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元つ話683 自分の古い三次元システムを閉じなければなりません

2013-05-28 Tue : 神語録 
  イリアエム(アルクトゥルスのエロヒム)
 
一方で、皆さんの3Dガイアの惑星存在はもう二元性の経験は修了した、と感じています。実際のところ、惑星に対する危険が絶えず続くのでガイアはかなり疲れ果てているのです。幸い、地球がいま旅をしている宇宙領域で、地球は高次の光の振動を浴びています。

この高次の光が地球の三次元オペレーションシステムを多重次元オペレーションシステムへとアップグレードさせています。このアップグレードを個人マトリックスと統合させるためには、それぞれの人間が自分の古い三次元システムを閉じなければなりません。もし古いシステム、態度、行動、思考をシャットダウンさせなければ、惑星のアップグレードを個人単位で利用することはできなくなります。

これが今まで地球に起こってきているシナリオです。人類は地球上で最も進化した存在となるよう意図されていました。しかし、多くの人間達が一定の態度、思考、感情のシャットダウンを拒否しています。ですから惑星のアップグレードは引き止められています。実際のところ、地球上の人間の一部はアップグレードを望んでいません。彼らは他者支配という低次元振動に付着したままです。

ですから彼らは地球が五次元の表現となるべく神聖なる理想が降りて変成を起こすことに抵抗しています。他者支配を望む者達にとって、この神聖なマトリックスは個人的パワーを脅かす脅威なのです。実際にこれを止めようとする者達もいました。しかし、いくら彼らに「他者」を支配する力があるように見えようとも、いかなる人間にも神聖なる理想の具現化を妨害することはできません。

天の川銀河ではこの他者支配の概念をめぐって何百万年もの間戦争が行われてきました。良かったことは、他者支配を望んでいた者達は自分達の内側の自己が持つ力に意識を切り替えると意識が多大に拡大されることに気づき、この銀河戦争のほとんどが終焉したことです。しかしこの戦いは地球上で続いてきました。特にここ2000年間のことです。

ガイアは戦争や対立にうんざりし、新しいオペレーティングシステムへのアップグレードを終了させる、でなければ惑星自体が重大な危険にさらされる、との決定を出しました。ですから彼女は植物界と動物界の完全なるサポートを得て前進を始めています。ただし、人間という動物の多くは彼女の移行に抵抗しています。彼らの意識はあまりにも低くなってしまい、新しいアップグレードの土台となる無条件の愛が何なのか想像すらつかないのです。

しかし他の人間達がガイアの変化をサポートし、彼らの意識が光の高次振動を受け取って惑星ガイアに注いでいます。この人間達は無条件の愛の振動にどんどん近付いています。彼らの意識が無条件の愛で満たされれば、彼らの持つ創造の潜在力は他者支配の低次意識を持つ人々の潜在力を遥かに超越します。

ですから、無条件の愛に共鳴する人口率が今のように着実に上がってゆけば、犠牲者意識や他者支配による恐怖に基づいた態度に共鳴する人口は減退します。ついには多くの人々が古い二元性のオペレーティングシステムを土台とした態度、概念、思考、感情のシャットダウンを完全に受け入れることになるでしょう。

この古いオペレーティングシステムは、クォンタム・オペレーティングシステムに置き換えられているところです。この新しいシステムは光の粒子と直接働きあい、思考を通して無条件の愛による形を即座に創造します。ですから地球上に現れる新しい形は、意識つまり知覚が五次元から上に共鳴する人々によってのみ経験されることになります。

被害者意識、または加害者意識という低次意識を持ち続けている人々は、地球の生命の新しい形を経験することはできません。彼らにはそれが知覚できないのです。彼らの精神的マトリックスと感情的反応/創造の振動では、三次元より上に共鳴する振動を知覚することができないのです。

ですから、そのような人々はやがて「ゲームを脱落」するでしょう。もう彼らには競技場を知覚することができなくなるのです。彼らは古い三次元オペレーティングシステムにしたがい、三次元の錯覚を現実として知覚し続けることになります。彼らには高振動の現実を知覚したり参加したりすることはできません。その人が知覚できる現実にしか参加できないのです。

一方で、多次元オペレーティングシステムを受け入れる人々は日常の中で惑星の次元上昇にしたがって神聖なる理想の現実化を経験することができます。かつて低振動の現実領域でゲームをプレイしていた人々は焦点の向け先、つまり知覚を高次振動の領域に向け直します。そして全く異なる現実を経験するのです。

このプロセスはまるで劇場の地下で映画を見ていて、そこから階段を上がり、メインロビーから違うバージョンで同じ映画を見ることを選ぶ、という感じです。地下で見る映画は他者支配に基づいていて、恐怖や征服を引き起こしています。それが、もう一方の戦士が戦って勝利を得て形勢が変わり、戦ったばかりの相手を支配するといったストーリーです。

いっぽう、メインロビーの映画は対立への付着の全ての解放を学ぶ人間達についての話です。彼らは分離や制限という錯覚に参加することを拒否します。無条件の愛に基づく、別の現実を発見したのです。彼らは意識を高次振動へと拡大させてこの現実を発見します。高次振動の中では無条件の愛が正常なことで、恐怖はすっかり忘れ去られています。

皆さんはどちらの映画を観たいでしょうか?

  人間の形をした親愛なる者達よ

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