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元つ話1193 お金でも響きでも返せなくなれば後は「自分を」返すしかない

2014-10-20 Mon : 長谷章宏語録 
お金という形の借りを返すことが生き戻る条件ならば、借金を残して死ぬことはできないことになる。生命保険で返そうと考えても、それは相互扶助の思想で作られた、被害者、弱者勝ちの悪平等の分配システムであるから、返したことにはならない。そのお金は、誰かから奪ったものである。家族が引き継いだとしても、それを全部清算するまで天国はないことになる。家族が代々、魔釣りを継承しているならば、誰も借りを返すことはしないから、この世が略奪の世であるならば、永遠に借りを返すことはできない。借金も所得も結局は借りだからである。自殺は借りを逃げる事である。自己破産、夜逃げ、踏み倒し、文字通りの自殺。自らした結果を他人に転嫁すれば、その分、自らが苦しくなるだけのことであり、時空生死を超えた清算であるならば、あなたが背負う苦は修羅の地獄となる。

本来は、この世の血統と本当のあなたは何の関係もない。今生の家族や親類縁者の上下血縁関係を使って支配することは一種の操作であり、本当は、誰も縛ることはできないものである。形の上の親子は親子ではなく、兄弟は兄弟ではない。今世で言う親子の上下関係は、形の時間軸の上での現象であり、それを代々継承し続ければ、『親は帝王で子は奴隷』の関係が永遠に続くことになる。それは、獣同士の支配権争いである。本当の親と子ではないから、親子関係を利用した支配では、本当に楽になることはできない。親の面倒を子が見る、老後を若年層が支える、という思想を当然の如く語り、法律で強制し、義務化しているが、全くのアベコベである。人が神を支えられると言うならば、それは真実であるが、神が人を支えているのが事実であるから、親が子に面倒を見てもらうことが当たり前である社会は狂っている。金がイノチを支える年金制度が崩壊しているのは、その根本が間違っている証である。間違った思想を強制し、義務化することこそが悪である。真釣りは万古末代弥栄であり、壊れることはない。真釣り戻して壊れるもの、破綻するものは嘘で作られたものである。真釣り戻して残るのは、真コトの一厘だけである。その一厘で生きれば、今の世にあるものを天国の響きで使うことができる。幸せは握り持つものではない。すべては大神のものであるから、一旦、すべてのものを大神に返して、すべてを捨てて、大神の言う通りに素直に歩いていけばよい。立場や生死は大神に任せて、自らの生き様を正すことである。生かされある者に、保身の必要は皆無である。保身で物事を処理するなら、あなたは永遠の死である。今生の先祖は、今生のあなたには何の強制力もない。この世に(人類の歴史に)ある、すべての家系の大元はただ一つであり、『先祖代々の墓』の総元締めは元つ大神である。あなたが誰かに責任を転嫁すれば、それは、その大元にすべての責任を押し付けることになる。返さなければならないのは、結局、お金ではない。

真釣り戻しの清算ですることは、響きの借りの返済である。奪う響きで形を得たものは、たとえ、この世で所有権があるものであっても、あなたには本当の所有権はない。響きを清算すれば、借金を生み出した響きは時を追って清算される。形でも清算される。借金自体を返すために、この世の金融経済システムが用意した道具でお金を作ろうとすれば、借金が増える。奪ったものと交換しても奪った響きが増えるだけである。略奪の響きのまま借金でつないでも、結局は、返せなくなる。利子というのは、略奪の産物である。元金はお金ではなく、利子を生むための道具である。お金でお金を増やす仕組みに現代社会の正体のすべてが現われている。略奪の究極の形が金融システムなのである。その中で損得勘定の帳尻合わせをしても、結局は、有限の中の幽玄の世界の簿記という「数字合わせ」ゲームは破綻する。お金でも響きでも返せなくなれば、後は「自分を」返すしかない。誰かの借りを誰かが支払うことはできない。バラバラにした形の世界だけでできることである。

                ナムウ

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