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元つ話703 「他人のため」は「自分だけのため」を美化する偽りの仮面

2013-06-17 Mon : 長谷章宏語録 
現代社会と言われている世界は、天地の理法に違反した世界であることに気づかねばならない。自由、平等、博愛、平和、天国なる言葉は、現代社会にある、どんな思想でも実現することはできない。「他人のため」と言う思想は存在しない。それは、誤魔化しである。実際は、他人が喜ぶのを見て自分が喜びたいのである。他人を助けることで、自分の闇を解消することが目的である。どんな理屈を持ち出そうとも、この事実を誤魔化すことはできない。これは事実であるから、怒ったり、否定したりしても、自らの首を締めるだけである。自分が何かをする動機は、自分のためである。自分の行動の結果は、最終的には自分の体験となる。自分が何かを体験することが、自分の行動の目的である。『他人のために』と言うのは、『自分だけのために』を隠すためのカモフラージュである。自分が自分に騙されていることに気づかなければ、永遠に、他人のために生きることになる。しかし、それは、「他人のため」にはならない。自分のための他人のためであり、自分のために他人を利用する行為である。「他人のため」は「自分だけのため」を美化する偽りの仮面である。

すべては自らが源であり、天地の理法を守っている者には、不都合は存在しない。従って、被害者や、困っている者が存在すること自体がおかしい。全員が、自業自得である。違反をしていない者は、困ることはありえない。すなわち、困っている者を助けたいと思う者も、困っている自分を助けて欲しいと思う者も、自らの違反を他人に転嫁しているのである。つまり、自らが自らを困らせて、その結果を他人に負わせているのである。このゲームの結末は、共食いをしながら、最後には、誰も残ることはない「破滅」である。あなたが、泣こうが、わめこうが、誰かに罪を着せようが、神を恨もうが、誰かを殺そうが、今この世でどう教わっていようが、助けることも、助けてもらうことも不可能なのである。

形の助け合いは、もたれあいであり、実際は、何も助けになってはいない。自らの違反の清算を回避しているだけで、結局は、自らがもっと困ることになり、あれこれと逃げる算段を画策しても、最後は、全員が自分自身の違反の清算をすることになるから、誰も助けてはくれない。自分が自分を助けることができなければ、天地の掟通りに、違反した者は自ら消える運命となる。天地の掟に例外はない。誰も逃げられない。神も、仏も、鬼も、悪魔も、王も、聖者も、庶民も、裁判官も、泥棒も、万象万物、天地の理法に違反したものは、すべて滅ぶのが定めである。あなたが本当の自己責任を取らなければ、自滅である。

           【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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