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元つ話 469 善悪に分けた善人は、調和を乱す「悪人」

2012-10-26 Fri : 長谷章宏語録 
天国を求めておるのに地獄を進めてどうするのじゃ。そなたらはまんまと魔釣りの仕組みにはまって居るぞ。そなたは天国への道じゃと申して居るが、アベコベでござるぞ。今、目の前に見えて居る風景にだまされるでないぞ。茨の道は天国でも地獄でもござらんぞ。楽な道は天国でも地獄でもござらんぞ。見た目で決めるなと申してあろう。宗教が悪じゃと申して何でもかんでも宗教と申すものを避ければマコトの宗教も避けることになるぞ。楽が善くないと申して苦をわざわざ選ぶ必要もござらんぞ。うまくいっておる時には何も疑う必要はござらんぞ。天国地獄は最後に見えるのぞ。そなたの心が天国に案内してくれるぞ。今のそなたはそなた自身を地獄に引っ張って居るのぞ。そなたらは、一度魔釣りに走れば、相対二元の善悪に入れば、調和を乱せば、悪を裁き始めれば、自らだけ楽をしようと始めれば、その瞬間から滅びの道を駆け降りるのでござるぞ。真釣りを外して調和を乱す者は滅びる定めでござるのぞ。そのまま許せば地獄の世となるからぞ。されども、そのまま消してしまっては、この方の生んだ神の血筋が絶えてしまうから、自らの御子を殺すには忍びないから、それでは可哀想なから、自ら改心致す機会を与えておるのでござるのぞ。調和の世に悪の身魂出(いで)来れば、悪を表に出して自らの内に悪があることを教え、改心致せば真釣りに戻す仕組みでござる。そなたに悪が見えるは、そなたの悪の映しでござるぞ。善には悪、楽には苦をもって知らせねば、永遠に改心できん。自らが善人だと申す者は、言葉で申しても、自らが悪人であることを認めんから、苦でお知らせするのでござる。

そなたらが善人で居られるのもあと少しの間ぞ。善人で居れば居るほど苦しくなっていくから、覚悟いたせよ。そなたが善人でござれば、そなたの外は悪人ということになる。そなたの外が悪であると申すそなたは、自らの真釣り外しを白状しておるのを知り居るか。自らが犯罪を犯して居るのを自供しておるのでござるぞ。そなたの外に悪があるのはそなたの内の悪の証ぞ。そなたが悪を裁いて居るのはそなたが悪を持ちたるからぞ。そなたが悪人を裁くのは、そなたが悪を持ちたる証でござるから、そなたが調和を乱す悪人でござるのぞ。悪人の仲間入りを避けるのが、そなたらの善悪で申す善人の性でござるから、一度善人だと思い込めば最後、悪人にならないようにアレコレと屁理屈を申して策略を致すから、善人を改心させるが一番難しいのでござる。そなたが何と申そうとも、この方から見ればすべて丸見えでござるのぞ。相対二元の善悪教の信者は誤魔化せても、この方は誤魔化せんぞ。自らが自らに騙されて居るのをご存じか。この方とそなたは善悪の基準が違うのでござるぞ。調和乱すが悪ぞ。

この方の産み生んだ身魂に善も悪もござらん。そなたらは、真釣りを忘れて魔釣りの常識を当たり前のものとして平然として生きて居るから、真釣りを悪と申して排除することになるのぞ。マコトの善を知らんから、至善を知らんから、自らがして居ることにちっとも気づかんのでござる。善悪に分けた善人は、調和を乱す「悪人」でござるのぞ。そなたらの善と悪との戦いは、『悪人』が悪人を裁く、悪人同志の勧善懲悪の茶番劇でござる。そんなことではいつまでたってもマコトの調和は創れんぞ。調和は創るものにあらず。元からあるものぞ。そなたが分けるから壊れたのでござる。不調和やめれば調和に戻るぞ。元つ真釣りのこの方が産み有無ものには、調和しかござらん。そなたらは皆、元々、善人(全人)でござるのぞ。善人でござるから相対二元の善人が自らのマコトの姿であると思い込めるのでござる。一度自らが善人だと思い込めば、改心はなかなか難しいぞ。この方の申すことを悪じゃと申すそなたは、見事に偽の善人と化して居るぞ。真の善人は、悪は語らんぞ。悪は裁かんぞ。この方の申すことに抵抗は致さんぞ。分からんことなど何もないぞ。分からんことがある者は、この方の申すことを疑う者は、偽の善人である証でござる。自らのしておることをよく見やれよ。そなたはそなたの姿を自ら白状しておるぞ。

                             立日十

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