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元つ話 555 最後のシナリオはすでに回避されています

2013-01-20 Sun : 長谷章宏語録 
 この本には皆さん(人類)の今後を左右する決定的な情報が語られている
 このようなプロセスを経て、今回、ようやく、私自身の体験を通して、先の問いかけに対する、自分自身が納得できる、真実であると確信することができる「決定的な答え」を見つけるに至ったというわけです。
 それと同時に、その「決定的な答え」が、人類全体(実は、皆さん自身)の今後を左右する性格のものであることを知って、自分が何と言われようとも、どう見られようとも(そう見られることにはもう慣れてしまっていますが)、これは絶対に伝えておくべきものであると感じ、この本を書き始めた(実は、始めることができた)という次第です。
 この本では、新しい時代への変化についての話題と合わせて、ここにあげたような、今までの歴史を通していまだに結論が出ていない「人間という存在」についての永遠のテーマについても、皆さんが初めて聞くような情報や新しいモノの見方を通して、ハッキリと答えを出していきます。ですから、皆さんは、今まで学んできたことを、すべて一旦棚上げにして、暫くの間、一切の価値判断(「でもね」「そうはいってもね」というのも含めて)をキレイサッパリやめて(と言ってもすぐ判断を始めるのが皆さんの癖ですが)、人生についてのメカニズム(=自分の現実を創りだしている法則、神の仕組み)について学び直すつもりで(すべてを初めから学ぶつもりで)読み進めていってください。
 ここでひと言お断りしておきますが、この本を読むにあたっては、皆さんが今までやっていたように、アレコレと理屈をこねて抵抗することをやめて、この中に書いてある情報を素直に受け入れることだけが、皆さんが探し求めている真実を知るため、トラブルや悩みや苦しみを解結し、本当に平和や平等や自由や幸福を創りだすための早道であるということ、そして、自分自身を次の時代へと導く唯一の方法であるということをぜひ覚えておいてください。何せ、初めて語られる情報なのですから。

 というわけで、この本は、今まで書いた二冊の本と今までの講演会での内容の曖昧だった部分や分かりにくかった部分を明確にする意味も含めて、「決定的な答え」とやらを、皆さんに提供できる形にして整えてお知らせしておこうという趣旨のものであり、私が自らの体験を通して学んだ、私が持っているすべての情報を公開する「三度目の正直」「神の仕組みの学習の三段階の上級編」「三部作の最終決定版」とでもいえるものであることを冒頭でお伝えしておきたいと思います。


 皆さんの人生に、単なる「宗教」や単なる「哲学」というものはない
 ここからは、本文にはいる前段階として、新しい見方(実は、人生についての本当の見方、真理)についての予備知識を得ることを兼ねて、「普通の」言葉で一通りのことを書いてみることにします。
 まず初めに、基本の基本から。皆さんは、私が前の二冊でも提案していた、最初にあげたような問いに対して、今ここでは、どんな答えをお持ちになっているでしょうか?
 皆さんの中には、「自分はこの競争社会を生き残るのに忙しくて、そんな哲学や宗教の話をしている暇などない」という方もいらっしゃるかも知れません。でも、皆さんの人生には、実際のところ、皆さんの人生に全く何の影響も及ぼさないような、単なる「哲学」や単なる「宗教」」というものは一切ないのです。本当は、「哲学」や「宗教」というものは、皆さんの体験を創りだす原因となる非常に大切な道具なのです。つまり、他でもない、今ここに提示した、このセリフ自体が、皆さんに「哲学や宗教の話をしている暇をなくす」体験を創りだしている「宗教」そのものなのだということです(ここでは「見方」「考え方」「基準」「観念」「想念」「哲学」「(今までの○○教という)宗教」等々をすべてひっくるめて「宗教」と言うことにしますので、そのつもりで読んで下さい。
 皆さんの体験というのは、皆さんが選んでいる「宗教」によって、自由自在に、どうにでも変わるものなのです。皆さんの選択次第で、「自分が望むことは何でもできる」と言っても過言ではありません。実を言うと、皆さんの体験は、すべて皆さんが言っているセリフ通りになっているのです。そして、皆さんは、外側に原因を求めていますから、その見つけた原因が自分自身の創りだした作品であることを知らずに、そのセリフを言い続けることになるのです。
 皆さんがもし、「そういう考え方はおかしい」と言うとしたならば、それもまた、皆さんのもっている「宗教」の産物であり、その「宗教」をもっている限り、いつまでもそのセリフを言いつづけることになります。そして、もしやりたければ、またまた「いやそういう考え方は~」というように、やりたいだけ、永遠に、いくらでも、お好きなだけそのゲームを続けることもできます。さらに、「あんたは、バカにしているのか?」などと言うとしたら、本文をよーく読んで、それがどういうことか、よーく自分で考えてみてください。本当のことが分かったら、二度とそのセリフは言えなくなるでしょう。

 皆さんが、私がここで書いていることを受け入れない限り、皆さんが「や~めた」というまで、皆さんがやりたいだけ、永遠に、こういう議論を続けることもできるのです。

 言い方を換えると、「自分の現実は自分が創りだしているものである」ということを皆さんが認めない限り、「どっちが正しいか」「どっちが本当か」「どっちが正常か」「どっちが素直でないか」等々の、外側を分類判断する、結論の出ない、対立や争いのゲームを永遠に続けることになり、それに付随して、様々なトラブルを創りだし、果ては、殺し合い(戦争)というゲームまで発展し、最後には、人類滅亡というシナリオまで用意されることになってしまうのです(ただし、皆さん自身がどうなるかということは別にして、この最後のシナリオは、すでに回避されていますので、ご安心ください。詳しいことは、後ほど)。

                           章

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