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元つ話844 ハダカにならねば外には出られんぞ

2013-11-05 Tue : 長谷章宏語録 
魔釣りと真釣りは裏表ぞ。外におんぶせず、自らのココロに従って行けよ。自分で歩けよ。真コト見せるから後は自分で考えよ。魔釣りの中で討論をしても何も解結せんぞ。真コト見せるから自ら考えよ。日常生活は宗教の中のゲームぞ。魔釣りが創りだす社会が今の世でござる。遊びの基準が宗教ぞ。宗教を変えんと生活変わらんぞ。この方が元の宗教を見せるから、曇った眼を見開いて、よくご覧あれよ。ハルマゲドン、最終戦争と申すのは、そなたらの世界を創りなおす神の大掃除のことでござるぞ。そなたが避けようと逃れようと無駄なことでござるが、掃除すれば何も怖いことはござらんぞ。自分自身が宗教ぞ。そなたの生き方が宗教ぞ。この方の宗教は普通の者になる宗教ぞ。何でも自分で出来る者になる宗教ぞ。真釣りで生きる普通の者に戻るぞ。ミロクの宗教ぞ。

そなたがすることは魔釣りか真釣りかどちらをとるか決めることでござるぞ。どちらのやり方をするかと申すことでござる。真釣りのやり方、魔釣りのやり方、両方とも人間の生き方でござる。魔釣りの者も真釣りの者も人間の生き方でござる。普通の人間が真釣りでござるぞ。特別では、特殊ではござらん。正常異常があることが、一般特殊があることが、善悪分ける魔釣りの証でござるぞ。差別と区別は違うぞ。区別タテワケせんことが差別でござる。神が先、人が後、神が上、人が下、順序通りにすることがすべてを調和に導くやり方でござるぞ。そなたらは下の中で上下をして居るから混乱するのぞ。神と人の上下を区別せんことがマコト差別でござるのぞ。差別されたと文句を申す者、そなたは何者じゃ。

そなたらの今の世には問題、矛盾が沢山あるでござろうが。そなたらはどうやって解結すると申すのか。元々のやり方がアベコベでござるから、解結どころの話ではござらんぞ。そなたらに「どうしようもないこと」などござらんぞ。「仕方のないことだ」「それをいったらお終いぞ」は言い訳でござる。そなたらにお終いはござらんぞ。そなたが⦿ならばお終いなどござらん。表現の善悪を申せば、真コトは見えん。形には差別はござらんぞ。そなたの見方が差別でござる。そのままなら差別用語増えるぞ。そなたらは何も言えなくなるぞ。差別用語を別の言葉に言い換えれば差別ではないのか。想像する形、イメージは同じぞ。偏見、先入観、差別。してはならない、絶対、相対、言ってはならない等々そなたらが創りだした幻想でござるぞ。この方の申すことは、宗教を越えた宗教。この方は神を越えた神でござる。

そなたらには秘密はござらんぞ。隠しても出てくるぞ。この方が出すぞ。ココロが本体でカラダは服ぞ。本体洗濯せずに新しい服は着られんぞ。そなたらは神の創った屋内遊技場で遊んでいただけぞ。人間の目で見るから分からんのじゃ。その遊びちょっとの間、中断ぞ。この方が皆が楽しく遊べるように創り直すから、今の遊び場は汚れたから創り直すから、その間、外に出てまっておれよ。本体の洗濯せねば、ハダカにならねば外には出られんぞ。外が怖いと申す者、外には出られんぞ。この方が悪魔じゃと申す者、外に出られんぞ。外に出ないと遊び場と一緒に掃除ぞ。天国に生きたくないと申す者、それはそれでよいが、今まで汚した分は掃除してもらうぞ。天国に生きたくないと申す者、汚しつづけて居るから、最後、永遠のイノチと交換に責任をとってもらうぞ。文句はあるまいな。ココロの掃除大切。人間としては善くないと申す者、人間としてしてはならないと申す者、そなたの本体は魂ぞ。「ヒトとしてして善くないこと」は、「アル」ものを「善くない」と申すことぞ。そなたが善くないと申せば、それはそなたのことぞ。「募金しないのは非国民だ」「困っておる者を助けないなんて善くない」「わざわざ苦労させるのは親ではない」等と強制しておってはこの方とは共生できんぞ。個人の自由も人権もないぞ。そなたらの不調和のココロが奉仕や福祉が必要になった遠因ぞ。カラダがどうだろうと、ココロが綺麗になって居らねば、そなたが綺麗にしようとして居る今の肉の服は取り替え出来んぞ。今のその服では新しい遊び場は遊べん。そなたの肉と魂はこの方が結んで居るのぞ。

                     十日立

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