スポンサーサイト

-------- -- : スポンサー広告 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

元つ話1185 家畜にしなければ支配はできない

2014-10-12 Sun : 長谷章宏語録 
国家を構成するのは個人である。国家を変えるというのは、国家を構成する個人の思想を変えさせるということである。国家の意思を変えるには、構成員の思想を操ればよいのである。すべては、一人一人の同意が作り出す結果である。現代社会は、相互依存の世界であり、自らの責任を放棄した者たちが作り出す裁き合いの響きを根底に持っている社会である。誰かが誰かの責任を取り、誰かが誰かに責任を転嫁する。本当の天国とは正反対の世界の顕現であり、その世界で何をしようとも、その結末は永遠の滅びとなる。今あなたがいる世界にある思想、あなたの外にあるシステムは、誰かが考え出した思想が基になっている。それを正しいと思い込めば、それを代々伝えていくことになり、歴史が進むほどどんどん奴隷化が進行していく。永遠に支配のピラミッドから抜けることはできず、求めている自由や平和は永遠にやって来ない。何かを強制しなければ成り立たない社会は、誰かの思惑によって動かされている世界である。自然の法則には強制はなく、自然のままに営まれる。生かされているとは、生きる者はどうあっても生かし、引き上げる者はどうあっても引き上げるということである。死を避けたり、生にしがみ付いたりして争うならば、それは生かされていることにはならない。自らの力で生きているならば、自由な世界のはずである。生き死にが自由にできないならば、それは、生かされている証であり、自らの生き残りをかけて殺し合いをしているのは、矛盾している。生きようとするなら、それは神への抵抗である。「自由」は自己責任の世界であり、どんな現実も自ら以外に責任はない。

法律という道具を使って強制することで作り出された世界は、自由な世界ではない。二極分裂、需要と供給のバランスを語る有限の世界では、全員が天国になることは絶対にありえない。現代社会に生きる人類は、実現不可能な世界を夢見て、上から下まで全員が騙されているのである。誰かが誰かを操作する世界では、その世界の本当の黒幕の思いのままの世界となる。支配者にとっての人民は、自分の天国を実現するためのコマでしかない。家畜にしなければ支配はできない。家畜が生きる権利を主張しても意味がない。その世界では、人権など存在しない。自分が食べるために飼育している豚が豚権を主張して反乱したらどうするのか。「人」の世では平等も公平も主張しない。当たり前であり、満たされているからである。「獣」の世は戦いである。それぞれが自分の天国を作ろうとして殺し合いをすることになる。奴隷、家畜、ロボット、みな同じ状態を指す。誰が誰を所有物にするか、誰が誰を奴隷にするか、という王の座の争いを世界から個人までやっているのである。

                              ナムウ

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。