」
 「あなたは、その人生を『今この瞬間』生きていますか?」
 「あなたは、人の生き方をうらやましく思ったことはありませんか?」
 「あなたは、人のやっていることを、ねたましく思ったことはありませんか?」
 「あなたは、悩んだり、ストレスを感じたりするのが好きですか?」
 「あなたの悩みは、誰かが解決してくれるのでしょうか?」
 「あなたのストレスは、誰かがなくしてくれるのでしょうか?」

 「あなたを決めるのは、名前ですか?学歴ですか?住所ですか?」
 「あなたを決めるのは、仕事ですか?地位ですか?財産ですか?」
 「あなたの価値は何で決まると思いますか?」
 「あなたは、何を大切にしていますか?」
 「あなたは、いつまでそれを持っていられるのでしょうか?」
 「あなたがずっと持っていられるものは何ですか?」

 「あなたは、人の期待通りに生きてあげるためにここにいるのですか?」
 「あなたは、人の期待を裏切らないためにそれをしているのですか?」
 「あなたは、そのひとが何を期待しているのかどうやって分かるのですか?」
 「あなたは、約束したことを絶対に守ると保証できますか?」 

 「あなたは、ここに、この世界に、何をしにきたのですか?」
 「あなたは、何のために生きているのですか?」
 「あなたは、誰のために生きているのですか?」
 「あなたは、ここで何をしているのですか?」
 「あなたは、どこから来たのですか?」
 「あなたは、どこへ行くのですか?」
 「あなたは、本当は誰なのですか?」

 またまたあなたを質問攻めにしました。でも、しつこい奴だなんて言わないでください。このくらいやらないと、あなたが今まで奥の奥に隠してきた、あなたの真実が見えないのです。そのくらい、あなたには今までの生き方が染みついているのです。あなたが「潜在意識」と言っているものは、あなたが創り出しているものです。あなたが、都合が悪いものを、それを使える状況になるまでしまっておいた部屋なのです。あなたは自由自在に何でも創り出せるのです。だからこそ、「潜在意識」も「人の責任」も「夢」も「恐れ」も「神様」も「死後の世界」も「偶然」も「奇跡」も「運命」も「宗教」も、何でも創ることができたのです。あなたがあなた自身に、自分の周りで起きていることを説明するためにたくさんのものを創り出してきたのです。それが真実なのか、そうではないのかは別にして、あなたが納得できる形で、すべてのものを創り出してきたのです。
 あなたの創造性は永遠無限です。あなたは、生きている限り、自分に必要なものがあれば、幾らでも創り出せます。あなたの肉体すら、あなたが創り出したものなのです。あなたがする説明や理由は、すべてあなたの創造力によって、あなたが創り出したものです。あなたがどんな説明をしようと、それはあなたの理屈に過ぎません。人の説明を「屁理屈だ」と言って退けるフリをする方法も、あなたが創り出したものなのです。
 あなたは、自分が安全にいるためなら、何でもできるのです。人間のやることを、すべて制限しようとしても無駄なことです。いくら法律で取り締まっても、必ず、抜け道を考え出せるのです。その結末は、網ではなくてシートを掛けることになってしまうだけです。シートではなくて、鉄の蓋をすることにもなりかねません。でも、その蓋を破ることくらいは、お茶の子さいさいなのです。それこそ、本当に心配している目茶苦茶な混乱が現実のものとなってしまいます。エネルギーが溜まれば溜まるほど、爆発の威力は凄まじいものになるのです。それよりも、溜まったエネルギーを少しずつ出しながら、エネルギーをいつも放出し続けられる方法を学んでいくほうが身のためです。少々の混乱を恐れて、それこそ取り返しのつかない混乱を招くよりも、溜まっているエネルギーが出来るだけ小さいうちに、それを処理するほうが賢明です。
 エネルギーをできるだけスムーズに表現する方法が、「自分のしたいことをする」「自分自身に正直に生きる」という生き方なのです。あなたは、自分が創り出してエネルギーで動いているのです。あなたが、新しい時代を生きていく上で、それをしっかりと頭に入れておくことが大切です。「宇宙」は何でも可能です。人間の意識も、宇宙の一部です。いや、宇宙そのものだといってよいのです。やろうと思えば何でも可能です。そうでなければ、今までのすべてのモノ、すべての出来事を創り出せるはずがありません。ほっとけば、幾らでも無限にモノを創り出しつづけることもできるのです。そして、今のままそれを続けることは破壊につながるだけです。
 人間本来の意識は「心地よさ」「やすらぎ」です。何もすき好んで人を傷つけようとは思っていないのです。ただ、今ここに創られているシステムの中で、自分のやっていることに気づいていないことが、結果としてそういう状況を創り出しているというだけのことです。「正しさを守るためには仕方ない」という理屈、「必要性」というのは、本来、必要ないものなのです。

                         アキヒロ

元つ話 640 起きたことをいちいち判断するのをやめて・・・

2013-04-15 Mon : 長谷章宏語録 
「したいからする」という生き方があなたの本当の人生

 あなたが、「人が満足するドラマ」を選ぶか、「自分が満足するドラマ」を選ぶか、どちらの生き方を選ぶのかによって、この先のあなたの人生が大きく変わります。すべての意識が大きな変化の中で動いています。今この瞬間でのあなたの選択によって、この先の人生が全く別のものになるくらいの非常に重要な分岐点なのです。これからのあなたの人生をどうするのか、あなた自身だけに相談して、あなただけの意志で、今ここでハッキリと決めることです。そして、決めたならば、その人生をどんどん行動に移すことです。行動することだけが結果をつくり、結果をつくれば次の行動がとれるのです。「幻想の世界」でウロウロしていても何も変わりません。あなたに有効なのは、あなた自身の助言です。あなたが自分の人生について迷ったときには、あなた自身に聞くことが最も確実な方法なのです。あなたが自分自身に正直なに行動し続けたときに夢が実現するのです。あなた自身のために、自分が本当に望んでいる生き方を、自分の本当に欲しいものを、もう一度、正直に見てあげてください。
 「そんなことを言ったって、現実は」というパターンは、今まで何度となく繰り返してきた生き方です。そして、その結果何を体験してきたのかは、あなたがいちばんよく知っていることです。「したいけど(できない)」という思考を、「したいから(する)」という思考に変えるだけでよいのです。たった二文字の違いですが、これをすることで、あなたのシナリオは全く別のものになります。その結果おきるすべての出来事は、あなたの人生というドラマのプロセスに過ぎません。「死」すらも、「終わり」ではなく、あなたという永遠無限の存在の大きなドラマの中のプロセスなのです。起きたことをいちいち判断するのをやめて、あなたが本当にしたいことをやり続けるだけで、ある時突然、あなたの望んでいる状況があなたの目の前に現れるのです。一度この生き方を始めたならば、途中で「けど」に絶対に戻らないことが、あなたが本当に望んでいるものを手に入れるための鍵です。「けど」は、今までの体験を繰り返すシナリオだということを知っているはずですから。
 そろそろ、自分自身のために、自分自身に本当に正直に、自分の本当に望んでいる人生を、自分の夢を、歩き始めてみてはどうでしょうか?周りの声が何と言おうと、自分にとって何が真実なのかということは、あなただけが知っています。

 「あなたは、いったい、いつになったら、自分の真実を生き始めるのでしょうか?」

 あなたが、自分のために、あなたが真実だと思う人生を生き始めるのは、今この瞬間しかありません。あなたは、今この瞬間という時間を永遠に体験し続けているだけなのです。過去も未来もすべてこの瞬間のあなたが創り出している創造上のお話に過ぎません。あなたがそういう風に生きることを決めた瞬間から、あなたの人生のドラマは変わるのです。いつからは始めるかはあなたが自由に決めてください。

                        アキヒロ

元つ話 639 「恐れ」や「緊張」「心配」というフィーリングはあなたの行動をとめる効果しかない

2013-04-14 Sun : 長谷章宏語録 
考える時間を行動する時間に置き換えることでドラマは動く

 あなたの今までの人生を通して、「行動した時間」と「考えた時間」、「自分に正直に生きた時間」と「枠の中で生きた時間」をそれぞれ比較してみてください。あなたは、自分の貴重な時間を、如何に自分のしたくないことに使ってきたかということに気づくことでしょう。あなたは、たくさんの自分の時間を「どうしようか」と考えること、「枠の中の自分を演じること」も、「自分以外の人の反応を気にしている自分(=あなた)が選んでやってきたことに変わりありません。そして、それは「自分が本当にしたいことをするあなた」が選ぶことを行動に移していけばよいのです。そうすれば「考える」必要はなくなります。 あなたの「考えるという行動」や「悩むという行動」は、「自分のしたいことをして結果の満足感」と「それをした時の周りの反応」とを天秤にかけているだけです。そして、それはどちらも、すべて自分のそれまでの体験や自分が見た別の人のドラマという「過去のデータ」を基にして創り出した「まだ起きていない可能性についての想像上のお話」に過ぎないのです。「どうすればそういうことにならないで済むか?」「周りの人の同意を得て、なおかつ自分のしたいことが出来る方法はないか?」という可能性を、あなたの想像の中であれこれいじくり回していただけなのです。
 それをしている間にも、行動するための時間はどんどん過ぎていきます。あなたが「考えているその瞬間」は二度と戻ってきません。考えている間に、あなたの肉体の寿命はどんどん過ぎているのです。散々迷った挙げ句、「実際にやってみたら、たいしたことなかった。考えて損した」ということを何回となく体験してきているはずです。それを知っていても、いまだに同じことを繰り返して、自分の時間を考えることに使い続けているということです。この世界では、行動することだけが、結果を創り出すのです。行動する時間をいかに増やすかということが鍵です。「考える」のも行動だという見方も出来ますが、ここで言う行動というのは、「自分の意志を表現する」「自分のシナリオを形にする」ということです。
 あなたが気にしている周りの反応というのは、単に、あなたが気になっているだけのことです。そういう反応が来たとしても、それは、あなた以外の人が、自分の感じる感情を、勝手にあなたの責任にしているだけのことで、あなたが気にする必要はないのです。その人は、あなたが自分の得にならないと思えば、あなたから離れていきますし、いつまでもあなたに文句を言いつづけている暇もありません。人にはそれぞれ自分の人生があります。その人があなたに文句を言ってこようとも、あなたが気にしなければよいだけです。あなたがその人のゲームに参加しなければよいことなのです。議論や反論、反対、言い訳、文句、仕返しというのは、その人の責任転嫁ゲームにあなたが同意したということです。そこから、どんな結果が起きようと、それはあなたの責任です。あなたがそれをいつまで続けるかを決めればよいだけです。
 「恐れ」や「緊張」「不安」「心配」というフィーリングは、すべて、あなたが創り出している想像上の産物です。あなたの行動をとめる効果しかない、あなたがあなたにはめた想像上のプレッシャーに過ぎません。それらは、すべて、あなたの内側だけに存在する、あなたが創り出し幻想です。こう考えると、あなたは、物質の世界にいながら、幻想の世界に生きているとも言えるのです。
 あなたが心配している「失敗」というのは、他の人が期待している「成功」以外の形を創り出すことです。あなたは、自分のしたいことをすれば満足なのです。人が何と言おうと関係ありません。あなたは、あなたが満足するドラマを創りたいだけなのです。人の反応を気にするドラマ、人の反応を期待するドラマは、あなたの失望を創り出すだけです。それを期待して行動しても、あなたの思いどおりにいかない可能性の方が高いのです。今までは、思いどおりにいかなかったときに、人の責任にするドラマを演じていただけです。これからも、そういう人生を歩みつづけるか、別の人生を歩むか、それはあなたが決めればよいことです。
 あなたが、自分の人生について人に相談しても、その答えは「その人が選んでいるドラマ」によって変わり、「その人が期待するあなたを創り出すドラマのシナリオ」を教えてくれるだけです。「それはやめたほうがいいよ」「それはよくないよ」「絶対にうまくいかないよ」等々、それはその人のドラマの中での結論です。あなたがそれを聞き入れるか、参考意見にしておくかはあなたが決めればよいことです。あなたが決めたシナリオがあなたの体験になるということを理解した上で、自分の望む人生のドラマを創り出すシナリオを創り出すことです。

                        アキヒロ

元つ話 638 退屈する暇もないほどいろいろな出来事

2013-04-13 Sat : 長谷章宏語録 
 あなたのシナリオを書き換えることで人生のドラマは変わる

 ゆとり、余暇の時代。心の時代、変革の時代。精神ルネッサンスの時代。本当の人間性を取り戻す時代。本当の自分を取り戻す時代。そんな時代が今ここに到来しているのです。あなたの人生で最初で最後かもしれないこの機会に、自分の人生の大掃除をするつもりで、今自分がいるところを、今までの自分の人生を、改めて振り返ってみてはいかがでしょうか? まずは、「自分はどう生きてきたのか?」「自分は本当はどうしたかったのか?」ということについて意識的に、正直に見つめなおしてみることです。それをしたからといっても、今までの人生が変わる、今までの出来事や今ここの現実が変わるというわけではありません。ただ、「そういう現実、そういう体験を創り出していたのは、自分のどういう考え方だったのか?」「どういう観念を持っていることが、自分がそういう体験をするシナリオを創り出すことになっていたのか?」そういうことを見直してみることで、これから先の生き方を決めるために、生き方を変えるために、自分の望むシナリオに書き換えるための参考にするのです。
 あなたが、今ここですることは、同じ出来事を二度と起こさないための反省ではなく、同じフィーリングを二度と感じないための反省です。何が起きるのかということは、ここでは問題ではありません。どんなフィーリングを感じるのかということが大切なのです。あなたが欲しい現実を創り出すため、あなたが二度と後悔しない人生を生きるためには、あなたが今持っている観念をどんな観念に交換していけばよいのか、あなたのシナリオをもうもう一度読み直してみてください。そして、あなたが欲しいドラマを創りだせるような、シナリオに書き直してみてください。
 あなたがどんなシナリオを創るか、シナリオを何回書き直すかということは、全くあなたの自由なのです。お望みならば、戦争でも、病気でも、自殺でも、殺人でも、天国でも、平和でも、幸福でも、どんなドラマでも自由に創れるということです。あなたは「宇宙の法則」に従って、すべてを体験していくということです。あなたがそれを知っているだけで、あなたのお望みのシナリオを創ることができます。
 あなたが「自分の責任を認める」ことで、ドラマは大きく変わります。人の責任を背負いこむということではなく、自分のしたこと、できないことを自分以外の責任にしないということです。あなた以外の人も、同じように、あなたの責任にしている限り、その人はトラブルを感じつづけるというだけです。あなたがそれに対して、係わるかほっとくかということも自由なのです。あなたは、あなたの選択に応じたドラマを体験します。あなたが体験しているドラマの責任は、あなたにあるのです。あなたが見ている他の人のドラマを見てどう感じるかというのも、あなたの自由なのです。テレビドラマの感想も、あなたの責任です。あなたがどう感じたとしても、それは、あなたが創り出している感情です。誰かがその感情を創り出したのではなくて、あなたがその感情を創り出したのです。あなたを傷つける人も、あなたを怒らせる人も、あなたを悲しませる人もいません。あなたがあなたをそうしているのです。あなたが、目の前で起きていること、感じたことを自分以外の責任にしたときに、あなたはトラブルのドラマを体験していたのです。あなたが創ったシナリオを行動してみて、思いどおりの結果がでなかったならば、自分以外の責任にすることはもうやめて、自分のシナリオの方を点検することです。そして、何回でも納得いくまで書き直して、自分の思いどおりのドラマを自分で創り出してください。あなたが、うまくいかないことを人の責任にすると、それを解決するプロセスを、あなたのシナリオに書き込んだことになるのです。それがあなたのドラマに組み込まれ、その分、あなたの思い通りの現実を創り出すのが先に伸びるだけなのです。
 あなたがしたことから、何が起きるのかはやってみなければ分かりません。でも、あなたが本当にしたいことをするとき、たとえ、何が起きようとも、したいことをしたというフィーリングが残ります。あなたが「思ったことが起きなかった」と悩んでいるとき、それは、あなたが「この方法ならば思いどおりの状況を形として創り出せるはずだ」と決めて行動し、結果としてその通りにならなかっただけのことです。あなたが形を創り出そうとしているときは、そういう感情を感じることになるのです。その形は、もっと先で起きることかもしれません。あなたが行動したということは、あなたはそこから何かを得ているはずです。それを見ることで、起きなかったという感情は無くなるはずです。「形」を見るのではなくて、「フィーリング」を見るのです。自分がどう感じているのか、ということに焦点を合わせることです。
 何が起きるかは、初めからは分からないのです。それを考えていても何も変わりません。ただ、あなたが本当にしたいことをしたとき、あなたは満足するのだということだけは確かなことです。あなたの「後悔」というのは、自分のしたいことをしなかった結果、感じている「フィーリング」なのです。あなたが「後悔」を感じているときには、あなたの「夢を実現するシナリオ」は止まっています。あなたが本当に満足する行動をし続けているとき、後悔も不安も感じる暇はありません。退屈する暇もないほど、いろいろな出来事を次々に体験します。あなたが後悔せずに、本当に、自分のシナリオを自分の責任で、次々に行動し続けたとき、あなたが生きている間に、あなたの夢はすべて実現するのです。

                         アキヒロ

元つ話 637 自分が創りだした自分の中の「想像上の映像」である現実

2013-04-12 Fri : 長谷章宏語録 
  新しい時代を生きるあなたへ(5)

 ここまで読んで、あなたはどんなことを感じましたか?その感じたことが今まであなたが生きてきた人生の姿なのです。それがどんなものであろうと、紛れもなく、あなたが選んで、あなたが構成して、あなたが実行して、あなたが体験していた、あなたが創り出した人生というドラマなのです。すべてあなたの責任で、あなたが決めて、あなたが行動した結果、あなたが体験していたドラマなのです。そのドラマの中で起きていた様々なトラブルというのは、都合悪い部分だけを誰かの責任にして、「自分は悪くない」ということを自分や自分以外の人に証明するために、楽しくもない「責任追及ゲーム」に多くの自分のための時間を費やしていただけのことなのです。「時間がない」「お金がない」「あいつはむかつく」「あいつが悪いのに」「あいつはおかしい」「自分は悪くないのに」「絶対に許せない」等々、あなたにとって心地悪い感情を感じるために、わざわざたくさんの時間を使ってきたというわけです。あなたが心地よい感情を感じるために使った時間の方が遥かに少なかったのではないかと思いますが、いかがなものでしょうか。

 あなたの内側を見ることですべてのトラブルが解決する

 あなたは今までの人生の中で、自分の体験した感情をどのくらい人の責任にしていましたか?何か起きた時、すぐに誰かの責任にしようとしていませんでした?「現実が○○だからそれはできない」という理由をつけて、自分のしたいことをしなかったことがどのくらいありましたか?あなたが体験したことは、あなたがどんな理由をつけようとも、どんなに人の責任だと主張しようとも、すべてあなたの責任です。あなたの体験してきたトラブルやストレス、病気は、すべてあなたが創り出していたものです。すべてのトラブルの原因は、全部、あなたの内側にあるのです。あなたは、自分が創りだした自分の中の「想像上の映像」である現実を理由にして、自分のしたいことをせず、「できない」「我慢しなくちゃ」「あいつが悪い」と言ってストレスをため込むドラマを演じ続け、ついには、病気になったり、喧嘩したり、誰かの責任にしたりというように、自分で自分の首を絞めるゲームを繰り返していたのです。自分の外側ばかりを見ている生き方が、トラブルを創り続ける原因であるのです。今ここで起きている様々な社会問題は、ほとんどの人達がこういうドラマを演じるような「大きなシナリオ」を実行した結果なのです。
 みんなでこういうゲームを続けている限りは、あなたの中の現実は何も変わらず、ずっと同じ「社会」が続くのです。今まで「現実」や「世の中」や「常識」を理由にしてやらなかったものは、いつまでたってもできないのだということです。その理由、その制限は、あなたがあなたにはめているものなのです。あなたがそれを理由にしているからできないのです。それが、今までは、みんなそろって怖がって、出る杭を打ち合って、制限をつくる「大きな宗教」に同意しあって、お互いに牽制しあって、そのゲームを続けようとして新しい生き方への第一歩を踏み出せなかったのです。お互いに様子を見合って、わざわざ、苦しみを創り出すゲームをみんなで一緒にやっていただけなのです。
 みんなが「誰かがやったらやろう」としているならば、何も変りません。お互いに、誰かが始めるのを待つのではなく、自分が最初に始めればよいのです。あなたが、自分のやっていたゲームに気づき、自分の責任で自分の望む人生を生きることを決めたならば、今この瞬間からその生き方を始めることです。あなたが望む人生のシナリオを行動に移すことです。この時期は、その生き方がスムーズに始められ、最大の成果が得られる絶好の機会なのです。
 人間という意識は、「宇宙意識」のエネルギーの変化には逆らえません。あなたが気づいていないかもしれませんが、あなたという意識も、この変化に同意しているのです。あなたが「あなたという意識」に忠実に行動を起こせば、すべてあなたの思い通りに運ぶ人生というものを手に入れることができるのです。
 この先、あなたがどんな生き方を選ぶかはあなたの自由ですが、この生き方を選ぶのが後になればなるほど、エネルギーの変化の加速に伴って、どんどん苦しくなるという体験をすることになるということを知っておいてください。

                        アキヒロ

元つ話 636 自分の人生については自分に相談するのが一番

2013-04-11 Thu : 長谷章宏語録 
 あなたが100パーセント信じられるのは自分自身だけ

 目に見える表面上の形には、決まった意味はありません。あなたがそれを見て、あなたの意識の中で自分流の意味付けをしてパズルを組み立てているだけのことです。どんなお話をつくることも可能です。見えていない部分を勝手に創り出すこともできます。あなたの都合のよいお話に創りかえることも可能です。
 その人が「見た」というものを、その人が本当に見たのか、あなたには分かりません。あなたが存在しないと思っているからといって、その人がウソを言っているとは限りません。あなたが見えているものをその人が見えていないこと、その人が見えているものをあなたが見えていないことが、幾らでもあります。すべてあなたの固定観念が創り出す想像上のお話に過ぎません。
 あなたには人の、人にはあなたのすべてはわかりません。人はあなたの一部だけを見て、勝手に想像しているだけです。言わせておけばよいのです。そして、あなたも人に対して同じことをしているのです。あなたの会話はすべて、あなたの意識の中の映像に過ぎません。あなたが誰かを好きになったり、嫌いになったりするのも、あなたの想像上のその人を見てそうしているだけなのです。あなたが自分自身をすべて知れば、「恋愛」や「愛情」、「好き」や「嫌い」についての本当の意味が見えてきます。たくさんの恋愛絡みの事件が、本当は、「恋愛絡み」ではなく、すべて自分の中のひとりゴトが創り出した事件だったことに気づきます。
 あなたのことを、形も内面も両方ともすべて知っているのは、自分自身だけなのです。誤認逮捕や、冤罪事件は起きるべくして起きていることです。そういう事件を無くすためには、人間の意識のメカニズムを研究するしかありません。どんなに規制しても、どんなに気をつけても、自分の欲求や保身、勝手な解釈、知らずにやっている行動がある限り、それは絶対に無くならないのです。
 あなたは自分の見たことを人に信じてもらおうとする必要はありません。その人が実際に自分の目でそれを見ない限り本当に信じません。それが、今まで、「空想上のもの」「想像上のもの」「ありえないもの」だと教えられてきたものほど、あなたがその存在を人に説いたとしても、人はなかなか信じません。「それを信じたら気違いだと思われる」と多くの人が思っているものも、人は簡単には信じません。たとえ見ていても、見ていないフリをします。裸の王様のように、人の話を聞いているときのあなたもそうです。自分が自分自身の話を、自分自身がみたものを信じてあげれば、それでよいのです。
 あなたが、あなたの真実をすべて知っている唯一の人なのです。どんなことがあっても、自分を信じていることです。あなたにできることは、それだけです。
 あなたがその内側を見ることができるのは、自分自身だけなのです。ウソもごまかしも一切きかないのは自分だけです。あなたが見たものはすべて真実です。人が何と言おうと、それだけが人生の真実なのです。あなた以外の人が創った形を見て、あなたがその人の内面と一致しているかどうか判断することは不可能です。あなたは、その人の形を見て「こういう意味だ」と信じることができるだけです。それは、あなたの創り出した幻想に過ぎません。
 家族、恋人、親友、どんな人であれ、表面上に現れている行動、形と、内面は一致していない可能性があるということを知って、その人を信じることです。「信じていたのに裏切った」と言っても、それはあなたの決めたことです。あなたが絶対的に信じられるのは自分自身だけなのだということをよく覚えておくことです。
 人間は、自分の内面と形を、いくらでも別の表現にすることができます。形が内面と一致するとは限りません。同じ形のままで、内面を変えることも自由にできます。でも、自分だけは、自分のしていることをすべて知っているのです。人はだませても、人にはフリをすることができても、自分には嘘はつけません。自分ですべて決めることができるのです。いえ、すべてあなたが決めているのです。あなたが、相談したり、悩んだり、問題を創ったりしているときは、あなたが何かを心配して、怖がって決められないだけなのです。
 「あなたは何を迷っているのですか?」周りの反応は、周りの声は、周りの自分勝手です。「俺のためにやってくれ」「俺は認めない」なのです。それを聞いてやめたらどうなるか。その結果は、あなた自身がいちばんよく知っているはずです。それが、自分にとって何をもたらすのか、を知っているのもあなただけです。あなたもあなた以外の人に対して、同じことをしている可能性があります。すべては、あなたの一人芝居が創り出すゲームです。あなたもあなた以外の人も同じメカニズムの中で生きているのです。

 あなたの人生をすべて見ているのはあなた自身だけ

 あなたの人生は、あなたにしか生きることはできません。私も含めて、あなた以外の人は、あなたの内側を見るための鏡としてお手伝いをすることができるのです。人はあなたの生き方についてあれこれ言いますが、誰も責任を取ってはくれません。人を責めても、自分の現実に不満を言っていても、ずっと、それが続くだけです。その現実は、すべて、あなたの選んだ生き方、あなたの選んだ行動が創り出しているものなのです。自分で選んだ自分の生き方に不満を言っても、自分がそれを変えなければいつまでも続きます。
 現実を変えたいならば、生き方を、行動の仕方を変えることです。あなたのことを、あなたの本当にしたいことを、あなたの人生を、誰よりも一番よく知っているのはあなた自身です。自分の人生については、自分に相談するのが一番なのです。あなたのことを、人生のプロセスを、二十四時間ずっと見続けているのはあなた自身だけなのです。
 あなた以外のもの、あなた以外の人の行動は、その形を断片としてみることができるだけです。テレビのVTRも、人の行動も、すべて断片に過ぎません。その断片を勝手につなげて、勝手に意味付けて、「たぶんこうだろう」「そうにちがいない」「そうだ」と勝手に想像してあなたに都合のよい、あなたが真実だと思えるお話を創っているだけです。そして、「裏切られた」「そんなつもりはなかったのに」「そんなはずはない」「それが普通だ」「あんたがおかしい」と混乱するゲームが始まることになるのです。
 あなたは、あなた以外の人のことをよく知っているつもりでも、実際は、あなたは何も知らないのです。自分の中に創り出した「想像上のその人」を見て、好きだ嫌いだ、おかしい、バカだ、信じられない、見損なった云々ひとりゴトを言っているだけなのです。あなたが人に何を言われても、それは、その人の中の「想像上のあなた」への評価であることを覚えておいてください。あなたは誰にも評価できないし、あなたは誰も評価できないのです。
 あなたが、「何を見て」「何をして」「何を感じたか」そのすべての真実は、あなただけに分かることなのです。私の様々な情報を、あなたが素晴らしい人生を生きていく上の道具として、お役に立てていただければうれしく思います。

                        アキヒロ

元つ話 635 すべての形はエネルギーの表現だということを理解しておくこと

2013-04-10 Wed : 長谷章宏語録 
 エネルギーを素直に表現すれば天国を早く形にすることができる

 枠の中にはめよう(はまろう)というのが今までの生き方で、枠から出よう、自由に生きようというのがこれからの生き方です。自由な行動を制限する生き方は、トラブルやストレスを創り出すだけです。何故なら、行動や形を創り出している源であるあなたの意識は、「何の制限もない、全く永遠無限の、自由な存在」だからです。あなたは今でも、全部、自分で決めて行動しいているのです。独りぼっちになったところで、そのメカニズムは何も変わりません。ただ、頼るものが自分だけになるだけのことです。100パーセント自分の責任であることを認識することになるだけです。
 人に頼ろうが、自分に頼ろうが、初めから、自分のしたことは自分の責任なのです。自分で責任を取りたくない(人にアレコレ言われたくない)から、自由になることをためらっているのです。でも、自由というものには責任がついてきます。そして、自由でなくても責任がついているのです。どちらにしてもあなたは自分の責任からは逃れられないのです。「人に責任がある」「社会に責任がある」「現実に責任がある」という幻想を創り出して、ストレスゲーム、トラブルゲームをやっているだけです。お互いに「責任転嫁ゲーム」をやっていることで、「この世の地獄」を創り出しているのです。自分の責任を認めて、自由に行動し始めると、自由の素晴らしさ、本当の意味が見えてきます。「この世の天国」を創り出すことができます。
 意識はエネルギーです。エネルギーを制限するとどういうことになるのか?火山が爆発します。弱いところを狙って、エネルギーが噴出するのです。戦争、暴力、いじめ、病気。これらは、行きどころのない溜まったエネルギーが形になったものなのです。一度創り出したエネルギーは、形になって完結します。形になって、エネルギーを放出して、初めてバランスがとれるのです。その自分が創ったエネルギーを自分が制限することで、様々なトラブルという形が創り出されていたわけです。ということは、創り出したワクワクのエネルギーをその瞬間に表現すると、否定的な形にはならないということです。エネルギーを溜めることで、バランスをとるために、否定的な形を選んで噴出するということが起きるのです。「やってしまった後で気がついた」というのはこのメカニズムが働いているのです。自分がすべて分かって行動できるうちに、エネルギーを形にすることです。
 今の地球全体のエネルギーは、今まで人間が抑えてきたすべてのエネルギーが限界にまで溜まっています。そのエネルギーを放出するために、様々な混乱が起きているのです。これは、人間には、どうすることもできません。とめようとすると、ますますエネルギーを抑圧することになります。大怪我をすることになります。もう、人間がとめられるものではないのです。流れに任せて、起きることを黙ってみていることです。エネルギーがすべて放出されて、バランスがとれれば、自然に収まってきます。表面上の出来事を何とかしようとして、自分が望んでいる形に無理やり変えようとしたときに、かえって逆の方向へ動きだすことになるのです。自然に起きることを通りすぎるまで待つことです。「ああなったら困る」「こうなったらどうしよう」と想像上の恐れを創りだして、何とかしようとすることが、かえってそれを実現してしまうことになるのです。
 「あなた」は意識です。あなたは人間の体験をしている意識に過ぎません。この世界で、表面上何が起きようとも、あなたがいなくなることはないのです。そして、あなたが何をしようとも、あなたの価値というものは変わることはがないのです。これからは、「何が起きたか」「何を言ったか」「誰がどうしたか」「誰が悪いか」「誰の責任か」「原因は何か」「どっちが正しいか」云々と表面上の形を追いかけて、表面上の価値判断や責任追及をするゲームをやめて、内側の自分に何が起きているかを、しっかりと見つめ、自分で責任をとる生き方を始めることが必要です。もう、そういう時期が来ているのです。
 「人間とは何なのか?」「自分とは何なのか?」その真実を知ることが、表面も内側も、社会も自分も、すべてのあなたの問題を解決することになるのだということです。

 本来、エネルギーを抑えることは不可能です。創り出されたエネルギーは必ず放出されてバランスをとります。それは、目に見える世界でも、地震や火山のメカニズムで研究済みのはずです。そのメカニズムは、人間の意識と肉体の関係にも働いているということです。意識で創り出されたエネルギーが、肉体を通して形になるのです。エネルギーを創り出して即放出する、という形で生きていけば、トラブルは起きません。
 人間は「宇宙」の一部であり、「宇宙」のすべての性質も持っているのです。あなたの肉体の細胞も、肉体を構成する一部であり、肉体のすべてのメカニズムを内包しているのです。一部であり全体でもあるのです。宇宙は「愛のエネルギー」です。人間の持っているエネルギーも「愛のエネルギー」です。表現されたものも、本来すべてそういうものであるはずなのです。エネルギーを溜めることで、何でもいいからバランスをとるために形にしようとして、否定的な形を創り出す結果になっているのです。
 いちばん自然な形でエネルギーを表現する方法が「自分に正直に生きる」という生き方です。目に見えている形は、意識の世界の想念のエネルギーが物質という形になったものなのです。見えない部分、自分の内側の出来事、自分の意識に「意識を向ける」ことが、この先、非常に重要になってきます。見かけ上の行動をアレコレ判断するのをやめて、自分にいかに正直に表現しているか、自分の正直な気持ちと行動がいかに一致しているか、という見方を始めることです。フリをする生き方をやめることが、本当の幸福、満足、平和へのスタートとなるのです。表面上の形を創ろうとするのをやめることが、最も自然に、最も早く、天国を形にする方法なのです。
 すべての形は、エネルギーの表現なのだということを理解しておくことが大切です。一時的にエネルギーを解放しても、同じゲームを続けている限り、ストレスは無くなりません。そして、それが形になっている「病気」もなくならないのです。「予防」というのは、裏を返せば、「我慢する」ということです。その結果がどうなるかは、明らかです。「予め防ぐ」ことを続けていると、いつかは、防ぎきれなくなるときがやって来るのです。小さいうちに少しずつ出していくほうが賢明なやり方です。

                         アキヒロ

元つ話 634 「悪いこと」を制限するが「悪いこと」を量産することになる

2013-04-09 Tue : 長谷章宏語録 
 あまのじゃくで生きることが夢を実現することになる

 今まで教えられてきた生き方は、宇宙の真実と全く正反対の、アベコベの生き方だったのです。今まで真実だと思っていたものが実はそうではなく、今まで真実ではないと思っていたものが実は真実なのです。「肉体の中に意識があるのではなく、意識の中に肉体がある」「自分の外のものに意味があるのではなく、自分が外のものに意味を付けている」「現実があるからできないのではなく、現実があるからできないと言っているからできない」「自分の外に責任があるのではなく、自分の中に責任がある」「何かが自分を制限しているのではなくて、自分が自分を制限している」「何かが自分の体験や感情を創っているのではなく、自分がすべてを創っている(つまり、自分が神様なのです)」それが、人生の真実です。実は、「今まで生きてきた世界が夢で、夢だと言っていた世界が現実だった」のです。みんなそろって、まったく反対の生き方をして、今ここにある様々なシステムを創りだしていたのです。新しい生き方をしようとすると、反発や制限を感じるのは当然のことです。 今までの生き方では、永遠に夢は実現しません。今ここのシステムの中で、新しい生き方を実現しようとして、今ここにある周りのシステムや今までの生き方をしている人達の反応を見ると、「そんなものは不可能だ、理想論だ、空想の世界だ」という結論になってしまうのです。「だからやめよう」と言っていると、永遠にできません。それが今ここのシステムのトリックなのです。永遠に平和も幸福も来ません。それは当然のことなのです。もう何千年もそういう歴史が続いています。長い間、平和や幸福を手に入れる方法を探し続けています。
 「井の中の蛙、大海を知らず」言うなれば、今までのあなたは、人生の落とし穴の中で生きていたのです。永遠に欲しいものが得られない方法を使い続けていたということです。それすらも気づかないモノの見方を選択して生きてきたのです。「目に見えない世界」や「宗教」について様々な見方がありますが、それらは、理想論でも哲学でもなく、そこにこそ人生の真実が隠されていたのです。というよりそういう生き方を否定することで、実際に使うことをせず、当然の結果としてそれに気づかなかっただけです。
 どちらが狂っているか、どちらが目が覚めていないのか、もう一度考え直してみることです。本当は、「狂っているもの」や「変なもの」というのは存在しません。そして、「宗教」や「目に見えない世界」という言葉やイメージも、今ここのシステムの中で創り出されたものに過ぎないのです。
 あなたが表面上、波風を立てないように生きているとき、あなたの内側で波風が立っています。そして、ある時、それが一気に吹き出すのです。あなたの内側の出来事をいつまでも内側に残しておくことはできません。あなたが外側の波風を立てないようにしても、それ以上の波風を立てることになるのです。あなたは、平和を、自由を、幸福を望んでいるのです。そうである限り、それを実現する方向へと現実が動いていくのです。隠していても、逃げていても、後に延ばしていても、結局はどこかでそれをすることになるのです。それを持っている限り、平和も、自由も、幸福もきませんから。
 あなたの内側の出来事があなたの外側に現れているのだということをしっかりと理解しておいてください。あなたがすべてを円く修めたいならば、自分の内側を円く修めることです。「雨降って地固まる」エネルギーが小さいうちに、すべてを出してしまうことです。あなたの一番深いところでは波風は立っていません。その意識とあなたが一つになったとき、あなたは天国を生きることができるのです。あなたの内側の出来事は、遅かれ早かれ、必ず、表面に出てくるということです。そして、後になればなるほど、破壊的に、大きな出来事として現れてきます。自分が何をやっているかを認識しながら行動できるうちにすべてを行動に移してしまうことです。あなたが見ている表面上の出来事はすべてエネルギーが形になったものです。エネルギーを抑圧することが何を起こすのか、ということをもう一度見てください。
 あなたのシナリオを実現するのは、エネルギーです。あなたという意識のエネルギーが翻訳されたものが「ココロの言葉」なのです。それを形にするのをとめることが、結局は、あなたが心配している以上の結果となって、思ってもみなかった形で現れることになるのです。「悪いこと」を制限するが、「悪いこと」を量産することになるのです。

                         アキヒロ

元つ話 633 一つの永遠なる今の瞬間の連続

2013-04-08 Mon : 長谷章宏語録 

 自分のために今この瞬間を生きることが人のためになる

 あなたがあなたのために生きることが、結果として誰かのためになるのです。人のために生きるのではなく、あなたがあなたのために生きた結果、その恩恵を受ける人として、その人がいるということです。何かの結果を創るために生きるのではなく、あなたが毎瞬毎瞬を生きた結果として、それがあるということです。そして、その結果もすべてプロセスの一部に過ぎません。人生はエンドレスです。あなたが、ある基準で見たある一瞬を「結果」「成果」といっているだけです。それを「成功だ」「失敗だ」と価値判断している間に、今この瞬間はどんどん過ぎていきます。見えない世界のあなたは、過去でも未来でも自由に行き来できます。でも、人間としての今この瞬間の体験(=肉体の体験)は一度しかありません。あなたが、過去や未来という想像の世界に生きていても、あなたの今この瞬間の出来事は何も変わりません。今この瞬間を一つずつ体験することが「本当の人生を生きる」ということなのです。

 あなたはあなたのために、今この瞬間を楽しむためにここに来たのです。過去というものも、未来というものも、あなたが後悔していることも、あなたが心配していることも、すべて、今この瞬間の意識の中で創り出している出来事なのです。実際のところ「過去」や「未来」というものは、ありません。現実というのは、「一つの永遠なる今の瞬間の連続」です。あなたが、夢を実現したいならば、想像上の現実に生きるのをやめることです。「あの時あれをしなかったら」と、今ここにある現実を消そうという無駄なゲームをやめることです。それをしても、今ここにある現実は、何も変わりません。
 今までやっていた「幻想ゲーム」から目を覚ますことです。身も心も、今この瞬間に生きることで、今まで見えなかったものが、すべての真実が見えてくるのです。あなたは、目に見えない意識と、目に見える肉体が一つになって始めて「人間」なのです。目に見えていない部分を見る方法を知ることが、実は、自分が今ここでやっているゲームの秘密を知ることになるのです。まずは、「目に見えない世界に関心をもつ」ということから始めてください。

 「自分に正直に生きる」「自分の直観にしたがって生きる」というのは、言い換えると、「今この瞬間に生きる」ということなのです。「過去のデータ」も、「未来の可能性」も、何も見る必要はないのです。今この瞬間の自分自身の声を聞き、それをすべて正直に行動に移し、今ここで起きていることを、一つ一つ見て、解決する必要が見えた瞬間に解決していくという生き方を始めることです。それが、実は、「人間の世界、物理次元を生きる」ということなのです。今までのあなたは、「目に見える体を持って目に見えない世界を生きていた」のです。目に見えるものをほとんど見ていなかったのです。町を歩いていても、食事をしていても、勉強をしていても、仕事をしていても、「家に帰ったら何をしようか」「誰か来ているかな」「これを食べても大丈夫か」「太ったらどうしよう」「将来のために頑張らないと」「このやり方でいいのかな」「仕事が終わったら何をしようか」「出来なかったらどうしよう」「あいつは約束守るかな」等々、常に、過去や未来のことばかりを考えている生き方だったのです。「時間がない」のではなくて、考えること、心配することにたくさんの時間を使って「自分で時間をなくしていた」だけのことです。
 今までのあなたは、今この瞬間に、過去か未来のどちらかを想像して、その時のフィーリングを今ここにある肉体で感じていたに過ぎないのです。それは今この瞬間の体験が創り出すフィーリングではありません。過ぎ去ったことか、未だ来ていないことのフィーリングを、今この瞬間の肉体で再体験しているだけです。イメージの中で自分が創り出した未来の恐れを避けるため、今ここの自分の体験を創り出した過去の体験を消すために、今の時間を使っているだけなのです。
 それをしても、今ここの問題は何も解決しないということに気づいてください。起きていることから逃げようとしても、その解決が先に延びるだけです。あなたが「後で」「いつか」「できたら」といって避けていても、それは必ず来るのです。そして、それが解決するまで、あなたは永遠に恐れや不安と一緒に生きていくことになります。今ここの混乱を避けようとするよりも、今ここで解決するための行動を起こしたほうが、より早く楽になるのです。「急がば回れ」今ここにあることを一つ一つ解決していくことが、もっとも早く全てを解決することになるのです。
 本当は、今ここであなたが解決するのは、表面上の、目の前の出来事ではなくて、そこに現れているあなたの意識のあり方なのです。あなたのシナリオを書き換えることが、あなたの人生を変えていくために、今あなたがやるべきことなのです。

                         アキヒロ

元つ話 632 今までの古いシステムを一度ゼロにすることが必要

2013-04-07 Sun : 長谷章宏語録 
  新しい時代を生きるあなたへ(4)


 一人一人が生き方を変えることで社会が変わる

 新しい生き方というのは、「自分に正直に生きる」「自分勝手に生きる」ということです。「したいことだけをする、嫌なことはしない」ということです。「自分のしたいことを自分の責任で正直に表現する。そして、それに対する人の反応については一切責任は負わない」ということです。今までは、「良くない」と言われていた生き方です。あなたが抑え込んできた生き方です。その人生を生きるプロセスで、人生の不思議も、次々に明かされていきます。今まで信じられなかったものも信じられるようになります。今まで存在しないと思い込んでいたものが、存在することを知ることになります。自分が信じなかったから見えなかっただけなのだ、と知ることになります。あなたが、周りが変わることを待っているなら、その時は永遠に来ないかもしれません。今までのシステムのままでは、周囲の賛成をもらってからやろうとしても、その生き方はできません。
 この生き方は、今まで教えられた生き方と、全く反対の生き方です。皆がこの生き方を始めると、今ここにあるすべてのシステムが一時的に混乱するかもしれません。でも、それをしない限り、何も変わらないのです。枠の中で堂々巡りをするシステムはもう限界にきているのです。この先は、ますます苦しくなっていきます。そろそろ、今までの古いシステムを一度ゼロにすることが必要なのです。
 今までの歴史でも証明していることですが、新しいシステムができる前には、多かれ少なかれ、一時的な混乱があります。古いシステムを壊す必要があるのです。今ここにあるシステムも、壊したり創ったりしてきた結果、今ここにあるのです。そして、今回は、今までのシステムと全く正反対のシステムを創り出すという「史上最大の作戦」に着手することが必要な時期にきているのです。
 社会を変えようとしても変わりません。それは古いシステムの中のゲームです。「変革、変革」と叫んでいても何もかわりません。全体を変えていくためには、まず、できる人から、新しい生き方を始めることが必要です。自分の中に生ずる、今までの生き方との葛藤、混乱を怖がらずにすべて受け入れて、自分の中のシステムをすべて入れ換えることです。あなたの持っている固定観念を、すべて手放すことです。いろいろな「こうすべき」「こうあるべき」「これはこうだ」「こうすべきでない」が書いてある、あなたのホワイトボードを一度すべて消してしまうことです。そして、あなたが一番楽に生きられるルールだけ、自分が欲しいものだけを、新しく書いていく作業をすることです。人にアレコレ言う前に、まず、自分から始めることです。一人一人が行動し、一人一人が変わったときに、全体として変化が見えてくるのです。全体を変えるのは、一人一人の行動です。新しい形を創ろうとする前に、新しい意識を創る必要があるのです。その意識が行動を通して形になるのです。形が先にあるのではありません。まず意識の中で新しい形を創り、それを行動に移すことで、目に見える形ができるのです。社会を変えるのは、社会を変えよう、人を変えようとする意識ではなくて、自分を変えようとする意識なのです。自分の中が平和になったとき、自動的に、社会も平和になるのです。
 古いシステムは、新しいシステムを創り出すプロセスで自動的に壊れてきます。今までの生き方と、新しい生き方は、同時に仲良く共存することはできないのです。今までの生き方は、新しい生き方を排除したり、批判したり、やめさせようとしたりする生き方なのです。新しい生き方を始めた人が増えるに従って、自動的に入れ代わります。皆がその人生を生きるプロセスで、新しいシステムが創り出されていきます。古いシステムにしがみついていても、何も変わりません。この生き方を始めると、今までの生き方では想像出来ないスピードですべてが変化していきます。これが自然の法則にしたがった生き方なのです。
 今までは、自然に逆らって、言わば、川の流れに抵抗して、岩や倒木にしがみつきながら進んでいただけです。ただ手を放して、意識という川の流れに身を任せているだけで、自然に「意識の海」というあなたの故郷へ帰り着くことができるのです。それがあなたの本当に安心できる、あなたが本当に帰るべき所なのです。そして、それが目に見える形として現れてくるのです。平和や幸福や自然は創るものでも守るものでもなく、初めからここに存在しているものなのです。
 今まで人間が得ようとしていたものが、この生き方をするプロセスで、自動的に、簡単に実現していきます。今まで苦労していたのがうそのように、次々に実現していきます。一人一人が新しい生き方に変えていくことが、全体を新しい生き方に変えることになるのです。自分の外にある何かを変えようとするのではなく、まずは自分の中を変えることから始めることです。あなたから自分の人生を自分のために生き始めることです。
 「自分のために自分に正直に生きる」それがあなたにとって、皆にとって、いちばん楽な、自然な生き方なのです。それが結果として形になるのです。形を創り出そう、変えようとする生き方を、このあたりできれいサッパリとやめることです。
                          アキヒロ

元つ話 631 コロンビア・カンパニー

2013-04-06 Sat : 神語録 
  OPPTとは何か、その歴史的由来

・ドイツのようなほとんどの国とUnited Statesがその市民を”出生証明書”に基づいて、”企業の資産”とみなすようになったのは、この時点であった。これが世界の人々が知らない内に奴隷化された時であった。

・1960年にケネディー大統領が選出された時、彼はこのプランに気が付き、不正を正そうと決心した。彼は中央銀行から通貨の発行権限を奪い銀本位制度を施行しようとした。彼は、実行命令に署名をした直後に暗殺された。ジョンソン大統領は副大統領から昇格して実行命令を破棄し、印刷済みの財務省紙幣の流通を停止した。

・1971年にニクソンは金本位制度を停止し、サウディ・アラビアとの合意によって石油本位制度、ペトロダラーを開始した。

・連邦準備銀行は私的な銀行である。連邦準備銀行紙幣は私的機関の者であり、米国人民の負債ではない。

   「そもそもOPPTとは何か」


元つ話 630 その答えは「自分の中にあるもの」なのだという事実

2013-04-05 Fri : 長谷章宏語録 
人の責任にする人生では永遠に自由はやってこない

 人に任せる人生、人を頼る人生、人を変えることで自分の欲求を満たす人生を続けていく限り、こういうことは体験できません。多かれ少なかれ、「できない」「してくれない」という感情を感じることになるからです。常に人の責任にして、自分の外に原因を探して、トラブルを創りながら生きていくことになります。「自分がしたいときに、いつでもしたいことができる生き方」というのが、人間本来の生き方なのです。ここには、「お金」という言葉は入っていません。すべては、あなたのフィーリングの問題です。あなたは、初めから、自分の外側を変えることなく、欲しいものを手に入れることができる方法を持っているのです。
 あなたには、永遠の時間があります。自分のペースで、一つ一つやっていけばよいのです。人に任せていると、あなた以外の人が創り出した「外の時間」や「ルール」に左右されることになります。「急ぐ」「焦る」「間に合わない」というフィーリングを感じることになります。人の評価で、あなたという人間が決まってしまいます。人の言う通りにしないと、あなたの欲しいものは手に入りません。あなたがしたいときにしたいことはできません。でも、それも一つの生き方であり、あなたが選んだ生き方です。それがよいとか悪いとかいうのではなく、それを続けるかやめるか、あなたが決めればよいのだというだけです。先を見ていることが、実は、今を遅らせることになっていることに気づいてください。
 あなたが生きているのは、誰のものでもない、「あなたの人生」です。あなたがやりたいようにやってよいのです。わざわざそんなことを言わずとも、あなたは、もともと、すべて自分の思いどおりのことを体験しています。現実というのは、あなたの考えていることが、一つ一つ形になっているだけです。あなたが、生き方を変えると、表面上の形も変わります。人には、変わったあなたとして映ります。それが、その人にとって心地悪いとき、気にいらないとき、自分の思いどおりのあなたを演じてほしくて、前のあなたに戻ってほしくて、アレコレ言いはじめます。自分の心地悪さを解決するために、あなたを変えようとすることに忙しくて、それが自分勝手な注文なのだということには気づいていません。あなたが、その人の注文を聞いたフリをして表面上の形を変えるだけで、その人は安心します。その人は、あなたの考え方がそのままであることには気づきません。それが嘘をつくということです。
 あなたの内側がどうであろうと、人にとってはどうでもよいのです。あなたが表現している外側の形がその人の気に入るものであれば、その人は何も言いません。外側の形と内側の形のズレを知っているあなたが疲れるだけです。その人はあなたのそのズレから創り出されるあなたのストレスなど、関係ありません。表面上の形ではあなたの内側の出来事は見えません。あなたが苦しむだけのことです。
 あなたが、フリをするか、正直になるかは、あなた自身が決めればよいことです。人はあなたのフィーリングには責任はとれません。あなたが自分の行動に対する人の反応を気にしなければよいだけのことです。そして、あなたが人を見ているときも同じことをやっているのです。「私の信頼を裏切った」「私の気持ちを分かってくれない」というゲームは、このメカニズムから創りだされる自分勝手なゲームに過ぎません。
 表面上のすべての行動や出来事は、あなたの内側が、投影されているだけです。自分に正直に表現するか、誰かの気に入る形を演じるか、それはあなたが決めればよいことです。その結果は、あなたのフィーリングとして、(後悔として、満足として、ストレスとして、不満として、心地良さとして)すべてあなたに戻ってきます。あなたの行動については、すべて「あなたが」決めてください。あなたの人生は、あなたしか決められません。 あなたの人生の鍵を握っているのはあなた自身です。私も、他の人も、あなたの人生の選択についてお手伝いをすることができるだけです。あなたが何を求めているのか、どうしたいのか、その答えはあなたが持っているのです。あなたは、自分の満足を取るか、人の評価をもらうか、ということで悩んでいるだけに過ぎません。答えはもともと一つなのです。「常識」も「マナー」も「しきたり」もすべてただのルールです。「常識は守るべきだ」と決めている人が「非常識な人」に対してアレコレ文句を言うだけです。

 「(人はどうでも、前例はどうでも)自分はどうしたいのか?」

 その答えを正直に表現することが、人間として最も自然な生き方であり、自分にとって最高の結果をもたらす生き方なのです。人がどう言おうと、それをしてはいけないと決めているのもあなたに他なりません。
 あなたは、自分の中にあるものを、「良い悪い」「正しい間違っている」「失敗成功」「できるできない」と分けることで、自分で悩みや葛藤を創りだして、「解決する方法がない」と言って混乱するゲームをしているだけなのです。「問いと答え」というのは、本来一つであるものを、わざわざ分けて、一つにするという問答ゲームを楽しんでいるだけです。あなたの質問には、必ず答えがあります。「問いと答え」というのは切っても切れないセットなのです。本当は、あなたはすべてを知っているのです。知らないふりをしているだけです。「潜在意識」というものを創って、都合の悪いものを隠しているつもりになっているだけなのです。それを出さないことがストレスの原因です。イライラして人を責めてもそれはお門違いです。
 本来、あなたには「悩み」も「問題」もありません。「良い悪い」のゲームがそういうものを創り出すのです。あなたが自分自身を正直に生きているときは、すべてが一つにまとまったままです。それが本当に体験できたときに、あなたは「この世の天国」に生きていると感じることになるのです。

あなたが探しているものはあなたの中にあるもの

 あなたの探しているものは、すべてあなたの中にあります。あなたの探しているものは、あなたがすでに持っているのです。あなたがあなたにとっての「最高最大の人生」を生きるヒントは、あなたの中にあります。あなたの質問の答えは、すでに、あなたが持っています。あなたは、その答えを素直に選べばよいだけです。答えを外に探すのをやめることです。あなたが、外に答えを探しているときは、あなたの答えと同じ答えを自分以外に持っている人がいることを知って安心したいだけです。でも、その答えは「自分の中にあるもの」なのだという事実を見てください。外にある形を使って、責任追求を逃れようというゲーム、自分に安全を保障しようとするゲームをやめることです。人の承認、評価をもらおうとするゲームをやめることです。
 あなたの中にないものは、あなたの外には見えません。あなたがいくら隠しても、あなたの中にあるものは消えることはありません。あなたが見ないフリをしていようと、それがあることは、あなたは知っているのです。あなたは、自分の中にある答えをそのまま正直に表現すればよいことです。それがもっとも早く答えを見つける方法なのです。あなたの答えは、あなただけの正解です。自分に正直に、自分の声に従って生きてください。人は、あなたの人生に責任はとれません。自分の声に不正直に生きることで何が起きるかは、今ここで起きている様々な出来事、あなたの今までの体験が証明しています。この先は、その生き方で生きることが苦しくなっていく状況がどんどん進行していくことになるでしょう。

                        アキヒロ

元つ話 629 今この瞬間に生きている度合いに応じて不安も消えて楽になっていく

2013-04-04 Thu : 長谷章宏語録 
 今この瞬間に生きるほど未来は安全になる

 あなたが今までやったことがない未知の体験をするには、あなたがやっていないことを行動に移すには、自分を信じるしかありません。あなたが信じない限り、新しいことは何も始まりません。あなたは、今ここを楽しむために十分なお金を持っています。そして、万が一の時には、ちゃんとお金を創り出す方法があります。今も将来も、必要なものはその瞬間にすべてあるのです。まずは、それを信じて、行動して、体験して、それを知るということが、今ここを楽しめるようになるための唯一の方法です。今までのシステムの中では、未知の冒険には危険が伴うように感じます。それは、そういう風に見ているだけであって、「自分自身を正直に生きる」ということに関しては、リスクはありません。必ず、必要なことを学び、見えなかったものに気づき、一つ一つあなたの望み通りになっていきます。あなたがあなた自身を信頼する度合いに応じて、したいことができるようになっていきます。あなたが今この瞬間に生きている度合いに応じて、心配も不安も消えていき、楽になっていくのです。「失敗」を「成功」に転換する見方や方法もそのプロセスで自動的に学んでいきます。そして、「自分はいつでもしたいことができるのだ」ということを実感して、本当の「安全」の中でくつろいでいくことになります。それが「自由」「幸福」ということです。

 あなたが今安全だと思っていることは、すべて安全ではないのだということ、自分が決めているだけに過ぎないのだということを覚えておいてください。あなたが未来を見ている分だけ、今この瞬間が見えません。「未来の恐れを回避するために今どうするか」と「未来のために今の瞬間を使っている」のですから。そして、その方法はいくら考えても見つかりません。あなたはそれを考え始めたときのあなたのままでとまっているからです。常に変化している今この瞬間を見ていることです。今ここで起きていることを一つ一つ見ていることです。それが、あなたの人生を安全に過ごしていく唯一の方法です。あなたが未来を見ているあいだに、目の前で大変なことが起きているかも知れません。そういうことが、あなたがふっと今この瞬間に目を移したときに突然目の前に現れて、あなたはわけがわからなくなって混乱してしまうことになるのです。あなたが今この瞬間を一つ一つ見ているならば、少しずつ変化が見えてきます。そして、その瞬間に最良の方法をすぐに見つけることができます。あなたが今この瞬間に生きるほど、あなたの未来は安全になるのです。実は、今までの「常識」とは全くアベコベの行動をすることが、あなたの求めているものを安全確実に手にいれる方法なのです。パラドックスが現れたときに、そこに人生の真実があります。

                         アキヒロ

元つ話 628 モノへの執着を完全に捨てること

2013-04-03 Wed : 長谷章宏語録 
 守ることをやめると永遠の安全が手に入る

 あなたが永遠に満足していたいならば、モノへの執着を完全に捨てることです。あなたが「自分のしたいことがいつでもできる」「自分の欲しいものがいつでも手に入る」と知ったなら、モノに執着する必要はなくなります。いつでも必要なだけ手に入るのですから、ためることも、取っておくことも必要ありません。「盗まれたらどうしよう」「取られたらどうしよう」「無くなったらどうしよう」と心配をする必要がなくなります。「必要なものは、必要なときにその瞬間に与えられている」ことに気づいたら、不安も恐れもいらなくなります。あなたは完全に自由になります。「やりたいことがやりたいときに」できるようになります。「できない」というのは、あなたが何かを失うことを恐れている状態なのです。「時間が」「お金が」「常識が」と様々な理由を付けますが、結局は、自分の持っているもの(地位、名誉、財産、信用、友人等々)を失うのが怖いのです。それを正直に言うことが何かを失うと思っているから、自分以外のものを理由にするのです。それは、「自分には責任はない」「自分は自分の欲しいものを手に入れる力はない」と言っているのと同じです。人に「自分ができない理由」をわざわざ報告する必要はないのです。どうカモフラージュしようとも、自分の弱さを隠すことは出来ません。人に言い訳をしているようで、実は、自分自身を納得させているだけです。そして、「できない」と言って、一番ソンしているのは、誰でもない、「自分自身」なのです。

 モノに執着しているとき、将来のためにモノを蓄えている生き方をしているときは、そういうことは信じられません。いつも自分が安心できるだけのお金やモノがあるからです。あなたは、その安心を得るために、今ここの楽しみを犠牲にしていることに気づかずに、将来の安心を得ようとアレコレ努力しているだけです。「だって、そうしないと万が一のことがあったときに困るでしょ」と言いますが、それはあなたの今までの体験から導き出した「自分流の理屈」です。あなたが、そういう風に勝手に決めて、あなたが選んであなたがやっているゲームに過ぎません。どうするかはあなたが決めればといことですが、あなたが望めば、今ここでも楽しんで、将来必要な時に必要なだけのお金がくるという現実を体験することもできるのです。それは、あなたが行動して初めて分かることです。今までと同じパターンで行動している限り、今までと同じ思考パターンからは出られません。いつも同じ理由をつけて、いつも同じ選択をし、いつも同じ体験をし、いつも同じ言い訳をし続ける堂々巡りの中に、いつまでも居つづけることになるのです。そして、人の言うことを「そんなことは信じられない」「そんなのはあるわけない」と言って喧嘩をするはめになるのです。それは、あなたの生き方が創り出している一つのドラマに過ぎないのです。 あなたがモノへの執着をすべて手放したならば、何も恐くなくなります。あなたは、何かしようとしてときに、何かを守ろうとしています。あなたは、それを失わないで何かを手に入れる方法はないかと、いつも外にその方法を探しています。何とも虫のいい話です。そして、あなたは、いつもそれをして、それを守るために疲れているだけです。今持っているものを持ちつづけなくても、結局は、あなたが必要なときに必要な分量だけお金や情報があればよいことです。「それはそうだけど」と言うかもしれませんが、あなたが気づかなかっただけで、今までもあなたの周りには、あなたが将来のために何も用意しなくても、必要なときに必要なものがあったのです。あなたは、「貯金していてから、それを後で使えたのだ」と考えるかもしれません。でも、貯金していなかったら、別な方法でその時に必要なお金が来ていたのです。あなたはその時にそのお金が必要だったのですから。あなたには、自分が使おうとしていた目的とは違うことに使った貯金もあるでしょう。あなたが、常に用意して、先へ先へと準備をして安心している限り、そういうことには気づきません。なぜなら、あなたは、手元にお金やモノを置いて常に安心できるように、その安心を維持するためにそういう生き方を続けますから。

 あなたは、将来のためにお金を貯めるということが、今ここでしたいことを我慢することになっているということに気づいていません。あなたは、将来のために、今ここの楽しみを自分で手放しているのです。あなたは、未来のために今を生きているのです。そして、将来、あなたが創り出した(つもりになっていた)「安心」が無くなったとき(予想外の出費が出てきたとき、お金の価値が下がったとき、モノが無くなったとき)、あなたは慌てることになります。「あの時、したいことをしておけばよかった」「あのとき使っておけばよかった」と。その時に気づいてももう遅いのです。でも、あなたが冷静になって周りをよく見渡せば、慌てなくても、その時のあなたにはそのお金を創る方法を持っています。それはその時に分かることです。やってはいけない方法というのはありません。あなたがそう決めているだけです。
 あなたが「必要なときに必要なものがある」ということを信じることで、あなたはそういう現実を体験することになるのです。そして、あなたは今この瞬間を今この瞬間の為に生きることができるようになるのです。今までのパターンを繰り返さないためには、今この瞬間は二度と帰ってこないこと、(後で同じ行動はできますが)今この瞬間に行動をするという状況は二度とこないということに気づいて、生き方を変えることです。いつまでも怖がっていては、何かをしようとしたときにそういう恐れがいつも顔を出すという現実がずっと続くだけです。

 これが本当に信じられるようになるには、実際に自分で体験することが必要です。人の話や体験を聞いていても何も分かりません。自分自身が「今この瞬間に生きる」ということ、「今ここでやりたいことをやる」ということです。あなたがその瞬間に必要なお金は必ずできます。その瞬間になればわかります。まずは、そう信じてそういう行動をとることです。今この瞬間の体験を選ぶか、来るかどうか分からない将来の安心を創り出すことを選ぶか、それは、あなたが決めればよいことです。ただ一つ言えることは、あなたの「将来の不安」というのは、「今この瞬間の状況がずっと続く(あなたの周りがずっと制止している)としたらという前提」で創り出しているものだということです。でも、あなたの存在する世界では、そういうことはありえません。あなたの「将来の状態」は、今この瞬間には、分かりません。そして、周囲の状況も、周囲にいる人も、あなたの仕事も、あなたの考え方も、あなたのいる場所の状態はすべて変わるのです。あなたが不安になっているとしたら、あなたが「今の状況がこのまま続く」と勝手に仮定しているだけのことです。それは、あなたが「今の状況、今の枠をそのまま続けたい」と言っているのと同じことなのです。あなたはいつまでも、恐怖から抜け出せません。そして、欲しいものを手に入れることもできません。
 あなたもあなたの周りも、ある日突然変わる可能性もあるということを覚えておいてください。そして、あなたがあなた以外のものに頼って生きているときは、その可能性が非常に高くなるのです。あなたが見ているものは、あなたが創り出している幻想です。外見や、表面上の出来事をみて、あなたが勝手に意味付けをして、お話を創っているだけです。「こうなるはずだ」と勝手に決めているだけです。期待が外れるのは当然のことです。外見上の行動や表面上の出来事には無限の意味が付けられます。相手が何を考えてそうしているかは、その本人だけが知っていることです。「そんなことはありえない」「そんなに簡単には変わるはずがない」あなたが何と言おうと、それは、すべてあなたが言っていることです。本当は、将来具体的にどんなことが起きるかということは、今ここで考える必要はないのです。あなたが考えたければ、いつまでも考えればよいことですが、それを考えていても、無限の可能性をスキャンするだけで、あなたが恐れていることが出てくると、それを理由にやめてしまいます。実行すれば「成功」するかもしれないのです。「失敗」するかもしれないからやめる、と言っている限りは、そこへ来るといつも同じパターンの繰り返しで終わってしまいます。新しいパターンの行動を取らない限り、同じ枠の中の体験しかできません。あなたはいつまでたっても、欲しいものが得られないストレスの中で生きることになるのです。別の体験がしてみたければ、あれこれ考えずに今この瞬間にしたいことを一つ一つ生きていくことです。それが、あなたのお望みの状況を創り出す唯一の方法です。

 自分が体験していないことをするのは確かに恐いことです。でも、あなたが避けていることが多ければ多いほど、あなたは恐怖の人生を創り出すことになります。あなたは、自分が安全だと思う枠の中だけで生きていることを選んでいることになります。出会いも、仕事も、収入もすべて限られることになるのです。でも、それはすべてあなたが選んでいることです。文句を言うところはありません。あなたが恐れてやめることで、あなたはその恐れを持ち越すことになるのです。恐れがあなたの人生に付きまといます。でも、その恐れというのは、あなたの想像上の産物に過ぎません。起きるかどうか分からないことを自分で創り出して、今この瞬間の行動を止めてしまっているのです。しばらくすれば、その恐れは無くなりますが、同じような状況が現れると、また、その想像を始めることになります。早いほどマイナスのフィーリングが小さくて済みます。そして、悩む必要は無かったのだと分かります。

 人生の出来事に、「失敗」というものはありません。表面上の出来事をどう見るかで、「失敗」になったり、「成功」になったりするのです。でも、実際は、すべて「成功」なのです。あなたの今までの人生は失敗や冒険の積み重ねで創られたものです。今ここに自分がいるということは、結局「成功」なのです。そして、あなたが求めているものは、まだ手に入っていないのかもしれません。今この瞬間は「成功のプロセス」の途中なのかもしれません。あなたがあきらめることで、それを放棄したことになるのです。起きていることをどう見るかで、あなたのこの先の人生が決まるのです。マイナスの想像をするということは、そういう状況が欲しくないというのと同じです。

 あなたが「お金がない」「時間がない」と言っているときは、自分で自分にはめている枠があるということです。思考のトリックにはまっているのです。人間(つまり、あなた)は、永遠無限の存在です。今この瞬間に必要なものはすべて創り出すことが可能です。あなたが今、自動車を運転しているその瞬間に一億円が必要でしょうか?あなたが眠っている時にご飯が必要でしょうか?あなたがテレビを見ているその瞬間にお金が必要でしょうか?あなたは、「将来のためにお金が必要だ」と言っているのです。次の瞬間何が起きるかを自分で決めて、「それをするためにはお金がいる」と言っているのです。「時間がない」と言いながら、「時間がない」と心配する時間があるのです。あなたは、何とかして将来のマイナスの結果を避けようとしているだけなのです。それが起きたからといっても、その先に何が起こるかは分かりません。そして、次の瞬間何が起こるかも分かりません。もし、次の瞬間死んだとしたら、心配していた時間は何だったのでしょうか?「死ななかったらどうするんだ」なんて都合のよいことを言い出す人がいるかもしれませんが、それは、単に、自分が「心配していた」時間を無駄にしたくないための屁理屈だす。

 人生にはあらゆる可能性が存在します。あなたは今この瞬間を永遠に生き続けて、今この瞬間を体験し続けているだけです。何かを達成するために生きているのではありません。(もちろん、あなたがそう決めるとそうなりますが)。あなたが今一億円を持っているのと、その瞬間瞬間で必要なお金を創りだすのと、どちらが豊かに生きられると思いますか?今ここにある一億円は一瞬にして無くなる可能性があります。あなたが永遠の人生を手に入れたならば、必要なものは、その瞬間瞬間に与えられるのです。

 あなたの行く手にはどんなことがあるのでしょうか?働かなければ絶対にお金はこないのでしょうか?あなたが欲しいものを手に入れるのには絶対お金が必要でしょうか?この先どのくらいのお金や時間が必要なのでしょうか?そして、あなたの成功は、自由は、幸福はいつくるのでしょうか?「お金持ち」や「豊かさ」とは何なのか、「お金がない」「時間がない」とはどういうことなのか、もう一度考えてみる必要がありそうです。

                         アキヒロ

元つ話 627 「自分のしたことに自分で責任をもつ」というのが「宇宙の法則」「天国の方法」

2013-04-02 Tue : 長谷章宏語録 
新しい時代を生きるあなたへ(3)


 「夢を見ること」から再びすべてが始まる
 あなたが本当に自分の望む人生を生きたいならば、今までのゲームで創り出したすべての「価値観」「上下関係」「罪悪感」等々を、一度、自分の中で完全にゼロに戻してください。すべて白紙にして、今この瞬間から、全く新しい価値観で、全く新しい人生を生きていくという選択をする必要があります。今この瞬間から、全く別の自分を正直に生きるということです。自分が本当に生きたかった人生を、今この瞬間から実際に行動し始めるのです。今この瞬間が、あなたの新しい誕生日になります。これが今までの心理学でいう「第二の誕生」の真実です。
 これは、理想論でも、ただの考え方でもありません。あなたの人生を創り出しているメカニズムに従った、あなたの現実、あなたの人生を変えるために有効な、実際に使えるものなのです。あなたが、新しい自分を生きる決心をするだけで、その人生が、あなたの体験する現実が、動き始めます。本心から決めるだけでよいのです。そして、それを実際に行動に移すことで、一つ一つ望む現実が形になっていきます。これが本当かどうかを考えていても結論はでません。自分が実際にやってみて、初めて分かるのです。まずは、そういうものがあるのだということを信じることです。信じることからすべてが始まります。「夢を見ること」からすべてが始まるのです。
 今ここにあるシステムも、もとはといえば、すべてゼロから創り出したものです。やったことがないものは、結果は分かりません。人が成功していても、自分が同じ結果になる保証はどこにもありません。みんなが失敗していても、自分だけ成功することもあるのです。人生の中で、保証のある方法などというものはもともとないのです。すべて、「大丈夫だ」「うまくいく」と自分が信じて(選択して)行動しているだけです。「うまくいくはずなのに」と期待が外れたり、「心配して損した」と予想がプラスに外れたりと、自分の予想とは違う結果になることが多々あるのです。
 今ここのシステムで言う「保証」というのは、人間が創り出したルールによって保証されているものに過ぎません。ルールが変われば(変わらなくても相手の基準が変われば)その保証はなんの効力もなくなるのです。「保障しますよ」とか「責任をとるから」というのは当てにはならないということです。自分が損してまで約束を果たす人はいません。あなたがその言葉を信じて行動を信じて行動したならば、その結果についてはすべてあなたの責任なのです。

 「天国の方法」だけが争いのない勝ち勝ちの社会を創り出す
 「宇宙の法則」に従って生きることだけが、あなたの生き方しだいで、あなたの体験、あなたの人生を保証してくれるものです。そして、「天国の方法」だけが、「宇宙の法則」に100パーセント従った、何のリスクもない、あなたの人生を保証してくれる唯一の方法なのです。あなたが全く新しい人生を生きようとしているならば、全く新しいシステムを創り出そうとしているならば、そういう方法があることを信じることから始める必要があるのです。あなたが疑っていると何も始まりません。
 疑いというのは「自分への信頼の欠如」のことです。自分が「やろう」と決めたことを「でも大丈夫かな」と疑う限り、あなたは一歩を踏み出せません。誰がゴーサインを出したらやるのでしょうか?そう、そのサインを出せるのは、あなたしかいないのです。たとえ、「あいつがやれといったからやったのだ」と言ったとしても、最後にやることを決めたのはあなたなのです。その結果何が起きても、自分以外の責任にはできません。「あなたが言わなければよかったのに」というのはあなたの責任回避に過ぎません。こういうゲームが、たくさんのトラブルを創り出しているのです。「自分のしたことに自分で責任をもつ」というのが「宇宙の法則」「天国の方法」の唯一のルールであり、自分の望む現実を創り出すために唯一守るべききまりなのです。
 全員がしなければならない「正しい生き方」というものはありません。もともと「正しい」か「正しくないか」は、本人が決めることなのです。すべては、自分の自由意志で決めることです。「自分が一番楽に生きられる方法、考え方(行動の指針)」が、あなたにとって、最も自然な生き方なのです。あなたが、「(誰のためでもなく)自分のために生きる」ということ、それが本当の生き方なのです。「誰かのために生きる」のではなく、「自分が自分のために生きる」のです。それが結果として、誰かのためになるということです。自分がしたいことをしなくて、人のために生きて、本当に相手の人が幸せでしょうか?「自分が楽しいこと」をすることで、それが誰かの役に立つのです。あなたがあげたいものを欲しがっている人がいるのです。そして、あなたが欲しいものをあげたい人がいるのです。お互いに行動に移すことでそれを公開し、交換するのです。あなたも相手も両方がトクをする生き方です。これが、競争も取り合いもせずに、皆が必要なものを手に入れられる、皆が幸せになる「勝ち勝ち」の人生なのです。
 本当の豊かさというのは「自分がしたいときにしたいことができる能力」のことをいいます。あなたが何の疑いもなく、それを信じているときに、あなたは自分の人生を思いどおりに生きていることになるのです。ここには「お金」という言葉も、「時間」という言葉もありません。あなたが誰かをコントロールする必要があるならば、あなたは「したいときに自由にしたいことをする」ことはできません。あなたが「あなた以外のもの」に影響されている(と思っている)ときは、あなたは「豊かな人」とはいえません。あなたは自分の意志では何もできないからです。そして、常に「自分ができないのは何か(誰か)のせいだ」と言い訳や責任追及のゲームの中にいることになるのです。「できない」のは自分以外の誰の責任でもありません。
 あなただけではなく、誰もが、「自分の思いどおりになる人生」を求めているのです。今までのシステムの中でそれをやろうとすると、力を使って人を支配するしかありません。たとえ、「思いどおりになった(成功した)」としても、力を使って手に入れたものは、必ず、力で取り戻されることになります。相手の中に「奪われた」というエネルギーが残っているからです。力で創ったもの(システム)は、力で壊されます。力で創りだしたシステムは、初めから不安定なのです。常に失う恐れが付きまとい、それを守るためにたくさんのお金や時間が必要になります。あなたは、怖くて何もできません。「持っているもの」を失いそうになると、したいことでもやめてしまうことになります。そういうシステムの中で、何かを変えようとすると、必ず、力が必要になります。そして同時に、裏切りという危険も背負うことになるのです。形になったものは、誰の目にも触れることができます。あなたが、誰かをどうにかして、モノやお金を手に入れることで満足を得ているとしたら、その満足感はいつ何どき崩れ去るやもしれません。あなたが、「永遠の安全」「永遠の保証」を手に入れたいならば、その生き方を完全にやめることが必要です。

                         アキヒロ

元つ話 626 二元性の意識の中を特に好んであなた方は育った

2013-04-01 Mon : 神語録 
その始まりの、第一日目から既に、男子か女子かのラベルが貼られ、あなた方の性別によって決められた
社会の決まりに従って扱われます。既に社会のルールにのっとった、あなた方の性に準じた相応しい振るまいが要求されます。あなた方は誕生の際に大きさと体重、髪の色と量、肌の色が 測定されます。惑星地球の物理的な世界に足を踏み入れたとたん、あなた方は審判され、ラベルを貼られ、身元証明がつくられます。これがあなた方をあなた方自身と他の者達から、たちまちのうちに分離させてしまうのです。

  「二元性(陰と陽)の電磁波」


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