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元つ話863 都合がよい『苦があるのは当たり前だ』という教に騙されて

2013-11-24 Sun : 長谷章宏語録 
天国を破壊する真釣り外し(本当の「悪」)を生かす大神の情けがわからない(悪に制裁を与えることは当たり前だと言う)ならば、あなたはこの世の真実を永遠に知ることはない。あなたは、自らの思い違いによって、自らの命を失うことになる。今の世界を実体のあるものであると思っているならば、あなたは永遠に自由にはならない。あなたのいる社会が魔釣りに基づいて作られているものなら、その社会では誰も自由にならない。善悪がある世界が実体なら、善悪がなくなることはなく、戦う(裁く)世界が続く。善悪がある世界が幻想ならば、その世界は実体のない世界であり、そこにいるあなたは消える運命である。

悪の響きは、情けと花の仕組みの中で真釣り外しゆえに現われた現実である。本来は実体のない「悪」を裁けば裁くほど、どんどん悪が増え、あなたも社会も消滅する時が来る。魔釣りの言う「善悪」は中身は空っぽであり、善悪の争いは幻想の世界のお伽話のようなものである。本当のあなたに死はなく、この世で何が起きようとも、実際には、本当のあなたには何の影響もない。この世で不都合が生じるならば、それは、真釣り外している証であり、あなたが悪を裁くならば、それは、あなたがこの世に執着していることの証である。あなたは、限りある箱の中で居場所の奪い合いをしていることになる。あなたが本当のあなたを思い出せば、本当は何の問題もなかったことが分かる。すべてはあなたの思い違いであり、あなたは思い違いに基づいて誰かを裁き、不平不満を言ってきたことになる。それは、自らの思い違いに基づいて、自分の現実の責任を転嫁してきたことを意味し、自らの間違いを認めないならば、あなたは、自らの思い違いにより、自らを殺すことになる。

法律が定めることが善(正)であるならば、法律違反は悪(誤)となる。『善悪がある』ことが真理であると言うならば、「裁くこと」自体の善悪は議論されることはない。なぜならば、「裁くこと」がおかしいと言ってしまったら、この世は悪だらけになってしまうからである。あなたは、今まで、苦の正体を知らず、自らの人生のカラクリを知らず、あなたの快欲を維持するために都合がよい『苦があるのは当たり前だ』という教に騙されて、自らに訪れる苦の響きから逃れたい一心で何か(誰か)を裁き続けてきたのである。苦があるのが当たり前で、その苦は誰かが自分にもたらしたものだという幻想に囚われていれば、あなたは自らの苦の責任を誰かに転嫁し続けることになる。社会をよくしようとする行動すらも、社会にある「悲惨な」状況や「不都合な」状況から逃れたいがために、自らのしていることを棚に上げて、皆と一緒になって、いい加減な理屈の善を行じた茶番劇である。社会を良くしようとし続けたはずなのに、なぜ社会が乱れていくのか。嘘は明らかである。

         【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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