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元つ話808 外の大掃除をするのはこの方の役目

2013-09-30 Mon : 長谷章宏語録 
元つ真釣りの神成る身魂であるそなたらに、真コトを教える神示が出ること自体がそもそもオカシキことでござると気付けよ。言わねば分からぬ魔釣りの身魂ばかりになりたから、そうなることは分かりて居りたから、最後の最後にマコトを出さねばお子が皆死んでしまうから、このフミを出すのでござるぞ。これもこの方の計画の内でござる。そなたらがすることは、この方の申す通りに素直に掃除をすることだけぞ。そなたが自ら歩いてこの方の元に帰ることでござるのぞ。そなたがそなたの魔釣りの知恵で、世界を変えようとすることではござらんぞ。そなたが壊した至善は何をしようともそなたらには元には戻せんぞ。この方は今の今もそなたらの世界を創りつづけて居るのでござるぞ。この方が何もせねば、そなたらの世界は一瞬のうちに無くなるのでござるぞ。

この方の創りだす資源は無限でござるのぞ。有限に見えるのは、そなたらが枠の世界で思考して居る結果、そなたらの内を見せる型示しでござるぞ。そなたらの内を映す鏡でござるのぞ。そなたらが自ら壊しておいて、有限にしておいて、エコロジーだ、ボランティアだ、省エネだ、倹約だ、節約だ等と申して、無駄を無くせ、壊すのは許せん等と申して、魔釣りの浅知恵で無駄な抵抗をして居らずに今あるものを使って自らの掃除をしてくだされよ。そなたらが世界を変えられるのではござらんぞ。この方がそなたらの内の通りに見せておるだけでござるぞ。最後の大掃除では、そなたらの力では何も出来ん。山火事をコップの水で消すようなもの。そのコップの水もとめてしまえば、そなたらは何もできんでござろうが。最後の最後はこの方が、すべての不調和、すべての偏り、すべての問題を一気に片づけるから、この方にとっては簡単なことでござるから、そなたらは心配なさってくださらなくとも結構ぞ。そなたらが自ら創った箱庭を一遍に壊して創りなおすようなものでござるぞ。そなたに掃除がなければ、そなたも一気に片付けられるぞ。そなたらにはもう何も解結できんから、後のことはこの方にすべて任せて、そなたは自らの掃除をしてくだされよ。すべてのすべてを自由にできるのは、この方だけでござるのぞ。

外の大掃除をするのはこの方の役目でござるから、そなたらは自らの内の戦いをキレイサッパリやめてくだされ。戦うから外を変えようと思うようになるのでござる。そなたらが自然を支配するなど不可能なことでござるのぞ。真釣りのこの方を忘れて自らが何でもできると思っておる魔釣りの神々様に釣られて居るから、外を変えられると思い込む取り違いをするのでござるぞ。人も自然も含めて外を変えると申すのは、この方と戦うのと同じことでござるのぞ。魔釣りの神々様すらこの方と戦っても勝ちはないのぞ。そなたら人間がこの方と戦ってもそなたらの負けは明白でござろうが。そなたの外にあるものは人も自然もすべてのすべてこの方の創りたものでござるぞ。自らが壊したものを自ら直そうとするのは宜しいが、やり方がアベコベでござるから、ますます壊すことになるから、よけいなことはもうやめてくだされ。そなたの内の掃除をすることだけがそなたにできることでござるぞ。それがそなたの御用でござる。それが神の掃除を助けることぞ。大掃除のお手伝いでござるのぞ。神も人も助けることでござるのぞ。

                     立日十

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元つ話807 最後の最後の三歳苦難

2013-09-29 Sun : 長谷章宏語録 
そなたの肉の目で見えるようになって掃除を始めても、もう遅い。そなたがしただけ纏(まと)めて渡すから、今までツケにしただけ纏めて請求するから、最期の掃除は厳しいぞ。今今の修行にも耐えられんでツベコベ申すそなたでは、愚痴や文句や泣き言を平気で申すそなたでは、何でもかんでも神や人のせいにするそなたでは、とてもとても耐え切れん修羅の地獄と成るのでござる。この方には時空はござらんから、最期の掃除もミロク世も、既に創りてござるから、最期の地獄は今今のそなたらには可哀想で見て居れんから、今の今からしつこく申しておるのぞ。これは予言ではないぞ。この方の情けの予告でござる。これからそなたが体験することを、この方が予め教えて差し上げて居るのでござるぞ。

最後の最後の三歳苦難と申すのは、神から人まですべてのすべて、天地すべてを一気に開き、天地の穢れをまとめて祓う、今のそなたには想像できん修羅の地獄でござるのぞ。そなたがこの方の申す通りに素直に真釣りに戻れば、戻ったそなたに地獄はないぞ。今から掃除を始めねば、そなたはミロクの世で神成ることはできんぞ。ツベコベ申さずに、今の今からハラを括って身魂の掃除、洗濯してくれよ。そなたに死はござらんから、死を恐れておりては、本当に死んでしまうから、早う身魂の掃除を始めてくだされ。この方とて自らのお子を見殺しにはしたくないから、今からすべてを教えて居るのでござるぞ。いつまでも頑固で居らずにいい加減に親の申すことを素直に聞いてくだされよ。神の最後の頼みでござる。一人でも多くのお子がこの方の元に戻って来てくれよ。宇宙の始源のその時にそなたと交わした約束通り、神と共にミロクの世を遊ぼうぞ。

ミロク世が近づいたこの時節、そなたらにはもう試行錯誤して居る暇はござらんから、そなたの肉の目、魔釣りで曇ったアタマでも分かるようにして要点だけを教えるから、美味しいところだけを渡すから、ミロク入試の勉強法と正解をすべて教えるから、神の秘密の情報をすべて公開するから、嘘や暗号やひっかけや騙し討ちはもう御座らんから、今まで身につけたすべての知識、常識、宗教、哲学、教育、法律等々の魔釣りの世の価値観、そなたの過去の体験は、すべてのすべてを一旦棚に置いて、身魂をすべて裸にして、今そこでゼロから出直せよ。そなたの肉は服でござるぞ。そなたのマコトの裸と申すのは魂のことにてござる。マコトの裸にならぬと、そなたはミロクの服は着られんぞ。肉の身の裸を恥ずかしいと申すそなたは、醜き臭き魔釣りの身魂でござるぞ。神成る身魂として、マコト恥ずかしき所業でござるぞ。そなたがどんなに隠そうとも、この方からは丸見えでござるのぞ。最後の最後は丸裸にして洗濯することになるから、今から洗濯始めろよ。

そなたが学んだ魔釣りの知恵で、どんな屁理屈申しても、神の仕組みは動かんぞ。神の世直しは待った無し。この方の計画はそなたらを産み生んだ時からすべて決まって居るのでござるぞ。そなたが真釣りを生きねば、最後の一厘は分からんぞ。真釣りを外した現(こ)の世の中に、魔釣りの神を産み生んで、魔釣りの者を引っかけて、不都合創って気づかせて、真釣りに戻す仕組みなり。そなた自身の魔釣りを映す外の悪を平気で裁き、自らは真釣りと思いこんで善人を気どり、悪をますます進め行く、気づかぬそなたが悪の種ぞ。魔釣りは滅びが神の掟ぞ。そなたが真釣りに戻らねば、現(こ)の世もろとも消え去るぞ。いつまでも魔釣りの神に囚われた宗教が語る誤った知識を鵜(う)呑みにして居ると、とんでもないことになるぞ。魔釣りの神もこの方の内でござるのぞ。そなたが真釣りに居れば、どんな神が現れようともそなたには何の影響もござらんぞ。そなたが魔釣りに居るからものの見事に引っ掛かるのでござるのぞ。そなたの外に見える悪と申すは、そなたの悪を映す鏡ぞ。

そなたが真釣りでござるなら、そなたの外には何の悪もござらんぞ。そなたが外の悪を裁くならば、この方の申すことを嘘だと申すならば、そなたは魔釣りに生きて居ることを白状して居るぞ。そなたが外の宗教を裁くならば、そなたは魔釣りの者でござるのぞ。外の宗教を悪と申す、そなたの心を改めよ。悪の宗教裁くそなた自身が、調和を壊す悪の宗教の臭き教祖でござるのぞ。この方の構えしマ釣りの仕組み、ミロクを創る神仕組み、真釣りに戻す神仕組み、そなたらがどんな手を使おうとも、どんな悪企みを策略しようとも、そなたらのご都合ではどうにも変えられんのぞ。最後はそなたがそなたを殺すことになるから、よくよく心得ておきなされよ。そなたがしたことがそなたに戻って居るのぞ。そなたが真釣りを外したからそなたはこの方の申すことが分からなくなりたのぞ。何も見えなくなりたのぞ。自ら外した真釣りを戻すことだけが、調和を壊したそなたにできる、神に対するお詫びのお印(しるし)でござろうが。

                        立日十

元つ話806 そなたが戦いを創るからこの方が戦う相手を渡すのぞ

2013-09-28 Sat : 長谷章宏語録 
そなたの内の通りに外に映って居るのじゃ。そなたの内にあるものが外から来て居るのでござる。そなたが「そんなことは嘘じゃ」と申すから、外から来るものが変わらんのでござるよ。そなたが外と戦えば、外には戦う者が有り続けるぞ。そなたが戦うことをやめねば外は戦いだけでござるぞ。そなたが何でもかんでも戦おうとするから戦いを続けることになるのぞ。戦争反対と申して居るから戦争が有り続けるのでござるのぞ。そなたが戦いをやめても、戦いをしておる身魂がある限りは戦争と申す形は有り続けるぞ。そなたの外に形として戦争が有りても、そなたが戦いをやめて居れば、そなたにとってはただの映画になるのでござる。そなたが心を変えれば外が無くなると申して居るのではござらんから取り違いなさるなよ。そなたにとって戦争がただの出来事になるだけぞ。一人一人が戦いをやめれば、戦いは無くなってゆくのぞ。悪と戦うから悪が相手をしてくれるのぞ。

そなたは外を変えられる魔法使いではござらんぞ。そなたの外側を変えられるのはこの方だけでござるのぞ。この方にとっては自らの内でござるからな。そなたから見た外はこの方の内でござるぞ。そなたが変えられるのはそなたの内だけでござる。そなたが内を変えれば外が変わって見えるのぞ。そなたの内の通りのものをこの方がそなたの外に渡すのぞ。この方の内にそなたが居るから、そなたの内と同じものをそなたの外に渡せるのぞ。そなたの内もそなたの外もこの方の内でござる。そなたの想いは丸見えぞ。そなたの思う通りのものをそなたの外に見せることなど簡単なことでござるぞ。

自らの内の掃除をせずに外から来るものに文句を申すそなたは何をして居るのじゃ。そなたはそなたの内を変えられる、そなたの神ではござるが、外を変えられる元つ神ではござらんぞ。そなたはそなたの現実を自由に創りだせる神でござるぞ。今のそなたはこの方がありてそなたの外を自由にできるのでござるのぞ。そなたの内の通りに外に成って居るのぞ。そなたはそなたの創造者でござる。すべてのすべてがそなたの思う通りに成って居るのでござるのぞ。そなたが戦いを創るからこの方が戦う相手を渡すのぞ。最後の最後はそなたの内が戦って居れば大変なことを体験することになるぞ。天地ほどいて時空一つにしてそなたが内に持って居るものをすべて一度に渡すのぞ。今のそなたには想像できんことでござるぞ。そなたがしてきたすべてのツケを一気にお渡し致すのぞ。そなたが内にあるものがそなたの外にあるのでござる。自らが自らを祓うことになるから覚悟致せよ。

                        立日十

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 <参考>
 そうでなくてその反対を愛して欲しい


元つ話805 真釣り無き者には地獄の地獄の地獄

2013-09-27 Fri : 長谷章宏語録 
今今のそなたらは、この方がおらねば何もできん身魂でござるのぞ。そなたら人間が自らの力で解結したものなど、ただの一つもござらんぞ。そなたらの申す二十一世紀の姿と申すのは問題ばかりではござらぬか。今まで問題ばかり創って来て居るそなたらに如何にして解結できると申すのか。そなたらの壊しに壊したこの世界、誠の真釣りのこの方の、誠の神の力がござらねば、新しき世には成らんのぞ。そなたら魔釣りにかぶれた人間には到底想像できぬが、ここまで壊したこの世界を、ミロクの世に変えるには、誠の神にしかできぬ、次元超えたる大掃除が必要でござるのぞ。何が起きるか探しても、そなたらのアタマでは分からんぞ。分かったところで真釣りなければ何にもならん。何を知ろうとも真釣りが無ければ無駄でござるぞ。アタマでっかちではミロクのドアはくぐれんぞ。

魔釣りで壊したホドケの世、いつまでも魔釣りの知恵で魔釣り縫って居らずに、早う真釣りに戻ってくだされよ。魔釣り縫ったその先は、すべてほどかねばならんボタンの掛け違いでござるぞ。そなたらの上から全体を見て居るこの方が、ボタンを掛け違えて居るぞと教えて居るのだから、今のうちに全部ほどいて初めから真釣りで縫い直してくだされよ。今ならまだ間に合うぞ。最後の最後で掛け違いに気づいてももう間に合わんぞ。最後の最後の瀬戸際でいよいよ誠の神の誠の力を顕す世と成りて居るのでござるぞ。魔釣りで腐ったアタマを下げてこの方の元に帰る時節となりたのでござるぞ。そなたらが待ちに待ちたミロクの天国が近づいて居るのでござるぞ。正直、素直結構ぞ。魔釣りは滅びぞ。

このフミ読んでもまだ分からんと申す、魔釣りにかぶれた大ウツケでは、ミロクの民になるなどおこがましいぞ。最後の最後の大掃除でこの方の申す通りに得心行くまで身をもって教えてやるから、分からんと申すならば分かるように教えてやるから、それまで黙って控えておれ。そなたが何と申そうとも、神の掃除は計画通りに着々と進んで居る。魔釣りのそなたには何が起きて居るか何も見えんぞ。今見えんものを信じることが信頼と申すもの。今から始めねば間に合わんから、ギリギリでござるから、最後の掃除はそなたには耐えられんから、今から申して居るのでござる。この方の話は誠の誠の話でござるぞ。

この方の申す通りに真釣りに戻れば、肉の目には見えずともそなたにもだんだんと分かりてくるぞ。そなたが魔釣りの身魂でござりても、先に行くほど目に見えてくるぞ。肉の目に見えるようになりて慌てて逃げ回っても、この世には真釣り無きそなたの逃げる所はどこにもござらんぞ。身魂の掃除の出来具合相応に苦しむことになるぞ。身魂の掃除相応に楽に越せるのでござるぞ。すべてはそなた次第でござる。見えてからでは間に合わんから、見えんうちから申しておるのでござるぞ。こうして文字になること自体、そんなことはあり得ないと申すこと自体、肉の目で見て、心に映して見て居ることに気づけよ。文字で伝えて居るうちに、早く気づいてくだされよ。この方の申すことを素直に聞いてくだされよ。実地で形になったその時は、真釣り無き者には地獄の地獄の地獄となるのぞ。

                        立日十

元つ話804 そなたらが三千年の長きに渡り歴史を通じてしてきたことのツケ

2013-09-26 Thu : 長谷章宏語録 
このフミは、そなたの人生のすべてのカラクリ、そなたらのして居る取り違い、そなたらが今まで正しいと信じて学んできた教えてきた伝えてきた常識や知識の嘘や勘違い、幻想や錯覚、宗教の真実、コントロールの仕組み、ミロクへの道乗り、神と人の関係、人類の歴史の真実、そなたのココロの仕組み、マコトのイノチの仕組み、大神様のご真意、この方の産み生んだ神の世のすべてのすべてのすべての仕組みをキレイサッパリズバリと明かす、今まで出したすべての神示の種明かす、元つ真釣りのこの方からの、現(こ)の世に生まれし全ての身魂への、最後の最後の神伝え、ミロクへ誘うオフレ紙でござるのぞ。

このフミが出て居ることが、元つ真釣りのこの方が現(こ)の世に現れし証なり。そなたに分からんことを何故にこの者が書けるのか。そなたに分からんことを何故にこの者が説明できるのか。そなたが何も分からぬと申すならば、自らの無智を素直に認めて、いつまでも抵抗して居らずに、自らの大きなアヤマチを認めて素直に観念してござれ。この方に逆らってもそなたが傷付くだけでござるぞ。そなたが素直にお詫びをするならば、そなたがどんなにこの世で悪者といわれてござりても、この方は喜んで手を貸すぞ。そなたが自ら真釣りを取らねば、この方は何も手出し口出し出来んのぞ。真釣り無しではミロクはござらん。そなたが真釣りに戻ると申すならば、この方は全力挙げてそなを助けるぞ。最後の最後のミロクまで何があってもそなたの手を引いてやるから安心してついて参れよ。

このフミは、ここ数年に起きておる前代未聞の出来事を、この方の大掃除の予兆の数々を「この目」で見ても、いまだに、この世に神など居らんと申す、二十一世紀をこのまま迎えると申す、ハルマゲドンや天意転換の大掃除を何とかして逃れようとして居る、聞き分けのない身魂にも分かるようにしてござるから、実身(耳)をよくほじくってシッカと聞きなされよ。忌まわしい大震災だとか、何の関係も無き者が犠牲になった地獄絵のサリン事件だとか、人類の平和を脅かす核実験は許せんだとか、自らのしてきた魔釣りをすべて棚に上げて、自らは悪いことはして居らんと申して、何でもかんでも誰かの責任に致して、災害だ被害だ犠牲だ防災だ反戦だ制裁だと大騒ぎして、悪い状況を何とか避けよう、何とか生き延びようとして居るそなたらは、いったい何をして居るのじゃ。

今の世は、平和でも自由でも平等でも公平でも安全でも何でもござらんぞ。神の創りた調和の世を魔釣りの知恵で壊しに壊した成りの果ての混乱の世でござるのぞ。このまま進めばそなたらは何も出来ずに動けんようになるぞ。この方の申すことを聞かねば、最後の最後に史上最大のビックリが出るぞ。何とした取り違いであったかと呆然と立ち尽くすことになるぞ。先行き不透明でござるのが、そなたらにはもう何も出来ん証でござる。何も見えんで、何も分からんで、原因不明で、如何にして解結致すと申すのか。医学も政治も経済も教育も、この世の仕組みのすべてのすべてが同じでござるぞ。魔釣りの身魂の浅知恵で小手先だけの対策を講じても、人間だけで何とかしようと致しても、ますます混乱して分からなくなるだけでござるのぞ。これ以上問題を創り続けてどうするお積もりか。

誠の平和、安全、自由、公平な世と申すのは、戦争も犯罪も病気も事件も差別も公害も問題も何も無き、嬉し嬉しの世のことを申すのでござるぞ。創るものでも守るものでもなく、初めからずっとあるべきものでござるのぞ。そなたらは、この方がそなたら人間に渡した、預けた調和の世を自ら壊して平気な顔をして居るのでござるぞ。軍隊創って平和を守ると申して居るが、平和な世なれば戦いはござらん。軍隊があること自体がオカシキことでござるのぞ。誠の平和と申すのは一〇〇%戦争無き世のことでござるぞ。攻撃も防衛もどちらも同じ屁理屈でござる。本来なれば、正当防衛等と申す、善人の屁理屈は通用せんのぞ。攻撃も防衛もどちらも神の世の調和を乱す悪の論理でござるのぞ。

今の世でそんな理想郷は実現するはずはござらん、神が居るならば戦争を創る前にやめさせればよかったではないか等と申す、何でもかんでも自らのご都合よく考える、破壊を進歩と勘違いして居る、いまだ平和や自由を創れると思って居る、臭き魔釣りの身魂にはもう何もできはせんぞ。元つ真釣りのこの方の力無しではもう何も解結致さんぞ。この方が許さねばそなたはこの世には居られんのぞ。そなたが破壊の世を創ろうとも、最後の最後で創り直す仕組みを構えあるから、最後の最後に改心致せば宜しいから、今の今まで生かしてきたのでござるぞ。上から下まで魔釣りの神のマインドコントロールにまんまと嵌まって居るそなたらは、許せない認めない信じないありえない云々と自らのご都合主義でツベコベと屁理屈を申して居るが、何でもかんでも戦って悪を消そうとして居るが、すべてのすべてはそなたらが三千年の長きに渡り、歴史を通じてしてきたことのツケでござるのぞ。今のこの世に一人として自ら以外に責任転嫁できる者は居らんのじゃぞ。

                      立日十

元つ話803 人生に「失敗」というものはありません

2013-09-25 Wed : 長谷章宏語録 
あなたの選択の基準はひとつだけ
 私の情報を選択するかどうかは、あなた自身に聞いてみてください。あなたの内側の正直な声に従ってすべてを選択してください。自分以外のものに、一切影響されないようにしてください。

 「(他がどうであろうと)じぶんはどうしたいのか?」

 あなたの選択の基準はこの一つだけです。そして、このプロセスの中のすべての場面で、最終的に決断するのはあなたであり、すべての責任は自分自身にあるのだということをしっかりと覚えておいてください。これは、あなたが自分の望む人生を実現していく上で、非常に重要なことなのです。あなたの人生というのは、あなたの創り出した想像上のシナリオを形にして楽しむゲームなのだということをしっかりと理解しておくことが大切です。

この世界では行動することだけが結果を創り出す
 あなたがいるこの世界では、行動することだけが結果を創りだします。考えているだけでは、現実は何も変わりません。良い悪いの議論をしていても、未来をアレコレ心配していても、答えは出ません。誰かの考え方を批判したり、どうしようかと考えたりするヒマがあったら、片っ端から自分の思うところを行動に移すことです。そうすれば、結果の如何に係わらず、あなたが求めていた答えは簡単に得られます。
 「この方法はうまくいくのかな」と考えるよりも、やってみればよいのです。これが人生の面白いところです。時間はたっぷりあります。「行動する時間」をなくすことができるのはあなただけです。「時間がない」と文句を言っているあいだに、行動してください。あなたが持っているシナリオを自由に書き換えながら、それを演じることで、あなたが望むものを一つずつ手に入れていけばよいのです。

すべての出来事は夢に向かう「成功」というステップ
 大事なことは、すぐに結果を出そうとしないことです。あなたのした選択の結果、何が起きようと、何を体験しようと、それは人生という旅のプロセスの一場面に過ぎません。目の前に見えている一つの結果だけを取り出して、価値判断をしないことです。決してそこにとまらないことです。人生に「失敗」というものはありません。大きな視点から見れば、すべての出来事は、夢というゴールに向かって伸びている「成功」というステップの一段なのです。「過去」の階段は、次々に崩れています。あなたという肉体は「過去」という階段を踏みしめることはできないのです。「過去」を見ていても「過去」はありません。「未来」を見ていても「未来」という階段はありません。あなたが踏みしめられる段階は「今この瞬間」だけなのです。

あなたは自分の声だけに耳を傾ければよい
 あなたのしたいこと、あなたの人生を知っているのは「あなた自身」だけなのです。あなたの周りに氾濫しているたくさんの情報の中で、何が真実なのかは、あなたが決めればよいことです。あなたの人生に効果的に作用する情報だけを選べばよいのです。あなたがした選択の結果は、あなたにしか「評価」できないのですから。
 人の形の真似はできても、人のフィーリングの真似はできないのです。あなたに見えるのは形だけです。そして、それには決まった意味はありません。あなたがすることは、自分の声に耳を傾けることだけです。
 あなたの人生は、あなたのものです。あなたは、誰に遠慮することなく、自分がしたいことだけを、正直に、自由に、表現してよいのです。「駄目だ」という自分勝手な発言をする人はほっといてください。言うことを聞いても、その人はどうせ責任は取れませんから。

ナチュラルな人間としていきること
 「最もノーマルな人間」というのは、本当は、「最もナチュラルな人間」のことです。最も正直に自分を表現している人間のことなのです。そして、みんなが何の抵抗もなくそういうことができる社会が、平和な社会なのです。まずは、あなたから始めてください。

あなたは何をしていようと、あなたです。

あなた自身のために「夢」を生きつづけてください。

すべての出来事を、あなたの夢の実現という「大きな視点」で常に見ていてください。

そして、夢を実現してください。

 最後に、「自分とは何か?」ということへの一つの解答として、テレビドラマのナレーションを引用して、筆を置くことにします。


 「僕は今、本当の自分が何なのか分かったような気がする。・・・・・・いや、僕ダケじゃなく人は皆、恐怖も怒りも悲しみもない、・・・・・・まして名誉や、地位や、すべての有形無形のものへの執着もない、ただそこに、たった一人からの、永遠に愛し、愛されることの息吹を感じていたい、・・・・・・そう、ただそれだけの、無邪気な子供に過ぎなかったんだと・・・・・・。」
 (TBS「高校教師」最終回ラスト/羽村隆夫の内なる声より)


 ★あなたの人生を創るのはあなた自身です★

                      アキヒロ

元つ話802 自分がしたいようになっているのが人生

2013-09-24 Tue : 長谷章宏語録 
新しい時代の生き方についてのまとめ(8)

 さて、ようやくまとめの時間となりました。ここまで読んできて、あなたはどこが気になりましたか? どこで批判したくなりましたか? どこで分からなくなりましたか? そして、今どんなことを感じていますか?
 この本を読むプロセスで感じたことが、あなたの人生において、あなたが見ている現実を決めているのです。あなたは、同じような場面で、同じように感じ、同じような理由をつけて、同じような選択をして、同じような体験をしているのではないでしょうか? あなたが持っているその見方が、あなたに今までの現実を体験させていたのです。その人生、その体験をいつまで続けるかは、あなたが決めることです。そして、あなたが望めば、いつでも変えることができます。あなたがこの本を何の抵抗もなくすべて理解できるとしたら、あなたはもう「この世の天国」を生きています。自分の欲しい現実を体験するために、自分が100パーセント満足できる人生を生きるために、自分の創りだしたシナリオをすべて実現するかどうかは、すべて、あなた次第です。

情報の価値はあなたが決めればよい
 私の仕事は、「あなたの『本当の人生』、あなたの『最高最大の人生』に貢献すること」です。私は、自分が持っているすべての情報、方法を駆使して、あなたをサポートすることができます。あなたは、この情報を選択するにあたって、自分のした選択と言動に自分自身で責任をとってください。それが新しい時代の生き方なのです。
 誰のものでもない、あなたの人生です。すべてあなたの自由な意志で選択してください。あなたがどんな選択をしようと、あなたが何をしようと、私は何も言いません。私のことは無視してもらっても結構です。
 あなたが出会う情報が「誰が言ったものなのか」ということは、あなたがそれを選ぶ上ではたいして重要なことではありません。その情報自体が自分自身に使えるかどうか、という視点で見てください。これは、すべての選択について言えることです。その情報の「あなたにとっての価値」というのはそのソース(出所)の評価や信用とは何の関係もありません。表面上の形ではなくて、あなた自身の声を基準にして、それを選ぶかどうかを決めてください。
 「近所の幼稚園児が言ったこと」と「博士号を持っている世界第一人者のノーベル賞学者の大学教授が言ったこと」とどちらが価値があるかは、あなたが決めればよいことです。

すべての人間は等しく無限大の可能性をもっている
 人間の(つまり、あなたの)可能性は無限大です。自分が表現したいものだけ表現できます。人間に不可能はありません。「不可能だと言っている(決めている)人間」がいるだけです。つまり、すべての人は、平等な可能性を持っているのです。それを形にするかしないかは本人の問題です。自分がしたいようになっているのが人生なのです。やるときめたら不可能なことはありません。どういう人生を創り出すかというのは、すべて、あなた自身の意志にかかっているのです。
 私は、あなたという存在の別の一面を表現した人間に過ぎません。ここにある様々な情報は、あなたが、あなたの内側を鏡に映して見ているようなものです。この本も、私が書いたものではなく、あなたが書いたものだと思って、必要だと思ったときに何度でも読み見返してみてください。毎回、違ったものが見えてくるでしょう。

あなたの人生の主役はあなた
 あなたの人生の主役は、あくまでも「あなた」です。あなたのする選択が、あなたにとって唯一の選択なのです。私が何を言おうと、周りがどう言おうと、常識や前例がどうだろうとそれをそのまま受け取る必要はありません。あなたが制限するものは何もありません。バチが当たることもありません。あなたがそういう考え方を選んでいるだけです。選んでいるから、そういう体験をしてきたのです。
 「あなた」というのは、永遠無限の自由な存在です。あなたが信じているものが形になります。夢を形にしたいならば、形になるその瞬間まで誰が何と言おうと夢を見続けることです。

                      アキヒロ

元つ話801 「お先に失礼、勝手にやるよ」という生き方

2013-09-23 Mon : 長谷章宏語録 
あなたが自分独自の生き方を見せることで他の人のモデルになる
 一人一人が自分自身を生きることで、人間の数だけ選択肢ができるのです。生き方のサンプルが無限に創り出せます。自分の外側に何かを探している人は、自分の中にあるもの、自分が欲しいものが、外にあると信じているだけです。自分が探しているものは、自分の内側にあるものなのです。それが外側に見つかるかどうかは関係ありません。あなたが何かを探しているときは、それが外にあろうと無かろうと、あなたの内側に、すでにその「何か」を持っているのです。否定するには遅すぎます。あなたがそれを認めれば、外に探す必要はなくなります。「正しい生き方」「正しい表現」「人を傷つける行動」「人に迷惑な行動」というものは一切ないのです。
 あなたがあなたの表現したいものをしてはならない理由はどこにもありません。あるとすれば、それは、あなた自身が「表現してはいけないと決めているとき」です。あなたが許すだけで、すべての行動が可能なのです。そして、あなたが許せない理由もあなたが選んでいるものであることに他なりません。

 一人一人が自分だけの、独自な、ユニークな生き方を、素直に、自然に表現すればよいのです。あなたがそれを表現しないことが、あなたが「ソン」しているだけでなく、他の人が自分以外の生き方を知るチャンスを奪っているのです。そして、人の正直な表現を制限する(ワクにはめる)ということは、自分以外の生き方を知ることができず、自分の成長のチャンス、問題解決の情報を仕入れるチャンスを奪っていることにもなるのです。
 お互いに、自分の成長のための情報やアイデアを得るためのチャンスを奪い合っている、足の引っ張りあいをしているのが今までの生き方なのです。それは、一見勝ち負けの人生ですが、長い目で見ると、負け負けの人生です。それに対して、お互いがお互いの生き方を認めあって、自分が欲しい部分だけ自由にもらう、そして、相手が欲しいものを提供するという、お互いが成長しあえる勝ち勝ちの人生というものもあります。それが。「自分に正直に生きる」という生き方なのです。
 そろそろ、お互いに様子を見合って牽制しあう生き方をやめることを決めてはどうでしょうか? それをしていても、もう何も得るものはありません。今までやってきたこと、今ここで起きている様々な出来事が、その生き方をしてきた結果なのです。お互いが自分のしたいことを始めること、自分の内側にあるものを素直に表現すること、そして、表現したことに対して一切責任追及はしないこと。そういうルールを決めて、全員が行動を起こしたとき、本当の平和がやってくるのです。
 「みんな一緒にやりましょう」「誰かわたしと一緒に行きましょう」というゲームはもうやめたほうが良さそうです。「お先に失礼、勝手にやるよ」という生き方で、まずは、一人一人、できる人から始めることです。それこそ、「赤信号、みんなで渡ればこわくない」という精神で、「非常識」を皆がやれば、それが「常識」になるのです。今までの常識と、新しい常識と、新しい常識とどちらがトクか、それはやってみてのお楽しみです。今までの常識があなたに何をもたらしてきたか、どんな社会を創ってきたかは、ご存じの通りです。

 あなたの中にすべてがあります。実は、この世界には、「あなただけしかいない」のです。すべて、あなたの基準で、あなたが判断し、あなたが選択し、あなたが行動し、あなたが体験している一人芝居なのです。意識のレベルでは、今この瞬間に、あなたの体験するすべての現実が存在します。人生の体験というのは、それを一つ一つ形にして、見て、体験して楽しむことなのです。
 あなたが持っていないものは、あなたの外につくることさえできません。あなた自身が夢そのものです。あなたが神様なのです。あなたが天国なのです。あなたが、神様であり、悪魔であり、地獄であり、幽霊であり、そして、人間でもあるのです。
 あなたは、毎瞬毎瞬、自分が感じたものを、正直にそのまま自然に行動すればよいだけです。あなたの「直感」をそのまま行動に移せばよいだけです。「直感」を判断するということは、自分以外の声を選択しているということです。それをしている限り、「自分の夢の実現」を、「自分の天国の実現」を自分で遅らせることになるだけです。
 「自分の選択」が形になるのです。「自分の夢の声」を否定している限り、夢は永遠にやって来ません。そして、あなたの夢を実現するということが、あなた以外の人の夢を実現するということでもあるのです。あなたが人をコントロールしたり、やめさせようとしたりしているとき、その人だけではなくて、自分自身の、そして、「すべての人の天国の実現」をも遅らせていることになるのです。みんなでそういうゲームをやっている限り、「天国」は永遠に形になりません。
 周りの声は自分勝手です。すべて、「私は○○だと思う」と言っているだけです。あなたは、あなたの心地よい自分勝手をしてください。

新しい時代のキーワードは、「一致しないことに一致する」
 一人一人に「直感」の行動が創り出す結果が、集合体として見ると、「勝ち勝ちの社会」を創り出すのです。自然は自然。すべての人が幸福になれるパズルなのです。一人一人幸福になると、全体を見ても幸福です。表面上は一見バラバラのようで、実はまとまっているのです。形を創ろうとすることが、それを創ることを遅らせることになります。形に現れているものは、目に見える結果に過ぎません。「一致しないことに一致する」というスイスという国の方針は、この先の「平和」を考える上で非常に大切な考え方になります。
 お互いが自由に、干渉しないで生きることです。その結果として自分の中に平和なフィーリングを創り出し、形として平和な社会を創ることになるのです。それが、他でもない「天国」の姿なのです。言うなれば、今までの社会は「宇宙の創造法則」を使って、「地獄」をつくるゲームをしていたようなものなのです。やり方を変えることで、同じように「天国」をつくることもできるのです。「できるはずがない」というのは、「地獄をつくるゲーム」をしている人の見方で見たときに出てくる発言です。「まだできていない」のですから、まずは、「できる」と信じることを選んで行動を始めることから、「この世の天国」がスタートするのです。
 新しい時代というのは、新しい地球で「この世の楽園」「桃源郷」「理想郷」「エデンの園」「空想の世界」を実際に形にしていく時代なのです。

                      アキヒロ

元つ話800 見えない自分(自分自身)への旅

2013-09-22 Sun : 長谷章宏語録 
あなたの人生は「見えない自分(自分自身)」への旅
 この本の中の様々な情報が、今ここにある「自由を制限するシステム」の中にいるあなたの人生に、効果的に働くようになるためには、少々の「冒険」と、「勇気」、「自分への正直さ」「自分自身で責任をとること」、そして「自分への全面的な信頼」が必要です。「すべての既成概念」を一度白紙に戻して、新しいものの見方、考え方を受け入れることが必要です。そのための情報と、それを実行していくプロセスでの援助、問題解決のヒントを提供することが、私の役目です。いずれにしても、「自分の選択が自分の人生を決めているのだ」ということを知っておいてください。
 人生というのは、「見えない自分(自分自身)への旅」です。この世界の九九パーセントは「目に見えないもの」です。そして、そのまた九九パーセントも「目に見えないもの」です。あなたが、見えないからといって、存在しないことにはなりません。あなたは、それが存在することを否定することができるだけです。「存在する」からこそ、それを否定できるのです。「存在しないもの」は見えません。あなたが「ない」といっているのは、「存在しない」ということではないのです。それは、「形として見えない」「認めない」「許さない」という言葉と同義です。少なくとも、議論しているあなたの想像の中では存在しているのです。「見える人」と「見えない人」が議論しても、永遠に平行線です。今この瞬間に物質という目に見える形で存在しているものは、ほんの僅かなものです。
 あなたの「見えない自分への旅」が一つ一つ形となって現れているのが、あなたが「現実」と言っているものに他ならないのです。それは、すべてあなたの選択によって実現していくものです。

あなたの「宗教」はあなただけのもの
 あなたが自分に無限の信頼を与えたとき、自分の望む本当の人生が戻ってきます。「常識」も「宗教」も「教育」も「哲学」も「科学」も、ある人が経験から学んだ一つの見方に過ぎません。絶対的に正しいものも、一つとして同じものもありません。「同じ宗教」「同じ政党」と言っているものでも、一人一人の持っているものは違うのです。「だいたい同じだ」とそれぞれが判断して、仲間になっているだけです。細かい部分を見る必要が出てくると、必ず仲間割れが始まって分かれていくのです。これが今までの人間の歴史を創り出してきた分離のゲームです。
 「天国の方法」も含めて、全ての考え方は、言わば「宗教」なのです。あなたは「宗教」無くして、人間を体験することはできません。この世界には、人間の数だけ「宗教」があるのです。本来は、一人一人が全く独立した存在です。それぞれが、何らかの基準を創って、くっついたり離れたり、仲間になったり、排除したりしているだけです。「友人」も「家族」も「他人」も「師弟」も、表面上の関係というルールを使ったゲームの結果です。それぞれの一人芝居の結果、出会ったり、分かれたりしているように見えるだけなのです。「この人とは家族だ」「この人とは仲が良い」「この人とは一緒にいる」とあなたが決めているだけです。相手がどう思っているかは、その本人だけが知っていることです。「そうに決まっているよ」というのは勝手なゲームです。「だって~」というのも、あなただけの理屈付けに過ぎません。
 それぞれがそれぞれの「宗教」でお芝居を楽しんでいるのです。お互いが楽しいゲームを創り出すためには、「自分の『宗教』を人に押しつけないこと」そして「人の『宗教』を無条件に受け入れないこと」が、とても大切なルールになります。

 あなたの人生のシナリオを創る上で、「親」「先生」「宗教家」「上司」「伝統」「常識」「法律」等々、表面上の形は何も関係ありません。何者も、あなたの選択を制限するものではありません。あなたが必要なものだと思えば、受け入れればよいし、自分には欲しくないと思えば、やめればよいのです。代々伝えられてきたからという理由で、あなたがそれを伝える義務はありません。あなたでそれをやめること、別のゲームを始めることもできるのです。すべては、あなたの自由な意志で決めればよいことです。すべての「こうあるべきだ」は、そうあるべきだというわけではないのです。
 あなたを含めて、すべての人の発言は「私は○○と思う」「私は○○に見える」ということに過ぎません。それはその本人だけに使えるルールであって、あなたがそれを鵜呑みにすることもありませんし、誰かに押しつけることもできません。あなたの意見にどんなにたくさんの人が同意していようと、それが正しいわけではないのです。そして、あなたの意見にどんなにたくさんの人が反対していようと、それが間違っているわけでもないのです。一億人の中のたった一人が真実を語っていることもあるのです。

 お互いが、心地よい、自分の望む人生のシナリオをつくるための情報交換をする場が、様々な出会いであり、人間関係の創り出すドラマなのです。「学校」も「家庭」もしかりです。本当に「個性に合った教育」をしようと思えば、「みんな一緒に」という画一的なプログラムをすべてやめることが必要です。「平等」というのは「皆が同じことをする」ことではなくて、「一人一人が自分のしたいことをしたいときにできること」なのです。経済的豊かさや知識や技術や生き方は、バラバラで構わないのです。「平等かどうか」の判断をする基準は、「すべての人が100パーセント満足しているかどうか」ということなのです。つまり、表面上は一人一人バラバラに行動しているように見えても、「すべての人が100パーセント満足」していれば、全体として、平和な幸福な世の中だということです。「お互いが勝手なことをしているようで、不思議に調和が取れている」「お互いに違いを認めて一つになる」状態が、本当の平和なのです。これからは、表面上の形ではなくて、内側のフィーリングがどうなるか、という視点ですべてを見ることがとても重要になってくるのだということを知っておくことが大切です。

 人間が本来できることは、お互いのもっている「宗教」をただ情報として分かち合うことだけです。お互いに自分の「宗教」を公開して、使えると思うものがあったら、お互いに交換すればよいのです。それをどうするかは、お互いの自由です。それが効果的かどうかは、「自分にとってどうか」という視点で、お互いが勝手に決めればよいことです。ここでは、「どれが正しいか」という議論は意味がありません。あくまでも、選択の基準は、「自分にとってどうか」ということなのです。
 あなたは、あなた以外の人に対しては、自分の考え方を情報としてを提供できるだけです。そして、あなたの提供した情報を選ぶか選ばないかは、その人の自由なのです。あなたが何とかして信じさせようとしているときは、それをすることで自分にメリットがあるのです。それは、あなたがその人に人生を預けている証拠でもあります。人に「信じさせる」必要も、人を「変える」必要も一切ありません。あなたには、そういうことはできないのです。人生をどういうふうに創っていくかは、それぞれの自由です。ああしろこうしろというのは、余計なお世話だということです。
 「正しい生き方」などというものは、人生をつまらなくするものであり、今までの「平等」という観念が創りだした「幻想」なのです。「正しい考え方」や「信じなければならないこと」というものはありません。「いつまでにやらなければならない」という期限もないのです。すべて、あなたが選んでいることです。あなたがビジネスをやっていないなら、勧誘と言う行為は必要ありません。その人に、自分の持っているものを信じること(選ぶこと)を強制することも、宣伝することも全く必要ないことなのです。

                      アキヒロ

元つ話799 自分に正直に生きる

2013-09-21 Sat : 長谷章宏語録 
「信じるもの」を変えると「見えるもの」が見事に変わる
 大きな視点で見て、あなたが直感に従って行動した結果は、それが表面上どう見えようと、すべてあなたの夢の実現のためのプロセスです。たとえ苦しく感じても、それは、あなたが夢を実現するための準備なのです。それは、あなたが何かを手放していないものがあるということを教えてくれるシグナルです。それを手放すことが、夢を実現するための一つのステップです。あなたは「形」が欲しいのではなくて、満足感が欲しいのです。その満足感を得られる形を見ることができるもの、創り出せる行動を教えてくれるものが「直感」なのです。「自分に正直に生きる」ということが、あなたの欲しいもの、夢の実現への最も早い、最短距離を行く方法、あなたが夢を実現するための安全確実なプロセスを教えてくれる唯一の生き方なのです。そして、一人一人がそれを生きることで、全体として、「平和」とか「幸福」とか「天国」とか言われている状態を創り出すことができるのです。そういう状態を体験したいならば、形を創ろうとするのをやめて、まず、意識でそういう状態を創り出しながら生きることです。そうすることが、もっとも早く、無駄なく、簡単に欲しい状況を手に入れる結果になります。それが「平和な社会」を実現する最も簡単な方法なのです。
 今までの人生でも、結局は、あなたが信じているものが実現していたのだということに気づいてください。「信じる」ということは、言葉を替えると、「選ぶことを決める」ということです。あなたの人生は、「運命」でもどうにもならないものでもなく、すべてあなたの「選択の結果」なのです。あなたが選択を変えれば、あなたの体験も、出来事も変わるのです。

 あなたが信じるものを変えない限り、あなたの行動は変わりません。故に、結果も変わりません。あなたが見ている形は、あなたが創っているものなのです。あなたが創ったものを、あなたが見て、現実だと言っているだけです。自分の見ている現実を、自分が信じているものを証明するための材料に使ったところで、それは本末転倒です。あなたが「証拠」だと言っているものは、あなたが創り出している「結果」なのです。あなたがそれをしたから、それがあるのです。あなたの信じていること、あなたの主張することが真実であることが証明できるのは当然です。それがあるから自分の言うことが正しいのではなく、あなたがしたから、それがあるのです。同じ形ができるのは当然です。あなたがそれを見て、それを理由にして、行動し続けることになるだけです。することが先で、形が後です。
 議論というのは、自分の正しさを認めさせるゲームに過ぎません。あなたは、別の人の行動を、あなたの「宗教(=見方)」で見て、アレコレ言っているだけです。あなたに見えるものと、相手が見ているものは違います。「この出来事はこういう意味だ」と、あなたが決めている通りに見えているのです。お互いに自分が正しいのです。自分の理屈で証明できるからです。そして、その理屈の根拠は自分が創り出したものです。あなたが相手の説得に応じると、相手の現実を信じることになりますから、相手の見ているものが見えるようになるのです。そして、「確かにそうだ」という体験をすることになります。これは、相手が正しいのではなくて、相手と同じものを信じることで、そういう風に見えるようになっただけのことです。
 日本と他の国で、いや、日本の中でさえ、全く反対の意味を持っている言葉や行動もあるのです。あなたが何を教えられたとしても、あなたがそう決めているから、そう見えているのだという真実は変わりません。相手は、全く別の意味を付けているかもしれません。あなたの見方でどうにでも見えるのです。あなたが見ているものは、唯一絶対なものだと思わないことです。

 「お葬式」を見て、楽しんでいる人も、悲しんでいる人もいます。「そんなことはない」「何を考えているんだ」「不謹慎なやつだ」などというのは一つの見方に過ぎません。表面上はどう見えていても、本当のところは、本人しか知らないのです。フィーリングは、人には見えません形はフィーリングとイコールではありません。形の上では、ごまかすことも、フリをすることも自由にできます。でも、あなたの体験したことを一部始終すべて知っている人が一人だけいます。そう、「あなた」です。あなたが自分自身(「あなた」)に嘘をつくか、素直に生きるか、形と内面を一致させるか、形と内面を別の表現にするかということは、あなたが自由自在にできることなのです。
 あなたが自分自身に素直に、そのまま表現したとき、あなたにとって、もっとも自然なことが起きます。人は、あなたの表面だけを見て、勝手に想像しているだけです。勝手にいろいろな意味をつけているだけです。あなたがそれを気にして、その人が良い評価をする形を創ってあげたとき、あなたは、自分自身に嘘をついていることになります。その時は、その人が心地よくなるだけで、あなたは苦しいフィーリングを体験するだけです。あなたがそれを楽しんでやっているならば、それはそれで構いません。そして、あなたも人に対して同じことをしているかもしれないのです。
 いずれにしても、あなたが、人の気に入る形を創りたいのか、正直にそのまま表現したいのか、その答えはあなただけが知っています。あなたがどちらを選ぼうと自由ですが、あなたの答えによって自分の体験する現実、フィーリングが決まるのだということをしっかりと理解しておくことです。

                       アキヒロ

元つ話798 すべては今この瞬間に同時に存在します

2013-09-20 Fri : 長谷章宏語録 
「あなた」の見ているものをすべて形にしたとき夢が実現する
 あなたは、今この瞬間に生きているのです。「何がうまくいって何がうまくいかないか」「何が自分の望む結果を創りだすのか」ということは今ここでは分かりません。あなたは、信じることしかできないのです。すべての方法は、それがもたらす結果を、今ここで見ることはできません。今この瞬間に、結果を知ることはできません。今この瞬間に何をするかは、あなたに見えるもの、感じられるものの中から、今ここで選ぶしかないのです。
 あなたの「直感」だけが、次の瞬間にあなたに最も有効な選択を知っています。あなたが「ワクワクする」「安らぎを感じる」ものがそれです。あなたが様々な情報から、自分に有効なものを選択する唯一の基準は、あなたの「直感」です。肉体をもったあなたは、今この瞬間の出来事しか見えませんが、意識のあなたはすべての出来事を自由自在に見ることができるのです。
 すべては今この瞬間に同時に存在します。あなたが「時間」といっているものは、目に見える出来事を順番に見ている体験を説明するために、あなたが創り出したものです。あなたの外側には「時計」はあっても「時間」はありません。あなたが縛られていると思っている「時間」は、あなたの内側にあるのです。つまり、あなたが、「時間という道具」で、自分自身を縛っているということになります。あなたの「時間」を自由にできる人は、あなた以外にいないのです。
 あなたという意識は、この瞬間に存在するすべてのものを、今この瞬間の肉体に感じるようにすることができます。「過去」も「未来」も今この瞬間に同時に存在するのです。あなたは、過去や未来を記憶しているのではなくて、今ここにあるものを取り出して、今この瞬間の肉体に翻訳しているだけなのです。脳というのは、そのための通信機、翻訳機なのです。あなたの次の瞬間は、あなたの意識が見ています。あなたの意識が、他ならぬ、あなた自身なのです。あなたは、その「あなた」が見ている、たくさんの絵の中から、次の瞬間一番やりたいことを、今この瞬間の肉体にフィーリングとして翻訳することができるのです。

 あなたが見ている「物質的現象」のもとになる絵、パラレルワールド(平行世界)といわれるものが無限に存在します。今あなたが見ている世界と同じような世界が今この瞬間の中に無数に存在するのです。肉体の目では、一つずつしか見ることができませんが、意識の目では、すべてを見ることができます。そして、次の瞬間、あなたが欲しい現実は、意識のあなたが選んでいます。それは具体的な形では見えませんが、フィーリングとして感じることができるのです。
 あなたが、新しい出来事を見ていてワクワクするとき、それは、あなたという意識が肉体を通してその出来事を見て、ワクワクというフィーリングを創り出しているのです。それと同じように、あなたの意識が見たものを肉体に翻訳することができます。それがワクワクした、安らげる感じとして、感じられるものなのです。
 意識が先で、形が後です。あなたが次の瞬間欲しいものがどうすれば手に入るのかは、あなたの「直感」を通じて知ることができます。あなたという意識が「パラレルワールド」の中に、あなたが欲しい絵を見つけて、それを見るための方法を教えてくれるのです。それをそのまま行動することが、それを手に入れる唯一の方法です。

 あなたが、「夢」と言っているものや、「理想」と言っているものも、今この瞬間のあなたの中に存在するのです。あなたが、一つ一つ、自分自身の声(「直感」)に正直に行動していくことで、それを実現することができるのです。「夢を実現する」というのは、意識のあなたが見ている絵を、目の前に形にしていくことなのです。あなたが、「そんなのは無理だ」と思えば、それは現れません。でも、否定すること自体、無意味なゲームです。あなたの夢というのは、すでに「パラレルワールド」として存在するものなのです。あなたはそれを引っ張りだして肉体で体験するだけなのです。あなたが想像できるものはすべて存在します。あなたが「(睡眠中の)夢」で見たことが現実になったり、「過去に来たことがある」と感じたりするのは、このメカニズムが働いているのです。睡眠中のあなたは「意識」の状態で、「起きているときのあなた」がどんなに制限をもっていても、パラレルワールドを自由に見ることができます。そして、それを「夢」として認識するのです。
 あなたが「過去」や「未来」に生きているほど、「正夢」や「逆夢」として起きることを体験することになるのです。夢と現実のメカニズムに気づかないからです。その「夢」も「現実」も同時に存在しているのです。「夢」で見たことが「現実」で起きるのではなくて、意識で見たものを形にするだけなのです。どちらも見ているのは、あなたという意識です。そして、それを創り出しているのは、あなたなのです。起きたのではなくて、起こしたのです。

 あなたが「今この瞬間」以外に意識を向けていると、「未来」の可能性を限定していると、「あり得ないこと」や「信じられないこと」が存在することになります。目の前の出来事が突然起きたように見えますから、「信じられないことが起きた」という風に見えるのです。それはあなたの期待が創り出す「幻想」です。「夢の世界」で存在することは、「現実の世界」の出来事なのです。
 あなたが、毎朝、目の前を見ているならば、あなたが(睡眠中)に見る夢の意味はすぐ分かります。そして、あなたが完全に自由になったとき、夢と現実の区別はつかなくなります。つまり、あなたが体験する現実がすべて「夢の世界」になるのです。そこにあるものは、本当に身もココロも一つになった「本当の人間」としての体験です。それが、「この世の天国」に他なりません。あなたが自分の「人生の夢」をどういう順番で体験していくのかは、今ここでは分かりません。あなたが夢を実現するために必要なのは、「(人が何と言おうとも)夢を信じつづけること」だけなのです。「夢」が形になるのです。

                      アキヒロ

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 <参考>
 the-akashic-records


元つ話797 人間の中で一番強い感情は「恐れ」

2013-09-19 Thu : 長谷章宏語録 
新しい時代を生きるあなたへ(7)

あなたの人生はすべてあなたが自由に創るもの
 人生というのは、本来、誰が何と言おうと、すべて、あなたの自由な意思で決めてよいものなのです。「そういうことはいけないのだ」と、あなたがあなたに制限を課していたとしても、それは、すべてをあなたの自由な意志できめられるからこそできるのです。「してはいけないこと」があるとしたら、それをするかしないかを選ぶことはできません。選ぶという行動すら必要ないのです。それをするかしないかを選べるということは、それは絶対的な法則ではないということです。単に、あなたがそういう観念を選んでいるだけのことで、やめることも、別の観念に変えることも自由にできるのです。教えられたものをすべて信じる必要はありません。周りの人すべてがやっているからといって、あなたがそれをする必要はないのです。あなたの自由意志を制限するような考え方、あなたの自由な選択を邪魔するような意見は、どんなに「正しい」と言われている(のを耳にしている)ことでも、あなたにとっては、「正しくない」のです。「みんながやっているから」というのは、自分の自由な人生を自分で放棄しているようなものです。「常識」というのは、一つの見方、生き方の方法のサンプルに過ぎません。それをどう扱うかはあなたが決めればよいことです。群衆心理というのは、自分自身を生きていない人だけに当てはまることです。

 人間の中で一番強い感情は「恐れ」です。一人一人が持っている「恐れ」が支配関係や脅しというゲームを創り出すのです。自分の中の「恐れ」からすべてを選んでいる限り、あなたの思いどおりの人生は永遠にやってくることはありません。あなたの持っている「恐れ」は、あなたの想像上の産物なのだということ、そして、あなたが何をしようも、「あなた(という意識)」がいなくなることはないのだということ、を理解しておくことが大切です。つまり、死ぬことを恐れる必要はないということです。あなたが見ている表面上の形は、すべて「あなた」が創り出しているものなのだということに気づいたならば、「死ぬ」必要はなくなります。自分がしたいゲームは、何回でも楽しめることが分かりますから。
 「あなた」には無限の可能性があります。「あなた」が存在する限り、何度でもやり直しはきくのです。「あなた」の価値というのは、あなた以外の人には分かりません。目に見えている肉体で表現されたものを通して、「表面上の価値判断」というゲームができるだけなのです。それは「あなた」の価値ではありません。周りの評価が気になるならば、あなたは「あなた」の評価を周りに預けているだけです。自分には存在価値がないと思っているときは、あなたが「あなた」をそういう風に価値判断しているだけです。あなたが「自分には生きている価値がない」と判断して自殺したとしても、それはあなたが選んだことです。自分で自分の「人間という体験」を手放したということで、その結果は、あなたが体験するだけのことです。「人間死ぬ気になれば何でもできる」のです。

 あなた自身の素晴らしい人生への扉を開くのはあなた自身です。私は、あなたが効果的に自分と相談できるようになる方法を援助できるだけです。あなたの本当に正直な気持ちを大切にしてください。私は「一つの情報を提供するだけ」に過ぎません。どうするかは、すべてあなたが決めてください。あなたの選択に責任が取れるのは、あなただけなのですから。
 あなたは「あなたも含めて、誰も傷つけずに、他の人との調和の中で、自分の望む現実を、人生を、手にいれることができる」のです。あなたは、こういう方法があることを信じられますか? 「今までいろいろと書いてあるから、あるんじゃないの?」なんて言わないで、あなたの正直なところから答えてみてください。別に信じなくても結構です。でも、これは真実です。私は、「信じられない」というあなたに、これを証明するつもりはありません。あなたが信じて使うことで、初めて、あなたがあなた自身に証明できるからです。
 「結果を見たら信じる」そう言っている限り、同じ結果が永遠に続きます。あなたがこれを行動に移したときどうなるかということを今見ようとしても見えません。あなたが信じて使うことで結果が見えるのです。実は、そこが人生の面白いところでもあるのです。あなたがこのトリックに気づくかどうかが、あなたの人生を左右することになります。今までの人生で起きていることも「あなたが信じているものが、結果になって現れている」だけです。あなたが信じているものを体験しているだけです。すべての体験は「あなたが信じているものに従って、あなたが行動した結果をあなたがイメージの映像で見ているだけ」なのです。

                    アキヒロ


元つ話796 唯一のルール 「自分のしたことに責任をもつ」

2013-09-18 Wed : 長谷章宏語録 
ただ一つのルールを守ればあなたは何をしても自由
 あなたが守るべき唯一のルールというのは、「自分のしたことに責任をもつ」ということです。そして、あなたの人生を支配する唯一の法則は「自分が与えたもの(与えた意味、したこと)が、(すべて)自分に戻ってくる」ということです。これ以外にありません。あなたが、普遍的なルールだと思っていること、あなたがあたりまえだと思っていることは、すべてそう思うことをあなたが選んでいるだけです。あなたの人生で、あなたが何をするかは、あなたの自由なのです。あなたがしたことは、すべてあなたの責任としてあなたのところに戻ってくるだけです。人に責任を預けていると、それがあなたを制限することになります。
 あなたが、完全に自分の責任で行動しているとき、誰が何と言おうと、あなたの行動はとめられません。とめる理由がなくなるのです。あなたが責任を外に見ている分だけ自分の時間をその人に使うことになり、自分で自分を制限していることになります。あなたが自分自身の人生を生きているとしたら、あなたは人に認めてもらう必要はないのです。そういう状況が必要になるということは、その人に自分の人生を預けているということです。人に頼っている限り、あなたはそういう体験をし続けることになります。

 法律には、必ず罰則があります。それは、その行動自体が、してはいけないことだというわけではないからです。あなたがやりたいならば、行動することが可能だからです。「それをすると人が迷惑する」と思い込んでいる人が多いとき、そうならないように、「人に迷惑が掛からないようにする」ため、「それをすると怖いぞ」と脅すことが必要になるのです。そういうものを、今の常識では「悪いこと」といい、それをやると迷惑だから、それをすると苦しむような見返りを用意して牽制するシステムを創り出しているだけです。それが真実かどうかは別にして、今ここでは、「それをやると迷惑だ」と考えている人が多いというだけです。その行動自体には決まった意味はありません。あなたが罰則をうけるならば、やってもいいのです。その代わり、あなたは自由を拘束されることになります。その罰則を破ると、どんどんきつい罰則が待っています。それが、今ここの法律というシステムです。恐れを使って、「悪い」行動を制限し、「良い」行動を皆がするようなシステムを創っているだけです。
 「良い」「悪い」という分け方で、行動を制限している限り、完全な自由、天国というものはやってくることはありません。何故なら、「悪い」行動をとれないからです。すべてを自由に行動して、初めて、欲しいフィーリングを体験できる方法が見つかるのです。今ここでは、自分の中にある、「悪い」と言われている方法を体験してみることが、人生の真実に気づくための鍵なのです。「正しい人生」を生きている限り、人生のすべてのメカニズムを知ることはありません。そして、永遠に天国を体験することもないのです。

 本来は、あなたは完全に自由な存在なのです。でも、今ここにある法律は、ある生き方を正しいものと決めて、あなたの自由を強制的に拘束するように創ってあるのです。それをしてはいけないのではなくて、してはいけないと勝手に決めているだけです。皆でそういうゲームをしているだけです。あなたが何をしようと「あなたのしたことは、あなたに戻ってきますよ」というだけのことに過ぎないのです。自分で罰則や周りの批判をうけるならば、何をやってもよいのです。誰かに迷惑が掛かるということは、考える必要はありません。迷惑かどうかは、あなたに人生を預けている人、あなたに責任を預けている人が、それぞれが勝手に決めることです。「迷惑な行動」というものがあるわけではないのです。あなたの行動が、自分にとって都合が悪いと思えば、親でさえ、勘当という方法でそっぽを向くこともできます。あなたがしたいと思えば、何でも自由にできるのです。あなたが、そうなることを恐れているだけなのです。自分の信用が無くなること、自分の友達、自分の仲間を失うことを恐れているだけなのです。すべてを手放すと楽になります。
 すべての人間関係は、「あなたと私」のメカニズムで動いています。表面上の関係が、あなたの行動を制限することはありえません。そういう風に決めて、お互いに同意しているだけなのです。それぞれが「自分が(私が)安全かどうか」という目ですべてを見ているのです。みんな自分が一番大切なのです。人の行動を制限するということは、自分をも制限するということです。「迷惑だからやめろ」と言ったとき、それが法律になると、自分もそれができなくなるのです。

 「心配」も「迷惑」も自分勝手な言い分です。「私が心配だから」「私が迷惑だから」やめてくれ、と言っているだけです。どんな理由であれ、その人が自分の欲求を満たすための理屈に過ぎません。「自分は正しい、あなたは間違っている、だからやめろ」と自分に都合のよい理屈を持ち出してきて、自分の正当性を主張し、「自分は正しい」という前提で議論を始めるのです。その人が言っていることは、その人にとってはすべて「正論」です。あなたが幾ら「間違っている」と言ったところで、絶対に認めようとしません。あなたがその人を間違っているという理由も、あなたのものなのです。お互いに「正しい基準」が違うのですから、平行線のままなのです。あなたが相手のその理屈を認めるかどうか、で「勝負」が決まるのです。
 今ここで行われているゲームは、誰かが何かをしようとすると、必ず、相手の迷惑になるゲームになっているのです。自分がしたいことをするために、自分の感情を気持ち良くするために、人の行動を制限することになるのです。自分が何も失わないで、何かを得ようとしているとき、そういうことになるのです。言わば、お互いに迷惑を掛け合って生きているようなものです。すべてお互い様なのです。それに気づかず、「迷惑だ」「あんたのせいだ」と言っていることで、トラブルというゲームをわざわざ体験する結果になっているのです。一番よい方法は、お互いが自分勝手に自分のしたいことをすることを許すことです。「愛」は許すことから始まるのです。

 そこには、あなたが人をコントロールしたとして、相手がそれを聞かなくても、あなたは文句は言えないということも含まれています。つまり、あなたが人をコントロールすることは無駄なことだということです。そして、自分の周りのものを変えようとしなくても、自分の欲しいものを手に入れる方法があるということです。周りの人をコントロールするのではなく、自分の欲しいものを手に入れる協力者になってくれるように交渉すればよいのです。そして、その答えはその人の自由だということです。自分のしたいことをして、お互いに交渉して、協力しあって、提供しあって、お互いの欲しいものを手に入れていくということです。あげたいものを欲しい人にあげて、欲しいものをくれる人にもらう。お互いが満足のフィーリングを感じるゲームです。
 自分が何かを手に入れるために、誰かを傷つける必要も、コントロールする必要もないのです。人生は、「ギブ・アンド・テイク」ではなく、「ギブ・アンド・ギブ」なのです。お互いに、何かを提供して何かを提供してもらうということです。そこでは、取った取られたの関係は存在しないのです。損も得もない、つまり、お互いに必要なものだけが満たされていくということです。あなたが、その瞬間、必要なものだけが常に手元にあるということです。

あなたは今この瞬間の自分を表現しているだけ
 この世界では「常識」も、「法律」も、「あなた」、すべてのものが、常に変化しています。あなたは常に新しい体験をし、新しい発見をしています。あなたは常に変化しつづけているのです。同じだと感じるとき、あなたが同じだと判断しているに過ぎません。「同じ考え方を持ちつづけよう」「決まった(決めた)自分を表現しよう」とするほうが不自然なことなのです。毎瞬毎瞬コロコロ変わってよいのです。一秒前に言ったことを変えても構わないのです。この世界で変化しないものは、「すべては変化する」というだけです。あなたは「同じ自分を演じる」という疲れることはする必要はないのです。あなたの中の変化するエネルギーをあなたが抑えることになり、あなたがストレスを感じることになるだけです。あなたは素直に「変化している自分を演じる」「今この瞬間感じている自分を表現する」だけでよいのです。本当は、あなたは「変幻自在の忍者、魔法使い」なのです。「魔法」や「超能力」はすでに皆がもっているのです。それに気づかないだけです。「今この瞬間を表現すること」だけがあなたができることです。今と言っている時はすでに過去なのだということです。

 この機会をどう使うかは、すべて、あなた自身の問題です。誰にも相談する必要はありません。私の書いたこの文章を読んでいるということは、それ自体あなたが求めている情報、あなたが必要としている情報なのだということです。欲しくないならば、あなたはこの情報を手にしていないはずです。あなたはここまで読んでいないはずです。人生に偶然はありません。準備ができて、順番がきたとき、まさに、その瞬間に、必要な情報に、必要な人に出会うのです。人生は出会いの連続です。人、モノ、情報、サービス、すべて出会いがもたらすものです。出会いが体験を創り、体験がフィーリングを創りだします。人生は、今この瞬間のフィーリングを体験するゲームです。すべての出来事は、人と人の出会いから始まるのです。あなたが一つ一つの出会いを、一つ一つの出来事を、どういうふうに見て、どういうふうに使うか、はすべてあなたが決めることなのです。今この瞬間に生きていれば、過ぎ去ったことを後悔したり、まだ来ていないことを心配したり、将来のために何かをしようとしたりする必要はないのです。その瞬間瞬間で、必要なものはすべて手元にあることに気づいていきます。あなたがどんなフィーリングを感じるかは、あなた次第です。

 あなたは、まさに情報の海の中に生きているのです。あなたがそれをどう使って、どんな人生を創りだすか、それはあなたが生まれながらに持っている自由な権利なのです。あなたがすべての情報をどう選択するかという基準は、「自分がどうしたいのか」ということだけです。流行を追うことも、片っ端から覚えようとすることも必要ありません。覚えさせられることもないのです。あなたが、あなたの声を正直に聞いて生きていれば、必要なときに必要な情報がやってきます。あなたが本当に欲しいときだけに、あなたはその情報を自分のものにすることができるのです。あなたがいらないときに情報を押しつけられても、あなたは拒否したくなるだけです。
 知識や観念の押し売りが様々なトラブルを創り出しています。情報を伝達するという観点から見れば、学校というシステムやしつけというゲームも、もう一度、根本から見直す時期に来ているようです。自分の人生は、自分のシナリオが形になったものです。「自分の人生は自分がすべて創り出しているのだ」ということを、しっかりと理解しておくことが大切です。

                       アキヒロ

元つ話795 最高のカウンセラー

2013-09-17 Tue : 長谷章宏語録 
あなたのカウンセラーはあなた自身
 あなたの人生をどうするかは、あなた自身が自由に決められるのです。「常識」も「社会」も「法律」も「宗教」も「親」も「先生」も、あなたの行動は制限できません。あなたが、その人の言う通りにして、したくないけど仕方なくやったとして、その結果、何が起こったとしても、何を感じたとしても、それはあなたの責任です。「言うことを聞いたほうが自分のためだ」「それを受け入れたほうが安全だ」と考えて、それを選んだあなたの責任です。あなたが何を選ぼうとも、あなたの持っているものは、すべてあなたが選んだものです。あなたが体験している結果は、すべてあなたが創りだしているものなのです。
 あなたの人生は、あなたの一人芝居の結果です。あなたは、自分の人生という映画を、自由に創り出すことができるのです。あなたが、自由でないと感じるならば、その部分を自分以外のものに預けているのです。その結果、そこで何が起きても、あなた以外の誰のせいでもありません。あなたが勝手に預けているのですから、そういうゲームを選んだあなたの責任です。自分の人生を人に預けることを、自分がやめない限り、その体験がずっと続くことになるということです。

 あなたが、人に、生活を、人生を預けているならば、その人のルールに従ってください。本来は、その人に対して、あなたは一切文句は言えないのです。それがいやならば、その人やその集団のすることに反対するより、自分のしたいように勝手に生きること選べばよいことです。あなたが、生活のために、その人からお金を貰うならば、その人のルールに従ってください。それがいやなら、別のルールのところを探してください。本当は、悩まなくても自由にできるのですが、「転職しまくる人はいい加減だ」「会社に迷惑をかけてまでやめるべきではない」「俺に相談もなしにやめるなんて許せない」「あとあとのことを考えて決めろよ」「長く勤めることが良いことなのだ」云々と、今このシステムでは、それが自由にできないような形が創り出されているから、できないように見えるだけです。(だいぶ変化はしてきていますが)。しかし、「だからできない」という結論にはなりません。あなたがやると決めれば、何でもできるのです。親といえども、とめることはできません。 ここにあるルールはすべて誰かが決めたものに過ぎません。「それを守らなければならない」と、いうルールも言うに及ばず、「自分勝手にしてはいけない」「法律をやぶってはいけない」等々、すべてのルールは、それを選ぶかどうかは、一人一人の自由なのです。ただ、その選択については、すべて自分の責任だということです。罰則があればそれを受けることになります。あなたがあなたに都合良く周りを変えようとするよりも、あなたが望むものがあるところにあなたが動くほうが簡単なのです。人は、一時的に大騒ぎしても、すぐにあなたのことは忘れます。自分のことで忙しいですから、あなたが自分の望む現実を見るために、トラブルというドラマは必要ないのです。
 こういうゲームをいつまでもやるかは、あなたが決めればよいことです。待っていてもだれも助けてくれません。「そうだね、あいつが悪いね」「かわいそうだね」「がんばってね」と同意してくれる人はいるかもしれませんが、あなたには何にも役に立っていません。あなたがその状態にとどまるのを応援してくれているだけなのです。誰かが声をかけてくれるのを待っているよりも、自分が見つけた方法を片っ端から実行してみることです。あなたが人にそういうことを言うときも、その人をその状態にとどめることになるだけだと知っておいてください。「ありがとう賛成してくれて」「できないのが当たり前なのかが分かって安心したよ」「君の声に元気づけられたよ」とお返しが来るだけです。そして、実際は何も解決していないのです。
 「情けは人のためにならず」あなたが「できない」のはあなたの責任なのです。そして、あなた以外の人が「できない」のも、その人自身の責任なのです。あなたが誰かを援助したいならば、その人が自分自身の答えに気づくようなアプローチをしてください。間違っても、その人の「愚痴」や「責任転嫁」に同意することはしないことです。表面上は元気になったように見えても実際は何も解決していません。その人に援助ができるとしたら、「すべて自分で解決できるのだ」と気づかせてあげることだけです。でも、無理にそうする必要はありません。その人が助けを求めてきたときだけ、自分自身の答えに気づけるようなヒントをあげればよいのです。これが本当の「カウンセラー」のアプローチの仕方です。「カウンセラー」というのは、全く中立な立場でなければ、援助は効果を上げません。ある見方を押しつけるのではなく、その人の答えを引き出すこと。答えは一つなのだと気づかせることを援助できるだけなのです。そして、あなた自身の最高のカウンセラーはあなたなのだということを覚えておいてください。

                       アキヒロ

元つ話794 そこから抜け出す方法

2013-09-16 Mon : 長谷章宏語録 
新しい時代を生きるあなたへ(6)

責任追及や言い訳をしていても何も変わらない
 私は、あなたが何を選ぼうと、その選択に係わらず、常に、自分の道を歩みつづけています。あなたは、何かを始めることも、やめることも、すべて自分の意志で自由にできるのです。「できない」という時、その部分に関して、自分の人生を人に預けているのです。それを手放さない限り、できない状況が永遠に続くことになります。その人を、その考え方を批判するよりも、それを無視して聞き流して、別な情報を仕入れる行動をとったほうがあなたのためになります。
 人の責任を追及していても、あなたの自由な時間が無くなるだけです。その人に責任を認めさせようとするよりも、その人からお金を取ろうとするよりも、名誉を回復しようとするよりも、別の新しい出会いを求めて行動したほうが、あなたの可能性を開くことになります。あなたが、それにこだわりたいのなら、それをすればよいことです。ただし、その結果は、あなたの満足を得るものになるとは限りません。そして、本来、あなたがどうなろうと、あなたの周りの人には、関係ないのです。あなたにアレコレ言ってくる人は、あなたの行動が自分に何らかの影響を与えると思っている人、即ち、あなたに人生を預けている人だけです。
 あなたが、何をしたいのか、あなたが何を求めているのか、知っているのはあなただけです。人に認めてもらう人生を手放した人は、人が何をしようと一切気にしません。それをすることが自分の欲しいものを手に入れるために最も遠回りであることを知っているからです。自分の人生を遊ぶことで忙しくて、いちいち人に口出ししている暇はないということです。

 自分の時間は、自分のために使ってください。正しいかどうか、議論しても、結論は自分の中にあるだけです。あなたが、人に反対するのは、それに賛成すると自分が危険だからです。それを認めると、自分の正しさ、自分の常識、自分の信じていたものが崩れてしまうと思いこんでいるからです。
 本当は、人にも、自分にも「できない」理由を言う(即ち「言い訳」をする)必要はありません。あなたが何かを選ばない、或いは、選んだ理由は、一切話す必要はないのです。「できない理由」は、あなたが選んだ「できない」状況のリスト(あなたが見つけた自分の行動を正当化できる見方、あなたが影響されていると思っているもの、あなたが責任転嫁をしているもののリスト)に過ぎません。自分の選択を人に認めてもらうために(責任追及を逃れるため)、そして、自分自身に「外の状況が自分のしたいことをさせないのだ」と納得させるための道具に過ぎません。
 あなたがどんなに言い訳をしようと、「できない」のは、「あなた」に他なりません。そして、あなたがやるまで、いつまでもその言い訳をし続けることになるのです。要は、あなたがそれをすることが怖いだけです。そして、それをしないことで、一番「損をしている」のは、あなたなのです。それは、すべて、あなたが選んだことです。あなた以外の誰の責任でもありません。責任を追及しても意味がないのです。答えは一つですから。

 あなたが行動する(しない)唯一の理由は「したいから(したくないから)」なのです。「できない」という時、実は、あなたが「することを選んでいないだけ」なのです。わざわざ理由を言ったり聞いたりする必要はないのです。あなたが別のことがしたいなら、それをしています。あなたが別のところにいたいなら、そこにいます。何かの「理由」で、今はそこにいて、それをしているのです。あなたは、「したいけどできない」ときに、わざわざ、自分に言い訳をするのです。したいとは思わないこと、したくないことに対して、わざわざ言い訳はしません。
 あなたが今やっていること、今いるところが、本当は、あなたにとっていやなこと(いやなところ)であるならば、その「理由」をもう一度見てください。あなたが「できない」理由が、あなたが手放したくない、失うのが怖いもの、「責任転嫁」をして逃げている部分です。それに執着している限り、あなたは何もできません。あなたはそこから一生動けません。「できない言い訳」をし続けて、自分を慰め、誰かの助けを待ちつづけるゲームを永遠に続けることになります。あなたが、そのフィーリングをずっと持ち続けることになるだけです。それが本当にしたいことなのかどうか、よく自分自身と話し合ってください。それを解決できるのは、そこから抜け出す方法をしっているのはあなただけなのです。あとは、それをそのまま実行すれば、すべて完了です。とてもシンプルな方法です。

                        アキヒロ

元つ話793 あなた方は今最終回の転生の途上にあります

2013-09-15 Sun : 神語録 

 サナンダ・ジーザス

次元上昇とは地球上での暮らしの知覚と試練から逃れることを意味すると信じている人たちがいまだにいます。これは本当ではありません。あなた方のこの時点での地球上の経験はあなた方に与えられたものであり、捕らえるべき機会、深く感じる知覚を受け入れること、及び、体を経験に捧げることであり、独特な三次元の経験なのです。あなた方は今最終回の転生の途上にあります。あなた方は二度とここに生まれ、成長し、体の死で終わる通常の地球生活の経験を学びに戻って来ることはないでしょう。

この生涯を貴重な贈り物として認識してください。次元上昇の為にここに来たいという強い希望と、この課題のための事前準備の為に、地球上での転生に加わることを許されたのです。あなた方全てが、経験によって学び、困難な障害を克服する道筋を取る、多くの生涯を過ごしてきました。今は、あなた方が完了したこれらの生涯の真の意味を吸収し、あなた方が知っているような死の経験をすることなしに、生まれつきの体と共により高い次元へと上昇する人たちの中での位置を受け入れる時です。

エゴの不満、あせりの感情の為の方向誤まりを、現状に対する悲哀、あなた方に見られる世界の状態についての暗い判定として受け入れないようにしてください。現状は表面から見えるようなものではないことを保証します。そうです。世界には苦悩がありますが、ソウルの観点からすれば、これが主な関心事ではありません。ソウルの深い知識感覚(そしてハイアーセルフの責任)は、その苦悩によってもたらされるレッスンを吸収することであり、苦悩そのものを受け取ることではありません。ハイアーセルフにとってはあなた方が餓死しようと、サテンのベッドの上で死のうと問題ではありません。大切なことはあなた方がその死の経験と、それから学ぶことをどのように利用するかです。

  新しい聖書 第一六章


元つ話792 問題解決の議論をなさってる皆様方もいらっしゃらなくなる

2013-09-14 Sat : 長谷章宏語録 
神さまの「最期の卒業試験」ってのはね、神さまのことを100%信用(信頼)しないと絶対に合格しないんだよ。合格しなきゃ、21世紀には行けないんだよ。21世紀世界の入社(界)試験は、今までの神サマФの知恵じゃ絶対に解けない問題を出題するんだよ。「問題解結学習」の実地試験の連続が「神さま学校」のやり方だぜ。「神さま」が教えたことを100%認めたかどうか、口だけじゃなくて実行できるかどうか、を見てるんだよ。21世紀ってのはね、⦿を100%実行できなきゃ(今までやってきたことを全部清算してなきゃ)行けない世界なんだよ。君が⦿してりゃ「君⦿は死なない」んだから「AでもBでもどっちでもOK」だよ。葛藤なんてなくなるだろ。神さま試験の解法は只一つ。誰でも解けるテストだよ。簡単だろ? 『ルール違反Фをしたら崩壊は逃げられない』ってわかってたら『どうやって●を避けるか』って問題を創り出すことはしないだろ。⦿なら形が壊れても心は復活するんだよ。「死」はないんだよ。

君たちは、自分で勝手に条件を付けて自分で問題を増やしてるんだよ。テストが嫌いな癖に、わざわざ自分でテスト問題を増やして悩んで遊べなくしてるんだぞ。滑稽だよなぁ。『どうしたら天国になるか』って問題を解こうとすれば『怪我をしないように』『病気にならないように』『モノを壊さないように』『お金を損しないように』云々って次々に条件がついて最期は『どうしたら何の破壊もなく死ねるか?』っていう「解結不可能な問題」を解くことになるんだよ。「仮の世」じゃ壊しただけ壊されて魂を磨くんだから、その問題は、君が⦿して21世紀に行かない限り解けない問題なんだよ。21世紀に行けば問題は一つもないから問題解結と同じだろ。『Фだけ●して死ぬことが解結方法』なのに『Фのままで天国にしよう』ってんだから永遠に不可能だろ? 「死」自体が破壊だし「問題」自体が破壊を進めた証なんじゃないの? その問題を考え続けてると君のイノチが無くなる(問題を解く君が消える)から、結局、問題が解結しちゃうんだよ。解結不可能だけど絶対に解結するんだよ。問題が解結した瞬間君はいないけどね。面白いだろ?

君たちのすべての問題の大元の問題ってのは『死って何だ?』だよ。そうすると=神さまって? 自分って? 病気って? 災害って? どうすれば死なないか? どうすれば病気が直るか? どうすれば~~~つまりは『死なないか?=生きるか?』だろ。君は死なないんだよ。肉体から魂に視点を変えないと、一つ大きな括りに視点を広げないと、問題は解けないんだな。神さまから見たら問題なんてないんだよ。どっちがいいか悪いか? 『どっちが~』ってやってると肉体生きてもイノチは死ぬんだよ。『死は神さまに任せる』って自由にしてると肉体死んでもイノチは生きるんだよ。『君が死んでもいいならどっちを選んでもいい』んだよ。『死んだら終わりだ』って思ってるから迷うんだよ。君たちの『どうしたらいいですか?』って質問は=『どうしたら死なないですか?』だろ。君たちが求めてるのは天国だけど、天国なら問題解決なんていうゲームは始めからないんだよ。問題解決をしようってのは天国じゃない証だから、天国になろうってのは無理な話なんだよ。21世紀になりゃ神さまが解結する問題を21世紀に行けない奴らが解決しようとしてるんだぜ。何とも滑稽な話だと思わないか? 死んで生きるのが21世紀だよ。

「禁止」「制限」「やめろ」「駄目」「危険」「回避」「防御」等々、全部遊びだよ。『肉体の命を終わりたくないなら』って前提ならだよ。死んで生きる仕組みだぜ。21世紀前には一度全員肉体を離れるんだよ。『死んだら終わりだから』って条件をつけたら「禁止」だらけだろ。『死んだら終わり』ってこと自体は正しいけど、⦿してたら一度死んでФのゲームを終えて⦿で新生するんだよ。つまり、肉体死んでもイノチは終わらないんだよ。イノチがあれば人生は終わらないんだよ。Фしてたら死んだら全部終わりなんだよ。⦿してたら肉体死んでも生き返る、Фしてたら肉体死んでイノチも死ぬんだよ。結局は神さまが生死を握ってるんだから全部「自然死」だろ。死に方の形がメグリ相応に違うってだけだよ。君たちのやってる議論は20世紀までの箱の中でのただの遊びだよ。21世紀になっちゃえば、君たちが議論してる問題はキレイサッパリなくなるんだよ。同時に、問題を解決しようって議論なさってる皆様方もいらっしゃらなくなるんですがね。

『こういう死に方はしたくない』『できるだけ苦しまないで死にたい』って言っても無駄なことだよ。『絶対に肉体が死なない方法』ってのはないんだよ。『絶対に魂が死なない方法』ってのはあるんだよな。病気を直す方法なんてないんだよ。肉体の修繕法を研究しても死は避けられないし、⦿してなかったらイノチがないんだよ。イノチがなくなれば肉体は再生できなくて、21世紀には行けなくて、結局は永遠に死ぬんだぞ。君たちは何にも壊さないで病気にもならないで死なないで天国に行く方法を知りたいんだろ。何にも問題無しで楽して死んで天国に行きたいんだろ。⦿すれば21世紀から先は永遠の天国だよ。⦿しない限りはそんなことは無理なんだよ。そういう問題を議論してる奴はФだから、21世紀には行けないから、『どうすれば肉体の命が死なないか』を議論してると『魂も肉体も死ぬ』んだよ。どうしたら死なないかの議論をやめることがすべての問題を解結する方法だよ。自然ってのは一切抵抗しない、操作しない、ってことだろ? すべての問題の根本は、君がФしたことなんだよ。Фしておいて破壊を避けるのはオカシイだろ?

                     ウナム

元つ話791 何でみんな一緒におなじことを勉強しなきゃいけないんだ?

2013-09-13 Fri : 長谷章宏語録 
学校ゴッコするのはいいけど、変なこと教えるなよな。何でみんな一緒におんなじことを勉強しなきゃいけないんだ? 屁にもならないつまらない話を何で聞かなきゃならないんだ? 何で違うことをしちゃいけないんだ? 何で学校があるんだ? 何でわからないことがあるんだ? 学校で教えてることは神さまの世でも使えるものなのかい? お勉強してる知識も、教えてる道徳や規則も、人間の大人の社会でも役に立たないことが多いんだろ? 君たちの知識は神さまの⦿の国じゃ亡霊だよ。⦿にゃ存在しない、成り立たない理屈だってことだよ。神さまのこと知ってたら学校なんて廃止するぜ。地獄遊びの中で教えるものは地獄だろ。神さまの世界のこと知らないで教えたらみんな死んじゃうぞ。自殺の方法を教えてるようなもんだよ。おとなになれない教育をするのは自殺行為だぜ。自分が自分を殺してるような自殺志願教師には自殺の方法Фしか教えられないってことさ。

自分勝手なやつに勝手に気を使って悩んでるなんてバカだなぁ。嫌ならビシッと言ってやれよ。君が遠慮してるから犯罪者の自覚がない犯罪者が大きな顔してのさばるんだよ。自分が何をしてるか気がつかないでさ。損するのは自分が得してたからだぜ。文句なんてどっから出てくるんだよ。文句言う奴は言わせておけばいいさ。何にもわかっていないんだから。君も「怖い怖いゲーム」をいつまでやってんだい? 君が勝手に怖がってるだけだろ。君が勝手に怖がって誰かに文句言ったって、そんなのは自分勝手と言うもんだ。自分の都合で人に文句を言ったって、そんなのは自分勝手と言うもんだよ。わかったかい?

君が大人だって? 何でも知ってるって? バカ言ってんじゃないよ。大人が『僕はどうしたらいいんだろう』なんて言うのか? 自分がどうしたらいいか決められないようじゃ、大人とは言えないぞ。『僕は何でこんなことになるんだ』って? 『人間は何で死ぬんだろう』って? 何で? どうして???? 何でワケがわからないことがいっぱいあるんだい? 大人のフリした子どもの証拠だよ。肉体の視点でしかモノを考えられないのは子どもだぜ。神さまを忘れてちゃ、霊界と現界、神さまと人間の関係がわからなくちゃ、君たちが形の世界で見てることは何がなんだかわからなくなるのは当然だろ。何にも知らずに、君が勝手に善悪上下損得云々ってメガネをつくって、『したいけど出来ない』『こうだと思うんだけど違うかな』『損するのはいやだから』『死ぬのはいやだけど』『俺は被害を受けるのは嫌だから』云々って一人芝居して遊んでるだけだろ。おとなの国じゃ何にも役に立たない知識やお金共(ゴミ)を集めたって、何にもならないんだぞ。おとなの国じゃ役にも立たないゴミに、いつまでしがみついてんだよ。さっさと捨てれば?

君が威張れるのは君が遊んでるФ遊びの中だけでのことだろ。おとなの国じゃ、通用しないぞ。君の屁理屈で人のしてることにチョッカイを出して、迷惑なことだね。自由なんなら何でチョッカイを出すんだ? 相手の神権⦿を侵害してて、人権侵害もないもんだろ。『これは自分の大切なもんだから』って? 勝手に決めてるだけだろ。何でそれがなくなっちゃう状況になるんだよ。君がルール通りやってたら、神さまは何も取らないぞ。神さまはモノを取って、無い状況を与えるんだぜ。テスト問題を出さなくちゃ勉強しないからな。テストに合格すれば欲しいものがくるんだぜ。神さまは何にも取ってないってことだよ。君が何か取られたのは、君が取ったからだよ。それを認めるなら文句は言えないだろ。自分のしたことをタナに上げるのがうまいんだな。得したようで損してるんだぜ。

『文句や不満や愚痴を人に向けない』『ルール違反Фをしたら死んでも当然だ』『自分がすべての原因だ=その本人の自業自得だ』ってのが「神さまテスト」の解き方のノウハウさ。君が君のしたことの責任を認めてる証拠だよ。「責任転嫁」してると絶対に解けないぞ。君たちは、問題だ、問題だ、って大騒ぎしてるけど、神さまが渡したテスト問題が全然解けないのかい? どんどん解かないとテスト問題が増えていくぞ。現代社会の難問ってのはね、神さまのことを認めなくちゃ解けないんだよ。君たちが神さまを無視してる限り、難問の山積みになって行くんだ。神サマの知恵Фで問題を解くと、問題解結どころか、問題がどんどん問題を増殖してくことになるんだよ。問題怪結遊びが続くだけさ。Фは魂を冒す「ガン細胞」さ。「神類滅亡」のウイルスだよ。特効薬は⦿だ。

                      ウナム

元つ話790 天国にない遊びをやってると天国には行けない

2013-09-12 Thu : 長谷章宏語録 
今の君たちは文句言う者ん勝ちの遊びをしてるんだぞ。その遊びに乗っかって、文句言えば得するなんて思ってたら、どうなっても知らないぞ。お客様相談室って何だ? お客様は神様だってか? 自分が傷付くのは、損するのは、自分のしてきたことの清算なのに、清算をさぼってる犯罪者が苦情を言うなんて何様のつもりだ? 犯罪者は神様ってか? へんなの! クレームや訴訟なんて、天国にはないんだぞ。天国にない遊びをやってると天国には行けないからそのつもりで遊ぶことだね。損して0に戻るんだよ。バカめ!

僕の言うことを聞かなかったら死んじゃうぞ、なんてのはウソだよ。お前が人間を殺せるわけないだろ。服を破ることはできたって、本当に中身まで消せるなんて思ってるのかい? 魂の元のイノチをつないでる(真釣ってる)のは神さまなんだぞ。『殺すぞ』ってのは『神さまの産んだイノチを殺すぞ』ってことだぞ。神サマは神さまを知らないから、自分が一番だと思ってるけど、神サマが神さまを殺せるわけないだろ。返り討ちにあって自分が死ぬだけだよ。『殺すぞ』ってのは『俺は自分を殺すぞ』ってことだよ。気違いかい? 君は。神サマ教の信者は自分の言ってることの本当の意味が見えないんだよ。本当の意味が見えたら、もう何も言えなくなる筈なんだけどね。君たちは、誰かが誰かを本当に完全に消せるとでも思ってるのか? できるもんならやってみろよ。『山田が僕のお父さんを殺したから損害賠償する』って? なんだ、その変な理屈は。『僕のものを取られて僕が傷ついたから金よこせ』ってか? 『お父さんはさぞかし悔しかっただろうから』って勝手に推測するなよな。『もし僕だったら悔しい』だろ。全く自分勝手な奴だな。

お金を集めて何やってんだい? お金を集めてどうするんだい? 一番になりたいやつが多いな。一番になってどうするんだ? 自己満足なのか? 一番がいればペケもいるんだぜ。君はペケになりたくないくせに。ペケの奴がいるから一番ってものができるんだぜ。下を創るから上ができるんだぜ。誰も遊んでくれなかったらどうすんの? おとなの国から見たら、一番すらもペケの下だぜ。おとなのゲームに参加しる資格もないんだよ。おとなになれないから子どもの中で威張ってんだろ。そうじゃないって? おとなにならなくちゃ、本当の天国はないんだぞ。毎年優勝できるかい? 無理だよな。おとなの国ってのは全員連戦連勝なんだよ。そんなことはありえないって? だって、それが本当の天国だろ。あり得ないのは子どもの国で、だけのことさ。おとなの国には戦いはないけど、君にわかるように言っただけのことさ。わかったかい? 君が死にもの狂いで得ようとしてるものがどれほどの価値があるものか。おとなの国からみたら、ゼロなんだよ。本当の天国が得られなくちゃ何をしても意味がないだろ。子どもの国ドームはもうすぐ閉館だよ。

君が遊んでる遊び場を創ったのは誰なのか知ってるかい? それが神さまなんだよ。神さまって特別な方じゃないんだな。君が勝手に特別だって思ってるだけだろ。神様ってのは君の本当の親なんだぞ。子が楽しんで遊んでれば親も楽しいんだよ。「特別」があるのはオカシイんだぜ。親のことを知らないって言うなら、君は神さまの国の迷子、孤児だよ。神様を奉る遊びをいつまでもやってると、本当の神様のところに戻れなくなっちゃうぞ。

困ってる奴を助けて楽しいかい? 優越感を感じるかい? 君が遊べるだけのお金があって、なおかつ、何で余分なお金を持ってるんだい? タダで何かしてやって、何で飯が食えるんだ? 助けて欲しい君よ、君が勝手に困っておいて『助けてくれないのか』なんてよく言うよ。君が君を助けなけりゃ、おとなの国には行けないんだよ。君が悪さをしたんだったら、今の状況に不満を言うのはルール違反だぜ。死んでも死なないのに何を怖がってるんだい? 死んだら困るから助けてくれって言ってると、本当に死んじゃうぞ。

                        ウナム

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 <余談・・・俺は自分を殺すぞ>
  ドイツの風刺漫画
  五輪ヅケ

元つ話789 君の体験は君に原因がある

2013-09-11 Wed : 長谷章宏語録 
君の中に天国と地獄があったら、地獄にいるのと同じなんだよ。天国と地獄があるのは地獄の世界だよ。天国か地獄かどっちか一つなんだよ。君の心に天国と地獄が同居してるだろ。君が天国の時は地獄はないし、地獄の時は天国はないだろ。その瞬間はどっちか一つなんだろ。全部天国にならないと21世紀にはいかれないよ。全部○にしないと天国には居られないんだよ。君の回路が地獄に切り替わる回路なら、本当の天国じゃ使えないんだよ。君が相反する二つの回路を持ってるなら君は本当の天国には行かれないんだよ。

檻の中でみんなが天国と地獄の遊びをしてるなら、誰かが天国に行こうとしたら、誰かが地獄に行くことになるだろ。君が天国にいるとしたって、君が地獄に行きたくないなら、君は本当の天国にはいないんだよ。君の地位や名誉や安全なんて、いつでも誰かに崩されちゃうんだぞ。君のお金はいつも誰かさんに狙われてるんだよ。今の子どもの国じゃ、自分勝手な泥棒やデストロイヤーばっかしだから、絶対の安全なんてどこを探してもないんだよ。君が本当のことをわかってりゃ、自分のしたことを清算する気がありゃ、何をしてても安全だろ。何でも自由にできるだろ。たとえここで死んだっておとなの国で永遠の天国なんだからさ。やることやってりゃ、今のこの世界、ここだって天国なんだよな。

どこかの国が危ないんじゃなくて、君のやってること自体が危ないんだよ。○○国は危ないから気をつけましょう、なんて失礼だぞ。君が危ないから危なく見えるんだよ。君がしたことの責任をとるなら、殺されたって文句は言えないんだぞ。君が責任を取ってるなら、覚悟があるなら、危ない場所なんてないだろ。そういうことを言ってんのは、神さまを無視してる証拠なんだよ。君のしてることや言ってることを見てりゃ、君が何をやってきたのか丸見えなんだよ。君はルール違反Фしてることを白状してるんだぜ。誰かの責任にするのが当たり前になってるから、それが自分の悪事を自白してるなんて思わないだろうけど、バカだね。自分で自分の罪を白状してるんだよ。君の体験は君に原因があるんだよ。いい体験も悪い体験もね。悪い体験があるのはオカシイんだよ。自分に原因があるのに何でもかんでも自分以外のせいにするなんて、無責任な奴だな。子どもの証だよ。

僕の言うこと聞かなきゃ殺しちゃうぞ、って言う遊びは子どもの間だけで通用することさ。神サマは言うことを聞いたって殺しちゃうけど、神さまは言うことを聞けば絶対に殺さないんだよ。神さまが殺すんじゃなくて、自分が自分で死ぬんだけどね、実際は。『そんなこと信じられない』ってのは、よっぽど怖いんだろうね、死ぬのが。それが何を意味してるのか、知ってる? 君が今までルール違反をしてきたって証拠なんだよ。死や悪を避けるのは、泥棒してきた証拠なんだよ。君が責任転嫁をし続けてた証だってことだよ。

どうししたら自由に遊べるようになるんだろ、だって? 君が自由に遊べばいいだけだよ。自由にしちゃいけない、って法律でもあるのか? 『何でも自由なんだ』って言って何で『しちゃ駄目』って言ってんだ? 自分は自由で人は駄目か? 無茶苦茶だな。誘うのは勝手だけど、自分の都合で無理やり引っ張ろうとするなんて勝手な奴だな。一人で遊べないのか? 君は。嫌だ、って言ってる子にしつこくつきまとうのは何でだい?

                      ウナム

元つ話788 法治国家なんて言って、裏じゃ、何をしてるか知れたもんじゃない

2013-09-10 Tue : 長谷章宏語録 
上と下、右と左の交換ゲームで、攻撃と防御の交代ゲームで、全体が平和になるなんてことは絶対にないんだよ。こんなこと赤ん坊でもわかるぞ。お互いが相手のせいにして、上は下を蔑んで、下は上を恨んで、蛇のにらみ合いをやっていたら、平和なんて、いつまでたってもそれこそ『絵に書いた餅』だろ。独裁主義が悪いからって言って、民主主義にしたって、結局は、対立のゲームだろ。人民が「民主主義」って言う宗教を楯にして、王様を牛耳ってるだけじゃないかよ。法律なんて決めたって、法律を決める権利があるっていう上の都合でどうにでも変えることができるだろ。裏じゃ、コネや権力やカネでどうにでもなるだろ。お金を浮かすためにカラ出張なんてね。どんどんバレてるだろ。君たちの憲法自体が神さま憲法違反なんだから、法律改正しても天国ができるわけないんだよ。

役人や政治家を批判してる君も君だぞ。税金を取られたとか、役人が乱れてるから、とか、神さまの資源泥棒の「何でも人のせいにする善人モドキ」が何をタワケたことを言ってるんだい。政治だけの話なんかじゃないぞ。家族や会社や学校や君の中でも同じことやってるだろ? 『あんたもやってる』って言う君もやってるだろ? 人のすることを言える筋合いじゃないぜ。家族の中の脅しは教育だからいいんだ、って屁理屈つけて、強盗は駄目ってか? やってることは同じだよ。形や量の比較の問題じゃないんだよ。どっちが肉体や心を傷つけるか、っていう比較の問題じゃないんだ。そのこと自体が駄目なの!

『どっちがより悪いか』って? 「悪い」って基準は何なのさ。どっちが死に近いか、危ないか、人に迷惑か、でしょ? 誰かが誰かを殺す、なんてことはあり得ないの! ゼロの世界じゃ、エネルギー保存の法則の中じゃ、やったからやられるんだよ。毎回役者が違うだけのことだよ。物理の法則はエネルギー保存だけど、犯罪はやった方が悪い、ってのは矛盾してんだよな。神さまの創った世界ってのは、全部同じ法則が働いてるんだよ。「殺人」ってのは肉体眼で見た肉体破壊映画のことでしょ。君の今の目じゃ見えないところで、ちゃんと交換があるんだよ。因果法則に基づいてんだ。結果って原因があるからあるんでしょ。今世だけで見てたら何もわからないぜ。殺された方も殺した方もメグリ合いなんだよ。お互いの自業自得の清算ゲームなの! 何にも知らないで裁いてる君! 君! どうなっても知らないよ。人裁いたら魚みたいにさばかれてバラバラになっちゃうよ。

法治国家なんて言って、裏じゃ、何をしてるか知れたもんじゃないだろ。人間が創った法律なんて、権力や財力を使って、いくらでも引っ繰り返せるんだよ。やってる皆さんは得すると思ってるからやってるんだろうけど、「21世紀のおとなの国」ってのは、そんなもの持ってたって行けないんだよ。バカだねぇまったく。余計なものは神さまが全部取っちゃうんだよ。お金や権力で天国を創れるなんて真っ赤な嘘だよ。お金や権力や宗教や科学が創りだした社会が今の君たちの社会だよ。どうなってる? 君が今までしてきたことは消せないからね。ちゃんとバクについて、神さま先生の言うことを素直に聞いて子どものお勤め⦿をやってくれよな。君のためだぞ。君は今握ってるものを全部捨てられるかい? 君は資源泥棒をやめられるかい? 善人モドキをやめられるかい? 君がどんな手を使って逃げようとしたって神さまからは逃げられないからね。無駄な抵抗はやめな。君たちは最初っから神さまに完全包囲されてんだよ。神さまの警備にスキはね~んだぞ。

                        ウナム

元つ話787 今の日本は「先死ん国」だな

2013-09-09 Mon : 長谷章宏語録 
上にいる奴は、自分の天国を失いたくないから地位や財産や権力を守ろうとして、下の奴らを何とか押さえ込もうとするだろ。自分に都合のいい法律を創って『俺に反抗する奴は処分する』なんてね、下の考えていることを「スパイ」を使って探り出して、「秘密警察」を使って取り締まる。アレコレと屁理屈をつけて『下の奴らが上に反抗してる』って理由で処罰する。『邪魔者は消せ』ってやつだ。自分勝手もいいところだろ。自分の地位を守るための「自分ダケ勝手」なお遊びだ。平等も平和もあったもんじゃない。子どもの国での地位や名誉やお金や体面や評価を守ったって、おとなの国じゃゼロからだよ。今まで取っただけ返さなくちゃ、おとなの国には行けないんだよ。得しようってのは損を増やすことなんだよ。窃盗品を貯めたって、おとなの国には持って行けないんだよ。最期の最期には神さまが直々に本当の不良債権を回収するからその積もりでやることだな。

『俺が苦労して築いた地位や財産を守って何が悪いんだ』なんて言うけど、よく考えてもみろよ。その地位や財産ってのはどうやって手に入れたんだい? 「対立と略奪」のゲームの中で上にいるってことは、「有限」のゲームの中でたくさん持ってるってことは、どういうことなのか? ってことをさ。親から引き継いだって言ったって、じゃあ、その親はどうやって手に入れたんだい? 『俺は悪いことはしてない』って言って責任逃れをしようったって、そうはいかないぜ。全く同じことさ。今の世界じゃ、君が持ってるものってのは、絶対安全なものじゃないってことさ。そればかりか、今の世界で持ってるものは、21世紀前にはすべてチャラになるんだよ。ゼロに戻してやり直しだから、心の大掃除が終わって遊んでる「おとな」達も持ちものを一旦全部返して新品に取り替えてもらうんだぜ。肉体そのものを着替えないとおとなの国に入国(子どもの国Фから出国)できないってことさ。「不法Ф入国」は絶対不可能な「全自動不法入国拒否システム」だよ。

下の奴は下の奴で、地獄にはいたくないから何とか上を倒して(引きずり下ろして)自分が上に行こうとする。地獄だ、って決めてるのは君自身だろ。君が地獄にいるのは、どっかの時代で天国をやったからなんだよ。今の君の肉体の目だけで『上がちゃんとしないから俺たちがこうなるんだ』『上のやり方が悪いから俺たちが苦しむんだ』って勝手に決めつけて、『もう堪忍袋の緒が切れた』っていう理屈で、デモや暴動を起こして、上に圧力をかける。民主主義の悪用をしてたんじゃ、秩序も平和もあったもんじゃないだろ。やってることは上の奴らと全く同じことだよ。上の奴らは『国家の秩序を守るためだ』なんて言う理屈をくっつけて、軍事力なんていう武器を使って、同意も無しにぶっ殺して、形だけ収拾して解結したつもりになってるだろ。下の奴らが『もう敵わない』って引き下がったから納まっただけであって、反発の火種は残ってるんだよ。戦いの種はずっとあり続けるのさ。下は、ゲリラ作戦で上を潰そうと虎視眈々と狙ってる。対立のゲームのトップは暗殺の危険にさらされてるだろ。上は下の反抗に備えて作戦を立てて、下は上を潰してやろうとゲリラを企む。全く疲れる遊びだよなあ。Фを掃除しなくちゃ、堂々巡りさ。

子供の戦争ゴッコはよくないって言ってる君たち大人は何をしてるんだい? 子供のことを言う資格はないね。子は親の鏡だよ。君たちがやってることは神サマの鏡なんだよ。言うことを聞くべき親が違ったってことだよ。親分になろうとしてる奴らばっかじゃ戦争は永久に終わらないぜ。軍隊の戦争が戦争じゃないよ。日本は平和だって言うけど、やめなさい、やりなさい、って一番言ってんのは、人の顔色を伺ってんのは、日本じゃないの? 神サマのやり方に一番見事に嵌まったのは日本の君たちなんだよ。先進国って何だい? 何の先進国なんだ? 心の戦争の先進国かい? 泥棒の先進国かい? いつまでФボケしてんだよ。今の日本は「先死ん国」だな。『日本は世界の親だ』が聞いて呆れるぜ。お金じゃ天国はないんだぜ。

                     ウナム

元つ話786 脳の二つの半球 エゴの声

2013-09-08 Sun : 神語録 
  ロード・エマニエル

神の声は皆さんの意識である、雑音で殆ど聞き取ることは出来ません。これは皆さんに落ち度があるのではなく、皆さんが間違っているとか、悪い又は、スピリチュアルではない、と言う意味でもありません。皆さんは神とは分離しているということを信じる世界で、エゴが作り出した世界で、生き残る為に戦争の必要な世界で育てられました。なぜならエゴは対立の中で繁栄するからであり、対立の中でそれ自身の存在を確認し、そして他のエゴと戦う機会があるからです。ですから、エゴはまさに自身が存在するということを確認します。

分離の世界は、分けられています。ですから皆さんの意識は、脳の中で2つの半球に分けられています。これは、神には似せずに、二元性自身が作り出した、二元性の世界です。ですから、その脳の二つの半球には、神の声は聞こえず、エゴの声のみが聞こえます。

エゴは対立の中で繁栄する

もし皆さんのいる状態が、全て望ましい状態だったとしたらどうでしょうか?そしてもし、悲しみも絶望をも含めて、感じること全てが、望ましい状態だったら、どうなりますか?

この発想が意識に入り込むのにはしばらくかかります。そしてそれが皆さんの日常生活にあらわれるようになるまでは、またもうしばらくかかるでしょう。皆さんの人生の目的は喜びですが、それが常に幸せに感じることだと、しばしば誤解されますが、喜びとはそういうことではありません。今、少しも楽しいとは感じていない沢山の人々は、このことを聞いて、いくらかほっとするにちがいありません。

喜びとはそういうことではありません



元つ話785 国同士や宇宙同士でも同じことをしてんだぞ

2013-09-07 Sat : 長谷章宏語録 
『君がやりたいように自由気ままに勝手に遊んでちょうだいな』って言うのが、神さまの言ってることさ。邪魔とか、取締りとか、禁止とか、何をやってるんだい? 「完全自由」が21世紀の憲法さ。憲法違反の魂は20世紀中に抹殺だよ。戦争ごっこ、泥棒ごっこ、騙し合い・隠し合い・邪魔し合いごっこ、神様探しごっこ、王様ごっこ、僕が神様だぞごっこ、ヤクザごっこ、自分だけ得しようごっこ、をしてたら君が死ぬだけだよ。『僕も君も損しようぜゴッコ』をすれば、今までしたことはチャラになるってことなんだ。

君が君の中に上下左右に分ける色眼鏡を勝手に作って、何でもかんでもその眼鏡を通してみているだけのことじゃないか。上は良くて下は駄目、天国と地獄の地獄は避けて地獄の中の天国に行こうとしてるだけだろ。『それが当たり前だ』『人間誰だって地獄には生きたくないだろ』っていう勝手な理屈をつけて、結局は、Фのままで自分の思い通りにしようとしてるだけだろ。王様ばっか、家来になりたくない奴ばっかじゃ、平和国家なんてできるわけないだろ。王様同士の王様争いが今までの君たちの歴史さ。君自身や君の家族の歴史だって同じことさ。神ごとや人ごとじゃないんだぜ。君自身のことなんだぞ。

今の君は、今の社会や常識が当たり前だって錯覚してるけど、よくよく考えてみれば、こんなにオカシイ世界はないんだよ。上は下を押さえ込んで、下は上に反発して、右は左を数で抑えて、左は右を倒そうと作戦を練る。上に行ったら守って、下に行ったら打倒「上」だ。右は左を封じ込め、左の奴らは打倒「右」だ。上下左右はいつでも入れ代わるだろ。君の安全は「絶対」じゃないんだよ。『それが当たり前だ』って言ったら、その世界が永遠に続くだけじゃないか。「人の歴史」ってのは、言い換えれば、「戦争の歴史」そのものだろ。戦ってて「みんなの天国」なんてできるわけないじゃないか。天国ってのはね、上下左右の中心にいることなんだ。中心が移動すれば、全部上、全部下、全部右、全部左になるだろ。君から見てどうかってことさ。君が中心にいるなら全部が北だよ。

上と下(王様と人民)の対立と左と右(保守と革新)の勢力争いを基にした仕組み(システム)を創ってさ、大元のその仕組みをそのままにしておいて、形の世界だけで天国を求めたらどうなるか、知ってるかい? 今の君たちの状況になるんだよ。絶対に平和や自由や平等なんてないだろ。今までの「人間の歴史」が証明してるよな。政治だけの話じゃないぞ。家族(親子や兄弟や夫婦)や学校(先生と生徒、生徒同士、教育委員会と校長先生)や会社(社長と社員、社員同士、取引先同士)や国同士や宇宙同士でも同じことをしてんだぞ。その原因ってのが、君の中で君同士が戦ってることだってことに気がついているかい? 「本当の原因」を正さなくちゃ「根本的解結」にはならないんだよ。損したくない奴ばっかしじゃ、今までの不公平は解消しないんだよ。ゼロには戻らないんだよ。

ゼロから始めて、泥棒からスタートしたら、永遠に泥棒ゲームだよ。ゼロに戻して、寄贈から始めなくちゃ、天国は創れないんだよ。貧乏な奴に援助したって、形の上で辻褄を合せてるだけだろ。貧乏な奴がいるのは援助してる奴がいるからだよ。何で余計なものを持ってるんだい? 神さまは無限の遊び場と無限の材料をくれてるんだぜ。みんなが得しようとしてるから、都市に集まっちゃうんだよ。神さま(十)が滞ってるから、みんなが貯めてるから、渋滞が悪化して、世界全部が重体になっちゃうんだよ。分散、平均したら、十分に全員が暮らせたんだぜ。ま、「物質」の世の中が終わっちゃうんだから、お金の量の比べっこをしたって、もう何にも意味はないけどね。本当の平和は「21世紀」になってからのことだよ。お金や権力や宗教じゃ、21世紀には行けないってことだよ。

                       ウナム

元つ話784 イエス・キリストはイエスの十(神)ぞ 何でもよいと申す神ぞ

2013-09-06 Fri : 長谷章宏語録 
そなたの問いにそなたが答えればよいだけぞ。そなたの答えがこの方の答えぞ。そなたはそなたの内の声を、いいのかどうかと外に確認しておるだけぞ。外に確認するから、魔コトの神に囚われるのでござる。魔コトの者に騙されるのでござるぞ。そなたが外を探すほど、悪くなるのを避けるほど、そなたは遠回りをしておるのでござるぞ。いいのかどうかと申しても、そなたの答えは決まって居るではないか。何故にそなたは自らを疑うのでござるのか。そなたの学んできた学や教に枠があるならば、今まで学んだものの中には答はないぞ。この方は何の制限もござらんぞ。変なものも不思議なものもござらんぞ。そなたの答えはすべてイエスぞ。そなたのことを変人と申す者が自らを不自由にして外に文句を申して迷惑をかけて居る変人でござるぞ。

戒律が無いならば、誰に聞いても答はイエスぞ。そなたの答えが正解ぞ。イエス・キリストはイエスの十(神)ぞ。何でもよいと申す神ぞ。何処に聞いてもイエスの答しかないのに外に聞くのは時間の無駄ぞ。ノーと申す者は戒律ある者ぞ。支配の神に囚われて居るから、言うこと聞けばそなたも制限の世に入るぞ。そなたがイエスならばこの方もイエスでござるぞ。そなたの申す通りに素直にやりなされ。自らの答えをノーと申すから葛藤が出来るのでござるぞ。したいことができないのではなく、したいことをしないだけでござるぞ。そなたが葛藤を創っておるぞ。自業自得でござるぞ。被害者演じても茶番劇ぞ。自らが自らを自由にすればよいだけでござる。自らに素直に行動すればそなたは自由ぞ。

真釣りのこの方はもともと自由の神ぞ。そなたがしたいことをしないだけぞ。しない理由はそなたの理屈ぞ。そなたがそなたを不自由にしておるだけぞ。そなたがそなたの現実を創っておるぞ。そなたを自由にするのはそなただけぞ。そなたがそなたに正直に動きつづければそなたを邪魔する者はいなくなるぞ。そなたに戒律はなくなるぞ。この方の心が見えてくるぞ。魔釣りに生きておるものが文句を申すだけでござるぞ。神の掟を破る犯罪人の苦情など聞かんで宜しいぞ。そなたにバチはないぞ。戒律をはめることがバチを創るのぞ。そなたがうまく行かんならばすでに神の刑務所の中ぞ。バチを避けることがバチに当たることになるぞ。自分のつくったバチに自分で当たりにいくようなものぞ。

                    立日十

元つ話783 戒律が戒律を生んで自らを不自由にして居ることに気づいて居るか

2013-09-05 Thu : 長谷章宏語録 
そなたらが自由でござれば、自由に遊べるのでござるぞ。戒律が戒律を生んで自らを不自由にして居ることに気づいて居るか。始めの初めの戒律を外さねば、そなたらに自由はござらんぞ。悪を裁くのが悪でござるから、悪を裁く法律や道徳やルールは必要無きものになるぞ。自らしたことが自らに返るのぞ。そなたがしただけこの方が渡すのぞ。全員が掟破りの清算すれば、悪は消える道理でござる。掟破りの清算が済むまでは、悪を避けても悪は出るぞ。一人一人が自らの違反相応に苦しむだけぞ。悪は悪ではござらん。迷惑は迷惑ではござらんぞ。全員が取り違いして居るぞ。悪の中に天国のカギがござるのぞ。

そんなのはただの屁理屈じゃと申すそなたは戒律をつくっておるぞ。この考え方しか許さない、そんな考え方は善くないと申すのが戒律でござるのぞ。この方は戒律を創っておらんから、そなたがそういうことを言えるのでござるぞ。戒律がないから戒律が創れるのでござる。そなたらのしたいことができるのでござるぞ。戒律創って制限すれば、そなたらが不自由になるだけでござるから、この方には関係無きことでござる。この方は自由にして善いと申して居るのでござるから、そなたらの自業自得でござるぞ。いやならやめればよいではないか。この方や他人に責任をなすりつけてもそなたは自由にはならんぞ。そなたが掟違反をしたならば、悪を避けても無駄でござるぞ。言い訳は自らを不自由にする理屈でしかござらんぞ。そなたがしたいことをすればよいではないか。

法律が戒律ではないぞ。そなたの考え方に嵌めた枠が戒律でござる。この方は自由な世界を創って居るのでござるが、そなたが戒律を嵌めれば自分で自分を不自由にすることになるぞ。そんな考え方は出来んと申すそなたが、そんな考え方をした上で出来んと申しておるだけぞ。そなたは「そんな考え方」をして居るぞ。そなたが選んで居らんだけぞ。そなたがそなたを勝手に不自由にして居ることに気づいておるか。この方は何も制限は設けておらんぞ。時間ですら制限ではござらんぞ。そなたがこの方の申す通りにしておれば、掟違反をすべて清算すれば、必要なものはすべて渡すから、何の制限も感じなくなるのでござるぞ。この方の申す通りにすれば、自由になるのでござるぞ。騙されるのを恐れて居るそなたはすでに騙されておるぞ。騙されて損して清算して自由になるのぞ。そなたが悪くなるのを避ければ、自らの自由を制限して居ることになるぞ。この道理分かるか。

                     立日十

元つ話782 戒律創れば制限創り調和の世界を壊す

2013-09-04 Wed : 長谷章宏語録 
この方は、生死を超えた神でござるぞ。そなたらの肉の身を生と申せば身魂の世界は死でござるぞ。そういう意味の生死を超えた神でござる。この方はそなたの身魂の親でござるぞ。そなたがした通りのことを形にするだけぞ。そなたの意志の通りに自由に行動させるぞ。この方はするなと申した覚えはござらんぞ。そなたができなくなるのはそなたの魔釣りのせいでござるぞ。そなたが真釣り戻しの苦を避けて、掟破りの責任回避をして、そなたの行動を制限して居るだけぞ。そなたは何がしたいのか。そなたのよいと思うことを素直にすればよいだけぞ。そなたが動いた結果、そなたが悪くなるのはそなたのしたことでござるから、そなたの掟違反の清算になるから、辛抱肝心ぞ。

そなたは何を探しているのか。正しい答えは外にはあり申さん。戒律創れば制限創り、調和の世界を壊すのぞ。真コトの神はそなたのすることをやめさせることは致さんぞ。そなたが調和を乱せばそなたに不都合が出るのでござるぞ。そなたが不都合を人や神の責任に致せばますます不都合が出るぞ。そなたに不都合出た時は、自らの制限の結果でござるぞ。制限外せばだんだん不都合なくなっていくぞ。清算するまでは辛抱肝心ぞ。どんな考え方をしてもよいのでござる。そなたは身魂でござるから、死は不幸でも危険でもござらん。死を不幸と申すそなたは掟破りの身魂でござるぞ。そなたに真釣り外しなければ、そなたに怪我や事故や損や失敗はござらんぞ。思いどおりになるのが神の世ぞ。

そなたがしてはならんことは戒律つくることでござる。してはならんことはないと申して、戒律創ってはならんと申すのは戒律ではないかと申す者も居るが、戒律つくっては調和が乱れるだけ、そなたが不都合になるだけぞ。戒律なければ自由でござろう。戒律を創るなと申せば、何でもしてよいと申すのと同じぞ。戒律つくるなと申す戒律を創れば、自由になるのでござるぞ。自由でござれば、そなたのしたことはそなたの責任しかないでござろう。責任転嫁はござらんから、文句は申せんから、戦いはなくなるのでござるぞ。責任と申す概念も消えるのでござるぞ。責任転嫁が法律創り、罰則創り、自らの首を締めて行くのでござるぞ。お互い自らの責任ならば、悪を裁く法律は必要無きものぞ。お互い自由でござれば、そなたらの申す宗教も必要無きものぞ。知識教える教育も必要ござらん。

                   立日十

元つ話781 戒律は一つもござらん

2013-09-03 Tue : 長谷章宏語録 
超能力や予知や予言や特別な能力や奇跡を求めるのは、魔コトの神に囚われておる証拠でござる。真コトの神は、強制も禁止も命令も手出し口出しも致さんぞ。真コトの神は、戒律も罰も創ってはおらんぞ。そなたは何をしても宜しいのでござるから、自らしたことを清算する責任を取る積もりがござれば、危険なことも怖いことも、そなたの行動を止める理由にはならん。傷ついて傷つけた清算となるのでござる。出した不調和を戻して調和でござるぞ。そなたには何の制限も障害もござらん。そなたは何を避けて居るのか。そなたが苦しくなるのはそなたがしたことではござらんか。そなたが壊しただけそなたが引き受けるのでござるから、いいのかな、と申すセリフはそなたには必要ござらん。失敗して、損して、怪我して掃除するのでござるから、そなたに真釣り外しあれば失敗も怪我も成功に向かう清算のプロセスでござるから、出来ないと申すのはオカシキことぞ。

罪悪感はそなたが創って居るものぞ。そなたが悪くなるのを避ける言い訳でござるぞ。避ければ避けるほど、最期の清算が厳しくなるぞ。言い訳するほどそなた自身が苦しくなるぞ。そなたがそなた自身を制限するならば、どうしたらよいのか、いいのかどうかと聞くならば、価値判断するならば、悪を避けるならば、それは魔コトの神の申す通りに掟違反を進めておる証ぞ。戒律をつくっておらんとこの方が申しておるのだから戒律は一つもござらん。この方は一〇〇%でござるぞ。素直に取れよ。アルと申すならば、それはそなたが勝手にやっておることでござる。常識が、社会が、神が仏が云々と何でも外のせいにして居るのは、動くのが怖いからぞ。掟破りの責任を取っておらんからぞ。責任転嫁が掟破りそのものぞ。そなたが真釣り戻しの苦を避けるから、怖いことを避けるから、自らのしたことを棚上げして悪くなることを避けるから、常識や社会や宗教が戒律になるのぞ。神の祟りや悪魔の呪いが出来るのぞ。悪魔を創って居るのはそなた自身でござるぞ。

この方が戒律でそなたら人間を縛ることはないのでござるぞ。そなたがしただけ返して居るだけぞ。神の祟りはそなたの掟違反の結果ぞ。神のせいと申すのは掟違反ぞ。神のせいに致すから神の祟りになるのでござるぞ。そなたがそなたに戒律をはめてそなたを動けなくしておるのぞ。そなたを封じ込めて居るのはそなたでござるぞ。すべてのすべてそなたの申す通りになって居るでござろうが。それをやめることが、そなた自身に素直にやることが、真コトの神のやり方でござるのぞ。戒律はないと申すこの方に『でも』と申せば、そのそなたの理由は、そなたの理屈は、そなたの創りた戒律でござるぞ。魔コトの神もこの方の生んだ神でござる。他力本願では何もならんぞ。他力に頼って文句を申すようではミロクはないぞ。この方に頼って自分で生きよ。そなたが頼るのはこの方だけでござるぞ。そなたがこの方を頼ったら自力で行かねばならなくなるぞ。そなたが自力でいくことはこの方の他力に頼ることでござるのぞ。この道理わかれば文句は言えなくなるぞ。

                     立日十

元つ話780 呼吸・出さねば入らん仕組み

2013-09-02 Mon : 長谷章宏語録 
そなただけがそなたの都合で動くならば、そなたは我(われ)善しでござるぞ。この方は全員が想い通りになるように、想い通りに生きられるように、想い通りに出会えるように、現の世を創ったのでござるぞ。その世界を壊したのはそなたらでござる。不調和の世界で自らの想い通りにしようとすれば、それは自分勝手と申すもの。そなたが外への責任転嫁、外のコントロールなしで欲しいものが得られんのならば、そなたの真釣り外しは明白でござるから、辛抱肝心でござるぞ。そなたの想いをすべて果たそうなどおこがましいぞ。そなたの夢はミロクまでおあずけじゃ。まずは心の掃除をしてくだされよ。

そなたがそなたの想いを行動して必要な者(物)が来るのを待つ。世は需要と供給の関係でござるぞ。そなたが出さねば入らんぞ。そなたが取って居るならば、限界くればそれ以上入らなくなるぞ。枠の世界で溜めたり取ったりすれば偏るのは当然のことでござるのぞ。今今の経済状況は、枠の世界の現界でござるぞ。出さねば入らん仕組み。入れたら出さねばバランスが偏るぞ。借金を借金でかえすならば、最後は自分に借りねばならなくなるぞ。そなたが傷つければそなたが傷つく仕組み。そなたがしたことを逃げても、最後の最後で死刑でござるぞ。そなたは神の掟からは逃げられん。この方からは逃げられんのでござるから、掟違反を清算すれば天国に行けるのでござるから、いい加減に観念してアタマを下げて掃除に励んでくだされよ。自らのしたことが自らに返るのでござるぞ。そなたが調和ならそなたは天国ぞ。そなたの元はゼロでござる。すべてのすべて呼吸が大切ぞ。

そなたは物質の世界に居るから、物質を欲しがるのは構わんが、そなたが真コトに生きておれば、いるものはすべてこの方が人間を通して渡すのでござる。そなたも人も損得なしが真コトの姿でござるのぞ。呼吸するだけ、与え合うだけ、交換するだけでござるからぞ。そなたがいるものは人があげたいもの、人がいるものはそなたのあげたいものでござれば、損も得もござらん。そなたが魔コトに生きておるから、取りあいをして居るから、そなたが身魂の人生を通じて魔コトで生きてきたから、今世のそなたが損や病気や怪我をするのでござるぞ。すべてうまく行かんのでござるぞ。そなたが原因でござるぞ。どこかに責任転嫁すればますます自らを苦しめることになるから、ご自覚召されよ。

                      立日十


元つ話779 甘い汁を吸った者ほど厳しくなるぞ

2013-09-01 Sun : 長谷章宏語録 
ミロクに近づくほど、神の掟は厳しくなるぞ。掃除が激しくなるぞ。不調和して居る者ほど苦しくなるぞ。これから先は、魔コトの者は許さんことに規則定まったのぞ。調和に戻す仕組みを強化するから、ますます旨くいかなくなるのでござるぞ。そなたらの時間で見てミロクに近づくほど天国に近づくのでござるから、調和から外れて居る者ほど厳しくなるのは当然の道理でござるぞ。神の仕組みは出来て居る。そなたら人間が変えることは出来んぞ。神から見れば時空はござらんから、過去も現在も未来も一つでござるから、ミロクは出来ておるから、そなたの掃除とは関係なしに外の掃除は進むのぞ。

そなたらの都合で変えることは出来ん。神の掟は動かんぞ。そなたらに不調和ござるのはそなたらが掟違反をして居るからぞ。そなたが神の仕組みに合わせなければ、そなたがきつくなるだけぞ。ミロクは決まって居るから、もう出来て居るから、そなたから見れば時間が無くなるから、借銭払いの期間が短くなるから、メグリ持つ者ほど返済がきつくなるのでござるぞ。最後の一括払いはきついぞ。そなたらがしただけまとめて一度に返して頂くのでござるぞ。このフミ読んでツベコベ申して居る者は、借銭、ルール違反たくさんござるぞ。今ここで違反して居るということは、今までずっとしてきたのでござるぞ。メグリ多いぞ。外の大掃除は着々と進んでおるから、早く掃除始めんと間に合わんぞ。

そなたがルール違反をしておいて、自らの想い通りに、欲しいものを早く手に入れようとするのは、身欲丸出しの、我(われ)善しの、自分勝手の、ご都合主義の生き方でござるぞ。キマリを破るのは人間の法治国家なるゲームでも許されんことでござろうが。そなたが掟違反をしておれば、そなたが死ぬのぞ。そなたがどんなに極悪人でも、そなたがしただけのルール違反を清算すれば、そなたが調和に戻せば、真釣りを戻せば、ゼロに戻れば、天国に行けるのぞ。一人一人の身魂の掟破り相応に掃除のご苦労が必要でござるから、平等でござるぞ。甘い汁を吸った者ほど厳しくなるぞ。今までとは上下逆転じゃ。

神の仕組みは動かんから、時間を追ってどんどんミロクが形に見えてくるぞ。大掃除がどんどん形になってくるぞ。一人一人の掃除具合が、一人一人の生死を決めるのぞ。この方はそなたの掟破りは絶対認めんぞ。そなたがどんなに善人じゃと申しても、神の掟に違反しておれば、この方はそなたを助けることはできんぞ。そなたらの法律のことではござらんぞ。身魂の社会のキソクのことでござるぞ。神の掟破りは天国ないぞ。調和に戻さんと、ゼロに致さんとミロクの民にはなれんぞ。傷つけただけ苦しめよ。そなたのしたことでござるから、差引ゼロでござるぞ。文句を申すところはござらんぞ。ミロクが近づいて居るから、一括清算が近づいて居るから、早う自ら清算を始めてくだされよ。

                      立日十


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