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元つ話1212 支配者を支配者にしたのはアメとムチの世界に同意している大衆である

2014-11-08 Sat : 長谷章宏語録 
支配者のすることを批判している限り、彼の世界の思想はわからない。否定しているから、支配者の世界には入れない。陰謀は見えない。罠に気づかない。完全に冷徹にならなければ支配することはできない。この世界を支配する黒幕には、罪悪感などない。あなたが要らない紙を破るように、ゴミを捨てるように、すべてのものを扱う。基準は『自分にとって要るか要らないか』である。罪悪感を持っている限り、真実は見えない。騙され続ける。自らが役に立つことを喜びとし、自らの存在価値がなくなったと嘆いて自ら命を絶つ。自らがその支配者の作った世界で要るか要らないかを常に確認していなければならない。あなたが『自らに不都合な者を死刑にしたい』と思うならば、全く同じ思想を持っている。ただし、それを隠して、善人を演じている限り、本当の支配者にはなれない。『自らにはそんな力はない、庶民だから、難しいからわからない』と言っている限り、あなたは永遠に奴隷であり続け、最後は、ゴミとして捨てられる。人権を叫んでも、負け犬の遠吠えである。『人間は不完全だからわからないのは当然だ』という思想も植え付けられたものである。「不完全な」人間が、完全な自由、永遠の天国を作ることはできない。究極の矛盾である。

元々は、すべて神の世界から始まっている。心というのは波動であり、思想というのは、それを言葉で認識できるようにしたものである。言葉も、物も、形も、すべて周波数を持っている。どの周波数に同調するかで、自分の世界が変わる。現実というのは、自分と世界の同調である。自分が同調した世界が自分の世界となる。従って、すべて自分が作っている世界である。誰かの創った世界に同調している限り、完全に自由になる世界はどこにもない。その望みは果たせない。痛みと苦を避けながら、誰かに与えられた餌(快楽)を追い求めてマヤカシの天国に満足し、心残りのまま死後の平安を望んで寿命を終える。生き延びたい、死にたくない、楽したい、苦しみたくない、その思考が自らをそうさせたのである。すべては自己責任。自らに都合よく選んだ思想を後生大事に抱えていることが騙された原因であり、被害者になった原因だからである。善人を演じれば、永遠にカモとなる。支配者を支配者にしたのは、アメとムチの世界に同意している大衆である。独裁者を批判する心が更なる独裁者を産む。最後の独裁者は、独裁者に見えない独裁者である。大衆は、自らの生存を保証してくれる指導者ならば、独裁者でも受け入れてしまうのである。

支配される大衆も、人間以外の生き物に対しては同じ思想をもっている。自らがされていることを自ら以外にしている。自らの思い通りにならないから、ストレスがたまる。皿の一枚でも壊せばスッキリする、と言う、皿の元は土である。すべては一つである。人間も自然も、人間を除いた動物も細菌も、鉱物も、ゴミも、毒も、その元は一つである。しかし、命は地球より重い、と言っておいて、自らの都合よく命の重さを変える。人を殺すのは許さないが、大量虐殺の犯人は死刑だ、と言う。人間は駄目だが、物ならば壊してよいと言う。人間は傷害罪で、動物は器物損壊罪だと言う。動物は生き物だが、人間以外は「物」である。動物実験はよいが、人体実験は駄目だ。動物は実験材料にしてもよい。人間を生かすためには仕方がない。人間が生き延びるためには実験が必要だから、仕方がない。供養して感謝すれば殺しても許される。未知のものが安全かどうかを確かめるためには、誰か(何か)が犠牲になる。物質(化学反応)、遺伝子、細胞、微生物、小動物、牛、猿、死刑囚、犯罪者、捕虜、病人、誓約書で責任回避した上の本人同意の臨床実験、そして薬を市販する。薬は欲しいが、自らは実験台にはならない。自己の延命策しかその頭にはない。自らの食べるもの自体の毒見はできない。自然まで範囲を広げれば、ヒットラーや金正日を批判できる資格のある者は誰一人いない。現代社会自体が「人間(もっと言えば、最も優秀な人材の集まりである先進国)」を頂点とする優性思想による自然支配の世なのである。

                          ナムウ

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