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元つ話 528 神が外にあるという宗教、外を信じろという宗教はすべてウソ

2012-12-24 Mon : 長谷章宏語録 
そなたがこの神を無私していたから、そなたは何もできなくなったのぞ。思い通りにならなくなったのぞ。そなたが神を知らぬ学や教にとらわれて神の子であることを忘れ、親の存在を忘れたから何が何だか分からなくなったのぞ。そなたが元の元の神のいることを忘れ去ってしまったから不自由、不平等、不博愛、不幸せな、矛盾や疑問や問題ばかりの世になってしまったのぞ。そなたは、先祖供養は大切だというが、血統の先祖の行き着く先はすべてのすべてを創った元の神であるぞ。そなたは、家系の先祖を祀って、この元の神を祀るのを忘れているぞ。この方を無私しているぞ。この元の神がなければ、この世のものは何もないのぞ。そなたもそなたの回りもすべてないのぞ。そなたも回りもすべてのすべてがこの方が創ったものであることを忘れるでないぞ。これを忘れては、自由も平等も平和も幸福も豊かさも永遠にないのぞ。今までのゲームはもう終わりであるぞ。

そなたは、そなたができないと言うから、できなかったのであるぞ。ありえないと言うから、ありえなかったのであるぞ。そなたが善悪を持っているから、善悪が見えるのぞ。そなたがそなたの内で戦っているから、外の者同士で戦うことになったのぞ。すべてそなたがしたいようになっているぞ。そなたが神を無私しているから喜びでないものがあるのぞ。この方が創った法則は、皆が喜びに生きられるやり方であるぞ。そなたの言う通りにそなたの体験を創りだす法則であるぞ。そなたがこの方の法則に違反したら、そなたに不都合や不調和を体験させて、元に戻す仕組みも創ってあるのぞ。すべての人間が喜びに生きてもらいたいという親ゴコロであるぞ。そなたの苦しみや問題はそなたが神の声を無私しているお知らせであるぞ。そなたの今までのすべての体験も、この方の法則に従ったものであるぞ。そなたがこの神の法則を無私したから、この神の法則に従って無私していることを知るために、苦しみを体験しているのであるぞ。

そなたの体験することは、すべてそなたのしたいようになっているのぞ。そなたがしたいことをすべて体験しているのぞ。そなたができるわけがないと言うとずっとできないのぞ。そなたが外のせいにするのは神の法則違反であるぞ。だから、不都合や不調和を体験しているのぞ。そなたがそれを外のせいにする限り、そなたは不調和を創りだそうとしているのと同じであるぞ。そなたは不調和を創って平気な顔をしているぞ。いつまで外のせいにし続けるおつもりか。この先は、神の法則違反をいている者にはビシビシ知らせていくぞ。神の声を聞いているものにはお陰をどんどんやるぞ。今までと同じであると思ったら、大きな間違えであるぞ。この方が言ったことはすべてその通りになるぞ。取り返しがつかなくならないうちにこの方の言う通りに生きはじめることぞ。この方はすべて教えているのぞ。知らないとは言わせないぞ。後になって気づいてもこの方はもう知らんぞ。

そなたは、神の法則を無私して、神を知らぬ人間の法則に従っていたから悩みを創りだしたのぞ。そなた自身が悩みを創りだしたのぞ。自分で創っておいて神に頼っているぞ。自分でしたことを人の責任にしているぞ。そなたが頼っている神は人間が創った神であるぞ。そなたの創りだした神はそなたの外にいるのぞ。外の神では悩みはなくならんのぞ。そなたの創った神はそなたの外にいるぞ。本当はそなたと神は一体であるぞ。神が外にあるという宗教、外を信じろという宗教はすべてウソであるぞ。そなたは、そなたの外に神を創りだして悩んでいたのぞ。そなたの外にいる神とそなたの境はどこにあるのぞ。そなたは自分で創った悩みを外の責任にするから悩みがいつまでも消えんのであるぞ。そなたが神を創ったのなら、そなたが神の神であるぞ。そなたは神であるのに、なぜに不満や文句を言うのか。神は何でもできるのであるぞ。神には悩みはないのぞ。そなたが神の子であるからそなたは悩みでも喜びでも創れるのぞ。神がそなたのお望み通りのものを与えるからぞ。外にある神を信じれば悩みがなくなるなどということはないのであるぞ。内と外を分けていてなぜに一つになるのぞ。悩みは分けているからあるものであるぞ。

神は歓喜弥栄であるぞ。神には喜びしかないのぞ。神は一〇〇パーセント喜びであるぞ。一時の喜びではないぞ。全部喜びにならないと神ではないのぞ。現世利益を求めるのは構わないが、神の言うとおり生きればすべて望みが叶うようになるのぞ。神を生きれば、御利益がすべて叶うから御利益を求めることはないのぞ。そなたが何かを求めている時、そなたは神の生き方していないのぞ。そなたの望みが叶っていないから求めることになるのぞ。そなたの欲しいものを外に探しても何も叶わないのぞ。そなたの内にすべての鍵があるのぞ。そなたの内にあるものが外に見えているのぞ。そなたの外に見えているものはそなたの内にあるものであるぞ。そなたの内を変えなければ、外に見えるものは変わらないのぞ。そなたの姿があるかぎり、鏡を割っても何回でもそなたが映るのと同じであるぞ。外の鏡を割っても何も消えないのぞ。そなたの姿を変えれば、映るものが変わるのぞ。

そなたは自分の想念を肉体を使って感じているだけであるぞ。そなたのココロの対話はすべて想念の世界であるぞ。そなたが見ているものは形はないのぞ。そなたは未来か過去か仮定の話か人の話か自分で勝手に決めた話をしているのぞ。新しい世界は神の世であるぞ。そなたのココロが神のココロにならなければそなたはいることができないのぞ。次の世界の肉体は神のココロでないと入れないのであるぞ。そなたにこれから必要なのは神のココロになる修行をすることであるぞ。そなたはそなたが見ているものを使ってそなたの中の○×を見つけて消していくのぞ。そなたが○×をやめれば神がそれに応じてお望み通りのものを見せるのぞ。そなたはそなたの中の○×をなくしていくのが役目であるぞ。
                          章

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