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元つ話1081 本当の神は悪を殺すことはしない

2014-06-30 Mon : 長谷章宏語録 
真コトは一つである。今の世でいう善も悪も、本当の善でも悪でもない。どちらもウソである。善を奉るのも、悪を批判するのも同じことである。神を信仰するのも冒涜するのも同じことである。魔釣りの世のご利益を求める自分本位の信仰心が戦いを作る。神も悪魔も、崇めているものは同じである。形が違うだけである。自らの神を偽物だと言われて怒るのは、自分の神を冒涜されたからではない。魔釣りの世での自分の命綱を切られたからである。自らに都合がよい神を作った自分という神を殺されると思っているからである。外の神はダシに使われただけである。今の世は、自分の外に権威をつくってそれを武器に脅しあっている世界である。本当の自分を殺しているのは、魔釣りに囚われた自分自身である。殺し合うのは勝手であるが、その世界から抜ける方法はただの一つである。善も悪も、生き返る方法は同じである。善にも悪にも機会を与えるのが本当の神である。本当の神は、悪を殺すことはしない。本当の神は何も奪ってはいない。何かを奪う者は、最後に自分を殺す。真の神の世にバチなどない。処刑も、懲らしめもない。有るという見方をしているのは自分である。自分が自分を生かすために他人を殺すならば、それは、その響きを持っている自分を殺す事である。すべては自分のためである。他人を生かすのも、他人を殺すのも、他人を世話するのも、他人から奪うのも、すべて、自分を生かすためである。

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元つ話1080 本当にすべてを失った時すべてを失っていないと気づく

2014-06-29 Sun : 長谷章宏語録 
覚悟を決めて、底なし沼に飛び込むことである。底なし沼だと教えたのは、ウソの世界の支配者である。その支配者自身も、いつしかそれが真実だと勘違いするようになり、自分がウソを教えたことを忘れ、自分が自分に騙されていることに気づいていないのである。ウソを教えた事を忘れ、自分自身もそれがホントだと思い込む。それは、そうすることが自分に都合がよいからである。それを繰り返し繰り返し、今となっては、もはや、それしかない、それが真理だ、とも考えなくなり、自動操縦となってしまった。心底からウソをホントと勘違いしてしまっている。真実は、後ろにある。今の自分のすべてを止めて、反転することである。アメもムチもベクトルは同じ。そのベクトルの正反対が真実のありかである。そこにあるものが本当の実像である。鏡の虚像を実像と思い込めば、実像が虚像となる。実像を壊せば、虚像も消える。本当の実像を壊せば、虚像が壊れる。虚像を実像と思っていれば、そのウソの実像の破壊を止めようとして、本当の実像を壊す。そして、虚像も壊れ、闇となる。しかし、振り返れば、そこに本当の太陽の光がさしている。振り返ったら死ぬぞ、と教わっているから、振り返れない。何がどうなっても死なないから、どうなってもよいと言えば、それを有言実行すれば、何でもできるはずである。死は無いから、死を避けるのをやめれば、死に飛び込める。魔コトの世では、真コトは完全なる闇に見える。本当の光は、完全なる闇に隠れている。悪の中に真コトが隠れているのである。

すべてを捨てて闇に飛び込むことが、真コト思い出し、体験する唯一の方法である。真コトを手にしなければ、最後はすべてが闇となる。しかし、そのすべてはすべてではない。真コトを除いたすべてである。従って、「すべて」を失うことは絶対に無い。本当にすべてを失ったら、その一部である自分も失うから、失ったとは思わない。失ったと思う自分がいないからである。本当の意味で、何かを失う、ことはない。「無い」ものを「ある」と言えば、ウソの世界になる。そして、失い続けることになる。本当に、すべてを失った時、すべてを失っていないと気づく。真釣りならば死なないから、本当の神は助けない。自分で自分を助けることしかできない。自分を助けることがすべてを助ける事になり、神も助かるのである。世話をする者が1人でも減れば、楽になる。自分で家出して、親に助けを請う。本当の親孝行をしたければ、自分のしたこと、自分の勘違いを早く直すことである。

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元つ話1079 闇の闇の闇に葬られた本当の神の本当の世界

2014-06-28 Sat : 長谷章宏語録 
神々にも人類にも忘れ去られた、自らの心(土)の最奥に埋もれている遺跡。それこそが、ミロクであり、唯一の実体世界、あなたという身魂が生まれた故郷、あなたが戻るべきただ一つの場所である。あなたが、真コトのスコップでその遺跡を掘り当てた時、ミロクの遺跡を隠していたすべての汚泥が取り去られ、あなたの戻るべき本当の世界、本当の天国建設の振り出しのフィールドが出現する。そして、三千世界が真釣りのミロクに戻った時、文字通りの天国があなたの眼前に広がる。あたかも、ベスビオ火山の噴火で埋もれてしまったポンペイが現存する都市であるかのように、あるいは、ムー大陸が、アトランティスが、実在の世界であるかのように、今は廃墟と化しているミロクの遺跡が、生きている実体として、生の営みとして、実際に使えるリアルな世界として再び動き出し、あなたの思いのままの景色が、あなたのものとなる。あなたが、本当に心底から真コトを生き続けるならば、あなたは、嘘も誤魔化しも罠もない、すべてを自由自在に楽しめる永遠に続く本当の天国に戻れる。あなたが(人類が)忘れ去ってしまった本当の天国。ただ一つの実体のある世界。闇の闇の闇に葬られた、本当の神の本当の世界。現代社会に生きるあなたが、完全に無にしてしまった世界こそ、真コトなしには実現しない、あなたが希求し続けてきた天国なのである。幻想の現代社会が消え去った瞬間、誰も殺さずにすべてが思い通りになる「真コトの天国」が復活する。真コトを磨き出したあなたは、真コトの響きの体を得て、万古末代滅びることのない歓喜弥栄のミロクの天国を自由自在に謳歌できるのである。

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元つ話1078 宝を見つける競争も茶番である

2014-06-27 Fri : 長谷章宏語録 
裁くのを綺麗サッパリやめることである。戦うことを裁くのもやめることである。壊れるべきものが壊れて、在り続けるものが復活するのである。正確に言えば、復活するのではない。始めからずっとあったのである。あなたから見たら見えるようになるのであって、あなたが勝手に雲を作って隠していた一人芝居である。「無い」のではなく、あなたが自分で隠したことを忘れたのである。今のあなたは魂の痴呆、健忘症である。自分が隠したものを誰かが隠したと言い、自分は悪くない、と言っているのである。それをやめない限り、本当の神の宝は見つからない。全員がそれをしていれば、誰も宝を見つけることはできない。隠したのは自分自身である。そのありかは自分しか知らない。あなたが本当の宝を見つけることを邪魔することは、あなた以外に不可能である。宝を見つける競争も茶番である。全員が宝を持っている。形の宝探し、お金の奪い合いは、外側の現象である。実際には、何の意味も無い。外の宝探し競争をしているその勘違いを直した者から、本当の宝を思い出せる。宝を隠すサングラスを外すことができる。外側に見えるものがすべてなくなっても、すべてはある。箱の中の景色が消えるだけで、箱をすべて開ければ、そこに本当の景色がある。レンズを通して見た逆さまの世界を本物と思えば、本物は見えない。すべてのすべてを引っ繰り返す、すべての大元自体を引っ繰り返すとすべてがひっくり返る。いつまでも土を掘って遺跡の発掘をしていても、真実は何もわからない。人類の本当のルーツもわからない。心が本当の天国の土である。本当の土は自分の内にある。火土水は口心行であり、一二三であり、神幽現であり、霊力体であり、日月地である。自らの心を祓い清めれば、自らの土から真コトを磨き出せば、三位一体のミロクが現れる。ミロク世の遺跡を発掘する考古学者は自分である。その考古学者が目覚めれば、すべての文明の、万象万物の、宇宙の、神の世界の、そして自分自身の、すべてのすべての起源が明かされる。

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元つ話1077 すべてのすべてがあなたが教えられてきた真実とは逆さまなのである

2014-06-26 Thu : 長谷章宏語録 
真釣り戻しをしない限り、あなたのいる世界はどこにもない。この世もあの世もあなたの世界ではなく、ましてや、ミロクの弥栄の天国など、あなたにとっては風前の灯火である。真釣りを外した借りの世の、損得の世界の経済社会の中で利便を追い続けているということは、それは、真釣り戻しなどする気はない、魂の自殺志願者であるということである。天恵を産み出している源の元つ大神を忘れた神仏は泥棒するしか生きる手立てはない。無神論者も含めて、その神仏を信仰する人間も同罪である。つまり、神仏が基にある現代社会は「天の泥棒」が作った世界であり、泥棒の分け前で生かされている人間の世界である。泥棒は泥棒の世界でしか存在できない。泥棒は略奪の世界を進めることしかできない。泥棒は奪い合いの世界しか創れない。泥棒したものを分かち合っても天国はできない。自らが産み出す響きを持っていれば奪う必要はないから、奪い合うなら、産み出す響きがない証である。魔釣りで手にしたすべてのものを捨てない限り、本当の天国は永遠の幻となる。

本当の天国、極楽、桃源郷、エルドラド、ガンダーラ、エデンの園、は、真釣りのミロクのことである。「昔昔の或るところ」そこが、あなたの天国である。遠い遠い昔、あなたはそこにいた。あなたが元いた故郷に帰るだけである。あなたがすべてのアヤマ知を捨て去って真釣り戻しをしない限り、今の人間が言っているように、SFの世界で終わってしまうことになる。今のあなたにとっては遠い厳しい道である。しかし、それは必ず歩ける道である。あなたが生死も時空も超えた命の道を歩む覚悟をするならば、その天国は現実となる。ただし、それは、真釣り外したあなたが創った茨の道であり、誰も助けてはくれない。あなたが自らしたことを清算しない限り、あなたがそこへ戻れないだけのことである。

元の天国へ帰るか帰らないかはあなたの問題であり、選択の結果はあなただけのものである。あなたが誰かを連れて行くことはできないし、誰かに連れて行ってもらうこともできない。元つ大神が真釣り戻した時、ミロクは現われる。しかし、その時にあなたが真釣りに戻っていなければ、あなたはそこにいない。すべてのすべてが、あなたが教えられてきた真実とは逆さまなのである。あなたの言った通りの世界をあなたは体験している。あなた次第で、どんな世界を体験することも可能である。永遠の天国に戻るも、永遠に滅ぶもあなた次第である。あの世にもこの世にも生きられない、神仏すらも逃げられない真釣り外した魂の成敗の時、魔釣り世の終焉が迫っている。あなたが本当の故郷に帰れるかどうかは、すべてあなた自身にかかっている。今すぐに嘘の夢の現実から目を覚まして欲しい。

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元つ話1076 自ら産み出せない神々と天恵がなければ何もできない人間

2014-06-25 Wed : 長谷章宏語録 
現代社会は、元つ天の大神の掟(真釣り)を外した魔釣りのアヤマ知で作り上げた過ちの歴史の末路の型示しである。今の仏教で言えば、末法の世である。真釣りを外して自ら産み出せなくなった者ができることは、「すでに有るもの」を使うことだけである。大神が産み出している天恵(自らの命と死後も含めた時空とそこにあるすべてのもの)の「使用料」を、産み出した本人に支払っている人間は何人いるだろうか。もし未払いならば、それは、クレジット購入(ツケ払い)である。もしそうならば、その天恵を使って作ったすべての「商品」、日常生活で使うエネルギー、それらを作り出す理念や技術、自らの肉体や命、森林や海や山や川、酸素、太陽、月、自らが存在する空間、時間、宗教や科学や知恵や歴史や天恵や魂や神仏も含めて、今まで手にしたものすべてのすべてについて、神々も含めた人類(つまり、あなた)に所有権はない。支払完了までは、自分のものにはならない。真釣りを外して、自らでは無から何も産み出せなくなった者が作る今の世には、自分の命も含めて、人類のものは何もない。すべてのすべてが「元つ天の大神様のもの」なのである。

お金というのは、資源を加工してつくった道具、言い換えれば、資源から産み出された子どもである。自ら産み出せない神々と、天恵がなければ何もできない人間が、魔釣り世を思い通りに進めるために考え出した経済社会だけで通用する、神を金に置き換えた形の世界を支えるための道具である。お金というのは、言わば、形の経済社会限定の神であるから、真釣りの神へのお金の支払はありえない。従って、神仏も含めて、元つ天の大神が真釣りで産み出した天恵に対する使用料を払うことは誰もできない。真釣りで真釣りの天恵を使うならば、それは、所有しているのと同じであるから自由に使ってよいが、魔釣りで真釣りの天恵を使い続けるならば、それは泥棒しているのと同じである。真釣りならば借りはなく、真釣りでないならば、それは借りていることになる。使用料を支払えば使ってもよいという理屈も成り立つが、元々は、真釣りのみであり、借りるという概念は存在しない。今の世は、真釣りに戻すための仮の世であるから、その理屈は永遠には使えない。つまり、真釣りに戻す行をしない限り、返す気はないということである。それは、天地の理法を破って盗み続けることを意味し、支払をしないならば担保(魂の命)と引き換えである。魂の命を渡せば、あなたはいなくなるから、あなたはもうどこにも転生できない。神仏も含めて、今世には「泥棒」しか存在しない。あなたには、真釣り戻しの地獄を超えて永遠の天国に戻るか、魔釣りで生きる泥棒を続けて永遠に滅ぶか、二つしか道はない。神々すらも逃げられない、生死時空を超えた元つ大神の真釣り戻しの大掃除が迫っている。

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元つ話1075 この世は後少しで終わりでござる ミロクの準備を始めてくだされよ

2014-06-24 Tue : 長谷章宏語録 
この世はあと数年で終わりでござるから、ミロクの準備をしなされよ。ミロクは自由な身魂だけの世界でござる。そなたのためでござるのぞ。そなたらは遊ぶために生まれたのでござるぞ。この方が生んだのでござるぞ。そなたがそなたを遊べなくしたから、「何で自分は生まれたのか」等と考えることになったのでござるのぞ。そなたがそなたの現実の創造者でござるのぞ。そなたのしたいようにできる世でござるぞ。人をコントロールするのは制限の世である証でござるぞ。制限やコントロールはそなた自身が創ったものぞ。そなたのイノチも肉も身も自然も資源も、すべてこの方あってのものでござるのぞ。この方の創りた道具をつかって創り出した今の世の文明社会もこの方あってのものでござるぞ。そなたの回りには何ひとつ悪はござらん。取り違い甚だしいぞ。大掃除してゼロから出直しじゃ。早うミロクの民に戻れよ。

ミロクの世は神の世でござるぞ。神の掟のままの世ぞ。神の掟は調和でござる。自由でござる。調和乱すことはさせんのぞ。文句を申すそなたは自由ではござらんぞ。そなたの態度を掃除せねば、自由にならねば、そなたにはミロクはござらんぞ。この方がそなたが壊しただけして渡してやるから、苦しんでご苦労してゼロにせよ。少しづつ渡して居る間に掃除せよ。今のそなたが一度に掃除するのは地獄ぞ。ゼロから始まるミロクでござるぞ。この世は後少しで終わりでござる。ミロクの準備を始めてくだされよ。

                              十日立

元つ話1074 天国壊す犯罪人を今の今まで生かしてきた神の情けをわかれよ

2014-06-23 Mon : 長谷章宏語録 
そなたは自分を消したいのか社会を消したいのか。そなたがそなたを消すような遊びをして居った結果が今の世でござるぞ。そなたのした通りにそなたが体験をするのでござるぞ。ミロクではしたいことが何でもできるぞ。してはならんと申すことは始めからさせんのぞ。そのセリフは制限の世を創るからでござるぞ。制限創る身魂は死刑ぞ。今の世でもそなたらが自由意志を使って自由に遊べるようにしてあるのぞ、そなたらが制限を勝手に創ったから制限の世になったのでござるのぞ。そなたが自由になれば、そなたがそなたを自由にして行けば、そなたには大掃除はござらん。制限の身魂は今世が最期の世ぞ。「身魂の死刑」の意味はわかっておるか。

そなたがそなたを自由にしていくと、不自由な世界の者から見れば、「してはならん」こともすることになるぞ。「してはならん」と決めて居るだけでござるぞ。心を傷つける、形を傷つける、モノを壊して居るのは制限をつけた身魂の態度でござるのぞ。そなたが人を傷つけることを責める資格のある者は一人としてござらんぞ。そなたがそなたを自由にすれば文句や批判が来るぞ。制限の者たちのヒガミでござる。この方は何でもしてよいと申しておるのに勝手に制限して居るだけでござるからほおっておけばよいぞ。不調和まき散らして居る自覚のない、臭き身魂でござるから、臭いものに永遠の蓋をしてやるぞ。制限を創る種を一点でも持って居るものは、最期の最期に大掃除して差し上げるぞ。

そなたが自由になることがミロクの民を増やすことでござるのぞ。そなたが神心に戻ればそなたがそなたを天国に連れていくぞ。天国が当たり前でござるのぞ。天国で無い世にしたのはそなたらの戒律でござるぞ。そなたのやり方を変えねば、そなただけが天国に行けんだけでござるぞ。大掃除はそなたらが天国に行けるようにするためのこの方の大サービスでござるのぞ。制限の、戒律の世の作品を創り続けるならば、そなたの遊びはもう終わりでござるのぞ。終わりの世にしてはそなたらが可哀想なから、この方が作り替えて差し上げるのでござるぞ。制限ないから制限を創れるのでござるぞ。この道理分かれよ。本来なれば、ルール違反の身魂は今ここには居られんのぞ。とっくのとうに死刑なのぞ。初めから生まれんのぞ。法律違反の人間を逮捕して裁判して死刑にして居るそなたらは何をしておるのじゃ。天国壊す犯罪人を今の今まで生かしてきた神の情けをわかれよ。

                            十日立

元つ話1073 ここで自由にすればそなたには大掃除は関係ござらん

2014-06-22 Sun : 長谷章宏語録 
現界と霊界は同じ世界でござるぞ。状態が違うだけでござるぞ。仕組みは同じでござるのぞ。戒律はござらんぞ。何でも自由でござるのぞ。そなたらが不自由にしたのでござるぞ。何でも自由でござるから、不自由な世界を創れるのでござるぞ。この道理分かるか。現界は初めから自由な世界でござるのぞ。不自由な世界にしたのはそなたらが不自由にしたからでござるぞ。霊が体に現れる。そなたが申すことを変えねば、そなたの現実は変わらん。そなたの言葉はそなたの心、⦿の心、霊でござる。霊を変えれば体が変わるのが、この方の創りた仕組みでござる。ミロクは神の心のままの⦿世でござるぞ。

ミロク世では、「してはならん」と申すことは言わせんのぞ。この方が不自由を許さん世でござる。「それでは神は制限をつけて居るではないか」と申すそなたは何を申して居るのか分かって居るか。不自由を許さんと申すのは、「してはならん」と申すのを許さんと申すのは、自由を創ることでござるのぞ。ミロクでは不自由な世は創らせん。不自由な世では全員天国にはならん。不自由な世を創る身魂は始めから入れんぞ。ここで掃除せんとミロクはござらん。天国はござらんぞ。そなたらが何をして居ろうともミロクの世に致せば天国ができるからこの方は黙ってそなたらの好きにさせて居ったのでござるぞ。

この世もミロクの世も両方とも自由な世でござるから、そなたらが初めから自由でござれば何の問題もなく天意転換が完了したのでござるぞ。そなたが自由でござれば今の今でもこの方の大掃除は何の影響もござらんのぞ。ここで自由にすればそなたには大掃除は関係ござらんぞ。そなたが死んでもそなたは生きて居るから、何の怖いものも危険も感じることはござらん。外の大掃除がどんなに激しくなろうともそなたとは何の関係も無きことぞ。そなたは自由な世から別の自由な世に変わるのでござるだけでござるからな。

                            十日立

元つ話1072 現界も霊界もミロク世界も同じ仕組みでござる

2014-06-21 Sat : 長谷章宏語録 
今のままいけばこの世は滅びるから、「してはならんこと」をして居る身魂は、大掃除するぞ。「してはならんこと」は調和を乱すことぞ。Фすることぞ。この方はФもさせて居るのぞ。そなたらが制限無く遊んでおったならば、そなたは大掃除を体験することなくそのままミロク世でござったのぞ。この方の世界の内で形を変えるだけでござるから、現界も霊界もミロク世界も同じ仕組みでござるから、一つの世界から別の世界に移るだけでござるからぞ。そなたが部屋を変えるだけでござるから、そなたに問題はござらんぞ。Фを掃除して⦿に致すぞ。

そなたらは全員マ違って居るのぞ。真と魔をマ違って居るぞ。全員悪者でござるぞ。全員「してはならんこと」をして居るのぞ。全員がうまくいく世界を自らが壊したのでござるから、全員自業自得でござるぞ。「してはならん」と申すから「してはならん」と申さねばならん世となりたのでござるぞ。今の制限の物質の世は自業自得の作品でござるぞ。人を責められる資格のある者は一人もおらんぞ。そなたらの世界にあるものは何を使ってもよいのでござるぞ。この方は無限の神でござるぞ。無から有をいくらでも創れるのでござるぞ。そなたらが勝手に制限をつくれば、そなたらの自由意志を尊重するのぞ。資源が有限にみえるのはこの方がそなたらの「リクエスト」に答えた結果ぞ。

この方が口出し手出しすれば修正するのは簡単ぞ。それではそなたらは自由ではござらん。そなたらが制限を嵌めれば、制限の世と成して、そなたらが自ら気づけば、気づいた者だけ自由になれる仕組みにしてあるのぞ。マ違っておるなら教えてくれと申すなら、最期に身を以てハッキリと教えて差し上げるぞ。奴隷を嫌って奴隷になりたがるとは、自らが教えてくれと申しておいて文句を申すとは、何という自分勝手な身魂でござるのか。自由と責任は一つでござるぞ。すべてのすべてが一つでござるぞ。平和、自由、責任、平等、公平、幸福、遊び、至善、真釣りの響きぞ。

                          十日立

元つ話1071 殺人を許せんと申す者が殺神して居るぞ

2014-06-20 Fri : 長谷章宏語録 
してはならん事は出来ん。目の前にも現れん。議論の机の上にものらんぞ。してはならん事と申すその言葉自体がアルぞ。そなたは何をしてはならんと申して居るのか。してはならんと申して居るその行動があるのはいかなることを意味して居るのでござろうか。そなたらがしてはならんと申せば、制限の世が出来上がるぞ。この方は、してはならんと申す、そのこと自体も許して居るのぞ。そなたらがして居るようにすべてのすべてが形になるのぞ。そなたらがしてはならんと申すのをやめねば、そなたらの制限の世は制限の世のままでござるぞ。そなたらが出来なくして居るのぞ。最期は「してはならん」と申す世は大掃除して仕舞うぞ。早う自由になれよ。

ミロクの世は何でも出来る世でござる。戒律をもって居るものは初めから連れていかんぞ。どんな表現もどんな言葉もすべてこの方のものでござるぞ。してはならんと申すセリフもこの方は許して居るぞ。そなたらが申す通りにそなたらに返ってくるぞ。そなたらが申す通りにそなたらの世界を創って来たのでござるぞ。そなたらがしてはならんと申すからしてはならん世を創って出来なくしたのでござるぞ。そなたらが申すことを変えねば、そなたらの世は、そなたの現実は、何も変わらんぞ。破壊が悪と申すなら、そなたらはこの方の⦿の世を壊してきた悪人でござろうが。そなたらはこの方の申すことをずっと無視して来たのでござるぞ。殺人を許せんと申す者が、殺神して居るぞ。自らが悪者ぞ。

この方は何一つしてはならんとは申しておらんぞ。この方がしてはならんと申したのならばそなたらはしてはならんと申すセリフ自体を使えんのぞ。この方が破壊を許さんのならば破壊はさせんぞ。破壊するような行動はさせんのぞ。この方はミロクを創る仕組みを創って居るからすべてを許しておりたのぞ。そなたが神心のままここまで来たのでござれば、すべてのすべてがこの方の世でござるから、苦はござらんのでござるぞ。大掃除が必要になったのは、そなたが制限をつけたからでござるのぞ。そなたの身魂は男でも女でも大人でも子どもでもござらんぞ。してはならんことござらん。平等でござるぞ。

                              十日立

元つ話1070 出来ることをするなと申す戒律をそなたが選択

2014-06-19 Thu : 長谷章宏語録 
AはBである(AはBでない)と申すのは、一つに決めるのは、すべて戒律でござるぞ。神の世に戒律はござらんと申すのも戒律でござるが、この戒律をそなたが食べれば、戒律はござらんぞ。戒律を消す戒律もあるぞ。そなたは自由でござるから、すべてそなたの責任でござる。責任と申す概念も元々ないのでござるぞ。そんなものはオカシイと申すそなたには制限がござるぞ。その制限はどこから学んだものぞ。絶対のものでござれば全員賛成でござる。議論は消えるぞ。空気が無いと申す者は居るか。そなたの現界はこの方が創りたものぞ。そなたの元のこの方は何の制限もござらんぞ。悪魔と天使が居るのはオカシキことぞ。戒律を消す戒律を戒律だからいかんと申せば、そなたが自由にならんぞ。何でもかんでも素直に取るのもよいが、トリックもあるから、自らよく考えてくれよ。

戒律がござらんから何でもできるのでござるぞ。出来たり出来なかったりするのでござるぞ。出来る者と出来ない者が居るのぞ。肯定否定が出来るのぞ。議論が出来るのぞ。出来ることをするなと申す戒律をそなたが選択するから混乱するのでござるぞ。そなたがそなたにしたいことをするなと申して居るのでござるぞ。そなたの取り違いが創りだした基準で、戒律で、したいことをするなと人に申して居るのぞ。この方が許して居るから出来るのでござるぞ。この方が許して居ることをしてはならんと申すのは何事か。そなたが「してはならん」と申す理由は何でござろうか。してはならんと申す世でしてはならんと学んだからでござろうが。そなたらには死も危険もござらんぞ。肉の死は服を脱ぐだけ。

                       十日立

元つ話1069 俗世ぜんぶ修行の場

2014-06-18 Wed : 長谷章宏語録 
ミロクはこの方の意のままの世ぞ。そなたらも嬉しこの方も嬉しの世ぞ。そなたがこの方と同じにならねばミロクの民にはなれんのぞ。共生とは神と人が共に生きることぞ。自然は神の現れでござるぞ。共生したいならば、この方の申す通りにせよ。この方の申す通りというのは、そなたの心の通りに体で動くこと、そなたの申す通りにするということぞ。身魂の矯正をせんと共生はできんぞ。そなたが自主的にせんならば、そなたがオワリになる前に、最期は強制的に矯正して、共生できるようにするぞ。最期は厳しいぞ。都市も田舎もこの方の内ぞ。都市避けて田舎に住んでも自然とは共生しておらん。俗世ぜんぶ修行の場ぞ。

この方は一つも戒律は設けてござらんから、そなたもその通りに生きることぞ。一つもないと申せば一つも無いのぞ。素直に聴けよ。これだけは等と勝手に制限をつけるなよ。それが神心ぞ。それが差取り、悟りぞ。この方の創った通りにすることがこの方の心と同じになることぞ。そなたには制限は一つもござらん。そなたが勝手にアルと申して居るだけぞ。そなたがそなたの心のままに自由にすることがこの方の心でござる。そなたがこの方の心と同じにならねばミロクの民ではござらんぞ。ミロクは真釣り⦿の世でござる。

うまくいかんのはそなたらの魔釣りで壊したものを返していただく間だけでござるぞ。ミロクは新しい世でござるぞ。今の物質は何一つ持って行かれん。今のままの態度、生き方ではそなたは連れていけんぞ。一〇〇%制限はござらん。この方の申す通りに一〇〇%実行することぞ。一点の制限もござらんぞ。まずは制限を外して動くことでござる。制限があると思っておったのはそなたでござるぞ。そなたが信じられんと申して居るだけぞ。この方の申す通りに始めんといつまでたっても始まらん。制限がありつづけるぞ。そなたが制限を持てば、限界もろとも消え去るぞ。戒律を持つ身魂の生まれる所はござらん。制限の現界(限界)だけで通用するやり方ぞ。

                            十日立

元つ話1068 君たちの今の「学校」ってのは「魂を殺す方法」を教えてるんだよ

2014-06-17 Tue : 長谷章宏語録 
神さまの視点から見なくちゃ究極の安全対策は見つからないんだよ。それが見つかったら安全対策は不要になるんだよ。掃除の破壊の世では、形じゃ全員は助からないんだよ。形の世界で死んでも魂じゃ死はないんだよ。形の破壊を見て初めて対策を考えられるんだろ。対策をするために死んだ奴はどうなるんだい? 破壊無しで平和はないんだよ。最後は神さまが大掃除して次元を上げた天国にするから、⦿してなけりゃ終わりだよ。過去の出来事や歴史の議論や物質思考の未来の議論や形の上の人間が決めた善悪の議論をしても何も意味はないんだよ。『ボランティアや環境保護や福祉はいいことだ』なんて教育をしたら『外を変えられる』『人が人を助けられる』って教えてるようなもんだよ。君たちの今の「学校」ってのは「魂を殺す方法」を教えてるんだよな。神さまを無視してる臭教団体だからね。「問題児」くんたちこそ、学校っていう宗教団体の問題を映す鏡なんだ。

裁く心を捨てなよ。裁いちゃった、って裁く心をまだ持ってるぞ。裁いちゃいけないって裁くのをやめろよ。裁いていいのか? 本当に裁く心を捨てたら完全自由なんだよ。疑っちゃったらすぐやめる。自分の思うこと、自分がすることを一切判断しないことだよ。一切、って言ったら、一切だぜ。一つでも判断したら終わりだよ。『いいのかどうか?』って誰に聞いてるんだよ。誰が駄目だって言ったんだ? 自分が自分に言ったんだろ。それを全部やめろって言ってるんだよ。駄目だって言ってる自分を殺すんだよ。駄目だって言ってる自分を無視するんだよ。君が無死してなきゃ21世紀に生きることはできないんだぞ。自分で自分をФの○×で判断して勝手にやらないだけだろ。『本当の自分って何なんだろう?』って言ってるのが本当の君だよ。悪裁くが悪。神世に悪は無し。完全に「裁き」をやめたら、君の映画(人生)は「完全天国」だよ。すべてがうまくいくんだよ。

                               ウナム

元つ話1067 死んで生きる仕組み

2014-06-16 Mon : 長谷章宏語録 
事故や犯罪の取締りを強化して減らしても0にはならないだろ。いたちごっこだよ。『問題が増えるからこの先は~』って段々悲惨な未来になるだろ。未来の状況を避けようとして今アレコレ考えてもみんな行き詰るだろ。反対反対。「取締り」自体が「悪を裁く悪」なんだよ。『悪を避ける』のが悪の素なんだよ。悪と戦っていて平和的解結なんてできるわけないだろ。軍隊を使わないのが平和かい? 心の平和が本当の平和なんだよ。君の霊界が平和じゃないと君の次の世界にゃ平和はないよ。心に平和がなければ死だよ。戦いの霊界(幽界)は消滅だからね。君の悪を開くと灰汁が出て魂が澄むんだよ。膿出して産み出す。鏡開きは彼我身開き。鏡=境。鏡開=境界。Фに焦点を当てれば21世紀は消点(消天)だよ。消えちゃうぞ。⦿に焦点を当てれば21世紀は笑点(昇天)だよ。天国の住人だ。Фは「停念退色」だぞ。イノチ停止して形の世も退くんだよ。私欲=死欲。死考Ф=死行。

無駄遣いしてる奴が省エネって言ったって茶番だろ。事故を想定した訓練をしてる世界は事故がある世界だろ。全員の肉体を助けられるのかい? 君たちの理屈じゃ、全員を無傷で助けるのが平等なんだろ。誰かが死ななきゃ対応できないなら、平等じゃないだろ。人間には無理ならなんでやるんだよ。対処療法しかできない奴らに誰も怪我しないで災害対策なんて考えられるわけないだろ。誰も怪我しないなら災害はないだろ。怪我するなら災害がある、災害がないなら怪我しないんだよ。Фの掃除の世で怪我を避けられるわけないだろ。死んで生きる仕組みだよ。長谷は全員助かる方法を提案してるんだけどね。人間には無理だけど、神さまにはできるんだよ。神さまがやるってのは宗教でも言えるけどね。神さまが大掃除をするんだけど、人間が何をすればいいのかも具体的に提案してるんだよ。魂のレベルで考えなくちゃ全員を助けるのは無理だよ。霊主体従なら全員も可能。

                              ウナム

元つ話1066 霊界で動いてる結果の方をいじくって原因が直るわけないだろ

2014-06-15 Sun : 長谷章宏語録 
文句があるならやめろよ。欲しいけど、怖いから勝手に屁理屈をこねてんだろ。君が欲しくないものなら、文句も言い訳も出ない筈だぜ。興味の無いものは無視するどころか眼中にないだろ。値段を負けろとか、サービスを良くしろとか、何を言ってんだい? 君が⦿ならどんなシステムだって文句出ないんだよ。Фしておいて相手のシステムを自分の都合よく替えて、オイシイところだけ頂こうなんて、よくもまあ、ずうずうしいことができるね。君が⦿してたら君は何も勉強しなくていいんだよ。Фしてるなら黙って掃除しな。神さまの天国の方法を都合いい所だけ食べても天国はないぞ。100%食べて天国さ。

君は何て言ったら自分の責任を認めるのかね。何を見せたら改心するのかね。いつになったら神さまの言うことを聞くんだ? 災害防止や自然破壊防止や犯罪防止や疾病予防云々なんてできるわけないだろ。霊界で動いてる結果の方をいじくって原因が直るわけないだろ。ぜんぶ君の幻想だよ。神さまはもう堪忍袋の緒が切れてんだよ。今まで黙ってたけど言ってわからなきゃ手も足も出すぞ。神さまは3000年間じっと我慢したんだからな。痛いところは避けて生き延びようってのは全く逆だよ。生き延びようとすれば死さ。君が今までしてきたことに責任を取るんなら、壊れて痛んで損して黙って魂⦿を磨けよ。

                       ウナム


元つ話1065 神さまは土だって食べられるようにしてあるんだよ

2014-06-14 Sat : 長谷章宏語録 
『わからない』『先行き不透明だ』(?)そりゃそうだよ。今の問題ってのはね、君が逆さまをやってる限りは、解結はしないどころかますますオカシクなっちゃうんだよ。先に行くほど何がどうなってんだかわからなくなっちゃうんだよ。解結策を練る前に問題が出て来て、最期は対応不能になるんだよ。危険を避けよう、厄を祓おう、悪を潰そう、損を止めようってやってるってことは君がそういうものを持ってるってことだろ。自分の理屈、自己満足、自分勝手、人のせい、人と関係あるかないか、自分の都合で使い分けてるだろ。私=死。魔釣りФはいくらやっても行き詰るだけだぜ。真釣り⦿からどんどん離れるだけだよ。最期は永遠の思考停止、永遠の社会停止だよ。神さまがФを禁止すれば動けなくなるぜ。大掃除して新年を迎える? 何回同じことを繰り返してるんだい。厄祓いしても幸せにならんだろ。本当に厄がなくなったら、一切の悩みがなくなるんだぞ。

君のしたいことをやり続ければいいだけだよ。君がやりたいことを止める理由はなんだい? 君が『これだ』『こうだ』って思うことをどんどんやればいいことだろ。君が自分で勝手に諦めてるだけだろ。もう駄目だ、時間がない、死んじゃう、って決めてね。審査基準は勝手に決めてるんだろ。どんな体験をするかは一人一人違うんだよ。あいつができなかったから? あいつができたのに? 全く関係ないね。君がやるのは初めてだよ。君がやろうとしてることはどういう展開でどういう形でどういう順番でどんな形でできるんだい? 君は何がどうなるか100%わかるのかい? 神さまは完全自由だよ。君が何かしてるんじゃなくて、神さまが君に天国を体験させるんだ。⦿やり続けりゃ天国だよ。

自分の肉体の中に細菌がいるだろ。君の飼ってる菌は善にも悪にもなるんだぜ。君たちが、病気や死を避けるために、どんなにビールスや細菌を研究しても、やっつける方法を考えだしても、どんどん強くなるだけだぜ。君たちが抵抗不可能だってアタマを下げるまでね。なにせ神さまの子どもだからな。最期は君自身の中の最強の細菌と戦うんだぜ。逃げるところはないだろ。肉体の死は死じゃないんだよ。最期は君の肉体に栄養があるだろ。神さまは土だって食べられるようにしてあるんだよ。死を避けるより掃除をしたら?

                           ウナム

元つ話1064 禁断症状を辛抱して少しづつ直して永遠の天国に生き返る

2014-06-13 Fri : 長谷章宏語録 
君が21世紀に生き残ってたら薬が効いたんだよ。21世紀にならなかったら効かなかったんだよ。ま、君が消滅しちゃったら効いたかどうかはわからないけどね。君たちは、「永遠の天国を創る神芝居」がまだ全部終わってないのに、途中で『薬が効かなかった』って文句言ってるんだよ。最後まで待ってろよな、まったく。勝手に診断して文句を言う奴は21世紀には行けないぞ。『俺は病気じゃないよ』って言ったって、問題や悩みを一つでも持ってる奴は永遠の天国から見たら病気だろ。肉体をいじくって直そうったって無駄なことだ。自然治癒力ってのは神さまの力なんだよ。君の本当の病気ってのは、君自身が⦿しなきゃ絶対に直らないんだよ。21世紀には病人Фも怪我人Фもいないんだよ。

長谷先生は薬のリストを渡せるだけだぜ。君が選んで君が飲むんだよ。病気を創ったのは君だからね。長谷先生の薬は正神病の特効薬、魔薬の解毒剤だぞ。魂の癌を完全に直す究極のワクチンだぜ。すべての病を完全治癒する究極の薬だぜ。天国に生き返ればすべての問題は消えてるんだよ。病気や問題(悪や不都合)が直ったのと同じだろ。君自身が⦿することが薬なんだよ。君が君に投与し続けるなら絶対に効果があがる、全員に使える不老不死の薬だよ。君が重症なほど、副作用は強いぜ。君の麻薬中毒が重症なほど、禁断症状は厳しいぜ。君がどんなに薬を飲むのを避けても、最期は子どもを助けるために究極の特効薬を神さまが直々に強制投与するんだぜ。結局は、治療の苦しみは避けられないんだよ。今から少しづつ投与して直すか、最期の強制投与で地獄の苦しみを味わって死ぬか、どっちにするんだい? どうせ苦しむんなら、今から自覚してハラを括って覚悟して、禁断症状を辛抱して少しづつ直して永遠の天国に生き返る、ってぇ方を選んだらどうだ?

物質の薬で、物質の治療法で、魂の病気が直るのかい? そんなこともわからないようじゃ、君は重症だぜ。肉体をアレコレいじくっても、形だけ治しても意味がないんだよ。肉体を治そうって思考を直すんだよ。形の悪を潰して天国を創ろうってやり方を直すんだよ。心の治療ってのはね、君の魂のФのお掃除のことなんだよ。君たちはいろいろな治療法を考え出すけど、本当のお掃除ができてない奴が、他人の病気を直せるのかい? 物質世界や幽界のやり方で魂の掃除をするなんて不可能なんだよ。誰かに掃除をしてもらおうなんて無理だよ。誰かに何とかしてもらおうとしても悪化するだけだよ。形を保持(維持)しようとすればするほど、神さまに反抗してる(天国を拒否してる)ことになるんだ。

                             ウナム

元つ話1063 形の世界の『悪避けゴッコ』の宗教

2014-06-12 Thu : 長谷章宏語録 
癌の肉体を延命したって、結局は、魂がФなら永遠の死だよ。どんなに痛い目や崩壊を避けようとしたって、自分がしただけのことは逃げられないんだよ。この世が辛いからって自殺すればもっと厳しいことになるんだよ。死んでも死んでも死んでも君自身は死なないから、ここで生活してるのと同じように体験するだけだから、掃除して死なない限り、どんどん悪くなるだけなんだよ。今回は、この肉体ですべてを清算しなけりゃ生まれ変わるところはないんだよ。素直に壊れて痛い目みて自分のしてきたことを清算すれば、君が自らルール違反を清算して⦿に戻れば、新しい肉体に交換して新しい世界で本当の永遠の天国に生き返るんだよ。死の無い世界で本当の不老不死さ。魂の植物状態にあるのは君自身だぜ。今のままなら「永遠の死」が待ってるだけだよ。魂の癌Фの特効薬は⦿だよ。

鏡に映ってるものは、スクリーンに写ってる映画は、君のシナリオが基なんだぜ。君が呼んでるものがきてるんだぜ。君が悪を創ったから悪が鏡に映ってるんだよ。君が悪を『あっち行け』ってやったら、あっちへやっただけ悪が来るんだよ。君が悪をもってると、悪がやって来て、『早く君の悪Фを掃除しろ』って教える仕組みなんだよ。『悪(厄/苦労/悪魔/鬼)はあっち行け!』って言うだけ自分の天国を遠ざけてるんだぜ。逆、逆。天国の種の悪だから、悪にも感謝だろ。君がいつかどこかで誰かに食べさせただけの悪を君が食べなけりゃ君はそのままいったら死ぬんだぜ。悪の製造元は君だよ。悪を持ってるよ、って教えてくれてるんだから、感謝しかないんだよな。責めたら悪が来るばかり。

君の回りにあるものも長谷先生の話も自分が自分を直すための道具だよ。薬だよ。薬に文句言ってたら飲めないよ。医者は肉体をいじくることはできるけど、霊能者は幽体をいじくることはできるけど、魂を直せるのは自分自身だけだぜ。どの薬を飲むかは君が決める事柄さ。『安全なら飲むよ』だって? おいおい、君が飲まなきゃわかんないだろ。飲んでから効かなかったら損害賠償を請求する積もりかい? 最期の損害賠償は君が君自身にするんだぜ。あくまで損害賠償して欲しいなら最期は君の体験で君に賠償して差引0で消滅さ。誠の⦿薬が効いたかどうかは最期の最期にわかるんだよ。肉体の健康管理をしたって、⦿なければ、最期は死だよ。健康管理して自由を制限すれば病気のまま死だよ。君がしたいことを肉体を保つ健康のためにやめるんなら、結局は、永遠の健康を捨てることになるよ。形の世界の『悪避けゴッコ』の宗教をいつまで信じてるんだよ。バカだな。

                         ウナム

元つ話1062 悪魔があっての神は神ではない

2014-06-11 Wed : 長谷章宏語録 
天国の者が集まって天国ができる。みんなが天国になるのではない。天国に独りだけ、ということもあり得る。違反を清算した者だけ、が天国に戻れるのである。つまり、違反を清算した者が1人も居なければ、天国には誰もいないこともあり得るのである。本当の天国は、神だけの世界である。人間の社会で法律を破ったら、娑婆で自由に生きることはできない。ただ、今までの世は、権力者が好き放題に振舞える世であるから、法律を破っても自由になることはできる。しかしそれは、今世の表面上のことであって、実際は、不自由になっているのである。同じように、神が神の決まりを破ったら、その違反を清算しなければ、神の世界には生きられない。神の決まりは厳格である。違反者は、万象万物の破壊者であるから、滅びである。神の掟には天国か滅びしかない。今までの世は、執行猶予の期間だったから、懲役だの禁固だの罰金だのが存在したが、実際は、時空はないから、違反即滅び、即ち、違反者は表に現れることはできないのである。神の世は始めから自由で天国なのである。ここで言う神は、今の人類が考える神ではない。分離した世界の神は、神ではない。悪魔があっての神は、神ではない。神が神にすがるのはおかしい。神が神を信仰するのはおかしい。神が神と戦うのはおかしい。それに気づかなければ、真コトを知らない魔コトの神を信仰したまま、破滅するのである。自らが破滅の道を選べば、自らは破滅の道を歩むのである。現世的に言えば、自分の思いはすべて形になるのである。

         【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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  参考までに〈「実践・日本真道」P155より抜粋)
本当の宇宙創造神とは一体どんな存在なのか。その答えは、日本にある。日本独自のものとして、宗教学では神社神道と区別されて新興宗教である教派神道として扱われるが、元つ真釣りの立て替え立て直しを知らせる金光、黒住、天理(おふでさき)、大本(大本神論)、日月神示、火水伝文の一連の流れの「神示」がある。これらは、世界をすべて束ねる元つ大神が取次ぎ者を通して時代に合わせて降ろした、神の世界の真実を語った言葉を書き記したものであり、言わば、科学も含めたすべての宗教を統合する教典、西洋風に言えば天地創造神の預言書である。神が語っている形なので、宗教に分類されるが、正確には宗教でも神道でもなく、神話も含めた人類の歴史の裏の裏に封印された、現代社会の本当の姿、本当の天国の正体を明かし、一人一人の生き様を振り返り、本当の世界平和をもたらす術を語る文献である。

 

元つ話1061 責任転嫁は自らの破滅を意味する

2014-06-10 Tue : 長谷章宏語録 
音声や文字として認識できる言葉は一つであり、その意味も元は一つである。誤解や、取り違い、議論はあり得ない。それがあるならば、両方とも取り違えた解釈である。双方とも、見ている世界に制限がある。すべてを包含する見方が元の見方である。本当の世界には言葉はない。映像と言葉は一体である。言葉と映像は分離しない。「考える」という作業は存在しない。思考に同調して映像が変わるだけである。あなたが存在する元の世界は、映像と言葉が一体の世界である。言葉が映像の仲立ちをすることはない。この世で言う、テレパシーである。文明の象徴とも言える文字は、実は、最も分離した世界の道具である。映像を言葉で説明することは困難を要する。テレビは走査線が映像を再生する。映像を文字で説明すると、その文字から映像を再生するのには時間がかかる。一つの映像を文字で書く、そして、それを読む。読むというのは映像の再構成である。映像を文字にし、文字を映像に再生する。文字を読む者にフィルターがかかっていれば、映像はゆがむ。一つの言葉には無限の映像をあてはめることができる。言葉と映像の不一致が、議論の基である。

自分の中の天国と現実を一致させることが天国に戻ることである。自分のフィルターを透明にする、めがねを外すことが、天国に戻る方法であり、自然の法則違反を清算する方法である。元の一つを直せば、すべてが直るのである。バラバラに解決しようとすると、ますます分離が進む。すべてが同時に進む。すべてを元に戻すということは、分離したものをすべて統合することである。すべてを一つに戻すことである。すべてが一つに収束する。収束するというより、それしかないのである。あなたが分離している悪は、本来は分離できない。悪を分離した分だけ、戻る悪が強化されるのである。恐れを避ければ、もっと恐ろしいものが来るということである。自らが自然の掟に反した結果生み出したものを排除するならば、それは、自らがしたことを認めないということである。神は自らがしていることの責任をとる。というよりも、自らの思い通りに産み出せるから、責任という概念は無い。違反はないから責任もない。『責任を取らせる』という思考は、言い換えれば、責任転嫁の思考である。自分の違反の責任を他人に取らせるということである。本当の意味では、責任転嫁をすれば、違反が進むから、自分のためにはならない。この世的には、「得」であるが、本当の意味では、責任転嫁は、自らの破滅を意味する。それぞれが自分の責任を取る世界であるから、自分が責任を取らない限り、それは自分だけの破滅を意味する。

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元つ話1060 人の数だけの世界が重なって同時に存在している

2014-06-09 Mon : 長谷章宏語録 
本来は時空はない。時間という概念も、空間という概念も、自分が信じているイメージに過ぎない。霊の世界には時空は無く、同時同空である。すべての周波数が同時に存在する。すべてが今ここにある。正確に言えば「今」も「ここ」もイメ―ジできない。時空を作っている者にとって、この状態は「無」又は「死」を意味する。「完全孤立」の感覚である。この感覚が「完全自由」、すべてを作り出す力の存在する場所である。時と所(空間)を生み出す、源である。この感覚を避け続けると、相互依存の世界が完成する。今のあなたは、本来の源の一つの響きを細かく分離して見ているだけである。一つの響きの一部分を分離して受け取っているのである。テレビで自分があわせた周波数の画面を見る如く、自分の持つ周波数の世界が自分の世界である。それは他人には適用できない。実際には膨大な周波数の番組が同時に存在しているのであるが、同じ材料を使っているから、それが同じ世界に存在し、同じルールを適用できると思っている。あなたの見ている世界は、あなた独自のものであり、言うなれば、人の数だけの世界が重なって同時に存在しているのである。

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元つ話1059 議論していること自体が分裂思考を持っている証し

2014-06-08 Sun : 長谷章宏語録 
真コトは一つの響き、魔コトは分裂の響きである。どう仮面を付けようと、基が魔コトである限り、それは分裂の響きである。真コトは感謝、魔コトは身欲である。感謝と文句が同居する感謝ならば、それは自らのご都合による感謝である。これをしている限り、真釣り戻しの情けに感謝することはできない。自分に訪れる苦の響きに感謝することはできない。苦が返る仕組みを作らなければ、永遠の破滅なのである。苦というのは、本当の死の危険を知らせる、魂を助けるためのお知らせである。『苦に感謝するのはおかしい』と言うなら、あなたは永遠の滅びである。このことが本当に納得できるには、生死損得を捨てて(すべてのアヤマ知を捨てて)、他人に何と言われようと、世間の常識がどうあろうと(実際は、根拠のない幻想であるから、それを実体だと思っている自分をおとなしくさせるだけであるが)、例え殺されるかも知れないと思おうと、自分が真実だと思う通りに正直にやるしかない。実践して癖にしたことは、実践して癖を直すしか方法はない。いつまでも、アタマの論理のお遊びでわかった積もりになっても意味はない。ますます混乱するだけである。議論していること自体が分裂思考を持っている証しであり、議論が激しくなることが、アタマの思考の限界が近いことを示しているのである。いずれ、形となり、実際の殺し合いを体験することになる。今は『自分はそうならない』と思っているかもしれないが。

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元つ話1058 横綱と子供の相撲

2014-06-07 Sat : 長谷章宏語録 
『戦争は許せない』と言う。しかし、本当に真コトがわかっている者がやるのなら、それは遊びである。戦争ごっこである。泥棒ごっこをしている子供は、自分がごっこ遊びをしていることを知っている。自分を本当の泥棒だとは思っていない。戦争ごっこをしている子供は、死んだフリをしているだけである。今は「殺した積もり」の遊びであるが、本当の天国では、本当に本物で遊べる。『殺しても死なない』とわかっている世界だからである。

永遠の天国の神が、戦争を作ることもできる。戦うことがタブーならば、今の世界は存在することはできない。「戦い」の意味が違うのである。何のために戦争をするのか、何のために戦うのか、何を目指して戦うのか、である。真コトと魔コトの戦い、ハラとアタマの戦いでは、戦っているアタマの方は、自らの生存を賭けて戦って本気で勝とうとしている。しかし、ハラの方は、アタマがどう足掻いても絶対に勝てないとわかっているから黙って戦わせておく。横綱と子供の相撲である。横綱は、子供とは本気では戦わないのである。

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  参考までに〈「実践・日本真道」P155より抜粋)
本当の宇宙創造神とは一体どんな存在なのか。その答えは、日本にある。日本独自のものとして、宗教学では神社神道と区別されて新興宗教である教派神道として扱われるが、元つ真釣りの立て替え立て直しを知らせる金光、黒住、天理(おふでさき)、大本(大本神論)、日月神示、火水伝文の一連の流れの「神示」がある。これらは、世界をすべて束ねる元つ大神が取次ぎ者を通して時代に合わせて降ろした、神の世界の真実を語った言葉を書き記したものであり、言わば、科学も含めたすべての宗教を統合する教典、西洋風に言えば天地創造神の預言書である。神が語っている形なので、宗教に分類されるが、正確には宗教でも神道でもなく、神話も含めた人類の歴史の裏の裏に封印された、現代社会の本当の姿、本当の天国の正体を明かし、一人一人の生き様を振り返り、本当の世界平和をもたらす術を語る文献である。

元つ話1057 簡単に言えばあなたは『天国を破壊することは問題ではない』と言っている

2014-06-06 Fri : 長谷章宏語録 
問題とは、自分の生死に関わる事柄、自分の生存が左右される状況のことを言う。地球環境や、戦争や、経済破綻や、国の崩壊が問題ならば、あなたが、その世界の中で自分を生かそうとしているということである。その世界は天国を破壊した世界であるから、『天国を破壊した世界を破壊することは問題だ』と言っている、言い換えれば、『地獄の維持を妨げることは問題だ』と言っていることになる。簡単に言えば、あなたは『天国を破壊することは問題ではない』と言っているのである。しかし、あなたは、天国を作るために問題を解決しようとしているのであるから、これは矛盾する。つまり、本当の天国を知らずに天国を作ろうとしているのは明白である。あなたは、ウソの天国創造の空想劇を実体のある世界と錯覚しているのである。テレビゲームの3D、3D映画の現実を本物だと思い込んでいるのと同じである。実際には、その3Dが終わった世界、スコープを外した世界が現実の世界である。映画館を出た世界が本当の世界である。自ら嵌めた嘘は自らしか外せない。

あなたは、3D映画のままで、現実世界を創ろうとしているのである。しかし、その映画は、誰かの仕組んだプログラムで作られている。その誰かの意志が変わらなければ、プログラムは変わらない。プログラムが変わらないならば、物語は変わらない。映画を見ているあなたには、映画そのものは変えられない。その3D映画のテーマが「光と闇の戦い」ならば、どんなに場面が変わろうと、題材が変わろうと、そのテーマ自体は変わらない。「本当の天国」がテーマならば、そこには戦いはない。バトルにどっぷりと漬かると、永遠の天国はつまらなく見える。しかし、永遠の天国でもバトル遊びをすることはできる。子供の遊びを本物を使ってできるのである。どんなに壊しても許される映画の世界を現実として体験できる、映画も現実も一つになった世界である。何回死んでも死ぬことはなく、何回壊してもなくならない。あの世とこの世を分裂させたままの世界、つまり、生死時空がある世界では、それは不可能である。今の思想のままでは本当の天国は永遠に実現しない。
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元つ話1056 問題は 「問題だ、と思うその思考を握っていること」である

2014-06-05 Thu : 長谷章宏語録 
問題のないところにわざわざ問題を作り出し、それを解決するというゲームが、何千年も続いている。視点を変えれば、現代社会には、問題は何も無い。限定した視点、思想に基づいた考えで、問題にしているだけである。すべての現実は、それぞれが自分で作り出しているのである。他人には問題であっても、自分には問題ではない。自分の問題を全体の問題の如く語り、他人に問題視するように仕向けても、それは叶わない。そういう自分と同じ思考をしている者が、問題視してくれるだけである。自分の苦しみをわかってもらおうとしても無駄なことである。自分の苦しみを他人に体験させることはできない。『わかってもらえない』と思う自分がイライラし、苦しみを増すだけである。自分の考え方が全員の考え方、普遍的な考え方であると思っている自分が生み出した自業自得の苦しみである。誰かに苦しみを分かち合ってもらおうとする態度こそ、社会を混乱させる傲慢であり、本当の意味で迷惑な振る舞いなのである。マスコミが問題を提起したとしても、それは、それを問題だと感じる者にとっての問題である。人類全部の避けては通れない問題は、「問題だ、と思うその思考を握っていること」である。この世界(肉眼で見える、肉体で体験する物質の形の世界、言い換えれば、この世)に固執すること=この世で生き残ろうとすることこそが、人類共通の、歴史上唯一最大の迷惑であり、すべての問題の産みの親である。

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元つ話1055 力を行使される者がおとなしく従っているから力を使えるだけ

2014-06-04 Wed : 長谷章宏語録 
略奪の世界では、全員が借りを持っている。借りなければ思い通りの形にできない世界で、生殺与奪の権を、政治権力や銀行、親や教師や教祖が、誰かが握っているというのはおかしい。自らで産み出せない者が、誰かを生かすことはできない。相互依存の世界では、支配者も被支配者に支配されている存在である。誰も、本当の意味で、力は持っていない。力を行使される者がおとなしく従っているから力を使えるだけである。自分に力があると思ったら大変な取り違いである。いかなるものも、同意無くして動かすことはできない。人間でも霊でも同じことである。真コトに生きる者には、一切の脅しは通用しない。それをすれば、脅した側が恐怖を、苦痛を、苛立ちを感じることになる。この世界での問題(争い)は、力と力の征服合戦の結果であり、見える形に原因があるのではない。権力者も大衆もお互いがお互いを生かしているのであるから、どちらが偉いか、正しいか、悪いかの比較は意味がない。このシステム、思想自体に同意している各自に責任があるのである。

      【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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  参考までに〈「実践・日本真道」P155より抜粋)
本当の宇宙創造神とは一体どんな存在なのか。その答えは、日本にある。日本独自のものとして、宗教学では神社神道と区別されて新興宗教である教派神道として扱われるが、元つ真釣りの立て替え立て直しを知らせる金光、黒住、天理(おふでさき)、大本(大本神論)、日月神示、火水伝文の一連の流れの「神示」がある。これらは、世界をすべて束ねる元つ大神が取次ぎ者を通して時代に合わせて降ろした、神の世界の真実を語った言葉を書き記したものであり、言わば、科学も含めたすべての宗教を統合する教典、西洋風に言えば天地創造神の預言書である。神が語っている形なので、宗教に分類されるが、正確には宗教でも神道でもなく、神話も含めた人類の歴史の裏の裏に封印された、現代社会の本当の姿、本当の天国の正体を明かし、一人一人の生き様を振り返り、本当の世界平和をもたらす術を語る文献である。

元つ話1054 この方を制限の神にするから そなた自身が不自由になるのぞ

2014-06-03 Tue : 長谷章宏語録 
心は自己の師なり。そなたの心がそなたそのものでござるぞ。そなたの心をそなたが制限して居るからそなたの心が実現しないのでござるぞ。そなたの心に制限を付けて居るのはそなたでござる。そなたの身魂がそなたの心。そなたの心を体で形にするが人間と申す遊びでござる。嬉し嬉しの遊びを嬉し苦しの遊びにしたのはそなた自身でござるぞ。そなたがそなたの心を素直に行動すれば、そなたがそなたにすべて教えてくれるぞ。この方がそなたの心を通して教えるぞ。この方が必要なものはすべて用意して差し上げるぞ。

この方は何の戒律も設けてござらんぞ。そなたらがこの方の申すことを勝手に取り違えをして勝手に創りだしただけでござるぞ。この方に戒律ないから、取り違えもできるのぞ。そなたらは人の間違いを許せんと申して、学校とか刑務所とか申して強制的にФの◑◐で矯正しようとなさって居るが、この方はそなたらの大きな取り違えを黙って見ておるぞ。黙って不都合を渡して、自ら改心するまでほおっておいているのでござるぞ。法律違反した者を死刑と申して殺しておるが、この方は⦿の掟違反をしてきたそなたらの死刑を、そなたらのツケの支払いを、三千年間、猶予しておるのぞ。一括清算の時が迫っておるぞ。早う目を覚まさんと、マコトの死刑台が待っておるぞ。

そなたが分かった真コトを演じれば、そなたの演じたことが形になるぞ。そなたがそなたの制限を外せばそなたは何でもできるのでござるぞ。この方に制限を嵌めるから、この方を制限の神にするから、そなた自身が不自由になるのぞ。今ここから全部自由にしてくれよ。そなたは身魂でござるから、オワリはないぞ。⦿に制限は一切無し。

                    十日立

元つ話1053 人に合わせて自らを演じることはないぞ

2014-06-02 Mon : 長谷章宏語録 
そなたは、そんなものは信じられんと申して居るが、「そんなもの」を想像しておるぞ。心で見て居るぞ。目の前で見て居るぞ。そなたは何故に自らが見て居るものを疑えるのか。人が申すことはその者の心にあるものぞ。人が申すことはこの方が申すことがその者の肉の身を通して形に成ったものでござるぞ。この方がその者を通して語って居るものでござるぞ。そなたが批判し、否定し、疑うものは、そなたが見ておるものぞ。聴いておるものぞ。そなたが見たものはすべてこの方の言葉が形に成ったものでござるのぞ。そなたが見たもの聴いたもの想像したものを疑うのは、この方を疑うのと同じでござるぞ。

人に合わせて自らを演じることはないぞ。そなたがしたくないことを何故にして居るのでござるか。人から無視されるとそなたが困るのならば、そなたは自由でござらんぞ。今までのそなたの態度がその状況を創ったのでござるぞ。そなたには制限はござらんぞ。そなたが自由でないのは制限がござると申す魔釣りに囚われたそなたのせいでござるぞ。そなたには死も終わりもござらんぞ。そなたが魔釣りのままなら、死も終わりもあるぞ。

そなたの現実や体験を証明する必要はないぞ。○○と思わせようとすることもないぞ。人に○○と見て欲しいと申すのもそなたの身欲と申すもの。人はそなたが何と申しても、どんなに言葉を尽くしても、その者の見たいように勝手に思うぞ。どのような見方をするかは自由でござるぞ。そなたも人も同じでござるぞ。自らの思っていることを分かって欲しいと申すのは、そなたの自分勝手ぞ。そなたは自分の見方を人に強制しておるぞ。そなたの行動を伝える、証明する、分からせる、知らせる、報告する義務はござらんぞ。人にアレコレ教える必要もないぞ。ある遊びの中だけで通用するゲームでござるぞ。

                      十日立

元つ話1052 そなたの身魂が魔釣りでござるから形の体や世界が壊れるのでござるぞ

2014-06-01 Sun : 長谷章宏語録 
そなたに制限をはめて居るのはそなたでござる。この方は何の制限もして居らんぞ。そなたらは制限がないから何でもできるのでござるぞ。この方はすべてを許して居るぞ。悪を裁くそなたが悪ぞ。この方が許して居るものをそなたは制限するのか。そなたが真釣りならば、外の悪は影響ござらん。そなたから死は消えるぞ。したことが返るだけでござるから真釣り外しはその者が滅びるだけぞ。身魂の滅び。そなたとは何の関係もないぞ。そなたはそれがしたいのか。そなたは芸術家。そなたは俳優。見事な作品でござるなあ。

そなたが壊したものは直せよ。身魂の体を壊した魔釣りを真釣りに戻せよ。それが自らがしたことに責任を取ると申すことでござる。そなたの身魂が魔釣りでござるから、形の体や世界が壊れるのでござるぞ。病気や破壊が進むのでござるぞ。破壊の原因はそなたの魔釣りでござるぞ。身魂の掟破りでござるぞ。早う魔釣りをやめんとそなたが滅ぶぞ。外の世界の修繕はこの方が引き受けるから、そなたはそなたの身魂を掃除してくれよ。結果をいじくっておらずに原因を直せ(正せ)よ。

どんなよい言葉を学んでも、生き方を学んでも、それを実行せねば何もならん。食べて実にせよ。霊が食べたものを身に降ろせよ。身に降ろして実になるのぞ。そなたが学んだものを応用しろと申すことでござるぞ。心で食べて、食べた通りに動いて、体で験(たしか)めよ。そなたの栄養と成るぞ。心で食べたものを体で演じよ。霊と体を一致せよ。演じれば心が形となるぞ。出来ないからしないと申すからできないのでござるぞ。できないのはそなたがしないからでござる。そなたの心と形を一つにしてミロクでござるぞ。

                   十日立


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