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元つ話943 産業革命というのは進歩ではなく破壊なのである

2014-02-12 Wed : 長谷章宏語録 
現代社会でいう生産者は、自分では何も生産はしていない。自然の材料と仕組みを使って、欲しいものを得ているだけである。実際のところは、全員が消費者である。生産者、消費者というのは、言い換えれば、消費者の中の、提供者と被提供者である。自分の力で生産もできなければ、自分の力で分解もできない。その実体はと言えば、人間がしているのは、採取と投棄だけである。実際は、土と水と火と生命メカニズムが資源や生物を生産し、微生物と化学メカニズムがあらゆる物質を分解するのである。工業というのは、「生産」という形を管理し易くするために、自分たちが操作できる機械という道具を作り出して、自然を人箱の中に取り込んで、神様ゴッコをするために考え出された仕組みである。自然に反した者が、天気に左右されずに思い通りに食べ物を得たり、一年中快適な温度で生活する。自然に反した者が、何の苦もなく、快適に生きる。快欲だけを追いかけて、神の掟を忘れ去っている人間は、自分に都合がよいことだけを平然とやり、それが当たり前だと言って、何の疑問も抱かない。苦が現われれば、それを解消するものを自分の外に作り出し、他人に作らせて、平然としている。自然から離れた者が快適に暮らせるのは、本当はおかしいのである。機械文明に依存し、常に快感、心地よさだけを追い求め、生存権とか、快適性とか、安全性とか、利便性とか、いうような、本当はありもしない幻想にどっぷり漬かっているから、本当の意味での自分という存在が今どうなっているのかに全く気づかない。産業革命というのは、進歩ではなく、破壊なのである。天地の理法通りに事が起きて滅びるものならば、産業ではなく、惨業である。最期は滅びる運命のものだったのである。それは、産業の発展に支えられた文明の末路でもある。神に反した者が、神の天国を求めて、幻想の天国に生きて喜んでいただけである。その結末に何が待っているのかも知らずに。

         【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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