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元つ話735 外を穢す種を植えておるのが今の教育

2013-07-19 Fri : 長谷章宏語録 
この方の申すことは、誰のことでもない、そなた自身のことでござるから、ハラを据えて取り組めよ。この方にとっては、自ら真釣りを外したそなたがどうなろうと、どうでもよいことでござるのぞ。そなたが自ら気づいて、自ら自覚して自ら掃除を始めねば、この方は何も手出しできんから、掃除洗濯してくれよ。心の掃除、洗濯ぞ。それが神成る身魂の掟でござる。自らのして居ることを省みられよ。この方は、ウソは申しておらん。ウソだと申すそなたには真コトはござらんぞ。真コトが有ればウソは無い道理。ウソだと申せばマコトは見えんぞ。外に助けがござると申す、魔釣りの教にだまされるなよ。そなたの内の掃除がそなたの外を変えるのぞ。そなたの外は変えるものに非ず。そなたの外は内に応じて変わるのぞ。そなたの内の掃除が進めば魔コトの嘘はすべて見えるぞ。家の掃除は自らの内の掃除の型示しぞ。内が掃除されれば外も綺麗に成るものぞ。外は綺麗にするものではござらんぞ。内を綺麗にすれば綺麗に成るのでござるぞ。

内の穢れをそのままに、外の掃除を強制してもますます内が穢れるだけぞ。掃除を強制してますます外を穢す種を植えておるのが今の教育ぞ。道徳や倫理や教育や宗教と申すものは本来いらんものでござるのぞ。内の掃除をせずに教室の掃除を強制しても、それは取り違いと申すもの。形をいくら綺麗にしても、内が穢れておれば掃除をしたことにはならん。内の穢れを外に出して散らかして掃除する繰り返し。内の穢れが外に出れば、内を正直に出せば、外は穢れるのが道理でござる。外は混乱するのが道理でござる。内にあるものすべて出し、外を掃除するのでござる。膿(うみ)を出して新しきものを産み出すのでござるぞ。外に穢れを出すことを止めれば真釣りに戻れんぞ。外に出していいのかどうかと判断することが、すでに魔釣りでござるのぞ。最後の最後にはすべてを出して大掃除して頂くから、どんなに隠しても無駄なことでござるぞ。そなたが苦しくなるだけぞ。最期に全てを出してもよいが、苦しみ痛みに耐えられずにのたうち回るだけでござるぞ。今までのように甘く考えて居ると超特大の火傷をするぞ。この方は火でござる。

この方がこのフミで申すことが嘘か誠か分からんと申す者は魔コトの者でござるぞ。今まで出ておる神示を比べてみよ。先に行くほど、後に出したものほどそなたのアタマで見ても分かりやすく、そなたが有無を申せんようになって来ておるではないか。実践的になって来ておるではないか。どんな形で出ようとも、この方の申すことは三千年間一度も変わって居らんぞ。曇ったそなたが分からんだけぞ。「この道(九(こ)のミチ)はいつか来た道、アアそうだよ、アカシア(証しア)の花が咲いてる。」今のこの時期、アのアの初めの証がすべて形になる時節ぞ。最初の最初の真実が、すべて現れる時期でござるのぞ。そなたは産道を通って神の子宮の中に入ったのでござるから、再び産道を通って神の元に帰る(生まれる)のでござるぞ。産道を下れば元の神が見えてくるぞ。産道は下でござるのにそなたらは上に上に行こうとして居るから、きつくなるのでござるぞ。子宮の中に残ると申すならばそれでもよいが、最期は帝王切開で全員真コトの世に出すから、真コトの掃除無き者には耐えられんぞ。自らアタマを下げれば安産じゃ。この方の申すことを素直に聞くことが、そなたが安産でミロクに生まれるための松(末)の杖じゃ。

                      十日立

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