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元つ話745 人類滅亡というのは魔釣りの世から見た話

2013-07-29 Mon : 長谷章宏語録 
真釣りの世界が本当の天国であり、現代社会にあるすべての理想、現実、夢や希望、死や絶望、そして、その実現や解消を目的とする争いはなかったのである。真釣りを外して闇を作り、光を探して快欲を追い求め、自ら考えることをやめてしまった現代社会は、何かにすがって魔釣りの混迷から抜け出そうと宗教(新興宗教)を産み出した。その宗教がおかしいと思って脱退してはみるものの、現代社会に戻っても、結局何も満たされず、前にも増して右往左往するか、失望感が増長するだけである。そこから逃れるためには、自らの殻に閉じこもるか、誰かのせいにし続けるかしかない。究極の選択は、「自らを殺すか誰かを殺すか」の二つに一つである。魔釣りの世界でいう自殺は、自らを更なる孤独の地獄に落とし、他殺は自らを更なる戦いの地獄に放り込む。殺された者は、魔釣りならば、同じ道を辿り、真釣りならば、天国に近づく。即ち、『自らが何をしているのか』が問題であり、『他人がどうなるか』はその他人の問題である。ここでの「殺す」の意味は、肉体的、物理的な死だけではなく、心理的に殺すこと、想像上の殺人を企てることも含まれ、自らが殺人を思考したならば、霊界では、それは殺人を実行しているのと何ら変わりはない。自らが真釣りならば、その思考は存在せず、魔釣りならば、真釣りを抹殺しているから形の破壊(抹殺)のみの議論になり、すべて詭弁となる。その世界の善人は、自らが真釣りを外していることに気づかない。それは、天地自然の掟を破ることであり、万象万物を滅ぼす、究極の悪魔の心理である。現代社会の常識が正しいと言うすべての者は、揺りかごから墓場まで魔釣りの毒牙に罹り、真釣りの響きを殺すことに何の罪悪感も持っていない。

現代社会を絶対視する、魔釣り教の信者は、その世界を現実だと思い込んでいる。オウム真理教(アーレフ)の世界が幻想で、現代社会が現実であるという、その思想そのものが幻想なのである。地下鉄サリン事件は現代社会の映しである。現代社会の中で作り出されるどんな形も、すべて現代社会のミニチュア、縮図である。実行するかしないかの違いで、思想、哲学、心理、システムの構造は全く同じであるから、形の美醜がどうであろうと世界の王もその王の作る社会を絶対視する信者も同罪である。全員が、自ら犯した神法違反であるから、一人一人が清算しなければ個人的天国は成らず、真釣りの世界にも役立たない。真釣り戻しが終わらなければ本当の意味での国際貢献をしたことにはならない。

真釣りと魔釣りは裏表であり、真釣りでないなら魔釣りである。どんなに善人だと主張しようと、悪を糾弾して自らの善を主張しようと、そのことそのものが魔釣りなのである。真釣りを批判することが魔釣りの証しである。自らのマ違いを自らが正さない限り、魔釣りを真実だと思ったまま、真釣りの世から永遠に消え去る。今回の大掃除が終われば、二度と「情けと花の仕組み」が作られることはないから、あなたが生まれるところはどこにもなくなる。真釣りの世から見れば、魔釣り自体が存在していないから、人類滅亡というのは魔釣りの世から見た話に過ぎない。その中で生み出したシステムは、すべてが幻想である。今まで信じていたものがマ違いだったと素直に認め、真釣りで生き直すことである。

             【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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