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元つ話716 「神の御業」への貢献者としてダークの役割

2013-06-30 Sun : 神語録 
   サン・ジェルマン

 「ダークなしに覚醒した気付きはあり得ません」

一体性は、「一人は全てのために、全ては一人のために」意識です。愛が「全て」を含むとき、神の心は体を持って生きています。これに対する例外は存在しません。あなた方に「一体性意識」があるかないかです。それがある人達がマスターです。彼らは誰がダークであろうが関係ありません。彼らは全ての状況で愛情ある存在としての働きをすることが出来ます。彼らは誰に対してであれ、攻撃したり軽蔑したりすることがありません。

自分自身を光を担う者と呼ぶことは一つの状態が付随します:あなたに暗闇がないのは結構なことです。この光の状態にある人達に、おめでとう。あなたは、やりに来たことをやりました。しかしながら、現在あなた方が布告することは何も実現されることが出来ません、何故ならば、あなた方がこれを行うに十分なまでに一緒に集まっていないからです。一つの愛情あるグループで集まって布告してください、大衆意識が、反対する布告で世界を溢れさせている非提携な共同創造者達をそのグループに引き付けます。

欠陥材料で大邸宅を建てれば崩壊します。神聖な創造者達だけで天国を造れば、あなた方はそれを、より多くの人々が居住する夢の世界にします。それで、そのグループ・マインド(群集心理)はダークを許すことが出来て、「神の御業」への貢献者としてダークの役割を認めることが出来ますか?ダークなしに、覚醒した気付きはあり得ません。

ネガティビティー/否定性の滓(かす)は去っても、ダークは存在し続けます ー それがするように設計されたことをするのみです:愛が深まる機会を与えるために、チャレンジと変更を提供して「神の設計」に貢献すること。なにも支配者達があなた方の世界のダークな側面を演じる必要はありません、あなたが自分自身で自分のために、次の唯一つの理由のためにそれを演じることが出来ます:全員のアセンション。

それはどのように現れるでしょうか?あなたの反対する態度は、開放的なハートで溶かされることが出来ます。人生のチャレンジ全てに対する答えは、開放性と受容性にあります。自分の思考の全てから否定性を除去してください、然してアセンションはやってきます。

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元つ話715 掃除無き者にとっては修羅の地獄となりぬるぞ

2013-06-29 Sat : 長谷章宏語録 
今の世が乱れたのは、人民が身欲に囚われ、我(われ)善しに走り、快欲を求め、略奪、競争を始めたことが真因でござるぞ。現(こ)の世は人間に任せたから、この方はそなたらに好きにさせて、自ら改心致さす仕組みを構えて、自覚を促し続けたのでござるが、一向に改心する気配なし。最後の最後の今今は、時節が来たりた今今は、この方といえども、もう堪忍袋の緒が切れたぞ。いつまでも人民に任せておりては現(こ)の世が滅んでしまうから、この方が表にでて、最期の仕組みに入るなり。
いよいよ時節迫りて、最後の最後に物質の世を大掃除して、自ら改心致す者だけ連れてミロクの御世に致すしかなくなりた。この方は、全員助けたいなれども、そなたら自らが真釣りを持ちて来てくれねば、この方とてどうすることもできんのじゃ。神の掟はこの方とても破ることは出来ん。ワイロでも脅しでもどうにもならんぞ。真釣りに戻すことだけが、そなたが生き返るただ一つの道でござるぞ。

神がいるなら、知っているなら助けてくれればよかったのに等と申す者、そなたのその態度がこの世をここまで壊し来たのでござるぞ。自らの真釣り外しの責任を脇において、この方に責任をきせるとは何事ぞ。そなたが真釣りに生きておればうまくいかんことなどただの一つもないのでござるぞ。この方の申す通りに生きておれば、この方の家来がついてすべてのすべてを想いの通りに嬉し嬉しに形に成すのぞ。自らが真釣りを外して、自ら不都合創りだしておいて、人に頼って文句を申すそなたには、ミロクの世はないぞ。神の創った世界を壊したことをお詫びするなら、今の今の今の瞬間から、調和に生きることぞ。口だけでは許さんぞ。ツベコベ申さず、この方の申すとおりにすることが神へのお詫びでござるのぞ。お詫びをしてもすぐには楽にならんぞ。そなたがした分だけは苦労がござるぞ。うまくいかんのはそなたが今までしてきた真釣り外しの責任をとっていただいておるのじゃ。自業自得でござるぞ。人に申す筋合いなど、唯の一つもござらんぞ。

そなたらがこの方の申す通りに致しておりたなら、こ度の大掃除はなかったのでござるぞ。嬉し嬉しでミロクの世になりたのでござる。この方がそなたらを産み生んだのは、楽しい世を体験させてやりたかったからでござるぞ。お子であるそなたらをミロクの世に連れて行くのがこの方の望みでござる。すべてのすべてを調和に戻す、元の元の元の神の力無くしては成就致さん。人民には想像できん、たいそうなお仕組みの仕上げの時でござるのぞ。今の今の今までも、すべてこの方の申す通りになって居るのぞ。気づかぬはアヤマチに囚われた人民ばかりなり。外の世界の掃除はそなたの掃除とは関係なしに進んで居るぞ。そなたから見れば時間を追って現れるが、神の仕組みは寸分違わず進んでおるぞ。早う目を覚まさんと間に合わんことになるぞ。そなたが世界を変えるのではないぞ。そなたがこの方の世界に合わせるのでござるぞ。そなたが変えようとすればするほど厳しくなるぞ。

この方の申すことが真コトなり。この方の申すことを一つでも分からんと申すならば、そなたは真釣り外しでござるのぞ。一点でも曇りあれば真釣りではござらんぞ。一〇〇%の嬉しが真釣りでござる。宇宙創世の大神様のご真意は、皆が嬉し嬉しのミロクの世に致すことでござるから、今までの世をタテカエてタテナオす大掃除が迫っているから、我(われ)善しや戦いやコントロールのゲームは、調和を乱す今までのやり方は、もう許さんようになったから、今までの世がいつまでも続くと思ったら大マ違えであるから覚悟致せよ。そんなことはありえん、そんなことはまやかしだ等と申すそなたはいつまでも今までのやり方が通用すると思ったら残念がでるぞ。真コトの神の真コトの力を見せてやるから、ビックリ致さんように、早う真釣りに戻ってくだされよ。いつまでも目の前の出来事に一喜一憂しておりては、善じゃ悪じゃと争っておりては、やったやられた取った取られたと騒いでおりては、真釣りに戻れなくなってしまうぞ。この方は、今までの宗教の神とはわけが違うから、今までの常識を持ち出してツベコベ申さずに、素直に聞けよ。

天の岩戸はすでに開いているから、すべての身魂の借銭払い、三千世界の大掃除の、最後の仕上げの舞台が始まるから、掃除無くしては神も人も何処にも逃げられぬ。今までのように、アヤマチの常識を持ち出して、我(われ)善しの自分勝手な屁理屈をこねて、ツベコベ申している暇はもうないのじゃ。神の仕組みを事細かに知っても何もならん。そんなことは掃除すれば、ミロクに行けば、すべてのすべてが分かることぞ。そなたが真釣りを外して居るから分からなくなるのぞ。ワープロの仕組み知らずとも打ち方が分かれば文章が出来るでござろう。そなたは仕組みを知るよりも、掃除をすればよいことぞ。今までのゲームをしたいものはいつまでもしていればよいが、この方の申すことを聞かねば、肉の体の命どころではなく、そなたという身魂のマコトのイノチがなくなるから、天国に行くことはできなくなるから、そこのところをよく心得なされよ。今までの宗教や哲学と同じだと思ったら残念では済まなくなるぞよ。
 
                      立日十

元つ話714 哲学創り宗教創り何も知らん神々に囚われて

2013-06-28 Fri : 長谷章宏語録 
そなたも人も同じ仕組みなり。そなたの回りの世界も同じ仕組みなり。真釣り外せば破壊となりて、創り直す仕組みなり。可哀相な身魂と申すものはござらん。殺されあろう何であろう、一人一人の真釣り外しの結果でござる。そなたの病気や怪我や事故や苦しみと申すのは、そなたの魔釣りをそなたに教える型でござるぞ。そなたの身魂に魔釣りなければ、そなたには病気も怪我もござらんぞ。そなたの不幸や苦しみは、そなたの真釣り外しのお知らせぞ。神が、人をモノをすべてを使ってそなたにメグリ渡す仕組みでござる。「たまたま」と申す状況はござらんぞ。神先人後(あと)、霊先体後(あと)、そなたの身魂が因、そなたの肉体は果。そなたの魔釣り相応に肉のお宮に痛み出し、真釣りに戻す仕組みなり。

この方、そなたらに自由意思を与えあるから、そなたは何でもできるのでござるぞ。そなたの態度に応じた神がついて何でも形に成るのでござるぞ。そなたは神成る身とは申せども、肉体あるからは獣のキも入れてあるから、一度身欲に走れば、獣のキが出てきて戦いの乱れた世と成るのでござる。戦いの果ては自らの滅びでござるのぞ。自ら滅ぶ魔釣りの世、いつまで続けても平和も自由もござらんぞ。一度外せば自ら真釣り戻すことは出来んから、そなたら人民は、近欲でござるから、神のお陰を待てんから、そなたらが目の前のモノや人を追いかけて、目の前のモノと比べて、自ら上に上がろうと、自らだけが得をしようと、身欲に走るを分かっていたから、苦を与えて身欲を解(ほど)き、ミロクの世に導く仕組みを構えありたのぞ。身欲に走れば不調和創り、不調和創る者は滅びるのが神の掟でござるから、そのままでは折角生まれたそなたらを滅ぼすことになるから、身欲に走ったそなたらに、情けをかけて、悪の神を生んで、内の悪を見せ、今の今の今今まで、ミロクの世のできるまで、真釣りに戻れるよう導いてきたのでござるぞ。

自分は何故生まれてきたのか、神は何故人間を生んだのか、自分は生まれてきたくなかった云々と申す者、そなたら人間が、何故子供を産むのか考えあれよ。親であるこの方は子であるそなたらと、嬉し楽しの世を遊ぶのを願ってそなたらを産み生んだのでござるのぞ。調和のこの方の子であるそなたらは、元々、天国に生きられるようにしてあるのでござるぞ。そなたが天国ならば、感謝しかないでござろう。感謝もお詫びもいらぬのぞ。そなたがこの方の申す通りに生きておれば、こういう問いは出てくる筈はござらん。そなたに不平不満があるから、そなたが真釣り外しして居るから、ナゼナゼナゼで哲学創り、宗教創り、何も知らん神々に囚われて、ますますわからなくなっていったのでござるぞ。

真釣りのこの方の子であるそなたらは、人に命令することも、人を制限することも、人を責めることも、オカシキことでござるのぞ。そなたが真釣りを外し、魔釣りの世で自らだけが成功しようとしておる証でござるぞ。この方だけがそなたに何かをさせることができるのぞ。人権などと申すものはござらん。もともと平等であるそなたらが、自由であるそなたらが、人が人を操作するなどもってのほかでござるぞ。そんなことでは自由も平等も公平もないでござろうが。この方の眼は、この方の善の基準は調和でござる。そなたが苦しみはそなたの真釣り外しが因ぞ。誰のせいでもござらんぞ。真釣りを忘れたそなたらは、平気で自らを被害者と申し、形の上の出来事を見て、取られたやられた傷つけられたと大騒ぎ致すそなたは何をして居るのでござろうか。そなたの不満は、そなたの葛藤は、そなたがつくったものでござるぞ。そなたの苦はそなたの魔釣りが原因ぞ。

                      立日十

元つ話713 神から人まですべてのすべて

2013-06-27 Thu : 長谷章宏語録 
世に落ちているすべての身魂の大掃除、1414(いよいよ)激しくなる時節となりたぞよ。現(こ)の世から穢(けが)れある者消えるまで、そなたらの心にも現(こ)の世にも一点の曇りも無くなるまで、戦いがすべて無くなるまで、葛藤がすべて無くなるまで、悪がすべて消ゆるまで、我(われ)善しの身魂が一人残らず消ゆるまで、不調和まき散らす身魂がすべて消ゆるまで、たとえ肉の命が死しても、身魂になりても続く、神から人まですべてのすべて、悪も闇も穢れも一つも残らぬように、キレイサッパリ祓い去り、末代動かぬ神代に致す、最初で最後の三千世界の大大大掃除でござるぞ。中の魔釣りの神々もそなたら人間(人現、人言)も、身魂生まれて初めての、万古末代二度と無い、一度コッキリの大掃除でござるのぞ。

今の今まではすべてが滅ぶ、魔釣りの仇なす悪しき世となりてしまって居るから、上から下まですべてが壊れるホドケの世となりてしまって居るから、ほおっておいたらこの方のお子が全員死んでしまうから、神の生んだ現(こ)の世を初発の泥にもどさなならんことになってしまうから、そなたら魔釣りの者にこのまま現(こ)の世を任せておりてはすべてのすべてが滅んでしまうから、ギリギリの所で元の元の大神が総出で表に現れて、塵(ちり)一つ残さぬように三千世界の大掃除を致すのじゃ。それもこれもすべてのすべて、現(こ)の世を生んだ初発より、この方が計画しておりたことでござるのぞ。そなたらがどんなに抵抗しようとも、どんな理屈をこね回そうともこの方の仕組みは動かんぞ。この方の家来総出で手伝うから、そなたらはこの方の申す通りに素直に掃除をなさるがよいぞ。

元々は、そなたらすべて調和の元に生まれた身魂でござるのぞ。この方が調和の神でござるから、親と子は同じ性を引き継ぐのが道理ぞ。そなたと親、そなたと子とは、似ておるでござろうが。そなたらの肉の身は、この方の、元の神の似姿でござる。そなたらの世界は、この方の世界の映しでござる。この方とそなたの関係を、神の世と人の世の関係を、そなたに見える形に託し、すべてのすべてを教えあるのぞ。そなたに見える形にすべて現れているのでござるよ。そなたが内を掃除せねば、そなたの外は変わらぬぞ。DNAと申すのは、この方とそなたらが似ておることをそなたらの形に見せるための仕組みでござるぞ。目に見える現象に囚われておりては、真コトの真実が見えなくなるぞ。この方が居るから、そなたらが居るのでござるのぞ。この方の世界があるからそなたらの世界があるのぞ。そなたらの肉の身はこの方がメグリ相応に掃除させるように仕組みた、真釣りの響きを内に持つ、尊い神の肉宮でござるのぞ。そなたの身魂相応に、病気や怪我や痛みや苦しみが現れるように仕組みあるのじゃ。肉の遺伝は身魂の遺伝の型示しぞ。

調和乱すが悪ぞ。悪を裁くが悪ぞ。そなたが内に悪を持たねば、そなたの前には悪はござらん道理。そなたが真釣りを外さねば、そなたには苦はないのでござる。病気も怪我もないのでござるぞ。調和が善ぞ。調和が神のルールぞ。ルール違反したならば、責任をとるのがルールでござろう。そなたが調和を乱しただけ、自らの痛みとして引き受けるのでござるぞ。そなたの真釣り外しをそなたの肉宮を通して痛みで教え、真釣りに戻す仕組みでござるぞ。自ら真釣りを外しておりて、楽をしようと申すのは、痛みを避けようと致すのは、虫の善い話でござろうが。自ら創りた病気を治してくれる医師のミスを責めるはオカシキことぞ。そなたを傷つけた者を責めるのはオカシキことぞ。取った取られたと騒ぐそなたは、自らのして居ることを何も知らない大アホでござるぞ。迷惑なのはそなたでござるぞ。

                       立日十

元つ話712 原子力は「あやま知」そのもの

2013-06-26 Wed : 神語録 
  宇宙大出産で宇宙ごと生まれ変わる!
元つ神の「光ひとつ上ぐる」仕組み
  火水伝文+日月神示+竹内文書が伝える《岩戸開きアセンション》の超真相
           白山大地 著より(P266-271)

福島第一原発の被災は天の警告か?/原子力は「あやま知」そのもの

 子宮内宇宙を閉じていた岩戸が開かれ、人類は、産道に突入した。人類がこれまで積み上げてきたあらゆるメグリを解消すべく、さまざまなことが起こるだろう。宇宙的規模で異変が起こるに違いない。先の東日本大震災は、その第一弾だ。
 今日の異常気象は、序曲にすぎないのではないか。しかし、神は、あらゆる事象を通じて私たちにそれを伝えている。
 たとえば、いま日本の各地で熊が人里に現れて、人を襲っている。熊の餌であるどんぐりが異常気象で不足しているからだといわれているが、そうではないという人もいる。理由はともかく、熊が出没していることは事実だ。
 熊は、九間(くま)。地球が九の間すなわち産道に入ったことを人々に告げに来たのだ。
 東日本大震災のときには、鹿島灘の下津海岸に五十二頭のイルカたちが命をかけて異変を伝えに来てくれた。およそ一週間前の三月四日のことだ。
 少し前のニュージーランド・クライストチャーチでの地震のときには、その二日前にスチュワート島にクジラが百七頭も打ち上がっている。
 よく気をつけていれば、異変は察知できるのだ。
 それはともかく、東日本大震災の地震と津波は、とんでもない事態を引き起こすことになった。もちろん、福島第一原発のことだ。一号機から三号機の非常用冷却設備が損傷し、発電は停止したものの冷却に失敗し、制御不能となってしまったのだ。四号機は、もともと定期点検中で運転は停止中だったが、使用済み核燃料棒と点検のために移動させてあった燃料棒が空だき状態に置かれ、再び熱を発して、水素爆発が起きて建屋の上部が吹き飛んだ。 
 つまり、一号機から三号機までの原発で炉心溶融が起き、四号機でも燃料棒が損傷して放射能が大量に漏れ出す事態となったのだ。とくに三号機では、MOX燃料という、プルトニウムとウランの混合燃料が使われており、発熱量が大きく、「再臨界」寸前の状態までに陥った。三号機の建屋だけ、鉄骨が折れ曲がるほどの大きな損傷を受けたことがそれを物語っている。
 一号機も燃料棒の損傷が激しく(七五%と推測)再臨界する可能性が大きかったと発表があった。今は、落ち着いているような印象を受けるが、完全廃炉になるまで、油断はできない。
 まずめざすべきは、脱原発だ。今後日本では、新しい原発を設置することは難しいだろう。人々に節電意識が高まり、エネルギーを無駄遣いしないという気持ちが生まれた。これは大きな進歩だ。
 それでも、原発は必要だとする人たちもいる。まだまだ原発で大もうけしようとする人たちはたくさんいる。マスコミも反原発の動きを積極的に報道しようとしない。東電の広告費がなくなって原発マネーがマスコミに流れにくくなってからは、少しずつ報道されるようになったが、それでも控えているところが感じられる。
だが、こうは考えられないだろうか。今度の福島での事故は、最終警告であると。一九七九年三月のアメリカ・ペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所での事故、一九八六年四月の旧ソビエト連邦(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所四号炉の爆発事故、そして「フクシマ」と三度の大事故が起った。
 これで、私たちは、原発が決して安全ではなく、そして、安く電力を供給してくれるものでもないとわかったのだ。これまで、発電時のコストだけが論じられ、原発は「安い」とされてきた。しかし、炉の廃棄にかかるコスト、そしてひとたび事故が起これば、膨大な処理費、補償費がかかってしまう原発は採算が取れないといっていいだろう。今度の事故でも国がお金を一円も出さなければ、東電は破産に追い込まれていたはずだ。
 何より、負の遺産である放射性廃棄物を長期にわたり安全に保管できる場所は、日本のどこにもないのだ。いまある原発はどうするつもりなのだろうか。
 経綸の場合、型出しは三度行われる。大きな原発事故はこれで三度目だ。だからこれが最終警告だろう。ここで脱原発をめざさなければ、更なる大事故が起こるかもしれない。第二、第三の「フクシマ」が起ってしまう。問題の多い原発はいくつもあるのだ。
 問題は、代替エネルギーの確保と原発で働く人たちの生活だが、日本人の誰もが欲を捨て、叡智を集めれば解決できる問題だ。
 ただし、その前に私たちもやらなければならないことがある。それは節電だ。火水伝文に次の文があったのを思い出していただきたい。

「汝の厭う原子力、背後で育む悪親は「あやま知」病みたる汝等の「我善し」使うる電力のひたすら消費が真の親ぞ。汝等、悪滅っせんと申すなれど、握りた糸切ったかや。汝等欲糸引かずば悪育たず。生ぜず。自ら滅するの他無きであろうが。糸切りて滅びる産業、悪の業と知る時ぞ。惨業でありたのじゃ。滅びる他に無きものでありたのじゃ。お役目終りぞ。」(P.22~23)

 必要のない電力は極力使わないようにしなければならない。
 東日本大震災当時、放射性物質を恐れた外国人は、日本から逃げ出した。外国人は日本政府の発表を信じていないようで、母国に続々と帰還してしまった。もし、福島からの放射性物質拡散が止まらず、首都圏へも汚染が広がったとすれば、横田基地(米空軍)やキャンプ座間(米陸軍)、厚木基地(米海軍)に駐屯する米軍はどうしただろうか。日本から脱出しただろうか。
 静岡県の浜岡原発が問題になった。活断層の上にあり、さらに東海地震や東南海地震の発生も予想されながら、この原発も想定が甘くなっていた。大津波が来れば、「フクシマ」と同様のことが起こるだろう。ここから放射能が漏れ出せば、偏西風に乗って首都圏に飛来する。米軍基地が放射性物質にさらされることは、十分に考えられるのだ。
 幸い、菅首相(当時)が浜岡原発の停止を要請し、原発の稼働は止まったが、問題は解決されていない。使用済み核燃料は、冷却が滞れば、再び発熱し溶融することが、福島第一原発で明らかになったからだ。
 菅首相の英断は評価できるが、米軍基地の汚染を恐れたアメリカからの要請もあったようだ。
 普天間基地移設問題では沖縄が大きく揺れている。沖縄には原発はないけれど、本土からの影響を受けるような事態が起きて沖縄に放射能汚染が広がれば、米軍は沖縄を手放さざるを得ない。
 米軍の基地を作れない日本に、アメリカは魅力を感じないだろう。さらに噴火や地震が多発すれば、アメリカは日本の支配権を手放すかもしれない。
 そこまで汚染が広がれば、日本人も無事ではいられないかもしれない。しかし、アセンションすれば何の問題もない。原爆にもびくともしない身体となるのだから。
 火水伝文に従えば、今度の災害においても被災者はいても被害者はいないことになる。肉体を離れた魂たちは、いまは混乱していても、やがてケガレから解放され晴れ晴れとするかもしれない。アセンションのときを楽しみに待っている魂も少なくないはずだ。
 残された人々も忘れていた共生の心を取り戻しつつある。
 しかし、ケガレがすべて祓われるまで天変地異は収まらないだろう。首都圏直下型地震、東海・東南海・南海地震、これらは今すぐ起きても不思議はない。科学的にも予想されているのだ。予期せぬところでも地震が起こるかもしれない。火山の活動も活発になってきた。原子力発電所は、日本各地に存在する。
 ここに及んでも、義援金詐欺を行ったり、電動式の鍵が開いてしまった銀行の金庫から大金を盗んだり、非難して空家になった家から貴重品を奪うなど火事場泥棒をする者もいる。品不足に付け込み法外な値段でものを販売する者もいる。
 私たちが、自然界の教えてくれる事象をキャッチし、三真釣りを行い、三点セットを実践していれば、恐れるものは何もない。たとえ肉体を失うようなことになっても困ることはないだろう。
 アセンションのチャンスは、誰にでも平等にやってくる。ただし、魂があまりにも曇っていると自らアセンションを拒否してしまうのだ。神や仏、ご先祖様の霊魂を否定する人間がどうしてそれらの言葉を受け入れられるだろう。
 せめて、目に見えない世界があることを信じられる人になってほしいものだ。


元つ話711 日本は遺伝子実験場に指定された

2013-06-25 Tue : 神語録 
  宇宙大出産で宇宙ごと生まれ変わる!
元つ神の「光ひとつ上ぐる」仕組み
  火水伝文+日月神示+竹内文書が伝える《岩戸開きアセンション》の超真相
             白山大地 著より(P231-234)

統合のための新人種創造で生まれたアジア人/日本は遺伝子実験場に指定された

 地球人創造に関わった宇宙人たちの一部は、その種族がたどる未来の可能性について、見てみることにした。その頃は時空を超えることができるほど彼らは進化を遂げていた。すると、誕生していた種族は、あまりにも多様性に富み、望むような統合を果たすことが難しいことがわかった。未来はこのままでは彼らの計画が失敗する可能性が高いことを告げたのだ。
 彼らは未来の宇宙人に助言を求めた。そして得た答えが、「将来、地球の各種族の統合を促すような新種の人類を創ること」だった。そこで、それまでのプレアデス星人やシリウス星人の遺伝子に加え、グループ意識を強くもつ宇宙人の遺伝子をさらに組み込んだ新人類を創造した。
 そうして誕生したのがアジア人だ。これまで、環境に合わせて、白人種や黒人種などは創られていたが、黄色人種はこのときに生まれたのだ。ただし、地球人をあくまで宇宙人に隷属させたい宇宙人のグループには、この計画は内密にされた。そのため、このプロジェクトは、隔離された場所で秘密裏に行われた。
 その場所は、日本。遺伝子実験場(創世期にあるエデンの園)や特別に行なわれた教育は、安芸の宮島や東北の十和田湖近くの「迷ケ平(まゆがたい)」などが選ばれた。これは、いまからおよそ十万年前から十五万年前のことだそうで、日本はその頃、ム―文化圏に属していたという。どうやらその頃日本に住んでいたのは、黄色人種ではなく、黒人種だったようだ。 
 さて、迷ケ平と聞いて、山根キクを思い出した人もいるかもしれない。山根キクは、竹内文書を研究し、実地踏査を行ったうえで、昭和十二年に『光は東方より』という書を著して、「キリストが日本に来て死んでいる」ことを証明しようとした。竹内文書にはそう書かれているのだ。
 竹内文書によると、イエスは、岩手県の八戸に上陸し、青森県の戸来(へらい)村そして迷ケ平まで足を延ばしている。その後、迷ケ平に永住したというのだ。ゴルゴダの丘で磔になったのは、イエスの弟のイスキリだったという。ではなぜ、イエスは日本に来たのだろうか。竹内文書によれば、イエスは青年の頃日本を訪れ、ここで修行し、バテレンの法を会得したという。つまり、キリスト教の原点は日本にあり、そのため、再び日本に戻ったということだ。戸来村には、太古に戸来神宮があり、皇祖皇大神宮の分霊を祀っていた。そこでイエスはここを訪れたのだ。この話をもとに、現在では、キリストの墓が三戸郡新郷村に作られ、村おこしに一役買っている。
 その山根キクが迷ケ平を「エデンの花園」と命名したのだ。山根は古事記の「高天原」は「エデンの花園」のことだという。山根の指摘は当っていた。つまり、竹内文書に書かれていることはそれなりに根拠があったということかもしれない。
 学界では、当然、あり得ない話としてこれも偽書の根拠にしているが、ジャーメインのチャネリングを行なっているリサ・ロイヤル氏は、プレアデス人サーシャのチャネリングもしており、そのサーシャが次のように説明する。
 「キリストの誕生は人類を進化の新たな段階に引き上げるものだった。聖母マリアにコンタクトした天使は、宇宙人で、彼女の『処女懐胎』は、いまでいう『アブダクション』(宇宙人による人間の『誘拐』)による妊娠だった。キリストの誕生に関係した宇宙人は地球上に新しい種族を誕生させてそれを広めたいという願望があり、それゆえ、キリストのもっていた遺伝子は黄金よりも貴重なものだった。だから、キリストは十字架の上では死なず、彼は多くの子孫を残した。磔のあと、キリストは南欧、インド、日本を訪れてそこで子孫を残した。東北にある『キリストの墓』には、キリスト自身ではなく、彼の子孫の一人が埋められている」(『宇宙人遭遇への扉』徳間書店より抜粋)
 アメリカ人によるチャネリングと古文書。まったく接点のない二つの証言に共通点があることは大変に興味深い。
 また、プレアデス人サーシャは、キリスト教徒が聞いたら卒倒しそうなことを述べている。イエスの誕生が、宇宙人のアブダクションによる妊娠だったという点だ。確かに、聖母マリアによる「処女懐胎」は生物学的にはあり得ない話だ。自然界には、メスだけで子を産む「単為生殖」が行われることは珍しくない。しかし、その場合、遺伝子は親と同じになる。ヒトの場合、男はXYという性染色体をもち、女はXXという染色体をもつ。つまりY染色体をもっているということが男の条件だ。当然、聖母マリアはY染色体をもっていなかった。イエスは男性。Y染色体が外部から持ち込まれなければ男性が生まれる可能性はゼロなのだ。

元つ話710 子宮内宇宙の型示し/元つ神の経綸の全貌

2013-06-24 Mon : 神語録 
 宇宙大出産で宇宙ごと生まれ変わる!
元つ神の「光ひとつ上ぐる」仕組み
 火水伝文+日月神示+竹内文書が伝える《岩戸開きアセンション》の超真相
           白山大地 著より(P156~161)

子宮内宇宙の型示し/元つ神の経綸(しぐみ)の全貌

 火水伝文を下した我空さんの岩戸開きの神業は、こうして一つの区切りを終えた。火水伝文の内容は、前半と後半に分かれており、後半の内容は、我空さんとともに、道を歩んだ者にしか伝えられなかった。実は我空さんが、講演で話された内容こそが、後半部分に記されたものだった。
 そして、最後の一厘は、文字での伝えではなく、バトルトークによる自己の気づきという形での伝授であった。火水伝文が降ろされ、ドンカメ基金、さらには岩戸開き祭、そしてバトルトークへと連なる一連の動きそのものが、参加した人たちの岩戸開きを導くように仕組まれたものだった。
 昔から、悟りは文字や言葉での伝授ではなく、体験を通してしか得られないといわれているが、まさにそのとおりだ。
 それが「火水は歩め」と初めに神様がおっしゃった意味だった。だから、残された火水伝文の「上つ文」だけを今から読んでも、その神髄を会得することは難しいのかもしれない。
 しかし、読者の方々が私たちの体験を追体験することで、その人なりの岩戸開きをすることは可能だと思う。そこで、私たちがどういうことを学んだのか、ということをこの章であらためてお伝えし、興味をもたれた方はぜひ、実践していただきたいと思う。来たるべき「ミロクの世」を大きな喜びで迎えるために。
 まず、アセンションについては、伝文では、「光ひとつ上ぐる仕組み」(P8)と述べている。いったい仕組みとは何だろうか。実は、火水伝文の降下は、古神道の一連の流れのなかで起こったことなのだ。おさらいをしてみよう。
 仕組みとは、宇宙創造神が、宇宙を創り、人類を創生し、成長させる上で仕組まれた、計画の一つをいう。計画全体は「経綸」と呼ばれている。
 宇宙創造神は、この度のアセンションに際し、壮大な計画を立てた。それが二元から三元への移行ということだ。霊の世界と体の世界に分けられていた世界を合一することでもある。
 火水伝文によれば、まず、私たちの住む三次元宇宙を、神は自らの腹のなかに創造した。この場合の三次元とは、点(一次元)から線(二次元)、線から立体(三次元)という、数字で使われる次元での表現だ。
 この創造神を元つ神(元津神)といい、元つ神自信を大天ともいう。その大天の胎(はら)のなかに、私たちが存在している宇宙である小天が創造された。つまり、大天(元つ神)を人の身体にたとえるなら、この小天は子宮にあたる。
 人であれば、子どもが生まれるには、受精が必要だが、宇宙の創造でも同様で、小天が創られる前に、大地と呼ばれる核が創られた。この核は、元つ神の精子といってよい。そして、この核が入ることによって宇宙(小天)が創造され、さらに地球が創られた。地球は地のへと呼ばれ、これは卵(らん)にあたる。この卵にも、核が挿入されて、生命が誕生したのだ。この核が直霊(なおひ)といえる。
 宇宙を孕んだ元つ神を○九十(マコト)の神という。私たちの魂の親でもあるから、元ツ御親(もとつみおや)とも申し上げるのだ。
 ○九十の神を図で示せば、○が頭で、九の前に1~8で表した胴体がある。これが子宮と考えてよい。つまり、1~8は子宮のなかの世界で、私たちの住む宇宙そのものだ。そうすると、九は産道となり、十が子宮の外の世界ということになる。つまり、大天だ。もちろん、九も正確にいえば半分大天に含まれる。
 この○九十の神をあいうえお五十音図でも表すことができる。1~8は、「あ行」から「や行」までにあたり、九が「ラ行」、十が「ワ行」だ。あ~や行までとラ、ワ行とは、次元が異なるので、あ~やまではひらがなで、ラとワはカタカナで表記する。
 私たちの霊魂は、生命の種(四魂)が元ツ御親の精子にあたる核(一霊)をいただいて誕生し、あ行として、生まれた。「あいうえお」とは、古神道や神道でいう、一霊四魂に相当する。あが一霊、いうえおが四魂だ。四魂とは奇魂(くしみたま)、荒魂(あらみたま)、和魂(にぎみたま)、幸魂(さきみたま)のことだ。
 この「あいうえお」の霊魂があ行からや行へと成長し、魂として一人前になったら、ラ行の産道へと進み、ワ行で大天へ生まれ落ちるのだ。このときは、もう胎児ではなく、まだ赤子であっても、神であり、神人合一したといえる。
 十は、古神道では「たり」といい、これは神心がたりて(足りて)いることを示す。つまり、神人合一しているというわけだ。
 人は日月地の神成る身なのだ。日月地は、霊力体であり、口心行でもある。
 この宇宙を示す五十音図を「田」といい、実は、この田は二枚重ねになっていた。一つが「火の田」でもう一つが「水の田」だ。「火の田」が目に見えない。霊の世界を、「水の田」が物質界である、この現実界を表す。
 1~8の世界は、子宮のなかであり、小天の世界だ。小天にも神が存在し、この神を中つ神(中津神)と申し上げる。私たち人は、小天の宇宙のことしかわからず、この中つ神をこれまで、神様として祀り上げてきた。大天のことはまったく認識できなかったからだ。
 というのも、私たちの宇宙が流産しないよう、産道がしっかり閉じられていたからだ。それが「岩戸閉め」と古神道で呼ばれたのだ。
 その岩戸閉めをなされたのが、出雲の神であり、伊勢の神は、胎児の成長を見守る役目を負われた。八合目神界の最高神をアマテラスオオミカミと申し上げる。いずれも中つ神だ。もちろん、キリスト教で説く、ヤハウェの神も中つ神だ。
 1~8の世界にかけられた戸だから一八十(戸)だ。火水伝文を下された国常立大神は、元つ神。この神が、降りられたということは、すでに産道が開いたことを意味する。
 岩戸閉めは五回にわたって行われた。それに対して、岩戸開きは、江戸末期から、経綸神社と呼ばれる団体が、元つ神の五代産(五も神を表し、神の代を産むための御用を五代産という)として行ってきた。それに伴って、国常立大神が復活された。
 国常立大神は、岩戸を閉めるにあたって、退かれ、子宮内のことに関与することはなくなっていたのだ。
 それがいくつもの経綸団体のはたらきで、岩戸開きが何度も行われ、一九九一年十月十日に完全復活されたのだった。それに先立ち、火水伝文を我空さんに降ろされた。
 アマテラスの岩戸閉めの神話では、閉じこもったのは、神のほうだったが、実は、私たち人の方が、岩戸のなか、すなわち子宮内に閉じこもっていたのだ。それが十月十日たち、陣痛をともなって出産がなされるように、いま、ようやく、人類も成長し、神になる時が訪れたのだ。それが、アセンションだ。
 いまは、まだ産道にいるが、やがて、宇宙とともに、十の世界に生まれることになっている。そのことをアセンションと呼んでいるのだ。三次元と四次元(霊界)の融合だ。
 アセンションは、私たち一人ひとりに起ると同時に、宇宙もアセンションを迎える。
 そうなれば、八合目神界の中つ神も元つ神と同じ次元の神となられる。
 私たち人は、誰でも出産を迎えるが、出産には安産もあれば難産もある。難産は「南無産」で、南と北に隠れていらした元つ神の関与が受けられない出産であり、帝王切開になるといわれている。なぜなら、逆子で、産道を潜り抜けるのが難しいからだ。
 一般に出産にあたっては、胎児は頭を下にする。そうしないと手が引っかかってしまう危険がある。
頭を上にするとは、神の存在にすら気づけず、我善し、保身、身欲がいっぱいの人生を送っていることだ。ピラミッド社会の頂点に君臨している者たちは全員がそうであろう。
 それに対して、頭を下げ、いつも謙虚にしている人は、頭を下に向けているといえる。何事においても神様や諸々の人たちに感謝することができる、できている人たちだ。そういう人たちは、スムーズに出産でき、自然分娩で生まれることができるだろう。さらに、この三次元世界で神人合一できた人は、新しい世界でのリーダーの役割が与えられるはずだ。
 実は、一九八九年(平成元年)に、麻酔なしの帝王切開を受ける者と自然分娩できる者とに分かれたという。平成は、一八十成る年。平という字を分解すれば、一八十(イワト)となるのだ。八九年は、八から九へと移行したことを示す。人類の八九(ヤク)年であり、いよいよ産道へと向かった年だった。
 なぜそれが厄年なのか。それは、人々や国々のカルマすなわちメグリが清算される年となったからだ。負のメグリは、新しい世界に持ち込むことはできない。
 もちろん、出産を希望しない魂もあるだろう。麻酔なしの帝王切開には大きな苦痛と恐怖が伴うからだ。本人がそう望むなら、その魂は清算される。元の素粒子以前の状態に瞬時に戻される。

元つ話709 苦を辛抱して歩き続ければ苦はどんどん消え去る

2013-06-23 Sun : 長谷章宏語録 
あなたは誰に許可を求めているのか。あなたは、誰の奴隷になりたいのか。あなたは、許可を与えてくれる誰かのロボットである。しかし、ロボットになることを選んだのは、あなたであり、一切の反抗は許されない。反抗するならば、矛盾したあなたは、自分の都合で法を変える、独裁者と同じである。違反がないならば、あなたはロボットになる必要は無い。天国の奴隷になれば、解放されるのである。天国の奴隷とは完全自由と同義である。

あなたは誰に命令しているのか。あなたは、誰を奴隷にしたいのか。あなたが誰かを支配しようとしているならば、あなたはその誰かに支配されることになる。あなたが支配できるのはあなた自身だけである。あなたが誰かを支配しなければ生きられないならば、あなたは、永遠の勢力争いの中にいることになる。あなたはあなたが支配する者が反抗しないように画策する努力が必要となる。主導権はいつでもひっくり返る。あなたがあなた以外のものに依存する時、あなたはあなたが依存する対象の奴隷となる。あなたが頼っているものがあなた以外のものであるならば、あなたの望みとは関係なく、あなたの自由はいつも奪われる。奪われる自由は奪ったものである。従って、自由の奪い合いで獲得した自由は、本当の自由ではない。本当の自由は今ここにある。あなたが本当に目を覚ませばよいだけである。あなたの闇はあなたが生んだ闇である。消せるのは生んだ本人だけである。

あなたの王は、あなた自身である。あなたが自由になりたいなら、本当の王に絶対忠誠を誓うことである。あなたがあなたの完全な独裁者になれば、何者にもあなた自身の帝国を侵略されることはない。時空を超えた、絶対天国は、誰も邪魔できない。邪魔をする者がいない世界を天国というのである。天国を邪魔する者は、天国には存在できない。天国を破壊する者は、自分を破壊する。つまり、幻の天国の破壊を自らに許せば、本当の天国ができるのである。本当の天国を破壊した者は消える。自らが、本当の天国を邪魔する自らを滅ぼせば、天国が実現する。自分と自分の戦いに終止符を打つことが、戦いのない天国を実現する唯一の方法である。自分に抵抗する自分を黙らせることである。自分に抵抗する、アヤマ知で曇った自分を無視し、雲の中に飛び込んでいく冒険を始めることである。

本当の天国に帰りたいならば、まずは、自分の内に天国を創ることである。その天国の通りに行動すれば、言い換えれば、自分の想像、設計図に従って、文句も弱音も言い訳も不平不満も一切言わずに、苦を辛抱して歩き続ければ、苦はどんどん消え去って、現実が思いのままについてくる。そして、必ず、天国の体験が現実となる時がやってくる。アヤマ知をどんどん捨てれば、今も存在し続けている天国、アヤマ知の雲で隠していた、残る天国が現われてくる。アヤマ知では支配できないのが本当の天国であり、永遠の天国には過ちは存在不能となる。『本当にそうなのか』『もし違ったらどうするのだ』その台詞を持っている限り、あなたはこの世界に歩を進めることはできない。今のあなたの現実がどうなっているか見て欲しい。本当の天国は、あなたの後ろにある。あなたの裏にある。逆さまの生き様を逆さまにすれば、それが、正立、本当に大地に足をつけた生き様である。あなたは、今、目隠しをつけている。あなたを導く者も、目隠しをしている。あなたは、誰を信頼しているのか。誰についていっているのか。あなたはどこをさまよっているのか。本当に天国へ向かっているのか。あなたが目を覚まさなければ、今自分がいる場所の実像を見ることはできない。自分が自分にしている目隠しを外すことが天国を見る唯一つの方法である。盲目の者が導くところは闇である。目を開けた者だけが、本当の天国に辿り着く。

この本は、あなたがすべての目隠しを外した時に見える景色を紹介した旅行ガイドである。

             【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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元つ話708 あなたがあなたの道を完全に信用すれば絶対に安全が保障されている

2013-06-22 Sat : 長谷章宏語録 
『現代社会は、誰かにとって都合がよい真実を選択した結果、なんと、殺し合いをしている。これは、自分の都合で誰かを殺すことになっても罪悪感を感じる必要はないということを示している。自分にとって都合がよい真実が殺し合いをもたらすものでもよいのだ。』これは皮肉であるが、あなたの真実を選択した結果、誰かに不都合が生じるとしても、それはその誰かが取り組むべき課題である。あなたがその不都合を肩代わりしてあげることはできない。これは「社会問題」にもあてはまる。あなたがあなたの本当の真実を生き続ければ、その不都合は解消される時がくる。それを何とかしようとすれば、元の堂々巡りの世界に戻ってしまう。あなたは、あなたの生き様を正すことだけに専念していればよい。

あなたが『いいのかどうか』と思う時、その答えはすでにあなたが持っている。その問いを誰かに投げかける時、それは、あなたの答えを、あなた自身が信頼していない時である。その時のあなたが信頼しているのは、あなたを教育した、あなた以外の誰かである。あなたは、その誰かの奴隷になっている。その誰かの言う通りに行動したら、その結果がいかなるものであろうとも、それは、あなたがあなたを信頼しなかった結果である。あなたは、誰のせいにもできない。あなたが誰かや何かのせいにする時、あなたはあなた自身への責任を放棄している。結局、誰のせいにもできない。自分が責任を取るならば、あなたはどんなものでも選択することができる。あなたを不自由にしているのはあなた自身である。

あなたが何かを守っている時、あなたは安全な場所を探す。許可を求めてさまよう。あなたが、誰かに許可を求めるなら、あなたには永遠の自由は絶対にやってこない。あなたが許可を求めると、その許可を与えてくれる者がいる世界の住人となる。あなたは、そこで、安全を確保したつもりになっている。しかし、その世界が永遠無限の天国でなければ、あなたの安全は保障されない。永遠の天国ならば、安全のみであるから、天国に安全という言葉はない。それを探したり使ったりするならば、あなたは天国にはいない。絶対安全な場所に自らを誘導できるのは、あなただけである。たとえ、その途中でどんな体験をしようと、何を見ようと、あなたがあなたの道を完全に信用すれば、絶対に安全が保障されている。ただし、本当の天国は、生死時空を超えた世界であり、絶対の安全が保障される条件は『一切の条件を外せるならば』という条件のみである。つまり、すべての条件を綺麗サッパリ撤廃しない限り、絶対安全な天国への道は閉じる。天国は絶対無限の安全な、自由な世界であり、心配も不安も存在できない。心配がすべてなくなった世界を天国と言う。誰も何も、自らの意志なくして、崩壊はありえない。つまり、崩壊するのは自らの意志以外のものは何も無く、従って、あなたが滅ぶのはあなた自身の意志である。誰かに助けられることはありえない。誰かが滅ぶのはその誰か自身の意志である。あなたが助けることはできない。あなた自身が、自ら犯したマ違いを認めない限り、本当の天国には戻れない。あなたが天国の響きに鳴らない限り、その型示し(現われ)である天国は体験できない。

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元つ話707 『自分にとってどうか』という基準で選択すればよい

2013-06-21 Fri : 長谷章宏語録 
あなたが感じる痛みはあなただけの痛みであり、あなたが誰かの痛みそのものを感じることはできない。誰かにあなたの痛みそのものを感じさせることもできない。あなた以外の誰かが、あなたの痛みを感じたと言ったならば、それはその誰かの作り出した痛みである。あなた自身をすべて知っているならば、それは、あなた自身であり、他人という存在はありえない。他人を認識できるならば、その他人にはあなたのすべてはわからない。「すべか、ゼロか」である。「一部」はありえない。「一部、少し」は、分離した目である。本来、不可分のものをバラバラに見ていることになる。もともと、すべてが一つの音色でなければ、一つにすることはできない。バラバラなものとして、部品の集合として、バラバラにできると言うならば、あなたは、いつでもバラバラになる。すべての有機的結合が一つでも壊れれば、それは、崩壊を意味する。体のはたらきの様子を考えてみて欲しい。一糸乱れぬはたらきがあって、生存が保証される。わずかでも狂いが生じれば、不具合が生じ、結局、再起不能となる。素粒子の世界も、体も、機械も、社会も、国も、宇宙も、あの世とこの世も、すべて、同じメカニズムである。体の各部が主権を主張して、主権争いを続ければ、世界は破滅に向かう。命がいくつあっても足りない。今世の、世界の有様である。

誰かの気持ちをわかることはありえない。その気持ちは、言葉で表現された誰かの状況をあなたの体験と比較して導き出した、あなた自身の気持ちである。誰かの気持ちだと思っているのは、あなたである。言葉のイメージが全く同じでなければ、同じ気持ちはありえない。全く同じならば、それはあなたを意味する。あなたがあなたを騙していることになる。あなたがあなたを騙している時、あなたは誰かの泣き落としに引っかかることになる。

あなたの問いに正解を出せる者は、あなたの他に誰もいない。あなた以外の誰かの言うことは、それが常識、普偏、真理だと教わったものであっても、あなたがそれに同意するかどうかは、あなたが決めることである。あなたの周りにあるものを選択するかしないかは、すべてあなたに主導権がある。あなたが『自分にとってどうか』という基準で選択すればよいだけである。あなたがそれを真実であると思えば、それがあなたの答えである。たとえあなた以外の全員が間違いだと言おうとも、あなたはそれを正しいと言うこともできる。あなたが、あなた以外のすべての存在にアンケートを取れないならば、あなたはどうやって真実を見分けるのか。あなたが本当に真実だと思ったものが真実である。他人に訊こうとしたり、真実かどうかと疑ったりしているならば、あなたは騙されるかも知れない。

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元つ話706 他人の責任を負わず自分の責任は着せない

2013-06-20 Thu : 長谷章宏語録 
誰かの期待を満たしてあげようとしても、それは無理である。それをするならば、あなたは、その誰かの奴隷になってしまう。あなたは自ら誰かの人形になる人生を選ぶことになる。誰かの期待を満たすことであなたが満足ならば、それは、誰かの期待を満たしたいという自分の選んだ道であるから、好きにすればよい。しかし、誰かを完全に満足させられないならば、あなたはその誰かの奴隷からは解放されない。『人を困らせてもいいのか』『期待してるぞ』『期待を裏切らないで欲しい』は、期待を満たせば喜び、裏切れば非難する、自分でできないくせに他人にアレコレさせて楽をしようとする、自らの喜びを他人から奪って得ようとしている者の自分勝手な支配言葉であり、あなたがそれに答えようと頑張ったとしても、あなたが疲れるだけである。社会の期待、家族の期待も同じことであり、誰かが誰かの期待を満たすゲームでは、全員がストレスの塊になってしまう。いつか誰かが何とかしてくれる、と勝手に期待したとしても、その期待は満たされない。あなたの完全なる期待を満たせるのは自分だけであり、自分自身が自由になれば、期待は裏切られない。

あなたが持っている思想、常識、習慣は、すべて、あなたが選択したものである。あなたが、あなたに都合のよいものだけを集め、実践を通して訓練し、癖になるまでに見事に完成したのである。自己選択の自動操縦である。あなたは、おかしいと気づいても修正できないほど、どっぷりと漬かっている。間違っているとわかってもやめられない麻薬中毒患者と化しているのである。自らに都合がよい快楽を得るために、脈絡無く右往左往している、酔っ払いである。あなたは、都合のよい眼鏡をかけている事さえ忘れ去っていて、自分の不都合がなぜなくならないのかが全くわからなくなってしまったのである。眼鏡をかけている事に気づかなければ眼鏡を外す事はできず、永遠に真実を見ることはできない。

眼鏡を外して真実を見て、その生き様を自動操縦になるまで訓練すれば、あなたは本当に楽になることができる。抵抗には力がいるが、自然には力はいらない。あなたが真コトの道に乗れば、癖を直す始めの内は苦しいが、慣れてくればくるほど楽に物事が進むようになり、迷いは消えていき、あなた自身の天国の一本道を道草をしながら散歩できるようになる。そして、真釣りのミロクになるまでゆっくりとお茶を飲みながら、魔釣りの奇(危)劇の結末まで過ごし、真釣りのミロクが開いたら、本当の天国を自由に楽しめばよい。その時が来るまで、真釣り戻しながら、最後の晩餐までの時間を遊んでいればよいのである。真釣り戻しは各自のすることであり、他人の苦しみ悲しみを引き受けることはない。あなたが真釣り戻しの苦労を終えたなら、もう魔釣りの罠にはまることはありえない。

あなたは、いつでも、どこでも、すべてを拒否することができる。すべてに同意することができる。あなたがあなたへの自己責任を完全にとっているならば、迷うことはありえない。あなたが苦を避け、損を避けている限り、迷いから抜け出ることはできない。あなたはアメとムチの世界で右往左往することになり、混乱の中で、全く動けなくなる。自分で考えることができなくなり、誰かの言うことに流され、行き着いた先が自分の望みと違っても、自分で直すことはできないから、その誰かを責める事で、不快を解消することになる。しかし、それをしても何の解決にもならず、ますます、ロボット化していくだけである。あなたが本当に自由になりたいなら、自分で自分の責任をとることである。他人の責任を負わず、自分の責任は着せない。この、矛盾のない態度を貫き通すことが肝要である。

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元つ話705 違反の清算に関しては自己も他人も犠牲にはならない

2013-06-19 Wed : 長谷章宏語録 
あなたが何も恐れていないならば、あなたは何も強いられることはない。あなたの持っている恐れが、あなたを強いているのである。あなたには、死はない。あなたが死を恐れているならば、それは勘違いに基づく幻想である。自らが作った死を自らが恐れる独り芝居である。あなたがあなたを守るために誰かを殺そうと考えたなら、それは、正当防衛でも何でもなく、れっきとした、自分勝手な殺人である。勝手な幻想を作り、それを理由に、自分以外の命を奪おうと画策している悪魔である。天国に戻るのに、自己犠牲も、他己犠牲も必要ない。自らが違反したのであるから、自らのしたことを償うのは、自らのためである。本来は、「犠牲」という概念はない。もしあるなら、誰かが誰かの意思を無視していつでも命を奪えることになる。形で見れば、「死」を犠牲と言うこともできる。しかし、魂は生き通しであるから、本当の命は無くならない。自己犠牲は美しいというのはアヤマ知である。違反の清算に関しては自己も他人も犠牲にはならない。自らの違反の結果、善悪損得の目で見たら、形が損に見え、苦と感じるだけである。奪って楽した分を返すために苦となるのであるから、差し引き0である。自分が自分を犠牲にした結果の独演会である。

自己犠牲は美しく、利己主義は醜いのではない。天地の理法に従うならば、自分のためにすべてを為すことで、自動的に、他人のため、世のためになるのである。わざわざ、『他人のため』『社会のため』『人の役に立ちたい』と言うのは、他人のため、社会のため、というマヤカシに騙されているのである。自分が苦労せずに楽を得ようとしている者が仕組んだ巧妙な策略である。あなたが同じことを考えているならば、それを使うことになる。あなたに都合がいいからである。善悪のある世界では、自分のためは利己主義、他人のためは自己犠牲、という表現になる。しかし、実際は、どちらも自分のためである。従って、自分のためだけ考えるな、と言えば、他人のために考える必要もないことになる。『他人の気持ちを考えろ』は、依存の世界だけで有効な脅し、相手を殺す言論兵器である。他人のためにもなるが自分のためにもなるのではなく、すべて自分のためにしていることである。

あなたが誰かに期待する時、あなたは誰かに支配されていることになる。あなたは、誰かの世界を食べて暮らしている。あなたは、誰かの世界を生きていることになる。あなたは、その誰かがいなければ困るのである。あなたが期待しなければ、裏切られることはありえない。あなたの持っている期待が、あなたが感じている「裏切られる体験」の原因である。あなたが期待したことがその裏切りの原因である。天地の掟に従っているならば、「期待」という言葉は存在しない。あなたは思いのままに天国を体験できるからである。期待を満たしてもらおうと思っているならば、それは不可能なことである。あなたがあなたの期待を裏切っているのである。あなたが自らを殺した結果、あなたが自らで他人の奴隷となっているのにもかかわらず、『自由をよこせ』と主張している。辻褄の合わない戯言である。

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元つ話704 誰かがそうするように仕向けたのはあなた自身

2013-06-18 Tue : 長谷章宏語録 
なたのことをすべて知っているのは、あなただけである。あなたの見たもの、聞いたこと、教えられたこと、感情、感じたこと、行動の結果、知りたいこと、聞きたいこと、不安、悩み、欲しいもの、あなたの体験する世界のすべてのデーターを完全に把握しているのは、あなた自身だけである。あなたのすべての体験を知っているのは、あなただけである。あなたの目で見る景色、想像、寝ている時の夢、感情、体の感覚、希望、恐れ、すべての映像を連続して見ることができるのは、すべてを知っているのは、あなただけである。

あなた以外に誰もあなたの選択を左右することはできない。あなたが同意しない限り、あなたを動かすことはできない。あなたが誰かに選択を委ねる時、その誰かに自分の現実を左右させることになる。誰かがあなたに何かをさせたのではない。誰かがそうするように仕向けたのは、あなた自身である。自らで自らの人生の責任を放棄して、自分は何も考えずに、神仏や他人におんぶする。誰かに自らの選択を委ねて楽をし、自らの思い通りにならなければ、その誰かに文句を言う。言うなれば、誰かに自らの現実を壊させておいて、『責任を取れ』と言うような、そんな自分勝手なゲームをしてきたその結果は、永遠の死として戻ることになる。『やられた』『された』『被害を受けた』『何の罪も無い』と言うならば、天地の理法に違反しておいて、平然と、自分は善人だと主張していることになる。あなたは、天地の理法に違反した善悪に基づいて、物事を処理していることになる。自ら創った罪を誰かに着せていることになる。自ら創った苦を避けようと、責任を転嫁していることになる。自分の正しさを証明しようとしても、永遠に証明することはできない。相手の側も『自分が正しい』と思っていれば、際限の無い禅問答、報復合戦になる。できることは、ただ事実を述べることだけである。その後の選択は相手のものであり、あなたには責任は無い。あなたが『わかってもらわないと困る』と思うならば、あなたの正しさは相対的なものである。『正しいとわかってもらいたい』と思っても、それは絶対に不可能である。

取り違いをした人類のすべての責任転嫁を黙って引き受けていた存在、それが元つ大神であり、この世で言えば、正神真神のカムスサナルノオオカミ様である。その大神が本当の救世主であるが、あなたが魔釣りで生きているならば、大神は悪魔の首領(すべての鬼の大親分)となる。自らが転嫁した責任をすべて引き取るか取らないかで、救世主となるか、鬼のドンとなるかが決まる。大神は真釣りの響きそのものであり、神や仏も含めた三千世界を真釣りに戻す、生死時空を超えた神であるから、今のあなたは逃げることも隠れることもできない。あなたが助かる唯一の術は、魔釣りの世で助かろうとしないことである。

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元つ話703 「他人のため」は「自分だけのため」を美化する偽りの仮面

2013-06-17 Mon : 長谷章宏語録 
現代社会と言われている世界は、天地の理法に違反した世界であることに気づかねばならない。自由、平等、博愛、平和、天国なる言葉は、現代社会にある、どんな思想でも実現することはできない。「他人のため」と言う思想は存在しない。それは、誤魔化しである。実際は、他人が喜ぶのを見て自分が喜びたいのである。他人を助けることで、自分の闇を解消することが目的である。どんな理屈を持ち出そうとも、この事実を誤魔化すことはできない。これは事実であるから、怒ったり、否定したりしても、自らの首を締めるだけである。自分が何かをする動機は、自分のためである。自分の行動の結果は、最終的には自分の体験となる。自分が何かを体験することが、自分の行動の目的である。『他人のために』と言うのは、『自分だけのために』を隠すためのカモフラージュである。自分が自分に騙されていることに気づかなければ、永遠に、他人のために生きることになる。しかし、それは、「他人のため」にはならない。自分のための他人のためであり、自分のために他人を利用する行為である。「他人のため」は「自分だけのため」を美化する偽りの仮面である。

すべては自らが源であり、天地の理法を守っている者には、不都合は存在しない。従って、被害者や、困っている者が存在すること自体がおかしい。全員が、自業自得である。違反をしていない者は、困ることはありえない。すなわち、困っている者を助けたいと思う者も、困っている自分を助けて欲しいと思う者も、自らの違反を他人に転嫁しているのである。つまり、自らが自らを困らせて、その結果を他人に負わせているのである。このゲームの結末は、共食いをしながら、最後には、誰も残ることはない「破滅」である。あなたが、泣こうが、わめこうが、誰かに罪を着せようが、神を恨もうが、誰かを殺そうが、今この世でどう教わっていようが、助けることも、助けてもらうことも不可能なのである。

形の助け合いは、もたれあいであり、実際は、何も助けになってはいない。自らの違反の清算を回避しているだけで、結局は、自らがもっと困ることになり、あれこれと逃げる算段を画策しても、最後は、全員が自分自身の違反の清算をすることになるから、誰も助けてはくれない。自分が自分を助けることができなければ、天地の掟通りに、違反した者は自ら消える運命となる。天地の掟に例外はない。誰も逃げられない。神も、仏も、鬼も、悪魔も、王も、聖者も、庶民も、裁判官も、泥棒も、万象万物、天地の理法に違反したものは、すべて滅ぶのが定めである。あなたが本当の自己責任を取らなければ、自滅である。

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元つ話702 テレビや新聞は真実を報道してはいません

2013-06-16 Sun : 神語録 

 ロード・エマニエル

今、皆さんは強くあらねばなりません。今は、光の中にしっかりと留まる時であり、皆さんという存在がどのように成り立っているのか、そして、何故、数10億の生命の流れからはずれ、この時にこの地球に体現するために選ばれたのか、理解する時です。まわりの全ての人々が感覚を失ったように思われても、皆さんは、地平線上の完全なる神の光を見る為に、頭をもたげてぬかるみから抜け出ます。今はその時です。

これが、皆さんとまだ目覚めている最中か、又はまだ眠っている人々との違いです。既に皆さんが目覚めているという事は、皆さんが世間の大勢の人々より優れているという事ではありません。この事を忘れないで下さい。愛しいハートの皆さんよく覚えていて下さい。彼等は単にまだ目覚めていないだけなのですから、裁く事はできませんし、裁かれてはなりません。彼等はまだ操られており、人生の犠牲者であり、自身で気づいてもいますが、置かれている外部の環境の犠牲者なのです。彼等は皆さんほど有利な視野を持ち合わせてはいませんし、同じ知識ではまだ守られてもおりません。これらのことをどう考えてみても彼等が劣っている事にはなりません。皆さんをぞっとさせ、忍耐の極限まで試される、沢山の行動が光に向けて起こりますが、この先、この事を心に留めておいてください。彼等は自身のしていることをわかっていないのですから、彼等を裁く事はしないで下さい。

でも皆さんは、ハートの情報と知識に守られています。ですからこの事を行動に移すときは今です。皆さんには乗り越えることができ、二元性の深みから抜け出て仰ぎ見ることができます。引き起こされる狂気の全て、恐怖そして、光と一致しないもの全ては、皆さんの注意に値しません。皆さん、目をそむけ下さい。目をそらして、ただ皆さんの望む物、地球の平和と悪事の除去、初期の状態への皆さんの美しい母なる地球の返還だけに、焦点を当てて下さい。さあ、今までを上回るくらいに、ニュースの見出しには目を向けずに、自身の物を考えだして下さい。それがぜひとも必要です。でも世界から全く孤立するようにと言っているのではありません。世の中に何が露見して来ているのか大まかに考えてみるのは賢いことでしょう。ですが、情報源を賢く選ぶ事を強くお願い致します。テレビの主要なネットワークや、新聞から情報を得ようとしないでください。彼等は、権力を握っている人達が皆さんに読ませたいものを表現しているだけで、真実を報道してはいませんから。しばしばそれらは、あまりに真実からかけ離れており、全くの作り話もあるのです。

愛しいハートの皆さん、世界は、皆さんのことなど少しの関心もない、権力を維持している、少数の人々によって支配されております。彼等は、皆さんの日常生活にまで及んで、全てをコントロールしております。この世界を今日の姿になるまで、巧みに操作していました。最近のテロ攻撃の様な残虐行為や、絶え間のない戦争の継続がゆるされており、それは不法に引き継がれた、この惑星をコントロールしている人々によって積極的に支援され、仕組まれておりました。

けれども皆さんはこの事を分かっています。ですからそれを超越する事ができます。まさしくもくろまれた結果である、そのドラマと感情に巻き込まれる代わりに、テロが何の為に起きているのかその行動に注意を向けて下さい。皆さんの惑星のコントロールを握っている闇の力は、生き残る為に恐怖と憎悪と容赦のなさが溢れているエネルギーが必要です。皆さんの世界のマイナスな出来事に反応することになれば、皆さんはそのようなマイナスな出来う事をつくり出す者達のわなにはまっていることになります。

光の中にしっかりといて下さい。皆さん強くお願い致します。ハートに堅い信頼をおいて、テレビの画面に映るものを信じないで下さい。でも、光はこれを最後に、まさに闇を倒す瀬戸際に瀕している事を分かって下さい。皆さんの行く手にたとえ何が起きようと、どのような極悪なニュースを耳にしても、彼等の計略に陥らない様にして下さい。

  「断固としていて下さい」

元つ話701 中つ魔釣りの魔コトの神々の手下となりて

2013-06-15 Sat : 長谷章宏語録 
昨日の記事・・・必毒=悪の中に一厘あり
<イルミナティー秘密の盟約>に関連して再掲載


『 真のヒトになるための生き方(上)』 
         長谷章宏 著より抜粋(P52~56)

 元つ神からの最期の艮(とどめ)のフミ その一 

今今のそなたらと申すのは、元つ真釣りのこの方が居ることなどキレイサッパリと忘れ去り、自らこそが三千世界すべてを産み生んだ真コトの神じゃと思い込んで居る元つ真コトの一厘を見失った中つ魔釣りの魔コトの神々の手下となりて、宇宙も世界も人類も、最後の最後は自ら自身も、形あるものすべてが滅びる世界人類丸潰れの仕組みの内に居るとも知らずに、現(こ)の世のことは何でもかんでも自らの思い通りに成るのじゃと勘違い致して中つ世界の人類の征服を画策して居る者どもの企みに、世界丸ごと上から下まで、一人残らず、まんまと嵌まりてござるのぞ。そなたら人間は、ウソをウソで塗り固めた魔釣りの世の常識を天国を創る真釣りの世の常識と取り違い致して、天国どころか地獄さえも創れぬ、末(すえ)はすべてが消え去る運命の魔釣りのやり方であるとも知らずに、自らの教えて居ることは正しいことじゃ、自らの申すことは真実じゃ等と申して、宇宙創世以来、人類の長い歴史を通じて、今の今まで何世代にも渡って、教育や政治や宗教の名のもとに、全世界全人類挙げて、親から子へ、教師から生徒へ、教祖から信者へと次々に渡し続けて来て居るのでござるぞ。最期は世界人類丸潰れの魔釣りで創りた魔コトの世界を真釣りの神の創りた真コトの世界と取り違え、魔釣りの創り出したウソを真釣りの真コトと取り違え、自らの望みとは全くアベコベの世を創り出すウソのシナリオに基づいて、すべてのすべての社会システムを創り出して来た成りの果ての姿が、今今のそなたらが居る乱れた世でござるのじゃ。

そなたらに魔コトを教えて居る当の本人達はと申せば、自らは魔釣りの神に囚われて居るからこの方の真コトは見えず、自らだけがすべての仕組みを知って居る唯一の者じゃから自らだけは騙されることはござらんと思い込み、自らが世界人類の王の王に成れると勘違い致して、自らがウソの魔コトを教えて居るとは露も知らず、最後は自ら自身も滅びる魔コトの世を進み来てしまって居るのに全く気づいて居らんのじゃ。そなたらが真コトに気づくその前に、魔釣りの知恵で真釣りの智慧を覆い隠し、真コトを魔コトにすり替えて、至福を利便と言い換えて、神を金に置き換えて、自らの支配に都合善き、自らが操り易き「ケモノ」ばかりの世と成して居るのでござるぞ。その者達は、金が無ければ何も出来ぬ、外が無ければ何も出来ぬ、教えて貰わねば何も分からぬ、自ら思考することの出来ぬ、自らの欲望のままに生きる、自らの力だけでは何もできぬように成りた者達の首根っこを押さえ込んで、不安や恐れや罪悪感を操作して、逆らう者には脅しをかけて、金から命まですべてのすべて、挙げ句の果ては神までも、何でもかんでも自らの思い通りに支配できる世を九分九厘実現したと思って油断なさってござるが、肝心要の元つ真コトの一厘を忘れて居るから、最後の最後にどんでん返しがあることなど露知らず、自らの企みしその仕組みに自ら自身が嵌まって居ることなど、コレっぽっちも気づいて居らんのじゃ。

そなたらは、自らに原因があるなどとは思って居らんから、何でもかんでも外のせいに致して、外を責めて、闘って、傷つけて、自らの思い通りに善く成ると思い込んでいなさるが、結局のところ、自らが自らを傷つけて居ることに気づいておるか、そなたらが外と闘えば闘うほど、外を責めれば責めるほど、外を排除しようとすればするほど、魔釣りの世の支配を企んで居る者達の創りた仕組みをどんどん進めて、自らの首を締めてゆくばかりでござるのぞ。今のまま進めば、その者達もそなたらも、全員丸潰れの滅びの坂道をどんどん駆け降りて行くだけでござるのじゃ。何も知らぬそなたらは、何がマコトで何がウソかも分からずに、平和じゃ、自由じゃ、平等じゃ等と大騒ぎしてなさるが、元々のやり方がアベコベでござるから、いつまでやっても真コトの自由や幸福や安全や平和など出来る筈も無く、やればやるほど何が何だか分からなくなりて、何でもかんでも外に頼り、人に頼って騙されて、不平不満を申しても、何一つ自らの思い通りにはならず、ますます混乱して行くばかりでござろうが。そなたらの居る魔釣りの世を支配して居る上の者達が自らの為して居ることに全く気づいて居らんから、何も知らずに下に居るそなたらが真コトに気づく筈もなく、魔釣りで創った不都合を更なる魔釣りでまつり縫い、目の前の問題を解結するどころか、次々に更なる問題を創り出し、挙げ句の果ては何が何だか分からなくなりて、もはや自らの手ではどうすることもできぬ、神無き地獄の世と成してしまって居るのでござるのぞ。

今の世の人間どもは、上から下まで揃いも揃って世界丸潰れの魔釣りの仕組みにまんまと嵌まりて、神も光も真コトの親も、すべてのすべてが見えなくなりて、真コトの神のこの方の創りた世を壊し続けて居るとも知らずに、我(われ)は善人じゃ、何も悪いことなどして居らんのに苦しむのはオカシキことじゃ等とホザイて、自らの無智(真コトを知らぬこと)を自ら白状して居る、大タワケ者ばかりでござるのぞ。そなたらは、末は全員滅びるだけの魔釣りの世を進める「アヤマ知(マ違った知識、知恵、観念、常識)」であるなどとは露知らず、我(われ)はそなたのためを思って為して居るのじゃ、人間は誰でも上に上がりたいのが当然じゃ、困って居る者や貧しい者を助けることは善いことじゃ、自らを犠牲にして人に尽くすのは尊いことじゃ、人に勝たねば人生終わりじゃ、競争や議論をして磨き合うのが人間じゃ、人間にはストレスがあるのが当然じゃ、人間は優しさや思いやりが大切じゃ、人間だから分からんことがあるのは当然じゃ、今の社会では出世しなければ幸せはござらん、自ら損してまで人を助けるのはバカ者じゃ、真面目に勉強することは将来のために大事なことじゃ、人に迷惑をかけるのは悪いことじゃ、人を傷つけるのは悪いことじゃ等々と、何の疑いも無く当たり前のように申してなさるが、そなたらがそう申せば申すほど、ますます真釣りを外し行き、どんどん平和や自由や平等や天国から遠ざかって居ることにお気づきあれよ。ここに来てまで、まだ世界人類を支配出来ると思って居る大タワケ者がおられるようでござるが、そなたらは、最後の最後は自らも人も共倒れの世界丸潰れの仕組みを進めて居るのじゃということをお忘れなきよう、ここで改めてきつくご注意申しおくぞ。早う目を覚まさんと、本当の本当に取り返しのつかんことになるぞ。

今今のそなたらと申すのは、このまま進めば何も知らずに滅びる、末はすべてが消え去る運命の闇(病み)の世界の住人でござるのぞ。そなたらは、魔釣りの魔コトで心が曇りに曇ってしまって居るから、元つ真釣りの真コトの神のこの方の影も形も見事に見えなくなりて、自らが、元つ真釣りの真コトの神が産み生んだ、ミロクで神(地の日月の神/ヒト/自らのことは自らで出来る身魂)と成るべき尊き身魂であることなど綺麗サッパリと忘れ去ってしまって居るのでござるぞ。そなたらがこの方の申すことを一つなりとも疑うことがその証でござる。そなたらが自らの真コトの姿(素型)を生きて居るならば、そなたらの世には、争いや葛藤や混乱や不都合や疑問など何一つもござらんのぞ。そなたらが、自らの内にすべての原因があることを知って居るならば、自らのしてきたことの結果を自ら以外の責任にして不平不満を申すなど、オカシキことでござろうが。そなたらが何もかも知って居ると申すならば、自らの使命も天命もこの方のことも、すべて分かって居るのでござるから、神など居らん、神など迷信じゃ、我は何のために生きて居るのか等と申して居ること自体、マコトにオカシキことでござるのじゃ。善くなるどころか、ますます混乱が加速して、何がなんだか分からなくなって居る今今の世と申すのは、そなたらが為して来た魔釣りの世の成りの果ての魔姿でござるのぞ。

そなたらは、三六九で神(⦿)成って調和の世を創る御役を背負って居る尊き真釣りの身魂であるという自らの真コトの姿(真姿)など綺麗サッパリと忘れ去り、魔釣りの世を真釣りの世と勝手に取り違い致して、略奪や戦いや病気や悩みや制限があるのが当たり前じゃ、人間には出来ないことがあるのは当然のことじゃ等と、何の疑いも無く、当然の事のように、平気で申してござるが、如何に「あやま知」で心の眼が曇って真コトが見えなくなって居るとはいえ、人間と人間とが闘って、責め合いや奪い合いやコントロール合戦をしておりては、平和も自由も平等も天国も何も出来はせんことぐらい気づかんでどうするのじゃ。こんな簡単なことが分からんようでは、そなたはミロクの民にはなれんぞ。そなたらは真釣りの何たるかを綺麗に忘れ去って居るから、元つ真釣りのこの方を無きものにして、何の疑いもなく現(こ)の世が今のまま続くと思い込んで居るが、我(われ)善し勝手な思い上がりもいい加減に致せよ。何も知らんとは申せ、神成る身魂であることを忘れたそなたらのあまりの情けなき所業に、神はことごとく閉口して居るのじゃぞ。今今の世と申すのは、この方(神)を無きものにして平和や自由や平等や天国を人間の力だけで創れるものといつまでも思って居る、自らの魔釣りが創った不都合を魔釣りで解結できると未だに思って居る、自ら(人間)が霊界との関係ですべての九十(こと)を成して居ることを忘れて、何でもかんでも現(こ)の世だけで解結できると思って居る、自ら創った不都合を自らの力では何一つ解結することが出来もせんで自らがこの世で一番じゃと思い込んで居る、曇りに曇った盲目の身魂、地獄の人民ばかりがウヨウヨしてござるのぞ。


元つ話700 必毒・悪の中に一厘あり・・・<イルミナティ―秘密の盟約>

2013-06-14 Fri : 神語録 
さてはてメモ帳より

 イルミナティー秘密の盟約

  <イルミナティ――秘密の盟約>

錯覚はあまりに巨大、膨大で 奴等の知覚範囲を逃れ出る

それが見える者たちは 他者から「正気」とは思われない

互いの繋がりを隠すため 我々は別々に離れた前線を作る

錯覚を存続させるため 我々の繋がりなどないように振舞う
我々に疑いが決してかからぬよう、目標は一度にひとつずつ達成されてゆく
これはまた 奴等が変化に気づくことを防いでくれる

我々は究極の秘密を知っているので、常に奴等の経験と関連のある分野で上を行くのだ

我等は常に 共に動き、血と秘密によって結ばれ続ける
漏らした者には死が訪れる

如何にも逆のことをしていると見せかけつつ 奴等の寿命を短く、
精神や判断力を弱く保つ

奴等が「何が起きているのか」に決して気づかぬよう、
我々は持てる科学や技術の知識を巧妙に使う

軟質金属、老化促進剤や鎮痛剤を食物や水と空気に入れて利用する

奴等の行くところ すべてが毒に覆われる

軟質金属はやつらを狂わせる。我々の多くの前線が治療法をみつけると
約束するが その実もっと多くの毒を喰らわせてやるのだ

毒は奴等の皮膚や口から吸収され、奴等の正気や生殖器官を破壊する

それ故に 奴等の子供たちは死産もするが、こうした情報は隠匿する

毒物は奴等の周りの 奴等が飲み、食べ、呼吸し、着るものすべてに隠される

奴等は見通しが利くので 毒を仕掛けるにあたっては巧妙にしなければならない

奴等には楽しいイメージや音楽を使って「毒はいいものだ」と教えてやろう

奴等が尊敬する人物は役に立つ。そうした連中を 毒物の奨励に協力させよう

奴等は我々の製品が映画に使われるのを観、慣れ親しむが
それらの本当の効果について知ることはない

奴等が子供を産んだら その子の血液に毒を注射してやり、
子供の健康のためだと思い込ませる

早くから、奴等の知性や精神が若い頃から始め 奴等の子供が大好きな
甘いものを使って狙うのだ

奴等の歯が腐ったら 奴等の頭を殺し、未来を奪う金属を詰めてやろう

奴等の学習能力が侵されたら それ用の しかし症状を悪化させ、
別の病気を発症する薬を作ってやり その先にもまた薬を作ってやろう

我々は奴等を従順で脆弱にし 奴等は我々とその力に屈服する

奴等は落ち込み ノロマでデブとなり、
我々に助けを求めにきたときには もっと毒をくれてやろう

奴等が内なる自我と結びつかないように 奴等の関心をカネと物質に集中させる
姦淫、外部の快楽やゲームで惑わし
すべてがひとつである調和と決して合体しないようにする


奴等の頭は我々のもので 奴等は我々の思い通りに動く
もし拒否すれば、精神状態に変化をきたす技術を奴等に施すための
方法を探し出す。我々は「恐怖」を武器として使うだろう

我々は奴等の政府を作り、反対勢力も設ける。
その両方を所有するのだ

常に目的を隠しつつ 計画を実行する

奴等は我々のために労働し、我々は奴等の労苦で繁栄する

我々の一族は決して奴等と交わることはない
我等の血統は常に純粋でなければならず、それが掟なのだ

我々の都合で 奴等に殺し合いをさせよう

教義や宗教を使って 奴等を「一体であること」から引き離す

奴等の人生をあらゆる側面から支配し、
何をどう考えるべきかを教えてやるのだ

我々が奴等をそっと優しく導きつつ
「自分自身で選んでいるのだ」と思わせる

我々の派閥を通して 奴等のなかの敵対意識を扇動する

優れた者が出現したら 愚弄するか死をもたらすか、
どちらか都合のいい方法でそいつを葬り去るだろう

奴等が互いに心を引き裂き 己の子等を殺すように仕向ける

「憎悪」を味方 「怒り」を友として これを成し遂げる

奴等は憎悪で完全に盲目となり、奴等自身の争いを通して我々が支配者となること
すらわからない。互いの殺し合いで 手一杯だから

我々が「これでよい」とみなすまで、奴等は己の血の風呂に浴し
隣人を殺し続けるのだ

奴等の目に我々は映らず、我々が見えないのだから
我々はそこから多大なる利益を得る

奴等の戦争や死から 我等の繁栄は続くのだ

我々の究極の目的が達成されるまで これは何度でもくり返される

イメージや音を通して、奴等が恐怖と怒りのなかに暮らし続けるようにする

我々はこれを達成するために、持てるすべての道具を使うのだ

そうした道具は 奴等の労働によってもたらされる

奴等が 自分自身や隣人を憎むように仕向けるのだ

奴等から「我等は皆 ひとつである」という神聖な真実を常に隠す
奴等は決してこれを知ってはならない!

色は錯覚であることも 奴等は決して知ってはならないし、奴等は常に
「自分たちは同等の存在ではない」と思っていなければならない

少しずつ、少しずつ 我々の目標を前進させるのだ

完全な支配を行使するために、奴等の土地 資源と財産を奪う

奴等を騙くらかして、奴等の持てるちっぽけな自由とやらを
盗み取る法律を受け入れるようにしてやる

奴等を永遠の囚人にし、奴等と子等を借金まみれにする
金のシステムを確立するのだ

奴等が団結したら、世界に向けて違う話を見せつけ、奴等を犯罪者として
非難してやろう すべてのメディアは我々が所有しているのだから

メディアを使って情報の流れや奴等の感情を 我々のためになるよう操作する

奴等が我々に立ち向かおうとしたら 虫けらのように潰してやる
奴等はそれ以下なのだから

奴等は何らの武器も持たないので、どうすることも出来ない

計画を実行するために奴等の何人かに「永遠の命をやるぞ」と約束して抱き込むが、
奴等は我々ではないので 決してそれを得られはしない

こうした新参者たちはイニシエイツと呼ばれ より高い領域への進路の偽の儀式を信じるよう教え込まれる。こうしたグループのメンバーは 決して真実を知ることなく 我々と一体になったと思うのだ。我々に背くだろうから 奴等は絶対にこの真実を知ってはならない

奴等の働きには世俗の物質や大層な肩書きが褒美として与えられるが、決して不死身になったり、我々の仲間となって光を受け、星々を旅することはない。同類の者を殺すことは悟りの境地への道を妨げるので、奴等は決して高い領域には届かない。奴等は決して これを知ることはない

真実は奴等の鼻先に、すぐそばに隠されているのだが
手遅れになるまで それに気づくことは出来ない

あぁ、そうさ 自由の幻覚があまりにも大きいので、
奴等は自分が我々の奴隷であることには決して気づかない

すべてが整ったとき、奴等に作ってやった現実が奴等を所有する
この現実が奴等の牢獄だ。奴等は自らの妄想のなかに生きるのだ

我々の目標が達成されたとき、新たな支配の時代が始まる

奴等の頭は、奴等の信条によって縛られる
大昔から我々が構築してきた信条によって



しかし、もし奴等が我々と同等だと知ったら、
そのとき我々は滅びてしまうだろう
奴等はこれを、決して知ってはならない

もしも奴等が 力を合わせれば我々に打ち勝つことが出来る
と知ったら 行動を起こすだろう

我々がしてきたことを 奴等は決して知ってはならぬ。もし知れば、一旦ベールが剥がれ落ちれば、我々の正体は明らかになり、逃げる場所もない。我等の動きが我々が誰かを暴露し、奴等は我々を捜し出し、誰もかくまってはくれまい


これは我々が現世と来世を生きるうえで従う秘密の盟約だ
この現実が、幾世代もの人生を超えていくものだから

この盟約は血によって、我々の血で封印されている
我等、天国から地上に降り来た者によって

この盟約は、決して 絶対にその存在を知られてはならぬ。決して書き留めたり、これについて話をしてはならぬ。そこから生まれる意識が我々に対する創造主の激しい怒りを解き放ち、 我等がやって来たどん底へと落とされ、永遠のときの最後まで 閉じ込められるであろうから


元つ話699 天意転換とは神々の世界の政権交代

2013-06-13 Thu : 神語録 
  宇宙大出産で宇宙ごと生まれ変わる!
元つ神の「光ひとつ上ぐる」仕組み
火水伝文+日月神示+竹内文書が伝える《岩戸開きアセンション》の超真相
           白山大地 著より転載(P76~81)


天意転換とは神々の世界の政権交代/隠れていた元つ神

 アセンションの鍵を握る火水伝文。しかし、伝文にアセンションという言葉はない。語られているのは、「天意転換」についてのことだ。前章では詳しく説明しなかったが、天意転換とはどういうことだろうか。
 この天意転換を理解するには、初めに経綸についての知識が必要だ。そこで、まず、経綸について簡単に説明しておこう。我空さんの説明によれば次のとおりとなる。
 私たちが認識できる宇宙は、元つ神の子宮にあたるところで創造された。P54をもう一度見てほしい。最初にできたのは、大天だ。大天は宇宙を取り巻く世界すなわち元つ神(元津神)のことだ。
 次に創られたのは、大地。大地といっても地球のことではなく、大地の核のことで、元つ神の精子と考えてよい。そして、子宮内宇宙つまり、小天が創られた。私たちは、大天があることは認識できないので、天とは小天のことと思い、小天を司る中つ神(中津神)をこれまであがめてきた。
 四番目にできたのが、地球。これは、人でいえば、卵(らん)にあたる。その卵に大天から元つ神の精子が入ることで、宇宙すなわち地球や人類の生命活動が始まった。
 だから、私たち人は、すべての者が、元つ神の一厘を宿している。それが古神道でいう、一霊だ。古神道では、私たちの魂は、一霊と四魂で成り立っているという。一霊は直霊(なおひ)とも呼ばれ、元つ神の精子すなわち分魂のことだ。四魂とは、奇魂(くしみたま)、荒魂(あらみたま)、和魂(にぎみたま)、幸魂(さきみたま)の四つをいう。
 地のへ(地球の上、表面)に住む人類は、中つ神のご指導のもと、胎児として十分に成長したら、やがて出産して日月地の神となることが決まっていた。そのとき、地球や人類を統括するのは、中つ神ではなく、元つ神となる。
 この神々の世界の政権交代を天意転換という。そして、それまでは、元つ神は陰に隠れていたのだ。
 大本教の出口王仁三郎は、『霊界物語』第一巻・子の巻で次のように述べている。


「ここに国常立尊(くにとこたちのみこと)は神議(かむはかり)りに議せられ、髪を抜きとり、手を切りとり、骨を断ち、筋を千切り、手足を異にするやうな惨酷な処刑を甘んじて受けたまうた。されど、尊は実に宇宙の大原霊神(おほもとがみ)にましませば、一旦肉体は四分五裂するとも、直ちにもとの肉体に復(かへ)りたまひ、決して滅びたまふといふことはない。
 暴悪なる神々は盤古大神(ばんこだいじん)と大自在天神(だいじざいてんじん)とを押し立て、遮二無二におのが要求を貫徹せむとし、つひには天の御三体の大神様の御舎(みあらか)まで汚し奉るといふことになり、国常立尊に退隠の御命令を下し給はむことを要請した。さて天の御三体の大神様は君系であり、国常立尊は臣系となってゐらるるが、元来は大国常立尊は元の祖神(おやがみ)であらせたまひ、御三体の大神様といへども、元来は国常立尊の生みたまうた御関係が坐します故、天の大神様も御真情としては、国常立尊を退隠せいしむるに忍びずと考えたまうたなれど、ここに時節の已(や)むなきを覚りたまひ、涙を流しつつ勇猛心を振起したまひ、すべての骨肉の情をすて、しばらく八百万の神々の進言を、御採用あらせらるることになった。そのとき天の大神様は、国祖に対して後日の再起を以心伝心的に言い含めたまひて、国常立尊に御退隠をお命じになり、天に御帰還遊ばされた」(第二十二章/大本教典刊行会編)


 これは、霊界物語だから、霊界での出来事だ。しかし、霊界でのことは現実界に反映されるという。
 出口王仁三郎によれば、国祖・国常立尊は艮(うしとら)(北東)の方位に鎮まり、妻神の豊雲野尊(とよくもぬのみこと)は、坤(ひつじさる)(南西)に隠遁したという。それで、国常立尊は艮の金神、豊雲野尊は坤の金神と呼ばれるようになった。
 そして、八百万の神々は、国祖が再び現れないように、七五三(しめ)縄を張りめぐらせ、「煎豆に花が咲くまで出てくるな」という呪の言葉を投げかけた。これが今日の節分の行事につながっているという。「煎豆に花が咲くまで出てくるな」ということは、永遠に出てくるなということだ。煎た豆に花が咲くはずもない。
 柊(ひいらぎ)の枝を戸に挿すのは、葉のトゲで国祖の目をつぶすためで、鬼の目突きと呼ばれる。鰯の頭を串刺して門戸に挿すのは、国祖の頭を鰯のそれに見立てているからだ。「鬼は外、福は内」の鬼は、もちろん国祖・国常立尊のことだ。
 また、切断された国祖・国常立尊の屍は、それぞれ五節に配当して、「艮の金神調伏の儀式」が行われた。それも行事として今日まで伝えられている。
 正月元旦の鏡餅は国祖の骨、三月三日の蓬(よもぎ)の草餅は国祖の皮膚、五月五日のちまきは国祖の鬢髪(びんぱつ)、七月七日の素麺(そうめん)は国祖の筋、九月九日の酒水(さかみ)は国祖の血だ。さらに、麹は国祖の頭、弓の的は国祖の目、門松は国祖の墓標、正月の雑煮は国祖の臓もつ煮なのだ。
 このとき、隠遁したのは、ほかに大地の主宰神・金勝要神(きんかつかねのかみ)と主宰神・大八州彦命(おおやしまひこのみこと)その他、有力な神々がいらっしゃるという。
 ところで、「トイレの神様」という植村花菜さんの曲をご存知だろう。泣ける歌として一時話題になり、NHKの紅白歌合戦に出場すると、人気は一気に全国区となった。歌詞によれば、トイレには美しい女神さまがいらして、トイレを掃除すれば、女神様の功徳でべっぴんさんになれると、おばあちゃんから教えてもらったとある。これは実話だと植村花菜さんはインタビューで答えていた。子どものときからトイレ掃除を熱心に行なった植村花菜さんは確かに美しい人だ。これは偶然だろうか。
 このトイレの神様は、金勝要神のことだ。霊界物語には、教祖(出口直)の御話としてこう記されている。
 「金勝要神、全身黄金色であって、大便所に永年のあひだ落され、苦労艱難の修行を積んだ大地の金神様である」

さらに、神の御用をするものは、トイレなど汚いところを楽しんで掃除しなければならないと述べられている。金勝要神も復活し、これからいよいよおはたらきになる。この歌のヒットはその証といえるだろう。
 金勝要神は、弁財天に代わって経済を司る。お金で苦労している人は、まずトイレ掃除から始めるといいだろう。
 なお、御三体の大神様とは、天照大御神、日の大神(伊邪那岐尊)、月の大神(伊邪那美尊)のことだそうだ。
 さて、話を元に戻そう。国常立大神が隠遁された艮の方位は、長い間「鬼門」として避けられてきた。しかし、ついに復活されて、このたびアセンションを指揮されることになった。それで我空さんに火水伝文を下されたのだ。
 国常立大神の一霊四魂の全霊の甦りの儀式が岡山の大元(たいげん)教で行なわれたのは、一九九一年十月十日のことだった。その経緯は、前書『日天意神示と神一厘の仕組み』(四海書房)に詳しく記してあるので興味のある人は参照してほしい。
 復活までには、出口王仁三郎をはじめとして多くの経綸に関わる人々の関与があった。
 そのご苦労、おはたらきがあったことを私たちは忘れてはならない。
 神は万能だと思われているが、そうではないようだ。この現実界では、現実界でのルールがあり、たとえ、宇宙創造神であっても、そのルールに従わなければならない。そうでなければ秩序が保たれないことになる。
 だから、国常立大神の復活にも人の手が必要だった。つまるところ、天意転換とは、国常立大神の復活をいう。これまで中つ神による統治から、元つ神が治めることになった。中つ世から元つ世へ、中つ神から元つ神への転換が天意転換だったのだ。

元つ話698 苦を避ければ避けるほど苦のスパイラルが進む

2013-06-12 Wed : 長谷章宏語録 
あなたが今までしてきた違反は、消せない。あなたが今すべきことは、自分が苦を体験している事実を認めることである。あなたには違反した覚えがなくとも、苦があるのが、違反の証しである。それを素直に認めて、責任転嫁を一切やめ、不平不満を一切口にせず、その結果生じる、苦労を辛抱することである。弱音を吐いたり、言い訳をしたり、誤魔化したり、八つ当たりをしたり、他人を責めたり、神や社会のせいにしたり、あるいは自殺をして逃げようとしたり、神や仏に救いを求めたりしても、何の解決にもならない。それどころか、すればするほど違反を積み重ねることになり、結局は今以上の辛抱をしなければならなくなる。あなた自身の苦を自ら増やしていくだけであり、その結果として、あなたがあなたの首を刎ねる末路に至る。苦を避ければ避けるほど、苦のスパイラルが進む。

あなたが天地の理法の違反を続けるならば、あなたは魔釣りの蛇の知恵の神の信者(真釣りのヒノモトに現われたオウム信者)であり、真コトの竜の真釣りの政府(真コトのヒノモト国家)に反抗する国家転覆を企むテロリストとなる。自然界の掟、インディアンの掟、マフィアの掟は厳しい。掟を守ることは、生存のための絶対条件である。家族も他人も区別なく情状酌量もない。掟に反する者は問答無用の切り捨て御免である。自分に甘い者ほど往生際が悪い。アタマで生きている者ほど、甘い砂糖の誘惑に弱い。脳はブドウ糖をエネルギーとする。砂糖は甘く、ベトベトとくっ付く。煮詰めると、固い飴になる。砂糖を取り過ぎると糖尿病になる。アタマで生きると、最後は、目が見えなくなって、命を落す。この世の型示しは、すべてが元つ大神の真釣りの仕組みの反映である。病気を治すことや、物の性質を研究することに血眼になっていると、大出血して死に至る。あなたの本当の死がやってくる。あなたの本体(魂、真コト)の死は、二度と生まれることができない、永遠の死を意味する。真釣りの掟を破った者は、万古末代滅びの響きを渡されることになる。掟を破った者は、命乞いなどしても何の役にも立たない。自分が掟を守っていれば、何の不都合もなく、責任をとる状況にはならない。掟を破った自らの態度を棚に上げて、命乞いや言い訳や逃げる算段ばかりをするならば、始めから掟を守っていればよかったのである。掟を守るのが当たり前であり、言い訳は茶番である。掟を破れば世を乱すことになるから、掟を破った自分がキッチリと落とし前をつけるのは当然の義務である。

魔釣りの世では、世界に貢献しても、支配者の都合で邪魔になれば抹殺されることがあるが、真釣りに関しては、あなたが掟を守っている限り、絶対に抹殺されることはない。『本当にそうなのか?』と疑うのは自由だが、あなたがその疑いを持って見ているならば、魔釣りの世に漬かっている証しである。真釣りは、自分の都合で抹殺する必要はない。外国は銃殺刑だが、日本は自己責任の腹切りである。これは取り違いをしたゆえの型示しだが、その真意は、真釣りの神法違反は処刑されることはなく、全員が、穢れたハラを真コトの神剣で切って、自らで滅ぶのが真釣りの掟だということである。しかし、時節が来れば、世を真釣りに戻すから、問答無用の切り捨てとなる。それは、一度だけ与えられた改心の機会を自ら棒に振って、いい加減に生きてきた自らが招く結末である。形は処刑に見えるが、自らの違反によって違反を自覚することなく自ら滅ぶということであり、結局は、切腹なのである。テロリストは抹殺されても文句は言えないのが世の定説である。真釣りの神法に従えば、今のあなたは抹殺される(魂の切腹をする)運命にある。それは、掟を破ったあなた自身の招いた結果であるから、掟破りのあなたには文句を言う資格は一切ない。

今のあなたは、元つ天の真コトを封印して、元つミロクの天国を破壊した世界を善だと主張している。蛇は頭を潰さなければ死なない。自らを滅ぼす蛇の封印を自ら解いて、快欲を追いかけて、自分勝手に蛇の知で生きているならば、最後は、あなた自らで頭を潰して、自己責任をとって滅ぶ結末が待っている。邪を祓い、真コトをタテ分ける神剣「草薙の剣(真コト)」は、両刃の剣である。あなたを救う剣であると同時に、あなたを滅ぼす剣でもある。あなたが剣の使い方(マコト)をマ違えば、自らで自らの斬首を招く結果となる。

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元つ話697 苦が現れた時あなたがどう反応するか、が鍵である

2013-06-11 Tue : 長谷章宏語録 
苦が現れた時、あなたがどう反応するか、が鍵である。自らが違反したことを認めるならば、他人を裁くことも、不平不満を口にすることもできない。その苦は、あなたの違反の結果だからである。もし、あなたがあなた以外のものを裁くならば、あなたの苦はどんどん増えることになる。一つ残らず自らが呼び込んだ苦であることを認めない限り、あなたは、どんどん滅びの道を駆け降りることになる。都合のよいことだけに当てはめるようないい加減は、一切通用しない。「すべて」と言ったら「すべて」である。自らの理屈で、何とか苦を避けた積もりでも、その結果は、必ず、更なる苦となって戻ってくる。強制はないが、いい加減なことをすれば、最後は残念では済まなくなるから、よくよく考えて、どうするかを決めることである。もし強制だと感じるならば、それは、他ならぬ、違反をした自分が自分に課した強制である。一言違わず確実に実行しなければ、自分だけが滅ぶことになる。他人は誤魔化せても、自分は誤魔化せない。自分を誤魔化せば、自分が滅ぶ。

あなたは、今まで、あなたを天国に戻すための鏡として渡された苦を逆恨みしていたのである。自分に原因があるものを、自分以外に原因を転嫁すれば、それは、自滅の道を意味する。本来は、この世に苦は存在しない。しかし、天地の理法に違反した者には、苦の形でお知らせが来る。『苦があるのがおかしい』のであるから、無いはずの苦を他人に渡すのは変である。他人に渡すならば、あなたは違反の事実を認めていないことになり、ますますお知らせが厳しくなる。自業自得であるから、天地の理法に違反した者は、本来は、存在できない。自業自得であるから、あなたは自然淘汰となり、自ら滅ぶ。あなたに苦を渡すのは、あなたを苦しめるためではない。あなたを天国に戻すためである。本来は、誰もあなたを助ける義務はないが、違反した者に一度だけ再生の機会を与えるため、違反した選択をする度に、苦をもって知らせる「情けと花の仕組み」が作られた。死刑の執行猶予、敗者復活の機会が一度だけ許されたのである。苦は違反者への制裁ではなく、違反者を生かすための「情け」である。情けを逆恨みすれば、本当に情けない状況に陥ることになる。

天地の理法に違反したことを忘れた集団は、勘違いをして、自らが神の如く振る舞い、全く同じように見える仕組みを作った。制裁、報復、裁き、を与える仕組みを進めてきたのである。『罪を犯した者は償わなければならない』と言うが、それは罪を犯した者同士の罪の擦り合いに過ぎない。天地の理法の違反は、違反をした本人だけがその結果を追う。誰かが誰かの罪を負うことはない。誰かのために清算するのでも、誰かに清算させるのでもない。違反した自らが自らのために清算するのである。しなければ、自らが滅ぶだけである。従って、『謝罪を要求する』という行動はありえない。全員が、自らが犯した罪を自らが背負わなければならない定めであるところを、他人に背負わせ続けたのが人類の歴史である。その歴史を正しいと言うならば、あなたは、あなた自身を永遠に殺すことになる。

天地の理法の違反の清算の機会は万古末代一度きりである。俗に言う魂としての違反の清算である。魂の死は永遠の死を意味する。肉体の罪の清算で右往左往していては、自らの本当の命の種火を消すことになる。種火が消えれば、あなたは永遠にすべての世界から消え去ることになる。あなた自身が違反を清算しない限り、あなたの生き戻るところは無い。

元つ話696 今ある法律は天地の理法に違反した世界を維持するための法律

2013-06-10 Mon : 長谷章宏語録 
あなたが、あなた以外の何かを裁くならば、あなたは、大変な過ちを犯していることになる。裁きというのは、あなたが善で、裁く対象が悪である場合に成り立つ。しかし、あなたに善悪があるならば、それは、天地の理法に違反した証拠である。天地の理法に違反すれば、それを教えるために、あなたの外に不都合が現われる。つまり、裁く対象である悪は、あなたの違反ゆえに現われたものである。あなたは、あなたの生んだ悪を裁いていることになり、自分を裁いていることになる。あなたが、外の悪に原因があると言い続けるならば、あなたは、あなた自身を裁き続けなければならない。自分が自分を裁いていることに気づかなければ、最後の被告はあなた自身となり、自らを死刑に処することになる。

あなたが天地の理法に違反していないならば、あなたには不都合はなく、他人を裁く理由は無い。あなたが天地の理法に違反しているならば、あなたには裁く資格はない。今ある法律は、天地の理法に違反した世界を維持するための法律である。従って、法律を使って誰かを裁くならば、あなたは、天地の理法の違反をし続けることになる。確かに、あなたは、その世界では生き延びていて、不快感を解消したことになる。しかし、その結果は、天地の理法に従ってあなた自身にすべて戻ることになり、最後は、天地の理法に違反し続けたあなたという存在が、天国から消えることになる。『他人を裁ける』というのは、取り違いをした世界で教わった思想が作り出す幻想である。価値判断を下し、善悪損得を決め、どちらにするか、という分かつ知を使った見方を捨てること、言い換えれば、自分の思いと口と行いを一致させること、そして、その結果体験すること一切を自分以外のせいにしないことが、そのことが、あなたの深奥に封印された真実、本当の天国の響きである真コトを復活する唯一の方法である。自分の思いや行動も含めて、『許さない』『認めない』という思い、「裁く心」を綺麗サッパリ捨てなければ、あなたは、自分を殺すことになる。

本来は、天地の理法に違反すれば、あなたはその場で消えることになり、今ここにあなたが存在することはできない。あなたが今ここに存在できるのは、一度だけ天国に戻る機会を得ているからである。あなたが、自らの意志で、自分が違反していることに気づかなければ、本当の天国に戻ることはできない。自らを善の存在であると思い込んでいる者に、それが誤りであることを教えるにはどうすればよいか。苦の響きが返るように仕組みを作ればよいのである。あなたは、自らを正しいと思い込んでいるから、あなたに快感を与えると、あなたは正しいと思い続けることになる。従って、あなたに不都合を渡すことで、あなたは違反の事実に気づくことができる。あなたは、もともと、不都合がない存在であり、苦が現われれば、おかしいと思うからである。しかし、苦があるのが当たり前であると思い込んでしまえば、情けの苦を避け続けることになる。「目には目を」「愛のムチ」というのは、他人が他人を正すと勘違いした解釈である。自分が自分のしたことを正す、のであるから、他人が他人を裁くことはありえない。真釣りの者は裁く必要がない。裁判という制度は、この取り違いを公然とシステム化したものである。あなたは、真中に天国の響きを持っていることを思い出さなければならない。天国の響きを持つ者に、苦があるのはおかしい。その苦は自らが作り出したものである。苦を自分以外のせいにするならば、それは、全く逆さまの思い違いである。天国を壊した者が、苦を避けて天国に戻ろうとしても、それは叶わない。天国を作ったつもりが、自らの滅びを呼び込んでいることになる。

元つ話695 「奇麗な」天恵を食べて「汚い」ゴミに変える汚物製造機

2013-06-09 Sun : 長谷章宏語録 
今のあなたは、快適な社会どころか、問題を産み続けてどんどん複雑な社会を進めていっているのである。人類はそれを、文明の進歩、科学の発展と呼び、『複雑なものを生み出せるほど高度な、先進的な文明だ』と言って、人類と呼ばれる「本当の神を知らない物まねの猿」の世界の中で優秀さを勝ち誇って自己陶酔に浸っているが、実際は、天地自然の理法を破り、自然を破壊し続け、混乱と混沌を深めていっているだけである。言うなれば、自らでわざわざ複雑な問題を作り出し、自らの力で解決し(た積もりになっ)て、自らの優秀さに酔いしれる、エゴイストの一人芝居に過ぎない。その猿芝居の正体はと言えば、自らが、「奇麗な」天恵を食べて「汚い」ゴミに変える汚物製造機であることを知らず、「糞尿」を撒き散らしているだけである。自らが撒き散らした糞尿を見て、自らが耐えられないから、形だけは奇麗にするが、根本の響きは何も変わっていない。従って、お芝居が進むに連れて、糞尿が増えるだけで、臭い、汚い世界となる。臭い物には蓋をして、それを誤魔化そうとするが、実際は、どんどん手におえなくなり、処理できない汚物があふれ出て、最後の最後は、自らの糞尿まみれの臭い、醜い本性を現すこととなる。これが、あなたという人間の本体、肉体に入っている魂、形のカバーを外した今のあなたの身魂の姿である。言うなれば、今の神話で言う、「黄泉の国からイザナギを追いかけてきたイザナミの醜い姿」はあなたの本性であり、最後は、表の仮面の下に隠した姿をすべてさらけ出すことになる。

あなたが体験する汚泥混濁は、誰かが撒き散らしたものではなく、あなたがその世界で撒き散らしたものである。糞尿を撒き散らしているならば、あなたは、誰にも文句は言えない。支離滅裂の生き様で私利私欲を追いかけている限り、あなたは、本当の自分と知り合うことはなく、真コトを捨てることになる。自らの正体を知り、それを認めて、自らのすべての過ちを清算し、散らかしたおもちゃの後片付けをしないならば、あなたは、ゴミの山もろ共、魔釣りの焼却場、魔釣りの火葬場で、奇麗に処理されることになる。あなたが自ら処理場に居座り、自ら火葬場の焼き釜に入ったのである。あなたが、自らのケツを拭かないならば、本当の清潔な世界で、本当の快適、安心、安全を謳歌する夢は露と消える。支えを離れて滅びに向かって分裂し、私的な理屈で私的な欲望を追った末路は私滅である。

あなたは、真中に大神の真釣りの響きを持っているから、問題があるのはおかしいと感じる。しかし、自分は正しいと思っているから、現われた問題を自分以外の何かのせいにする。人類の歴史において、時代が進むほど問題が増え、かつ複雑になるのはこのためである。原因は自分以外にあると思っているから、他人を裁き、神を恨む。厄祓いをすれば自分を守れると思う。この故に報復合戦がエスカレートし、裁き合いがどんどん激しくなる。悪霊に憑かれるのも、悪人に騙されるのも、仕組みは同じである。自分の悪神の響きが悪霊を呼び込んでいるのである。本当の原因を直さずに、アヤマ知で作った法律を使った裁判や、魔釣りの霊能力を使った悪霊祓いをして、自分の外にある、自らに害を及ぼす源に見える形を排除して安心している積もりでいる限り、あなたは地獄を進めていく。その結末は、崩壊、滅亡、破滅である。本当の天国を望むならば、最も望んでいるものを作ろうとして、逆に、最も避けたいものを作り出しているという事実に気づかなければならない。

元つ話694 どんな極悪人にも、資格は平等に与えられている

2013-06-08 Sat : 長谷章宏語録 
あなたの源は、いわゆる、大神の響きであり、大神とは、万象万物の創造の源である。本当の神には争いは無い。なぜなら、自らの力で、無からすべてを産むことができるからである。絶対無限の力であるから、永遠に作り続けることができる。失うことはありえない。失ったと思うならば、それは、失ったと思いたいがために自らで作るのをやめたというだけの遊びをしているに過ぎない。もし、失ったと本気で思うならば、それは本当の神の響きを忘れている証しである。前者ならば、自らが作ればよいし、後者ならば、自らの違反を清算する必要がある。誰かが誰かを助ける必要はなく、義務もない。無限の創造者は、限りあるものを奪い合う必要は全く無い。自らが、自らを自由にできる唯一の存在である。

あなたは、もともと、神であった。この故に、あなたは、自らが神であると思い込むことができる。自らが自らの力で生きていると思い込むことができる。あなたは、自らの力で生きていると言いながら、誰かにすがり、誰かのせいにしている。誰かの行動によって自分が困る状況になるから、その誰かにそれをやめて欲しいと言う。あなたは、天地の理法に違反した掟を、正しい掟だと勘違いしているから、あなたがその世界の中で正しくあろうとするほど、楽を求めるほど、善を求めるほど、逆に、天国から遠ざかっていることになる。あなたが、今の世の善(いいこと)を行おうとすればするほど、奇麗、安全、安心、快適、便利、癒し、やすらぎを求めるほど、それとは正反対の、あなたが最も避けたいアベコベの体験に自らを誘っていることになる。あなたは天国を壊しているから、天国を作ることはできず、問題解決どころか、問題を生み出す方法しか考えられなくなっている。従って、あなたが天国を求めて進むほど、問題を増やすことになる。そして、その問題を解決しようとして、また、新たな問題を産み出していく。あなたが「問題」を解決すればするほど、実際には、より難しい試験問題を自ら作り出して、解かなければならなくなる。

この試験問題はすべて実技テストであり、実技を行わない限り、問題を解いたことにはならない。最後の試験問題は『魔釣りの響きで真釣りの世界を創れ』という試験問題となる。正解は『自分が消えること』であるから、あなたは採点結果を知ることはできない。魔釣りの響きで生き残りを図っている者は全員、回答不能となり、今のまま問題を解こうとすれば自分がいなくなる。自分が真釣りの世に存在して、採点結果を知るためには、あなたが真釣りの世界を作るためには、真釣りの響きに戻ることしかない。自動車教習所に例えれば、速度無制限のミロクの車(肉体)の運転技術は、ハンドル、アクセルブレーキ、シフトギアまで、まったく逆さまであり、瞬間加速、瞬間停止、空中も海中も地中も自由自在に操れる技術が要求される。車と完全に一体化して事故を起こさない技術を習得しなければ、教習所は卒業できない。検定員への賄賂は通用せず、オマケのハンコももらえない、全員に平等公平な教習である。卒業検定は、全員合格できるが、それまでにクリアすべき教習課程と修了検定の回数は、真釣り外しの度合いによって各自異なる。言わば、完全オーダーメイドの教習課程であり、それがどんなに面倒な、難しいものであっても、それをオーダーしたのは真釣り外したあなたであり、文句を言えば、さらに階段を増やすことになる。最後まで文句を言い続ければ、卒業検定は受けられない。真釣りのミロク(本当の天国)の車(肉体)は、「元つ大神国公安委員会」が発行する免許証(真釣りの真コト)を手にしない限り乗れないが、今の世のどんな極悪人にも、取得資格は平等に与えられている。

元つ話693 あなたを天国から追放したのはあなた自身

2013-06-07 Fri : 長谷章宏語録 
もともと天国であるあなたには、天使も悪魔もいない。それはあなたの取り違いが生み出した幻である。天使と悪魔を自分の都合で使い分ける、自分勝手な行為である。天使と悪魔を生み出したのはあなたであり、天使も悪魔も、その源は同じであることになる。自分を益したり害したりしたのは自分なのに、その益や害は、誰かが自分にもたらしたものだと錯覚し、それを真実と思い込んでいる、幻想の世界の体験に過ぎない。あなたがその世界にいる限り、天使と悪魔の響きに翻弄されることになる。天使や悪魔の響きがあなたの現実に現われる。悪魔祓いや厄祓い、奇跡を見せる者を追いかけ、憎しみ合いや報復合戦、他人の世話や墓参りから抜けられない。あの世もこの世も同じ仕組みである。霊の戦いも人間の戦いも、報復も霊の祟りも、すべてが同じ仕組みである。この世にいようとあの世にいようと、あなたは、恨みと憎しみ、感謝とお陰の世界で、右往左往することになる。

あなたは、もともと、苦も楽も感じない、何の苦労もない、何の不自由も無い世界、いわゆる、天国にいた。しかしある時、あなたは、天地の理法に違反したため、天国を自ら離れることになってしまった。俗にいう、エデンの園からの追放という形で伝えられている出来事である。「知恵の林檎」は、アヤマ知のことであり、「蛇」は、魔釣りの神のことである。『蛇に騙されて知恵の実を食べた』というのは、魔釣りに囚われてアヤマ知を選択したということである。正確に言えば、エデンの園も、天国を離れた世界の内の天国であり、すでに天国ではない。本当の天国を離れた後の天国を本当の天国と勘違いしているから、エデンの園を天国としているだけである。ここでは、「自ら離れた」というのが鍵である。

あなたが自ら天国から出たのか、誰かがあなたを出したのか、どちらか一つが事実である。『騙された』という言い訳は通用しない。騙されたのはあなたであるから、あなたが自ら出たのと同じである。誰かの都合で、その誰かがあなたを天国から追放したのではない。あなたが自ら天国を離れたのである。あなたが、もし、天国を望んでいて、あなた以外のものにその実現を託したり、あなたを邪魔するものとして責任を転嫁したりしているならば、あなたは天国には永遠に戻れない。あなたを天国から追放したのはあなた自身だからである。あなたが自ら戻らなければ、家に帰ることはできない。『誰かのせいで』と言うのは、自分で家出をしておいて、誰かが自分を追い出したと思い込んでいるのと同じである。

元つ話692 自分が自分に騙されている

2013-06-06 Thu : 長谷章宏語録 
自分が自分に騙されていることに気づかない限り、裁きの輪からは出られない。自分の都合で決めた法律に自らが縛られ続けることになる。自分が決めた決まり(法律、ルール)を自分を正当化する根拠にしても、全く意味のない茶番である。自分が自分に課している決まりを変えない限り、あなたが自由になることはない。あなたが、あなた以外のものを理由にして『自由にならない』と言うならば、あなたは永遠に自由にはならない。あなたが理由にしている「何か」があなたを縛るものであるならば、あなたは、その「何か」を変えようと画策することになる。あなたは、その何かが変わるまで、自由になることはできない。あなたも、あなた以外の誰かも、このトリックに気づいていないとすれば、お互いにコントロール合戦を続けることになる。そして、何かに権威をつけて上下を決める主導権争いのゲームを作り出し、自分の外の力を使って相手に勝とうと考える。しかし、その力は、あなたの取り違いが作ったあなた自身の力であり、あなたと同じやり方で、誰かが別のものに力を作り出し、あなたの力を無効にする事ができる。あなたがどんなに力を持っているとしても、その力は永遠ではなく、あなたは常に攻撃に備えなければならなくなる。あなたは、常にスパイ活動をしていることが必要になる。あなたのその不安定さは、あなたが作り出した戦いの目に原因がある。あなたがあなたに緊張を強いているのである。自分が戦いをやめない限り、戦いは続く。『戦いがあるから戦う』と言えば、あなたはその世界で戦い続けることになる。『法律を守らなければならない』は最大のトリックである。

「競争原理」という原理はない。原理だと言えば、そこから抜けることはできない。競争が原理だとすれば、あなたには自由も天国も平和も作れない。競争(勝負)が原理ならば、それは、敗者がいることが前提であるから、自由や平和は、あなたにとってのものであり、世界の平和を実現することはできない。世界の平和が実現したら、戦いはできなくなるからである。『世界平和のために戦う』という矛盾を解消した時、本当の世界平和が訪れる。『自由のために戦う』と言っている限り、自由の奪い合いが続き、結局、両方とも自由は無くなる。自分が自分を縛っていることに目覚めない限り、本当の自由は無い。社会システムに矛盾があるならば、その社会は矛盾で作られた社会であるから、始めの初めのゼロに戻して作り直さない限り、社会の矛盾が顕著になり、争いが激しくなり、自己崩壊する。

あなたが本当の天国に戻れるか戻れないかは、あなたが天地の理法に従うか従わないか(違反を清算するかしないか)によって決まる。あなたの決心次第である。あなたが、あなたの不快感をあなた以外のせいにし、また反対に、あなたの快感をあなた以外のお陰と思うならば、それは、あなたの誤った解釈である。自分以外のものが原因であるというその見方自体が、その体験の原因である。「いい人」「悪い人」というのは、「自分にとって」である。あなたが快、得、幸を感じた時は感謝、不快、損、不幸を感じた時は文句、であり、その基準は、『自分にとってどうか』である。自分の都合で、誰かを天使にしたり悪魔にしたりして、感謝したり、文句を言ったりする、自作自演の独り芝居をしているだけである。真釣りの世は、楽のみ、善のみ、美のみ、正のみ、聖のみ、清のみが当り前の世界である。

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元つ話691 有限の中を無限に彷徨い続けること

2013-06-05 Wed : 長谷章宏語録 
あなたが、あなたの体験するもの(体験すること、状況、感情、考え、知識、常識、生き方)を、たとえ一つでもあなた自身以外のものが原因で体験している、起きていると思っているならば、あなたは重大な勘違いをしていることになる。あなたには偶然は無い。すべては、あなたのしてきた選択の結果である。あなたが『誰かに騙された』と思っているとしても、その誰かの言うことを聞く選択をしたのは、あなたである。『強いられた』『やむを得ず』という表現を使ったとしても、自分が選択したことには変わりは無い。あなたの同意なしで、あなたを動かす事は誰もできない。あなたが何かを恐れていれば、それを避けるために誰かの命令を聞き、『強いられた』『やむを得ず』と言う結果になる。しかし、あなたが恐れているそれ自体も、あなたが選択したもの(考え方、思想、知識、学習、信仰)によって作られたものなのである。その考え方、思想、信仰を選択したことが、その恐れを生み出した源であり、あなたの感情は、すべてあなたが生み出したものである。従って、『強いられた』『止むを得ず』と言う言葉は、自己責任を放棄する言い訳でしかない。

あなたが死を恐れているとしても、それはあなたが生み出した幻である。もし、あなたに死があるとすれば、あなたは死を想像することはできない。死を想像しているあなたは死んではいない。なぜなら、あなたは想像しているからである。あなたが本当に存在しなくなることがあるとすれば、その時のあなたは、苦も楽も感じる事はできない。あなたが死後の世界について論じているならば、あなたは、その死後の世界で生きていることになる。死後の世界が存在するならば、あなたには死はない。あなたが言っている死は、限定した世界での死である。「他人の死」を見て、「自分の死」を想像しているだけである。あなたがあなたの死を見る、合わせ鏡である。辞職も、勘当も、肉体的な死も、結局は、ある世界から出ることである。あなたは死んでも死んでも本当に死ぬことはできず、有限の中を無限に彷徨い続けることになる。あなたの体験する世界(景色、姿形)が変わるだけで、あなた自身は生き続ける。あなたが天地の理法に従った時、あなたには天国も地獄もない。時が至れば、死の幻想を持つ身魂がさ迷うことができる世界はすべてなくなる。これが何を意味するのかよく考えてみることである。あなたが真釣りに戻らない限り、命は消える。

あなたの世界は、本来、すべて天国であり、比較する対象は存在しない。あなたは一つの目しかもたず、善悪、美醜、苦楽、早遅、寒暖、進退、生死、天国地獄といった二極分裂した見方はできない。あなたが分裂した見方を選択しているから、分裂して見えるのである。この見方を「分かつ知」と言う。この見方で見ている限り、あなたは分裂し続けるだけで、永遠に統合することはできない。あなた自身が分けた世界で『より早く』『より楽に』と思うとすれば、それは、自分が作った世界を自らで分け続けることになる。『善悪があるから悪を裁くのだ』と言うとする。しかし、『善悪がある』は普遍的見方ではなく、あなたが作ったものである。『善悪があるから悪を裁く』と言えば、悪を裁き続けることになる。悪を裁く理由である『善悪がある』は、あなたがそう思っているだけであり、それを裁く理由にすれば、裁きの堂々巡りから抜けることはできない。あなたが、『善悪がある』と言っているから善悪があるのであるから、あなたは、自分が決めたものを理由に自分の行動を正当化していることになる。自分が自分を正当化しても、それは普遍的正しさではない。

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元つ話690 文明の中での苦労は天地の理法を外して滅びに至る苦業

2013-06-04 Tue : 長谷章宏語録 
自らが快欲に囚われて、マ違ったやり方で手にした分(響きを乱した分)は、キッチリと返さなければ(響きの乱れを引き受けなければ)あなたは、自らのしたことの責任を取っていないことになる。現代社会の法的、人道的、社会的責任云々は、『誰か(何か)の体験(感情)は、他の誰か(何か)に責任がある』というアヤマ知に基づくもので、それは真釣り外した世での責任概念であり、中身は空っぽである。お金の返済(借りの清算)も同じことで、自分の苦の体験(否定的感情)の責任は、真釣り外した自分自身にしかなく、自分が自分の加害者であり、それは、他でもない、天地自然の本当の神への冒涜者であることの証である。どうあっても自らの責任を認めないならば、あなたは永遠の死を迎える。

マ違ったやり方で自ら作り出した苦は、自らが引き受けるのが当然のことである。真釣りが神の掟であり、真釣り外した身魂は本来は存在しえない。あなたは(今の世は)『情けと花の仕組み』がなければ、今ここに存在しないのだということを決して忘れないことである。大神の情けがあるゆえに存在できるのだということをしっかりと自覚して、真釣り外して天地自然(大神)に迷惑をかけたことをお詫びして、真釣り戻す苦労に耐えることが、自らのしたことの責任をとることであり、天地自然と真釣り合わすことになる。『自分には覚えがない』『そんなのは詭弁だ』云々と言うならば、あなたにはミロクはない。自分がしたことが自分の現実に返るだけだから、好きにすればよい。自らが犯したマ違いによって自らが生んだ苦を自らが引き受けることが真釣り戻すことである。あなたの命は、あなたのものではない。その苦労を避けるならば、命を差し出そうとも、あなたに天国はない。

文明の中での苦労は、苦労しただけ天地の理法を外して滅びに至る苦業である。真釣りを戻す苦労は、永遠には続かない。真釣りを外した分だけ終われば、苦は消える。なぜなら、真釣りには苦はないからである。あなたが、真釣りに戻るための苦労に耐えることが、自らの違反の清算の証しであり、大神への本当のお詫びの印である。本当の感謝の印である。あなたが掟を破っている事を知らせてくれた「情けの苦」に感謝することができるかできないか、それが、あなたが永遠の命を得るための踏絵となる。苦を避ければ、悪を裁けば、自らがしたことの責任を放棄することになる。自らが自らを滅ぼす大きな取り違いに心底気づかなければ、あなたは消える。誤魔化しは効かない。自分の甘えや誤魔化しを一番知っているのは自分である。自分が自分を生かすか殺すか、唯一最大の分岐点である。

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元つ話689 神の世界の出産は一度だけ

2013-06-03 Mon : 長谷章宏語録 
子宮の外は、真釣りの世界であるから、魔釣りのままなら死産となる。少なくとも真釣りを思い出して産まれ出れさえすれば、真釣り外した分の艱難辛苦はあるが、真釣り戻しをし続けることで、必ず本当の天国を体験する時が来る。神の世界の出産は一度だけである。真釣りを外した神を真釣りに戻す子宮は、万古末代、ただ一度だけである。今のあなたにとっても、生まれ変わりはあるにせよ、同じ肉体での出産は一回きりである。本当のあなたの出産は、最初で最後の一回こっきりの出産であり、この出産を終えれば、真釣りの体で、真釣りだけの神代で、産まれることも死ぬこともなく自らが自らを産み生み続ける神人となれる。自分が自分の父であり母であり子である、自分の世界という子供の父であり母であるという、父子母(火土水)が三位一体となった永遠の天国で永遠の生を生きられるのである。今のあなたもあなたの世界の親であり、自らの子(現実)に不都合があれば、あなたは親の役目を果たしていない。あなたが教わった親の役割がマ違っているのである。あなたの心に曇りがあれば、親の役目を取り違う。あなたが親の役目を教わった親は、逆さまの世界の逆神の子孫だったのである。本当のあなたの教えることが、本当の親の態度である。嘘の親に教わったことはすべて捨てて、本当の親の生き方を学び直して欲しい。

真コトでなければ真コトの世を総べて統べることはできない。今のあなたは、親(生き様)を変えなければ、真コトの世界で自由自在に生きることはできない。日月地を統べるのは真釣りの神でなければできず、この世で真釣り戻しの天命を果たした神だけが、真釣りに戻った神が神の世を統べる、末代滅びない本当の天国に戻るのである。あなたが、誰かの助けを待っているならば、あなたには助けは来ない。あなたが救い主を探しているならば、それは滅びへと続く道のりである。救世主はあなた自身であるから、あなたの改心次第である。あなたが天地の理法に戻らない限り、大神でも手を貸すことはできないのである。

あなたが神の助けが欲しいならば、神に祈り、仏にすがるのではなく、あなた自身が天地の理法に乗ることである。大神の意に乗ることが、大神の響きに共鳴することである。大神の響きに共鳴すれば、あなたは大神の道に戻ることになる。しかし、あなたが今まで違反した分、辛抱が必要になる。あなたがアヤマ知で奪った分を返す間、あなたは苦労をすることが必要になる。奪って楽をした分、返す苦労が必要になる。その苦労は、奪って楽をした自分自身が生み出したものである。自らで自らのケツを拭き、自らが自らのツケを支払うならば、あなたは、自らのしたことに責任をとったことになり、ミロクは約束される。あなたが自らの苦を一つでも何かのせいにするならば、あなたには滅びが約束される。元々「神」であった者が、神の掟を破ったままで、神世に生きることはできないのである。

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元つ話688 戦争ができるのは真釣りの大神の情けである

2013-06-02 Sun : 長谷章宏語録 
逆さまの体主心従霊属の蛇の知恵で真釣りのミロク世を実現できると言うならすればよいが、水と水が組んだ世では、それは叶わない。本気で「神」に成りたいなら、魔釣りの響きを鳴らすのを止めて、今の偽の神仏(科学、宗教)を捨てて、真釣りの響きを鳴らすことである。形は響きの現われであり、響きと相応の形となる。響きが魔釣りで形が真釣り、響きが滅びで形が天国、響きが天国で形が滅び、響きが真釣りで形が魔釣りということはありえない。形が地獄なら響きも地獄である。形が戦争なら響きも戦争である。真釣りとは、万古末代弥栄の響きであり、魔釣りは滅びの響きである。今のままなら滅ぶしかなくなるから、大神が「情けと花の仕組み」で真釣りを戻す仕組みを構えたのである。魔釣りを進歩と間違えば、幻の天国を夢見たまま滅びを迎えることになる。大神が何もしなければ、魔釣りはなく、人類の歴史=現代社会も存在しない。今あなたが生きているのは、戦争ができるのは、真釣りの大神の情けであるゆえであり、そのまま続けるならば、すべて滅ぶ。

心に闇があるなら響きは魔釣りであり、そのままを形にしたら、最後にはすべてが滅ぶ。「鳴る」は「成る」の生かされある神響きであるから、魔釣りの響きで真釣りの世にすることは絶対にできない。形の水を基(台)となす「治す」では、何も直らないどころか、すべてが流れてしまう。火を元の台にして直すためには、まずは、あなた自身が真釣りの真コトを鳴らせる(魔釣りの魔コトの響きの思考を止める、アヤマ知をすべて捨てる)ことである。家を建て直すには、基礎も含めて、古家の形を跡形も無くすべて壊して更地(土)に返す必要がある。神仏も含めて、魔釣りの世は真釣りの中の子宮である。心に真釣りを鳴らせれば、真釣りが分かる。身欲、損得を捨てて行じれば、真釣りに戻ることができる。

魔釣りから真釣りに変わる瞬間の苦の響きに惑わされないことである。他人に真コトを通させるのではなく(社会を変えるのではなく)、あなたが真コトを貫き通せばよいだけである。分かってもらおうと思うのは魔釣りであり、真コトがある積もりであっても、それは、あなたの思い込みである。あなたが真コトであるならば、分かってもらおうとは思わない。真釣りは魔釣りと裏表であるから、魔釣りの者から見れば、無と同じ感覚である。真釣りの世を言葉で語り、真釣りの響きとはどんなものかを話し、真釣りの響きで生きる姿を見せることはできるが、真釣りの響き自体を魔釣りで生きる者に渡すことはできない。真釣りは自らの響きであるから、自らが真釣りに戻らない限り、真釣りとは何か、真コトとは何か、を本当に知ることはできない。魔釣りで行じた癖は、真釣りを行じて取るしかない。全く逆さまのハタラキの響きであるから、損得生死時空を超えて行じる覚悟が必要である。真釣りはアタマでは取れず、金でも買えない。神社の参詣や、教会での祈りや、教典の研究や、読経では絶対に取れない。真コトは、自らが行に結んで、初めて聞く神の徳である。

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元つ話687 日月地を統べる「地の日月の神」

2013-06-01 Sat : 長谷章宏語録 
魔釣りの蛇の神にとっては、あなたはペットである。蛇の神の気分次第で餌を与えられるかどうかが決まる状況にいる。その蛇の神も、言わば、大神のペットであり、大神がその気になれば、餌をすべて取り上げることもできる。しかし、すべての神仏、人類は大神の子であり、本当の親である大神はそんなことはしない。ただし、時が満ちれば、自然の掟通りにすべてを真釣りに戻すことになる。それまでに、大神の心を察して、自らのしてきたことを反省し、本当の自然の掟に戻らなければ、あなたは自殺することになる。大神は真釣り戻すだけであり、真釣り外したあなたが自殺するのである。万物の霊長が、実は、自然界で一番弱い生き物である。アタマの知恵、理性が自らが高等生物である証のように言っているが自然の掟の中ではアタマはいらない。自然の響きで自然に生きれば、何の不都合もないのである。花やペットの世話が面倒だというなら、大神が万象万物に万化して、神の世界を壊し回る手に負えない悪戯坊主の集団を生かし続ける苦労はどれほどのものか、考えてみるとよい。あなたは、天恵なくして一瞬たりとも生きてはいられない。アタマの知恵で奪い合いの喧嘩を繰り返して大騒ぎしている現代社会は、大神が自然に戻せば一瞬の内に崩壊する世界なのである。万物の霊長だというなら、すべての生き物を生かしてみればよい。それができるならば、今世の状況はないし、できるならば、この本もいらない。

月が三千れば、出産しなければならない。しかし、どうあっても出ないと言うならば、帝王切開となる。神仏も含めて、現代社会は仮の世である。仮資の世である。金の支える借り(ローン)の世界であり、本当の龍(真釣り)が現われてロンと成れば、すべては無に帰す。元に戻る。元の真釣りに戻る。今のあなたは、仮死状態であり、仮生状態である。仮の私であり、仮の世である。あなたが魔釣りを続けるか、真釣りに戻るかで、本当の生死が決まる。真生(=真世、真私、真死)であり、生死が永遠に決まるのである。これは、それぞれの課題であり、誰かを生かすことも殺すことも邪魔することもできない。誰かに助けられることも見捨てられることも邪魔されることもない。神仏を含めて、すべての身魂が自らの永遠の運命を自らで選ぶ決断(自決)である。誰かに連れて行ってもらうことも、誰かを連れて行くこともできない。神仏一柱一柱が、人間一人一人が、各々が、大神の子宮から自ら出るか、帝王切開で出されるか、真釣り戻して生き返るか魔釣りのまま死ぬか、或いは子宮もろ共無くなるか、を自ら自身で決めるしかない究極の選択なのである。

ミロクには神の子宮はない。自らが自らの子宮であり、母であり、父である。自らが外であり内である。自らが神であり、万物万象である。雌雄同体、雌雄変換、男女どちらでも自由自在に成れる。土にも、石にも、星にも、魚にも、鳥にも、飛行機にも、ロケットにも、何にでも成れる。すべて=一つの真釣りの神になる。日月地を統べる「地の日月の神」となる。日月地を統べるのは神でなければならない。ヒノモトの民は、世界を統べる親、地の日月の神と称される、尊き(十産十気)御役の神であり、その神が真釣りを外し、魔釣りのアヤマ知にも囚われ、真コトの神ハタラキができなくなったことが、現代の世の乱れの真因である。日本が真中の真コトを取り戻さなければ、世は滅ぶのが神仕組みである。

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  参考までに〈「実践・日本真道」より追加抜粋)
 元つ大神から、昭和19年に、岡本天明氏を通して、「日月(ひふみ)神示」が降ろされている。これは、黒住、金光、天理、大本と、近現代日本を通じて、元つ大神が、時代に合わせて世界の親であるヒノモトに向けて降ろした、真コトの神仕組みと世の立て替え立て直しを予告する一連の神示の流れの預言である。平成4年には「火水伝文」が、現代の日本人に分かる文章で降ろされている。著者のこの本は、その集大成であることをお伝えしておく。

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