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元つ話686 人間の正体は魔釣りの蛇の神のクローン魂

2013-05-31 Fri : 長谷章宏語録 
本来は、神から人まで、万象万物が真釣りの天国のみである。魔釣りの響きは、真釣り外した身魂を真釣り戻すために特別に作られた、期間限定の響きであり、善か悪か、損か得か、苦か楽か、という「分かつ知」や、「アヤマ知」の知恵は、真釣り世の身魂にはない。殺し合いをしたり、戦ったり、滅びを心配する現実を体験していることが、おかしいのである。平和や自由が当たり前である。というより、真釣りの天国というのはそれしかない世界であり、天国を望んでいるのは真釣りの世ではない証である。その中で争って、不平不満を言っているすべての人間が同罪であり、裁き合いや責任転嫁をしていること自体が、何の正当性もない、愚かな行為である。本気で世界の平和(万象万物すべての本当の天国)を願うならば、自由や平和を求め、天国を目指して戦っている世界を当たり前のものとして、自分勝手な神を作って、好き放題に神世を荒らしている今の生き様を正す必要がある。

現代社会の現実を作り出した本当の原因はいったいどこにあるのか。密猟者を取り締まろうと、自然保護を法律で強制しようと、動物愛護を教育しようと、問題は何も解決しない。様々な問題を作り出したその本当の原因である「真釣り外し」を認めて、今までしてきたことの清算を始めなければ、現代社会の崩壊、形の世の滅亡どころでは本当に済まなくなる。本当の神を闇に葬り去って、偽の神とその信者集団(知恵の神の人類)が作り出した現代社会のその行く末は、天国でも光の世でもなく、魔釣りの神仏共々、あの世にもこの世にも生きられない永遠の滅びなのである。生産者も消費者も、学者も庶民も、需要と供給の相互依存の現代社会に生きるすべての者にとって、絵空事や他人事では済まされない状況にあるのが、今ここである。人類の(正確に言えば、あなたの)永遠の生死を左右するこの事実からは、誰一人逃げられず、神仏といえども関係のない存在はいない。万象万物はすべて神である。人間と鉱物の扱い方の差に、本当の神を知らない証が現われている。

現代社会の快適さを享受して喜んでいる人間の正体は、魔釣りの蛇の神のクローン魂であり、姿形は様々に違えども、響きの姿は全く同じである。蛇の響きのクローン魂が世界を作るとバラバラの争いの世になる。そして、自ら以外のクローン(コピー、大量生産)には心血を注ぐが、自らのコピーだけは怖れる。現代社会で金の作る天国を快適に生きようとすることが何を意味するのか。真釣りの響きで言えば、鉱物も植物も動物も、上等下等はなく、言うなれば、すべてが自分自身である。鉱物と動物、特に、人間、もっと言えば、自分自身の扱い方の差はいかなることか。すべては一つであるのに、あるものはただの物として、あるものは神の子として扱う。あなたの生き様、物の見方は、現代社会の映しであり、現代社会は真釣りを外した蛇の知恵の神がその源流である。今この場で、今の世の、すなわち、あなたのその行く末がどうなるのかを真剣に考えなければ、あなたは永遠の命を捨てることになる。真釣りのクローンなら、姿形を全く同じにすることも、違えることもできる。ヒットラーの姿ばかりの天国にもできるし、今の世界の形にもできる。響きが真釣りであるから、形がどうだろうと、世界そのものは自由、平和な天国になる。形のクローンを問題にすることが逆さまの響きの証である。すべては、あなたの映し鏡であり、自らがしていることが、自らの置かれている状況を示す。植木鉢の花があなたであり、大神が水遣りを止めればあなたは死ぬ。ペットの犬があなたであり、大神が餌やりを止めればあなたは死ぬ。しかし、大神にとってのあなたは子であり、時が来るまではそんなことはしない。大神は天地創世から今の今まで、与えるだけで、一度たりとも奪ったことはない。現代社会は略奪の世界であり、大神を「冒涜」した集団の作る反神世界であることは、明々白々である。議論の余地はない。今の世で生き残りを図るなら、それは、本当の神への反逆であり、そのまま続けるならば、魔釣りの蛇の世界もろ共、永遠の滅びに至る。大神が水遣りや餌やりを止めてあなたが死ぬなら、それは、あなたが天地自然の掟に反して生きてきた証であり、大神があなたを殺すのではなく、あなたの意志で自殺するのである。

               【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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元つ話685 知識人の戯れ

2013-05-30 Thu : 長谷章宏語録 
人間の問題は、実際には、今もって何一つ解決していない。それどころか、歴史が進むほどに、解決が困難な問題を産み出し続けた末に、制御不能に陥っているというのが現実である。自らの快楽の世界を維持するために品種改良を繰り返し、自然にないものを作り続けた挙句、遺伝子操作の穀物で命が脅かされ、羊や猿のクローンを経て、いざ人間自身のクローンの番になると世を挙げて大騒ぎする。しかし、クローン技術を推進する側(要求する側)の人間も、反対する側の人間も、結局は、同じ響きの世界で争っているだけであり、その争いは、より大きな視点からみれば、全く意味が無い争いなのである。争う以前の問題として、形のクローンに敏感になっているそのこと自体が、真釣りを外した世界にいる証であり、本当に人類のために有益なのは、それが何を意味するかを考えることである。人間のクローンは倫理に違反するとか、神を冒涜するとか、そういう次元の話は知識人の戯れであって、学者や企業が、クローンを作って儲けようとしたり、臓器移植に使おうとしたり、市民(消費者、患者)の側がそれを望んだり、批判したりしている世界があること自体が、本当はおかしいのである。何の罪悪感も無く、人間以外の動物や植物の品種改良や遺伝子操作をしたり、鉱物を無生物として扱ったりしている人間が、自らの種に関しては、それをすることが悪の権化のように考えること自体、この世が自由でも平等でもない証である。現代社会で言う自由や平等や平和は、「文明人」の世界だけの話であって、自然も含めた平等と平和を実現しようとすれば、今やっていることはすべて自分勝手な悪行となり、現代社会の存続を図ること自体が、自然を破壊する悪魔の企みに変わってしまう。悪魔の世は、天国とは相反する世界であり、神の登場によって、すべて終りを迎える。

文明社会は、破壊に向かって進歩という幻想を追いかけている。本当の神を闇に葬って、それがなぜできるのかを忘れ去り、神から自然の管理を任された生物であるという嘘に騙されて、自然を破壊し、支配するという、本来ならば、不可能なことを平然とやっている。現代社会は、自然から完全に隔離された、金と機械と数字が管理するシステムによって営まれている。すべては、自然のためでも、神のためでも、社会のためでもなく、アヤマ知に基づく人間同士の生存競争をしているに過ぎず、自らの営みを完全に無視され、そのとばっちりを受ける自然(生物)は、人間勝手な理屈で都合よく利用されて、いい迷惑である。人間だけが清く正しくあれば、神を冒涜しないと思っているその勘違いが、すべての争いと環境破壊をもたらした源である。混血がすでに人間の品種改良であって、優性思想はそれを突き詰めたものに過ぎず、自らの人種が一番優秀だとか、人間は平等だから、とか言う争い以前の問題として、苦や不都合や破壊があること自体がおかしいのである。それは言うまでも無く、この世界が真釣りを外した世界であることの動かぬ証拠であり、今までの人類の歴史は、実は、人類自身の破滅を呼び込む、自作自演の狂言だったのである。

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元つ話684 アメとムチの箱(動物園)の中の自由

2013-05-29 Wed : 長谷章宏語録 
人類の歴史の中で作り出された宗教や学問をどんなに信奉してもあなたの真実は永遠に闇の中である。あなたの本当の天国、真実の歴史はあなたの内にある。あなたの内にある分裂の響きを元に戻せば、あなたの本当の真実が見える。すべては一つであり、境界はどこにもない。そのすべてを分けた境界線は、あなたが引いた心の中の境界なのである。地球の上で、国境紛争を繰り返しても、本当の天国はできない。待っているのは滅亡である。

子宮の入口と出口は同じであり、精子(,)が外から入って、卵子(○)と出合って受精(⦿)して、赤ちゃんとして産まれ出る。元の大神の子宮の中でアタマを上にしていたら、逆子となって、難産になる。なぜ、人間の妊娠期間は十月十日なのか、陽暦で言えば、九ヶ月強である。人間より「下等」な牛馬は生まれてすぐ歩ける。ゾウリムシは、自らをコピーして増えていく。野菜や切花は土から離れても成長する。土に根を張っていれば、永遠の生である。植木鉢に土を入れて自然から切り離した花を観賞する。自然から隔離して自分の所に引っ張ってきて、自己満足する。あなたが水遣りを怠れば枯れる。「花の気持ち」を考えたらできないことである。しかし、自らの快楽を得ることしか頭にない人間は、自然や動物の保護を訴えながら、森林を切り開いて町を作り、動物園や植物園で当然の如く楽しみ、機械で作った遊園地で一時の天国を享受する。自然保護と経済発展が共存できると言う。しかし、自然は真釣りであり、経済発展は魔釣りである。真釣りと魔釣り、永遠の天国と永遠の滅びが共存などできるわけがない。それこそ、まったくの絵空事であり、空想の産物、机上の空論、神を畏れぬ大大暴挙である。自らの運命の真実を知らず、形の世界での快楽を捨てられずに、神や自然に媚びを売る。檻に入れるのが可哀相だからと、自然保護という名の詭弁の動物園で自然を保護するのだと主張する。「自然」は管理費も餌代も要らず、保護の啓蒙の経費も、管理官の給料も不要であるから、入園料を取る理由は本来はどこにもない。文明社会だけで通用する遊びに過ぎない。文明が入らない未開民族は、お金は要らず、天恵の自然物のリサイクルで暮らし、文明国なら違法である行為も自然の営みとして許されている。しかし、部族の掟は厳しく、最も自然の掟を体感している人間である。文明国と言われる国では、動物や他人は管理するが、自らが奴隷にされると反抗して大騒ぎする。しかし、要求するその自由が、誰かの都合で生死が左右されるアメとムチの箱(動物園)の中の自由だと気づかない。神を畏れる人間が、神の化身である万象万物を自らの都合で好き勝手に荒らし回って、わざわざ難しい問題を産み続け、難しい問題を解決できるほど優秀な人種であると誇る。自然と文明、どちらが先なのか、どちらが神に近いのか、どちらが自然の営みを壊さないか、わからないのがエリートである。わかっていてやっているなら大大罪であり、エリートの言いなりである庶民も同罪と言える。

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元つ話683 自分の古い三次元システムを閉じなければなりません

2013-05-28 Tue : 神語録 
  イリアエム(アルクトゥルスのエロヒム)
 
一方で、皆さんの3Dガイアの惑星存在はもう二元性の経験は修了した、と感じています。実際のところ、惑星に対する危険が絶えず続くのでガイアはかなり疲れ果てているのです。幸い、地球がいま旅をしている宇宙領域で、地球は高次の光の振動を浴びています。

この高次の光が地球の三次元オペレーションシステムを多重次元オペレーションシステムへとアップグレードさせています。このアップグレードを個人マトリックスと統合させるためには、それぞれの人間が自分の古い三次元システムを閉じなければなりません。もし古いシステム、態度、行動、思考をシャットダウンさせなければ、惑星のアップグレードを個人単位で利用することはできなくなります。

これが今まで地球に起こってきているシナリオです。人類は地球上で最も進化した存在となるよう意図されていました。しかし、多くの人間達が一定の態度、思考、感情のシャットダウンを拒否しています。ですから惑星のアップグレードは引き止められています。実際のところ、地球上の人間の一部はアップグレードを望んでいません。彼らは他者支配という低次元振動に付着したままです。

ですから彼らは地球が五次元の表現となるべく神聖なる理想が降りて変成を起こすことに抵抗しています。他者支配を望む者達にとって、この神聖なマトリックスは個人的パワーを脅かす脅威なのです。実際にこれを止めようとする者達もいました。しかし、いくら彼らに「他者」を支配する力があるように見えようとも、いかなる人間にも神聖なる理想の具現化を妨害することはできません。

天の川銀河ではこの他者支配の概念をめぐって何百万年もの間戦争が行われてきました。良かったことは、他者支配を望んでいた者達は自分達の内側の自己が持つ力に意識を切り替えると意識が多大に拡大されることに気づき、この銀河戦争のほとんどが終焉したことです。しかしこの戦いは地球上で続いてきました。特にここ2000年間のことです。

ガイアは戦争や対立にうんざりし、新しいオペレーティングシステムへのアップグレードを終了させる、でなければ惑星自体が重大な危険にさらされる、との決定を出しました。ですから彼女は植物界と動物界の完全なるサポートを得て前進を始めています。ただし、人間という動物の多くは彼女の移行に抵抗しています。彼らの意識はあまりにも低くなってしまい、新しいアップグレードの土台となる無条件の愛が何なのか想像すらつかないのです。

しかし他の人間達がガイアの変化をサポートし、彼らの意識が光の高次振動を受け取って惑星ガイアに注いでいます。この人間達は無条件の愛の振動にどんどん近付いています。彼らの意識が無条件の愛で満たされれば、彼らの持つ創造の潜在力は他者支配の低次意識を持つ人々の潜在力を遥かに超越します。

ですから、無条件の愛に共鳴する人口率が今のように着実に上がってゆけば、犠牲者意識や他者支配による恐怖に基づいた態度に共鳴する人口は減退します。ついには多くの人々が古い二元性のオペレーティングシステムを土台とした態度、概念、思考、感情のシャットダウンを完全に受け入れることになるでしょう。

この古いオペレーティングシステムは、クォンタム・オペレーティングシステムに置き換えられているところです。この新しいシステムは光の粒子と直接働きあい、思考を通して無条件の愛による形を即座に創造します。ですから地球上に現れる新しい形は、意識つまり知覚が五次元から上に共鳴する人々によってのみ経験されることになります。

被害者意識、または加害者意識という低次意識を持ち続けている人々は、地球の生命の新しい形を経験することはできません。彼らにはそれが知覚できないのです。彼らの精神的マトリックスと感情的反応/創造の振動では、三次元より上に共鳴する振動を知覚することができないのです。

ですから、そのような人々はやがて「ゲームを脱落」するでしょう。もう彼らには競技場を知覚することができなくなるのです。彼らは古い三次元オペレーティングシステムにしたがい、三次元の錯覚を現実として知覚し続けることになります。彼らには高振動の現実を知覚したり参加したりすることはできません。その人が知覚できる現実にしか参加できないのです。

一方で、多次元オペレーティングシステムを受け入れる人々は日常の中で惑星の次元上昇にしたがって神聖なる理想の現実化を経験することができます。かつて低振動の現実領域でゲームをプレイしていた人々は焦点の向け先、つまり知覚を高次振動の領域に向け直します。そして全く異なる現実を経験するのです。

このプロセスはまるで劇場の地下で映画を見ていて、そこから階段を上がり、メインロビーから違うバージョンで同じ映画を見ることを選ぶ、という感じです。地下で見る映画は他者支配に基づいていて、恐怖や征服を引き起こしています。それが、もう一方の戦士が戦って勝利を得て形勢が変わり、戦ったばかりの相手を支配するといったストーリーです。

いっぽう、メインロビーの映画は対立への付着の全ての解放を学ぶ人間達についての話です。彼らは分離や制限という錯覚に参加することを拒否します。無条件の愛に基づく、別の現実を発見したのです。彼らは意識を高次振動へと拡大させてこの現実を発見します。高次振動の中では無条件の愛が正常なことで、恐怖はすっかり忘れ去られています。

皆さんはどちらの映画を観たいでしょうか?

  人間の形をした親愛なる者達よ

元つ話682 審判する事は皆さん自身の神を干渉していること

2013-05-27 Mon : 神語録 
  ロード・エマニュエル

・全ての光の存在達と同様に、私達の後に続く神の子供達の道を照らすことは、私達の基本的な特質なのですが、次元上昇した領域と天使達の王国の手助けを必要とするならば、皆さんはそれを求める事をしなければなりません。手助けを求められたのでなければ、どんな状況にあっても他の物の人生の流れに私達自身が関わる事は決してありません。これは高次元では決して破られる事の無い宇宙の法則なのです。
 しかしながら地球に於いてはこの基本的な宇宙の法則は、守られていません。実際、皆さんの世界はこれほどまでに崩れ落ち、殆ど全てが逆さまになってしまいました。頼まれてもいないのに、他の人の人生に入り込んで干渉することが、地球ではそれが普通の生活形態になってしまった様です。

・皆さんは審判を持続的にしている、という事をできる限り急いで受入れて下さい。このように審判する事は、皆さん自身の神を、つまりは本当の皆さんを干渉していることになります。

・たとえ何であろうと、たとえどのように皆さんの個人的な真実が調和しないことであっても、お互いの権利を尊重して下さい。

・親愛なる皆さん、問題を解決する為には外部から見る事を止めなければなりません。他の人々を皆さんの考え通りにしようとすることも、止めて下さい。そうではないと彼等を責めるのも、止めて下さい。皆さんの全ての注意を内側へとしっかり引きよせ、皆さんの内へと持っていく時です。父と母なる神への皆さんの神聖な繋がりに、心を向けて下さい。

  「審判」

元つ話681 魔コトの神の鬼退治、致す時節となりたぞよ

2013-05-26 Sun : 長谷章宏語録 
陰は縦(ささえ)、陽は横(現れ)、火は縦、水は横。火はすべての元、水はすべての表現。陰気は神のキ、陽気は人のキでござる。そなたらの申すように、暗い明るいではござらんから取り違い致すなよ。この方は陰に隠れてそなたらを支えて居ったのぞ。この方は下の下の下からそなたらを守護しておりたのぞ。火は下から上に上がるでござろう。地球の基は火でござるぞ。火が一旦上がればすべてを焼き尽くしてマコトだけしか残さんぞ。この方が大掃除を始める前に、早く気づいてくだされよ。陰陽逆転とは、真釣りの神(正神、真神)が表にでることぞ。

悪の中に真コトあり。悪の中に真コトの一厘が隠してござる。一厘なければ真コトではござらん。神は一〇〇でござるぞ。九九・九では神ではござらん。百でござる。桃でござる。魔コトの仕組みも真コトの仕組みも神一重でござるから、魔コトの者には外から見ても見分けがつかんから、まんまと嵌まってしまったのでござるぞ。

真コトを隠す魔コトの仕組み、魔コトを語る者自身も魔コトに嵌まり、真コトが何たるかを忘れ、自らは真コトであると思って居るから自らは魔コトには嵌まらんと安心し、自らも魔釣りの毒牙に侵されて居るとも気づかず、自らが滅びるとも気づかず、身魂の自殺に向かって生きる、世の自殺に向かって進んで居るのでござるぞ。このままいけば最後の最後は全員丸潰れの仕組みでござるのぞ。

このまま魔釣りに囚われたそなたらに現(こ)の世を任せておりてはすべてが滅びてしまうから、このままでは悪神の思うままにされてしまうから、悪神にとらわれた外道の善人に思うようにされてしまうから、ますます争いが激しくなるから、ますます貧富が進むから、ますます破壊が進むから、ますます滅びが早まるから、いくらやっても平和も自由も平等も出来んから、最後の最後のいよいよに、元の真釣りの神のこの方が、三千世界に現れて、すべてのすべての大掃除を致すのぞ。

真釣りの真コトの大神が、桃(百)の太郎を従えて、魔コトの神の鬼退治、致す時節となりたぞよ。

                          立日十

元つ話680 悪の世の大みそかが近づいておるぞ

2013-05-25 Sat : 長谷章宏語録 
肉の戦い終わってタマの戦い始まるぞ。タマの戦いは怖いぞ。霊戦は恐ろしいぞ。この方はそなたが苦しむ姿を見たくないのぞ。そなたが掃除なければ、巻き込まれるぞ。そなたが掃除なければ、この方とて助けることはできん。早う神界に戻ってくれよ。早う掃除を始めてくれよ。このフミ読んだ、今ここからやらんと間に合わんぞ。今ここから始めんとミロクはないぞ。いつまで地獄に居るお積もりか。今の地獄も最後は消え去るから、大きな眼で見れば地獄はないのでござるぞ。神は天国。地獄を創ったのはそなたらぞ。すべてのすべては真釣りでござるぞ。魔釣りの世はあと暫く。神世に戻す大掃除始まるぞ。

そなたは真コトを知らんから、魔釣りを生きるそなたらが悪魔と決めたこの方の申すことを聴けばそなたらは悪魔になってしまうから、そなたらは自らが悪人にはなりたくないから、自らがキ違いになってしまうから、自らは善人で居たいから、この方の真言(まこと)は聴かず、魔(ま)言(こと)の申す仕組みにどっぷりと漬かり、末は滅びる仕組みとは露ほども知らずに、滅びの坂道を駆け降りて居るとも知らずに、目の前の欲や楽に目が眩み、悪企みし者自らも含め、すべてが滅びに至る悪の仕組みを、魔コトのやり方を善と申し、教育や躾(しつけ)の名のもとに、教師から生徒へ、教祖から信者へ、親から子へと、世代を超えて次々に伝え続け、魔コトの世をどんどん進めて参ったのぞ。

魔コト伝える教師や教祖や親達も、自らが真コトである、自らは善人である、自らは正しいと錯覚致してござるから、我(われ)善しでござるから、自らは善人でござるから、悪人は悪であるから、真コトが悪でござるから、誰も気づかず改心出来ず、気づいた者はキチガイと、狂った者と決めつけて、魔コトの善を追い求め、真コトの善を曇らせる、真コト無き世と成したなり。

そなたら人民に任せた現(こ)の世界、このまま魔コトの民に任せておりては世が滅びてしまうから、いつまでも魔コトの世を進めては、すべてが滅びてしまうから、このまま続けても真コトには気づかんから、元つ真釣りのこの方が表に出て、三千世界をタテカエタテナオシて、すべてのミチ(三千、道、満、倫)を真コトで統べる、ミロクの御世に変える大掃除を致すのでござる。この方が大掃除にかからんうちに、この方が小出しにして居るうちに、自ら掃除を始めてくだされよ。悪の世の大みそかが近づいておるぞ。掃除なき者に真コトの正月(正神の月/新年、神年)はないぞ。

                         立日十
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   再度の掲示
 日本時間5月26日AM4:12 世界同時瞑想

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元つ話679 他人裁くのは神裁くのと同じ

2013-05-24 Fri : 長谷章宏語録 
この方がやると決めたらそなたには何もできんぞ。この方に抵抗するだけ、そなたが傷つくぞ。そなたはこの方の中ぞ。そなたの回りはこの方でござるぞ。そなたの宇宙はこの方の中ぞ。そなたとこの方はつながって居る。この方と他の者も同様ぞ。この方裁けば自ら裁くのと同じことでござる。人を裁けば、回りを裁けば、自らを裁けば、この方を裁くのと同じことでござる。裁くことが魔釣りでござる。裁き無ければ疑いなし。100%の信頼が、行動が真釣り外しのお詫びの印ぞ。そなたが申したことを全部やりなされよ。

この方はそなたの身魂の空気でござるぞ。呼吸止まればそなたは死ぬでござろうが。神は呼吸、宇宙は呼吸、そなたも呼吸して居るだけでござるぞ。すべてのすべては呼吸して居るだけでござる。○、環、円、0、縁、零、霊が神ぞ。すべてのすべてはそなたに返ってくるのでござる。神を裁くことはそなたの呼吸を止めること。吸いっぱなしでは何もできんぞ。出すから入れることができる、吐くから吸えるのぞ。呼吸を溜めるから行き詰まる(息詰まる)のでござるぞ。経済も金も考えもすべてのすべてが神の通りになってござるのぞ。今今のそなたらは誰も彼も窒息寸前でござるぞ。持っているものを出しなされよ。

神あって人あり。霊あって体あり。魂あって身あり。そなたの真コトの親はこの方ぞ。そなたの本体は魂でござるぞ。霊界の行動が現界の行動。現界の行動は霊界の行動。他人裁くのは神裁くのと同じ。現界の行動に不調和あれば幽界の身魂ぞ。幽界掃除するぞ。現界も変えるぞ。そなたの行くところなくなるぞ。本当の死ぞ。ミロクを望むそなたが行くのは神界でござる。現界でどこに逃げても身魂が幽界で逃げておるだけぞ。幽界を掃除すればそなたはいなくなるぞ。幽界から神界に出ることが安全地帯に逃げること。神裁いておると逃げるところはないぞ。逃げるようにするのをやめることが誠に逃げることになるのぞ。

現界造り直してミロクにするのぞ。善悪の幽界から神界に引っ越さねば、そなたはミロクの家にははいれんぞ。そなたから見れば時間を追って「出来る」のであって、ミロクの御世はすでに出来て居る。出来て居るから、時間がないから、間に合うように、今から真釣り戻しをせよとうるさくと申しておる。急げ急げと申しておるのぞ。急ぎすぎては真釣りを外すぞ。慌てないで急いでくだされよ。そなたは十分まに合うぞ。一つ一つぞ。

いつまでも屁理屈こねて、「でもでもでも」を繰り返して居ると本当に慌てることになるぞ。本当にビックリすることになるぞ。腰を抜かすことになるぞ。二度と立ち上がれんことになるぞ。このフミ手にする者は、幽界との繋がり切れておらん。神界に居れば、このフミは必要ないからぞ。真釣りの者には真コトを教える必要はないからぞ。幽界が今のそなたの居るところ。そなたの居る世界、後わずかで無くなるぞ。そなたの居る世界が無くなれば、そなたはどこにも行けんぞ。そなたが幽界を出なければ、そなたもろとも大掃除でござる。早う掃除始めんと、大掃除に巻き込まれるぞ。

                          立日十

元つ話678 秘密は秘密ではござらん

2013-05-23 Thu : 長谷章宏語録 
そなたのココロの声は、そなたの想像するものは、そなたの霊界の姿ぞ。神が許しあるから出てくるものぞ。神が許しあるものをそなたは何故に裁くのか。疑うことが魔釣りでござるぞ。そなたが悪を持っておらんと申すならば、それが悪持っている証拠でござる。悪裁くそなたは悪を見ておるぞ。悪裁けばそなたは悪であることを白状しておるぞ。真コトの神から見れば、善悪はないぞ。そなたがしておることは、すべてお見通しでござる。

霊界が先、現界があとでござるぞ。現界でどんなに隠しても、そなたのココロが霊界の動きでござるから、この方には丸見えでござる。魔コトの人間は欺けるが、真コトの人間には丸見えでござるぞ。この方には、真コトの人間には、そなたの脅しもコントロールも一切通用せんぞ。秘密と申して秘密を想像したら、その秘密は霊界にあるぞ。霊界にあるものは現界に出るぞ。人間からは見えんが、神からは丸見えぞ。秘密もてば、そなたは守るぞ。秘密が暴かれそうになると、そなたは隠そうとするぞ。戦うぞ。戦うそなたに永遠に安全はない。秘密は秘密ではござらん。真釣りが真コトの安全ぞ。

この方の創った世界をアヤマチ使って壊し、我(われ)は悪くない等と申して堂々と神や仏や他人のせいにして、苦あるのが当たり前の如く振る舞って居るそなたらは、今のままではミロクの民には成れんぞ。自らのアヤマチを認めて、早々に改心致して、この方の申す通りに素直にやり直すが善いぞ。そなたが壊した世界はこの方が掃除するから、そなたはそなたの魔釣りをやめよ。そなたのココロを掃除せよ。

そなたが今まで蒔いた不調和を引き受けよ。苦しいぞ。辛いぞ。酷いぞ。怖いぞ。自らしたことでござるから、辛抱が肝心でござるぞ。苦しい、辛いと申せども、それはそなたのしたことだと自覚致せよ。自らしたことが原因でござるから、自らの真釣り外しの掃除でござるから、それを認めることがミロクの御世への第一歩でござる。あくまで人のせいだと申すならば、お好きになさるが宜しいぞ。そなたの身魂のイノチはござらんぞ。

人のせいにしたものは、すべて我(われ)のせいだと認めよ。そなたの肉の身はこの方のもの。肉身傷めて借りをかえすのぞ。文句言って、奪って、傷めた分、自分が引き受けるのぞ。そなたがしただけのことは返して差し上げるぞ。そなたがゼロにならねばミロクには行けんから、しただけのことは辛抱してくだされよ。そなたがした真釣り外しの責任とらずに、そのままミロクへ行けると思ったら大きな間違いぞ。最後はすべての者に身を以って教えて差し上げるから、覚悟致せよ。

                         立日十

元つ話677 自分がすべての原因だと自覚するところから真釣りが始まる

2013-05-22 Wed : 長谷章宏語録 
この方は、メグリであれ、お陰であれ、苦であれ、喜びであれ、そなたが真釣りに生きられるように、そなたに必要なものをお渡しして居るのでござるぞ。そなたが欲しいものは天国でござるから、大きな眼で見れば、苦も喜びも、どちらもそなたの欲しいものでござるのぞ。この道理分かるか。そなたが欲しいものは100%来て居るのでござるぞ。そなたがそなたの理屈で苦は欲しくないと申して居るから、不平不満を申して居るだけでござるぞ。そなたのしたことを返さねば、そなたに天国はないのでござる。悪も感謝。

この方はそなたの自由意志で何でもできるようにしてござるぞ。そなたは魔釣りでも真釣りでもできるのでござる。すべてはそなたが自由意志で選んだことでござるのぞ。魔釣りを善と思っておるから、それしかないと思っておるから、しかたない、当然だ、これしかない等と申すのでござる。自らが自らのしておる結果を誰のせいにするお積もりか。そんなことでは、いつまでたっても幸福も平和も自由もござらん。真釣りには戻れんぞ。

魔釣りをして居る自分がすべてのすべての原因だと自覚するところから真釣りが始まるのぞ。霊界が現界に現れる。ココロ替えねばカラダ変わらず。霊替えねば体変わらず。神替えねば人変わらず。常識替えねば現実変わらず。そなたの申すことを替えねば、そなたの現実は変わらん。外を変えようとする、自ら以外のせいにしようとする、何でもかんでも神に聴こう、人に聴こうとする、そなたのその考えを変えることが先でござる。

そなたが分からんのは、そなたが混乱して居るのは、そなたが真釣りを外した結果ぞ。そなたがそなたの答えを疑うから、いつまでたっても行動できず、何も変わらんのでござるぞ。そなたがそなたを疑えば、この方を疑うのと同じぞ。そなたの心に出ることは、この方からの声でござる。そなたの質問の正解は、そなたが思う答えでござる。これでいいのかと申すのをやめることぞ。いいのかどうかを問うことが真釣り外しを進める基ぞ。

そなたの想いの通りになるのがこの世でござる。この方がその通りに創ってござるからぞ。そなたがココロの世界を替えなければ、変えて行動しなければ、そなたの現実は何も変わらんのでござる。そなたが分からんことが、ますます分からんことになるぞ。そなたが善悪に分けて善にしがみついてござるから、偏ったものしか来ないのでござるぞ。悪を裁いて居るから、悪を見せて教えるのでござる。そなたが持って居るものが外から来るのでござるぞ。そなたが霊界でして居ることが現界の形として現れるのぞ。

                         立日十

元つ話676 この方が許しある悪を裁くそなたが悪でござる

2013-05-21 Tue : 長谷章宏語録 
そなたらは、神の調和を壊しておいて、自らが何も無しでミロクへ行けると思ったら大間違いでござるぞ。そなたがしただけのことはしてもらうぞ。そなたが壊しただけ、そなたが不調和蒔いただけ、そなたの苦しみとして、痛みとして引き受けて責任をとって頂くのぞ。法律破ったら、自ら責任をとるのが道理でござろう。ルール違反を致しておいて、我(われ)は善人じゃ等と申す者、そなたは魔釣りの世の善悪で善人を演じておるだけでござる。魔釣りそのものがルール違反でござるのぞ。魔釣りに生きる者、すべてのすべてが神の世の犯罪者でござるぞ。人のことはとやかく言えんぞ。罪償わねばミロクはないぞ。

この方が許しある悪を裁くそなたが悪でござるぞ。悪は最後に滅びるとも知らず、呑気(のんき)な者が多いのう。この方の真コトを悪と教えこまれては、アヤマチに囚われた自らがマコトの者にてござるから、目の前の悪に真コトがあるとは気づかず、悪を裁き、善人を気取って当たり前のように暮らして居るのが今のそなたらの姿でござるのぞ。今となっては、真コトの何たるかも分からずに、目の前の悪の中に真コトあることすら気づかず、自らも世界も滅びるアヤマチのマ釣りの世の常識を当たり前のように生きて居る、アヤマチの世で上に上がりて喜んで居る極楽トンボばかりでござるから、このままでは誰も真コトを知らずに滅びてしまうから、このフミを出して、誠の真コトを知らしめるのでござるぞ。

今今の世に本当に笑える者は一人として居らんのぞ。我(われ)は違うと申す、そなた自身が一番危ないぞ。この方のやり方をしておるならば、うまく行って当たり前でござるのぞ。奇跡や偶然などござらん。神頼みもいらん。霊能力や超能力など必要ないぞ。そなたは神とつながって神の霊力ですべてを成しておるのぞ。真釣りの神につながるか、魔釣りの神につながるか、どちらとつながるかでそなたの体験が、創りだすものが決まるのでござる。神が先で人があと。霊界との、神との関係ですべてが形に成るのでござるぞ。

そなたらだけの力で形にして居るのではござらんぞ。そなたが自然を変えられるのではござらんぞ。すべてが人間だけの成したことだ思ったら、大きなマ違いでござるぞ。神の力無くしてそなたらは何も出来んのぞ。この方の申す通り、真釣りを生きて居れば、苦あるのはオカシキことでござる。うまく行かんのは、そなたがアヤマチに囚われて居るからぞ。そなたが真コトでござれば、何も誰もコントロールせずとも、欲しいモノ、必要なモノは、必要な時にすべてあるのぞ。この方がすべてのすべてをお渡しするのでござるぞ。誰に口出しする必要もござらん。誰が何をしようとそなたとは関係なきことでござる。

そなたが真コトを正直に生きれば、この方が手伝って、すべてそなたの想いの通りに成就致すのでござるぞ。そなたが不足を申すならば、そなたが他人を気にするならば、そなたはアヤマチの者ぞ。そなたが申す通りの現実を体験し続けるぞ。そなたが申す通りに魔釣りの神がそなたにくれるぞ。自らが魔釣りをして居るからうまく行かんのでござるぞ。この方は今の今も、そなたが真釣りに戻れるように、苦を与えて教えて居るのぞ。そなたが天国を求めるから、天国に戻るに必要な真釣り戻しの材料を渡して居るのでござるぞ。そなたは悪を持って居るから外を悪と申すが、悪もそなたに必要なものでござるのぞ。

                         立日十

元つ話675 そなたが外を悪と申すならば、そなたの内に悪があるぞ

2013-05-20 Mon : 長谷章宏語録 
そなたらが申す「悪」というのは、魔釣りの世の相対二元の善悪の「悪」でござる。そなたの外の悪と申すのは、そなた自身が持つ「悪」を映す鏡でござるのぞ。そなたが持ちたる悪を見せるため、そなたの悪を自覚させるために、魔釣りの神にお願いして、この方が許して形にして居るものぞ。この方が許しある悪を裁くことが悪でござる。そなたが悪を持ちたる証でござるぞ。そなたの内に悪なければ、そなたの外には悪は見えんぞ。そなたが外を悪と申すならば、そなたの内に悪があるぞ。ミロクは悪は入れん世でござる。

神が先で人があと、霊が先で体があと、この方無くしてそなたは居らん。今今のこの世は仮(借り)の世ぞ。この方の世が真コトの世でござるぞ。そなたから見てあの世と申すのが真コトのそなたの居場所でござる。そなたという身魂がこの世の服を来て居るのが人間でござるぞ。人間とは一十(ヒト)に成る間、ミロクの世で「地の日月の神」成る身魂でござるぞ。獣と人との中間でもござるから、「人間」と教えてあるのぞ。獣の性が、戦いが魔釣りぞ。人の性が、調和が真釣りぞ。今今は「ケモノ」ばかりが栄える世となって居るぞ。

そなたらは、ミロクの御世で調和を創る、日月地を統べ真釣る神成る身魂でござる。この方は、神もヒトもすべてのすべて、三千世界を統べ真釣る、元の元の親神なるぞ。ミロクの世は、上から下まで、すべてのすべてがハッキリタテワケある、悪の影さえ入れん、嬉し嬉しの光り輝く御世でござるぞ。調和を創る身魂だけが行ける、真釣りが統べる神世でござる。一点なりとも闇や悪を持ってはミロクへは行けん。調和を乱す者は、ルールを破る者は、一人たりとも入れんのでござるぞ。

そなたらが今今の世で為して居るように、金や学や教や理屈やコネを持ち出しても、どんなに高級な接待をしようとも、ヨイショをしても無駄でござる。そなたの我(われ)善しの臭き身魂は丸見えでござるぞ。ミロク世の入り口は、抜け道も裏道もない、そなたの身魂の掃除なくしては入ることができん針の穴の関所でござる。そなたが、魔釣りの世でどんなに善人でも、神の世界の調和を乱す悪人でござれば、ミロクの世は関係なき世となるぞ。

魔釣りの世のアヤマチの教えにまんまと騙されて、そなたが持つ悪を和すための、そなたが天国に行くための教材である悪を裁き、潰し、消し、排除し、死を避け、病気を避け、怪我を避け、破壊を避け、悪避けるのは、悪許さないのは人間として当たり前のことじゃ等と、善人のフリをして勝手に安心して居る者ばかり。そなたらの申して居ることは正しいが、悪の基準が違って居るぞ。立体に入らんと、マコトの善は分からんぞ。

                          立日十

元つ話674 自立した身魂が「日月知の神」

2013-05-19 Sun : 長谷章宏語録 
そなたらは、アヤマチの中に引き戻す、魔釣りのコントロールにまんまと嵌まって居るぞ。そなただけでも真釣りに戻ってくだされよ。そなたのすることに口を出す、そなたのすることをやめさせようとする、そなたに特定の生き方を強制する、その者が自分勝手でござるぞ。この方は強制はして居らんぞ。そなたがいらんと申すならばそれでよいぞ。そなたが天国に生きたいと申すから、天国とは逆の道に居るから、お教えして居るだけでござるぞ。自分勝手の者の申すこと聞く必要はござらん。掟破りの犯罪者の申すこと聞くならばそなたも犯罪者でござるぞ。ここに来てまでまだ魔釣りを続けるお積もりか。

この方が、ミロクの御世、新しい世を創りても、そなた自らがアヤマチを自覚せねば、何も知らずに再び地獄を創ることになるから、今度ばかりは魔釣りの者は連れていかれんようにして居るのぞ。同じアヤマチを繰り返しては天国がいつまでたっても出来んから、地獄を繰り返してはそなたらが可哀相なから、この方がすべてやってはそなたらは奴隷になってしまうから、そなたらの自由意志で天国を創れるようにさせたいから、教えたくても知らせたくても辛抱に辛抱を重ねて、情けと花の仕組みを構えて、そなたらの自発的改心を待っておったのぞ。そなたの魔釣りは世界滅亡の生き方でござるのぞ。

この方は、そなたら自らが自らのマ違いに気づくよう、ただただ行き詰まりや苦しい状況を創って、そなたらのマ違いを知らせ、同時に数々の真コトのフミや真コトの御用の者を使って真コトを知らせて、そなた自身が自らの体験を通して自らの魔コトに気づき、真コトに気づき、そなたらが自発的に改心致してくれることを、長い間ずっと待ちに待っておりたのでござるぞ。そなたが自ら真釣りに戻らねば、そなたはミロクの民にはなれんのぞ。自分のことをすべて自分で決められるのが、自立した身魂が「日月知の神」なるぞ。

そうとは知らぬそなたらは、アヤマチに囚われたそなたらは、魔釣りのワナにまんまと嵌まって魔コトを真コトと取り違えたそなたらは、自らが何をしているのか気づかぬままに、自らも回りも滅びの坂道を下って居ることも知らずに、自らのご都合宜しく、自らの身欲と保身のため、財産や地位や名誉や世間体を守るため、自らは悪人にキ違いに成りたくないがため、自らだけが正しいと、自らの理屈で真コトの者を悪魔に仕立てて迫害を繰り返し、自らの繁栄には都合の悪いこの方の真コトを魔コトと教え込み、調和を創る真コトを悪と教え込み、この方を悪魔と断じて鬼門に封じ込め、真コトを避けさせ批判させ、破壊を進歩と置き換えて、誰も真コトに気づかん仕組みを造り上げてきたのでござる。

そなたらがどんなにうまく隠したつもりでいても、この方からはすべて丸見えでござるぞ。悪神生んで悪心映し、悪を使って悪を和す、情けと花の仕組みにすべてを託し、最後の最後にはすべてをグレンと引っ繰り返し、真コト渡してミロクを創る、タテカエタテナオシの仕組みを構えありたから、そなた自らが気づくことを願って、今まで黙って見ておったのぞ。この方が表に現れた今今は、魔コトの世も後わずかの間でござる。いつまでも続けられると思ったら大きなマ違いでござるぞ。

この方の申すことを素直にきかぬと、本当に取り返しのつかんことになるから、この方のミロクを開く仕組みは見事に出来て居るから、そなたらがどんなに抵抗しても邪魔してもミロクの仕組みは動かんから、後になって気づいても遅いから、間に合わんと気の毒ざから、今ここから申すのでござるぞ。真コトの親の申すことをマコト素直に聴きなされ。そなたは今まで騙され騙されして来たから、信じられんかも知れんが、この方の申すことにウソはござらん。そなたの最後の人生、もう一回だけこの方に賭けてくだされよ。

                          立日十

元つ話673 絶対に自ら死なずあきらめず、堪えに堪えて辛抱して

2013-05-18 Sat : 長谷章宏語録 
この方の申す通りに素直にやれば善人も悪人も誰も彼も全員合格できるようにしてあるから、ちょっとの間、真コトに戻すご苦労をすれば、ミロクの御世で永遠に遊べるから、ミロクの御世が開くその瞬間まで、そなたの身にどんなことが起きようとも、絶対に自ら死なずあきらめず、堪えに堪えて、辛抱してついて来てくだされよ。そなたがどんなに抵抗しようとも、この方の仕組みは動かんぞ。そなたから見ればミロクが出来るように見えるが、ミロクは既にできて居るのぞ。掃除さぼるほどますますきつくなるぞ。

現(こ)の世に人間として生まれしすべての身魂、ご先祖様や神々様とても、このフミと関係無き者は一人として居らんから、そなたはこの方のお子の身魂でござるから、この方の申すことをしっかりと聴いてくだされよ。この方の申すことは、他人事や神様事などではござらんぞ。そなたという身魂の生死がかかってござるから、いい加減に扱って居ると末代後悔する残念が出るぞ。そなたらの申す今までの神事や宗教や哲学や予言とは全く違うから、シッカリと区別タテワケして聴いてくだされよ。

今までの教えはことごとく逆様でござるから、今まで学んだアヤマチの、コントロールの、善悪勝負(かちまけ)損得ゲームの常識はすべてのすべてを白紙に戻して、屁理屈こねてツベコベ申さずに、誰も彼も一人残らず、今この瞬間から、この方の申す通りに、ハラを据えて取り組んでくだされよ。逆じゃと申せば逆なのぞ。そなたの内のすべてのすべてを引っ繰り返せよ。そなたの心をすべて引っ繰り返せよ。裏になったり表になったりして居るといつまでたっても魔釣りのままぞ。分かったらその通りに実行してくだされよ。一旦ゼロに戻せよ。裏と表ぞ。何方か一つぞ。全部入れ替えよ。

この方は、この方の産み生んだ御子であるそなたらを一人でも多く永遠の天国に連れて行ってやりたいから、一人でも多く素晴らしい世界に生き返ってもらいたいから、もう戻れないギリギリの瀬戸際にきて居るから、厳しいかも知れんが、苦しいかも知れんが、腹が立つかも知れんが、今度の今度だけはココロを鬼にして申すぞ。そなたらが今まで繰り返してきたように、形に現れたこの方の表現、姿だけを見て、鬼だ、悪魔だ、と申していい加減に扱って居ると、それこそ取り返しのつかない大失態をやらかすことになるから、ここできつく御注意申し置くぞ。我が子を思う真コトの親心、分かってくだされよ。

今までの魔釣りの世でも、そなた自らがこの方からのお知らせを素直に聴けば、アヤマチに気づくことができたのでござるぞ。そなた自らがマコトに改心致せば、この方が手伝って、他人はどうあれ、社会はどうあれ、そなただけは真コトの天国の、神の道に入ることができたのぞ。我(われ)だけ善くなってもよいのか、我(われ)の自分勝手ではないのか等と申していつまでも真釣りに戻らんそなたのココロが、アヤマチを進めに進めて来たのでござるぞ。そなたがアヤマチを出れば、真コトに戻れば、一人でもアヤマチの世から出れば、調和に戻れば、この方の元に帰れば、それが皆のためにてござるのぞ。

                         立日十

元つ話672 未来を知りたがるは不安があるから。今に生きて居らん証。

2013-05-17 Fri : 長谷章宏語録 
現世利益を求めての神頼みや占いやおみくじや予言や霊能力や超能力や宗教に頼るのも同じことでござる。そなたが想いの通りに成って居るならば、未来を知る必要も、人に頼る必要も、外に探す必要もござらんぞ。未来を知りたがるのは、不安があるからでござる。今に生きて居らん証ぞ。分からないことや不思議なことや謎や奇跡や偶然があるならば、そなたは偏って居るぞ。そなたがそなたの想いの通りに成って居るならば、誰が何をしようとも関係無きことぞ。人をコントロールせずとも、そなたがそなたの想いの通りに素直に動けば、そなたの欲しいものは来るのでござるぞ。

そなたが外を操作しようとしておる時は、そなたが外に頼って居る時は、そなたは自らの魔釣りを白状しておるぞ。隠しておっても隠せんぞ。この方からは丸見えでござるぞ。最後の最後はビックリがでるぞ。そなたが真釣りを外して居るから、真釣りに戻すために、行き詰まりや悪や苦や痛みが来るのでござる。そなたの欲しいものは来ておるぞ。そなたが魔釣りを生きるから、真釣りに戻す機会が来るのでござるぞ。そなたは調和を創る神成る身魂、調和に生きるがハタラキなるぞ。そなたが真コトに生きておれば、そなたにできんことなど一つもないぞ。

この方はすべてのすべてを産み生んだ元つ真釣りの神なるぞ。そなたができんと申すなら、この方に不可能があると申しておるのと同じでござるぞ。そなたがそなたを自由にすれば、そなたが魔釣りをやめて、今までしたことを償えば、そなたの想いはすべて成るぞ。そんなうまい話はありえん等と申す者、そなたは自らの想いの通りにいっておらんことを、真コトの神の道を歩んで居らんことを、悪を裁いておることを白状して居るぞ。早よう気づいて真釣りに戻れよ。

悪の宗教を裁くことは、そなたが悪である証でござる。そなたが神でござるならば、想い通りにいかんと申すのはいかなることか。そなたがうまく行かんならば、そなたがこの方のことが気に掛かるならば、そなたは魔釣りに生きて居るぞ。魔コトでは真コトのミロクの御世の住人にはなれんから、この方が真コトを教え、そなたの外に悪映し、そなたの内の魔コトを掃除致すぞ。魔釣りでは真釣りに至れぬぞ。最後の最後はそなたの悪をすべてそなたに返すから、しただけのことはして頂くから覚悟致せよ。

そなたの肉の身はこの方の貸しものぞ。そなたのしただけのことをそなたの肉の身を通して、痛みや苦しみを渡して、すべて掃除して頂くぞ。もう魔釣りは許さんからご自覚召されよ。そなたらがこれから致すことが、マコト最後の真コトのご苦労でござるから、この方にはウソも騙しもござらんから、この方が申すご苦労は必ず実るから、大神様の実地テストの答え(=ミロクの御世に生まれ変わるノウハウ、閻魔(えんま)様の裁きの身魂改めの準備)をすべて教えるから、死んでも続くから、頑張りてくだされよ。

                          立日十
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  拡散依頼メッセージ(コブラ)
 ポータルの開口(日本時間5月26日AM4時12分)

元つ話671 この方の内にある悪を潰すとは何事か

2013-05-16 Thu : 長谷章宏語録 
この方が語ることは、万古末代二度とはない、そなたという身魂が生まれて以来初めてのことでござるから、そなたらにとっては生まれて初めての初の体験でござるから、過去のデーターを持ち出して、今までの魔釣りの善悪を基準にして価値判断をすれば神の真コトは見えなくなるから、くれぐれも気を付けてくだされよ。初めての聞くものに判断と申すゲームはござらんぞ。赤子には判断基準はござらんぞ。ここまで申しても、また屁理屈をこねて判断を始める者多いぞ。誠に素直になりなされよ。

この方の申すことを判断する者、疑う者、裁く者は、魔コトの世の住人でござるぞ。真コトのミロクの世の民にはなれんぞ。そなたは何をもってこの方の申すことがウソだと申すのか。そなたがこの方を悪だと申すならば、そなたが善でござるから、そなたの申す通りにやればよかろう。この方がどうなろうと、この方を信じる者がどうなろうと、そなたには関係なきことでござる。そなただけが助かればよかろうぞ。残念ながら今度ばかりはそなたは助からんぞ。そなたに善悪分ける心がござれば、そなたは死ぬのぞ。

そなたが善ならば、そなたが正ならば、そなたが、そなたの申す通りに生きておればそれでよいではないか。わざわざこの方の申すことにチョッカイを出す必要はござらん。他人にチョッカイを出す必要はござらん。よけいなお世話でござる。真コトの者にとっては、この方が何を申そうと、他人が何をして居ろうと、関係なきことでござる。悪を責めて、悪を潰して、自らの善を立てたいならば、そなたは善悪に分けた身魂でござるぞ。

この方の内にある悪を潰すとは何事か。この方を潰そうとしておるのと同じことぞ。そなたが外にしておる通りにそなた自身が体験するぞ。最後はそなたが潰れるぞ。どうあっても今まで通りにやると申すなら、それで宜しいから、最後の最後に分かるから、その時までお好きにしなされ。最期に気づいてももう遅いから、今から申して居るのぞ。

この方の世界にあるもの、すべてのすべてに善も悪もないのぞ。善も悪も同じ世界にあるものぞ。悪を掃って、悪を端に寄せて、悪を潰して、善を立てて、守って居る積もりになっても、戦って居るならば、全体は一つにはならんぞ。こんな簡単なことすら分からんようでは、そなたは神成る身魂としては失格でござるぞ。神成る修行の身である人間としても失格でござるぞ。そなたは魔釣りのアヤマチ教の信者でござるぞ。

そなたがそなたの外を想いの通りにさせようとするならば、そなたが神であることになるぞ。そなたの外を思い通りにしようさせようとするのは、そなたの想いが形になって居らん証でござる。そなたが自由になるために、他人を制限するならば、そなたは自分だけ勝手でござるぞ。そなたは真コトの臣民ではござらんぞ。不満や不平や文句や責任追及や損害賠償や批判等々を為すならば、そなたの想い通りになって居らん証でござる。

                           立日十

元つ話670 突然に世界が変わるように見えるぞ

2013-05-15 Wed : 長谷章宏語録 
一人一人の魔釣りの度合い相応に掃除するのでござるぞ。皆一緒に行くのは無理な話でござる。一人一人が心の掃除をするのぞ。人の魔コトにチョッカイを出す者は魔釣りでござる。自らの掃除が先ぞ。今の今もそなたの回りには悪はござらん。そなたが悪と申して居るだけぞ。悪を裁いて居るだけぞ。善人は悪を裁くぞ。悪裁く者悪ぞ。善人もこの方から見れば悪人でござる。悪人が悪人を裁くとは、滑稽なお芝居ではないか。そなたらが善と思って居るものはことごとく逆ぞ。そなたはそなたの心の有り様(よう)の通りの神がついてその通りに見えるから、そなたは自らの現実を正しいと錯覚して居るだけぞ。

魔釣りの神はこの方を忘れて居るから自らを正しいと思って居るぞ。その神に囚われて居るそなたらは、自らを善であると思って居るから、何も気づかんのでござるぞ。そなたらが今まで、正しい、善だ、常識だ、と教えられて来たものは、九分九厘、我(われ)善しの、魔釣りの神の魔コトの力が全てを統べる魔コトの神の常識でござる。そなたが魔釣りをやめれば魔釣りの神は手出しできん。この方ら真釣りの神がそなたを守るから安心して改心してござれ。この方を疑う心が魔釣りの神を釣るぞ。信じることが真コトなり。

こ度は、そなたら自らが、自らにはめて居る魔釣りの神のマインドコントロール(洗脳)に気づき、身魂(肉身のココロ)の戦(いくさ)を終わらせねば、疑うココロを無くさねば、一人として助かる者は居らんから、ミロクの御世には生まれ変われんから、全てを仕組み構えたこの方が、誠の神の真コトを明かして、真コトの親心を知らせて、魔コトの神の洗脳をすべて外して、そなたらを完全に自由にしてさしあげるぞ。

ミロク世はすでに創ってあるのでござるぞ。そなたから見れば時間を追って体験して行くが、この方からみれば時間と申すものはないのでござるぞ。掃除無き身魂には、この方の仕組みが見えんから、目の前だけを見て居るから、突然に世界が変わるように見えるぞ。突然大掃除が始まるように見えるぞ。大慌てになるぞ。恐ろしいことになるぞ。最後の最後は掃除なければ通れんミロクの入口ぞ。今ここで改心致せば、怖いことは減るぞ。

今までの世のカラクリ、こ度の大掃除のカラクリ、魔コトの神のアヤマチ教の仕組み、真コトの神の真コトの仕組み、魔釣りに生きるそなたらが気づかぬ取り違い、今の今まで人類の歴史を通じて当たり前だと思っておりた常識のマ違い等々、ミロクに至る神仕組み、真コトの神芝居のカラクリを、アヤマチに曇りに曇ったそなたらの魔釣りのアタマでも魔釣りの眼でも、いやでも分かるようにして、すべてハッキリと明かすから、暫くの間、アヤマ知を持ち出してツベコベ申さずに黙って聴いてくだされよ。

                          立日十

元つ話669 日常生活のすべてを真コトに生きること

2013-05-14 Tue : 長谷章宏語録 
動物を殺すのは悪でござると申すそなたが悪ぞ。そなたは身魂を殺して居るぞ。身魂殺すだけではないぞ。身魂殺せば肉の身はないぞ。肉の身なければ、そなたにはこの世はないのぞ。ミロクの身なければミロクはござらんのぞ。そなたは神の調和の世を壊して来たのでござるぞ。アヤマチ教の善悪の知識を持ち出してツベコベ申すそなたは何者ぞ。悪い血を創ったのはそなたの悪い知でござるぞ。型は心の映しぞ。いつまでも型に囚われておると、真コトのことは何も分からんぞ。この方の神示を取り違い致す大きな原因ぞ。

そなたらが生きて居る今今の世は、このまま進めば末(すえ)は全てが滅びる、元つ真釣りを忘れた、魔釣りが統べるアヤマチ教の創りだした魔コトの世でござるぞ。そなたら人間の真コトの姿は、日月地の神成る身、ミロクの世で神に成る、修行の身魂でござるのぞ。修行と申しても瞑想や超能力や滝行や読経や断食ではないぞ。そなたの日常生活のすべてを真コトに生きることでござるのぞ。起きてから寝るまでのすべてのすべてを真コトで生きることでござるのぞ。そなたの真姿(素型)は、不調和を調和に変える尊き御ハタラキの真釣りの神成る身魂でござるのぞ。

調和が真釣りでござる。不調和は魔釣りでござる。戦い、裁き、悩み、葛藤、不満、苦情、不都合、責任追及、善悪勝ち負け、損得貧富、戒律罰則、脅し、恐怖、危険等々、今の世の姿は調和の身魂の創り出すものではござらんぞ。今の世には平和も自由も平等も公平もござらん。平和は平和ぞ。戦いある世を平和と申す、臭き心を掃除せよ。そなたの前には「戦争」なくとも、戦い、不自由、不平等、不公平の世でござろうが。権力持たねば上にも上がれぬ、上に上がりても守らねばならん、安全も安心もない世でござろうが。どこに平和があるのぞ。真コトの調和は一〇〇%ぞ。反対語などござらんぞ。創ってしまったものはもうよいから、そなたの心を掃除せよ。

そなたの元は魂でござる。そなたのココロと申すのは、魂の声、魂の行動でござる。そなたがどんなココロを持つかでどんな神がつくか決まるのでござるぞ。そなたは神がついて初めて人間として生きておられるのでござるぞ。そなたのココロのままぞ。そなたが神を選んでおるのぞ。神の力無くして、そなたらは何もできはせんのぞ。人間と申すのは、神成る身魂でござる。神ではござらん。現界と申すのは、神と人が共に創りだす世界でござる。神は人が居らねば現界は創れず、人は神が居らねば現界にはおられん。霊が先で体があとでござる。そなたが幽霊でござるぞ。幽霊怖がるそなたはアベコベでござるぞ。

そなたは霊界と現界の両方に居る存在ぞ。霊界でのそなたがどの神と交流するかで、現界のそなたの現実が決まるのでござる。そなたが魔釣りの神にまつろえば、そなたは魔釣りの現実を生き、そなたが真釣りの神にまつろえば、そなたは真釣りの現実に生きるのでござる。真釣りの神は喜びしか渡しておらん。魔釣りの神も真釣りの神がありてあるものぞ。真釣りの神が魔釣りの神を許さんと申せば、魔釣りに生きるそなたらも何もできんようになるのでござるぞ。これからは真釣りの世となるのでござるぞ。

この方から見れば、善も悪も神界も幽界もないのでござるが、そなたら人間から見て分かるように申して居るのぞ。霊界は神界と幽界に分かれ、神界は天国と霊国に分かれ、天人と霊人が住み、幽界は陽界と陰界に分かれ、陽霊人と陰霊人が住むのでござる。陽霊人は悪人、陰霊人は善人の如き性を持つぞ。幽界は本来ないものでござるが、人間の地獄の想念が創りだした世界でござる。善悪持つ者は、幽界の霊との繋がりが強いぞ。幽界では天国は創れん。善悪の判断申す者は、幽界の身魂でござる。最後に幽界は掃除するから、自らの善悪掃除して、早く神界に行かねば、そなたはミロクへは行かれんぞ。

                           立日十

元つ話668 今の世の宗教家殿、教師殿、取り違いして居る者多いぞ

2013-05-13 Mon : 長谷章宏語録 
ミロクと申すのは、上から下まで真コトが統べる、嬉し嬉しの真釣りの世、光り輝く神代でござる。闇も悪も一切入れん魔釣り無き世でござるのぞ。今度ばかりは魔釣りをして居る身魂の行くところはござらんぞ。今の今から掃除を始めんと、そなたは本当に本当の死を迎えることになるぞ。そなたがミロクの世を語っても、そなたの心の掃除がなければ、そなたはその世には行けんぞ。掃除なしでミロクの話をしても夢に終わるぞ。ミロクを語る暇があったら自らの掃除をせよ。自らの取り違いを素直に認めて掃除をしてくれよ。

今の世の宗教家殿、教師殿、取り違いして居る者多いぞ。天国に行くべき神民を地獄に誘ってくれるなよ。どうあってもこの方の申すことを聞かんと申すならば、それはそれで宜しいから、真コトの者のお邪魔をせずに下がってみてござれ。この方の大掃除を邪魔する者は容赦は致さんぞ。この方は元つ神ぞ。今までの神や仏とはわけが違うのぞ。得心いくまで相手をしてやるから遠慮なくかかってこられよ。そなたに勝ちはないぞ。

この方が始めのゼロ歩を見せるから、始めの始めを教えるから、今ここから素直にその通りにやれよ。ツベコベ申すのは、二つに分けて居る魔釣りの身魂ぞ。アヤマチ教の信奉者なるぞ。そなたは誰に向かってツベコベ申しておるか分かっておるか。そなたの見ておる世界はそなただけのものでござるのぞ。この方を批判するそなたは魔釣りでござる。調和の神の申すことを批判するそなたはキ違いでござるぞ。そなたは地獄が好きなのか。そなたは戦いが好きなのか。そなたは自殺をしたいのか。身魂の自殺は永遠の自殺でござるぞ。この方が殺すのではないぞ。神の掟を外したそなたが自ら滅びるのでござるぞ。

そなたの外を、そなたの相手を批判して、この方を批判して一つに成れると思いてか。調和を創れると思ってござるのか。善悪分けて、戦って、平和も調和もミロクも何もござらんぞ。このフミを裁けば、そなたが魔釣りの身魂であることを白状して居ることになるのぞ。こう申して居るのにそれをまた裁くならば、その通りでござるぞ。そなたはいったい何と申せば分かるのか。この方の申すこと、黙って素直に聴けよ。

程度の差こそあれそなたら全員魔釣りの者にてござるから、そなたも魔釣りの者でござるから、そのままではミロクへは行かれんから、そなたが真釣りに戻るためのやり方を手を変え品を替え語るから、そなたの混乱を収拾する唯一のやり方を教えて差し上げるから、そなたの魔釣りの常識を真釣りの常識に改める教材でござるから、この方からそなたへの手紙、親からの我が子への天国の手紙でござるから素直に受け取ってくれよ。

                            立日十

元つ話667 真コトは一つ 魔コトは二つ

2013-05-12 Sun : 長谷章宏語録 
このフミは、そなたら一人一人へ渡すフミでござるのぞ。この方からそなた自身へ渡す手紙でござる。現(こ)の世に生まれし身魂、一人としてこのフミと関係無き者はござらん。今まで学んだ知識や知恵は一旦すべてをゼロにして、全員赤子に戻ってくだされよ。

この方の申すことは誠の真コトでござるから、議論の余地はあり申さん。この方の申すコトを本当かウソかと議論するのはオカシキことでござるぞ。議論を致すそなたは魔コトの者でござるぞ。それがそなたが騙された原因でござるぞ。そなたらの魔コトの眼でこの方の語る真コトを見れば、悪に映るぞ。真コトは一つ、魔コトは二つぞ。疑う心はすべて捨て、魔コトの眼鏡を外して、この方の真コトの話を誠素直に聴いてくだされよ。

このフミは、一人一人の曇り具合に応じて、一人一人の眼鏡に応じて、一人一人のサングラスの色に応じて映るようにしてあるから、どのような者にも対応できるように同じことを何度も何度も表現を変えて書かせてあるのぞ。この者を人間として魔釣りの中で修業させて、魔釣りから真釣りへの掃除をすべて体験させて、人間の取り違いや魔釣りの者の反論をすべて取材させて、人間の体験を通して書かせてあるから、そなたらの魔釣りに曇ったアタマでも分かるように書いてあるから、その積もりで読むことぞ。

今度の今度はツベコベ申せんようにしてあるから、ツベコベ申すならば自らが分かって居らんことを白状して居ることになるぞ。この方の申すことが真コトに分かりたならば、何も申せんハズでござるぞ。この方の申すことが分かりたならば、真釣りの道を歩むしか道はなくなるハズでござるぞ。難しい、大変だ、できない等と申すならば、そなたの魔釣りの証でござる。そなたが難しくしただけでござるぞ。

マコトはシンプル、簡単ぞ。簡単だから、複雑になったのぞ。一つのものを二つに分けて、それをまた二つに分けて、分けに分けてたどり着いたのが今今のこの世界ぞ。分ければ分けるほど複雑になるぞ。そのまま続けておれば、真釣り戻れなくなるぞ。永遠に調和には戻れんぞ。最後の最後は消え去るぞ。そなたらの壊した世はこの方が創り直すのでござるから、そなたらは地球や他人のことは心配せんで善いぞ。そなたは自らの魔釣りを真釣りに戻せば宜しいぞ。物質の世は後少し。このままでは行かんぞ。今までのアヤマチの教えや学問の常識はキレイサッパリ捨てて、この方の申す通りにしてみやれよ。

今の世では無理じゃ等と申す者も居るが、今の世はアヤマチの世でござるぞ。全くアベコベでござるから当然のことでござる。無理にしたのはそなた自身でござるぞ。この方の申すことを出来んと申すならば、そなたにはミロクは無き世と思えよ。そなたが世界を変えるのではないぞ。この方が変えた世界にそなたが入るのでござるぞ。身魂に戻って、マコトの裸に戻って、服を着替えるのでござるぞ。ミロクの服は身魂に一点でも曇りあれば着られんぞ。真釣りに戻った身魂だけが着ることができる光一つあがりた肉宮でござるのぞ。ミロクの服を着られねば、ミロクの民になることはできんぞ。

                         立日十

元つ話666 逆立ちして見ている世界が真実だと思っている人間

2013-05-11 Sat : 長谷章宏語録 
今の法律は神の法律(調和)を乱す神の憲法⦿違反の法律です。その法律を使って悪の裁きあいをやっても意味はありません。ただの茶番劇です。今の法律が正しいと言うならば調和などできません。自由を制限するならば、全体が自由ではありません。法律で自由や調和や平等や公平を規定するならば、今の世に自由や調和や平等や公平はありません。平和は平和です。戦いがあるならば平和ではありません。分離思考で創り出した相対二元の為の平和です。妄想を実現しようとしているゲームに過ぎません。自然を人間の思い通りしようとしているのは、人や世界や⦿を思い通りにしようとしているのと同じです。肉体が動く前に心が動きます。心にすべての元があります。「自然(素直)」とは操作しないこと、加工しないこと、創ろうとしないことです。出てくるままに表現することです。

初めから「アベコベのことが書いてあるよ」と断ってあるのですから、反対、批判、否定、疑い、反論、反抗をしても意味はありません。あなたが認めたくなければそれで構いませんが、反論するにしても、この本を最後まで読んだ上でやってください。初めから認めない許さないというならば、自分は絶対的に正しいと言っているのですからあなたは人の話を聴かない、人の気持ちを考えない、手前勝手な、世界征服を企む悪魔です。これがいったい何を意味するのか、自分自身によく聞いてみてください。今までの社会が矛盾ばかりでうまくいかない世ならばアベコベをやればうまくいく、という簡単な道理です。これを受け入れるかどうかで皆さん一人一人の今後が決まります。一つのものを分離して、分離したものを正しいと言えば、永遠に戦いになります。一つにする思考⦿すらも分離思考で見ますから、⦿にはなりません。自らの保身(ほしん)、恐れ、身欲、自らの正しさや体面や財産を失いたくないという自分勝手な人間ばかりでは永遠に平和は訪れません。分離の果ては分解。逆の逆は元、裏の裏は表です。

逆立ちをして見ている人が逆立ちをすれば足で立つことになります。この本は、言わば、逆立ちして見ている世界が真実だと思っている人に、足で立って見ている世界が真実だと言っているのですから、逆立ちしたまま、それは違う、それはオカシイと言っても意味がありません。皆さんが逆立ちをやめたらどうみえるか、そのまま逆立ちをしているとどうなるかを書いたものですから、皆さんが逆立ちをやめるかどうかを決めて、それを実行すればよいだけです。皆さん方は今まで、逆立ちをやめると大変なことになるぞ。逆立ちをやめるともっと疲れて死ぬぞ、逆立ちをやめるのは社会に反抗することだ、逆立ちをして疲れるのが人間の生き方だ、と教わってきたのです。死んだり、大変なことになったり、嫌われたりするのは嫌だから、疲れるけどそのまま逆立ちを続けて、もはや体力の限界に来ているのです。何も知らずに現界を超えたら、そのまま死にます。逆立ちをやめたらどうなるかを知って、自覚して足で歩き始めれば何も怖いものはありません。「逆立ち」と「両足立ち」とどちらが楽かは明白です。皆さんがこの本の内容(情報/考え方/見方/生き方)を受け入れるか、受け入れないかは皆さん自身の問題です。今まで学んできたことがウソか、ここに書かれていることがらがウソか、どちらかが真実です。実を言うと、どっちがウソかとやることが今までのФのゲームです。結論は一つです。それがわかるかどうかが天国と滅亡の分かれ目です。

                        立日十

元つ話665 人を責めて人を封じ込めて平和が創れると言う大アホばかりの集まり

2013-05-10 Fri : 長谷章宏語録 
この本の情報を否定、反論、抹殺するのは簡単ですが、今までの常識Фを正しいもの、絶対的なものと仮定するとして、それとアベコベのものが「存在する」のはいかなることでしょうか。Фの基準で「どっちが正しいか」の議論をすれば、永遠に議論(戦い/封じ込めあい)が続きます。二つに分かれて「花いちもんめ」をしていては、永遠に平和にはなりません。最期の最期に答えは出ますが、そこで気づいても遅いですから、どちらがすべての矛盾を説明出来るものか、一つにするものか、より広い見方か、今ここでよく考えてください。今までの常識Фが元の原理(ルール)⦿を引っ繰り返したもの(アベコベにしたもの/反抗したもの)ですから、アベコベのアベコベで元に戻るのです。逆の逆は真。霊が先で体が後、霊界が先で現界が後、神が先で人が後、肉体の感覚で言えば、心が行動の素。心に何があるかで行動が変わり、形も変わります。相対二元では、かみ合うことはありません。全世界全人類全員賛成の結論が出る筈はありません。相手を抹殺するか自分が引くかしかありませんから、全員がうまくいくなどあり得ないことです。元の⦿世では、⦿に全員賛成、Фに全員反対です。つまり賛成、反対という概念はありません。全世界全人類の目指しているものは調和です。調和を壊したやり方で調和を創れるはずがありません。簡単な道理です。Фの方はもうすぐサヨナラです。

見える世界Фを元と見ていれば、「競争」という幻想が絶対のシステム(原理)になってしまいますから調和⦿は不可能。競争が原理ですから、平和を議論しても、天国を求めても無駄です。実現できるのは自分だけの天国です。永遠の貧富、永遠の不平等、永遠の戦争の世界です。人間の歴史は戦争の歴史、略奪の歴史、支配の歴史です。永遠に調和が不可能ならば、神が不平等、不公平と言っているのと同じです。不平等の神にお祈りしても夢は実現しません。今の世は皆さんの言う悪魔Фの創りだした世であることは明白です。悪魔の心Фを持った人間が、天使の心⦿の神や人間を悪魔として封じ込め、自分だけ勝手なシステムを創り出したのです。Фを白だと教育すればФでコントロールするのは簡単です。⦿を聞いても黒になりますから、Фのシステムを当たり前の原理として教えればそのシステムの世が続きます。Фが世の原理だとすれば、創れないものを創りだそうとする原動力は何でしょうか。今の世の元は霊界、神、見えない世界、響きですから、元の神⦿が動けば、今の世の人間の悪魔の心は通用しなくなります。調和を求める心を「仕方がない」と封じ込めているのは自分自身です。自分が地獄を創っておいて、自由や天国や平等ができないのは誰かのせいだと言っているのですから、自分だけ勝手な人間ばかりの地獄の世だと言っているのです。人を責めて人を封じ込めて平和が創れると言う大アホばかりの集まりです。

                          立日十

元つ話664 悪を裁くのが悪 調和を乱すのが悪

2013-05-09 Thu : 長谷章宏語録 
「政教分離」「教育の中立」というそれ自体も「宗教」です。皆さんの分離したい宗教はФの中の神を語った宗教のことです。宗教団体も学校も株式会社も福祉団体も環境保護団体も家庭も全部Фの宗教団体です。悪の宗教を排除しようと言う宗教(理屈)こそが悪Фの宗教です。悪を裁くのが悪。調和を乱すのが悪。皆さんが今していることを見直してみてください。これから先は⦿のルールに基づいて厳しく、一点の曇りなくなるまで掃除をしていきます。神のルールは厳密です。絶対です。100%です。破壊Фの可能性のある掟破りは一人として許しません。皆さんが自分自身の存在の元の元を思い出さなければ、この先は、もう動きが取れなくなってしまいます。「認める認めない」の問題ではありません。⦿が掟です。⦿の法律通りに生きていなければ、皆さんは動きが取れなくなっていくのです。皆さんの霊体(肉体で認識する心体)の世界(霊界)は、最後の大掃除(タテカエタテナオシ)に向かってどんどん⦿のルール通りに厳しく掃除しています。Фしている霊体はどんどん苦しくなってきますから、肉体の世界でも不自由になっていきます。⦿でなければ生きられない世界が近づいているのです。Фをしているとどんどん不自由になります。どんどん厳しくなります。ヒトとして「してはいけないこと」はФです。

皆さんが今まで「避けてきた」「封じ込めてきた」⦿の真実をハッキリと明かすことにより、闇に光を当てることにより、悪魔や恐怖や死や霊や神⦿の本当の姿を明かすことにより、この部分を知ること(見ること、眼を開けること)により、知って生きることにより、皆さんが怖がっているものが全然怖いものではなかったことが分かり、今までの悩み、葛藤、制限、争い、議論、問題がキレイサッパリと解消していきます。と同時に、結論の出ない無駄な議論を戦わせて、「エネルギー」や「時間」や「お金」を無駄遣いする必要がなくなり、自分のために自由に楽に生きられるよう(同時に、みんなを自由にすることができるよう)になっていきます。⦿を実際に生きることによって、本質を見分ける眼が養われ、何が起きても動じない、どんな策略にも騙されない、人をコントロールせずに自分で何でもできる自立した人間となることができます。表現を変えれば、今までの常識のウソ、今の社会状況の真の原因、今の社会問題の根本的解結策、神と人との関係、人間の本当の姿、「自分とは何か」、これからの生き方、死後の世界、心のメカニズム、「宗教とは何か」等々の今まで議論しても答えの出なかった『人間の生の本質』をハッキリと認識することにより、迷路から脱出して、本当の人生を生きることができるようになるのです。それまでは傷つき、騙され、痛みながら掃除していくのです。何があっても⦿を貫いてください。Фしただけ返せばФの世のコントロールから抜け出すことができます。

この本は、今まで答えの出なかった、人間の悩みの大もと、葛藤の大もとを語ってあります。これから新しい世(二十一世紀)にかけての数年間に起きること、前代未聞の出来事にどう対処したらよいか、の答えがズバリ語ってあります。心と体が一つであること、神と人が一つであることを思い出すことです。認める認めないと言っていること自体がФの証拠です。⦿でない証拠です。肉体や物質の視点(自己中心/人間中心)では何も解結しません。この本は、皆さんが今まで学んだ常識(基準/視点/前提/知識/通念/当たり前)とは全くアベコベの視点(反対側の眼/もう一方の別の視点/元の一つの視点)から書かれています。皆さんが今まで学んできた常識から見れば全く逆の常識が語られています。今までの常識で価値判断をすれば「許せない」「あり得ない」「善くない」「危ない」「不可能」「非常識」な思想(宗教)です。今までの常識Фが正しいという前提で見れば、「間違っている」ことになります。オカシイものに見えます。今までのФの常識をあくま(悪魔)でも正しいと言うならば、ミロクの世⦿はあなたにとって関係ない世ですから、この本は必要ないものですから、この本が欲しいという方にお渡しください。

                       立日十

元つ話663 「自分のものがある」という幻想

2013-05-08 Wed : 長谷章宏語録 
霊のイノチが元で、肉体のイノチ(命)は現れです。皆さんは元を忘れているから、肉体のイノチを元にして考えるから、「死後の世界があるかないか」「霊はいるかいないか」の議論をすることになるのです。その議論をしている本体が霊なのです。肉体の視点から見るから「死」になるだけです。皆さんが⦿なら死はありません。霊のイノチが死ねば肉体の命も死にます。肉体の命が死んでも霊のイノチは死にません。今までの皆さんが次の世でやり直して、何回でも生き返ることが出来たのは、物質の世界がФでも存在可能だったから(霊体がФでも肉体という服を着られたから)です。今までも⦿に戻る修行の機会が与えられていたのですが、皆さんは⦿の修行をさぼり、Фのままで⦿の世をどんどん壊し続けてきたのです。今度ばかりは今までと同じだと思ったら皆さんの人生は終わりです。今までのような輪廻転生のゲームはもうお終いです。⦿に戻るための修行のチャンスは今世限りです。今回の大掃除は皆さんのФが招いたものです。誰にも文句は言えません。一人一人が⦿する以外に助かる道はありません。この先は、他人や社会に責任を転嫁したり、Фの神にお祈りしたりしている場合ではありません。オカシイのはФしている「あなた自身」です。⦿が神の世(霊の世/ヒトの世)の憲法です。⦿に違反する法律はすべて無効です。霊の視点で法律やルールを見れば、今までのトラブルはすべて自分勝手な茶番劇になります。全員ルール違反です。

皆さんは神⦿の世の住人です。⦿の世が皆さんの元の国(故郷)です。元の国の法律が⦿だから、皆さんはФ出来るのです。Фしたら自分が不自由になるようにしてありますから、神⦿は裁きません。最期にФしている世界をすべて大掃除すれば済むからです。Фしている身魂は自動的に世界もろとも掃除です。一人一人に⦿の自覚があれば現界の大掃除は何も関係ありません。「国家の根本に挑戦する者は許さない」「国家転覆を図る者は極刑に処すべきだ」「法律を破る者は許さない」「借りたものは返すべきだ」云々というのは正しいことです。但し、皆さんの守るべきルールは⦿(調和)です。⦿を基準に考えてください。皆さんがФしていて、「自分のものだ」と言っているならば、皆さんは「法を破った犯罪者」であり、「⦿の国の調和を乱す(破壊する)テロリスト」です。争いФのルール(ゲーム)は、すべてルール違反です。ルールを守らない者は処罰されても文句は言えません。⦿の世の「破壊防止法」を適用されるのは皆さん自身です。但し、⦿は何も裁いていません。皆さんがФしていなければ、皆さんは痛くも痒くもないのです。

皆さんは、元の神⦿の創った資源を借りて遊んでいるだけです。「自分のものがある」という幻想を持っている人間は、次の世には生き返ることは出来ません。現代社会の混乱というのは、本来の姿(⦿)を忘れた人間(Ф)が創り出してきた、略奪ゲーム、支配ゲーム、コントロールゲーム、地獄Фのゲームの末の「究極の魔姿」なのです。上にあがった者だけが天国になれる「自分だけ勝手」な地獄の世です。皆さんの「物質の遊び場」はもう壊されることが決まっている箱です。皆さんが着ている服(肉体)ももうすぐ脱がなければなりません。「ハルマゲドン」というのはこの大掃除のことです。皆さんのルール違反の強制執行です。⦿の綱(⦿であれば抜けられる網)を被せて、その中にいるФの魂を⦿になるまで出さないのです。今までの借りの一括払いです。今までФでばら蒔いた不調和や迷惑を全部引き受ける(逆に言えば、人から取った調和を返す/損する/苦しむ/楽を返す)のが清算です。ゼロ⦿になるまで続きます。皆さんが肉体という服を脱いでも、皆さん自身(霊体/心)が⦿に戻らなければ(Фの違反を清算しなければ/⦿で100%生きなければ)皆さんは新しい服⦿は着られませんし、勿論、新しい⦿の世界には生き返る(遊ぶ)ことはできません。今度の世界はФをしている者は許さない(初めから入れない)世界ですから、破壊して創りなおす必要はありません。つまり、永遠のイノチ、永遠の天国です。Фを掃除すれば本当の不老不死のイノチを手に入れることができるのです。決まっているものは⦿だけです。Фの世のルールはすべて「決めた」もの。強制力はありません。

                      立日十

元つ話 662 元の前提が全くアベコベ

2013-05-07 Tue : 長谷章宏語録 
皆さんには、本当は「問題」など、ただの一つもありません。皆さんは元の元がアベコベのままですから、本当の本質(イノチの元/本当のイノチ)が見えないばかりに、闇を恐れ、死を恐れ、闇を避け、死を避け、悪を裁き、悪を避け、苦しみを避け、責任を押しつけあい、たくさんの「問題」を創り出し、その「問題」を解結しようとして、どんどん更なる「問題」を創り出して来たのです。それが今までの人類の歴史なのです。「問題があるのが当たり前」「苦しみがあるのは当たり前」の仮定のもとに、「いかに苦を避けるか」「いかに楽をするか」のコンセプトで社会システムを創って来てしまったのです。皆さんの社会がうまくいかなくなったのは、元の前提が全くアベコベだからなのです。

今やっているやり方をそのままいくら続けても平和も幸福も自由も平等も博愛も公平も安全も創れないどころか、やればやるほどどんどん争いや不幸や不自由や不平等や不博愛や不公平や危険な世を創り出すばかりです。今の世を創り出している大きな宗教(前提/同意/仮定)を引っ繰り返さなければ、ますます混乱が進むだけです。元の初めの⦿の道具を壊したのですから、もう元には戻りません。ですから、「遊び場」を別の道具(半霊半物質)に取り替えて、初めからやり直すための計画が何千年にも渡って着々と進んでいるのです。皆さんが今まで気づかなかっただけです。新しい世⦿は一人一人のココロを入れ換えなければ生きられません。今のままでは、もうすぐ本当のイノチが無くなってしまいます。ですから、最期のギリギリのところでハッキリとカラクリを明かしているのです。

皆さんは、一度も死んでいません。皆さんの本体は身魂(心/心体)です。心体の動きが身体に現れているだけです。霊体の動きを肉体で体験しているだけです。肉体という服を着て物質の世で遊んでいるだけです。霊界の映しが現界です。人間というのは霊体と肉体が一つになっている存在(身魂)です。肉体は霊体の映しです。霊体の動きの通りに肉体が動いて(喋って)いるのです。肉体でФしていれば、霊体もФです。霊体がФの生き方をしていれば、次の世⦿には生き返ることは出来ません。宗教というのは、霊体の生き方のことです。霊が先で体が後です。元は霊です。肉体が死んでも(壊れても)心体は死にません。心体が死ねば必ず肉体は無くなります。皆さんが死ねば皆さんの服が動かなくなるのと同じです。今まではФ(分裂/魔コト/善悪分ける)の心でも物質の世で遊ぶことが出来ましたが、今度ばかりは「遊び場」を取り替えてしまうのですから、自分(霊体)の生き方(態度)を⦿にしなければ「本当の死」がきます。⦿にした積もりになっても駄目です。皆さんの心の動きが皆さんの本体の動きです。霊界と現界の両方にいますから⦿を実行できなければウソになります。新しい世では、今までの道具は使えず、物質の肉体という服は着られません。⦿の心を100%行動できなければ、人生は終わりです。

                        立日十

元つ話661 今の現在の社会がその最期の姿

2013-05-06 Mon : 長谷章宏語録 
この本に書かれていることが、どうしても認められない(反論したい/許せない)と言うならば、それはそれで結構ですが、口に出すのはこの本を最後まで全部読んでからでも遅くはありません。まずは、「自分とは違う別の見方(別の考え方/生き方)のサンプル(モデルケース)として、とにかく最後まで目を通してみてください。皆さんのこれからの人生の中で、この本を読む時間などほんの僅かな労力です。全部分からなくても結構ですから、段々と分かってきますから、とにかく最後まで読み通してみてください。皆さんと「アベコベの生き方(反対の考え方)」をしている人間の心の内を知ることができるのですから、自分の人生の枠を広げるためにも、絶対に読んで損はありません。

この本は、神(創造主/霊/魂/天使/悪魔/祟り/呪い)、心(意識/考え/思考/心理/精神/感情)、自分(他人)、人間(人間性/人格/性格)、人生(生き方)、生と死(この世とあの世)、宗教(思想/基準/原理/前提/よりどころ/考え方)、本音と建前、絶対と相対、時間(過去/現在/未来)、空間、愛(恋愛/優しさ/思いやり/厳しさ)、罪悪感(罪/罰/制限/弱み)、恨み、信頼と疑い、知識と智慧、自立と依存、善と悪、理想(夢)と現実、安全と危険、被害(補償/保険/担保)、葛藤(悩み/ストレス/不安/恐れ)、奇跡と偶然、自由(勝手)、平和(幸福/天国/地獄)、秩序(安定)、人権(差別/平等/公平)、責任、道徳(倫理/マナー)、常識(しきたり/礼儀/慣例/通念/儀式)、約束(ルール/契約)、世間体(立場/評価/信用)、理性(禁止/制限/規制/本性/タガ/枠)、権利と義務、理屈(理論/批評)、科学、医学(病気/生命)、奉仕(援助/ボランティア/無料)、感謝(お詫び)、文句(苦情)、正義、権力、遊び(ゲーム)、真面目(冗談)、仕事(職業/就職)、固定観念、価値判断、正常と異常、賛成と反対、正しさ(間違い)、秘密、損得、有る無し、相対と絶対、生活(衣食住)、損害(被害/災害)、自然(至善)、ウソとホント、真実、本物と偽物、常識(普通/当り前)等々の人間の根本に係わる概念(定義/イメージ)を『宗教』と『科学』(心と体/神と人/エネルギーと物質/見えない世界と見える世界)を統合した(一つにした)視点(人間という体験を創り出す元の仕組み、創造主の眼、元の神⦿の眼、元のルール)から再定義し、法律(ルール/掟/違法/犯罪/規制)、裁判(裁き/拘束/取締り/証拠/警察/許す許さない/疑い/責任)、政治(行政/国際関係/貿易/管理/支配/監督/許可)、経済(ビジネス/商売/需給/お金/税金/財産/ローン/貧富/所有/失業)、教育(しつけ/知識/指導/管理/勉強/受験/不登校/非行)、福祉(世話/障害者/高齢者)、勝ち負け(略奪/競争/議論/戦争/攻撃と防御/軍隊)、コントロール(操作/命令/強制/脅し/被害者意識)、文化(しきたり/伝統/家訓/先祖代々)、家族(親子/血統/戸籍/結婚)、奪い合い、相談(疑問)、検査(調査/点検/監視)、危機管理(予知/予防/検診/破壊や苦を避ける)等々の社会システムの矛盾や、現代社会の混乱をキレイサッパリ収拾する(大掃除する/建て直す)ための新しい材料(根本的解結策)を提供するマニュアル本でもあります。

今までの皆さんは、Фの世で自分が手に入れた「相対的な世界」だけで通用する「もの(評価/地位/名誉/正義/人/財産/知識/基準/頼るもの/杖)」を守るために、人間の本質、創造のメカニズムの根本の部分、社会システムの矛盾の本当の原因をウヤムヤにし、誤魔化し、覆い隠し、避けて通り、見えなくして、盲目のまま歩いて、何が何だか分からなくなって、勝手な屁理屈をこねて自分に都合が悪いことは責任転嫁をして、たくさんの悩み、恐れ、葛藤、問題を次々に創りだして、お互いに傷つけ合って来たのです。今までのФの世のやり方では、創りだした「問題」は何も解結しないばかりか、どんどん「問題」を創り出して、ますます分けが分からなくなって、最後は動けなくなってしまうのです。今の現在の社会がその最期の姿なのです。これはちっとも大げさな表現ではありません。

                        立日十

元つ話660 素直に読めば一つの意味しか取れない

2013-05-05 Sun : 長谷章宏語録 
 この本を読むにあたって心得ておいて欲しいこと(心構え/予備知識)

この本は、今までの宗教、哲学、思想、道徳、教育、心理学、精神医学、生き方、成功法、人生論等々の本とは全く違う性質のものです。皆さん一人一人の人生(生き方)の根本(大元/源/魂/本質)に係わる、皆さん一人一人のこれからの人生に係わる、「人間」として生きている皆さん全員に当てはまる、非常に大切なことが書かれています。「本文」に入る前に、少々長くなりますが、この本の「本文」に書かれている内容(情報/話)の真意を正確に、取り違いなく受け取れるよう(理解の助けとなるよう)に、誰にでも分かるように、この本の「読み方(基本的姿勢/視点/観点/見方)と「要点(言いたいこと)」を手を変え品を替えて(表現を換えて)書いておきます。今ここで意味の取り違い(誤解/曲解/ねじ曲げ)をしては、この先、本当の本当に「大変なこと(取り返しのつかないこと)」になりますので、アタマ(今までのデーター/今までの知識/今までの基準)を一旦ゼロに戻してください。価値判断を一切やめて素直に読めば一つの意味しか取れないようになっています。今まで学んだ知識で価値判断をすれば何も意味がありません(混乱するだけです)からその積もりでどうぞ。また、今までの「神示」を読んだことがある方も、復習、確認、整理をする積もりで、必ずここから読み始めてください。

この本は、皆さんが、「真実の眼」を養い、「ヒトとしての真の生き方」を学び直すための教材であり、皆さんが「真の人生(本当の人生)」を生きるための、皆さんが本当に生きたい(真に望む)人生を生きるための、皆さんの「人生」をもう一度出直すための、皆さんが自由になる社会を創るための、新しい時代を生きるためのガイドブックです。この本には、皆さんの本当の幸福、本当の喜び、本当の平和、本当の自由、本当の平等、本当の安全、本当の成功、本当の天国への道が、時代を超えて、国を超えて、生死を超えて(時空を超えて)通用する普遍的な真理(ルール/視点/法則/態度/基準/生き方)が、皆さんの日常生活で即応用できるよういな実践的ノウハウとして語られています。

この本(この「はじめに」も含めて)を読んで、「過激だ」「危険(思想)だ」「不可解だ」「狂っている」「あり得ない」「言い過ぎだ」「非常識だ」「常軌を逸している」「とんでもない考え方だ」「やめさせるべきだ」等々と思う方もおられるかも知れませんが、この本は皆さん一人一人の心を映す鏡(今までの生き方を見つめ直すための教材)として書かれているわけですから、ツベコベと屁理屈をこねまわして批判(反論/否定)しても、何の意味もありません。批判(反論/否定)するということは、皆さんが「批判する心」「悪を裁く心」「不自由な心」「戦う心」「自分勝手な基準」を持っている(心が分裂している)という証明になります。そして、自分自身を、元の⦿を、批判して、否定して、裁いていることにもなってしまいます。口に出さずとも、心の内でやっていれば同じことです。今まで皆さんがやっていたゲームは、この本に関しては一切通用しません。やりたいならばやっても結構ですが、自らの「無智」(⦿を知らないこと)をさらけ出すだけのことです。

この本に書かれていることは、皆さんの人生という料理の調理法ですから、どの材料をどう調理するか、どんな料理を食べるかは、皆さん自身がご自分と相談して決めればよいだけです。もし、皆さんが新しい世で天国(平和/調和/自由/平等/公平)という「人生のフルコース」を満喫したいならば、今まで食わず嫌いだった料理を食べる(肯定する/受け入れる/認める/許す)必要があります。新しい世で新しい料理を美味しく食べたいならば、今から好き嫌いを無くす(許せない、認めないをやめる/⦿心に戻る)訓練をしてください。調理法を替えれば美味しくなる材料や、見た目はグロテスクでも、食べた瞬間は不味くても、よく噛ん(神)でいくうちに非常に美味しくなる料理が沢山隠れています。見た目に惑わされている皆さんには見つけることはできません。皆さんが一番嫌いな食べ物が一番美味しいかも知れません。人に料理の味を聞いても、姿形を目で見ても、少しぐらい味見をしても、本当の⦿のフルコースの美味しさは絶対に分かりません。

                         立日十

元つ話659 最期の舞台と成りたなり

2013-05-04 Sat : 長谷章宏語録 
魔九十(言)が統(す)べるФ(アク、悪、現空、開く)の世に、真九十(異)の⦿(親神)現れて、万古末代二度と来ぬ、㊉(とわ、十◯、永久)の⦿(天、十、点、・)国開く成り。

百十(元)の九二(国)の◯九十(マコト)の⦿(かみ)が、⦿(元、素、基)の神力(じんりょく、尽力、人力)現して、◑と◐(中と中)との戦いに、最後の艮(とどめ)を致す也。

魔九十が統べる地獄(●)の世、真九十が統べる神(⦿)の世に、戻さな現(こ)の世が滅びると、叫ぶ真九十(・)の九九路(こころ、心、真、信、親/神への道=百に1)知れ。

元の真釣り(⦿)の大神が、三歳(みとせ)苦難(くなん)のその前に、中の魔釣り(Ф)の神々(◑◐)へ、中つ魔釣りの人々(◑◐)へ、真釣り(⦿)真コトのフミ出して、最後のオフレを致す鳴り。

元つ真釣り(⦿)の真九十の神(⦿)が、真コトのイノチの種を蒔き、神から人まですべてのすべて、元つ真釣りの親神が三千世界を統べ真釣る(⦿)、元の神世(⦿)に返すなり。

中つФ(魔釣り)のФ(魔コト)の神と、元つ⦿(真釣り)のこの方(⦿)が、元つ四九三(しくみ)で対峙する、末代動かぬ三六九(ミロク)世開く、最期の舞台と成りたなり。

神の情報公開は100%でござるぞ。神の規制緩和は100%でござるぞ。岩戸をすべて開くと申すのは、そなたの内にある戒律をすべて外すことにてござるのぞ。何も難しいことはござらんぞ。素直に全部自由にすればよいだけぞ。混乱するのは、悪くなるのは、今までの掟破りの清算ぞ。全員掃除するから混乱するぞ。今の今もメチャクチャでござろうが。どこに平和がござるのじゃ。最後の最後は大掃除。地獄の如き様になるのぞ。自らが調和を壊しておいて、壊すことを悪じゃと申すのはいかなることぞ。壊して創る仕組み。悪くなって善くなる仕組み。取ったものを出してゼロぞ。壊しただけ壊されてゼロぞ。してはいかんことは何もござらん。殺されあろう何あろう、すべてのすべてはメグリ逢いでござるぞ。神の世界を穢したら肉体を怪我して身魂の清算するのでござる。肉体はこの方の貸しもの。そなたのものではござらんぞ。この方が肉体貸して清算させておるのぞ。

                        立日十


元つ話658 リアリティーはファンタジー

2013-05-03 Fri : 神語録 
幻想から「Realityー本当の現実」への人類の覚醒は確定事項です。 サウル

幻想は、正誤、善悪、許容出来る許容出来ないなどの、断定的な信条から型作られ、それは不安と恐怖を誘導し得るだけです。あなた方はそれを、あれか/これかという「どちらか」の状態、二元性と呼びます、ところが一方「本当の現実」は、あれと/これもという「どちらも」の状態、一体性、無差別的な愛ある受け入れの状態であり、全てが歓迎され、全てが属し、全てが全くの喜びのうちに存在します。

あなた方が変えなければならないのは、あなた方の時代遅れで頑迷な信条 ー 自分達は個々に分れた個人であって繋がりがなく、お互いがお互いによって脅かされるものであるという信条です。それらはあなた方を分割し、トラウマを与えます。そしてそれはあなた方自身の間に、本当の自分を偽って一つのあるイメージを提示する障壁(隠れることが出来る防護壁)を作るように助長します。しかしこうしたイメージがあなた方全員を恐がらせます;それらは脅迫的で催促がましくて、ほとんど常に存在する攻撃性からそれらを守るようにあなたに要求します。それらは恐怖から、先ず最初に恐怖を引き起こした分離の非現実の状態を維持することを、あなたに強制します。絶体絶命、矛盾している状態です。

新しいエネルギーは、あなた方がそれらを感じることが出来るように、それらを受け入れることが出来るように、そしてそれらを通して、あなた方の一体性を「愛と信頼」においてお互い一緒に認めて取り戻せるように、強まりつつあります。あなた方は全ては一つであることに気付いているようになります、存在する全てのものが永久に調和的に、永遠に楽しく住む「愛」という神聖なフィールドを通して、全てが相互接続されて一つの単位で動いていることに、完全に気付いているようになります。そうして、あなたは目覚めます。

   ワクワクするあらゆる理由


元つ話657 神さまに感謝してるって言うなら文句を言わないことがその証

2013-05-02 Thu : 長谷章宏語録 
悪魔を怖がったり、厄祓いをしたり、『奴を殺さなかったらお前を殺すぞ』『お前は俺を殺すのか』って「怖いぞ遊び」をやってると本当に怖いことを体験して死んじゃうぞ。いつまでも馬の尻を叩かれて走るんじゃ駄目だぞ。自分で考えて自分の足で歩けよな。

『俺は犠牲になっても人を助けたい』なんて偽善だぞ。本当に自分がどうなってもいいなら、人が君のしたことを無視しても、人が君を村八分にしても、何も文句はない筈だろ。本当に人のために生きてるなら、君っていう意識はないよな。『俺が』って言わない筈だけどね。君の「人のため」は『自分が満足するための人のため』だよ。自分の懐が苦しいのに外の奴らにいい顔しようとするから自分の懐が苦しくなって苦労するんだろ。自分の生活費を世間体の為に切り崩して文句を言ったってそんなのは通用しない理屈だよ。

神さまは各自が自立できるだけのものを平等に渡してるんだよ。『人が心配だ』って言うのは、『自分が心配だ』だろ。自分がどうなるか、を心配してるんだよ。誰かの評価や誰かが創った基準で偽天国の自分を創ってるから、その天国が消える、つまり、自分が消えるかもしれないと思ったら、途端に、悪魔に変身して相手を消そうとするんだ。天使は悪魔に変身するってわけだ。君たちのつくった社会での自我ってのは、人の評価で創った自分の仮面のことだよ。評価を失うことが自分を失うことだって錯覚してるだけだよ。

大人の世界への適応に葛藤があるだろ。マニュアル人間じゃ、いい子ちゃんじゃ、人の評価がなくなっちゃ不安になっちゃうんだよ。人のための自分像(自分)を消さないために人の常識の中でうまくやる方法ばっかし旨くなってるんだな。ゴマスリと脅しばっかしね。どっちも同じことだよ。今までの評価はサラリと捨てて、ゼロから自分の評価で自分を創っていけばいいんだよ。おとな⦿のルールへの適応訓練だ。「おとな」は誰かの評価なんて全く眼中にないんだよな。完全に「おとな」になってる奴は誰一人としていないぞ。

『皆さんのお陰を持ちまして』とかなんとか言って、結局は、皆さんに悪く言われないように守ってるんだろ。「潜在意識」なんていう言葉を使って、自分の本心じゃないように誤魔化してるけど、「自分は」ってハッキリ言ったら怒られるから、ヤバイからだろ。今の君たちは、敬語や丁寧語を使ってたって、結局は、自分を下において、自分に危険が及ばないように相手を奉ってるだけのことさ。自分のために相手の顔色を伺ってるだけのことさ。相手の顔色を伺う遊びをしてるから自分の顔色がオカシクなっちゃうんだ。

自分を下にして上の攻撃を守ったり、自分より下を威嚇して上を保とうとしたり、まったく疲れることをよくやってるよな。その結果『ストレスが溜まった』って言って、発散させるなんて迷惑千万だよ、まったく。溜まったんじゃなくて、君が溜めたんだろ。勝手に神さまのせいにするなよな。『私が溜めました』って、どうして素直に言えないのかね。神サマの虜になってる人間たちは誤魔化せるけど、神さまは全部お見通しなんだぜ。

神棚や仏壇に毎日のようにお参りしたって、やることなすこと、神さまに仇をなすことばっかしじゃないか。本当に感謝しかない奴ってのは、わざわざ『感謝してます』なんて言わないんだぜ。本当の感謝をわかってる奴ってのは『感謝しなくては』なんて思わないんだぜ。君は本当の感謝の意味がわかってるかい? 当たり前のことはわざわざ語らないよな。平和や自由や平等も同じことさ。空気があるのは当たり前だろ。空気の有無を議論するかい?君が神さまに感謝してるって言うなら文句を言わないことがその証だよ。

                         ナムウ

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