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元つ話1076 自ら産み出せない神々と天恵がなければ何もできない人間

2014-06-25 Wed : 長谷章宏語録 
現代社会は、元つ天の大神の掟(真釣り)を外した魔釣りのアヤマ知で作り上げた過ちの歴史の末路の型示しである。今の仏教で言えば、末法の世である。真釣りを外して自ら産み出せなくなった者ができることは、「すでに有るもの」を使うことだけである。大神が産み出している天恵(自らの命と死後も含めた時空とそこにあるすべてのもの)の「使用料」を、産み出した本人に支払っている人間は何人いるだろうか。もし未払いならば、それは、クレジット購入(ツケ払い)である。もしそうならば、その天恵を使って作ったすべての「商品」、日常生活で使うエネルギー、それらを作り出す理念や技術、自らの肉体や命、森林や海や山や川、酸素、太陽、月、自らが存在する空間、時間、宗教や科学や知恵や歴史や天恵や魂や神仏も含めて、今まで手にしたものすべてのすべてについて、神々も含めた人類(つまり、あなた)に所有権はない。支払完了までは、自分のものにはならない。真釣りを外して、自らでは無から何も産み出せなくなった者が作る今の世には、自分の命も含めて、人類のものは何もない。すべてのすべてが「元つ天の大神様のもの」なのである。

お金というのは、資源を加工してつくった道具、言い換えれば、資源から産み出された子どもである。自ら産み出せない神々と、天恵がなければ何もできない人間が、魔釣り世を思い通りに進めるために考え出した経済社会だけで通用する、神を金に置き換えた形の世界を支えるための道具である。お金というのは、言わば、形の経済社会限定の神であるから、真釣りの神へのお金の支払はありえない。従って、神仏も含めて、元つ天の大神が真釣りで産み出した天恵に対する使用料を払うことは誰もできない。真釣りで真釣りの天恵を使うならば、それは、所有しているのと同じであるから自由に使ってよいが、魔釣りで真釣りの天恵を使い続けるならば、それは泥棒しているのと同じである。真釣りならば借りはなく、真釣りでないならば、それは借りていることになる。使用料を支払えば使ってもよいという理屈も成り立つが、元々は、真釣りのみであり、借りるという概念は存在しない。今の世は、真釣りに戻すための仮の世であるから、その理屈は永遠には使えない。つまり、真釣りに戻す行をしない限り、返す気はないということである。それは、天地の理法を破って盗み続けることを意味し、支払をしないならば担保(魂の命)と引き換えである。魂の命を渡せば、あなたはいなくなるから、あなたはもうどこにも転生できない。神仏も含めて、今世には「泥棒」しか存在しない。あなたには、真釣り戻しの地獄を超えて永遠の天国に戻るか、魔釣りで生きる泥棒を続けて永遠に滅ぶか、二つしか道はない。神々すらも逃げられない、生死時空を超えた元つ大神の真釣り戻しの大掃除が迫っている。

       【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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