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元つ話743 今の世(この世)こそ「死後」の世界

2013-07-27 Sat : 長谷章宏語録 
魔釣りの宗教の言う、輪廻転生や死後の世界の話は、魔釣りの中の現実であって、真釣りの世にはそんなものは存在しない。「死」が本当の死でなければ、葬式のしきたりも、強制力はない。自らの大元である神界を闇に葬って穢れた冥土と思い込み、穢れが自らに来ないようにする(この世の「神聖さ」を保って生き残って快楽を得る)ための自己保身の儀式が、葬儀や法要、読経である。その実態は、この世で生きている者同士の生き延びるための穢れ祓いゲームに過ぎない。この響きで神話を読めば、黄泉の国は穢土となり、イザナミは醜い神となる。それを真実だと思っていれば、死の呪縛から抜けられず、アメとムチで操られて右往左往する無間地獄を生き続けることになる。この世という境界のない世界を善悪に分けて、争い、裁き合う現実が永遠に続く。天国を作ろうとするほど、地獄が形になり、最後は滅びの世に至る。その他の宗教も、姿形が違うだけで、すべて同じ思想の中にあり、そこには神も仏も死者も先祖もいない。「情けと花」の最も大きい型示しが「死と誕生」であり、真釣りを外したがゆえに、その仕組みの中で死と生を繰り返す「輪廻転生」という幻想を生み出してしまったのである。初めにいた神世は生き通しであるから、真釣り外したお知らせは、情けの死である。つまり、元の初めの世から見れば、箱(岩戸)に入った「有限(寿命のある、劣化する、崩壊が見える)」世界である今の世(この世)こそ「死後」の世界であり、今世の言う死後の世界(あの世)は、この世から生き返った世界になるが、真釣りから見れば、この世の人間が恐れている死は、大きな意味での死後の世界の中の生の世界を移動する(引っ越す)だけのことになる。生きていても死んでいても同じことで、すべてを真釣り戻すことで初めて、元にいた神世に永遠に生き返るのである。そこが本当の天国であり、ミロクの世である。真釣りしかない、永遠に続く天国である。

元つ真釣りの世は、生死時空を超えた、万古末代弥栄の生き通しの神世である。魔釣りから死ねば真釣りに戻る。魔釣り世のすべての常識を捨てると真釣りに戻る。真釣りの世を封印するための思想、想念、常識、道徳等が、魔釣りのアヤマ知である。お経や祝詞をあげただけで天国に行ける(邪気を祓える、悪魔を追い出せる、穢れを祓える)なら、こんな便利な話はない。それは、『言う通りにしたら金をやるぞ』と言う人間の言う通りにしているのと同じことである。基に真釣りの響きを持っている神が魔釣りに囚われて宗教を作り出し、神仏を利用して楽になろうとしているのは、人間同士の間で誰かに依存して楽しようとしているのと同じである。他力本願ではミロクの天国は絶対にありえない。ミロク(三六九、五六七、六六六)の天国から家出した神が、形に囚われて、偽のミロク(666)の神にすがっても、元の真釣りのミロクには戻れない。それどころか、どんどんミロクから離れて666の世界にのめり込み、その世界が絶対真理であるかのように思い込んだ挙句、結局最後には、自らが自らを滅ぼす末路となる。現代社会は666の世界である。天国だけの神代に地獄があるということの意味が心底わかったら、自らがとんでもないことをしていたことに気づいて、ショックのあまり呆然と立ち尽くすことになるはずである。

             【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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