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元つ話831 霊の核である真中の響き

2013-10-23 Wed : 長谷章宏語録 
人間に語るというのは、物理体を通して霊に語るということである。霊界には、物質体を持たない霊もいる。さらに、その霊を体とする霊もいる。霊は、入れ子の箱のように無限に繫がっているのである。物理体というのは、霊の一番外側の体であり、それを体に持つ霊を人間と呼び、人間の霊を体にする霊がおり、その霊を体にする霊もいる、というように、その内側に、無限に霊が存在している。人間界の表現ではこのようになるが、実際には、その境はない。一番内側の霊を神といい、神のみが天国を作れる。そして、各々の霊に対応する霊界があって、当然のことながら、霊界も無限に重なっている。内側の霊ほど、外側に霊界があり、人間の霊の世界は、物理体の世界よりも広い。一番内側の霊の世界をミロクと言い、万古末代弥栄の響きの光のみの世界である。霊がどこまで目覚めているかによって、物理体を通して感覚できる世界が異なる。その最奥の神の霊を産む神の種を真中という。霊の核である真中の響きは、元つ大神の響きと一体不可分であり、すべての霊界はその種を源として作られる。しかし、神の霊を対極に分離した霊が一番内側だと思っているならば、永遠に争う幽界を産み出すことになる。「身魂の大掃除」というのは、大神と共鳴している霊体の種のみを残す作業である。その種のみになるから、完全に幽界の虜になっている場合は、自我を生み出す霊はすべて消滅することになる。霊体の種とミロクの体が一体になって、ミロクの天国を体験できる現実が実現する。ミロクの体に入れなければ、ミロクの現実はない。実体がある霊界はミロクのみであるから、実体の無いすべての霊界は霧のようなものと言える。物理体から見れば実体がある「この世」も、実際には存在しない幻の世なのである。最後の大掃除を超えるためには、真中の真コトのみを磨き出すしか術はない。元つ大神の響きに完全に同調しない限りは、「自己」の生存は絶対に保障されることはない。この世の生き様も含めて、自らが思考することは、全霊界に影響を及ぼし、その結果が自らの現実に反映し、現実に対する思いが再びすべての霊界に返るという繰り返しで、自らの体験が変容していく。自らの体験を変えたければ、自らの思いを入れ替える必要がある。人間に語ることは、同時に、すべての霊界の霊に語ることである。

        【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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