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元つ話764 そなたが握って居るだけ怖いことになるぞ

2013-08-17 Sat : 長谷章宏語録 
そなたのものは始めから何もござらんぞ。そなたはこの方の貸しものを使って遊んで居るだけでござるぞ。この方が今のこの世界を壊せば、そなたには何も渡せるモノはござらんぞ。そなたが取ったものはすべてお返し頂くぞ。そなたが壊しただけの苦しみは体験して頂くぞ。肉体の生死越えた身魂の掃除でござるぞ。そなたの肉の身はこの方のものでござるから、そなたのメグリを渡す道具でもござるから、取り違え無きよう。そなたがどのような状況になろうとも、そなたのメグリの結果でござるぞ。そなたのものは身魂だけでござるぞ。そなたが人に渡せるのは体験だけでござる。そなたがゼロならば、そなたは何も取られるものはござらんぞ。そなたが始めに取るから取られることになったのぞ。本来のそなたは渡すことができるだけでござるぞ。そなたが渡せばそなたに戻るのでござるぞ。すべてのすべてをゼロにするのが掃除でござるぞ。そなたが壊しただけそなたが壊れてゼロでござるぞ。そなたの身魂は死んでおらんぞ。そなたの生死は最後の最後に決まるのでござるぞ。ミロク開くまで決してさぼらんでくだされよ。何があっても決して諦めんでくだされよ。そなたはこの方の中でござるから、そなたに掃除ござれば、そなたが死ぬことはござらんぞ。そなたが壊しただけを償うのが掃除でござる。そなたがしただけ返せばよいぞ。ゼロから外しただけ戻せばよいぞ。そなたがしただけ過不足無くピッタリでござるぞ。余分も不足もござらん。そなたの財産は身魂の体験だけでござるぞ。

真釣りの者には、勇気も苦しみも怖いものも悪魔も、そんなものはありもうさん。そなたが魔釣りの者ならば、勇気をもって魔釣りの世のそなたを捨てて、命を捨てて決死の覚悟でやりなされ。自殺しろと申して居るのではござらんぞ。魔釣りの世でのそなたの持ち物を全部捨てて、コダワリを全部捨てて、赤子になって掃除にかかれと申すのぞ。そなたのイノチはこの方が預かっておるから、死んでも続くから、何も恐れるものはないぞ。掃除せんことが、最も恐ろしいことでござるのぞ。核も噴火も戦争も地震も、それ自体が「怖いもの」ではござらんぞ。危険なものや怖いものを創るのはそなたの魔釣りぞ。戦争を怖くするのはそなたでござるぞ。そなたに失うものなければ、そなたは何を怖がる必要がござるのか。そなたの肉の身はこの方のものぞ。そなたには死はござらん。怖いものがあるのはいかなることでござるのか。そなたが握って居るだけ怖いことになるぞ。真コトの安全は真釣りに戻ることでござるぞ。この方のもとに帰ることだけぞ。神の創る世界、神のもとにおれば何も怖いものはござらん。本来ならば魔釣りは自ら滅ぶのぞ。それが神の掟ぞ。犯罪者は罪を償うのが人間の世界のルールであろうが。神の世界も同じであるぞ。神の掟は真釣りであるぞ。真釣り戻すが罪の償いでござる。もともと罪などござらんぞ。そなたが創ってそなたが償う一人芝居でござるのぞ。神の掟の犯罪者、魔釣りに生きるそなたらを、大神様の情けを以って、真釣りの世に導く「開(あ)くの仕組み」でござるぞ。

真コトに生きるを真釣りと申し、魔コトに生きるを魔釣りと申すなり。真釣りも魔釣りも元つ仕組みのマ釣りにありて、元は一つにつながれど、裏と表のハタラキで、現れは全くの逆様となるぞ。どちらのマ釣りを生きるかで、全くアベコベの世を創りだしてしまうのじゃ。魔釣りで創ったホドケの世を、真釣りで建て直す、最初で最後の大掃除でござるぞ。魔釣りと真釣りは同居はできず、元のマコトの神世、すべてが真コトに変わりたその後は、真釣りの者だけが生きる世であるぞ。世界が真コトに変わるのでござるから、魔コトで学んだやり方は、もはや通用せんのが道理でござろう。魔コトのやり方を続ける者は、どんどん厳しくなっていくからその積もりでおれよ。今まで学んだ魔コトの教えは、闇も悪も一点の曇りなきまで掃除せねばならん。光だけの神の世に、悪や闇を持つ者の居る場所はもはやどこにもないのじゃ。次の世は、悪や闇を持って居る者は、行かれん世界であるということぞ。一点の穢れも無く掃除せねば、そなたにミロクはござらんぞ。

                    立日十

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