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元つ話696 今ある法律は天地の理法に違反した世界を維持するための法律

2013-06-10 Mon : 長谷章宏語録 
あなたが、あなた以外の何かを裁くならば、あなたは、大変な過ちを犯していることになる。裁きというのは、あなたが善で、裁く対象が悪である場合に成り立つ。しかし、あなたに善悪があるならば、それは、天地の理法に違反した証拠である。天地の理法に違反すれば、それを教えるために、あなたの外に不都合が現われる。つまり、裁く対象である悪は、あなたの違反ゆえに現われたものである。あなたは、あなたの生んだ悪を裁いていることになり、自分を裁いていることになる。あなたが、外の悪に原因があると言い続けるならば、あなたは、あなた自身を裁き続けなければならない。自分が自分を裁いていることに気づかなければ、最後の被告はあなた自身となり、自らを死刑に処することになる。

あなたが天地の理法に違反していないならば、あなたには不都合はなく、他人を裁く理由は無い。あなたが天地の理法に違反しているならば、あなたには裁く資格はない。今ある法律は、天地の理法に違反した世界を維持するための法律である。従って、法律を使って誰かを裁くならば、あなたは、天地の理法の違反をし続けることになる。確かに、あなたは、その世界では生き延びていて、不快感を解消したことになる。しかし、その結果は、天地の理法に従ってあなた自身にすべて戻ることになり、最後は、天地の理法に違反し続けたあなたという存在が、天国から消えることになる。『他人を裁ける』というのは、取り違いをした世界で教わった思想が作り出す幻想である。価値判断を下し、善悪損得を決め、どちらにするか、という分かつ知を使った見方を捨てること、言い換えれば、自分の思いと口と行いを一致させること、そして、その結果体験すること一切を自分以外のせいにしないことが、そのことが、あなたの深奥に封印された真実、本当の天国の響きである真コトを復活する唯一の方法である。自分の思いや行動も含めて、『許さない』『認めない』という思い、「裁く心」を綺麗サッパリ捨てなければ、あなたは、自分を殺すことになる。

本来は、天地の理法に違反すれば、あなたはその場で消えることになり、今ここにあなたが存在することはできない。あなたが今ここに存在できるのは、一度だけ天国に戻る機会を得ているからである。あなたが、自らの意志で、自分が違反していることに気づかなければ、本当の天国に戻ることはできない。自らを善の存在であると思い込んでいる者に、それが誤りであることを教えるにはどうすればよいか。苦の響きが返るように仕組みを作ればよいのである。あなたは、自らを正しいと思い込んでいるから、あなたに快感を与えると、あなたは正しいと思い続けることになる。従って、あなたに不都合を渡すことで、あなたは違反の事実に気づくことができる。あなたは、もともと、不都合がない存在であり、苦が現われれば、おかしいと思うからである。しかし、苦があるのが当たり前であると思い込んでしまえば、情けの苦を避け続けることになる。「目には目を」「愛のムチ」というのは、他人が他人を正すと勘違いした解釈である。自分が自分のしたことを正す、のであるから、他人が他人を裁くことはありえない。真釣りの者は裁く必要がない。裁判という制度は、この取り違いを公然とシステム化したものである。あなたは、真中に天国の響きを持っていることを思い出さなければならない。天国の響きを持つ者に、苦があるのはおかしい。その苦は自らが作り出したものである。苦を自分以外のせいにするならば、それは、全く逆さまの思い違いである。天国を壊した者が、苦を避けて天国に戻ろうとしても、それは叶わない。天国を作ったつもりが、自らの滅びを呼び込んでいることになる。

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