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元つ話 510 今回は、皆さんの「大掃除」の最後のチャンス

2012-12-06 Thu : 長谷章宏語録 
 皆さんの「今体験している現実」と「死後の世界」とは一つのものである
皆さんが「今体験している現実」と「死後の世界の(魂だけが創りだす)現実」とは、本当は一つのものなのです。今ここで、教えられてきた「善いこと」をいくらやっても、死んだあとに「天国」はありません。逆に、今ここで「悪いこと」をやっても、死んだあとに「天国」を体験することもできるのです。皆さんが言っている「善い悪い」は、皆さん自身の基準であり、今までの「あやま知」が創りだしたゲームですから、「天国の方法」を選択するにあたっては関係がありません。
皆さんが「宗教」と言っているのは、肉体を通して感じている(認識している)「想念」であり、それは、皆さんの本体である「魂の言葉」なのです。つまり、皆さんの体験というのは、「想念」が先にあって、それを肉体で感じ、選択して、行動して、「形」が後に創られ、その「形」を見て様々な意味付けをしているということなのです。
皆さんの持っている「肉体」の体験というのは、結果であって、原因ではありません。皆さんがどんな「宗教」を持っているかで、「肉体」の体験が決まるのです。
「肉体」というのは、魂の想念と肉体の外側にあるものとを結び付ける(両方を感じることができる)ための、物質の世界にいる皆さんにとっては、魂の世界を感じるための非常に大切な道具(媒体)なのです。   

先ほど書いた、「内側にある戦争」というのは、この「魂からくる言葉(本当の自分の宗教を翻訳したココロの声)」を「肉体を通して外から学んだ宗教(外側から取り入れた誰かの宗教を翻訳したココロの声)」で判断するゲームなのです。アタマで学んだこととハラから出てくることの戦いなのです。実を言うと、このアタマとハラの戦いを終わらせること(判断を一切やめること、○×善悪の裁きを一切やめること)を「自分自身の大掃除」と言い、「肉体」というのは、今ここで、人間の世界で、この大掃除をするための道具なのです。


 皆さんは「自分自身の魂の大掃除」をするために今ここにいる
皆さんが、何回も何回も「輪廻転生」を繰り返していたのは、実は、この「大掃除」をするためだったのです。ただ、今までの世では、「あやま知」を教育されること(「人間の存在」を説く「宗教」という教育自体も、「あやま知」に囚われていたので、全く気づかなかったというわけです)で、「大掃除」のことなどすっかり忘れ、「何のために生まれてきたのか」などという問いをずっと繰り返す結果になっていただけです。
このような、長い間にわたって結論が出ていない、堂々巡りの「問題創造ゲーム」をやめるには真実を知ることが唯一の道なのです。
今回は、皆さんの「大掃除」の最後のチャンスであり、皆さんが自覚して、意識的に大掃除ができる最初で最後の機会なのです。皆さんは、皆さんという「魂(肉体ではありません)」が生まれてこのかた溜めた、すべてのゴミやホコリ(「あやま知」、○×のこと)をキレイサッパリ掃除(囚われている「あやま知」、○×を外すこと)して、新しい世を創りだすため(天国を体験できるようになるため)にここにいるのです。
今回は最後の最後の転生であり、今までのすべてのゴミやホコリをもって生まれてきています。ここで、気合を入れてこの「大掃除」をしなければ、皆さんには「来世」というものはありません。
そして、この「自分自身の大掃除」を終わらせれば、これから起きる「外側の大掃除(天変地異)」は、何の影響もなくなり、大掃除を終わらせた人間(実は、「魂」)だけが、次の世界(新しい時代)の「ヒト」となることができるのです。
「宗教(魂)」が(肉体を通して)「形」になっているのですから、「形」が「天国」でなければ(「形」は「宗教」の結果であり、「形」が天国なら「宗教」も天国である証拠。結果を見れば原因の状態が分かるのです)、皆さんが死んだ後(魂の体験)は「天国」にはならないのは、当然の道理です。「肉体がなくても天国ならば、肉体があっても天国」なのです。皆さんが「肉体を手放して(肉の服を脱いで)」も天国になるには、ココロの大掃除が必要なのです。

皆さんが次の世界に生きていたいならば、世紀末に何が起きるか、どうすれば助かるか、と外を探すゲーム、大騒ぎする今までのゲームは、今ここ(「後で」はありません)でキレイサッパリやめることです。今ここからは、この道理を理解して、行動することだけが、世紀末の「大峠(天変地異、外の大掃除、外のお清め)」を越すために最も早く確実で大切なことであり、皆さんが「助かる(次の世界へ行ける、生き残れる)」(助けてもらうのではなく、自分で助かるのです)唯一の手だてなのだということを覚えておくことです。本当の本当、最後の最後に自分も人も神も助かるのです(このことについては、後ほど、詳しく書きます)。

                          章

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