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元つ話832 足場は科学にある

2013-10-24 Thu : 長谷章宏語録 
物理体を持つ霊を人間という。本体は霊である。高位の霊はより低位の霊を操ることができる。霊は人間を動かすことができる。従って、霊が霊を操れば、物理体の動きとして現れ、物理体に認識できる言葉として聞くことができる。それゆえ、憑依、神懸り、狐憑き、イタコ等々という形で、この世に現象化できる。本体が霊である人間は、すべて神懸りであり、自らの同調する霊界と同じ思考をする。人間の思考のすべてがいずれかの霊界に存在するが、実際は、最高霊界(神界)の響きと同調する霊界のみが存在し、本来は、幽界に属する霊界は存在しない。最高霊界の掟に反した霊を最高霊界に戻す仕組みが許されている間だけ存在が許されている、言わば、期間限定の霊界である。最高霊界の響きを持つ霊を「人(ヒト)」という。「人」が快欲に囚われると、快欲のみを追い求め、分裂した戦いの響きを持つ霊となる。その霊を「獣(ケモノ)」という。人間とは、物理体を持つ霊のことである。人間という姿が人間の実体ではない。幽界がある間だけ、ケモノも物理体を持てるが、幽界が消滅すれば、ヒト以外は、どこにも存在できない。「獣」の末は滅びである。

幽界は、獣の響きの霊から見れば存在するが、人の響きの霊にとっては存在しない世界である。神懸りが宗教の専売特許だと思っているならば、科学が神懸りであることを見落とす。宗教とは、霊界と現界の関係性を法則化する時空を超えた科学であり、科学とは、霊界の体現である現界の現象を形の世界で法則化する時空を制限した宗教である。言い換えれば、人間界で言う科学とは、霊界のメカニズムを加味しない霊界の箱の中で現象を意味付けた、限界限定の宗教である。霊界を加味した、神智学、形而上学、超心理学云々の「宗教もどき」もあるが、足場は科学にある。科学とは、条件付きの宗教なのである。従って、二極分裂を基にした「科学」では、神現一体の霊界のすべてを知ることはできない。すべての霊界は最高霊界の響きの中にあり、各々の霊は、最高霊界の掟に反する度合に応じて低位の霊界としか繋がれなくなる。現代社会は、幽界と繋がる獣の響きを持つ霊が、自らが存在可能なようにシステム化した末の世界である。その世界でのシステム、善悪、正誤、美醜、生死、時空等々の対立(分裂)概念は、神界では実体はなく、全く意味をなさない。

        【実践・日本真道】 長谷章宏著より
                          
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