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元つ話 617 相対二元の分裂思考では平和などありもうさん、早う立体に入ってくだされよ

2013-03-23 Sat : 長谷章宏語録 
片方からの目は、すべて偏見の目でござる。そなたという人間から見れば、死や障害や赤子や痴呆等に見えるが、この方から見れば、そうではないぞ。この方から見れば、善も悪も神も人もないのでござる。すべてはこの方の中でござるからぞ。この方の世界の中にそなたの世界がある。神あって人あることを思い出してくだされよ。神の目が客観でござる。そなたらがどんなに客観的に見ておる積もりであろうと、それはすべて主観でござるぞ。相対二元の平面の物質の世の魔釣りの善悪正誤の目でござる。善は悪、悪は善、正は誤、誤は正、絶対的観念でござれば、議論の余地はないのでござる。差別だ、偏見だ、と申すそなたの目が、差別の目、偏見の目でござるぞ。神の目は、そなたらの善悪両方とも見えるのでござるぞ。戦って居る両方の心が見えるのでござる。相対二元の分裂思考では、平和などありもうさん。早う立体に入ってくだされよ。そなたらの元はこの方でござるのぞ。神心になると申すのは、この方と同じ心になると申すことでござるのじゃ。

魂の世界が肉の世界の元でござるから、この方はすべての者と心でつながって居るから、そなた以外の者にはこの方が直接語るから、直接見せるから、魂の世界で出会いを創るから、この方の家来に指示して魂の世界で動かすから、そなた以外の者に頼んで世話をさせるから、必要なものはこの方がすべて渡すから、魂はこの方が面倒を見るから、そなたから見たその者の肉の身が無くなろうとも(死んでも)魂は生きて居るから、この方から見れば死んでは居らんから、この方が服を脱がしただけでござるから、物質の世でどのようなことが起きようとも、どのような姿になろうとも、どのような状況になろうとも、そなたの心配することではござらんぞ。そなたはそなた以外の身魂の世話はできんぞ。そなた以外の者から見たそなたも同じでござる。そなた以外の者はそなたの身魂の世話はできん。肉体の世話は出来ても、身魂の世話は誰にもできん。掃除をするのは一人一人でござるぞ。人がどうであれ、そなたはこの方の申す通りに素直にやってくれれば宜しいぞ。それがそなたの為であり、人の為でもある。ミロクはそなた一人だけでも結構ぞ。

そなたらは、やれ援助だ、世話だ、心配だ、ボランティアだと大騒ぎしてなさるが、困って居る者に援助するのは当然じゃ等と申しておるが、そなたは死んだ後の魂の責任まで持てるのか。そなたがその者の魂を、最後まで責任を持って面倒を見られるならば、世話をしてくれてもよいが、そなたは何でもかんでもすぐ物質の援助をしたがるが、そなたの持ち物はもともとこの方のものでござるぞ。そなたがモノを与えようとても、この方が許さねば、モノがなくなれば、そなたは何もできんぞ。金も薬も食べ物も本も警察も、すべてのものは末は無くなって行くものばかりでござるぞ。そなたらは何も考えずとも宜しいぞ。この方の申す通りにハイハイと動けば宜しい。アレコレ考えるから、堂々巡りから出られんのでござるぞ。こ度は死んでも続く大掃除でござるから、身魂の大掃除でござるから、表面上は物質的に満たされておっても、身魂が磨かれて居らねばミロクはないから、本当に助けたことにはならんぞ。物質的に満たされておらんでも、肉の身がどんな状況であろうとも、身魂が磨かれておれば助かるのでござる。今度ばかりは、身魂磨きが済んでおらぬそなたが人の面倒を見ることはできんぞ。人を本当に助けることはできんぞ。

                          立日十

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