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元つ話1155 ゴミハウスの住人の現実が自らの現実

2014-09-12 Fri : 長谷章宏語録 
片付かない、綺麗にならない、とイライラしていたら、掃除の意味はない。見える世界を綺麗にするための掃除に精を出し、形に現われた塵や埃をどこかに追いやっても、結局は、自らにすべてが戻ってくる。日本から見た「東」は、地球を一周すれば、それは、「西」あり、自分の東は自分、自分の西も自分である。東=西、であり、自らの視点の違いに過ぎない。あなたからどう見えたとしても、快楽を追い求め、自らの苦労を誰かに押し付けていることには変わりはない。誰も責任を引き受けないと言ったら、最後には、自分から出たものはすべて自分に戻る。自分が責任転嫁した分=苦を押し付けた分を引き取らない限り、あなたは永遠の間違いに気付かないまま、永遠の命を捨てることになる。楽に掃除を済ます方法を追い求め、有害物質やポイ捨てを取り締まれば、一時的には満足感が得られるが、実際のところ、綺麗になるどころか、規制や強制をされることで、望みとは反対に、心はどんどん乱れていく。あなたが響きの穢れを塗り隠した分、最後にまとめて形に現れることになるから、結局は、誤魔化し、塗り隠し、見ない振りをしていた分をまとめて大掃除することになる。すべての埃を綺麗サッパリ掃除してピカピカの心になるまで、永遠に終わることはないのが、本当の大掃除である。それゆえに、有限だと言う世界で無限に埃をため続ければ、ゴミハウスの住人の現実が自らの現実となる時がやってくる。形の掃除とは違って、身魂の大掃除は、神仏や他人に掃除の方法を教わることはできるが、掃除そのものを手伝わせることはできず、掃除そのものはすべてあなた自身がすることになる。

                         ナムウ

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