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元つ話773 金を貸せば操れる「見事な」システム

2013-08-26 Mon : 長谷章宏語録 
利子とは元金が産む利の子供である。元金という親の先祖は紙であり、銅や銀やアルミである。さらに遡れば、樹木であり、鉱石である。もっと遡れば、火であり、創造エネルギーであり、元つ大神の響きである。無から作り出せる神の世界に、金融、為替、ギャンブルがあるのはいかなることか。どこでおかしくなったのか。現代社会は、資源やその加工品、原爆、果ては、神のご利益まで売り買いする、金融システムを神とする「市場経済」という戦略を使ったお金の略奪競争である。売上のランキングが国のランキングであり、ランキングが上位の国ほど金が集まる仕組み、お互いに国債という借金の債権者になり、株式という紙を売り買いすることで会社、つまりは、その社員から取引先、顧客まで、すべてを売り買いする仕組みを作り出した。神を金に置き換えて、真釣りの天恵や知恵を魔釣りの思想で好き放題に使って、金に交換する(儲けを出す)仕組みを作り出し、個人から家庭、市長村、都道府県、州、国、国連まで、結局は、数学上の損得、即ち、帳簿上の収支決算の「+」を奪い合う略奪の世界が「文明社会」と呼ばれる末路の現代社会である。

物と金を交換するだけでは、物々交換と同じであるから意味がない。ビジネスという仕組みを作って、初めて、金の世界の王になるチャンスが与えられるのである。仕入れの原価は0と同じであり、在庫を抱えた状態では、借金しているのと同じである。売って儲けが出て、初めて、金の世で衣食住を自由に手に入れられる「神」を手にしたことになるのである。真釣りには損得はなく、損得があるならば、魔釣りの略奪の世界である。大神の真釣りの響きで無から産み出した天恵を魔釣りの響きで泥棒して、それを元手に金という紙や金属を集める。電子マネーや、為替ディーラーの例で分かるが、やっているのは、コンピュ-ター上の数字の操作であり、結局は、お金そのもの(現金)も、形に見えるように具象化した道具に過ぎず、現金のみで売り買いをしていた社会は、数字操作の世界であることを誤魔化すための、過渡期の段階なのである。実感を得させるために「お金」という偶像を具象化して形の売買をしているが、実体は、すべての物(行為、サービス)を数値化し、数字を増やしたり減らしたりして仮想売買をしているゲームに過ぎない。もっと言えば、万象万物を数字に置き換えて、数字を捜査することで快を奪い合う快欲追及競争である。大きな+数字を手にするほど自由=至福の体験ができ、-数字を手にするほど、誰かに操られて不自由になる(言い換えれば、金を貸せば操れる)「見事な」システムである。

神を金に置き換えた世界=お金(経済)に自らの命を預けている民の構成している世界では、お金(=命)=数字の操作権限を手にすれば、戦争や殺し合い、自殺をさせることは簡単である。世界を支配することや、自らの手を汚さずに邪魔者を消すことも自由自在となる。形で快を得る世界で、形をお金に置き換え、数値化し、それを、コンピューターを使って管理するシステムを作り出す。現金のやり取りの不便さを体験させた後に、カードを与え、ローンシステムの便利さを植え付ければ、便利や楽を追い求める大衆は、裏のカラクリに気づくこともなく、自らの欲望のままに快適生活を追いかけ、「金」の世界の虜になってしまう。当然、民の集団である国家も同じ仕組みであるから、金融システムの実権を握ることで、特定の国を操作し、破綻させ、離合集散させて、思い通りに世界を奴隷化することは簡単である。しかし、たとえ神を金に置き換えた世界を支配しても、その世界が、「この世」限定の有限の略奪の世界である限りは、結局は、自らが破綻することになる。

    【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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