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元つ話931 最期の一括清算は黒字があるほど痛いぞ

2014-01-31 Fri : 長谷章宏語録 
自分がしたいなら相手がすることに一切文句は言えないんだぞ。「ある時は○である時は×」「自分は○で相手は×」「肉を食べるための屠殺は○で、殺人は×」ってのはオカシイんだよ。「土の饅頭」を食べるのも、結局は、神さまの体を壊して、だろ。食料を食べたいんなら殺人犯を裁くのはやめることだな。ウンコしたいなら道路にゴミを捨てる奴を注意するのをやめることだな。人にするなと言ったら君もするなよな。自分の言ったことに責任を持ってくれよな。君が完全言行一致すれば、文句言って(相手の自由を殺して)た君は不自由になって、文句言われてた相手は自由になるんだよ。不公平でもなんでもないだろ。君が不自由を渡した(自由を取った=黒字にした)だけ不自由になって(自由を返して=赤字になって)収支0(清算)だからな。君が「自分が悪くなる状況」を避ければ避けるほど、君は「黒字」を増やしてるんだぞ。最期の一括清算は黒字があるほど痛いぞ。完全言行(心と行動)一致してなきゃ、君は21世紀⦿には生きられないんだぞ。

『できない』はあり得ないんだよ。『マジ』をやめれば? 潰れたら潰れただよ。またゼロからやりゃいいんだよ。魂のイノチは消えないからね。君が勝手に今のものを守ってるだけだろ。マ違ったやり方でそれを守ったって結局壊れるんだよ。アベコベだからね。神さまは『あやま知で創ったものは、末のこ度はすべてホドく(消す/壊す)ぞ』って言ってるから、どう抵抗しようと無駄なことだよ。ま、苦しいのは君の勝手だから、最期は君が潰れるだけだから、いつまでもやってればいいさ。駄目だったらもう一回ゼロからやりゃいいだろ。神さまは何回でも服を着替えさせてくれんだからね。根本のやり方をそのままにしてたらどうあがいても最期は壊れるぜ。根本を変えて出直せばいいだけだよ。

早くしろ? するな? 他人の人生の仕切り屋がいっぱいいるな。自分が自分の夢を遊ぶゲームが人生だよ。誰かに夢を託すのは自由だけど、君の体験を誰かにさせたって、君にはその体験をすることはできないんだよ。君が体験しなきゃ君の体験にはならないんだよ。形を見ることはできるけど、君の体験そのものにはならないんだよ。代わりなんて誰にもできないんだよ。君が夢を実現できなかったのは君に原因があるんだよ。誰かに君の夢を強制するのは迷惑だぜ。これしかないから、って自分で勝手に制限したんだろ。誰がそうしろって言ったんだい? 君が勝手にそうだって同意したんだろ。君が何かを守りたいんだろ。勝手にやってればいいけどな。勝手に悩んでろよ。勝手に悩んでるんだから人に文句言うなよ。自分ですべきことを人に任せたんだから文句言うのはルール違反だぜ。

                       ウナム

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元つ話930 「完全言行一致」ってのはね ここまで徹底的にやるんだよ

2014-01-30 Thu : 長谷章宏語録 
この世に迷惑なんでどこを探してもないんだよ。勝手に『迷惑かけられたゲーム』をやってるだけのことだろ。自分に都合が悪いことを相手がしただけのことだろ。君が枠の中で迷ってるからそうなるんだよ。枠の中で迷うと人を惑わすことになるんだよ。自分が迷っていると人を惑わすことになるんだよ。相手が自由な奴なら、君だけが勝手に迷ってるだけだぜ。迷子や孤児だらけだな、今の世界は。「神さま」ってぇ親を忘れちゃってるからね。神さまを忘れちゃうと全部目茶苦茶になるんだよ。「遺憾の意」って、結局は文句だろ。『ヤメロ』って言っても、遠回しに言っても、結局は、心は同じФだよな。『いかん(駄目/×)!』の意を表明してる奴は神さまの「全○の世」にゃ行かれないんだぞ。「遺憾の意」を受け入れて「ペコペコ」してる奴も、結局は、神さまの世のルール違反者にいい顔して「善人ヅラ」してるんだから、同じことだよ。Ф(×)は全員抹殺なんだぞ。

君の状況は君自身の責任だろ。責任転嫁する根拠は何だい? 『あいつが○○をしなかったら』云々ってのも君の屁理屈だろ。自分の理屈を根拠に責任転嫁したって何にも効力はないぜ。君の言うことを聞くのは、君と同じゲームをしてる奴らだけだよ。人のせいにしないで、○×の価値判断をやめて、自分が言うこととやることを完全に一致させればいいだけさ。「生態系の保護」って言いながら、海を埋め立てて原油抜き取りのための道路を創ってるだろ。「二酸化炭素排出量削減」って言って、息を吐いてるだろ。「虫は殺さない」けど「パック入りの肉」は食べてるだろ。「野菜」や「米」だって、結局は、植物を「殺して」食べてるんだろ。『野菜は大地の恵みだ』って屁にもならない理屈をつけて正当化してるけどな。『「仏様」や「神様」に感謝してる』って、お墓やお仏壇に手を合わせてるけど、イザつらくなると『神も仏もあるものか』って心で言うだろ。「自由」を求めてるくせに『俺の言うことを聞け!』って言ってるだろ。「平和祈願」してるくせに、討論してるだろ。まったく、君たちは言ってることややってることが目茶苦茶だな。

君が誰かを殺した(自由を奪った/文句を言った/×した)だけ君が殺されて清算完了だよ。自分で自殺しておいて自由になろうとしたら誰かを殺すことになるんだよ。自分が自分に×って言っただけ誰かに×を渡すことになるんだよ。自分が何かを破壊してるなら相手が破壊することに口出しするのは矛盾してるぞ。自分が言ってることは自分にも適用されるんだぞ。「完全言行一致」ってのはね、ここまで徹底的にやるんだよ。神さまは100%⦿を要求してるんだよ。完全に「収支0」にするんだよ。⦿の奴は自分からは一切チョッカイは出さないんだよ。チョッカイ出すならФだぞ。自分が⦿違反しておいて『人のミスは許せない』ってのは、まったくもって自分勝手としかいいようがないよな。今ここで、自分が今まで何を言ってた(してた)のかよ~く反省して改心した方がいいぞ。

                     ウナム

元つ話929 全部OKなんだよ 『それは違う』って言ったらその瞬間「制限」になるだろ

2014-01-29 Wed : 長谷章宏語録 
自分も自由、相手も自由。相手の反応なんて何も関係ないだろ。『人の気持ちを考えろ』だって? 相手に合わせて生きてるのかい、君たちは。相手に合わせるのも自由だから別にいいけどね。不自由な相手に合わせたら、両方とも不自由なままだぜ。『俺の気持ちを考えろ』なんて悪用しないでくれよな。『人の気持ちを考えてる』って言う奴が、人がやりたいことを何で止めるんだい? そいつはやりたいからしてるんだろ? 君は人の気持ちを考えてないよな。え? 非常識だからやめさせるんだって? そんなの屁理屈だよ。人の気持ちを考えてないことは確かだろ。非常識の基準は君自身の勝手な理屈だろ。人の気持ちが本当にわかったらそいつ自身になるんだから、一つとして×はないよ。なにせ、そいつ自身は全部○なんだからね。大筋は賛成なんだけど・・・・って結局は反対なんだろ。そいつが見てるものが全部見えてたら反対はしないよ。君も自由にやればいいのさ。

君が自分で勝手に不自由にしてるだけのことだろ。お互いに自由なら相手のことなんて、何も考える必要はないんだよ。相手は自由に遊ぶからな。勝手に傷ついて、勝手に悲しんで、勝手に恨んで、勝手に×と決めて、勝手に戦って、勝手に『許さない』って言って、勝手に『だれかのせいだ』って言ってる、自分勝手な奴ばっかりだよな。「人を傷つける」って遊びは⦿の世界にはないんだぞ。そういうセリフを吐く奴もそういう理由で自分のしてることをやめる奴も、両方ともФだぜ。⦿の世にはФは存在不可能だよ。コントロールゲームをしてる奴は全員キレイサッパリお掃除されるだけだよ。文句を言う奴のご機嫌取りをしてる(つまり、自分が嫌われるのを避けてる)奴も、文句を言ってる奴と同罪だよ。相手が傷つくのは、相手が不自由なのは、相手のやってるゲームの結果。相手の問題さ。文句言う奴はほっとけば? それはよくないって? じゃあ、文句言う奴とずっと遊んでれば? 長谷先生はもう御免だね。どうぞご勝手に。自分の為に遊んでみたら?

全部OKなんだよ。『それは違う』って言ったらその瞬間「制限」になるだろ。後はどんどん制限していく遊びだぜ。勝手に不自由にして人に文句を言ったり、手出し口出しするのはもうやめたほうがいいぜ。「全部OK」には『これは駄目』ってのは一つたりともないんだよ。『それでいいのかな?』ってやるからわからなくなるんだよ。神さまの言うことを×した分だけ痛い目にあうのは覚悟しておけよな。自分がしたことの清算をするなら、痛い目を避けるのはオカシイだろ。自分は誰かに文句を言う癖に、神さまに言った文句の責任は取らないっていうのか? 君がФの基準で勝手に×って言ってるだけだろ。君がOKしてないだけだろ。君が『それでいいんだ』って言えば、誰にも聞く必要はないんだぞ。いつまで神さま⦿を無視してФの苦情軍団のご機嫌取りをし続けるつもりなんだい? 神さま憲法違反Фは全員死刑だよ。Фの奴は勝手に自滅。君も⦿しなきゃ死刑だよ。

                      ウナム

元つ話928 くれぐれも最終便に乗り遅れんようにしてくだされよ

2014-01-28 Tue : 長谷章宏語録 
本当にこれが最後の天国への方舟(はこぶね)でござる。最終便の乗船案内、壊れ行く現(こ)の世から、新しい御世、永遠のミロクの御世への旅立ちの最後の機会ぞ。今度の方舟は物質の船ではないから、乗るものを間違えるとトンでもないことになるぞ。乗り遅れればそなたはもう天国には行けん。神のルール、真釣りを外した者は、神のオキテ通りに地獄の御世と共に、消え去る運命でござる。この方の申す通りに素直にやれば、何があろうとマ違いなく方舟の乗船口へ案内してやるから安心してついれござれ。そなたの掃除が今回の乗船切符でござるのぞ。神心を持たん者は、ココロの戦いを持ちておる者は、今までのように天国の世を地獄の世に変えて仕舞うことになるから、今度ばかりは連れて行かんぞ。地獄の身魂は地獄の世と共に消して仕舞うのぞ。そなたの自覚が肝心ぞ。

これがマコトの最期ぞ。今までと同じと思ったら、このまま続くと思ったら、大マ違いぞ。「後で」はもうないのぞ。そなたらは、今まで、何度も何度も「あとであとで」「今度こそ掃除します」と申して、一向に改心する気配なし。同じことをくり返しくり返してもう後がない、ドン詰まりの最期のガケっぷちまで来ておるのぞ。「先送り」はもうできん。今ここで元の元の神の申すことをうけ入れなければ自滅するのぞ。この方は、もうウソツキのごきげん取りはごめんじゃ。今度の今度は口だけでは信用せんぞ。マコトにおわびするなら、改心するなら、今この時この場から、即態度で示せよ。オオカミ少年を続けておるとだれもきいてくれんぞ。⦿無き者に天国なし。

今までの旅立ちとはちがうのぞ。この方は、全員に案内状を出しておるぞ。全員の指定席を用意しておるぞ。乗るか乗らんかはそなた次第。いつまでも悪の仕組みに駄されて居らずに、いつまでも地獄で遊んで居らずに、早々に天国への旅支度を始めるがよいぞ。いつまでも地獄のゲームを遊んで居る者は乗船できんことになるぞ。最後の最後で気づいても掃除が間に合わんから、ギリギリで改心してももう遅い。いくら神を拝んでも、金をもって来ても無駄なことじゃ。今度の舟は掃除無き者は乗れん。祈りでも瞑想でもカネでもヨイショでも乗せんぞ。今から始めてギリギリの者がほとんどでござるぞ。どんなにたくさん乗り遅れても、これが誠の最終便ぞ。キャンセル待ちはできんぞ。ギリギリで出航する最終便でござる。臨時便は運行せんから、全員の指定席を用意してござるから、この方の申すことを素直に聞いて、くれぐれも最終便に乗り遅れんようにしてくだされよ。

                      十日立

元つ話927 耐えに耐えてこの時が来るのを待ちに待って居たのでござる

2014-01-27 Mon : 長谷章宏語録 
そなたの善悪和するため許されある悪を裁くことは、自らを裁くことでござるぞ。神を裁くことと同じでござる。神を裁いては、そなたの平和も自由も天国もござらんぞ。すべてのすべては神が人を使ってさせておるのぞ。そなたらは神が居らねば何もできんのでござるぞ。そなたに悪なければ悪はそなたには関係無きことぞ。そなたが悪なければ悪に巻き込まれることはござらんぞ。そなたに悪あれば現(こ)の世でどこに逃げても無駄でござる。そなたが幽界に居れば、どこへ逃げようとも悪の部屋の中でござるぞ。霊界の動き通りに現界に現れておるのぞ。知らぬはそなたばかりなり。悪神を悪と裁くから悪が形になるのでござるぞ。いつまでも悪の教えに囚われておらずに、いい加減にご自覚召されよ。本来なれば、そなたが自ら気づくべき真コトの答えをこの方がすべて教えて差し上げるのでござるから、もう知らんとは言えんようになったから、逆らう者には厳しく致すぞ。素直に従う者は楽になっていくから頑張りてくだされよ。万古末代一度こっきりの最期のチャンスでござるのぞ。ここをはずしては二度とはできん。永遠のイノチを育む最後の最後のチャンスぞ。そなたの長い人生(神生)で一度くらいは真コトのご苦労をしてくだされよ。神の生き方をせねば、もはや新しき生はござらんぞ。「神生」が「新生」の素ぞ。

この方、そなたら真釣りを外したお子たちに、踏みつけられても悪者にされても何をされても今まで耐えに耐えてこの時が来るのを待ちに待って居たのでござるぞ。今までの世の魔釣りの教に囚われてアレコレと屁理屈を申す者、ありえん、信じられん、マユツバだ、バカゲてる、ウソだ、マヤカシだと申す者は、それはそれで構わんぞ。そなたがどうするかという答えは最後に出せばよいから、いちいちハラの立つことも多いと思うが、許せんこともあると思うが、ムカツクこともあると思うが、子の行く末を案じる、真コトの親の親心に免じて、暫くの間辛抱して聴いてくだされよ。今度だけは、ツベコベ申さずに、反論したいであろうところを、文句の一つも言いたいところを、ちょっとの間棚上げしてもらって、騙されたと思って、最後まで黙って聴いてくだされよ。神、頼んだぞ。

                    十日立

元つ話926 至善とは神のことでござるのぞ

2014-01-26 Sun : 長谷章宏語録 
そなたらの造り挙げた世では、神頼みしても勝つのは一人。勝たねば人生の終わりでござろうが。一度負ければ、一度落ちれば、一度失敗すれば、二度と上がれぬ世でござる。競争、比較の相対勝ち負けゲームでは、全員勝てるわけはなし。軍隊使った戦争が戦争ではないぞ。表面上では平和、平等、公平と申して、我が勝とう、我が上がろう、我だけ得しようと我(われ)善しの心の戦いをしておるのに気づかんのか。人のためと申して、己の善悪で人の申すこと、人のすることをコントロールしておることに気づかんか。この方をそなたの善悪で裁いて居るのに気づかんか。マコトは本音を出したい者同士が、本音隠して建前演じ、騙しあい、探り合いの疲れる遊びをいつまで続けるのじゃ。あなたの為だと申して、真コトと申して魔コトの愛、優しさ、思いやり等で騙し騙され脅し脅され、人を落として自らが上がる、一〇〇%の成功は無理だと勝手に決めて自ら諦めて、人を動かし自らは楽をする、誰も成功しない、全員潰れの魔釣りの遊びでござるのぞ。我善しの天国は地獄の世の茶番。

そなたが善悪創れるのはこの方が居るからぞ。そなたが悪を裁く基準はそなたの善悪でござるぞ。善悪もつことが悪ぞ。善悪で戦えば、調和などござらん。そなたの内で戦争をしておりては、外の平和など永遠にできはせんのぞ。いかなる理由をつけようとも、魔釣りの世の善の理屈をツベコベ申して善人を演じて悪裁く、そのこと自体が悪でござる。そなたが言い訳するほど、正しさを主張するほど、正義を語るほど、自らが悪人である証明でござるのぞ。真釣りの調和の身魂から見れば、丸見えの臭き魔釣りの一人芝居でござるぞ。「そなたが悪く言われてはそなたが困るからやめろ」とそなたが人に申すのは、マコトに困るのは、その者が悪人になっては自らの評価が下がるそなたでござるぞ。人のためと申しておりて自分のためでござるぞ。そなたらの魔釣りの世では、「人のため」と申すのは「自分だけのため」でござるのぞ。

そなたらは、お互いをコントロールしあって自らの夢だけを果たそうとしておるぞ。人のすることやめさせて自らだけ自由になろうとしておるのぞ。そなたら自らがつくった悪を裁いて、都合の悪い厄を祓って、ますます悪を栄えさせ、栄える悪を裁いてどんどん自らのクビをしめておるのにまだ気づかんのか。自らつくった悪裁く、調和乱す悪の中の善悪のただの戦争ゴッコでござる。神の世の悪人が善人と名乗って自らの論理でつくった悪を裁く、自業自得の茶番劇でござるぞ。悪神もこの方が生んだ神であることをお忘れなかろうな。そなたらの身欲を解(ほど)く御役を背負った真コトの神でござるのぞ。そなたらの内に悪あれば、その悪を外に見せる御役の神でござるのぞ。自ら善人のふりをして楽をしておる者には、悪を見せて改心を迫るしかなかろうが。そなたに不都合創って改心迫るしかなかろうが。自然と調和すると申すが物質の自然ではござらんぞ。至善とは神のことでござるのぞ。物質の自然は後少しで終わりでござる。そなたらが物質の自然と調和しよう、自然破壊を戻そうと申すことが既に自然ではござらんぞ。取り違えなさるなよ。

                  十日立

元つ話925 第三次世界大戦と申すのはそなたらの心が創り出すコントロールゲームのこと

2014-01-25 Sat : 長谷章宏語録 
この方が何を申しておるのか分からんと申す者は、この方の申すことを疑ったり裁いたりして居る者は、魔釣りの創る内なる戦争にまんまとはまっておるぞ。どれが真コトだか探してもそなたの外には答えはないぞ。そなたの申すことを、この方の申すことを疑わんですべて素直に行動することが真コトぞ。全部分かってからやろうとしても分からん。そなたが分かるところから改心致せばよいぞ。分かるところからどんどん行動してくれよ。そなたがよいと思うことをどんどん実行してくれよ。疑いを捨て、裁きを捨て、価値判断を捨て、そなたが思うところをどんどん実行することぞ。この方の申す通りにやれば何でも分かるぞ。損して怪我して病気して事故して壊してメグリを取って頂くのでござるぞ。生死越えたる大掃除。逃げるところはどこにもないぞ。いい加減に、カン念致してバクにつけよ。この方の内に居るそなたは絶対にこの方からは逃げられんのぞ。

この方は、掃除進めるために戦争も殺人も許して居るぞ。そなたが裁いて居る、無くそうとして居る戦争は、この方が許しあるからできるのぞ。だからと申して、人を殺して善いと申して居るのではござらん。そなたが外を裁いて居らねば、外の責任に致して居らねば、殺人はござらんぞ。そなたが調和を壊しただけそなたの肉の身を使ってそなたに返して居るのでござる。表面上の犯罪を裁けば、そなたが魔釣りでござるぞ。表面上の犯罪はその者同士のメグリ取りでござるのぞ。悪は悪ではござらんぞ。この方が悪魔だと申す者は、真コトは取れんと覚悟いたせよ。もう善人を演じて居る暇はござらんぞ。いつまでも魔釣りに嵌まっておらずに目を覚ませよ。とまっておる暇はないぞ。悪裁くが悪ぞ。

第三次世界大戦と申すのは、そなたらのココロが創り出すコントロールゲームのことでござるぞ。眼には見えない戦争でござるぞ。霊戦でござるぞ。眼には見えないがすべて形になっておるぞ。見えておるぞ。制限、禁止、道徳、倫理、教育、躾(しつけ)、議論、裁判等々すべてのすべてがコントロールでござろうが。力や金をもった者が上に行く、上の者が下を押さえて上を保つ。下の者は上に上に上がろうと、他の者などどうでもよく、力を使ってねじ伏せて、騙して取って上に行く。上に上がるは一人だけ。神と人の順番を、人と人の順番に、数字をつかって振り分けて、我善しの身勝手な理屈で、平等も公平もない仕組みを見事に造り上げてしまっておるではござらぬか。悪の形をチェックして、管理して、取り締まって、制限して、自由も公平も無き世となっておるぞ。真釣り戻しの道具の悪を、やると怖いぞ悪人ぞと脅してやめさせて、真釣りに戻す邪魔をしておるのぞ。善悪の善人が創りだすニセの平和でござるぞ。そなたらの良心と申すのは、善悪の善の心のことでござるのぞ。真コトの良心と申すのは調和創る神の心(良神)のことぞ。

                   十日立

元つ話924 悪を暴いて平然として居る外道の善人

2014-01-24 Fri : 長谷章宏語録 
正義とは真コトのことでござるのぞ。善悪の法律で悪を裁いても、それは魔釣りの世の遊びでござる。悪を裁いて善が出来ると取り違いして居るそなたらの大きなアヤマ知でござるのぞ。何でもかんでも悪裁き、自由も平等も公平もない法律をつくり、自らのクビをしめて居るのを知り居るか。自らの悪を白状して居るだけでござるぞ。攻撃も防衛も同じことでござる。検事も弁護士も原告も被告も警察も暴力団も軍隊も自衛隊も同じ穴のムジナでござるのぞ。そなたら一人として悪に加担して居らん者はござらんぞ。今今の世は、そなたら全員の身欲と保身が創りだした地獄の作品でござるのぞ。悪を裁くそなたが調和を壊す悪の身魂でござるのぞ。そなた自身が、一人一人が、悪の根源でござる。

調和を乱す悪人が、自ら作りし悪を裁いておるのぞ。自らが自らを、そなたがこの方を裁いて居るのじゃ。自らの悪を自ら白状致しておるぞ。何も知らぬとは申せども、滑稽なことよのう。戦争を裁くそなたの善悪が戦争を創りだした犯人ぞ。この方がここまで申しても、自らに原因があることに気づかんほど曇りに曇った身魂では、自らを善人だと申し続けて一向に改心のカの字もない身魂では、悪を裁いて、悪を暴いて平然として居る外道の善人では、戦争や犯罪を無くすことなどできはせんぞ。軍隊の戦争がなければ平和であるなどと申しておりては、マコトの平和など出来は致さん。戦争と申すのはそなたの内なる戦争のことにてござるのぞ。内の戦争は魂(たま)の戦いぞ。真コトの神と魔コトの神の霊戦でござるぞ。真コトと魔コトの戦い、真釣りと魔釣りの戦いでござるのぞ。最後の最後の三歳苦難のその時は、原爆落ちた広島や長崎の比ではござらんぞ。世界全土が修羅の地獄と化すのでござるぞ。タマの戦争の怖さはそなたらには分からんことでござろうが。

そなたが内なる戦いを終わらせれば、そなたにはタマの戦争は無いぞ。掃除進めただけタマの戦争軽くなるぞ。一人一人の問題でござるぞ。そなたが助かる唯一の方法は、内の戦争をやめることぞ。人を助ける唯一の方法は、そなたが真釣りに戻ることぞ。内の戦争なければ、外の戦争はないぞ。身魂の戦いがココロの葛藤、現界の戦いを創りだして居ることに気づかず、戦争は善くないからしてはならん、悪いことは迷惑だからしてはならん、人のものを壊すのは善くない等と道徳や倫理なる戒律を創り、それを破れば魔釣りの世の悪人でござるから、多くの者がそれを守る善人を演じて居るから、戦争にならんだけでござるぞ。悪を裁くそなたが悪を形にしておるのぞ。軍隊の戦争が、形の殺し合いがないから、今の世が平和であるなどとタワケたことを申して居る身魂には、本当の平和が何であるか、本当の戦争がいかに恐ろしいか、最後の最後の大掃除で身を以て教えてやるからその時まで控えておれ。そなたが戦争避けても、最後の戦争は避けられん。掃除終わるまでは死しても続く戦争ぞ。最後の最後の戦争は怖いぞ。

                   十日立

元つ話923 早う引越しの準備を始めなされよ

2014-01-23 Thu : 長谷章宏語録 
マ違いの基準は真コトでござるぞ。戦いは魔コトぞ。マ違いぞ。魔と真の違いぞ。善い悪いではないぞ。やり方が違うだけでござるぞ。悪裁いて悪の自由奪うそなたが悪でござるのぞ。悪を暴くのが善だと申しておるそなたが悪でござるのぞ。この方のやり方にたてつく身魂でござるぞ。悪創って悪見せて悪を和する仕組み。調和、平等、自由の神の創る仕組みに戒律などござらん。そなたが自らそなたの悪に気づき、そなたの悪を調和する、悪を裁くのをやめるためにこの方が許しあるのが外にある(見える)悪でござる。そなたが自らの善を保つため外に見える悪を追い払えば、そなたがそなたを魔コトの世に封じ込めることになるぞ。自らが自らをマインドコントロールしておるのぞ。外の洗脳を問題にするそなたが洗脳されているぞ。そなたがそなたを洗脳しておるのぞ。そなたの善は魔コトの善ぞ。魔コトの世はもうすぐ消えるのぞ。そのままではそなたも一緒に消えるぞ。早う魔コトの部屋から出なされよ。真コトの世に旅立たんと、魔コトの部屋もろともそなたも死ぬぞ。そなたの身魂の居る魔コトの世(幽界)を掃除するのぞ。そなたに逃げる所は無いぞ。魔コトの家は仮り(借り)の家。すべて壊して整地して、真コトの家にタテ直すのぞ。タテ替えの決まった家にいつまでも居すわっておらずに、早う引越しの準備を始めなされよ。最期には有無を言わせず「強制退去」を命ずるぞ。⦿あれば新しい家に案内致すぞ。真釣り無き者は家もろとも壊してしまうぞ。神たしかに申し渡したぞ。

いつまでたっても魔釣りに気づかず、天国どころか地獄を進めるやり方で、末のこ度は解(ほど)くしかないものばかりを作りてしもうておるのに気づいて居るか。すべての人民、上から下まで、まんまと悪神の企みにはまりて、一向に改心の気配なく、この方のココロを知ってか知らずか、この方がどんなに語りかけても、外に見せても、魔釣りで学んだ屁理屈つけて悪を裁き、自らにご都合よろしき善を守って、自ら改心する者はごくごく僅かでござるぞ。いよいよ最後の最後の瀬戸際になりてしもうたから、そなたのアタマで、肉の眼で見て分かるように申さねば気づかんから、この者を使って文字にして姿形にして、すべてを明かすのでござる。そなたらに身欲や保身がなかりたならば、悪神の企みも成就致さんで済んだのぞ。そなたら一人一人が自ら滅ぶ悪の企みを進める手助けをしたのでござる。悪の企み、悪の支配は、九分九厘でおわりぞ。ドンデン返しをくらわんうちに早う目覚(めざ)めなされよ。

                     十日立

元つ話922 一年や二年の苦しみにたえられんようではマコトの天国は無いぞ

2014-01-22 Wed : 長谷章宏語録 
霊性は開発するものではござらんぞ。魔釣りのままの霊性開発は、そなたの底に封印してある蛇を上げることにてござるのぞ。そなたの霊眼は、魔釣りで開く魔眼となるぞ。分かつ知恵の蛇を上げれば、最期はバラバラに砕け散るぞ。そなたの身魂のイノチはござらんぞ。蛇が蛇と戦っても共食いでござる。アタマとアタマの戦いは共倒れでござるぞ。ここまで来て未だに瞑想なるマヤカシで人を導いて居る者はこの方が許さんなり。神の姿や奇跡を見て喜んでおりては、そなたに真釣りはござらんぞ。この方の姿はそなたらには見えんのぞ。この方が見えたと申すなら、それはそなたの魔釣りの証ぞ。そなたは元々、真釣りの身魂でござるから、真釣りに戻ればこの方の力を導く霊能力が戻るのぞ。そなたがそなたの思いを何でも果たせる力でござる。そなたが真釣りに戻ればこの方が手伝うのでござるぞ。そなたら魔釣りの人間から見れば、奇跡に見えるのでござるぞ。神示を疑うそなたは、魔釣りでござるぞ。

真釣りに戻れば不調和の身魂のすることは丸見えでござるから、肉の身を通して他の人間の、身魂のして居る真釣り外しが分かるから、騙されることはござらんぞ。これが誠の透視能力でござるのぞ。霊のレントゲン写真はそなたの心に映るのぞ。人間としてどういう行動が真釣り外しでござるかが、段々とハッキリと分かって来るのでござるぞ。真釣りと魔釣りは神一重でござるが、この方が段々に分かるようにしてやるから、安心してついて参るが宜しいぞ。取られて怪我して病気して騙されて真釣り戻しをするのでござるぞ。悪くなって善くなる仕組み。悪くした分自らが悪くなって元に戻す仕組みなり。そなたが疑いを捨てて、悪くなることを避けないで、そなたの申す通りになされば、そなたは段々と善くなるぞ。人に文句を申すことが悪ではござらんぞ。人に文句を申すことを裁くことが悪でござるぞ。そなたが真釣りを戻す道では、喧嘩や怪我もござるのぞ。そなたが真釣りを立てておれば、喧嘩をした後気づくのぞ。少しづつ葛藤が無くなって行くのぞ。神のお陰は少しづつでござるが、一度真コトが花開けば、末代咲き続ける花でござるぞ。魔釣りの花はすぐ咲くが、末は散り去る仇花でござるぞ。一年や二年の苦しみにたえられんようではマコトの天国は無いぞ。

                    十日立

元つ話921 殺人犯(殺神犯)はほおっておけば自ら潰れるから 潰れる前に潰すなよ

2014-01-21 Tue : 長谷章宏語録 
悪を潰そうとすればするほど悪は表に出てくるぞ。殺人犯(殺神犯)はほおっておけば自ら潰れるから、潰れる前に潰すなよ。潰せばそなたが潰れるぞ。この方はすべてのすべての掟違反の身魂を泳がせて、好きにさせて居るのでござるぞ。最後の最後は身魂のイノチが無くなるのでござるぞ。どんな刑罰よりも重い重い厳しい刑罰でござろうが。永遠のイノチを手放すのでござるからな。人間の世での刑罰など、この方から見れば甘い甘い。人に刑罰課するそなたらが、神の掟の違反者ぞ。調和を乱す悪はほおっておけばすべて滅びる定めなり。悪を潰そうとするそなたも悪でござるから最後の最後は自らが滅びるぞ。外の悪を悪と申す、外に悪があると申すそなたは、外が変われば何もできなくなるぞ。そなたは外に影響されておるぞ。そなたはこの方の申すことには逆らえんのではござらぬか。そなたは自然の力には逆らえんのでござろうが。自然の力は至善の力でござるぞ。資源は始源でござるぞ。この方の力の現れでござるのぞ。そなたの外はこの方の内ぞ。そなたが外を変えることなど出来はせんのぞ。この方が許さねば、そなたは何もできぬのぞ。いつまで幻にとらわれて居るおつもりか。そなたは死をさけて居るつもりで、自殺の道を歩んで居るのぞ。夢の世界から早う目を覚ましなされよ。

元の調和を乱した結果現れる悪を裁く者は、内に善悪をもった調和を乱す悪の身魂でござるぞ。悪を裁こう、悪を暴こうとするそなた自身が悪の根源でござるぞ。悪者は許せんと申すが、それはそう申すそなたのことでござるぞ。悪裁いて善人を気取って居る者、神から見ればそなたが極悪人でござる。そなた自ら神の調和を乱す悪人であることを白状しておるのに気づいておるか。真コトの者から見れば、魔コトの者のすることなすこと丸見えでござるのぞ。悪を裁けば、外を変えようとすれば、外をコントロールすれば、外が悪だと申せば、外の責任でござると申せば、それでそなたは掟違反の魔釣りの者ぞ。今度の大掃除と申すのは、調和を乱す悪は根元から根こそぎにして仕舞うのぞ。最後の最後にはこの方の、誠の神の誠の力をとくとご覧に入れるから、そなたにはとても逆らえんから、ツベコベ申さずに今からこの方の申す通りにする方が得策でござるぞ。

そなたらは悪人であることを隠そうとするから、自ら悪人でござることを白状して居ることに気づいたなら悪裁くのはやめる筈じゃな。何度申しても聞き分けのないお子が多いぞ。そなたの無知をいつまでさらすのじゃ。いつまで善人を演じて居るのじゃ。そなたはそれほど大アホでござるのか。この方の申すことを今一度しかと聞き直してくだされよ。仲良しが調和ではござらんぞ。そなたの内に善悪、戦いないことが調和でござるぞ。疑いの無いことが調和でござるぞ。そなたの内が調和で無ければ、そなたはそなたの外のものをとやかく申す資格はござらんぞ。そなたの内が調和でござれば、そなたは何も疑わん。何も気にならん。何も裁かん。何も口出しはせん。何も文句は申さん。悪はござらんから悪を許せんとは申さんぞ。外の悪を暴こうとはせんぞ。不安も恐れも疑問も不思議も奇跡もござらんぞ。真釣り外しのある者は、もう人のことを構って居る暇はござらんぞ。早う自らの真釣りを戻せよ。ミロクは近づいて居るぞ。外の悪を裁く自らの内を調和せよ。

                    十日立

元つ話920 真コトの神は態度で分かるぞ

2014-01-20 Mon : 長谷章宏語録 
そなたが思いを変えれば神が変わって行動が変わるのでござるぞ。そなたが自ら考えて、神(かん)変(が)えて、別の神を選べば、そなたの現実が変わるのぞ。そなたが外を動かせるならば、そなたは神でござるぞ。そなたはそなたを動かせるだけでござるぞ。そなたが神(かみ)変(か)えねば、そなたの現実はそのままでござるのぞ。そなたが神に頼るから、魔釣りの神に騙されるのでござるぞ。そなたが一度に欲しいと申せば、一度にくれる神が居るぞ。そなたが一度に貰った分だけそなたは一度に失うぞ。そなたが魔釣りでござるなら、一度に貰うはオカシキことぞ。すぐのお陰は気をつけなされよ。元の神のお陰の道は苦労の道でござるぞ。そなたが今まで楽した分を、苦労で返して頂くからぞ。元の神のこの方の家来の神がついた者には、超能力や奇跡を見せたり、病気治しをしたり狐憑きの真似はさせて居らんぞ。高級霊を名乗るのはインチキじゃと申す戒律に囚われると、何でもかんでも高級霊を名乗るものはインチキじゃと申して真の神を見逃すぞ。真コトの神は態度で分かるぞ。何でも出来る普通の人間が真コトの神のついた神民でござるのぞ。真コトの神はそなた自身を自由にするぞ。今までの古い教えでは天国も自由もござらんぞ。古い教えのお役目はもう終って居るのじゃからきれいサッパリアタマを切りかえなされよ。

悪が迷惑なのではござらんぞ。悪が危険なのではござらんぞ。悪を迷惑だと申すそなたが迷惑なのでござるぞ。そなたが殺されてもそなたの身魂は生きておるぞ。何をもって危険と申すのでござろうか。誠に危険なことと申すのは、身魂が死ぬことでござるぞ。神の掟を外したならば、そなたの身魂は死でござる。悪を危険と申すのは。アベコベでござるぞ。地震や津波や噴火や水爆が怖いのではござらんぞ。そなたの魔釣りが怖いのぞ。そなたが真釣りに戻ったならば、物質世界の出来事は、そなたには何も影響なくなるぞ。そなたの肉の身がどうなりても、そなたは身魂で生きるからぞ。天変地異も戦争も、真釣りのそなたには何も関係ござらんぞ。真釣りが誠の安全でござるのぞ。そなたが神界に居れば、現界の地獄はただの絵図でござるのぞ。悪を危険と申すそなたの魔釣りが危険でござる。取り違いも甚だしいぞ。そなたらは神の掟に反して居るのぞ。人の法律違反を裁く、人のウソを暴く、人の犯罪を責める者、自らの法律違反はどこへ行ったのでござろうか。そなたが魔釣りを続けるならば、最後の最後はそなたは死刑でござるのぞ。ツベコベ屁理屈をこねて居るヒマがあったら、おイノチはこの方にあずけて、早う真釣り戻しを始めてくだされよ。

                   十日立

元つ話919 霊能者殿 そなたは霊の奴隷でござるぞ

2014-01-19 Sun : 長谷章宏語録 
誰にでも通用するものはオカシイと申す者、霊能者のインチキを暴こうとする者は、自らが魔釣りに生きて居ることを白状して居るのでござるぞ。そなたが霊能者でござることを忘れて居るぞ。そなたが何でも自分で出来れば、霊だ体だと分ける必要はござらん。霊と体は一つでござるぞ。霊の世界も体の世界も一つのものでござるぞ。霊界が因、現界が果、現界は霊界の映しでござるぞ。霊界が現界に現れるのぞ。霊主体従でござる。霊がすべての元でござるぞ。霊の食べ物が大切でござる。そなたの心はこの方と繋がって居る。そなたのしたいことは何でもできて当たり前でござるのぞ。そなたがしたくないと申せばそれも形になるのでござる。そなたの思いをそなたが縛る、できないそなたの魔釣りを正せよ。真釣りに戻せば思いの通りになって行くぞ。魔釣りのウソはすぐ見破れるぞ。超能力も宗教もそなたには必要なくなるぞ。騙されることはなくなるのでござるぞ。騙した者を責めるそなたの魔釣りを直せよ。騙されたのはそなたが原因でござるぞ。

霊能者殿、そなたは霊の奴隷でござるぞ。魔釣りに気づかぬ者共の病気を治して魔釣りを進めて居るぞ。魔釣りの型示しでござる病気治しを手伝っては、最期に身魂を殺すことになるのでござるぞ。そなたは人を助けようとしてアベコベをして居るのでござるぞ。魔釣りは悉くアベコベでござるのぞ。そなたが病気を治すことは出来んのぞ。そなたが治して居るのではござらんぞ。そなたを通して様々な神霊が治して居るのでござるのぞ。人の病気を治すことは掃除を邪魔することでござるぞ。真釣り戻しの道具を奪うことでござるのぞ。魔釣りの神に奉られたそなたの魔釣りを真釣りに戻しなされよ。人を助けると申すのは、人の真釣りを助けることにてござるのぞ。掃除の邪魔をすれば真釣りを邪魔することにてござるのぞ。そなたが魔釣りでござるから、魔釣りの神が付くのでござるぞ。神がつけば何でもできることを、そなたが神ではござらんことを、しかと肝に命じておいてくだされよ。霊に遊ばれて居る者が多いのう。人民を惑わせんでくだされよ。

人がどんな悩みを持っているかを当てるよりも、その者と話をして自立を助けてくだされよ。犯人探しをするよりも、その者の持ちたる悪を教えて差し上げてくだされよ。そなたらは人間でござるから、人間として人間と話をして、相談しながら、足らざるを満たし合いながら、神なる修行をしてくだされよ。その者の悩みを当てるのも、その者の家の様子を当てるのも、その者の霊を見るのも、神がつけば簡単でござるのぞ。当たるのが当たり前でござるぞ。当たるのではなく、霊と霊が話をして、霊が過去を見て、その者の言葉として話して居るのでござるから、霊には時空が無いのでござるから、分かるのは当たり前でござるのぞ。奇跡や超能力を求めるよりも、自らの足で一つ一つ真釣り戻しをしてくだされよ。人間として人間の生活の中で真釣りを生きてくだされよ。そなたがそなたを自由にして差し上げてくだされよ。そなたがそなたを不自由にして居ることをしかとハラに入れておいてくだされよ。この方は一つも戒律や制限は創って居らんのぞ。そなたには何の制限もござらんぞ。そなたは身魂でござるから、何でもできるのでござるぞ。

                     十日立

元つ話918 健康法も食べ物も運動も薬もすべてのすべてが霊にとっては制限でござる

2014-01-18 Sat : 長谷章宏語録 
そなたの霊が真釣りでござれば、何の訓練も制限も必要ござらんぞ。好きなものを食べて好きなことをしていて善いのでござるぞ。好きな時に起きて好きな時に寝て善いのでござるぞ。栄養や睡眠や運動と申すのは、霊の栄養、霊の運動、霊の睡眠のことでござるのぞ。そなたの霊の、心の申すままにすることが至善でござるぞ。栄養のあるものを食べて運動すると健康によいと申すのは、霊で真釣りを食べて、真釣りを動けば、体でも健康で自由になると申すことでござるぞ。体の世界だけで考えておりても、何も分からんぞ。体の世界でアレコレなせば、すべてのすべてが制限となるのでござるぞ。健康法も食べ物も運動も薬もすべてのすべてが霊にとっては制限でござるのぞ。真釣りを生きればそなたの身魂に死はないぞ。不老不死の薬とは、真釣りのことでござるのぞ。身魂の寿命の、真コトのイノチの薬でござる。体の寿命を延ばそうとすれば、病気を避けようとすれば、身魂に制限を嵌めることになるから、霊の栄養が偏るから、肉の身を脱げば病気でござるぞ。最期は身魂が死ぬぞ。身魂(霊)の病気を物質の薬で治せると思いてか。心の病を薬で治せると申すのか。霊の病を人間が治療できると申すのか。よう曇りなされたなあ。死が不幸なのではないぞ。そなたの魔釣りが不幸を呼ぶのぞ。

あり得ない、驚いた、不思議だ、知らない等々と申すのは、そなたが魔釣りに生きておる証でござるぞ。奇跡や魔法や超能力を欲しがるそなたは、魔釣りに生きておる証ぞ。そなたが真釣りに生きれば、魔法が奇跡が当たり前でござるのぞ。魔釣りのそなたから見れば、奇跡だけになるのでござるぞ。神や仏や霊力を欲しがるそなたでは、いつまでたっても真釣りはござらん。そなたはもともと神の力で霊と体が結ばれて居るのぞ。そなたのイノチはこの方が結んで居るのぞ。そなたは神の力で生かされて居るのでござるから、そなたが生死自由にならぬのは、当然のことでござるのぞ。そなたの霊体が神の力を借りて肉体を通して事を成して居るのでござるぞ。そなたらは元々霊能力で生きて居るのでござるのぞ。そなたが真釣りでござるなら、この方がついて何でも楽にできるのでござるぞ。そなたが霊能力を欲しがるのは、思い通りに形にしたいからでござるが、それはそなたが魔釣りでござる証でござるぞ。そなたが魔釣りに生きれば思いどおりにならぬのぞ。そなたが真釣りに戻していけば、そなたの思いは一つ一つ叶って行くのぞ。一度に楽に成ろうとするその心が、そなたが騙される、そなたを不自由にする源でござるのぞ。

                    十日立

元つ話917 霊を祓って病気を治しても後で倍になってぶり返すぞ

2014-01-17 Fri : 長谷章宏語録 
そなたらの科学では説明できんことが沢山あるでござろうが。そなたは被害と申すが、そなたが魔釣りにござらねば、そなたには被害はござらんぞ。犠牲と申すものもござらんぞ。そなたがそなたの加害者でござる。霊能者に病気を治して貰おうとしても、破壊は善くない、悪くなるのは善くないと申すそなたは取り違いをして居るぞ。霊視と申すのは、そなたらが過去や未来を語れるのと同じように、霊が感応して心の映像で見えるのでござるぞ。特別なことではござらんぞ。表面だけを見て居ると不思議なことばかりでござるぞ。表面に現れた現象や行動だけを見て善悪分けて居るとそなたは騙されることになるぞ。疑って掛かるのがそなたの魔釣りの証でござるぞ。そなたが真釣りならば疑いはござらんぞ。霊を祓って病気を治しても後で倍になってぶり返すぞ。除霊した霊は何処へ行ったのでござるのか。悪を祓って善を保っても、直した積もりになっても、最後の最後は天地マゼコゼにして祓った悪を戻して差し上げるから覚悟いたせよ。魔釣りのままで一〇〇%病気を治そう、怪我や事故を避けようと申しても無駄なことでござるぞ。ますます悪くなるだけでござるぞ。自らのしておることを何も知らん臭き魔釣りの身魂でござるぞ。

この者にこの方の言葉が何で分かるのか、何で未来が見えるのかと申すが、真釣りに戻った者にとっては、大掃除のプロセスはすでに体験済みのものであるからぞ。元のはじめに戻って居るから、この方のことも、この方のしくみも、全部思い出して居るぞ。この者にとっては、いわば、すべて過去のプロセスでござる。そなたに過去が見えるのと同じ理屈でござるのぞ。そなたの心に浮かぶものをそのまま文章にして居るのと同じことでござるのぞ。そなたらとこの方は心でつながって居るから、この方の言葉を文字に出来ても話せても不思議なことではござらんぞ。神霊が付けば超能力でも透視能力でも物質化現象でも何ができても不思議はないぞ。そなたら人間は、霊界の姿が現界に現れるのでござるから、神がついて表現できるのでござるから、何が出来ても不思議はござらんぞ。そなたの言葉と申すのも、幽界の、善悪の心が創りだす言葉でござるのぞ。そなたがそなたを自由にすれば、この方の心も分かるのでござるぞ。心理は神理が真理でござるぞ。神の理(ことわり)がそなたの心の理でござるぞ。それが真理でござるのぞ。

そなたらの病気は、霊がつけばすぐ治るぞ。治るが、そなたの病気は魔釣りの型示しでござるから、一度に治そうと申すのは虫の善い話でござるぞ。そなたの魔釣りがそのままでござるから、後でもっと重くなるぞ。太った痩せたと申すのは、相対的な見方でござるぞ。何を以て普通と申すのか。そなたが真釣りでござるなら、そなたは至善でござるのぞ。そなたの肉体は霊体の型示しでござるぞ。そなたが真釣りを食べて居るならば、真釣りを生きて居るならば、何を食べても善いのでござるぞ。太りも痩せもせんぞ。霊で魔釣りを食べるから、形の食べ物を制限することになるのでござるぞ。食べ物を制限しておりては真コトの神の生き方とは申せんぞ。霊が健康ならば、体も健康でござるのぞ。そなたが薬や医術で体の修繕を致しても、そなたの霊が魔釣りを食べて居れば、何度も治さねばならなくなるぞ。そなたの体を鍛えても、霊が魔釣りでござれば、鍛え続けねば戻って仕舞うぞ。そなたの体が治っても霊が魔釣りでござれば、最期に身魂が死ぬのでござる。

                    十日立

元つ話916 形の菜食主義は魔釣りでござるぞ

2014-01-16 Thu : 長谷章宏語録 
そなたの食べ物とは霊の食べ物のことでござるのぞ。そなたの身魂の態度のことでござるのぞ。肉の身から見れば心の持ち方、考え方、生き方のことでござるぞ。四つ足とは戦いの心、二つに分ける魔釣りの心ぞ。五穀草物とは自らに素直に生きるこの方の心ぞ。四つ足の獣は戦い、共食いでござろうが。植物は満たし合いでござろうが。この方はそなたらの外に見せて居るのでござるのぞ。形の菜食主義は魔釣りでござるぞ。肉食避ける心がござれば、善悪がござるぞ。食べ物をよく噛むと申すのは、その生き方を続けてそなたのものにする(クセにする、マスターする)ことでござるぞ。知識を行動して智慧にすることでござるのぞ。イロハで噛むと申すのは、元のはじめのこの方の生き方をすると申すことぞ。祝詞(のりと)をあげると申すのは、分かったことを行動することでござるのぞ。何でもかんでも形で考えるのが、四つ足を食べて居る証でござるぞ。この方の神示はそんなに簡単に解けるものではござらんぞ。実践してはじめて解けるものぞ。アタマのФのチシキでは取りちがえるぞ神の仕組みはそなたを生かせしハタラキなり。チシキではござらんぞ。

すべてのすべては霊が体に現れたものでござるぞ。神が形に成ったものでござるのぞ。霊が先で体が後でござるぞ。そなたらの見方はすべてのすべてがアベコベでござるぞ。体の障害や病気は霊の障害の型示しでござるぞ。霊を直さず体だけを治そうとしても直したことにはならんぞ。魔釣りは破壊、真釣りは再生、魔釣りで破壊をして居るから病気や怪我で教えるのでござるぞ。そんなことは信じられんと申すそなたは魔釣りでござるから、そなたの病気や怪我は無くならんぞ。そなたらは霊障と申すが、そなたが魔釣りでござるから、そなたが外を頼るから、そなたに霊が感応するのでござるぞ。霊に悪戯(いたずら)されるのはそなたのせいでござるぞ。霊のせいにすることはこの方のせいにすることでござるぞ。霊のせいにするのも人のせいにするのも、そなたの根本が同じ態度でござるからぞ。そなたの身魂の態度を正せよ。そなたが何でも自分で出来れば、真コトのことを知って居れば、何の問題もござらんぞ。そなたが真釣りに戻しても、今までしただけのことは引き受けて頂くから、すぐには善くならんから、勘違いなさるなよ。そなたがしただけ返して頂くから、肉の身の死を以て返して頂くこともござるから、肉の身で善くなるとは限らんぞ。悪くなるから悪神じゃと申すなら、そなたは真コトが分かってござらん。ミロクですべてが叶うのぞ。今のそなたには真釣り戻しの掃除あるのみぞ。早う、ミロクに生まれ返れる身魂に鳴ってくだされよ。

                     十日立

元つ話915 最後の大掃除では 楽は一切許さんぞ

2014-01-15 Wed : 長谷章宏語録 
そなたに掟違反がござらねば、通り魔にも、事故にも、災害にも遭わんのぞ。魔釣りに生きて居るそなたには、通り魔を刑務所と申す箱に入れて封じ込めても、真コトの安全はござらんぞ。通り魔が悪魔ではござらんぞ。そなたが悪魔でござるのぞ。真コトに安全が欲しいならば、魔釣りをやめることでござるぞ。自ら魔釣りをしておいて、掟違反をしておいて、犯罪人を裁くとは、地震や台風を嫌うとは、自由を制限するとは何事でござるのか。自らの都合で人を檻に入れておるのでござるぞ。そなたが真釣りならば、どうなっても安全でござるのぞ。通り魔が怖いそなたの魔釣りが原因ぞ。そなたの魔釣りをそなたの肉の身を使って掃除するのでござるぞ。そなたの肉の身がどんな状況に成ろうとも、そなたの身魂は生きて居るぞ。この方は、そなたに肉の身を括りつけて、メグリ相応に痛みや苦しみを渡すのでござる。そなたのものは何もござらんぞ。取り違いなさるなよ。

誠の親の厳しさ優しさを教えて差し上げるぞ。この方はそなたらが何回掟違反をしてもそなたが改心するまでずっとずっと待って居るのでござるのぞ。そなたが何回約束を破っても少しずつメグリを渡して改心を信じて居るのでござるのぞ。これが誠に信頼すると申すことでござるぞ。約束違反やルール違反をすぐに責めるそなたらは、辛抱が足りん。神が許しておる悪を裁くとは何事でござるのか。悪いことをして居るから許せんと申して、人を殴るとは何事でござるか。そなたが待てんのはそなたが魔釣りの証でござるぞ。そなたが真釣りでござれば、人が何をしておりてもそなたには何の関係もないのでござる。待つ必要も裁く必要もないのでござるぞ。掟破りを一〇〇%神が許さねばどうなるか知り居るか。そなたらに楽はなくなるぞ。そなたが掟破りを戻すまで、そなたは自由はござらんぞ。今のそなたには到底耐えられんことでござるから、最後の最後まで延ばして居るのでござるのぞ。いよいよとなれば、マコトの厳しさを教えてやるから覚悟せよ。

最後の大掃除では、楽は一切許さんぞ。この方が悪は許さんと申せば、すべて許さんのぞ。今までしてきたことをすべて清算して頂くぞ。そなたが不調和蒔いた分だけ、魔釣りで壊して傷めただけ、一度にそなたの身を以て体験して頂くぞ。マコトのバランスとは何か、調和を壊すとどうなるかを一〇〇%教えて差し上げるから、そなたには厳しいことでござるから、地獄の如き様相となるから、今の内から清算を始めてくだされよ。魔釣りをやめてくだされよ。今の苦労は最後の苦労に比べれば、雲泥の差でござるのぞ。この方が言葉で教えて差し上げて居るうちに、自主的に掃除を始めてくだされよ。今から始めて少しでも最後の掃除を軽くしてくだされよ。この方は自らのお子が苦しむのを見たくないから、今からお知らせして居るのでござるぞ。誠の親心を分かってくだされよ。最後の大掃除はどのくらい厳しいのかと待つ心は魔釣りでござる。今のそなたには想像を絶する厳しさぞ。そなたがФのそのままで居るならば、「神も仏もあるものか」と言わねばならんぞ。そのときになって後悔しても「後のまつり」ぞ。ツベコベ言わず、この方の申す通りにしてみやれよ。「まつり」は先にしてくれよ。「祭り」ではなく「⦿」のことぞ。

                     十日立

元つ話914 心の制限と申すのはそなたの身魂が居る刑務所の牢屋でござるのぞ

2014-01-14 Tue : 長谷章宏語録 
自らが自らの創りた戒律で動けんようになって居ることを知り居るか。戒律創れば自らも人も動けんようになるのでござるぞ。自ら戒律創って自らを動けんようにしておいて、動けんことを神や人の責任に致し、自らは枠の中にとどまって、外を動かして思い通りにしようとするのは自分勝手な虫のいい話でござるぞ。そなたは悪人を檻に入れれば安全だと思って居るでござろうが、そなたがそなたを檻に入れて居るのを知り居るか。そなたの心の制限と申すのは、そなたの身魂が居る刑務所の牢屋でござるのぞ。そなたの制限の外が自由な娑婆でござるのぞ。最後の最後はそなたの居る刑務所は、そなたの居る箱は綺麗に壊すのでござるぞ。そなたが安全だと思って居る場所が、実は、一番危険な場所でござるのぞ。今の現(こ)の世のシステムが当たり前だと思って居ることが、真コトに気づかぬ魔釣りでござる。現(こ)の世では何も出来ぬと申すそなたは、ミロクの世には行かれんぞ。今の世のシステムを理由に、したいことができんと申すなら、そなたがそなたをとめて居るだけぞ。そなたが自らの内を変えねば、自由にせねば、外はそのままでござるのぞ。

今のそなたらのシステムでは、いっこうに犯罪は無くならんばかりか、ますます危険な世になってしまって居るでござろうが。外にそなたの申す悪事を見つければ、そなたは何をしてるのじゃと追求し、何でもかんでも罰則創って取り締まる。外の悪を裁けば裁くほど、先に行くほど罰が増え、そなた自身が何もできなくなるぞ。そなたらは、罪を犯した者なれば罰を受けるは当然じゃと申して居るが、そう申すそなたらが神の掟を外して居ることを知り居るでござろうか。そなたはそなたらの法律を一〇〇%守って居るでござろうか。神の掟は一〇〇%でござるぞ。違反しただけそなたには自由はないぞ。自らが自由ではござらんと思い込むから、自らが自由になるために、人を不自由にせねばならなくなるのでござるぞ。そなたの外に原因があるのではござらんぞ。そなたがそなたを縛って居るのでござるぞ。そなたが自由ではござらんと申すから、自由ではござらんのぞ。

そなたらは身魂でござるから、肉の身でどうなろうとも身魂には死はござらん。そなたにもそなた以外の者にも、危険や不都合はござらんぞ。何をしても自由でござるのぞ。そなたが魔釣りをしておって、肉の身で長生きしたいと申しても、肉の身はこの方の貸しものなれば、それは自分勝手と申すもの。そなたが真釣りでござるなら、自由に選べたのでござるぞ。そなたの死や病気や怪我や事故はそなたの自由にはならんのぞ。そなたの掟違反相応にこの方が人を通してメグリ合わせて居るのでござる。事故も怪我も殺人も、お互い様の掟違反の結果でござるぞ。偶然はござらんぞ。被害者もござらんぞ。そなたの創りたメグリでござる。お互い様の出来事ぞ。どちらも自らの責任でござるのぞ。取られて、遣られて、病気になって、被害を受けて、壊されて、掟違反を償うのでござるぞ。そなたの掟違反の結果でござるのに、この方や他の者の責任追及をするとは何事か。

                    十日立

元つ話913 今度ばかりは神々様でさえもどこにも逃げ場はない

2014-01-13 Mon : 長谷章宏語録 
この方の居る神界と繋がらねば、そなたはミロクの民にはなれんぞ。そなたが誠の善の身魂にならねば、現界の大掃除は避けられんぞ。そなたが疑いの心を捨てなければ、幽界との繋がりは切れんのぞ。悪霊がそなたに取り憑くのではござらんぞ。そなたが幽界に合わせて居るのでござるぞ。そなたの心の有り様がそなたの身魂の姿でござるのぞ。霊界には元々は幽界と申す世界はござらん。そなたらの善悪創る心が、善悪創る身魂が集まって幽界を創っておるのでござるぞ。今度の大掃除では、幽界も掃除致すのでござるぞ。そなたが身魂を磨かねば、そなたが善悪掃除を致さねば、生も死も意味はござらん。そなたの居る場所はどこにもござらぬぞ。万古末代二度とない、神から人まですべてのすべて、三千世界をタテナオす、生死越えたるお仕組みでござるのぞ。今度ばかりは神々様でさえもどこにも逃げ場はないのでござるぞ。身魂磨かぬ者は、神の掟通り、滅びでござる。

相対二元の世界では、善は悪、悪は善でござるから、全部悪になるでござろうが。全部善にもなるではないか等と屁理屈申して居るではないぞ。分けて居るのが真釣り外しでござるのぞ。そなたの善と相手の善がぶつかるのが戦いでござるぞ。そなたは相手の悪、相手はそなたの悪を責めて居るのでござるぞ。そなたが九九・九%善でござっても、〇・一%の悪がござれば、そなたは調和を乱す種を持って居るのぞ。ミロクは一厘なければ行けない世界でござるのぞ。この方の世ではそなたらのいい加減さは通用せんぞ。平和を守ると申して戦争して居ること自体が、調和を乱して居る証でござるのぞ。今の現(こ)の世全体が、掟違反の魔釣りの世であるとも気づかず、自ら創りだした不調和の世で、法律と申す戒律を創り、法律違反は償うべきだと申す戒律を創り、我(われ)の申すこと聞かんと殺すぞ、取るぞ、独りにするぞ、社会から抹殺するぞ、と脅しの罰をちらつかせ、自分自身に不都合な、危険な、迷惑な悪を表に出せんように、悪を出した者を捕まえて檻に閉じ込めて危険を回避した積もりになって安心して居る呑気な身魂がそなたらの姿でござるぞ。

                      十日立

元つ話912 神示を奉って居るそなたは そなた自身を下に見て居るぞ

2014-01-12 Sun : 長谷章宏語録 
この方の申す調和は一〇〇%でござるのぞ。一点でも、一厘でも、○・一%でも曇りがござれば、快晴ではござらん。雲一つない空を快晴(快正)と申すのぞ。そなたらの創った、たった一厘の曇りが、たった一厘くらいと申す油断が、今の世の曇天を創り出したのでござるぞ。雲があるのが当たり前、苦があるのが当たり前、悩みがあるのは当たり前、分からないのが当たり前等と申すそなたらには、永久に誠の真コトは見えんぞ。そなたの心に一点でも曇りあれば、この方の真コトは見えなくなるのぞ。たった一厘でもうまく行かんこと、分からんこと、不思議なこと、自分で答えられんこと、自らで決められんこと、外に責任転嫁をする心がござるならば、そなたには曇りがござるのぞ。我(われ)には曇りはござらんと申す、その言葉が曇りがある証でござるのぞ。そなたに曇りなければこの方の申すことにいちいち反論する必要はござらん。そなたに曇りがござらねば、この方の出す神示など、そなたにとっては何の価値も無きものになるのでござる。そなたはこの方の心そのものでござるからな。わざわざこの方に言われんとも、そなたはすべてを分かって居るからな。神成る身のそなたに神示が出ることがオカシキことなのぞ。

この方の神示を奉って居るそなたは、そなた自身を下に見て居るぞ。この方を特別の存在にして居るぞ。普通とは特別、特殊が無きことぞ。それが平等、公平と申すもの。この方は特別ではござらんが、この方がそなたを産み生んだのでござるから、この方が先でそなたが後でござるのぞ。親が先で、子が後、神が先で人が後、後先の順番は変わらんぞ。この方の申す通りにすることが調和を創る元でござるのぞ。神成る身であるそなたらのすることでござるのぞ。そなたはこの方のお子でござるのぞ。この方の内に産み生んだ身分でござるのぞ。この方はそなたの空気のようなものでござるぞ。そなた自身を下に見ると申すのは、この方を価値の無いものと申して居るのと同じでござるぞ。そなたとこの方とを分けて居る証でござるぞ。この方はそなたの外に居るのではござらんぞ。この方がそなたの外に居るならば、そなたが神ではござらぬか。そなたとこの方は切っても切れん、一体の霊でござるのぞ。そなたはこの方の分霊でござるぞ。この方の直系の霊、直(なお)霊(ひ)でござるのぞ。分からないことがござるのが、親を特別視することが、そもそもオカシキことではござらぬか。そなたはこの方の内に居るのでござるぞ。

そなた自身がこの方の快晴の世を曇らせた張本人でござるのぞ。今この世に居る全員が、元つ真釣りを外した、神の掟を破った犯罪者でござるのぞ。曇り具合の多少は関係ござらんぞ。九九・九%の悪人も、〇・一%の悪人も、調和を乱す悪人でござるぞ。どっちが悪人かと申すそなたが悪人でござるぞ。他人の悪を裁く資格はござらんぞ。神の世の掟は調和なり。調和を乱す者は全員悪人(悪神)でござる。そなたが善悪分ける悪心持った悪人でござるから、そなたが悪人であることを見せる御役の悪神にまんまと騙されるのでござるぞ。肉の身を持つそなたらは霊界と現界の両方に居るのでござるぞ。霊界のそなたの行動が現界に現れるのでござるぞ。そなたの心に悪あれば、霊界で悪神の手下となってしまうのでござるぞ。自らを正しいと思って居る悪神の手下となれば、そなたは自らの悪を悪とは思わんぞ。そなたは善悪分ける幽界に居るから、善悪の戦いをするのでござるぞ。誠の調和の神界のこの方が、誠の善悪を教えて差し上げるから、早う幽界とのつながりを切りなされよ。そなたが戦いをして居るから、幽界に居ることになるのでござるぞ。

                      十日立

元つ話911 外と戦うのは そなたの内に悪がござるからぞ

2014-01-11 Sat : 長谷章宏語録 
戦争が悪なのではござらんぞ。戦争を悪だと申す、そなた自身の戦う心が悪でござるのぞ。戦争は善くないと申す、そなた自身が戦って居ることに気づいて居るか。そなたに善悪裁く心があれば、そなた自身がそなたの内で戦って、そなたの外とも戦うことになるのでござるぞ。核実験に抗議するそなたの心が、そなたの邪魔者である外の悪の息の根を止める核兵器を形にしたのでござるのぞ。そなたの戦う心が、外の悪を裁く心が、そなたの命を危うくする形になって、そなたに戻ってきたのでござるぞ。この方を忘れたそなたらは、身魂が生き通しであることを忘れたそなたらは、肉の身がそなたの人生だと錯覚して居るが、肉の身の死を人生の終わりと錯覚して居るが、そなたのマコトの命は身魂のイノチでござるのぞ。そなたの申す肉の命がなくなりても、身魂のイノチはござるのぞ。身魂が肉の服を着て居るのがこの世でのそなたの姿でござるのぞ。

そなたがそなたの肉の命を危うくしたのは、そなたの戦う心でござるのぞ。そなたには危険も終わりもござらんぞ。そなたがそなたの命の危険を理由に外の悪を裁くなら、そなたの取り違いが原因でござるのに、そなたが自らに死はござらんのに、外のせいでござると申すのは、自分勝手でござるぞ。人のすることを危険だからやめよと申すそなたは、身魂の遊びの邪魔をして居るのでござるのぞ。今の法律も今の道徳もすべてのすべてがアヤマ知に基づくものでござるのぞ。そなたが真コトでござれば、誰が何をしようとも、そなたには関わり無きことでござるのぞ。そなたは自由自在に遊べるのでござるぞ。そなたがそなたの内を掃除すれば、肉の命がなくなりても、そなたの身魂のイノチは生きるのでござるぞ。そなた自身が⦿ならばそなたはミロクへ行けるのぞ。他の者がどんなに極悪人だろうとそなたの人生には何の影響もござらんぞ。その者が自滅するだけでござる。他の者の為すことと、そなたとは何の関係もござらんのぞ。そなたが戦いをしておりては、そなたには次の世はござらんぞ。そなたが戦争の芽を持っておりて、核実験に抗議する資格はござらんぞ。

そなた自心が形にしたものを、そなた自心が消そうとすれば、そなたの内の戦いは無くならんぞ。そなたが外の悪を裁くのは、外と戦うのは、そなたの内に悪がござるからぞ。悪を消そうとするほど悪がますます鮮やかに現れるぞ。この方の構えた情けと花の仕組みと申すのは、そなたの内に善悪あれば、そなたの外に善悪見せて、そなたに返して気づかせる仕組みでござるから、そなたの内に悪あれば、外の悪は永遠に無くならんのぞ。そなたが戦争をなくしたいならば、戦争に抗議をしておらずに、平和だ平等だと叫んでデモをしておらずに、そなたの内にある悪を裁く心を捨てなされ。そなたが平和を望むなら、そなたが内の戦いをやめなされ。そもそも平和な世に議論なる戦いがあること自体がオカシキことでござるのぞ。戦争原理と申す不公平不平等な仕組みは、元の世にはござらんぞ。そなたらは、魔釣りの世で仕入れた我善しの屁理屈をこねて、世を壊すシステムを創りて、いったいいつまで世を壊し続けるお積もりか。そなたが⦿ならば他の者とは関係なく平和な世に行くのぞ。外を変えて平和をつくろうという心が平和なき世をつくったのぞ。自らが為しておるアベコベに気づけよ。

                      十日立

元つ話910 まんまと騙され踊らされ世界丸潰れの企みとも知らずに魔釣り縫い

2014-01-10 Fri : 長谷章宏語録 
そなたらの魔釣りのゲームが作り上げた壊れに壊れた物質の世界は、後数年で綺麗サッパリと全く新しい別の組成の世界に交換するのでござるぞ。次の新しき世は、そなたの心が体になる世でござるから、今の物質の体のままでは、誰一人行かれん世でござるぞ。悪も闇も争いも全くござらん調和の世界でござるのぞ。万古末代動かぬ、永久永遠に続く光り輝く神世でござるのぞ。神から人まですべてのすべて、上から下まで真釣りが統(す)べる、光の世にするのでござるから、悪や闇を持ちたる身魂には、現(こ)の世どころか死後の世界にもどこにも生まれかわるところはござらんぞ。たとえ神々様とても、逃れようと思ってもどこも逃げられんのぞ。今のままではそなたら全員、現(こ)の世もろとも消え去る運命でござるぞ。今のそなたの心が、そなたの態度が、そなたの身魂の態度そのものでござるぞ。そなたの身魂を磨かねば、そなたの内を掃除せねば、そなたの分かつ知やめねば、そなたの疑う心を捨てねば、そなたは新しき世には行かれんぞ。

戦いが当たり前、競争が当たり前、取り合いが当たり前、分からんのが当たり前、悩みがあるのは当たり前、援助するのが当たり前、議論するのが善いことじゃ等と申す、曇りに曇ったそなた自身が、世の調和を乱した真犯人じゃ。そなたら一人一人が、調和を乱した悪の根源でござるのぞ。調和が元の始めなり。元々あるものをわざわざ守らねばならぬと申すのはオカシキことではござらぬか。この方はそなたの身魂の親でござるのぞ。そなたがここに居るならば、親が居るのは当たり前でござろうが。当たり前のものをわざわざ議論するのはオカシキことではござらぬか。そなたの回りのすべてのすべて、この方が産み生んだものでござるぞ。何一つ悪はござらん。そなたの外を一つでも悪と申せば、そなたの内に出るものを悪じゃと申せば、そなたは悪を創りた親から生まれた悪の身魂と申すことになるぞ。自らは善人でござると申す者、そなたの申すことは矛盾してござるぞ。

この方が居らんと申す者、そなたはどこから来たと申すのじゃ。そなたの親は、そなたの先祖は、どこから来たと申すのじゃ。そなたの世界は誰が創りたと申すのじゃ。この方をキレイサッパリ忘れてござるから、何も分からなくなりたのでござるぞ。そなたが自らを善人じゃと申せば申すほど、そなたが悪と戦えば戦うほど、自らが調和を乱した張本人であることを、わざわざ自ら白状して回って居るのと同じことでござるのぞ。そなたは何を致して居るのじゃ。今今の世と申すのは、二つに分けて戦って、最後は滅びる魔釣りの知恵に、まんまと騙され踊らされ、世界丸潰れの企みとも知らずに、魔釣りで魔釣りを魔釣り縫い、真釣りのマの字も見えぬほど、曇りに曇った闇世でござるのぞ。真コトの悪とは何たるかをキレイサッパリ忘れてしまった魔コトで穢れた悪人ばかりの世でござるから、悪を裁くことが悪じゃと申す簡単な道理にも気づかず、自らは善人だと申して、世の調和を壊す大犯罪を平気で続けることができるのでござるぞ。悪を裁く自らが神の世を乱す悪人であることをそなた自身が自覚せねば、そなたはミロクの民には成れんのぞ。

                     十日立

元つ話909 やればやるほど壊し行く 世界丸潰れの茶番劇

2014-01-09 Thu : 長谷章宏語録 
そなたの勝ちは誠の勝ちではござらんぞ。神の勝ちは無限の勝ちでござるぞ。誠の神の世は全員勝ちの世でござるのぞ。「勝ち」もないぞ、そんなことは夢物語だと申す、曇りに曇って何も見えて居らんそなたらは、今の世がいつまでも続くと思っておるが、そなたの居る今の物質の遊び場は、後数年で終わりになる悪の世の大掃除の道具であると知り居るか。そなたのして居る我善しの遊びができるのも、後わずかのことでござるのぞ。今のそなたのして居る遊びは次の世では出来ん遊びでござる。そなたが今ここで遊び方を変えねば、そなたの遊びは永久に終わりでござるのぞ。そんなことはあり得んと申すそなたには、現(こ)の世の終わりが突然来るぞ。この方が生んだそなたの身魂、何世にも渡って生かしてきたそなたのイノチ、そなたの身魂の人生(神生)は、これが最期となりぬるぞ。

この方の申す通りに素直にやれば、世の終わりはござらんぞ。そなたは次の世で、肉の服を着替えてそのまま遊ぶことができるのぞ。永遠のイノチか永遠の消滅か、どちらか選べと申せば、答えは一つでござろうが。そなたの生死はこの方が、すべて握ってござるのぞ。そなたが今ここで改心致して真釣りに戻ると申すなら、この方はそなたの身魂を殺すようなことは致さんぞ。そなたらのしておる遊びと申すのは、先に行くほど混乱、分離が加速する、先が見えなくなる、末は破壊に向かうネズミ講でござるのぞ。魔釣りの神の分かつ知の倍倍ゲーム、際限の無い混乱の細胞分裂の遊びでござるのぞ。初めは一つが二つでござる。二が四に、四が八に、八が一六に、と続ければ、一万が二万、二万が四万、そして、一億が二億と分れれば、やればやるほどこの方が元の神が見えなくなりて、何がなんだか分からぬ世界となるのでござるぞ。絶対に調和は創れん、絶対に一つにならん、やればやるほど壊し行く、世界丸潰れの茶番劇でござるのぞ。最期は世界の破滅なり。

ここまで分かれに分かれては、この方とそなたらが、そなたとそなたの回りがどういう関係なのか分からなくなるのは当たり前でござるぞ。今の世で楽しんで居る者には誠に残念なことではござるが、このまま物質の世を続けては壊れるばかりでござるから、これ以上壊されてはこの方の世が滅びて仕舞うから、この方の産みたる神の臣民の血筋が絶えて仕舞うから、最後の最後はこの方が表に現れて、物質の世を掃除して、元の神世に戻すのぞ。そなたらの物質を使った破壊の遊びは、すべてのすべてを産み生んだこの方だけが止められるのでござるのぞ。今のままではこの方のお子たちが、何が何だか分からぬままにみんな滅びて仕舞うから、この方がすべてのすべての誠を明かし、世界が潰れるその前に、元の神代に返すなり。現界は限界ぞ。無限には続かん世なり。早う真釣りに戻りて、身魂の掃除をしてくだされよ。そなたがミロクの民となりたいならば、次の世で遊び続けたいならば、神の知識を集めるよりも、真釣りに戻る掃除が先でござるのぞ。

                        十日立

元つ話908 ボランティアの必要な世は偏った世ぞ

2014-01-08 Wed : 長谷章宏語録 
真コトが善でござる。魔コトが悪でござる。調和創るが善でござる。調和乱すが悪でござる。誠の調和と申すのは、調和乱した成りの果ての魔コトの世にある相対二元の表向きの形のことではござらんぞ。平和を守らねばならぬ世は、平和な世ではござらんぞ。世界全部が調和の世でござれば、平和だ平等だ調和だ自由だと、何もわざわざ全世界挙げて大騒ぎする必要はござらん道理。相対二元の世界を誠の世と取り違え、不調和の善を誠の善と取り違え、破壊を進歩と取り違え、悪を排除して善ができると取り違え、至福を利便と言い換えて、負ける者が悪いのじゃ、損する者はアホじゃ、悪を許さんのが善じゃと申して、ますます悪が栄える世を進め来たのを知り居るか。善だ悪だ、嘘だ誠だ、正常だ異常だ、肯定的だ否定的だと騒ぐこと自体が、不調和の世の証でござろうが。大さわぎするそなたが悪の根源ぞ。

元々はすべてのすべてがこの方から派生した一つのものであることなど綺麗サッパリと忘れた今今のそなたらは、戦争と平和、不幸と幸福、悪と善、不調和と調和、差別と平等、自分と他人、成功と失敗、問いと答え、罪と罰、お詫びと感謝、過去と未来、精神と肉体、保守と革新、宗教と科学、上と下、強者と弱者、神と人、生と死、正常と異常、嘘と誠云々と、何でもかんでも二つに分けて、分けたものをまた分けて、何がマコトか分からなくなって居るのでござるぞ。信じる信じない、許せる許せない、認める認めない、賛成反対、勝った負けた、正常異常、ウソホント云々と、いくらやっても正解のない、いつまで議論しても何も解結しない、どっちにつけば得するかの相対二元の善悪交換ゲームを遊んで居るのだけでござるぞ。そんなことでは永遠に誠の善、誠の調和には至れんぞ。絶対とは対(つい)を絶(た)つこと、「ひとつ」の「元」のことぞ。

調和を乱す悪人が、相対二元の善悪を基にして、自らが正しいことを、自らが善人であることを、自らが正常であることを証明しても、ただの茶番と申すもの。誠の神の世を忘れたそなたらは、自らだけが上に上がるために、自らの持ち物を失わないために、自らだけが生き残るために、神や人を悪者に仕立てあげて、人を異常だと申して、人を騙して操って、人の足を引っ張って、人を落として、人から取って、人のせいにして、自らだけが一番になって、物質の箱の中でモノ、カネ、地位を自らだけに集めて世を偏らせ、取られた者や負けた者が悪いのじゃ、困って居る者を助けるのが善いことじゃ等と申して、自分だけ勝手なことを致してそれで満足して居るが、全員勝てない遊びでは、金と力がものをいうサバイバルゲームでは、平和も自由も平等も公平も、何もござらんではないか。ボランティアと申すのは、自らが取った分を返しておるだけぞ。タダでも、サービスでも、よいことでもござらん。ボランティアの必要な世は偏った世ぞ。取りちがいなさるなよ。

                      十日立

元つ話907 政府に都合がよい思想がその社会での犯罪の基準となる

2014-01-07 Tue : 長谷章宏語録 
相対二元の世界は、論理の戦いである。相対二元の世界自体には、両方とも同意している。その世界では、相対二元が普遍的真理である。陰陽、善悪のバランスという言葉は、対極が存在し続けることを前提にしている。その世界で「絶対一元」を認めれば、それは、自らの死を意味する。バランスを取る、というのは、統合することではない。相対二元が前提のシーソーゲームを釣り合わせただけである。二つの相反する世界の勢力争いを形だけ止めるための方便である。お互いに『すべては一つだ』『すべての源は一つだ』と言いながら『自分がその源だ』『自分の宗教の神がその源だ』と言って戦っている。結局は、すべての思想は、対極の二元の戦いである。「本当の源」は、喧嘩はしない。科学も、常識も、「倫理、思想、価値観」という見えない世界の主権争いである。結局は、何らかの神の勢力争いの宗教である。『してはいけない』『すべきだ』と言うのは、すべて宗教である。民主主義も宗教である。選挙というアンケートで支持という答えをもらった数が多い政党が政権を握る。二極対立の世界では、社会の意志を決めるために多数決が最も民主的となる。しかし、二極対立では少数意見が必ずあるが、時の政府の数の力で社会システムが決められ、法律が制定される。政府の思想に反発する者は罰せられる。だからといって、それが正しいわけでも、絶対真理でもない。政府に都合がよい思想が、その社会での善悪正誤の基準となり、犯罪の基準となる。絶対的強制力のある法律は存在しない。『今の社会ではそれが正しいから守るべきだ』と言っている限り、真理は闇の中である。人類の歴史を通して、平和が続いた社会はなく、水面下では策謀が渦巻いているドロドロした泥試合が繰り広げられている。元に戦いの略奪の保身の響きを持つ集団では、どう転んでも天国は創れない。今のまま、魔釣りの蛇のアヤマ知の世界を続けるならば、最期は、大神が万象万物を始源の泥に戻して、真釣り戻した真人(神人)だけで「天地創生の物語」からやり直す。これを毎度おなじみの『荒唐無稽だ』で片付けるならば、この通りの現実を体験する事態となる。

 
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元つ話906 管理する側もされる側も自縄自縛の仕組み

2014-01-06 Mon : 長谷章宏語録 
間違った方法で作ったものは、全部壊さなければ直らない。間違った方法のままで取り繕えば、不都合を誤魔化して綻びを縫えば縫うほど綻びが目立ち、最後は、縫えなくなる。全部ほどいて最初から縫い直しである。間違ったまま進めても、最後のパズルピースは入らなくなる。行き詰まる。手詰まりとなる。最後は矛盾がはっきりと見えるが、全部リセットすることしか、残されたカードはない。始めから全部やり直しとなる。結局、間違いを認めるしかなくなる。間違ったことに気づいても、それを認めたら自分が危なくなるからと、相手を非難し、誤魔化して、保身を繰り返す。自分を守る。それをしていれば、絶対に天国はないどころか、共食いの世界が進んで誰もいなくなる。癌を放置すれば、広がって全身に転移する。癌を切っても癌はなくならない。癌の大元の原因がわからない限り、再発を繰り返す。設計図から引き直し。更地から作り直し。それが「リセット」である。

情報の管理、監視カメラ、クレジットカード。市民には便利になる反面、情報を握られる。防犯強化、取り締まり強化の反面、監視される、自由が束縛される。自分が望まないものを自分が望む矛盾。リスクがあるがメリットもある。一長一短。どっちが勝るか。どっちが得か。メリットがあるからリスクは仕方ない、の思想。管理、支配の世界では、自分の情報を何も教えないことが最大の機密保護。しかし、教えなければ活動できない。届けなければ犯罪になる。誰かが誰かを支配管理するシステムに自由も天国もない。管理する側もされる側も自縄自縛の仕組み。お互いで首を締めあって全員窒息死し天国は息られない。どこで線を引くかを誰が決めるのか。有害だからやめさせる。誰がそれを決めたのか。善悪損得の絶対的基準があれば議論はない。基準がないならば、議論は続く。自分にとって何が不快か、それが基準。誰によって決められたのか。権力者、支配者、判定者の個人的な快不快によって決められる。決められたことに従う。従うことを強制する理由は何か。その根拠は何か。公共の福祉は、支配者の最大の詭弁。相対世界は自己保身の理屈が支配する。自分の立場を守る視点からすべてが決められるから、全員が自由になることはない。

   
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元つ話905 文句言ったり強制したり邪魔したりしていられるのは後少しのこと

2014-01-05 Sun : 長谷章宏語録 
ルール違反Фして「困る状況」になってる奴を助けるシステムを創るためにエネルギーを使う必要はないんだぜ。自らのФの責任を取らずに愚痴や不満を言ってる「被害者」連中は無視して自由に遊べばいいんだよ。君たちが「お世話」や「援助」をしようとするからいつまでたっても「自立」しないんだ。自らが創った「困る状況」を楽にしようとするために人の税金をどれくらい使ってるか知ってるか? Фした責任を取って「自立」しなきゃ(Фの結果の不自由を辛抱しなきゃ)21世紀はないんだよ。神さまの世界に「不公平」なんてどこにもないんだぞ。「不自由」になってるのは自業自得だよ。それは今世だけの状況だから、その状況を使ってアレコレやってると、魂が死んじゃうぞ。魂の死は永遠の死だぞ。君が助かる方法は君自身の心の掃除⦿だけだよ。「形の福祉制度」に頼ってると、君が21世紀には行けないだけだからな。今回の転換に関しては「形の援助」は全く意味をなさないんだよ。21世紀には「介護」や「保険」や「福祉施設」や「年金」(=福祉制度)は不要なんだぞ。「被害者」や「障害者」や「貧乏人」はいないからね。「弱者」を武器にして楽しようなんて思ってたら、君が21世紀に生きられないんだぞ。

Фは21世紀から見たらルール違反の連中だぞ。魂のФの結果が形になってるだけの「弱者」を援助する義務はないんだよ。「権利」とか「義務」とかって議論は、「肉体上の不平等」を解消するための遊びだろ。神さまのルールは⦿だぞ。お互いが同意の上でそれぞれ勝手に遊べるんだから、誰かが誰かに影響したり、誰かが誰かを助けたり、『してやったからしてくれて同然だ(=してもらったらするべきだ)』云々って「恩着せ合戦」してるのはオカシイことなんだぞ。肉体上の形の死や苦しみや不平等を解消する「お世話合戦」はФを進めるだけだよ。今世の肉体上での「困ってる状況」は「自業自得」だよ。やりたきゃやりゃいいけど、もう少しで何もできなくなるぞ。

魂に死はないんだから、可哀想な奴なんていないんだ。厳しいようだけど、『困らないのが当たり前』『自分で自分の世話ができるのが当たり前』だぞ。そうじゃないってのは、一人一人の⦿違反の結果だよ。自分のФの結果の不都合を辛抱して⦿に戻れるんだぞ。自業自得の状況なんだから、誰かに責任転嫁したり、誰かに世話させたり、ってのはオカシイことなんだぞ。それが神さまのルール(掟)⦿なんだよ。自分のФの結果の不自由を辛抱できないようじゃ⦿のヒトにはなれないんだからな。「強者弱者」がある世は⦿違反の世だぞ。人のルールに文句を言ったり、自分の都合でルールを強制したり、人を制限したり、人の助けに不満を言ったりして、人の遊びの邪魔をしてるような奴は21世紀には行けないから、文句言ったり強制したり邪魔したりしてられるのは、後少しのことだよ。Фは21世紀寸前に神さまが全部止めるぞ。つまり、「Ф=消滅=死」だよ。

                       ウナム

元つ話904 いい加減にルール違反の奴のお世話をする遊びはやめたらどうだい

2014-01-04 Sat : 長谷章宏語録 
21世紀の生き方、常識、視点、遊び方・・・・・でいなけりゃ君のイノチはないんだぞ。21世紀の社会の基準に合わせてなかったら君は社会⦿から抹殺だよ。今までの判断基準を一つでも持ってたら、君は本当の本当に死んじゃうんだぞ。『そんなことしてると死んじゃうぞ』『そんなことしてると殺されるぞ』『そんなことしてると相手にされなくなるぞ』『そんなことしてると迷惑だぞ』『そんなことしてると嫌われるぞ』『そんなことしてると一人になるぞ』・・・・・今までこういうことをたくさん言われて(自分に言って)きて、自分自身の自由を制限してきたよな。罪悪感を持ったよな。したいことをやめてきたよな。本当の「そんなこと」ってのは「Ф」のことだよ。神さま(の信者⦿)に嫌われたら君は死んじゃうんだぞ。神サマ(の信者Ф)に嫌われたら君は生きるんだぞ。セリフは同じだけど、どっちの神様(の社会/信者)のルールに従うかで、君の「本当の運命(=21世紀に生きるかどうか)」が決まるんだけどね。さぁ~て、君はどっちを選ぶのかね?

21世紀は⦿だけが絶対的ルール、つまり、絶対的ルールはないんだよ。それぞれが勝手にルールを決めて、同意する奴が集まって自由に遊ぶのさ。「グランドルール」って言うんだけどね。国のルール、家族のルール、会社のシステム、そして、一人一人のルール。どんなルールでもいいんだよ。君に都合が悪けりゃ、君に都合がいいところへ移ればいいんだよ。君に都合がいいように君が変えればいいんだよ。相手を変えさせるんじゃなくて、君の方が変えるんだぞ。期待通り、思い通り、希望通りにならないのは、君の⦿違反の結果だから文句無しだろ。「選択する側」が考え方やルールを変えれば文句の出ようがないんだ。今の社会は「移動」や「出入り」や「ルールの決め方」や「行動」云々を「制限する」ルールを強制してるから、自由に遊べないんだよな。「ルールやシステムに文句を言う奴」や「ルールを強制する奴」の方がルール違反なんだぞ。ルール違反するような奴は大掃除されるから、ま、21世紀になりゃ自由に遊べるようになるんだけどね。

今ここでも21世紀の遊び方で遊んでいれば、21世紀そのものを疑似体験(シュミュレーション)できるんだけどね。⦿さえ守ってれば、今ある憲法や法律や制限を外しても、規制撤廃しても、何にも混乱しないんだよ。今持ってる「利」や「得」を握っても「害」や「損」を取り戻しても全く意味はないよ。今ここで21世紀のルールで遊ぶことはできるけど、今までのФ遊びじゃ21世紀は遊べないんだよ。「泥棒対策」や「ズル対策」や「弱者対策」や「苦情対策」のシステムは21世紀じゃ全く不要なんだよ。全員⦿の自立してる「ヒト」達ばっかりだからね。今あるルールやシステムを変えるためにアレコレ喧嘩してないでさ、今あるもので21世紀のルールを遊ぶ練習をしてみたらどうだい? 今の今だって「泥棒」や「犯罪」や「違反」をする奴やイチャモンをつけるような奴を無視すりゃ自由自在に遊べるんだ。いい加減にルール違反の奴のお世話をする遊びはやめたらどうだい? ルール違反Фをしてる奴らは21世紀の前に自然淘汰だから、好きにさせておけばいいんだよ。

                        ウナム

元つ話903 神さまに罪を着せてるのを知ってるかい?

2014-01-03 Fri : 長谷章宏語録 
自分の都合で自分の言うことを勝手にコロコロ変えるなよな。全部自分自身が選択したことなんだよ。どんな結果になろうとも、責任は君自身にしかないんだぜ。責任転嫁して自分だけ楽しようってのは、君の苦と相手の楽を勝手に交換してる、つまり、相手の楽を吸い取ってるのと同じだよ。相手の楽を泥棒してるのと同じなんだよ。君と誰かの関係も同じだから、同意無しに君の楽を勝手に吸い取ってるのと同じだから、責任転嫁してる奴に気を使う必要はないんだよ。「責任転嫁」自体が自分勝手なんだ。本当は裁判なんて不要なんだよ。泥棒Фは21世紀には行かれないから、よくよく考えて行動することだね。

可哀相ゲームが好きだな。人間の都合でつくったり処分したり、勝手なもんだぜ。敵の家だから壊せ? 家に罪を着せてるのは君だぞ。いつでもどこでも同じ思考をしてることに気づいてるかい? 神さまに罪を着せてるのを知ってるかい? 何でもかんでも外のせいにしてるってことだよ。君のしてることをよくみてみなよ。何かのせいにしないでいられるかい? 食べ物のせいで、医者のせいで、薬のせいで、ウイルスのせいで、地震のせいで、気候のせいで、大雪のせいで、政治のせいで、お金がないから、電車が遅れたから、あいつが言ったから、値段が高いから、時間がないから、能力がない(神さまの力を信じてない)から、教え方が悪いから、システムが悪いから、説明書きが小さいから、遠いから、常識だから、あいつに悪いから、神様が見捨てたから・・・・・全部同じ思考だろ。何と言おうと勝手だけど、君の責任転嫁を相手が受けつけなけりゃ君が何もできないだけなんだよ。責任転嫁ってのは、要は『俺は何も悪いことをしてない。都合が悪くなったのは~』だろ。『俺はバカだから』『風邪をひいてるから』『足が悪いから』云々ってのも、結局は、君がФ(責任転嫁)してきた結果だから、間接的に「何かのせいにしてる」のと同じことだぞ。死んでも死んでも遊べるんだから「できない」理由はないんだよな。

テメーが、テメーのせいだ、「テメ~」って自分のことだろ。すぐ因縁つける暴力団員ばっかりだね。何も知らないことを白状してるんだぞ。鏡なんだよ。君の回りは。鏡に向かって独り言を言ってるだけさ。独り言だって気づかないから、相手の独り言を勝手に買って、喧嘩に参加してるんだよ。お互い様だからね、勝手にやってれば? 喧嘩を売られたって買わなきゃいいだろ。『無視するのはよくない』ってのも制限だからね。お互い自由なら、喧嘩なんて全くないんだよ。勝手に相手のせいにして『あんたが悪いんだ』って言ってるだけだから、『僕は君のせいにしてるよ』って言ってるだけなんだから、無視してやんなよ。『僕が君のせいにしてるから君のせいに見えるよ』って言ってるのさ。君が誰かにそういうセリフを吐く時は、君が喧嘩を売ってるんだから、ご注意申し置くよ。

あ~あ、ぶつかっちゃった。あ~あ、壊れちゃった。あ~あ、死んじゃった。あ~あ、なくなっちゃた。あ~あ、一人になっちゃった。オワリ。それ以上何があるんだい? だからどうしたってんだい? 損害賠償って何だい? 補償って何だい? 反対運動って何だい? 苦情って何だい? 恨みって何だい? 何でチョッカイ出すんだい? 非常識って何だい? 損害補填って何だい? 罪悪感って何だい? 批判って何だい? 不満って何だい? 誰が原因何だい? 葬式に出ても出なくても自由だよ。『お葬式に来ないなんて~』って言ってる奴を気にすることはないよ。『それでいいのかな?』ホラホラ、またいつもの癖が出てるぞ。21世紀は自由な世界なんだよ。21世紀の生き方を今ここにある道具(状況)でやってみな。今ここでもできるんだぜ。21世紀になったら泥棒共はいなくなるからさ、それまで適当にあしらって、勝手に吠えさせておけばいいよ。『そんなことをしたら~』どうなるんだい? 結局は、君が一人になりたくないんだろ? 大丈夫だよ。そのゲームをやってる限りは『大丈夫だ』ってわからないよ。不自由なままさ。

元つ話902 正月ってのは神さまの世界の新年(真年)なんだ

2014-01-02 Thu : 長谷章宏語録 
全部子どもの遊び、SF映画だよ。そう考えて自由にやればいいんだよ。『そうは言ってもね』っていつまでもやってるから「可哀相だゲーム」が続くんだよ。君のシナリオを変えなくちゃ、宗教を変えなくちゃ、同じ体験が続くだけだ。君のシナリオに「制限」があったら21世紀はないぜ。21世紀は制限がないシナリオで創りだす映画なんだぜ。

全部君が勝手にやってるゲームさ。相手は相手が勝手にしてるゲームさ。君には責任はないよ。お互いに責任はないんだぜ。人の責任を引き受けるゲームをしてるから、犯罪者ゲーム、被害者ゲーム、俺は可哀相なんだぞゲームをしてる奴らの手口にまんまと嵌まっちゃうんだよ。自分が自分で自立しなくちゃ自由はないんだよ。死んでも死なないんだから人はほっときゃいいんだよ。長谷先生は過激派でも何でもないぜ、当たり前のことを言ってんだよ。少々荒っぽくても何でも、こうでも言わなくちゃ、君たちには自由も天国もないからな。目が覚めないからね。君たちとは「当たり前」の基準が全く違うんだよ。

自分から文句を言わない、チョッカイを出さない、自分のすることを止めない、人のすることを止めない、つまり、君が本当のことを知ってたら、殺人や文句や手出し口出しはできない筈だよ。相手も君も自由なんだからね。自分の都合よく『何でも自由だ』を使うなよ。君が自由なら相手も自由なんだよ。どこから強制なんて出てくるんだい? どこからコントロールなんて出てくるんだい? 「八つ当たり」なんて迷惑な話なんだよ。十の世界になったらどこにも当たるところはないぜ。君はいないからな。十の世界は⦿の世界だよ。全部足りてる世界だよ。「-」する種を持ってる奴はいられない世界なんだよ。長谷先生の言うことを君のアタマでよ~く吟味してみろよ。完全言行一致が天国への鍵。

成人っていうのはヒトになることだよ。年齢の問題じゃないんだよ。「ヒト(人)」っていう神になるんだよ。一から十まで自分でできる奴だよ。-と+が人つになるんだよ。0の中で-と+が一つになってる土状態が⦿の世だよ。神は火水、過未、化身。分離のない状態だよ。分離してる奴は生きられない世界だよ。日本の成人が20歳なのは20世紀が人間からヒトへの過渡期だっていう型示しなんだよ。20歳が、子どもの終わりでありおとなの始めなんだよ。20歳の一歳が21世紀だよ。形だけで見てると真実が隠れるんだな。同じ形を見ても見えるものは違うだろ。形を見れば心の仕組みがわかるんだよ。『180度視点を変える』ってのはФから⦿にすることだよ。Фで視点を逆にしたって相対二元の平面の戦いの中から出られないんだ。形の世界を心の世界に置き換えて「死」を議論してみなよ。心の世界の「死」が「本当の死」だよ。形⇒心、じゃなくて、心⇒形だよ。これが「次元を上げる」ってことだよ。「低次元の議論」ってのは、今の君たちのしてること全部だよ。「異次元」ってのは心の世界のことだぞ。UFOじゃ、心の世界にゃ行けないんだぞ。「言(コト)成る次元」=「誠の世界」=⦿だよ。

考え方、意味、法則、心ってのは霊界の映像なんだよ。言葉ってのは映像を文字っていう図形でルールに基づいて表現してるものだろ。映像を言葉に変換(変神)して(神の形を変えて)るから言葉を読めば映像が再生できるんだ。現代が「映像化」「マンガ化」してるのは直接映像、つまり、霊界への移行途中なんだよ。「活字離れ」ってのは、翻訳の手間を省く方向に向かってる型示しなんだよ。「活字離れ」を嘆くのは「時代逆光」なんだよ。

正月ってのは神さまの世界の新年(真年)なんだよ。形だけ見て勝手に一年で区切って勝手に気持ちを転換してるんだろ。いつも勝手に変えればいいんだよ。『でも現実は』できないのかい? 『でも~』ってやってるのは勝手だけど、やればできるんだろ。やらないのは勝手だけど、自分が勝手に制限しておいて、人のことをトヤカク言うのは迷惑だぜ。制限の世の常識や道徳に一つでも同意すれば、君が制限の中だぜ。君の分離は統合されないよ。同意しといて文句はないぜ。勝手に同意しといて都合悪くなると『あんたが教えたからだ』とか何とか言って、勝手なもんだな。自分のしてることがわかってるのか?


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