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元つ話1036 他者依存の現われ

2014-05-16 Fri : 長谷章宏語録 
自らの観念が作り出した、苦や悲しみを誰かに訴えても、喜びを誰かに話しても、それは、『自分の思いを誰かと共有したい』という他者依存の現われであり、自己満足に過ぎない。すべては一人芝居であり、あなたの思いや感情はあなたの選択した概念が作り出したものである。『分かってもらいたい』と思っても、実際にはそれは不可能である。『分かってあげたい』と思ってもそれも不可能である。誰かのすべてがわかるならば、それは、その誰かそのものであり、それでは、誰かと誰かが同一人物になってしまう。誰かのことが分かったと言うならば、それは、あなた自身の作った誰かの気持であり、逆に、誰かがあなたの気持をわかったと言ったとしたら、それは、その誰か流のあなた像である。『分かってもらえた』『分かってあげられた』というのは、よくよく考えれば、それは利己主義、自己満足に過ぎない。『分かってもらえない』『分かってあげられない』と悩んでも、あなたが苦しむだけで、実際には、分かり合うことは不可能である。当然のことながら誰かに『分からせる』こともできない。『分かった』と言うなら、それは、その誰か流に理解したということである。つまり、それぞれが自分の心の中で納得したしないのお遊びをしているだけのことなのである。『分かってもらうことはできない』言い換えれば『分からせることはできない』『分かってあげることはできない』のが事実であると分かれば、お互い楽になる。

『自分が自分に責任を取る』とは、今まで転嫁した責任を自分が引き取ることである。転嫁した分、苦を押し付けたのであるから、言い換えれば、楽を泥棒したのであるから、した分だけ失い、苦しくなるのは当然である。失ったものは自分のものではない。「自分のもの」と思い込んでいるから、「失った」と思うことになる。苦しいから訴えると言えば、元の木阿弥である。いかなる体験も自分以外のせいにしない、言い換えれば、他人の体験(感情)については一切責任を負わない。これが本当の天国に戻るための唯一のルールである。このルールを自分のこととして受け入れ、厳格に守り通した者だけが本当の天国に戻れる。


      【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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  参考までに〈「実践・日本真道」P155より抜粋)
本当の宇宙創造神とは一体どんな存在なのか。その答えは、日本にある。日本独自のものとして、宗教学では神社神道と区別されて新興宗教である教派神道として扱われるが、元つ真釣りの立て替え立て直しを知らせる金光、黒住、天理(おふでさき)、大本(大本神論)、日月神示、火水伝文の一連の流れの「神示」がある。これらは、世界をすべて束ねる元つ大神が取次ぎ者を通して時代に合わせて降ろした、神の世界の真実を語った言葉を書き記したものであり、言わば、科学も含めたすべての宗教を統合する教典、西洋風に言えば天地創造神の預言書である。神が語っている形なので、宗教に分類されるが、正確には宗教でも神道でもなく、神話も含めた人類の歴史の裏の裏に封印された、現代社会の本当の姿、本当の天国の正体を明かし、一人一人の生き様を振り返り、本当の世界平和をもたらす術を語る文献である。

 
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