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元つ話 429 過去とは決して過ぎ去った世界ではなく、今も厳然として同時並行的に存在している場所

2012-09-16 Sun : 神語録 
   「2013: 人類が神を見る日」  半田広宣著より

P209
 <わたし>とは、対象の位置とそれを見つめている身体との位置を結ぶ空間の中に存在する・・・・。これは、まさに幽体離脱と言ってもいい感覚だった。この感覚がもっと研ぎ澄まされてくると、従来は場所を表す概念として用いていた<あそこ>や<向こう>などという言葉が、過去や未来という時間を表す概念と同一のものとして感じられてくるから不思議だ。
 つまり、わたしが回想する<過去>の時間的広がり、すなわち記憶とは、<現在>の空間の的な広がりと同一のものとして感じられてしまうのだ。
 わたしが過去の記憶をたどる時、わたしは<今>も<あそこ>にいるのであり、かつ、<ここ>は<あそこ>にとっても<今>なのだ。過去とは決して過ぎ去った世界ではなく、今も厳然として同時並行的に存在している場所として考えなければならない。そのような思考の在り方こそ5次元意識の産物なのだ。
 少年時代に野球をした広場、初恋の相手と散歩したあの公園、オコツトから初めて交信が入ってきたあの夜のわたしの部屋・・・・・わたしは<今>も<そこ>に生きている・・・・・あらゆるところからあらゆるところを見ている意識、それが5次元意識というものなら、記憶こそがまさにそれにふさわしい。それらはすべて、わたしが移動した質点の集合と認識した対象の質点の間に形成されている空間での出来事ではないか。―――ビ―・ヒア・ナウ―――まさにこの広がりを持つ意識こそが<今、ここに、存在する>わたしなのである。

 記憶を自意識の空間的拡張と捕らえることによって、わたしは時間から解放された自由な自己のイメージを持てるようになった。確かに記憶自体の中には過去の出来事の時間的な序列など存在していない。1週間前の出来事と10年前の出来事を比べて、どちらが遠い過去であるのか記憶のみで判断することは不可能だ。それらはすべて意識の中では重なり合って存在させられている。記憶の前後関係の判断を行っているのは記憶そのものではなく、あと付けされてくるカレンダーや時計といった人間の内面の空間認識が形作るパラメータである。
 この記憶というビジョンの重なり合いに数直線的な時間的序列を与えているのは、おそらく外圧と内在を分離して考える人間型ゲシュタルトの仕業なのだ。オコツトが言ったように時計で測る線型的な時間などは人間の外面には存在していない・・・・・。

 ―――3次元認識しかできない人間型ゲシュタルトにとっては、自己というアイデンティティーの位置は必ずといっていいほど肉体の内部に感覚化されている。普通、わたしたちのほとんどは自分が抱く感情、思考、記憶、意思などの心的要素を内在として感覚化しており、目の前に展開されている現象世界とは完全に区別してカテゴライズしているはずだ。自己なる存在が肉体の内部に幽閉されたことによって、わたしたちは自我をますます肥大化させ、人間vs自然、自己vs他者という対立概念をより増長させてきた。

 科学、宗教を問わず近代以降に起きてきた世界観の変遷は、すべからく精神の委縮化であったと見なしてよいのかもしれない。本来、万物に浸透していた人間の霊性は霊魂という言葉に置き換えられ、同じく肉体という器に宿る何らかのエネルギーというイメージで3次元的な描像にまで転落させられてしまったのだ。死の訪れによって霊魂は肉体を抜け出し、新たに生まれ変わるべく別の肉体を求めて異空間をさまよう―――このような転生説を唱える生気論者たちは、彼らの主張とは裏腹におそらくは唯物論的思考の影響を色濃く受けている。エクトプラズム・・・なにやらガス状のエネルギー体としてイメージされる霊魂、そして、アストラル体、メンタル体などに見られる「体」という形容・・・・・。非物理的なものには非物理的な方法で近づくしかないにもかかわらず、世界はそのすべてが物質感覚に支配されたイメージで溢れかえっている。それほどまでに人間型ゲシュタルトの力は強力なのか・・・・・。なにもかもが真実の宇宙感覚とは縁遠いところで淀んで腐敗しかかっている・・・。わたしには、正直、そんな感じがしてならなかった。

(以上転記おわり)


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以下「長谷本」より参考内容抜粋

・あなたが、過去や未来という想像の世界に生きていても、あなたの今この瞬間の出来事は何も変わりません。今この瞬間を一つずつ体験することが「本当の人生を生きる」ということなのです。
 あなたはあなたのために、今この瞬間を楽しむためにここに来たのです。過去というものも、未来というものも、あなたが後悔していることも、あなたが心配していることも、すべて、今この瞬間の意識の中で創り出している出来事なのです。実際のところ「過去」や「未来」というものは、ありません。現実というのは、「一つの永遠なる今の瞬間の連続」です。あなたが、夢を実現したいならば、想像上の現実に生きるのをやめることです。「あの時あれをしなかったら」と、今ここにある現実を消そうという無駄なゲームをやめることです。それをしても、今ここにある現実は、何も変わりません。
 今までやっていた「幻想ゲーム」から目を覚ますことです。身も心も、今この瞬間に生きることで、今まで見えなかったものが、すべての真実が見えてくるのです。あなたは、目に見えない意識と、目に見える肉体が一つになって始めて「人間」なのです。目に見えていない部分を見る方法を知ることが、実は、自分が今ここでやっているゲームの秘密を知ることになるのです。まずは、「目に見えない世界に関心をもつ」ということから始めてください。

・今まで教えられてきた生き方は、宇宙の真実と全く正反対の、アベコベの生き方だったのです。今まで真実だと思っていたものが実はそうではなく、今まで真実ではないと思っていたものが実は真実なのです。「肉体の中に意識があるのではなく、意識の中に肉体がある」「自分の外のものに意味があるのではなく、自分が外のものに意味を付けている」「現実があるからできないのではなく、現実があるからできないと言っているからできない」「自分の外に責任があるのではなく、自分の中に責任がある」「何かが自分を制限しているのではなくて、自分が自分を制限している」「何かが自分の体験や感情を創っているのではなく、自分がすべてを創っている(つまり、自分が神様なのです)」それが、人生の真実です。実は、「今まで生きてきた世界が夢で、夢だと言っていた世界が現実だった」のです。みんなそろって、まったく反対の生き方をして、今ここにある様々なシステムを創りだしていたのです。新しい生き方をしようとすると、反発や制限を感じるのは当然のことです。 今までの生き方では、永遠に夢は実現しません。

「井の中の蛙、大海を知らず」言うなれば、今までのあなたは、人生の落とし穴の中で生きていたのです。


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