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元つ話1173 ゼロから遊び直す計画に乗る最期の機会

2014-09-30 Tue : 長谷章宏語録 
人間は全員、物質で遊ぶ芸術家だよ。遊び方を間違ったから平和国ができなかっただけだよ。形の間違い●を裁くのが間違いФの証拠だよ。間違え者が間違えを裁くなんて茶番だよ。神さまが遊び場と服を取り替えるから暫く今のまま辛抱して遊んでな。霊界はずっと有り続けるから、君が神界に戻れば何回でも物質化遊びの続きができるんだよ。肉体を交換しても君の映画は続くんだよ。君には死はないんだぞ。死っていうイメージも君の作品だから『死はない』って言わない限り、君にはもう天国はないよ。君自身⦿が生きてれば何回でも遊べるんだぞ。今世は神さまが大掃除してゼロから遊び直す計画に乗る最期の機会だよ。天国遊びに参加するか、神さまに食べられるか、どっちか一つに決めな。君の問題だよ。問題問題って言うけど、君の最大の問題は21世紀に行けるかどうかだろ。

君が今することは、人の問題にチョッカイを出すことでもなく、社会のシステムを変えることでもなく、お金の収支決算をすることでもなく、悪人を潰すことでもなく、誰かを助けることでもなく、地球環境を議論することでもないぞ。⦿の世界に生き返れるかどうかってぇ世紀の大問題は一人一人が解結する問題だよ。君がどうするかだよ。誰にも助けて貰えないし、誰も助けられないんだよ。助けたり助けられたりできるってのは幻想だぞ。今ここでやり直しに同意するか、まだ抵抗して物質世界に残るか。この世界を何とかしようとしても、神さまの大掃除は変わらないから、神さまの仕組みは動かないぞ。残る=死だよ。『そんなバカげたことは~』『そんなことは嘘だ』って言えるのも後少しだよ。『そんなことは~』って言えば堂々巡り。お好きなだけどうぞ。もう長谷先生には手に負えないから、後は勝手にやってくれよ。長谷先生が君に教えることはもう何もないよ。

『思い出』『体験』『過去』って言ってる映像が君の本当の財産だよ。物質が壊れても体験は残るだろ。体験は永遠に作り出せるんだよ。ただし、今回は⦿しなきゃ全部終わりだよ。本当の財産が全部なくなる本当の自己破産だよ。21世紀はゼロから創る満たし合いの天国だから、資源泥棒や体験泥棒や自由泥棒のФはゼロで終わり、⦿ならゼロからやり直しで、今までの財産も継続だよ。⦿にとっては人類の歴史は残る。Фにとっては人類の歴史も自分も無かったのと同じだよ。終わりと成すも始めと成すも君次第だぞ。君自身には終わりも始めもないんだよ。Фの心の世界を⦿に戻せば始めと終わりがくっついて永遠になるんだよ。魂の産まれた時は⦿。Фしたからだんだん壊れていったんだよ。世界のФは今回の転換で⦿に戻る。君がФなら君は消滅。君が⦿すれば神さまの⦿と連結して、元の始めの⦿と21世紀の始めの⦿が連結して、結局は永遠無限の世界の復活だよ。永遠の死か永遠の生か、どっちか一つの究極の選択だぞ。今を逃したら二度とないんだぞ。

                        ウナム

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元つ話1172 物質の世界の問題は君のしてきたことの結果

2014-09-29 Mon : 長谷章宏語録 
長谷先生は「⦿憲法」に従ってやってるから、⦿違反(=Ф)してる君の言うことは一切聞かないからそのつもりでな。この手紙を読んでる君の「⦿違反」は動かない事実だから、長谷先生の言うことにとやかく言える資格はないぞ。君が⦿違反しなかったら、君にはこの手紙は必要ないよ。読んでるなら手紙の内容に対してツベコベ言ってるのはオカシイんだよ。⦿違反してなかったら、君は制限の世界にはいないし、神さまが許してなかったら、とっくのとうに「死刑」なんだぞ。つまり、君が今ここにいるってことは⦿違反の清算をしてる証拠だよ。長谷先生がどんなに汚ね~言葉を使ったって、脅しをかけたって、侮辱したって、文句言える筋合いじゃねぇ~だろ。君も今までそういうことを一回でもやったことがあるだろ? やったことあるなら異論はないよな。文句が⦿違反の証だぞ。

君が都合が悪くなるのは君のせいなんだぞ。自分がしてることをよ~~~く考えろよな。長谷幽霊に『殺すぞ』って言っても、茶番だろ。君が殺せるのは自分だけだよ。長谷先生の肉体を壊したら、神さま⦿コンピューターを壊すのと同じだから、君が情報を貰えないだけだよ。え? 『長谷は殺されないように守ってるんじゃないのか?』だって? バカこけ! もう一回、題名から全部精読してこいよ、大バカ者の単細胞ロボット諸君! 神さまを無視したら21世紀はないんだぞ。全部物質次元の思考の議論じゃ何もわからないまま21世紀前の大掃除でいなくなるぞ。神さまの産んだ魂が神さまが着せてくれた肉体を通してイメージを物質の世界で表現したのが人間の社会だろ。言葉、もの、形、絵、音楽、踊り、ビル、飛行機等々、神さまの世界のものを肉体を通して物質の人間の世界に表現しただけだよ。失敗したらやり直し。人の失敗を責める奴は失敗してる自覚無しだな。⦿の自覚がなけりゃ21世紀なんて幻だ。魂がФなら物質世界の大失敗の大掃除を神さまにしてもらってまたやり直せばいいんだよ。⦿してたら長谷先生の本も神さまの大掃除も何も関係ないんだよ。21世紀になったら再スタートだから、後4年ぐらい今のまま辛抱して遊んでろよ、後は永遠の無限の天国なんだからね。物質の世界の問題は君のしてきたことの結果だぞ。そのまま続ければますます壊れるだけだぞ。もう無駄な抵抗はやめな。

                       ウナム

元つ話1171  最期の人生をせいぜい楽しんでくれや

2014-09-28 Sun : 長谷章宏語録 
長谷先生はね、「魂の眼(立場)」で書いたり喋ったりして(神界⦿から肉体を通して神さま⦿の代筆や代弁をして)るだけだから、つまり、君たちから見たら「幽霊」と同じだから、「脅し」や「文句」や「苦情」や「言い訳」や「ダダコネ」や「ワイロ」や「Фの屁理屈」云々の今までの社会で通用したコントロールのノウハウは一切通用しないぞ。君が⦿違反してなければ、長谷先生の手紙は必要なし、長谷先生が何を言おうとも全く関係が無い筈だよな。「幽界Ф」にいる君には「神界⦿」にいる長谷先生の本当のイノチ(魂)は殺せないんだよ。無駄な抵抗はやめるんだね。そういうことを画策するだけ自分のイノチを縮めることになるんだけどね。「お化け」を抹殺できる奴らは手を挙げろ!

Фをしてたら自分が滅亡するだけ。⦿してたら殺意は消える。Фしてたらね、結局は自分が死ぬだけのことだよ。神さま⦿の仕事の邪魔をする奴は即、死刑だぞ。君は「永遠自殺の熱望者」か? 君は「永遠抹殺の希望者」か? ご希望通りになりますよ。君が3000年前に⦿違反したのがすべてのすべての問題(葛藤)の始まりだぞ。大きなルール違反Фをしてる奴が、長谷先生の言う(する)ことにツベコベ言う資格なんてないんだよ。誰かが死んじゃって残念なのは君の映画が途切れたからだろ。死んだ奴は死んでないんだぞ。私の息子を殺されたって? 君の映画が途切れたのは君のせいだよ。Фしてちゃ思い通りにはならないんだよ。思い通りにならないのは君のФのせいだから自分が責任を取れよ。人のせいにせず、ツベコベ言わず、そのまま黙ってドラマを遊べば21世紀だよ。

君はいつまで神さま⦿に反抗してるんだ? いつまでルール違反を続ける積もりだ? 「神さま憲法⦿」のルール違反はどうなるんだっけかね。え? わかんないって? そんなことは嘘だって? 馬鹿げてるって? 認められないって? そういう奴らは、もう一回最初から(長谷先生の一冊目の題名から)全部よ~~く読み直してこい! そのままじゃ、神さまの卒業試験の受験資格もないぞ。長谷先生の言うことが『馬鹿げてる』とか『気違いだ』云々とか言ってる奴は、もう勝手にしろよ。君にとっちゃこの手紙は不要だから、燃えるゴミにでも出して好きにすればいいさ。君は「永遠死刑の確定」だ。ま、死刑執行まで最期の人生をせいぜい楽しんでくれや。御愁傷様・・・・・。ご冥福は祈らね~よ。何せ、ご冥福を祈る相手の君がいないんだからね。あ、正確に言えば、『ご冥福は祈レね~よ』でしたね。御免なさい! 最期まで⦿の自覚なき奴らは有無も言えずに消滅だよ。

                            ウナム

元つ話1170 「平成」は「一八十成る」 この世で岩戸が開く時節

2014-09-27 Sat : 長谷章宏語録 
君たちは、今のままなら、神さまから見たら「幻の魂」だぞ。神さま方がご苦労して『情けと花の仕組み』を創らなかったら、君たちは今ここに居られないんだぞ。君たちは「破壊」を避けたり、「死」を避けたり、「病気」や「災害」や「被害」や「損害」を防止しようって躍起になってるけどね、いったい何を避けたり防止しようとしたりしてるんだい? 3000年間、魂はただの一度も死んでないんだけどね。神さまはね、君たちのルール違反(間違い)を一回だけ許して、改心のチャンスをくれてたんだぞ。『同じミスは二度と許さない』とか『間違いを反省しろ』とか『ルール違反の奴は抹殺だ』とか『困ってるのに助けてくれないのか』とか『ちょっとぐらい大目に見てくれたって』とか、何を勝手なことを言ってるんだい? 神さまの世のルール違反をしておいて何の反省もせずに、3000年間ずっと知らぬ存ぜぬを繰り返してる奴らが、そんなことを言えた義理かい? 君はいったい何をしてるんだ? 君が誰かに言ってるそのセリフを、神さまの憲法⦿に従ってそのまま君自身に適用したら君がどうなるのか、今ここでよ~く考えてみな。

生きるだの死ぬだのって大騒ぎして何をやってたんだ? 君は「生きたい」のか「死にたい」のか、どっちなんだ? 「⦿違反=死刑」が神さまの掟だぞ。自然の掟なんだぞ。君が何と言おうと「自然の法則」には逆らえないんだよ。ま、ツベコベ言ってるのは自由だけどね、最期は「神さまの掟⦿通り」になるから、自分がどうなるかをよく考えることだね。神サマФたちも神さま⦿の掟には逆らえないんだよ。長谷先生の言うことを「宗教」だとか『狂ってる』とか「迷信」だとか言ってる奴は、永遠の死刑は確定だからな。今ここで申し渡したぞ。もう知らなかったとは言えないからね。その時になって『ごめんなさい、どんな苦しみでも受けますから助けてください!』って泣きついてきたってもう遅いからよく覚えておけよ。これが本当の本当に最期の『神さま⦿からの最期のオフレ紙』だぞ。「平成」は「一八十成る」、この世で岩戸が開く時節。もうФの世界(物質の世界)は終わりだよ。神さまの世は岩戸全開だ。このことをしっかりと肝に命じておけよ。

                          ウナム

元つ話1169 あなたが張った結界

2014-09-26 Fri : 長谷章宏語録 
あなたが悪という思考をなくさない限り、あなたは永遠に裁き続けることになる。永遠無限に細かくできるから、永遠無限に裁き続けることができる。裁き続ければ、裁くものがどんどん細かくなり、最後はあなたがあなたを裁くことになる。あなたが裁き続けようと思えば、いくらでもできる。しかし、それをしているとあなたは地獄に居続けることになる。あなたはあなたのまわりを認識する限界がある。あなたは0.00001秒の感覚を認識できない。同時に見える。つまり、あなたは無限には裁けず、臨界点に達したら、あなたは、自殺をすることになる。あなたがもう出口が無い闇だと感じたら、あなたは、あなたの理性で止めることはできない。価値判断よりも早く現象が動いたら、あなたは制御不能になる。今のままならば、あなたは結局、死に向かっていることになる。どんなにがんばっても永遠の生はない。あなたが本当の生を体験したいならば、生き残り不可能なその世界を現実と思っている自分の思想を殺せばよい。あなたが、嘘の見方をすべて捨てれば、形が壊れても、あなた自身は壊れることは無い。破滅するのは、嘘の形だけである。

どっちにしても死ぬなら、生き返る死に方をすればよい。善も悪も相対であり、結局は、視点を変えて同じことをしているに過ぎない。実際は、同じものを裁いている。その共通の対象を生かせば、善も悪も生き返ることができる。本当に生き返ったら、死ぬ事は無い。死ぬ事が無い世界に生き返るのであるから、死はない。あなたがすべてのすべての制限を撤廃した時、制限という言葉を撤廃した時、その世界への扉が開く。岩戸が開く。あなたが張った結界を破れば、殻を破って出れば、そこが天国である。あなたの魂は永遠に息続ける。死ぬ事も無い代わりに、あなたがしている限り、好きなだけ、苦しむこともできる。

                            ナムウ

元つ話1168 高い山ほど地表に激突する際の衝撃が強い

2014-09-25 Thu : 長谷章宏語録 
本当の天国は生き通しの世界であり、存在し続ける。悪くなることはない。従って、よくなることも無い。常に、完全であり、常に、不都合はない。成長も、衰退もない。それがあるという見方で見ているならば、その世界はウソで作られた世界である。文明の進歩、発展、環境の破壊、子供の成長、病気の予防、防災対策、厄払い、保険、担保、それらの思考、システムは、天国にはない。すべては存在するだけであり、壊れることはない。従って、右肩上がりもない。右肩を上がったらその分だけ左肩を滑り落ちることになる。海溝の底に到達するまで、山は終わらない。水がすべて干上がったら高さ30kmの山が現れる。高い山ほど地表に激突する際の衝撃が強い。中心から離れるほどエネルギーを貯めていることになり、中心から離れた分と同じエネルギーで一気に中心に激突することになる。

あなたが(イメージ)と言っているのは、あなたのあの世の現実である。あの世の者にとってはあの世が現実である。あの世の形が壊れれば、あなたは、今の世界の現実が壊れるのと同じ体験をする。生死も時空も一つであるから、生きていても、死んでいても、同じことである。あなたはどこにも逃げられない。あなたはどこにも隠れる事はできない。

                         ナムウ

元つ話1167 すべては一つに繋がっている 始めの一つから分裂したものであるから

2014-09-24 Wed : 長谷章宏語録 
あなたが自分のしている大きな取り違いに気づいてそれを直さなければ、自分自身が滅ぶ。あなたが否定するものは存在する。存在しているものを否定すれば、あなたは消える。相対的世界では、悪は相対的価値観であり、絶対ではない。従って、あなたが悪と言っているものは、あなたにとっての悪である。あなたを滅するものを悪と言う。つまり、すべてを善悪に分けて、その片方を『悪だ』と言っているあなたこそが、悪を生み出した本当の根源と言える。あなたを滅する者はあなたしかいない。実は、今この本を読んでいるあなたのいる世界そのものが、本当の悪なのである。悪の中を善悪に分けて、悪の滅ぼし合いをしても、中身は空っぽである。あなたに返る悪は悪ではなく、あなたを本当の天国に導くための情けである。あなたが真実に目覚めれば、実際には悪はどこにもないことがわかる。あなたが、闇と認識して避けている世界こそが、あなたの本当の天国なのである。

一つの不可分なものを善悪に分類し、悪の集まりを消して天国になろうとしても、それは叶わない。相対であるから、あなたの悪は、悪から見れば、善である。すべては一つに繋がっている、始めの一つから分裂したものであるから、悪を消そうというのは、つまり、すべてを消そうとしているのと同じである。そして、他ならぬあなたもその「すべて」の構成要素であるから、あなたが悪を消そうとする時、あなたは、あなたも含むすべてを消そうとしていることになる。言い換えれば、その「すべて」を産み出す源を消そうとしているのである。すべてを産み出す源を消すということは、結局、自分を消すことを意味する。あなたにそれが見えないならば、あなたは、あなたという存在の本当の源を見ていないことになる。あなたが今、真実だと思っているその世界で生き残れると思っているなら、大きなマ違いである。生き残ろうとすることは、つまり、死を避けていることである。しかし、すべては一つであり、ばらばらにはできない。バラバラに見ているから、あなたは自自分で自分を永遠に滅する重大な間違いに気づかない。部品の集まりが全体ではない。全体を構成するものを部品として見ているのである。あなたの体は一体不可分であり、心臓だけを独立させることはできない。一つでも欠ければ、それは死へのベクトルを意味する。

                     ナムウ

元つ話1166 すべてを破壊する力

2014-09-23 Tue : 長谷章宏語録 
なぜ、この本が書けるのか。この本に書いてあることが存在しないものならば、あなたはそれを見る事はない。見ているものは存在しているものである。そして、あなたが何かを裁いているとしたら、その裁いているものは存在する。何かを否定しているとしたら、それは存在する。あなたがそれを裁く理由は何か。否定する理由は何か。法律でも、常識でもない。あなた自身が困るからである。自分が苦しいからである。自分が恐怖を感じるからである。つまり、これを認めると都合が悪いならば、あなたは、この世界を支配する誰かに同意し、その誰かの計画に加担していることになる。その計画があなたにとって都合がよいなら、あなたがその世界で体験するすべての現実は、あなたが選択したものである。

あなたがその世界を抜けるためには、その世界自体を捨てなければならない。その世界で身に付けた思考パターン、思想、常識、道徳、宗教、すべてをやめなければならない。さもないと、その世界が消えた時、あなたも消えることになる。その世界が真実ならば、その世界は消えない。その世界が戦いの世界ならば、永遠に戦いは終わらない。あなたが何かと戦っているならば、その相手はあなたと戦う。作用反作用の法則に基づいた鏡対鏡の場取る(バトル)ゲームである。しかし、その「場」は一つである。自分がしたように相手もする。自分の力と同じだけ相手も力を使う。霊界には時空がなく、自分と自分が喧嘩をしていることになる。お互いに鏡に映った自分と戦っているのである。自分が戦いを止めない限り、戦いは終わらない。どんどん激しくなり、最期は、自分が自分を殺す。そして、戦いは終わって自分は消える。結局は、自分と自分が戦っているのであり、最後は、自分で自分を殺す末路となる。「限りあるもの」を奪い合って戦っているならば、結局は、その世界は自己崩壊する。「悪」は自滅する。大神とあなたとの戦いはあなたの消滅で幕を閉じる。あなたこそが反作用であり、あなたに合わせて相手をしていただけである。あなたにとっての最期の反作用は、宇宙創造の力、言い換えれば、すべてを破壊する力である。

                         ナムウ

元つ話1165 パンドラの箱を開けたら困るのは真実を封じ込めた者である

2014-09-22 Mon : 長谷章宏語録 
宇宙、外国、社会、世間、誰か、あの世、神、悪魔、法律、自分以外のものについて語る。自分の外を広げる。自分の外を変えようとする。自分の外にすがる、頼る、責める。宇宙からの侵略、宇宙人のサポート、神の救い、外国の侵略、社会の常識、他人の干渉、親の干渉、悪魔の攻撃、霊の祟り等々、これらはすべて一体である。意識上は、すべて現実であり、同じ土俵の上にある。自らにとってはすべてが見えているものであり、境界はない。

他人がどうなるかを心配するのは、自分がどうなるか、がそれによって決まるからである。そこには自由は無い。他人がどうなるか、社会がどうなるか、経済が、家族が、親が、自然が、地球が、宇宙が、死後の世界が等々、すべて同じベクトルの思考である。そのベクトルの思考そのものを無くさない限り、あなたが完全な自由は得ることは絶対にできない。

奥義というのは、一番奥にあるものを見る方法である。あなたは自分を守るために何重にも箱に入っている。パンドラの箱を開けたら困るのは、真実を封じ込めた者である。あなたが、パンドラの箱を開けることを怖がっているならば、あなたも、その者と同じ世界で生き残ろうとしている。見事に策略にはまっていることになる。あなたがしていること、考えていることが、あなたを支配している者たちのしていること、考えていることである。あなたのしていることが、あなたの従っている神がしていることである。それが、戦い、自己保身、依存、サバイバルならば、あなたは、すでに死んでいるのと同じである。パンドラの箱とは、パンドラの箱を開けた者が作った世界を維持するためのマヤカシである。

                         ナムウ

元つ話1164 脳は考えるが ハートは知っている

2014-09-21 Sun : 神語録 
ハイジャックされた地球を99%の人が知らない(上) 
                 デーヴィッド・アイク著 より転載
P152~155
   鍵を握るのは心臓  
 次に進む前にもうひとつ、きわめて重要なポイントを挙げておきたい。それは、心臓の役割についてだ。心臓は血液(と言う名の情報)を体内に循環させる電気ポンプに過ぎないと思われているが、米国ハートマス財団などの最近の研究によると、心臓は感情の安定/不安定、さらには心臓自身と神経系統や脳とをつなぐ交信の調和/不調和の根本だということが確認されている。つまり、心臓(ハート)と精神(マインド)と感情は三位一体で、この3つの同期が崩れたとき、私たちのバランスも崩れるということだ。

 心臓に(脳よりはるかに優秀な)知能が備わっていることも明らかになっている。また「ハート・ブレイン」と呼ばれる独自の神経系統があって、これは感覚器官としての情報の解読とコード化に携わっている。心臓から脳に向かう神経の方が逆方向のものより多いのは、神経系統・電磁場・ホルモンなどの化学反応・血圧波を通して、脳および全身とつねに交信しているからだ。さらに、心臓は内分泌器官でもあって、そこから分泌されるホルモンは、癌を含めた多くの病気を治す力を持っている。デーヴィッド・ヴェセリ―(医学博士。アメリカ、フロリダ州タンパのジェームズ・A・ハ―レ―・ベテランズ・ホスピタル内分泌・糖尿病・代謝科主任。サウスフロリダ大学医学・分子薬理学・生理学教授)によれば、培養中の癌細胞に心臓ホルモンを投与すると、24時間以内にあらゆるタイプの癌の97パーセントが消滅するという。

 これで、心臓が単なる電気ポンプ以上のものだということが納得できただろう。私たちは心臓とハートチャクラの渦を通して直感(による知識)を得る。脳は考えるが、ハートは知っているのだ。直感が湧けば、もうわかっているのだから、精神(マインド)を使ってじっくり考える必要はない。明日どこへ行くべきかを直感で知っていれば、そのことの善悪や条件や言い訳を考える必要はない。精神(マインド)が考えたり努力したりするのは、ハートがわかっていることをわかっていないからだ。心臓は脳の60倍の量の電気を発生させ、ハートチャクラの渦を通じて、私たちを高いレベルの認識に結びつけている。だから直感でわかるのだ。それなのに、人びとは自分たちの直感を信用するな、代わりに頭を使え、と強制されている。その先に待ち受けているのは、服従と反復行動だけの奴隷の道だ。心臓は解読システムの真の天才であり、さらに偉大な天才への橋渡し役でもある。〈コントロールシステム〉が人間の知覚を操作してきたために、心臓は脳崇拝、精神(マインド)崇拝にその地位を奪われてきた。私たちが現在経験しているのは精神(マインド)の社会だが、もし心臓の社会になれば、そこには愛と尊敬と平和と調和、そして信じられないレベルの知能が溢れ、創造性や洞察力も日々豊かになっていくことだろう。

 1990年に覚醒を始めて以来、私がすることはすべて心臓が土台となってきた。心臓から湧き出る豊かな洞察力によって、私は世界のできごとを見通すようになった。情報Aを採って情報Bを拒否し、すべてを放り出してどこかへ向かっても、ただ直感に従っていけば、必ず、そこに重大な意味があった。初めは脳や精神(マインド)が抵抗したが、偉大な冒険が始まると、すぐに「頭」の方で気づくようになった・・・たとえ途中で問題が発生しても、心臓から来る直感に従えばすべてうまくいくのだ、と。そのとき、私の頭と心臓はひとつになった。それからは両者がぴたりと一致して、心臓が「やりたい」と言うと、脳も「よし、やろう」と応じる。私にとっては、直観的に感じる(わかっている)こと=考えることなのだ。 

 しかし、ほとんどの人は頭と心臓が戦争状態にあって、ふつうは頭が勝ってしまう。今こそ、それを変えるときだ。そうすれば、世界は牢獄から楽園に変わる。

 〈コントロールシステム〉の第1の標的は心臓だ。操作者たちは、情報・叡智・知識と心臓のつながりを妨害することに躍起になっている。そうしなければ、人類を「頭」(五感の現実)のなかに閉じ込めておけないからだ。そのために、さまざまな出来事を操作して、私たちの感情を低振動で不均衡な状態に追い込もうとしている。彼らの望みは怒り、不満、恐怖、恨み、落ち込み、苛立ちだ。こうした感情が心臓の拍動を乱すことは、多くの研究によって証明されている。そうなれば、心臓と神経系統および脳との関係も歪められるので、精神(マインド)や感情、および「肉体」にも大きな混乱が生じる。心臓の病気が地球上で最大の死亡原因となっている理由も、これでわかっただろう。心臓にとって、この世界を抜け出すのは容易ではない。ストレスなどの感情が心臓発作の引き金になるのは、トラウマやショックの影響で、心臓の拍動が乱れるからだ。反対に、愛や思いやり、気遣い、感謝に反対の作用があるのは、これが心拍のパターンを整えてくれるからだ。ハートマス財団は、心臓の電気パワ―を利用してバランスの取れた感情を肉体に届け、全体を調和させる技術を開発している。これについては、ドク・チルダーとデボラ・ロズマンのTransforming Anger(怒りの形を変える・未訳)に詳しく書かれている。 

 ここまで、脳と遺伝子構造によって現実と知覚が波形情報からホログラム情報へと解読されること、そしてその過程の鍵が心臓にあることを述べてきた。心臓が重要な役割を演じることで、新しい現実が解読されてくる。そこは、愛と平和と調和、そして真実の知性・・・私たちに生まれつき備わっていて、プログラムされた脳では到底伝えることのできない知性・・・にあふれた世界だ。そのことは、この本を読み進めるうちにどんどん明らかになっていくはずだ。

以上

元つ話1163 暴こうとするそなた自身がユダヤそのものぞ

2014-09-20 Sat : 長谷章宏語録 
魔釣りは、Фぞ。コントロールのゲームぞ。外を変えようとするゲームぞ。外のせいにするゲームぞ。善悪裁くゲームぞ。自らを裁くゲームぞ。人を裁くゲームぞ。それがユダヤの仕組みぞ。ヘビの知恵ぞ。天には登れんぞ。⦿がスメラの仕組み。リュウの智慧ぞ。天に登れるぞ。ヘビは地上、リュウは天上、型示しぞ。そなたから見えない世界のことは神示にまかせよ。魔釣りФのそなたが想像しても、それは魔釣りの霊界ぞ。幽界ぞ。ミロクではないぞ。天国ではないぞ。そなたのココロを裁かないことぞ。そなたは人に「してもよいのか」と聴くが、何でもしてもよいのでござる。質問はいらん。遊べよ。悪くなるのもそなたには薬。悪も遊べるようになればミロク近いぞ。悪しておれば苦しんで0。苦さければ死。ユダヤを責める、イシヤの仕組みを知ろう。暴こうとするそなた自身がユダヤそのものぞ。そなたがイシヤの仕組みを進めた張本人ぞ。人のことは自らのことぞ。スメラが⦿。

この者は、何も知らずに、この方の申す通りに、回りから何と言われようとも、自らのココロに素直に実行し、自ら体験したこととこの方が外の者に出した神示とを突き合わせて神示が真実であることを確認し、神示の真コトを解くという御役目をして居るのぞ。この者にとっては、体験が先で神示があとに来て居るぞ。神示をマニュアルにしても何も分からん。そなたの体験が矛盾がなく説明できるものが真コトのものぞ。そなたの体験はそなたの真実ぞ。そなたの真実を裁くものは魔コトでござる。誰が何と申そうとも、そなたが験(み)たものは真実でござる。ウソではござらん。そなたの不思議をそなたが解消すればよいことぞ。そなた自身の体験の裏付けがあるものはそなたの意見として通用するぞ。すべて主観、すべて意見ぞ。そなたの真実を疑わずに語れよ。変なものもよくないものもないぞ。そのように申すことがよくないぞ。変なものと申して居るのはそなたぞ。そなたの見たものそなたが裁いて居るのぞ。そなたの自作自演の一人芝居でござる。自らが自らを疑って悩んで居るのでござる。そなたの声、そなたの話は、受け売りではないぞ。客観とはこの方の眼、⦿のことぞ。

                        十日立

元つ話1162 神の宿題は他人にしてもらうことはできんぞ

2014-09-19 Fri : 長谷章宏語録 
いいのかどうかと聴くことがそなたの葛藤を造りだしたオオモトぞ。悪しておって悪避ける身魂でござるぞ。悪しておれば悪くなる。悪は避けられんぞ。この方はすべて許しておる。そなたのココロはこの方の声ぞ。そなたの答えはこの方がそなたの質問に答えたものぞ。自らの答えをФの者に確認するから、葛藤をつくるのでござるぞ。⦿の答えをФの者に確認して居ては、永遠に答えは出んぞ。そなたの答えをそなたが実行してそなたに証明すればよいことぞ。ここでまた、それでよいのかと聴くそなたは、また同じワナに嵌まっておるぞ。いつまで堂々巡りを続けるお積もりか。この方は何も裁いて居らんぞ。そなたのココロに出る声をそなたが裁いてどうするぞ。裁けば一つにならん。分離のままでござるぞ。天国は永遠にあり申さん。自らが悪くしたら自ら悪くなって0。差引0。悪は無い。この方の申す通りに素直に実行せよ。不都合の中で実行して実をもって神のやり方を修得するのぞ。掃除の教材拒否すれば、天国はないぞ。どんなに逃げまわっても屁理屈こねても最後の最後は有無を言わせず、ぜんぶまとめて渡すことになるぞ。宿題は少しずつやれよ。神の宿題は他人にしてもらうことはできんぞ。宿題をためて居る者ばかりぞ。この方が手伝うから早う始めなされ。

                           十日立

元つ話1161 アタマで分かっても意味がござらんチシキでは何もならん

2014-09-18 Thu : 長谷章宏語録 
この方は、数年前から、この者の掃除をさせて、この者の内の葛藤をこの者自らが収拾して、神示の取り違いを外して、誰にでも分かる形にして、使えるノウハウにして、その成果をすべて外に公開させて居るのぞ。情報公開一〇〇%。今まで極秘のものも出ておるぞ。この方は、いくら申しても聞かんそなたらでござるのは分かって居ったから、人間としてどうしたらよいか、をこの者を通して最後に渡せるように計画通りに進めて居ったのぞ。この方のココロを文字で肉眼に見せて、人間として型(サンプル)を出して、直接そなたらが見て聴けるようにして、最後の改心の舞台を始めるのでござる。本来なれば、そなたらが「犯罪者」に対してしているように、ルール違反の者は、何も申さずとも滅びでござるが、この方にも情けがござるから、最後の最後のカラクリを明かし、肉身で自ら比較し、自らのして居ることを点検できるようにしたのでござるぞ。この方が語ることが閻魔(えんま)様の裁きの基準でござるぞ。神心⦿でござる。そなたが⦿を生きて、体験としてこの方の申すことが納得できたならば、そなたは神心⦿でござる。体験して掃除して悪調和して、心と体を一つにしてミロクの民として合格でござるぞ。

アタマで分かっても意味がござらん。チシキでは何もならん。知識を実行して智慧にせよ。そなたの知識と体験が一つになった時が真釣り⦿でござるぞ。そなたが今、マコトのことじゃと自信を持って申せることは、そなたが体験して来たことだけぞ。そなたは魔釣りФのやり方を自分で証明して居るから、自らが正しいと自身をもって言えるのぞ。それがマ違いだと申せば、そなたは反論するが、もう一つの真釣り⦿をやればФはマ違いじゃということが証明できるぞ。裏の裏は表。そなたの中に議論や葛藤があれば、そなたは一つではないぞ。二つに分かれておる。そなたの質問をそなたが答えればそなたの謎はなくなるぞ。そなたの答えを実行すれば悪くなって善くなるぞ。悪くしただけ悪くなるから0でござる。悪くなることはござらん。今が悪いことでござるぞ。悪の悪は善。

                         十日立

元つ話1160 そなたの内に原因があると認めなければ何も変われんぞ

2014-09-17 Wed : 長谷章宏語録 
Фを⦿にするのが掃除でござるぞ。そなたのルールを⦿にして生きれば、悪くなって苦しんで損して掃除が進むぞ。取ったもの返るぞ。捨てようとするのはФぞ。分かっただけでは半分ぞ。そなたが体で経験して、体で苦しんで悪くなって、初めてメグリの清算になるのでござるぞ。宗教だけでも科学だけでも掃除にはならん。超能力で善くなっても、魔釣りでござるぞ。最期にその分も含めて全部清算して頂くから覚悟しておけよ。そなたが⦿で動けば少しずつ⦿になるのぞ。まずは心を⦿にして動くことでござる。霊が体に現れる。心⦿で動けば体⦿になるぞ。善いことばかりではござらんぞ。そなたが取ったことが悪でござるから、そなたが悪を体験して0に戻すのぞ。そなたがФの基準の●が自分の中にあると気づかねば、●を外にあると申して外の●を責めまくる、批判する、消そうとするぞ。外の●はそなたの内の●を映して居るだけぞ。そなたがФであることを教えて居るのじゃ。Фでは⦿ないから、裏表でござるから、Фの者は◯を守り、●を避けるから、●を見せて知らせねば⦿に戻れんから、天国はないから、●をどんどん見せるのぞ。⦿ミロクに近づくほど●激しくなるぞ。支払い期限迫れば、取立て厳しくなるのと同じぞ。そなたが全部掃除せねばミロクないからぞ。人間の取立ては自分勝手でござるが、この方の取立てはそなたのためでござるのぞ。返さないならば身魂のおイノチと引換えでござるぞ。天国と引換えでござる。今まで我善しの天国を生きてきたツケでござる。損得無し。

●を掃除せねばならんから、ミロクに近づくほど●の出来事が、嫌なことが、悪いことが、悲惨なことが、どんどん増えるぞ。そなたが掃除をして居れば、そなたにとっては●はなくなるぞ。ただの出来事になるぞ。●と同時に⦿も見せて、そなたのして居ることを気づかせる仕組みでござる。このフミは⦿見せる鏡の一つでござるぞ。この者は人間として肉体をもった⦿のサンプルでござる。掃除のトレーナーでござるぞ。心で申しても分からんからフミを出して、文字でも分からんから言葉で出して、言葉で分からんから形で見せるのでござる。ここまでやっても分からんならば、そなたにミロクはござらんぞ。いい加減にアタマを下げて掃除をはじめなされ。アヤマチとマコトを、魔釣りФと真釣り⦿を両方出して、カラクリを全部明かして、真釣りに戻す改心の道を選択するチャンスを与える仕組みでござるぞ。⦿の大サービスぞ。教えたからには厳しくするぞ。答えを知って勉強せんならば、どんどん厳しくして行くぞ。⦿の合格点は一〇〇点ぞ。この方の申す通りに一つ一つコツコツと積み重ねれば全員ミロクの門をくぐれるぞ。そなたの内に原因があると認めなければ何も変われんぞ。そなたが●Фを持つほどそなたは苦しくなっていくぞ。怖くなっていくぞ。そなたのФを掃除するための教材が次々に出てくるぞ。悪の嵐。神のテストは実地試験のみ。

                          十日立

元つ話1159 三千年もの長い間 魔コトにご苦労でござりたな

2014-09-16 Tue : 長谷章宏語録 
この方は、この者に、有無を言わせずФから⦿まで体験させて、この者の体験としてこのフミを書かせて居る。「我のことが書いてある」と申す者、その通りぞ。そなたはФの身魂でござる。Фの身魂全員に共通のフミでござるぞ。Фの身魂全員に当てはまることぞ。そなただけのことを書いたのではござらん。そなたがФをして居るから、Фをして居る者は全員当てはまるから、そなたのことでもござるのぞ。そなたがФの実例でござる。「何で我のことを悪く書くのか」と申す者、この者やこの方に文句を申すそなたはФでござるのぞ。⦿に成らねばミロクに行けんのぞ。この者やこの方の申すことに文句を申すそなたは、Фであることを白状して居るぞ。魔釣りФの者であることを自白しておるぞ。魔釣りの世を進めた共犯であることを自白しておる。人のことはアレコレ申せんぞ。この方の語ることを、人の語ることを批判するココロはФでござるぞ。⦿がマコトの善ぞ。

この方を、この者を、この方のやり方をする者をアホだと申すココロはФでござる。自らが◯で、この方が●であると見ておるから、この方に文句を申すことになるぞ。この方を疑うことになるぞ。黒を白と教えられれば、黒を黒だと申しても、白を黒と申して居るのではないかと思うから、引っ繰り返すのは容易ではござらん。そなたが悪人になると思うからぞ。この方は黒を黒と申しておるのぞ。この方がここで申すことを素直に取らんとそなたは永遠に真コトは取れんぞ。真釣り⦿には戻れんぞ。この方がマ違っておるか、そなたがマ違っておるか、ここでよくよく考えてくだされよ。⦿が天国、Фは分裂して滅びぞ。⦿が善。Фが悪。そなたが素直になれば、どちらがマコトか分かってくるぞ。最期の最期で気づいても、もう遅いから、今ここからしつこく申しておるのでござるぞ。最期に答は出るが、白黒つくが、その時はそなたが死を迎える時ぞ。どうぞ安らかにお眠り下され。天国を目前にして真コト魔コトの永遠の眠りじゃ。二度と生まれ返れんぞ。三千年もの長い間、魔コトにご苦労でござりたな。さらばじゃ。合掌。

                             十日立

元つ話1158 真釣りの者は自らが源であることを知っている

2014-09-15 Mon : 長谷章宏語録 
あなたが、あなたのすべての不都合の原因なのである。この世は(あの世も、であるが)真釣りと魔釣りしかない。あなたが魔釣りでないならば、真釣りだということになり、あなたに不都合があるのはおかしい。あなたが魔釣りではないというならば、あなた以外が魔釣りであるということになる。あなたが真釣りならば、あなたの周りが魔釣りでも不都合はない。あなたが魔釣りならば、真釣りでも魔釣りでも不都合が現れる。ゆえに、あなたの体験(認識)している不都合はあなたの魔釣りが原因である。真釣りの者は、自らが源であることを知っている。真釣り外しを認めた者は、自ら以外のせいにしないことに気を巡らせる。あなたが、『自分は悪くない』と言ったり、自ら以外のせいにしたりするならば、それは、あなたが魔釣りの証である。真釣りを認めないならば、そのまま、魔釣りを正しいと思い込んだままである。社会が魔釣りだとしても、あなたが真釣りならば、社会は何の障害にもならない。実際のところ、大きな視点から見れば、社会には何の問題もないのである。あなたが、あなたの不都合を社会のせいだと言うならば、あなたは魔釣りである。あなたが魔釣りであるならば、魔釣りの社会と同罪であり、実は、あなたがどんな体験をしようとも、社会のせいにすることはできない。責任転嫁はすべて冤罪なのである。

                         ナムウ

元つ話1157 悟るために掃除をするならそれは取り引きである

2014-09-14 Sun : 長谷章宏語録 
日常も、非日常も、同じ世界の中にある。自らのすべての世界で同じ心を保てなければならない。家の外にあっても内にあっても、態度は一貫していなければならない。特別なことや、特別扱いがあっては、本当の意味で平等、公平ではない。大神は、善にも悪にも、別け隔てなく天恵のお陰を渡し、平等に改心の機会を与えている。これを『おかしい』と思うならば、あなたは、真釣りの真コトの響きではない。大神の真意が全くわかっていないことになる。このことがわかって、いつでもどこでも、たとえ死んでも、死んだ後も、100%、大神の意に乗って生きることが、真コトの行である。俗世間を離れて、修行のための施設で、毎朝、境内やお堂の掃除をしたら悟れるわけではない。それが義務や強制に感じるようになれば、逆効果である。悟るために掃除をするなら、それは、取り引きであり、心底からの改心はない。心底から改心したというならば、俗世間で不平不満を一切、言わないことである。仲間同士の合宿で出来たからといって「罪」が消えるわけでもない。

形が心を変えるのではない。心に従って形が成るのである。すべてのやり方、生き様が逆さまである。不平不満を言いながら掃除をしても意味がない。掃除は、人生の雛型である。時間も、生死も、予定も、すべて捨てて、一つ一つクリアしていくことで形になるのである。形にするために何かをするのではない。身魂の掃除、洗濯とは、心の囚われをすべて捨てることである。善悪をすべて捨てることである。魔釣りのイシヤの仕組みも、大神の許しあって存在しているのであり、魔釣りに囚われた者と共鳴する響きを作って、魔釣りに気づかせて真釣りに戻すために、魔釣りの響きに囚われれば不都合を体験する仕組みである。真釣りしかない世界で不都合があるならば、その原因は、自らが魔釣りの響きを持っているからである。あなたが真釣りならば、真釣りと共鳴しているから、不都合は一切ない。不都合があるならば、あなたが魔釣りの響きを奏でている証である。万象万物は、自らで魔釣りにはならない。魔釣りで真釣りを使った人間が、魔釣りに変えるのである。

                            ナムウ

元つ話1156 今の世で最も衛生に敏感な国が最も不衛生な国である

2014-09-13 Sat : 長谷章宏語録 
形をどんなに衛生的に、美的に作り上げたとしても、それは、マヤカシの綺麗さであり、美しさである。実際は、全くアベコベの行為であり、そのまま続ければ、本当の意味では、綺麗になるどころか、どんどん汚れて、ますます散らかっていくだけである。心の曇り具合に比例して、形を壊す響きが増幅するのである。心の乱れが形に現われるから、形が綺麗なほど、身魂は穢れているということである。この世は写し鏡であり、あなたの現実の汚れた形は、あなたの身魂の姿そのものなのである。毎朝、部屋の隅々まで塵一つなくピカピカに磨き上げたら心が磨けるのではなく、心を磨けば、自然に形が磨かれるのである。形の清潔さを保って爽快感を得るために掃除をするのではなく、心の掃除をするために掃除という行為を使うのである。すべては、心の内の話であり、真釣り外している限り、すべてが逆さまとなる。形をどんなに綺麗にしても、形の清潔さにこだわるならば、満足する綺麗さには永遠にならない。今の世で最も衛生に敏感な国が最も不衛生な国なのである。

心の塵一つない、穢れなき世界に戻らない限り、塵やゴミは出続け、体は汚れるから、掃除、洗濯、入浴は永遠に続く。何の曇りもない世界に戻れば、掃除、洗濯の必要はない。その世界には、心の掃除、洗濯が必要な者は存在できないからである。身魂の汚れをすべて綺麗サッパリ落さなければ、形はどんどん壊れていく。つまりは、心の掃除、洗濯をしないならば、曇りも穢れもない世界に生きるという現実は、永遠に実現しないということである。掃除や洗濯を面倒だと思っている限り、掃除や洗濯のない世界に住むことはできないのである。あなたが掃いている塵は、あなたが吐いたものである。自らばら蒔いたゴミは、自らが責任をもって掃除することは当然である。自からの苦=自らの響きであり、すべては、自己責任である。ミロクになるまで、日々、心の掃除、洗濯をしていればよいだけである。形の掃除を毎日する必要はない。実際には、あなたが汚れに我慢ができないから毎日やっているだけであり、穢れを嫌うならば、あなたは穢れの響きと同調していることになる。環境問題は自らの作った問題である。形の世界、今生だけでその原因を探している限り、自らが源であることは絶対に気づかない。だからこそ、形を綺麗にすること、形を壊さないようにすることに躍起になっているのである。自らの響きの反映が自らの現実の体験となる。心の穢れをそのままに、形の掃除で心地良くなろうとする、そのことが、心が曇っている証である。形を綺麗にしよう、汚さないようにしようとする者は、言い換えれば、他人に掃除、洗濯をさせようとする者は、結局は、自らの汚れ落としを神にさせようとしていることになるのである。形の掃除、洗濯をすることが目的ではない。あなたが真釣り戻しの掃除、洗濯をしているならば、どんな状況でも、居場所は必ず用意される。

                      ナムウ

元つ話1155 ゴミハウスの住人の現実が自らの現実

2014-09-12 Fri : 長谷章宏語録 
片付かない、綺麗にならない、とイライラしていたら、掃除の意味はない。見える世界を綺麗にするための掃除に精を出し、形に現われた塵や埃をどこかに追いやっても、結局は、自らにすべてが戻ってくる。日本から見た「東」は、地球を一周すれば、それは、「西」あり、自分の東は自分、自分の西も自分である。東=西、であり、自らの視点の違いに過ぎない。あなたからどう見えたとしても、快楽を追い求め、自らの苦労を誰かに押し付けていることには変わりはない。誰も責任を引き受けないと言ったら、最後には、自分から出たものはすべて自分に戻る。自分が責任転嫁した分=苦を押し付けた分を引き取らない限り、あなたは永遠の間違いに気付かないまま、永遠の命を捨てることになる。楽に掃除を済ます方法を追い求め、有害物質やポイ捨てを取り締まれば、一時的には満足感が得られるが、実際のところ、綺麗になるどころか、規制や強制をされることで、望みとは反対に、心はどんどん乱れていく。あなたが響きの穢れを塗り隠した分、最後にまとめて形に現れることになるから、結局は、誤魔化し、塗り隠し、見ない振りをしていた分をまとめて大掃除することになる。すべての埃を綺麗サッパリ掃除してピカピカの心になるまで、永遠に終わることはないのが、本当の大掃除である。それゆえに、有限だと言う世界で無限に埃をため続ければ、ゴミハウスの住人の現実が自らの現実となる時がやってくる。形の掃除とは違って、身魂の大掃除は、神仏や他人に掃除の方法を教わることはできるが、掃除そのものを手伝わせることはできず、掃除そのものはすべてあなた自身がすることになる。

                         ナムウ

元つ話1154 今ある道具を使って天国の響きに戻すこと

2014-09-11 Thu : 長谷章宏語録 
さて、真釣りを外した世である今のあなたの世界にあるものは、あなたが真釣り戻すまでは、すべてが真釣り戻しのための身魂の掃除道具である。今のあなたが使っているすべての道具、言い換えれば、あなたが生きるために必要なすべての天恵は、真釣りを外した「情けと花の仕組み」の中においては、すべてが身魂の穢れの大掃除をするための道具なのである。しかし、今のあなたは、逆さまの世を真実だと取り違いをして、魔釣りのアヤマ知に囚われ、形の世界で至福や快欲を追い求め、快適生活にどっぷりと嵌まり込んで、その真釣り戻しの道具で魔釣りの天国を作ろうとし続けている。形の部屋を綺麗にするために掃除に励むのではなく、掃除という行為を使って、自らの心の掃除をすることが、本来のあなたの為すべきことである。この世で天国を作ることではなくて、今ある道具を使って天国の響きに戻すことが、あなたが生きている本来の目的なのである。あなたが真釣り戻した後は、掃除道具が真釣りの天国の疑似体験をするための遊び道具に変わり、真釣りのミロクが顕現した暁には、歓喜弥栄の永遠の天国で、自由自在に世界を作ることができる。あなたがこの世ですべきことは、快楽を追求することではなくて、真釣り戻すための苦労をすることである。それが、真釣り外したあなたが今生で歩むべき、本当の道なのである。

                       ナムウ

元つ話1153 この本が誕生するまでの経緯のほんの一部分

2014-09-10 Wed : 長谷章宏語録 
これまでのプロセスを、今、改めて振り返れば、今ここまでの長い長い道のりの中で、多くの人が来ては去っていった。本当に孤独の極致を味わった時期もあったが、結局、最後までずっとそばに居て支えてくれたのは、家内だけであった。どんなに苦しい時でも、誰にも相手にされなかった時でも、著者がどんなに「無謀な」行動をとった時でも、著者を信じ、言語に絶する苦労に耐えて、支え続けてくれたのである。著者が自らの道を貫き通したことで、まさに、かけがえのない永遠の「ソウルメイト」に出会うことができたことは、著者にとっての最大の贈り物である。今ここで思うことは、ある人は著者を非難する形で大切なメッセージを残してくれ、ある人は精神的、経済的に苦しい時期を快く支えてくれた。結局は、善かれ悪しかれ、今まで出会った「すべての人たち」のお陰があって、この本を書くことができたということである。この本は、著者が今まで取り組んできたことの報告書であり、著者の最高最大の感謝の表現でもある。従って、この本を世に出すことは、家内を始めとして、肯定的であれ否定的であれ、今までの著者の歩みのプロセスに関わり、支えてくれた、すべての人たちへの本当のご恩返しの始まりであると思っている。

この本をきっかけにして、一人でも多くの方々が、本当の天国の現実を体験をすることができたならば、著者にとって、これ以上の喜びはない。著者のこれからの大切な仕事は、本当の天国(ミロクの世)に戻ろうと決めた方々のお役に立つことである。それは、著者のライフワークであり、大神の親心、誠意に応えることであり、本当の意味での神のお手伝いとなるからである。それはまた、日本(世界)の真の再生に貢献すること=本当の社会貢献でもある。そのためならば、著者は、全身全霊でお手伝いをさせて頂くが、それは、著者の持っているすべての体験と情報を駆使して、ものの見方、視点の変え方、トリックの外し方、言い換えれば、身魂の大掃除のノウハウとそのための材料を提供することであり、著者が直接、読者諸氏の心の大掃除を代行すること=あなた自身を真釣りの響きに変えて差し上げることはできない。著者(この本)は、あくまでも、あなたご自身の真釣り戻しのための鏡となることができるだけだということをご承知の上で、使って頂きたい。

著者は、現代社会の中でこの本を書いて公開することが、自らの人生のライフワーク、言い換えれば、それがこの世で果たすべき自分の役割であり、「天職」であることを、この本を書くに至るまでのすべての体験を通して確信した。そして、刊行が終われば、本当の天国に戻るスタンバイが完了するであろうことも予見している。まさに、著者の今までの人生は、この本を書くためにあったのである。これは、著者の体験上、時を経るごとにハッキリと見えてきた事実であって、今となってはこれを疑う理由はどこにもない状態にある。

著者は、13年間、殆ど毎日何らかのメッセージを走り書きしていたため、その量は膨大なものである。従って、それをすべて公開しようとしたならば、その整理だけでとんでもない時間と労力が必要となり、いつになったら公開できるのか、目処も立たない状況に呆然とすることになっただろう。メモの中には、著者自身にも読み返せない走り書きも多く、すでに灰となって埋立地でビルの土台と化しているものもあり、今となっては、それはできない相談である。また、メッセージの中には、著者自身へのガイドとしてのものも含まれているから、すべてを公開しても、実際には意味がない。結局は、読者諸氏が実践していくにあたってのポイント、実際に使うにあたって参考にできる材料だけを要約して公開すればよいから、その企ては実現しなかったのである。メモは灰になったが、著者の心の中には、その時その時の体験と共にすべてのメモが整理してしまってあるから、必要とあらば、いつでも、補足説明や材料の追加、詳細な内容の提示等の形で、この本をたたき台として話をすることは可能である。この本は、著者が書いてきた膨大なメモの内容を過不足なく網羅した研究の要約であり、実体験を通して検証した結果を基に、現代社会に生きる読者諸氏にわかる形に翻訳した「日本真道の実践入門書」として書かれたものと言える。

突然、個人的な話になってしまったが、あなたがこの本を使うにあたっての何かの参考になればと思い、著者自身の総まとめと、今まで支えてくれた方々への感謝の意味も込めて、この本が誕生するまでの経緯のほんの一部分を、今ここで紹介させてもらった次第である。

                           ナムウ

元つ話1152 著者の全人生を賭けたフールドワークと著者自身の実体験

2014-09-09 Tue : 長谷章宏語録 
著者が初めてこの本にあるような事実を知ったのは、バブル崩壊直後の、大震災もオウム事件も起きていない、日本がまだバブルの余韻に浸っている頃だった。その頃の著者は、教師として現代社会にどっぷりと漬かっていて、今の社会は何かがおかしいと薄々は感じてはいたものの、当時の常識を真実として教壇に立っていた。著者がメッセージをどう感じたかと言えば、それまでに学んできた常識ではありえない話、うさんくさい話、許されない見方、抵抗ある見方に感じたことであろうことは、ご想像頂けると思う。それは、あなたがこの本を読んで感じている反応と同じである。自分の内から出てきたものであるにも関わらず、それが信じがたいものであるという、二人の自分の存在に若干の怖れを抱くこともあった。しばらくは秘密にしていたが、周囲の人間に話し始めた時は、当然にこういう反応が返ってきた。『あんたは何を馬鹿なことを言っているんだ』『頭がおかしくなったのか』『そんな宗教を信じていたら大変なことになるぞ』『そんなことできるわけがないだろう』『そんなことをしたら家族や社会に迷惑がかかるからやめろ』『どうなっても知らないぞ』『後で泣きついてきても助けてやらないからな』云々。言うなれば、この世に存在するありとあらゆる非難の言葉と行動を返されたと言えるかもしれない。ただ、その頃にも、「進んだ」「新しい」考えを持っている人もいることはいたので、少しは話を聴いてもらうこともできた。しかし、時の経過とともに、そういう人たちからもだんだんと相手にされなくなっていき、自分の質問に答えられる他者の存在も消えて、結局は、自分が自分で自分の質問に答えるしかなくなっていった。自分の頭の中だけで対話している分には問題はないのだが、自分の人生すべてを通して実践していくとなれば、それは、とんでもない抵抗、非難、中傷、無視、蔑み、嘲笑の連続が待っていた。それは、家族や親類であっても同じであり、近い分だけ封印する力は強かったように思う。まさに、奈落の底に落ちていくような本当に孤独で厳しい自己対話と実践の連続を経て、ようやく今ここまで来たのである。

当時の著者にとって、それは、認められない、許しがたい、ありえない、恐ろしい考え方、簡単に言えば、当時の社会状況の中では、とんでもない内容だったのである。とはいえ、その見方で現実を見直していってみると、確かに、そのメッセージの方が核心を突いていることを実感するようになっていった。その後、それが真実であると本当に確信するためには、その見方で実際に生きてみて、それが本当に真実かどうかを現実として体験してみるしかないと思い、当時としては、非常に勇気がいることであったが、教師という世界から足を洗った。しかし、その見方で生きるということは、厳しい現実の繰り返しが待っていることを意味し、この本にもあるように、混乱、不安、恐れ、疑い、孤独、死の恐怖等々が交錯する、まさに、天地がひっくり返る体験の連続だった。同時に、そのプロセスでも、新たな情報が次々に手元にもたらされたが、そのすべてを受け入れ、時々の社会情勢に投影させながら統合していくという作業を繰り返すことによって、だんだんと自らの体験に統合されていき、著者の確信はどんどん強固になっていった。そして、今ではその確信は絶対の真実となっている。この本に書いた通りに実践した総決算が、この本なのである。

このプロセスで得た様々な情報は、それがどんなものであれ、受け取ったものは、現代社会の要素に統合するべく、片っ端から実行に移していった。そして、今の世にある様々な学説、意見、教理、思想、哲学、預言、予言等々とも照らし合わせて検証しながら、その結果を再統合することで、確固たる確信を得るに至った。この本は、著者の全人生を賭けたフールドワークと著者自身の実体験を通してすべて事実であると確認した上で書いたものである。この本は、突然のメッセージから始まった、著者の体験の総まとめでもある。

                             ナムウ

元つ話1151 現代社会の真贋鑑定の報告書

2014-09-08 Mon : 長谷章宏語録 
この本をあなたの役に立つものにするためには、生き様の根本を正す材料として使うことである。あなたがこの本(の事実)や著者の真贋を確認してから信じると言うならば、それでも構わない。ただし、その間は、あなたは、現代社会の嘘の常識の世界に居続けることになり、本当の真実への道がどんどん遠くなっていくだけである。現代社会と裏表の事実を書いたこの本の鑑定結果は、あなたの鑑定眼(判断基準)次第である。結局は、本物かどうかを決めるのはあなた自身であり、この本をどう使うか、いつ使い始めるか、使った結果をどう扱うかは、あなた次第なのである。これは、他の書物や講演会等にも言える。この本は、言わば、あなたの真贋鑑定の時間と手間を省くために、著者が、現代社会にある様々な仮説や常識の真贋鑑定をして提示した、現代社会の真贋鑑定の報告書でもある。

さて、話をもとに戻そう。当時の著者が受け取ったメッセージの内容としては、この本に書いてあることそのものであるが、それは、著者の分析、価値判断、思考を停止させるが如くに、記録していくペンが追いつかないほどの速さで次から次へと心に浮かぶ、という体験としてもたらされた。現象としては、あなたが自分の思いついたことを走り書きするのに近いが、それはまさに、本当の自分が嘘の自分に論争を仕掛けるが如く、この事実に嘘の自分が抵抗する(自動書記を止めようとする)ほど苦しくなって、結局は、(いつもそうだったのだが)、著者がどう抵抗しようとも、ある量のメッセージの記録が終わらなければ、それは止まらなかった。この現象は、また、著者が著者自身の書いた本から知らなかったことを知らされる、という如くの「知らずして知る」という摩訶不思議な体験でもあり、自分が知らないことが自分の中から出てくるという、常識では解釈が困難なその体験の意味付けをするのに苦労した。メッセージは、ある時期から、その時々の事件や事故、社会問題等の、いわゆる時事問題の本質の読み方とでもいうようなものに変化していった。

                               ナムウ

元つ話1150 ゼロから出直す覚悟

2014-09-07 Sun : 長谷章宏語録 
この本を使うに当たって大切なことは、自動書記とは何なのか。その出所はどこなのか、どんな存在が送っているのか、メッセージは本当のことなのか、等々にフォーカスすることではない。その世界に嵌まってしまうと、あなたは、別の罠に落ちることになってしまう。イエスキリストが本物か偽者か、イエスキリストの神は本物か、という議論をしていても全く意味がないのと同じである。イエスキリストの言ったことそのものを自分が信じるか信じないか、が重要であり、信じたならば、一言一句違わずその通りに生きることである。あなたは、今までも、今生で教えられてきた常識を真偽も確かめないまま鵜呑みにして、一言一句違わず実行してきたのである。その結果があなたの現実であり、この本を手にするハメになった原因である。あなたが今まで何を信じ、どんな行動をし、どんな体験をしてきたかは知らない。しかし、あなたがどんな現実を体験していようとも、今のあなたの現実、今あなたがいるその場所が本当の天国へ戻る出発点なのである。あなたがそれを否定したら、あなたの今までの人生は無駄になってしまう。要は、あなたが今までの間違いを認め、今まで体験してきたことを材料にして、本当の天国に向かってゼロから出直す覚悟をすればよいだけであり、それが、自分をすべて認め、自分の今までの苦労や体験を本当に活かすことにもなる。結局は、この本や著者の素性を探ることに心血を注ぐのではなくて、この本に書かれている事実をあなたがどう使うか、ということが大切なのである。

                            ナムウ

元つ話1149 この本

2014-09-06 Sat : 長谷章宏語録 
あなたは、いつまで確認しているのか。いつまで疑っているのか。著者は、言葉で語ることも、別の文章を書くこともできるが、それは、材料の追加や補足に過ぎない。あなたが誰かに頼り続ければ、何万人に話を聞こうが、何万冊本を読もうが、どんなにたくさん材料を仕入れようが、結局は、何もならない。『いいんですか?』の答えはただ一つである。あなたの質問にはあなたが答えるしかない。あなたがすべてわかっているなら、あなたの中には質問は出ない。問いと答えを分離しているのはあなたである。あなたの質問の答えを×しているのはあなたである。あなたがあなたに語ることは、どんなものであってもすべて認めること。あなたが、滅びの道の堂々巡りから自分を救う方法は、それしかない。

この本は、この本に書かれていることを実体験を通して確信しなければ、絶対に書けない。

この本のソースは、自動書記(霊感、神示)と呼ばれる形で提示されたものである。神典や神の啓示、預言、神託、チャネリングと言われるものは、この形で降ろされたものである。このメッセージは、検証のプロセスを経ずに、受け取ったものをそのまま言葉や文章にして公開することもできる。著者もその形で公開したことがあるが、その時はまだ、本当の意味で確信していない段階であり、著者にも若干の疑問が残っていたため、読者の反応に本当に自身を持って対応することができずに悩んだ。その後も、当時の社会状況を反映させながら、表現を変えて何冊かの本を書き、講演会もしたが、その当時の著者のレベルでは、どんなに分かりやすく話をしようとも、読者が取り違いをする公算が大であることを学んだ。しかし、その体験を通して、最終的には、現代社会での体験と結びつけながら、さらに具体的な実践の裏付けがある理論の形で統合して提示した方がよいという結論に達し、『今ここでどうすればよいか』という実践的ノウハウという形で、より広い読者層に公開することができる内容にする必要があると判断して、難儀ではあるがその道に踏み込んでいった。そして、その結論が、最後の講演会を終えてから以後、言うならば、地下に潜伏して最後の総仕上げをした4年間のフィールドワーク(実際に、その時の予想以上に、とんでもなく難儀な体験の連続ではあったのだが)を経て書いた、この本なのである。

                           ナムウ

元つ話1148 あなたを奴隷にしている王様はあなた自身である

2014-09-05 Fri : 長谷章宏語録 
この本には、あなたがあなたを信頼し直すための、今までの癖を取るためのトレーニングに使える材料が満載されている。あなたがあなたの再教育をするためのテキストでもある。あなたは、あなたの出した答えにすべてOKを出せばよいだけである。『本当にOKを出していいのか』と、ここでまた今までの癖を出せば、堂々巡りに逆戻りである。その癖を完全に取ることが、あなたの再教育の課題である。この本の事実に照らせば、あなたが出すどんな答えにも○を出せるはずである。今までの世界で×と言われていたことも、実際は、本当の×ではない。それがどんなに荒唐無稽なもの、許しがたいもの、不可能に思えるものであっても、疑わず、否定せず、誰にも同意を取らず、あなたが思ったこと、わかったことに、自分が同意すればよい、ただそれだけである。あなたは、自分がしたことに責任を取るならば、何をしてもよい。誰かに訊くということは、その誰かに責任を押付けるということである。『いいのかどうか』と訊くとしたら、いいと答えればやり、よくないと答えればやらない、そして、やってうまくいかなかったら責任転嫁をすればよい、と思っているということである。すべてに自分で責任をとるならば、誰にも確認する必要はない。

あなたが今までの癖を持ったままならば、あなたは絶対に自由になることはできない。誰かに責任を渡している限り、あなたが自由にならないだけのことである。あなたが責任を取らない限り、あなたは誰かの奴隷であり続ける。あなたが奴隷であり続ける限り、あなたには完全なる自由はありえない。あなたがあなたを完全に自由にしない限り、あなたは完全に自由にはならない。自分が責任を取らずに自由になることはありえない。あなたがあなたを疑っている限り、あなたの中に疑いがある限り、あなたの本当に望む世界をすべて実現することはできない。あなたの中に「?」がある分だけ、あなたは自由にならない。疑っているのはあなた自身であるから、あなたを奴隷にしている王様はあなた自身である。

                         ナムウ

元つ話1147 結局は あなたの出した答えに戻るのである

2014-09-04 Thu : 長谷章宏語録 
どんなにたくさんの具体例をあげて説明しようとも、それをどう解釈すればいいのか、どう使えばよいのか、気づいたことをどう処理したらよいのか。自分と自分の対話とはどういうことなのか等々の基本を、体験を通してあなた自身がマスターしていかなければ、あなたは今までの現実から永遠に抜け出すことができない。あなたが、自分自身の人生というゲームの歩き方を自分の意思で実践を通してマスターしなければ、分からないことが出る度に『これはどうすればいいのか』『これはどういう意味なのか』『これは本当に正しいのか』『こう考えても良いのか』『こうしても良いのか』云々とあなた以外の人に訊き続けなければならなくなる。文献を探し続け、講演会を聞きまくり、宗教を渡り歩くという、いくら続けても答えが出ない意味のない行為を、永遠に続けなければならなくなる。あなたが、自分の出した答えを疑っている限り、あなたは誰かに確認し続けなければならない。今までの癖を捨て去らない限り、あなたが本当に自由になることはできない。自分以外の誰か(何か)に、『いいのかどうか』と自分の出した答えを確認し続けて、嘘の神の真実に振り回された挙句、偽の天国を目指して突き進み、望むものは何も得られず、何がなんだかわからなくなった末に、最後には、結論が得られないまま、あなたは永遠に滅ぶことになる。どんなに確認しまくろうと、結局は、あなたの出した答えに戻るのである。あなたが早く自由になりたいならば、恐怖や不安に飛び込んで、答えの真偽を確認すればよいだけである。

                         ナムウ

元つ話1146 今すぐ自分と自分との対話に移ること

2014-09-03 Wed : 長谷章宏語録 
あなたという神が、あなた以外の神が語る嘘の世界の罠に嵌まって闇に葬り去っていた、あなたの世界を創る本当の源「本当の神」の教えを再び聴き戻すことが、あなたの本当の天国を実現するための第一歩である。あなたの人生についてのただ一人の専門家はあなた自身である。あなたという存在についての研究の第一人者は、世界中どこを探してもあなたをおいて他にはいない。あなたが語る周りの世界についての話は、すべて、あなたという世界についての話なのである。このことがわかったら、今すぐ、自分と自分との対話に移ることである。あなたがした質問にあなたが出した答えの○×を、あなた以外の誰かに確認することはもうやめて、自分という神(教師、教祖、グル)に確認してみるとよい。その答えは、あなたの出した答えと同じはずである。あなたがあなたの答えを疑えば、あなたは永遠に真実を知ることはない。シャキッと目を覚まして、本当の真実を見て欲しい。

この本の事実をすべて受け入れれば、あなたは「完全なる自由」を手にすることができる。

これをまた『そんなことは本当にあるのか』と疑えば、あなたは堂々巡りから抜け出すことはできない。あなたがあなたを疑うことをやめない限り、その堂々巡りは永遠に続く。それをやめさせることができる存在は、あなた以外にはどこにもいない。あなたがその問いを完全に封印することが、滅びのスパイラルから抜ける唯一の道である。あなたがあなたを完全に信頼しなければ、今までの嘘の世界を彷徨うことになる。今までの嘘の教えを心底から信じ込んでいたのならば、それと同じことをすればよいだけである。あなたが今持っているものは、嘘の真実である。嘘の真実が本当にあったのなら、本当の真実が本当にあるのは当たり前のことである。本当の真実には嘘はどこにもない。本当の真実に生きているならば、疑うことはしない。本当の真実を疑う基準は嘘の真実である。黒を白と思い込んで、その基準で価値判断すれば、その答えは黒となる。しかし、事実は、白と思い込んでいた真実は黒であるから、黒に見える真実が白なのである。後は、あなたが、いつ疑うことをやめるか、という問題になる。白は白である。本当の白の真実を完全に信頼することである。怖れや不安は、嘘の真実が見せる幻である。嘘の幻覚に打ち克つことで、本当の真実が本当であることを確信することができる。すべてはあなたの決断次第である。

あなたの世界はあなた独自の世界である。本当の真実を知ろうとして、あなたの目の前で展開する他者の世界の出来事をあれこれと評論していても、無駄な努力である。たとえ、この世にあるすべての現象を取り上げて著者が一つ一つ解説したとしても、あなたの根本が変わらなければ、何もならない。それは、永遠に終わらない意味のない遊びに過ぎず、いつまでたっても、あなたの本当の天国への旅は始まらない。あなたが本当の真実を知りたいならば、あなたの体験した現実を具体例にして、自らで真偽を確認していくしかない。

                            ナムウ

元つ話1145 この本をただの知識として読み流すならば何も読んでいないのと同じ

2014-09-02 Tue : 長谷章宏語録 
この本は、実現不可能な理想を書いたものではない。今の世で言うフィクションなどではない。あなたの手の届かない別世界の話でもない。現実にはありえない仮想現実や空想でもない。単なる宗教や哲学の話でもない。神話やお伽話でもない。すべて、あなた自身が体験することが可能な実話である。この本に書かれていることはすべて事実であり、今のあなたがいる世界の本当の姿である。あなたの人生が思い通りにいかない本当の理由、あなたの嵌まっているトリック(罠)、あなたが諦めている本当に自由な世界を思い通りに創造するための法則、あなたの現実の創造のメカニズム、言い換えれば、あなたの人生のカラクリを明かしたものである。あなたの体験する現実のすべてに影響を及ぼす、あなたという存在の根本にある間違いを正すための、最低限の基本を書いたものであるともいえる。

この本をただの知識として読み流すならば、何も読んでいないのと同じである。あなたは、白紙の束をめくっていただけに過ぎない。この本の中身を、都合の良い部分だけ抜き出してアレコレと詮索しようとしても、単に教養として身につけようとしても、その行為は全く意味をなさない。あなたはこの本から何も得ることはできない。時間の無駄である。この本が、あなたにとって本当に価値のあるものとなるのは、自らの生き様を根本から直すための実践ガイドとして使った時である。この本を生かすも殺すもあなた次第であり、それは、言い換えれば、あなたを生かすも殺すもあなたの態度次第だということである。あなたがなぜこの本を手に取ったのか。今ここで、もう一度、しっかりと考えてみて欲しい。

ここに書かれているのは、あなたとは関係のない別世界の話ではない。すべて、あなたの内の話である。あなたの内を見る鏡である。それは、あなたが見失ったもう一人のあなたが語る真実、あなたを含めたすべての世界の真実である。あなた自身を外したら、あなたの世界の真実は何もわからない。あなた自身が、あなたのすべての現実を創る、あなたという世界の創造主である。あなたが変わらなければ、あなたの体験する現実は何も変わらない。他者や外界を変えようとするあなたが変わらなければ、他者も外界も変えることはできない。あなたの周りの世界があなたと別のものであると思えば、あなたが本当に望んでいる現実を実現することはできない。あなたの体験する現実は、あなたがどんな神を信奉しているか、によって左右される。「本当の自分」という、あなたの本当の天国を産み生む本当の神の語る内話こそが、あなたが望んでいる現実をすべて実現するための教えである。

                         ナムウ

元つ話1144 悪避けるなよ 悪に一厘有り

2014-09-01 Mon : 長谷章宏語録 
そなたが勝手に制限を創って自ら偏らせて苦しんでおるのぞ。自業自得ぞ。神から出られんぞ。バランスからは逃れられん。そなたがそなたを自由にすればよいだけぞ。せねばならんことやしてはならんことは一つもはないぞ。人に文句を申す理由はござらんぞ。

人を殺して、欲しいモノを手に入れても、すべての者殺して一人占めしても、上に立っても人を支配しても、そなたはそれまでぞ。そなたの手に入れた物質やここのゲームでの地位や名誉や勲章や財産はミロクには持って行けんぞ。身魂の掃除なければ終わりぞ。Фのもの持っただけ、トクしただけ厳しいぞ。アベコベぞ。

どんなに進歩させても、どんなに便利にしても、そなたのその外側を全部取られたらどうするぞ。物質の箱は終わりぞ。薬もコンピューターもなくなるぞ。資源なければ電気もガスもないぞ。水もなくなるぞ。そなたが物質の肉体は壊れるぞ。そなたの身魂が掃除あればそなたは新しい服が着られるぞ。掃除なければそこまでぞ。モノの時代はもう終わりぞ。Фの宗教の遊びはもう終わりぞ。超能力でもカネでもミロクは開けんぞ。Фの世のデーター、プライバシー握ったところで、支配したところでただの茶番。知りたい者には教えてやればよいぞ。個人情報支配しても身魂は支配できん。

金をかせいでも、物質の世で何を手に入れても、掃除無き者はそこで終わりぞ。壊れるものを溜めてどうするのぞ。そなたの肉の身も終わりでござるぞ。悪を暴いて批判して潰すゲームをして居るそなたが悪ぞ。そなたが潰れるぞ。自らを潰すことをして居るぞ。そなたは何をして居るのか。狂って居るぞ。そなたは自殺したいのか。そなたの問題ぞ。そなたがどうするかぞ。すべて遊びぞ。ルール違反の中のルール違反はただのゲームぞ。Фは自滅するぞ。自滅するものをわざわざ滅してどうするぞ。そなたも滅びるぞ。

最後のミロクの入口には⦿以外通用せんぞ。今から申して居るぞ。出直しできるのは後少しの間ぞ。その時になって何とかしてくれと申しても何もできんぞ。入口の条件、今から申しておるぞ。神のルールを破るわけにはいかん。調和壊れるからぞ。調和壊す者は許さん。もう地獄は創らせんぞ。今からこの方は申して居るぞ。間に合わんと申してあるぞ。「どうすればよいか」後はそなた自身で考えよ。そなたの答えを実行せよ。材料は渡してあるぞ。そなたが一つ一つやれば結論はでるぞ。悪避けるなよ。悪に一厘有り。

                         十日立

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