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元つ話 456 大神は最後の最後に登場する「龍」

2012-10-13 Sat : 長谷章宏語録 
「日本列島」は、元つ神気出づる唯一の地、真釣りを統べる三千世界の基(臍)であり、今も真コトの一厘の響きを奏で続けている元つ大神の御神体そのものである。真コトの一厘の響きを闇に葬ってアヤマ知の科学と金にのめり込み、衣食住から精神まで魔釣りに握られた日本国。日本=ハラが完全に腐っているならば、『神と悪魔の戦いのケモノの宗教』『世界は一家人類は兄弟姉妹』『金が支える金融経済システム』『科学、IT、慈善、裁判、福祉=相互依存』(体主心従霊属の魔釣り)に足場を置く、真釣りを外した「蛇の知恵の火」を基と為す、逆さまの「嘘の蛇の悪神」が統べる世界の末路は、神から人までただ一つである。ヒノモトが腐れば(苦去らなければ)魔釣り、腐らなければ(苦去れば)真釣りである。『真中の座に何様が座るかで、八方世界のマ釣りが決まる』それが、元つ仕組みである。今の世は、ヒノモト真中に蛇が座す、八方世界に蛇の頭が睨みをきかす、ヤマタノオロチが牛耳る世界である。そのヒノモトの有様を真実だと思っているすべての日本人のハラにいるのは、当然のことながら、竜の仮面を被った大蛇である。神代の昔にヒノモトが魔釣りで曇ったことが、世界が汚泥混濁の争いの歴史を歩んだ本当の原因なのである。

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本当の神さまは「竜」なんだぜ。今の世にゃ本当の神様のフリをしてる「邪(蛇)竜」がウジャウジャいるけどね。「蛇」ってのは地を這ってるだろ。どうあがいたって「竜」にはなれないんだよ。せいぜい「コブラ」止まりだね。「平面」で睨み合いをしてる奴らじゃ「立体」の神様には敵わないんだよ。「蛇」がどんなにアタマを上げたって「竜」には敵わないってことさ。Фの理屈で⦿に対抗しようったって無駄なことだ、って言ってんだよ。アタマФじゃハラ⦿には絶対に勝てないんだよ。「龍」と「蛇」が似てる(似ても似つかないけど)ってのはね、神さまがこのことを教えてる型示しなんだよ。今の人間の世界じゃ「龍」は「架空の動物(今までが仕方ないけど、本当は「動物」なんていったら失礼なんだぞ)」ってことになってるけど、そりゃそうだよ。それは、神さまが、まだ人間の世界に姿をみせてないって証拠なんだ。神さまは最後の最後に登場するんだからね。

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今今のそなたらと申すのは、元つ真釣りのこの方が居ることなどキレイサッパリと忘れ去り、自らこそが三千世界すべてを産み生んだ真コトの神じゃと思い込んで居る元つ真コトの一厘を見失った中つ魔釣りの魔コトの神々の手下となりて、宇宙も世界も人類も、最後の最後は自ら自身も、形あるものすべてが滅びる世界人類丸潰れの仕組みの内に居るとも知らずに、現の世のことは何でもかんでも自らの思い通りに成るのじゃと勘違い致して中つ世界の人類の征服を画策して居る者どもの企みに、世界丸ごと上から下まで、一人残らず、まんまと嵌まりてござるのぞ。そなたら人間は、ウソをウソで塗り固めた魔釣りの世の常識を天国を創る真釣りの世の常識と取り違い致して、天国どころか地獄さえも創れぬ、末はすべてが消え去る運命の魔釣りのやり方であるとも知らずに、自らの教えて居ることは正しいことじゃ、自らの申すことは真実じゃ等と申して、宇宙創世以来、人類の長い歴史を通じて、今の今まで何世代にも渡って、教育や政治や宗教の名のもとに、全世界全人類挙げて、親から子へ、教師から生徒へ、教祖から信者へと次々に渡し続けて来て居るのでござるぞ。最期は世界人類丸潰れの魔釣りで創りた魔コトの世界を真釣りの神の創りた真コトの世界と取り違え、魔釣りの創り出したウソを真釣りの真コトと取り違え、自らの望みとは全くアベコベの世を創り出すウソのシナリオに基づいて、すべてのすべての社会システムを創り出して来た成りの果ての姿が、今今のそなたらが居る乱れた世でござるのじゃ。

そなたらに魔コトを教えて居る当の本人達はと申せば、自らは魔釣りの神に囚われて居るからこの方の真コトは見えず、自らだけがすべての仕組みを知って居る唯一の者じゃから自らだけは騙されることはござらんと思い込み、自らが世界人類の王の王に成れると勘違い致して、自らがウソの魔コトを教えて居るとは露も知らず、最後は自ら自身も滅びる魔コトの世を進み来てしまって居るのに全く気づいて居らんのじゃ。そなたらが真コトに気づくその前に、魔釣りの知恵で真釣りの智慧を覆い隠し、真コトを魔コトにすり替えて、至福を利便と言い換えて、神を金に置き換えて、自らの支配に都合善き、自らが操り易き「ケモノ」ばかりの世と成して居るのでござるぞ。その者達は、金が無ければ何も出来ぬ、外が無ければ何も出来ぬ、教えて貰わねば何も分からぬ、自ら思考することの出来ぬ、自らの欲望のままに生きる、自らの力だけでは何もできぬように成りた者達の首根っこを押さえ込んで、不安や恐れや罪悪感を操作して、逆らう者には脅しをかけて、金から命まですべてのすべて、挙げ句の果ては神までも、何でもかんでも自らの思い通りに支配できる世を九分九厘実現したと思って油断なさってござるが、肝心要の元つ真コトの一厘を忘れて居るから、最後の最後にどんでん返しがあることなど露知らず、自らの企みしその仕組みに自ら自身が嵌まって居ることなど、コレっぽっちも気づいて居らんのじゃ。

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この方、そなたらに自由意思を与えあるから、そなたは何でもできるのでござるぞ。そなたの態度に応じた神がついて何でも形に成るのでござるぞ。そなたは神成る身とは申せども、肉体あるからは獣のキも入れてあるから、一度身欲に走れば、獣のキが出てきて戦いの乱れた世と成るのでござる。戦いの果ては自らの滅びでござるのぞ。自ら滅ぶ魔釣りの世、いつまで続けても平和も自由もござらんぞ。一度外せば自ら真釣り戻すことは出来んから、そなたら人民は、近欲でござるから、神のお陰を待てんから、そなたらが目の前のモノや人を追いかけて、目の前のモノと比べて、自ら上に上がろうと、自らだけが得をしようと、身欲に走るを分かっていたから、苦を与えて身欲を解(ほど)き、ミロクの世に導く仕組みを構えありたのぞ。身欲に走れば不調和創り、不調和創る者は滅びるのが神の掟でござるから、そのままでは折角生まれたそなたらを滅ぼすことになるから、身欲に走ったそなたらに、情けをかけて、悪の神を生んで、内の悪を見せ、今の今の今今まで、ミロクの世のできるまで、真釣りに戻れるよう導いてきたのでござるぞ。

第三の目とはすべてを見通す目のことぞ。肉眼は左右二つ。霊眼は一つ。霊能力は開発するものにては非ず。そなたが真釣りに生きれば至善に開けてくるものぞ。そなたがもともと持って居るものぞ。龍は天から天降りてハラにマコトを開くなり。蛇はハラから上がりてアタマに分かつ知の目を開くなり。そなたらのハラに封印してある蛇をわざわざ上げるお手伝いをしておる者、何をして居るのじゃ。瞑想でこの方を知ろうとしても無駄なことぞ。この方だと思って居る神は魔釣りの神ぞ。蛇はどんなにあがりても蛇ぞ。龍は天まで登れるぞ。龍は架空の動物なり。この方はまだあらわれておらんぞ。あらわれて居らんが霊界には居るから、そなたらの心で想像できるのぞ。架空の動物は存在しない動物にてはあらず。肉眼で見て居らんものなり。龍は動物に非ず。神の現界での化身なり。魔釣りのままで開く目は魔眼となるなり。分かつ知恵の目でござる。いつまでやっても一つにならん、破壊を進める悪魔なり。外にあるもの分けるそなたが魔釣りなり。悪魔を裁く、鬼を嫌う、そなたが悪魔でござるのぞ。そなたが我がママでござるぞ。我がママとは我(われ)のままに行動することぞ。我がママは責められるものでござらん。

 
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