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元つ話959 壊した原因は『外を変えよう』思考だよ

2014-02-28 Fri : 長谷章宏語録 
自由に遊んでいいのに遊ばないのかい? 俺は大人だからそんなことできない、って? しないだけだろ。君が勝手に大人とか子供とか男とか女とか親とか先生とか社会人とか日本人とか分けて『だからこうしなくちゃ』ってやってんだろ。それは今までの君たちが作り上げてきた「役割」だろ。君たちのФのゲームの中だけで通用する常識だろ。普遍的じゃないものを使ってコントロールするなよな。制限を創る常識は⦿の世界じゃ通用しないぞ。そのやり方が通用するのは後少しのことだよ。『「大人じゃない」って言われるのが嫌だからしない』なら、しなけりゃいいけどさ。『みっともないからやめろ』君がだろ? 『みっともないのは嫌だからしない』そうか。自分が自分を見てられないんだろ。自分が自分を「悪い子」にしたくないだけだよな。君の一人芝居だよ。どうぞご勝手に。

子供の世がおとなの世。遊び場の混乱や破壊や問題は「大オヤ」に任して掃除してもらってくれよ。もう君たちの手に負える状況じゃないんだよ。君たち自身が壊してきたんだから、君たちには元に戻せないんだよ。これ以上、ひっかきまわすなよな。君が手出しするほど混乱するんだぞ。原因をそのままにしてたら、ますますぶっこわれるだけだぜ。形は二度と元に戻らないんだよなぁ。『失敗した』ってわかったんならこれ以上壊すなよな。壊した原因は『外を変えよう』思考だよ。『外を直そう』も同じことだろ。『遊んでないで真面目にやれ?』遊んでるんだよ、みんな。「遊び」って何だ?

君が勝手に「真面目」を演じてるだけだろ。マジっていう遊びだよ。マジになってどんなに守っても最期は死だよ。マジを演じてると「真死」だぞ。痛いぞォ。「魔性Ф」を殺せば「真生⦿」だよ。「餓死」を避けると我⦿死、我Фが死ねば「我生⦿」だよ。「真年」の始まり、「賀正」(我生)だな。君が神さまの生き方に戻れば、君が魂の大晦日の大掃除を済ませば、本当の「禁我Ф神念⦿」「真年⦿ 明け魔Фしてお芽出十⦿産」の元旦、永遠の夢の世界の元日が来るよ。2000年の辰年が21世紀の始まりだよ。辰(神)が立って、巳を絶(断)って、新しい歴史が始まるんだよ。言っとくけど、2000年12月31日午後11時59分59秒999・・・・・にミロクになっても2000年の内だからね。ま、その時の君たちは大掃除の最期の仕上げの真っ最中、最期の地獄の真っ只中だから、今がいったい何時なんだかわからないけどね。今の君たちにわかりやすくするために、「時間モノサシ」で言ったら、の話だよ。

                    ウナム

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元つ話958 今の君たちを見てる神さまは開いた口が塞がらないってさ

2014-02-27 Thu : 長谷章宏語録 
『だって~』『でも~』ってダダをこねてるけど、君が子どもの世でやってきた尻ぬぐいだろ、うまくいかないのは。君がしたからそうなってるんだよ。鏡の世だよ、ここは。いつまでも鏡と戦ってないで、鏡を使って真実を学べば? 自分が困るからやめさせるんだろ。やめたら困るからやってるんだろ、そういう理屈で。そういうことをやってる奴はほっといてもいいんだよ。君がそういうことをしてれば、君も神さまにほっとかれるぜ。君が「いい悪い」を言う基準は君のシナリオ(天国)が死ぬかどうかだろ。君の天国のシナリオが死ぬのは君がФしてたからだぜ。期待が満たされないのも、思い通りにいかないのも、見たくない状況を見るのも、全部君のФのせいだぞ。文句を言わないのがФの清算だよ。君がしたことを清算するにつれて⦿の映画が思い通りに見られるようになるんだよ。

自分の理屈で自分が遊べばいいだけだよ。遊べない理由は? 大人だから? 非常識だから? そんなことはできない? いつまで「いい子」やってんだよ。君が君を見て「いい子」ってイメージをつけてんだろ。それが壊れるのが嫌なんだろ。君が創りだした「いい子」を殺さないようにしてるだけだろ? 君がФしたから「いい子」と「悪い子」がいるんだぞ。君がФを殺せば⦿って子どもが産まれるよ。Фの目で見た「いい子」を殺さなけりゃ君は永遠に自由にゃなれないよ。Фの世界の「いい子」は、⦿の世界じゃ「悪い子」だよ。「悪い子」は⦿の世界じゃ仲間外れだよ。Фじゃ遊べないよ。君が君を創造してその想像通りの自分を演じてるだけだよ。君が君を評価してるだけだよ。君が君に『いいよ』って言えば、君は自由なんだよ。一人芝居だぜ。自意識の遊び。自意識過剰だね。

君たちは全く何をやってるんだろうね。勝手な理屈を創りだして「自分ダケ勝手」なゲームをしてる奴ばっかりなんだぜ。「自分」が生き残るために誰かを殺してるんだぜ。スーパーでパック入りの豚肉を買って食べておいて、屠殺場の建設は反対だ、なんて何て勝手な奴らなんだい? 自分は直接手を下してないからいいのかい? 戦争反対なら、肉も魚も野菜も米も食べるなよな。結局は、殺して食べてるんだろ? 肉体の死を避けるために動物を殺して医学の実験をやってるんだろ? 魂には死はないんだから、動物実験をする目的はないだろ? 駄目なものは駄目なんだよ。アレは良くてコレは駄目なのかい? 自分たちがやってることを一つ残らず一致させたら、文句も反対意見も出せないぜ。今の君たちを見てる神さまは開いた口が塞がらないってさ。今のФのままで進めば、最期の大掃除は目も当てられない状況になるんだぜ。最期は一人一人の世界で自分と自分が喧嘩することになるぜ。修羅の地獄の地獄でさまよった挙げ句、自分が自分を殺すことになるんだ。

                        ウナム

元つ話957 『神さまがやってる』って考えたら問題は全部解結するぜ

2014-02-26 Wed : 長谷章宏語録 
君が雨を降らしたのか? 雨が降ってきたんだろ。君にとっちゃ、それは肉体で体験したただの出来事なんだよ。雨が○か×かは君の遊びだよ。君が雨をどう感じるかは、君だけの問題なんだよ。「雨は雨」だよ。水が必要なら、雨に文句を言わないことだな。洪水の時は雨を恨んで、渇水の時は雨に感謝じゃ、目茶苦茶だよ。君が⦿してりゃ洪水も渇水もなかったんだよ。⦿の世界は栄え続けるだけさ。⦿の世界に落ち込みも上昇もないんだよ。そういう状況があるのは⦿じゃない証さ。今の経済システムの中で上に行こう、下に行くのを止めようってゲームをしてるけど、そんなのは本来オカシイことなんだよ。オカシイシステムをどう直したってますますオカシクなるだけさ。Фの中で良くするのは誰かを悪くすることだよ。『こうなると困るからこうしなくちゃ』って君が決めてるだけだろ。オカシクしたのは君だよ。『あいつは悪いことをしてるから』って自分の理屈で人にチョッカイだしてるんだろ。君が自由に考え方を変えれば人を責めないで済むんだよ。鏡(我が身)と戦ってるから君には平和がないんだよ。世界全員が自分自身と戦ってるんだ。

『神さまがやってる』って考えたら、問題は全部解結するぜ。21世紀がどうなるのか見えるよ。自分が誰なのかわかるぞ。どう考えたら辻褄が合うか、その答えが真実さ。悪くしたから悪くなるんだよ。『悪くなりたくない』って? 『いいわるい』を決めるのをやめたら? それが中道、中庸、中立、ゼロだよ。『悪役はイヤだ』って言うけど、どんなドラマでも「悪役」がいるから「善役」がいるんだぜ。ある時は「主役」、ある時は「脇役」だよ。君から見たら君が主役のドラマ、相手から見たら相手が主役のドラマだよ。お互いが「主役」であって「脇役」なんだよ。「外伝」ってのは視点を変えたドラマだろ。君が勝手に線を引いて『こっちはいやだ』ってやってるだけだろ。どんな考え方でも見方でも自由なんだよ。つまり、どう考えても、何でもいいんだよ。人に強制することはルール違反だよ。マニュアルは君の中にあるんだよ。できなくなったのは君のせいだぜ。相手から見たら、君はただの「通行人」だよ。

                    ウナム

元つ話956 鏡なんだけど鏡と遊べるようにしてあるんだ

2014-02-25 Tue : 長谷章宏語録 
君が君の人生の創造者、主だよ。そういうふうに神さまが宇宙を創ったんだよ。神さまが宇宙の創造主だけど、君の人生の神様は君自身だぜ。創造主を外に探したって無駄なことだよ。一人一人が自由になるように創ってあるんだよ。だから、君が不自由なのは君のせいだってことだ。君が反抗すればするだけ君に困難が返るだけの一人芝居だよ。君が不自由にしたから不自由なんだぞ。『誰かが俺を不自由にするから不自由なんだ』って君が思ってるから不自由なんだよ。そう思ってる限り、君は外に原因(敵)を探すから、永遠に戦いのゲームが続くんだよ。心でやってることを変えない限り、形でしてることも変わらないんだよ。『そうじゃない』っていつまで屁理屈をこね繰り返すんだい? 君が何と言おうと神さまのルールは動かないぞ。こういうのを「普遍的法則」って言うんだ。心がそのままなら何回転生したって「戦争ゲーム」は終わらないんだな。今回は、神さまが大掃除してФを全員死刑にして⦿の奴だけで天国のゲームを始める計画になってんだぞ。

君が誰かを責めるのをやめれば自由に遊べるってことだよ。相手と喧嘩遊びをするか、相手と楽しい遊びをするか。鏡なんだけど鏡と遊べるようにしてあるんだ。面白いだろ。自分のことを全部自分でできるのが、宇宙の法則通りにできるのが「神」なんだよ。君たちはミロク(21世紀)で「地の日月の神(ヒト)になる魂」なんだぞ。⦿の生き方をしてなけりゃヒトにはなれないんだよ。君たちの自主的改心を期待して神さまは法則違反の君たちを生かしてるけど、神さまの世界から見たら「いない」のと同じなんだぜ。「無限」から見たら今までの3000年なんて「ない」のと同じだよ。神さまはルール通りにしてるんだぞ。君たちに「鏡」を渡して、Фから⦿に改心したら元に戻れるようにしてくれてただけのことだよ。自ら⦿をФで殺して勝手に苦しんでる俳優じゃ21世紀は演じられないよ。

神さまの憲法違反の死刑の執行猶予期間も後少しで終わりさ。21世紀に行かれなくても、それはチャンスを生かさなかった君のせいだからね。『俺は悪くないぞぉ~』って叫びながら永遠の死の世界へと旅立って行くんだな。抹殺抹殺。君が21世紀に生き戻れなきゃ君は「初めからいなかった」のと同じだよ。君がどんなに目立とうとしても、21世紀になったら君のことなんて誰も覚えてないよ。0だからね。君はいないからさ。

                   ウナム

元つ話955 取ったから取られたの! 鏡だよ、鏡。全部逆だよ。

2014-02-24 Mon : 長谷章宏語録 
戦って潰す。敵だから。「敵」ってなんだい? 「鏡の自分」と戦ってると、相手と戦うんだよ。鏡を壊したら君も相手も同時に消えるんだよ。勝ちは負け。自業自得だな。自分の業(メグリ)を自分で得てるだけなんだぞ。責任転嫁なんてどっから出てくるんだよ。自分を統合すると自分自身=神さまの徳(⦿/本当の天国)が戻るんだ。自合自徳。喧嘩する子はおとなの仲間には入れないよ。君が喧嘩をやめればいいだけさ。自分の鏡と喧嘩してるんだぞ。借りてるものを自分のものにして私腹を肥やしたのは君の方だぜ。泥棒が幅をきかす社会=泥棒の理屈が大手を振って闊歩する遊びは終わりだよ。いつまでも引っ掛かってると君自身が死ぬぞ。最期は一番怖がってることが現実になるよ。鏡の相手を消そうとするけど、それは君自身を消してるのと同じだよ。あくまでも『そうじゃない』って言うなら、勝手にすればいいさ。君が消えるだけだからね。長谷先生は関係ないよ。教えてるのにいらないって言うんだから、仕方ないよな。『関係ないって言うのは無責任だ』じゃあ言うことを聞くかい? 聞かないのは勝手だけど、君自身の問題だぜ。長谷先生の言うことを否定するなら君の言うことが真実だな。いいと思う方をやればいいさ。

今まで取ったものを素直に返せよ。全部出しても君の魂は死なないから。取ってないのに取られた? 取ったから取られたの! 鏡だよ、鏡。全部逆だよ。バ~カ。宇宙の法則を知らないのか? 宇宙の法則に反したらこの世にいられないのに神さまの特別サービスで生きられてるんだぜ。宇宙の法則を学び直すチャンスをくれてるんだよ。21世紀は宇宙の法則通りの世界なんだよ。反する奴は21世紀前に死刑だよ。誰かのことじゃなくて君自身のことだぜ。どんなに死を避けたって後少しで全員死ぬんだよ、肉体上でね。自殺はするなよ。早まるなよ。おとなになれるように死ねば、生き返るんだよ。消えないんだよ。君自身には「死」なんてどこにもないんだぞ。神さまは「生あるのみ」だよ。君たちの「議論」ってのは何をしようとしてるんだい? 魂の生死、心の世界(霊界)の生死の視点で議論してみりゃ「問題」なんてないことがわかるよ。霊主体従が⦿の視点。

君がФしてるから「死」なんていう幻想を創るんだよ。「死」なんてどこにもないんだから、死にまつわる議論や、将来の心配や、防災論議や、悪の潰し合いや、自由の侵害合戦や、病気や公害や戦争や犯罪の撲滅キャンペーンや、そういうことをしてるのはオカシイだろ。誰かから見たら君の肉体が動かなくなるだけで、今世の形が壊れるだけで、君の体験はずっと継続するんだよ。君以外の人達も同じ仕組みだから、人の心配をする必要なんてないってこともわかるよな。自分が死なないように相手を殺すんだろ。全員が「死」を避けてるから殺し合いになるんだよ。殺し合いじゃ天国なんてできるわけないだろ。

死の恐怖? 君は何を怖がってるんだ? 形の世界の死や破壊を避けようったってそんなことは無理だし、本当は全く意味がないんだよ。「死の幻想」つまりは「Фしてること」が「君たちのすべての問題」の「根源」なんだよ。抜本的解結をしたいんなら「死」を創ってる元(Ф)を殺すことだな。⦿の殺神犯Фを殺せば⦿が生き返るんだ。君が『殺人犯を死刑にすれば安全になる』って思ってるのと同じ理屈さ。『死はある』って言う奴にとっちゃ長谷先生の言うことは嘘だよな。『死がある』って言うなら、いつまでも勝手にそう思ってればいいさ、君の問題だから。君次第で君の行く末はどうにでもころぶんだぞ。『死がある』証拠を提出できるかい? 「死んだ人間」がどこにいるか、も含めてね。

                     ウナム

元つ話954 神さまを使って神さまを脅すのか?

2014-02-23 Sun : 長谷章宏語録 
神さまがすべてを動かしてるんだぜ。バチが怖いから神さまには逆らわないで人間を責めるのか? 神さまを責めるなんて失礼だから? 神さまが人間を使ってるんだぜ。人間に文句を言うってことはどういうことなんだろうね。だからって『俺は神さまに使われてるんだから逆らうと怖いぞ』って言うのもオカシイぜ。君が脅してるその人間も神さまに使われてるんだよ。神さまを使って神さまを脅すのか? 都合のいい理屈だよな。君はオカシイことをいっぱいやってるんだぜ。よく考えろよ『自分が何をしてるのか』をね。

神さまのことが全部わかったら文句も脅しもできないんだよ。奉るのもオカシイんだよ。本当に感謝してたら文句や不満は一切無しだ。自分と相手、神様と人間の関係がまったく見えてないから目茶苦茶になったんだよ。自分の理屈をよ~く一致させてくれよな。アタマを別のところに使えよな。今までのやり方での論理展開を一致させていけば、自然に文句や脅しは使えなくなるんだよ。使ってるのはバカの証だよ。神さまに反抗してる証だよ。騙す奴や偽物も簡単に見分けがつくようになるぜ。いいのかな? も出なくなるよ。

神さまは君が取った分を返してもらってるだけだよ。君をゼロに戻すためね。君が『取られた』って思ってる限り、取り続けるから取られ続けるぜ。最期は君の体験という財産を没収だぜ。体験は誰にも取れないだろ。いくら話しても減らないだろ。いつでも好きな時に好きなだけ取り出して遊べるだろ。どんどん増えてくだろ。それが「本当の財産」なんんだよ。自由を奪うのは財産を奪うことだよ。取っただけ返して終わりさ。君の体験は容量無限の魂ROMに記憶されてるんだよ。君のシナリオは容量無限の魂RAMに記録されてるんだよ。これは例えだけどね。君の体験した出来事は変わらないけど、体験の意味はどんどん変わるんだよ。君のシナリオはどんどん書き換えることができるんだよ。君がプログラムを変えなくちゃ出てくる結果(君が見る映画)は変わらないだろ。『自分がしたことが返る』んだぜ。『されたことを返す』じゃ逆だよ。作用→反作用の順番だよ。

                     ウナム

元つ話953 今まで何千年にも渡って訓練して身につけた癖

2014-02-22 Sat : 長谷章宏語録 
君が今までのやり方Ф(体主霊従/形の比較/物質の思考)に戻ったら君が21世紀に行けないだけだよ。癖を直すのは繰り返し繰り返しだろ。今まで何千年にも渡って訓練して身につけた癖なんだから、苦労して訓練して替えなくちゃ。苦労するのは今までさぼってきた君のせいだぜ。訓練が進めば楽になっていくよ。今までAっていう生き方を訓練して身につけたんだから、その逆の生き方をゼロから訓練すればいいんだよ。Aを握ってたらAのままなんだよ。訓練して体で覚えたら楽だよ。神さまのロボットに変身しなよ。

『死んだ』ってのは子どもの服が壊れただけのことだろ。肉体はいつまでも新品じゃないんだよ。神さまだって少しずつ壊してるんだぜ。神さまは責めないのかい? 神さまは人間を使って君が取ったものを返してもらってるだけだよ。『取られた』って言うのは、自分がいつかどこかで『取った』って自覚がないからだよ。神さまは責めないで人間を責めるのかい? 上には逆らわず、下には威張る。自分の責任を置き忘れて『被害者だぞ』って威張る。⦿違反して威張る奴にいい顔する。神さまが人間を使ってるんだってことがわかってないんだよな。神さまが見えない証拠だろ。神さまと人間の関係がわかったら人を責めることなんてことできないぞ。人に文句を言うなんてことはできないんだよな。神さまを奉っていて、人間は責めるのかい? 天災の責任は問わないのかい? 神さまが人間を使ってるんだぜ。『そんなバカなことは信じられない』だって? 目茶苦茶でんな。

                     ウナム

元つ話952 今の状況は一人一人に完璧な状況

2014-02-21 Fri : 長谷章宏語録 
今あるもので遊んでなよ。21世紀じゃ今の地位や名誉やお金の量は関係ないんだよ。21世紀の生き方で21世紀まで遊んでなよ。不自由は仕方ないだろ、君のしてきた結果だから。辛抱辛抱。修行修行。悪者やゴミや病気や課題は神さまが最期にすべて一括大掃除するから、君が君の状況を後4年だけ我慢してれば永遠の天国だよ。肉体上の障害や不都合や形の問題は君たちじゃ解結できないんだよ。肉体は清算の道具だよ。今の状況ってのは、一人一人の魂の借金、ルール違反相応の地獄(天国)なんだから、形だけ比べても意味がないよ。一人一人の借金に平等な状況だぜ。形で公平、平等にしようとするから、混乱するんだよ。形の上で公平を求めれば、魂のルール違反Фに不公平になるんだぜ。

一人一人が完璧な状況を体験してるんだよ。完全自由、永遠の天国と比べたら上の奴らも優越感なんて感じるのがオカシイぜ。完全不自由、永遠の消滅と比べたら下の奴らも不満を言うのはオカシイぜ。今のままの君たちなら本当は消滅しててもオカシクない魂なんだよ。神さまに食べられても文句は言えないんだよ。イノチがあるだけでも有り難いことなんだよ。そのまま辛抱してれば永遠のイノチがもらえるんだぜ。形の世界の上下や多少で比べるから、ますます状況が悪くなるんだよ。これ以上メグリを積まないことだな。

自分のしてきたことに責任を取るなら優越感は持てないし、不満も言えないんだぜ。Фなら多量のお金や人間が価値を付けた物質の宝を持ってたってゴミさ。21世紀に行けなかったら何も意味がないんだよ。⦿してるなら、病気や貧乏でも後少しの辛抱さ。⦿するなら、病気でも障害者でも貧乏でも永遠の天国さ。⦿しないなら、健康でも金持ちでも知識持ちでも永遠の死さ。Фの世界のまま続かないんだよ。⦿するかしないかが運命の分かれ目さ。今の状況は一人一人に完璧な状況だよ。その状況に不満も優越感も持たずに比べずに21世紀まで行けば君は掃除が完了して永遠の天国さ。自分に相応の状況だから表面だけ見て誰かと形で比べても意味がないんだよ。上も下も⦿と比べたら0と同じだよ。

                    ウナム

元つ話951 結局は魂がさぼってるってことだよ

2014-02-20 Thu : 長谷章宏語録 
本当の「いいこと」ってのは⦿のことだぞ。Фが基にある行動や発言やシステムは、どんなに丁寧な表現や綺麗な景色を使ってようとも、すべて「悪いこと」だよ。⦿が基なら、どんなに荒っぽい表現や汚い景色を使ってようとも、すべて「いいこと」だよ。表現(システム)の基が⦿かФかの問題だよ。これを「コトダマ」とか「神の響き」とか言ってるんだけどね。つまり、「道具を使う心(裏)」がどっちにあるか、ってことだよ。「敬語」を使うから○だとか、「ヤクザ言葉」を使うから●だとか、そういう見方をしてるから騙されちゃうんだよ。「優しい」のが神さまじゃないし、「怖い」のが悪魔じゃないってことだよ。長谷先生の表現を見たってわかるだろ。今までのような見方で長谷先生を判定すれば、どう見たって「神さまの取次ぎ」じゃないよな。長谷は偽物に見えるだろ。長谷は「悪魔の使い」に見えちゃうよな。

君たちの言ってる「福祉」ってのは、結局は、ルール違反Фをしておいて、清算をさぼって楽してる奴らを助けてあげる遊びだろ。⦿の世にゃ「福祉」なんて不要だよ。「⦿=○」(=「Ф=●」)⦿があればФは無し、Фがあれば⦿は無し、どっちか一つだよ。21世紀は⦿だけが遊べる⦿の世だから、Фしてる奴は一人たりとも遊べないんだよ。『弱者を助けるのはいいことだ』ってのは、Фの世だけで通用する理屈だぞ。神さまの世じゃそんな理屈は通用しないんだよ。「弱者」を形の上で助けようとしてる奴も「弱者」を武器にして形の上で楽しようとしてる奴も、今のままなら、両方とも21世紀には行けないから、その積もりでハラを括って取り組むことだな。神さまの世にゃ「困ってる奴」も「貧乏な奴」もいないんだぞ。人間の世界の形に現れてることは魂がやってることだから、結局は、魂がさぼってるってことだよ。魂の視点で「ルール違反の清算」をしなけりゃ、21世紀なんてないんだぞ。君が21世紀に行く方法はФの清算をすることだけだよ。

君が君を助けるんだよ。誰かに助けてもらうことも、誰かを助けることもできないんだよ。人を助けたいって言うなら、そいつのメグリを完璧に清算できるような教材を渡してみろよ。形の上で手出し口出しするってことは、そいつも君もルール違反Фの清算が出来なくなるから、結局は、君もそいつも死んじゃうってことだぞ。21世紀に行けなきゃ、援助も教育も目くそ鼻くそってもんだよ。そいつの魂の上でのルール違反を君が清算できないんなら、人のことにチョッカイを出すのをキッパリとやめて、自分のルール違反の清算に専念した方がいいぞ。君自身の世話をキッチリとしないと君の21世紀はないぞ。

                    ウナム

元つ話950 お金が神様になってる社会

2014-02-19 Wed : 長谷章宏語録 
『どっちが正しいか』『どっちが絶対か』じゃないんだよな。どっちでもいいんだから『同意するかしないか』のことだよ。『ルールに文句を言うのがルール違反』だよ。今のシステムじゃ、宗教法人とか、学校法人とか、福祉法人とか、『いいことしてる』って理由で「税金免除」だけど、それこそ「不公平・不平等」だろ。どんな形を取ろうとも、結局は「お金交換遊び」だから、特別なものなんてないんだな。「宗教」ってのはね、神様ゴッコやってるから何か特別なようだけど、結局は、人間の思考やゲームってのは、神さま⦿の意志か神サマФの意志か、どっちか(実は、神さまの意志。Фは神さまの意志の一つの形だよ。)が形になってるだけのことだよ。科学も宗教も、福祉もビジネスも、神さまゲームの一つの形に過ぎないんだよ。お金が神様になってる社会じゃ、平等や公平なんて、どう逆立ちしたってできないんだよ。21世紀ってのは、神さまがお出ましになって、魂で仕出かした悪行を全員平等に清算してやり直す世界なんだぞ。「お金」や「形」で見てたんじゃ、21世紀なんて永遠の幻だよな。「慈善事業」なんて21世紀にゃないんだぞ。ま、「慈善事業」なんて今の世でも「ない」けどね。余ってる「金」を持ってるヤツが施しゴッコしてるだけだから。

                       ウナム

元つ話949 「半霊半物」の世界に移動した上で

2014-02-18 Tue : 長谷章宏語録 
今の世のシステムの元の始めは神さまが創った資源だよ。絶対的な意味を持ってるものなんてないんだよ。「一つ」っていうイメージを「1」って図形で表現して「イチ」とか「ワン」とか「アイン」とか決めただけだろ。実は、神さまがФしてる君たちに真実を教えるために誰かを通して「1」って出したんだけどね。ま、結局は、君たちが使ってる言葉やルールやシステムってのは、あるイメージに、ある図形や発音を定義付けして、それぞれが同意して使ってるだけなんだよ。あるイメージに、「文字」ってぇ図形で「言葉」っていう集まりを作って結びつけて、それを教育を通して教えて、みんなが同意してるだけだよ。イメージが、図形⇒単語⇒文章って、いろんな形に変化してるだけだよ。図形や発音や言葉や表現はいろいろに変化できるだろ。いくらでも無限に遊べるんだよ。コンピューターの「プログラムの定義付け」の理屈だよ。一つ一つの図形には意味はないんだな。それぞれが勝手に決めればいいんだよ。子供の遊びは自由だろ。一列だけど、「我がまま」=「我(われ)のまま」だよ。別に否定的な意味は持ってないんだよ。長谷先生は君たちが決めた言葉や定義やルールやシステム等々を使って⦿の遊び方を教えてるんだ。

イメージ(映像)は共通だけど、そのイメージにどんな図形や発音を定義付けするかは自由なんだよ。いろんなものを創りだして、自由に名前をつけて、遊べばいいんだよ。同じ言葉でも別の意味を持つ場合もあるだろ。「えらい」=「偉い」「疲れた」「すごく」ってね。「日本」って国のイメージも「にほん」「ニッポン」「JAPAN(=ジャパン=ヤ-パン)」云々ってぇように、国によって、集団によって、いろんな図形、いろんな発音があるだろ。「漢字」は「カタカナ」の組み合わせだよ。「漢字」を分解したって? そんなことどこで習ったんだ? 神さまは「⦿」が基だぜ。ドットの組み合わせで、点や線や曲線を表現してそれを組み合わせて文字ができたんだよ。単純な方が先に決まってるだろ。君たちの勉強したことは全部アベコベなんだぞ。始めが⦿だから無限の遊びが出来るんだよ。この視点で、すべてを見直してみれば、真実が見えてくるよ。それぞれの国、所、集団等々でそれぞれが自由に決めて公開して、それぞれが選択して、そのシステムに同意して、集まって遊べばいいだけだよ。出入国も参加不参加も選択不選択もルールやシステムの変更も自由、各自が自由に離合集散して遊ぶ。それが「21世紀の国際関係」のルールだよ。21世紀は、神さま⦿を中心にして、今の世界と同じようにいろんな国を作って自由に遊ぶ世界だよ。ただし、「半霊半物」の世界に移動した上でね。

21世紀には、犯罪者や破壊者はいないから、パスポート云々の証明は不要だよ。住民票や戸籍や履歴書やビザ云々ってのは、税金徴収の都合や犯罪者排除(悪排除思考/疑い思考/自分の国だけ安全に思考/自分の国だけ損しないようにしよう思考云々)が基にあるシステムだろ。21世紀にゃ管理や許可や調査や審査や検査なんていう遊びは必要ないんだから、そういうシステムをどう変えるかを議論しても無駄なことだよ。それこそ税金や時間の無駄遣いだろ。21世紀は「●のない世界」なんだよ。原点⦿に戻って、君たちのゲームやシステムを見直してみれば、今の混乱や問題の原因も21世紀の真実の姿も見えてくるぞ。元の元の元に戻らなくちゃ今の世の混乱は何も解決しないんだよな。

                  ウナム

元つ話948 バーソロミュー(悟りを開いた人というのは・・・)

2014-02-17 Mon : 神語録 
 バーソロミュー(チャネル/メアリーマーガレット・ムーア)
   大いなる叡智が語る愛と覚醒のメッセージ 
                (訳)ヒューイ陽子

(P39-40)
 悟りを開いた人が高徳であることはとてもまれです。むしろ、悟りを開いた人というのは、良識からはずれた変わり者のことが多く、気が狂っていると思われたりします。なぜ悟りを開いた人が気が狂っている人に見えたりするのかというと、悟りを開いた人は、自分の心のおもむくままに行動し、まわりの人の反応にこだわらないからです。人間そのものになりきる能力を持っているのです。自分が悟りの境地にどれくらい近づいたかどうか、次のように自問するとわかります。「状況がどうであっても、どう見えても、自分のまわりの人間が本人が望むがままでいることを、私はゆるしているだろうか?」
 悟りというのは、すべてはただ「一つ」であるということを、理解することにほかなりません。ここでは善とか悪とかは何の意味も持ちません。自分のほうがすぐれているとか、自分のほうが精神性が高いからといって、まわりの人間を拒否する人は、“大いなる一(いつ)”(すべてであり唯一である存在)の一部から自分を切り離しているのです。まわりの人も出来事も、自分の一部であることを認め、受け入れることができますか。あなたは「高徳」な人格から抜けだして、怒ったり、いきどおったり、やきもちをやいたり、そのほかの醜い感情を感じることができますか。成熟した存在というのは、自分のなかにあらゆる感情エネルギーの引力を感じとりながら、特定の感情エネルギーに従うかどうかの選択ができる人です。そこに選択肢を見ることができる人です。
 何かに怒る、などという否定的な反応をすることができない人は、人生を生きていないと私は断言します。そういう人は、まやかしの人生観を持つことによって、自分のエネルギーがずいぶん失われていることがわかっていないのです。自分はこうあらねばならないとか、こうしてはいけないとか、こういう生き方しかしてはいけないと言ったりすると、その人の命は止まってしまいます。肉体は時間と空間のなかを動いているかもしれませんが、その人のエネルギーは止まり、エネルギーの流れを感じることができなくなってしまいます。どんな感情も起こらなくなります。その人が自分のなかの振り子が左右に揺れるのを受け入れたときに、ようやくその状態から抜けだせるのです。
 両極のあいだを、自由に行ったり来たりできるようになると、人生のすばらしさはまさにその動きそのものにある、ということがわかります。人生の喜びやすばらしさやパワーは、人生の出来事によってもたらされるものではありません。人生に起こる様々なことすべての動きのなかに、移り変わりのなかに、一瞬として同じではないその変化のなかにこそ、人生のすばらしさがあるのです。感動と驚きに満ちた「命の躍動」のなかに、喜びはあります。


元つ話947 善も悪も同じことであり真釣りの真コトに戻らない者はすべて消滅する

2014-02-16 Sun : 長谷章宏語録 
現代社会の運命。それは、いうまでもなく、社会という、あなたが所属する共同体でのあなた自身の運命である。他人や世界の問題ではない。あなたの問題である。真釣りが戻って滅びる運命の魔コトの文明にすべてを依存しているなら、魔釣りを祓う仕組みに自ら進んで足を踏み入れていることになるから、どんな事態になろうと、すべてあなた自身の選んだ結果である。元つ真釣りの大神を闇に葬って、魔釣りの世界で好き放題をして、教えても身欲に囚われて無視し続けて、最後に気づいて改心しても、後のまつりである。ミロク世に生きたいなら『そんなことはありえない』というフレーズは、封印しなければならない。真釣りの世から見れば、現代社会がありえない現実(顕現した実体)である。すべては逆さまであるから、真釣りの真コトの響きがこの世に形になったら、真コトの花(正花)だけになり、魔コトの花(悪花、仇花)は、すべて枯れ尽くし、土に戻る。魔釣りのアヤマ知で作った世界は、神の世界も人の世界も、すべてが真釣りの真コトによって闇に葬られる。善も悪も同じことであり、真釣りの真コトに戻らない者は、すべて消滅する。元の真釣りの天国に戻れば、一瞬にしてすべてがひっくり返り、魔釣りの世界は、跡形も無く消滅する。水をダムにためても、雨が降らなければすべて干上がってしまう

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元つ話946 草薙の剣=真コトを渡すということ

2014-02-15 Sat : 長谷章宏語録 
形が変わる過程を、時空を超えて前からみれば破壊であるが、後から見れば生成の過程である。現代社会が崩壊するように見えるのは、形が変わる過程である。古いものは壊れて新しいものが作られる。古い皮膚が剥がれるのは、新しい皮膚が下に生成されるからである。無限に生成を繰り返しているから、破壊はない。常に、形は保たれる。生成のはたらきが乱れれば、皮膚病という形の異常が現われる。生成が止まれば、破壊が進み、そのまま何も無くなる。無から作り出す神は困らない。困るのは作り出せない人間である。困るから、壊さないようにする。『大切にしよう』『節約しよう』と宣伝する。そして、強制する。破壊者は悪人となり、無駄遣いは悪いことになる。法律で禁止されて犯罪となる。しかし、自ら生成できない者が、自らの破壊を避けようとしても、すべては劣化して、いずれ崩壊するのである。元つ天地の大神は、真釣り外しの悪にはいつまでも天恵を渡さない。真釣り外しを続ければ情けが増えていくだけで、最後は、情け100%=花 0%、即ち、魔釣りの世の生は無くなる。草薙の剣=真コトを渡すということは、魔釣りのアヤマ知で作ったものは、すべて使えなくなるということである。お金や機械は言うに及ばず、政治、経済、文化、宗教、思想、哲学も含めた「身欲を基に持つすべて」である。元つ真釣りの世にはない、お金の収支が基の「商」の響きのシステムはすべて崩壊する。お金を神とした世界は、金融、経済、商品価値、儲け、賠償金、支援金、被害額、寄付等々、すべてをお金に換算し、収支決算、予算、負債、資本等々、すべてをお金の足し引きで分析し、経済成長、メリット等々、すべての思考をお金に帰結させる。人=お金であり、お金を損得の基準にして人の操作をする、即ち、収支と貯蓄と保険(支出と負債と掛金)の三位一体、物・金・人の三位一体、衣食住を商品に委ねるお金の世では、金の量が国家像や各自の存在の姿を決める。快欲を追い求め、形を変えるだけの魔釣りのアヤマ知の物質文明に依存し続けている「現代社会」にどんな運命が待っているのか、よく考えてみることである。

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元つ話945 本来 自然には破壊は意識されない 破壊は隠れている

2014-02-14 Fri : 長谷章宏語録 
破壊は自然の法則に反した結果であり、自然な現象なのである。自然に反したものを作ったのが破壊の原因である。従って、防災、抗菌、殺菌云々という思想は、自然に反した者がその状態を維持するために自然のはたらきに抵抗していることになる。壊れるのは自然に反したからであるが、それを壊れないようにしようというのは、不自然が生き残るために自然を破壊していることになるのである。本来、自然には破壊は意識されない。破壊は隠れている。常に、生成が上回る。破壊<生成である。現象として破壊と生成が同量でも破壊が見える前に生成が始まるから、見えるものは生成しかない。もっと言えば、生成が瞬時に終われば、破壊も生成もなく、存在し続けるだけになる。「すべてがある」状態が存続するだけであり、そこには何も不都合は生じない。破壊を避けるという思想はない。現代社会の人間は、天国を求めて不可避の破壊を避けるために生きているようなものである。

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元つ話944 下にあるべきものを上で使えば本来の姿形に戻す力が働く

2014-02-13 Thu : 長谷章宏語録 
衣食住、都市計画から、経済の支えあいまで、すべてのすべてが同じ仕組みである。下にあるべきものを上で使えば、本来の姿形に戻す力が働く。自然の姿は、火、岩、土、水、木、空気の順番である。物理法則は分かっているはずであるのに、現代文明の都市の姿は、物理法則に反した形で作られている。だから、維持するのに力がいる。神の掟に反した「バベルの塔」は、どんなに抵抗しようとも、いずれは壊れる運命なのである。一番力があるものがどこにあるのか。すべてを支えるものはどこにあるのか。それを教えるために、重力という力が存在するのである。神は上にはいない。神は、今の人間が思っている天にはいない。心が想像する上というのは、形でいえば下である。支える者は、下にいなければ支えられない。指導者が上から引っ張っても結局は支えきれなくなって、綱は切れてしまう。くもの糸のカンダダの末路である。その「上」で支える者を支えているのは下である。電車の架線は、架線柱を介して岩が支えているのである。空気も海も同じ仕組みである。

地震で都市が瓦礫と化す。その結果、多数の人間が死ぬ。そして、防災対策を強化しようとする。しかし、よく考えれば、不自然なやり方で形にしたものが壊れて、元の形に戻っただけである。あるべき形に戻っただけである。いったいいつまで、どのくらい防災したら災害がなくなるのか。そもそも、「災害」はなぜ起きるのか。なぜ、自然の脅威を見せつけられるのか。その根本原因はどこにあるのか。都市の始めは自然である。ジャングルがコンクリートに姿を変えたのが都市である。アベコベをやっているから壊れるのであり、自然の法則通りにことが起きただけである。自然に反したものは淘汰される。この法則は、すべてに当てはまる。人間の言う自然界だけの法則ではない。自分自身をも含めた、万象万物に例外なく適用されるのである。自分自身が喪失感や失望感、危機感を感じるならば、それは、自分自身が自然の掟に反したことが、原因である。自分の外をどう操作しようと、ますます危機感が深まっていくだけで、絶対的安心感を得ることは、永遠にできはしない。

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元つ話943 産業革命というのは進歩ではなく破壊なのである

2014-02-12 Wed : 長谷章宏語録 
現代社会でいう生産者は、自分では何も生産はしていない。自然の材料と仕組みを使って、欲しいものを得ているだけである。実際のところは、全員が消費者である。生産者、消費者というのは、言い換えれば、消費者の中の、提供者と被提供者である。自分の力で生産もできなければ、自分の力で分解もできない。その実体はと言えば、人間がしているのは、採取と投棄だけである。実際は、土と水と火と生命メカニズムが資源や生物を生産し、微生物と化学メカニズムがあらゆる物質を分解するのである。工業というのは、「生産」という形を管理し易くするために、自分たちが操作できる機械という道具を作り出して、自然を人箱の中に取り込んで、神様ゴッコをするために考え出された仕組みである。自然に反した者が、天気に左右されずに思い通りに食べ物を得たり、一年中快適な温度で生活する。自然に反した者が、何の苦もなく、快適に生きる。快欲だけを追いかけて、神の掟を忘れ去っている人間は、自分に都合がよいことだけを平然とやり、それが当たり前だと言って、何の疑問も抱かない。苦が現われれば、それを解消するものを自分の外に作り出し、他人に作らせて、平然としている。自然から離れた者が快適に暮らせるのは、本当はおかしいのである。機械文明に依存し、常に快感、心地よさだけを追い求め、生存権とか、快適性とか、安全性とか、利便性とか、いうような、本当はありもしない幻想にどっぷり漬かっているから、本当の意味での自分という存在が今どうなっているのかに全く気づかない。産業革命というのは、進歩ではなく、破壊なのである。天地の理法通りに事が起きて滅びるものならば、産業ではなく、惨業である。最期は滅びる運命のものだったのである。それは、産業の発展に支えられた文明の末路でもある。神に反した者が、神の天国を求めて、幻想の天国に生きて喜んでいただけである。その結末に何が待っているのかも知らずに。

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元つ話942 破壊のままならばそれは自然ではない

2014-02-11 Tue : 長谷章宏語録 
本来の自然に破壊は見えない。破壊が見えて、それがそのままとどまるのはおかしい。破壊のままならば、それは自然ではない。何か力を使わなければ再生できないならば、自然に反しているのは明らかである。何もしなければ、分解して土に返る。自然とは、努力しなくても不都合がない状態のことである。生かされているとは、生きるための苦労がいらない状態のことである。生かされているのであるから、不自然を直すために死ぬ必要があるならば、黙って死ぬ。それが生かされている、ということである。自然のままに生きているならば死ぬことはない。「死ぬ」という考えは意識にはない。より長く生きるために何かを画策する。医学の発展というのは、自然の掟に反した人間が、自然の掟に反した世界を維持しようとする行為である。その世界でイノチを永らえようとする行為である。死ぬ前に死ぬのを避けるのは、不自然の証である。自然に抵抗している。生かされていると言いながら生きようとする矛盾した行動を平然とする。自分に原因がある破壊を自分以外のせいにし、自分以外のもので破壊を隠そうとする。見ていられないから隠す。封印する。

現代社会は、魔釣りのアヤマ知で作り出した分裂の世界で生き延びるために、進歩、発展の名のもとに、科学を使って作り出した文明というマヤカシを進めた末路の姿である。快適、快感を維持するために、ありとあらゆる自然を加工した道具(機械)や、不自然を維持するための制度を作り出し、どうあってもそれを手放さない。それを手放すことは、自分のイノチを手放すことになると思い込んでいるからである。変革する、改革する、再生する云々と言っても、その実体は、形を変えるだけで、根本にある思想は何も変わっていない。文明社会を生きる人間は、機械や制度に生かされている。結局、自分では何もできない。自分では何もできなくなった者が、自分がしたいことを実現するために文明という依存対象を作り出したのである。文明というのは、自らの不自由さを表す指標なのである。

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元つ話941 歴史を下るほど思いが重くなり形にするのに時間がかかる

2014-02-10 Mon : 長谷章宏語録 
『喜怒哀楽があるのが当たり前だ』『喜びがあるから悲しみがわかる(悲しみがなければ喜びはわからない)』と言うなら、本当の喜びはわからない。一方に反応するなら、偏っている。対極があるならば、それは、分裂思考である。「一つ」ではないから、その基準が作る感情は絶対ではない。『感情がないのはおかしい。人間ではない』と言う。『感情があるのが人間だ』という基準で見れば『人間ではない』となる。無生物となる。「人間」の定義が間違っているならその判断は間違いになる。その基準は真理なのか。それが真理ならば、分裂思考が続く事になる。分裂思考をするのが人間だということになる。分裂思考は、戦いの世界を産み続けるから、みんなが幸せになる事はありえない。略奪の戦いの世界では、天国もありえない。自己犠牲の世界では、死がなくなることもありえない。人間は感情の動物だと言う。そうなのか。そうならば、感情がなくなることはありえないことになる。全員がそれを信じるなら、それが真理になり、そういう世界を作る。感情が無い者が異常になる。どっちが異端か、という争いが永遠に続く。どっちが、と言うときは、争っている両方が異なる端である。どっちも正しい。という見方、どっちでもよい、どっちでも自分は困らない、という結論が出る見方が天国の基準である。争いが無い定義が真理である。

人生というのは、いわば、科学の実験である。物理学と化学を使って現実を創造する作業である。創造の力が想像を作り出す。そして、想像の世界にあるものを物質を使って形にしていく。精神と物質を分けて見ているが、歴史を遡るほど、想像の世界と物質の世界は一体化していたのである。歴史を下るほど、思いが重くなり、形にするのに時間がかかる。力が必要になり、機械が大型化する。扱う対象が細かくなって、「神の領域」での複雑な作業が必要になる。資源をお金に置き換えている世界では、複雑化、大型化するほど、お金と時間が必要になる。地下資源を地上で使うようになるほど、人力では手に負えなくなる。本来は下にあるべきものを上に上げる。重力に逆らう。自然に反するほど、力が必要になる。支えが必要になる。土の上にコンクリートの土台を作り、鉄の線路を敷いて鉄の箱を走らせる。鉄の塊を空に飛ばし、石油を燃やす。自然に反した者が、原子力を外に出して原子を制御する。事故がなぜ起きるのかは明らかである。自然に反した思考で資源を使って作った都市という作品が、地震で瓦礫と化すのは当然の帰結である。天地の理法というのは、すべてが自然な姿に返るように作用するのである。不自然なものがすべて壊れた姿が、本当の自然な姿なのである。文明を維持するために力が必要だとすれば、言い換えれば、何もしなければ崩壊するならば、それは、自然なものではない、ということである。

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元つ話940 喜びも悲しみも気のようになったのが自然である

2014-02-09 Sun : 長谷章宏語録 
本当の真実を見たくないために、『なぜ、という問いはいらない』と言うこともできる。それはただ存在しているのだ、と。それ以上は考える必要はない、と。考えるからおかしくなるのだ、と。そのままならば、有るものを使うことしかできない。限りあるものを際限のない我欲で使い続けることになるが、有限だと言っているものを無限に使うことはできない。何かが自分自身が無から産み出したものでないなら、なぜそれは存在しているのか。自らの命の、天恵、地球、天地、知恵、神仏の本当の源は元つ大神である。本当の源を闇に葬った人間が考え出したシステムでは、天国が実現するどころか滅びを進めるだけである。現代社会に至る魔釣りの人類史が目指した天国は、永遠の滅びの世だったのである。

今の自然現象は、本当の姿ではない。自然ではない。自然に合わせて生きるのは、本当の自然に合わせていない証である。それが気分がよいと言うならば、それは、今の世界を天国だと思っているからである。自分が気持ちよいから、嬉しいからそれは正しい考え方だ、と言うのは間違いである。喜びも悲しみも、空気のようになったのが自然である。一方の感覚を意識するならば、それは、相対二元の比較の世界である。どっちが喜びか、と考えるから、喜びを知るために悲しみも知ることになるのである。「分かつ知を使って知る」というのは『もともと一つのものを二つに分けて知る』ということである。そのままでは分裂が進むだけである。どっちがどっちが、と進めた結果が、今、体験している現実である。

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元つ話939 元つ大神を認めない限り謎は解けない

2014-02-08 Sat : 長谷章宏語録 
風が強い原因は低気圧である、と言う。そこで納得する者もいる。では、なぜ低気圧だとそうなるのか。科学的な解説をする。では、なぜ、そういう仕組みなのか。自然の神秘だ、と言う。では、自然の神秘はなぜあるのか。突き詰めていけば、最後は、万象万物を無から創った力、つまり、元つ大神を認めない限り、謎は解けない。大神の響きが無ければ何も存在しない。資源、天恵がなければ、人類は何もできない。肉体も、知恵も、物理法則も、天地も、髪の毛一本、砂粒一つまで、すべてのすべてが人類が無から産んだものではないことを思い出すことである。すべてが大神のものであり、人類のものは何もない。『有るものだから好きに使ってよい』と言って大神に無断で勝手に盗んで、『これは自分のものだ』と言って所有権を主張して商品として売り買いする。それは、大神を無視して自分の力で天国が作れると思い込んでいる証しとなる。その結果が、現代社会の今の状況である。

天気を操作できないのは、神ではないからである。晴れだから、雨だからと、天気に合わせて自分の行動を決めているなら、神には戻れない。天気予報に合わせて行動を計画しているなら、それは、自分の力で生きていることにはならない。天気に行動計画を合わせなくなったら、天気が意識に響かなくなったら、それが本当の自由である。天気に合わせて、と言えば、天気に左右されていることになる。天気によって生かされていることになる。

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元つ話938 すべてを説明できる者は何も否定しない

2014-02-07 Fri : 長谷章宏語録 
すべては自分の思った通りに形になる。自分が「死」を思えば、死のある現実を体験する。死をもたらすものと、死を避けるものが形になる。生を奪う者と、生をもたらすものが目の前に現われる。悪魔や天使と言われるものが思いに現われ、形になる。肉眼で見ていると思っているものが、実際は、肉眼で見ていないこともある。肉眼で見ている積もりでも、見ているのは重なっている別の世界なのである。幻覚、幻聴という現象は、今の世では異常扱いされているが、それを体験した本人にとっては、本当に聴いたり見たりしている現実である。魔釣りの世は幻であるから、その世界で見たもの、聴いたことも、幻覚、幻聴であるといえる。形そのものが現実ではなく『形をどうみるか』という思いが現実である。肉眼で見える世界も、その実体は、見ているのは形そのものではなく、自分の心の世界の映像である。正確に言えば、想像の世界の空想も夢も幻想も現実であり、形ある世界だけが現実なのではない。幻覚、幻聴を異常視する者こそが、真実が見えていない者である。

すべての物事を、自分が解釈できる範囲に下ろして理屈をつけ、勝手に納得する。その理屈の世界では説明がついても、範囲を広げれば、それは、枠の中の解釈となる。ある世界で成り立つことが別の世界では成り立たない無理がある説明になる。矛盾が見えても、理屈をこねくり回してその矛盾を隠す。自分が矛盾していることを指摘されると否定する。すべてを説明できる者は、何も否定しない。否定する者は、否定することで、自分が説明できないことを誤魔化しているだけである。確かに、「その世界では」言っていることは、すべて真実である。ただし、「その世界の枠の中では」という条件付きである。より大きな枠に出れば、それは相対的な真実となる。その世界では誤魔化せると思っているが、その上位の世界では、誤魔化しは効かない。神はいるかいないか。神はいるともいないとも言える。神はいるがいない。神はいないがいる。これらが何も違わないことが、何も引っかからずに納得できたとき、神は消える。しかし、神は消えない。自分が神になるが神は自分ではない。混乱する、わからない、苦しい、ありえない、と感じる間は、統合はできていない。すべての表現に何も引っかからなくなった状態が、すべてがわかった状態である。映像、言葉、文字は、響き(振動)の表現であるから、不協和音を聞いているような状態ならば、形だけしか見ていない。神と悪魔が同じ響きであることに嫌悪感を持ったり、否定したりするならば、あなたは分裂の響きを持っている。元の響きを分裂させる作用をしている。過去と未来、光と闇、前と後を別のものと見ているのはあなたである。別のものと見ているあなたがその見方をやめない限り、あなたには本当のやすらぎはやって来ない。

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元つ話937 気をつかうのは自分にな

2014-02-06 Thu : 長谷章宏語録 
?=!なんだ。『!でいいのかな?』ってやるからまた「?」だろ。いったい誰に聞いてんの? 「!」が答えなの! 神さまの世界には「?」なんてないんだよ。君自身の答えを殺すのは神さまの答えを殺すのと同じだぜ。自由がないのは当然だろ。君がまんまと騙されただけさ。君は自殺してるんだぜ。君が自殺すれば、神さまを殺神してんのと同じなんだよ。君の自由が死んでるだろ。君のしたことが君に返ってきてるだけなんだよ。君が怖がってるから君が君に騙されたんだよ。誰かが騙したんじゃないぜ。誰かが騙しても騙されないこともできるんだぜ。君が原因だよ。いつまでも人のせいにして天国を創ろうとしてるんじゃないぞ。君が自由で相手が不自由なら天国じゃないだろ。自分を生かせよ。君が君を生かせば、相手も生きるんだよ。君が生きれば、人のチョッカイは関係ないぜ。

全部○の奴は人のすることにチョッカイは出さないんだよ。自分が死んでもそれでメグリが取れるんだよ。人の「悪」を裁く理由はないんだな。人のせいなんてないんだよ。全部自分のせいだぞ。魂の視点で見なくちゃ今の世の形の不公平は説明つかないよ。全部の生を総合して+-0にするんだよ。今世の肉体から見た世界だけで見たら片手落ち。今世のどこかに原因を探すと責任転嫁になるんだ。どこかで借りたから返しただけ、やったからやられたんだよ。どこに責任転嫁なんて出てくるんだ? 勝手な奴だな、まったく。

服を脱いだらまた取り替えて遊べるんだよ。痛いのは今までそのやり方で邪魔やチョッカイや口出しした分が返ってきてるだけなんだよ。逃げる、避ける、やめさせる、責める、文句を言う・・・・・君は君を守るために人に迷惑をかけてるんだぜ。不自由にしたから不自由になったんだ。君も誰かも。全員自分自身のせいなんだ。気をつかうのは自分にな。

『そんな考え方はよくないぞ』ってのは、そいつにとって、だよ。そういうふうに言わないと自分が一人になっちゃうからだよ。一人にならないとわからないなら、一人にしなくちゃわからないんだぜ。お互い一人にならないと天国はないんだよ。いつまで誰かを引っ張りこんでるんだい? 君の一人芝居に。引っ張り込めるのは後少しの間だけだぞ。いつまでも誰かさんに気を使ってると自分が死んじゃうよ。自分を生かしたら天国だよ。

全部子どもの遊び、SF映画だよ。そう考えて自由にやればいいんだよ。『そうは言ってもね』っていつまでもやってるから「可哀相だゲーム」が続くんだよ。君のシナリオを変えなくちゃ、宗教を変えなくちゃ、同じ体験が続くだけだ。君のシナリオに「制限」があったら21世紀はないぜ。21世紀は制限がないシナリオで創りだす映画なんだぜ。

                     ウナム

元つ話936 完全自由は楽しいぜ

2014-02-05 Wed : 長谷章宏語録 
君は、何か気に食わないことがあると人に文句を言ってるよな。ルール違反だからって、傷つけられたからって『謝罪しろ』って言うなよな。神さまのルール違反をしてる奴がそんなことを言う資格はないんだよ。今の法律は⦿違反、Фすること自体が悪だよ。謝るのは君の方だぜ。神さまにね。自分から口出ししないことだな。勝手に制限して有限にして文句を言ってるなんてな。神さまは闇に光を当ててるんだぜ。自分の中の闇が濃くなるんだぜ。君が人のせいにしてたら、人がどんどん悪く見えるぜ。だからって、人に当たったら、君がどんどん不自由になるだけだぜ。見えているのは君の影。ここのところを引っ繰り返さなけりゃ、君の自由はないぜ。迷惑かけるのはいい加減にやめれば? 君が不自由なだけだから、ま、いつまでもやってりゃいいけど。今のままなら21世紀はないよ。

長谷先生の考え方がいいかわるいか? 勝手に議論してろ。嫌なら採用しなくても別にいいよ。いいと思うならやれば? 君の問題だぜ。家族だから、他人だから、恩があるから、相手に悪いから・・・・・枠を外しなよ。一方的なことはないんだよ。お互い何かを交換してるんだぜ。恩を売るのは見返りを求めてた証だよ。『自分のための人のため』だったんだよ。無視していいんだぜ。『そんな考え方は』ってのがクセモノなんだ。君が永遠に自由にならないコントロール用語だよ。それを選ばないのも君の自由なんだよ。つまり、君が死を怖がってるから、君が君を制限してるから、君自身が動けないだけなのさ。死んじゃえよ。常識から、社会から、家族から、グループから出ろよ。君自身のためだぜ。

自分の答えを疑う、怖い。『もし間違ったら』ってのは『もし死んだら』だよ。君の中でやってる君の独り言だよ。こうしよう、ああしよう、『駄目だよ』じゃあいいや。駄目なら他へ移ればいいんだよ。いくらでもつきあってくれる人はいるぜ。君が自由になるのが怖いだけだろ。完全自由は楽しいぜ。君と同じ考え方の他人と君に反対する家族。どっちが君の気持ちを考えてるんだろうね。どっちが本当の家族かね? 自由になんなよ。

                      ウナム

元つ話935 『自分自身が自由になるかならないか』っていう基準で遊び方を決めること

2014-02-04 Tue : 長谷章宏語録 
自分の評価を保っていたいんだろ? 自分っていう感覚が消えるのが怖いんだよな。今までの価値観で創った自分っていう銅像を壊して新しい自分を建造すりゃいいんだよ。君が今までの銅像を大事に持ってる限り、新しい銅像はいつまでたっても建たないぜ。今までの幽霊像を退治しなくちゃ、一旦ゼロにしなくちゃ、本当の君は復活しないんだよ。

文句や制限や強制は無視していいんだよ。ハッキリと『嫌だ』って言ってやんな。『俺は嫌だ』って。『自分は言って欲しくない』って。追っかけてきたら家出しちゃいな。君がいつまでもそのままそこにいるから、奴らは君をコントロールできるって信じ続けるんだぜ。人をコントロールしたら最期は死ぬんだぜ。君が家出することで奴らも生きるんだよ。『人は人をコントロールできない』って改心したら、だけどね。でも、それは君の問題じゃないから、やりたい奴には勝手にやらせておきなよ。『自分自身が自由になるかならないか』っていう基準で遊び方を決めることだね。神さまの遊び方が天国の方法だ。

今は自由じゃないんだから、まずは自由にやってみることだよ。新しい基準で遊び直してみるんだね。今までの君を一度オールクリアにしてさ。今までの君は今までのやり方でつくった君だぜ。今までのやり方での幽人だぜ。ゼロから創り直せばいいんだよ。友達はいっぱいいるから安心していいぜ。少なくとも長谷先生がいるだろ。新しいやり方をしても大丈夫だ、って長谷先生が確かめてあるからさ。長谷先生を疑うのは神さまを疑ってることだよ。君自身を疑ってることにもなるんだ。君が自由になれないだけだからどっちでもいいけどね。やりたくなったらやればいいさ。君が自覚してやらなきゃまた強制だからね。君の中のマニュアルを変えればいいんだよ。人のマニュアルに従ってたって、君の自由は永遠にないよ。チョッカイ出す奴は無視して適当にあしらっておけばいいんだよ。そいつが考え方を変えない限り、君の言うことは聞かないからね。君が疲れるだけだぜ。長谷先生のマニュアルに従うってことは、君自身のマニュアルに従うってことなんだよ。0からやり直せよ。やる(わたす)ものを直すんだよ。

                  ウナム

元つ話934 君を不自由にしたのは枠を嵌めた君自身

2014-02-03 Mon : 長谷章宏語録 
死が怖くなけりゃ、人を制限する理由はなくなるだろ。自分を制限する理由もなくなるだろ。死ってのは、損や喪失や離別や倒産や仲間外れや×の評価や、そういうものも含むんだよ。自分の思い通りにいかないことや壊れることや崩れることや消えることも「死」だろ。自分が勝手に怖がって避けて、自分の理屈を人に適用してるから人が迷惑するんだよ。相手を急がせることになるんだよ。自分の都合で誰かの人生を勝手に仕切るなよな。

動けなくしたのは自分だろ。自分が動けばいいことだぜ。考え方を変えればいくらでも自由になれるんだよ。『これだけは』を一つでも持ってれば自由はないぜ。それは勝手に君が選んでることだろ。『誰かがやってるから』って理由でそれを握っても、その理由も君の勝手だろ。『誰かがやってるけどやらない』こともできるんだぜ。誰かをつかって君を正当化しようったって、結局は、君が決めて君がやってることには変わりないんだよ。「誰か」を理由にして自分の行動の正当性を証明しようとするのは責任転嫁するのと同じだよ。どうせやるんだったら、『長谷がやってるから俺もやるんだ』って言ってやってみれば? 但し、長谷に同意したのは君だから責任は君自身だぞ。長谷に同意するのは君もそれをしたいからだろ。長谷の意見は君の意見だよな。長谷先生は提案しただけだよ。自分がやった結果を提案してるんだから長谷先生は責任をとってるからね。悪しからず。

犯罪者集団だぜ、今の君たちは。暗殺? 闇から闇に葬り去る? 神さまからは丸見えだよ。神さまは全部OKだよ。忘れるなよな。君が制限してるから脅されるんだよ。君が君のマインドコントロールを外さなくちゃ君は絶対に「完全自由」にはなれないぜ。君が君を殺してるから、誰かの自由を制限したり、誰かの意見に反対したり、誰かの肉体を傷つけたりするんだよ。それをしないと自分が死ぬ(下に行く)ことになるからね。君が君を殺してるのが理由だろ。君が勝手に創ってる映画だろ。自分勝手な屁理屈だよな。『そんな考え方は~』は全部枠だぜ。勝手に枠を嵌めるなよな。嵌めるのは自由だけど、それをつかって人にチョッカイ出すなよな。君を不自由にしたのは枠を嵌めた君自身だぜ。

神さまが守ってるから自由にやってみなよ。怖いのはやってない証拠だよ。神さまの力を信用してるならね、死んでも遊び続けられるんだよ。今世だけで何とかしよう、死なないようにしよう、ってするから不自由になるんだ。自分はいい思いをしていたいって思うから人にチョッカイを出すことになるんだよ。君がルール違反してて、いい思いもないもんだろ。君が死ぬのを怖がれば、会社が死ぬ、お金が死ぬ、友達が死ぬのも怖がるだろ。結局は自分って意識が消えるのが怖いんだろ。そのまま続けたら本当に消えちゃうぞ。

                   ウナム

元つ話933 自由にしたら混乱する、ってのは、制限の世界の形が混乱する、ってこと

2014-02-02 Sun : 長谷章宏語録 
罪悪感なんていう感情はないんだ。君が勝手に創ってるだけだよ。神さまに反抗してる罪悪感はないのかね。困ってる奴は困らせておけばいいんだよ。自由にすれば自由になるのに勝手に不自由にしてるんだから、ご機嫌取りはいらないぜ。自分自身を大事にしろよ。

何をやっても何を言ってもいいんだよ。『死んだら死んだ時のことさ』でもOKなんだよ。『そんな言葉は良くないから』って言うけど誰が決めたんだい? 自分の理屈を基にして勝手に傷ついて、『そんなことをいうのは~』なんて、何を勝手なこと言ってんだろうね。勝手に人の言うことを制限してるんだぞ。君の方が神さまのルール違反だよ。神さまが創った世界を傷つけてる奴が、『傷つけられた』もないもんだぜ。『そんなことをいうのは~』って言うなら、そのセリフを自分自身に適用してみろよ。どうなるんだ?

『そんな言葉は良くない』って言ったら、永遠に自由にはなれないぜ。『よくない』って言うこと自体がよくないんだよ。長谷先生も『よくない』って言うけど、『~はよくない』って言うのが『よくない』、つまり、自由なんだよ。『Aはよくなくはない』二重否定は元に戻るんだよ。自由を制限したから、制限の世界。制限の世界は禁止、で自由に戻るだろ。今の制限の世界の中で自由にするための仮のルールは『禁止は禁止』だよ。自由にしたら混乱する、ってのは、制限の世界の形が混乱する、ってことだろ。制限の世界は自由を混乱させた世界だろ。混乱してる世界を混乱させて、もう一度、自由にするんだよ。今の世は表面上は平和だけど心は混乱してるだろ。心を無理やり統一させて形を平和にしたって、最期は爆発して混乱するんだよ。心を自由にしたら形はバラバラなんだよ。心を自由にしたら、形はバラバラでも、好き勝手でも、心も形も葛藤は皆無の統合だよ。

                     ウナム

元つ話932 魂のメグリが違う 夢が違う家族同士が何で無理矢理一緒にいなきゃならないんだ?

2014-02-01 Sat : 長谷章宏語録 
同意して同居。ルール決めて助け合い。嫌なら別れりゃいいんだよ。家系とか他人の評価とか世間体とかを気にしてるから自由に動けないんだよ。魂のメグリが違う、夢が違う家族同士が何で無理矢理一緒にいなきゃならないんだ? 夢を自現できないコントロールゴッコしてる自殺者同士じゃ、結局、誰かの言いなりのゲームだろ。親とか上司とか支配者とか被害者とか、誰かだけの為の天国実現ゲームだろ。100%の夢の実現や100%の自由や全員が100%満足するドラマは創れないよな。ストレスを勝手にためて発散するなよな。『そうするのが常識だから』『みんながやってるから』『人間だから~』『今の社会じゃ~』云々って勝手に屁理屈こねてる奴ばっかだな。どう言おうとも、結局は君が勝手に決めてるだけだよ。自分の理屈でお互いが一人芝居をしてるだけさ。同意したら文句なし、嫌なら変えればいいだけだよ。簡単、簡単。勝手に難しくしてるのは君だぜ。『難しい』んじゃなくて、死ぬ(孤立する/失う/悪く言われる)のが嫌なだけだろ。

そんな変なことは、突拍子もないことは、そんなことはできない、そんな怖いことは・・・・・神さまの世界に変なことや怖いことなんて何もないぞ。神さまの世界ってのは「完全自由」だぜ。無限の自由さ。「Ф人間」の枠からみりゃ、突拍子もないこともあるかもな。価値判断を全部無くして、子供の心になって自由にやればいいんだよ。死んだら今の肉体でのお芝居が終わるだけのことさ。遊び遊び。『そんな考え方は』ってやってたら、絶対に自由はないぜ。そんなに堂々巡りの滅亡遊びがやりたいんならいつまでも勝手にやってろ!

一人遊びが出来るなら、相手の自由をコントロールする必要はないだろ。みんなが家族なんだよ。君と遊んでくれる他人はいっぱいいるぜ。『結婚したら家族だ』って決めてるのは君だぜ。昨日まで他人だったんだろ。何で急に変わるんだ? 汚いものが急に綺麗になるのか? 君が『こうだ』って決めて納得してるだけだろ。人生全部で自分勝手にやってみろよ。自由になるぜ。今までの枠の中の奴らの言うことを聞くから枠の中にとまるんだ。君が一番最初の型破りになればいいんだよ。神さまは自由だぜ。自由。わかった?

                     ウナム

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