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元つ話 551 闇が存在できるのは光があるゆえであり

2013-01-16 Wed : 長谷章宏語録 
終り、終末、淘汰、滅び、滅亡、消滅、破壊、崩壊、沈没、地獄、という、「死」を連想する概念は、「死」という概念が存在することが前提となる。戦争、殺人、略奪、不安、恐れ、孤独感、喪失感、さびしさ、の根底には、「死」がある。あなたが不老不死=永遠の生を望むならば、それは死の呪縛に囚われている証である。現代社会に存在するすべての問題は、各々が略奪の地獄の世界の中に自分を生かすためにしてきた行動がもたらした結果なのである。『死は避けられない』という思想が前提にあって、『いかにして生き残るか』という問いが現われる。避けられないなら、先に延ばそうと思考する。しかし、必ず、死は訪れることになる。だから、今度は、『子孫に自分の遺伝子を残そう』『自分の生きた証しを残して子孫に自分の実績を伝えよう』と言い出す。そして、そのために時間と労力と資金を費やして研究に明け暮れ、形の成果を残すことに生きがいを見つける。自分はいつか死ぬから自分の存在の証だけでも永遠に残そう、と。肉体が無くなったら命は終りだと言うが、その裏では「永遠の生」を主張する。ここに、あなたという存在、ひいては、人間という存在の真実が隠れている。真実を覆い隠している源は、あなたの思考パターンなのである。

すべて問題(争い)は、死が存在することが前提である。死が存在し続けると思っている限り、戦いの世界は永遠になくなることはない。その世界で平和や自由や不老不死を望んでも、はかない幻を追いかけているだけに過ぎない。「死」という概念を形成した原因を明らかにすることが、あなたという存在の本当の真実を取り戻すための、第一歩である。

この本は、あなたの本当の姿を明らかにすることで、あなたの生き様を見直すための材料を提供する。あなたが今まで見たことも聞いたこともない言葉や考えも数多く提示されている。自分は今まで何をしてきたのか、自分はどうしたらよいのか、自分はいったい何者なのか、いったい何が真実なのか。本当の自分を知るために、あなたの本当の天国に帰るために、今持っている生き様をすべてリセットして真実のイロハから学び直して欲しい。

あなたは、もともと、万象万物を産む力と共にあった。神も仏も、人も、生き物も、エネルギーも、すべてのすべてを産み生んだ、大元の力。万象万物のイノチの元、その響き、音色、力を元つ大神と言う。資源は有限ではない。天恵は無限である。元つ大神は、今もずっと、永遠無限の創造の響きを奏で続けている。絶対不変の真実を真コトと言う。絶対不変の天地の理法、正神真神の決まりを真釣りと言う。絶対不変の真実ではないものを魔コトと言う。天地の理法を破った法則、悪神の決まりを魔釣りと言う。魔コトに基づいて導き出される考え(思想、知恵、知識、道徳)をアヤマ知という。絶対不変の真実は覆し得ない。真コトを覆えすことは、自らを消すことを意味する。覆そうと試みることはできるが、覆すことは不可能である。真コトと魔コトは裏表の関係であり、元は一つに繋がっているが、そのハタラキは全くの逆さまである。真釣りは、万古末代弥栄の響きであり、永遠に滅びることはない。悪の影さえも存在できない。魔釣りは、真釣りを外した快欲の響きを追いかけ、滅びに至る響きである。本来、両者が同居することはあり得ない。真コトを光、魔コトを闇と置き換えれば、光と闇が同居することは絶対不可能なことなのである。

今の相対的比較の世界の「光」は光ではなく、「闇」は闇ではない。闇が認識できるのは自らが光そのものだからであり、自らの世界に映る闇は自らが作り出す影に過ぎない。自らが作り出した影である闇そのものを消そうとしても、闇は永遠に消えない。原因を取り除かなければ、その結果である闇は、どんどん濃くなるだけである。太陽そのものは影をもたない。地面に映る影は雲の影であり、物の影である。日食の影は月の影である。本来は、光の存在が闇を作り出すことはありえない。それができるのは、自らの光を雲が遮っているからである。あなたの光を遮る雲というのは、自らが囚われたアヤマ知という雲である。

あなたは、自らに原因があることを知らず、結果である悪を抹殺しようとしている。あなたは、自らの光を遮る雲が、自らが呼び込んだ雲であることに気づいていない。だからこそ、雲を従えたまま、影を消そうとするのである。自らが自らの光を曇らせた源であるから、あなた自らの意思でアヤマ知を捨てない限り、あなたの光が照らす世界の闇は消えない。あなたの内にある悪の芽を摘まない限り、あなたの現実にある「悪」はあり続け、あなたと悪との戦いは永遠に終わらない。あなたが存在するすべての世界からアヤマ知が一掃された時、あなたがアヤマ知を抱えたままなら、すべての世界からあなたも一掃される。

絶対的光には、闇は存在せず、絶対的闇には、光は存在しない。つまり、光のみ、闇のみ、が真実である。しかし、光のみの世界になれば、闇は完全に消滅する。闇が存在できるのは光があるゆえであり、闇のみの世界というのは、実際には存在しない。「光のみ」の世界には「光」という認識(概念、言葉)はない。闇のみの世界というのは、自らの光が完全に雲に遮られた世界であり、それは、自らの消滅を意味するから、闇という認識すらできない。真コトと魔コトは裏表であり、真コトならば魔コトはない。魔コトの世界である今世でいう「完全な光(全き光)」は、本当の意味での完全な光ではない。魔コトの世の100%の光は真コトの光ではなく、真コトの光を消した闇の中の光である。魔コトが真コトの雲であり、魔コトをすべて祓えば真コトの光の世界になる。真コトの雲である魔コトの光がすべて消えても「すべて」を産む真コトの光は消えない。言い換えれば、魔コトという雲を祓うということは、魔コトの世が消滅することであり、それは、真コトの世が復活するということを意味する。全き光には闇はない。あなたが魔コトの世に生きているならば、真コトが現われた瞬間、闇であるあなたは消滅する。消えたあなたが闇を認識することはありえない。生も死も認識できない。それがあなたの完全なる消滅、本当の死である。

                【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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