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元つ話 598 罪悪感とは魔釣りの神が支配する世に封じ込めるために考え出された道具

2013-03-04 Mon : 長谷章宏語録 
魔釣りの響きは、真釣りを外した響きであり、万象万物の創造主に逆らっていることになるから、これ以上の反逆、これ以上の悪は存在し得ない。真釣りを闇に葬ることで成立つ魔釣りの神の戒律は、言わば、天地に反逆する組織に加担させるための掟であり、それに従うことは、本当の絶対天国の掟である真釣りに違反することを意味する。魔釣りの神は真釣りの真コトの一厘と引き換えに生まれた神であるから、真釣りの存在は知らず。今の今までこのことには気づいていない。世の黒幕自身が自らを滅ぼす世界を作っていることを知らないのであるから、盲目的にそれに従うすべての存在は、自らを滅ぼす末路が待っていることに気づけるはずもない。魔釣りの神をも生かしある元つ天地の大神の掟である真釣りの響きは絶対に消滅することはない。もし、消滅するなら、魔釣りが真釣りを生かしていることになり、天国は絶対に実現しない。即ち、真釣りを外した世に加担したすべての存在は、魔釣りの世から足を洗わない限り、真釣りの復活と共に破滅するのである。あなたが魔釣りの戒律(法律、道徳、常識等)に同意しているならば、自らのしていることに気づいて、生き様(態度、思想)を根本から改めない限り、あなたもその道を辿る。罪悪感とは、魔釣りの神が支配する世に封じ込めるために考え出された道具なのである。

逆さまの世界に生きている人類は、心の世を脳が作る幻想だと思っているから気づかないが、魔釣りの戦いの世界では、この世でも、あの世でも、人間の世界でも、神仏の世界でも、殺し合いが基である。人類の語る形の殺人や、戦争は殺し合いだとすぐわかるが、心理的な殺人というのも、実は、あの世での殺し合い、霊的殺神なのである。従って、魔釣りの響きの世界では、誰も殺さないで全員が天国になることはありえない。脅した相手を含めて、誰かを殺さない限り、自らの生きる道は閉ざされるのである。魔釣りは善と悪の戦いの世界であり、善の言う悪自身は善であるから、悪の潰し合いが永遠に続く。死刑やそれを望む心が許されているのならば、それは、悪を殺すことに罪悪感を持つ必要はないと言っているのと同じことになり、悪が罪悪感なく善を殺せるとするなら、善も悪も含めた全員が天国になることは永遠にありえない。それは、言い換えれば、命の略奪合戦であり、どんな選択をしようとも、魔釣りの世界には滅びの道しかないことを意味する。

魔釣りの響きで生き延びたいならば、自らが魔釣りの神を支配するしか方法はない。つまり、魔釣りの神の座を自らの力で奪わない限り、魔釣りの源の神の支配の中からは永遠に出られないのである。しかし、自らの命の源を倒すということは、自らを倒すということであるから、自らを倒さなければ天国はないという矛盾したことになってしまう。自らを倒せば、自らは消えるから、天国は体験できない。天国がないなら、天国は語れないが、自らが消えて天国が実現するなら、始めから天国があることになる。魔釣りの神を消して天国が実現するなら、魔釣りがすべての世界ではなく、源の神を倒さずに天国を実現する道があることを示している。魔釣りの源を倒したいならば、源の上を行かなければならない。しかし、源の神はすべてを知っているから、自らを倒そうとする企みも知っている。真釣りの仕組みも同じことで、魔釣りの神をも生かす本当の源を倒せば、自らの命は永遠になくなる。真釣りを外し、思い違いをして自らを滅ぼしてあなたの命がなくなったとしても、真釣りの仕組みは成就して天国は実現するから、あなただけが天国にいないことになる。あなたが「罪悪感」を捨て去らない限り、魔釣りの正体は見えず、魔釣りの言いなりのままに真釣りを外し続けて、最後は、自らを自らで殺す末路に自らを導くことになる。

            【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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